新潟地方裁判所 昭和33年(行)6号 判決 1962年9月25日
原告 今津光司
被告 新潟県知事
訴訟代理人 佐野東 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、まず本案前の抗弁について判断する。
買収農地につき、農地法第三六条第一項第三号に該当するから自己に売渡しを求めた当該農地の買受申込人は、知事が他の買受申込人に売渡した場合、もしその売渡処分が取り消されるならば売渡を受ける可能性のある者として右売渡処分の取消を求める利益を有するものと解すべきである。ところで、原告の請求原因は「原告は農地法第三六条第一項第三号に基いて別紙目録第一の農地の買受の申込をなし、また、大掘も右農地の買受の申込をしていたところ、被告は右農地を大掘に売渡す処分をしたが、その売渡処分には取消さるべき違法があるから、原告は本件売渡処分の取消しを求める。」というのであるから、原告は本件売渡処分の取消を訴求する利益(原告適格)を有する。従つて本案前の抗弁は理由がない。
二、次に本案について判断するが、次の(一)から(六)までの事実はいずれも当事者間に争がない。
(一) 長谷川は旧自作農創設特別措置法第一六条に基いて別紙目録第一、二の農地の売渡を受けて所有していた。
(二) そして長谷川は昭和二七年四月頃別紙目録第一の農地を大掘との交換耕作に提供して第三者たる大掘耕作に供した(その交換耕作の期限や大掘が長谷川に提供した農地が三筆かそれとも二筆か等につき原被告間で相違した主張をしているけれども、これ等の事項は本判決の結論に影響しないと考えられるから判断しない。)。しかしながら、同農地はいわゆる創設農地であるから、大掘が耕作するには農地法第三条による農業委員会の許可を受けなければならなかつたのに、その許可を受けないままに大掘が耕作していた。
(三) その後原告は昭和二八年五月一七日被告に対し長谷川と連名で別紙目録第一、二の農地を長谷川から買取る契約したから農地法第三条の知事の許可を求める申請をした。
(四) 右の申請に対し被告は同年六月二八日別紙目録第二の農地につき許可と、同目録第一の農地につき不許可の処分をした。
(五) 次いで、被告は右不許可処分をした別紙目録第一の農地を農地法第一五条に基いて同年九月一九日の買収令書を作成し、同月三〇日同令書を交付して長谷川から買収した。
(六) そこで原告(農地法第三六条第一項第三号に基いて)及び大掘は地元の笹岡農業委員会に対し右買収農地の買受の申込をした。この申込に対し被告は大掘に対して昭和二九年一月二五日付の売渡通知書を作成し、同月二七日同通知書を交付して本件売渡処分をした。
三、原告が本件売渡処分を違法であると主張する点につき判断する。
(一) まず原告は「被告は大掘を農地法第三六条第一項第一号に該当する者と誤認して本件売渡処分をした違法がある。」旨主張し、証人小柳寅蔵の証言中に右主張にそうようなことを述べていないわけではないけれども、弁論の全趣旨から右証言部分を措信できず、その他右主張を肯認するに足りる証拠はないから、右主張は失当である。
(二) 次に原告の仮定主張についてみるに、成立に争のない乙第二号証から第四号証まで、乙第六号証の一、二、証人鈴木正二、大掘惣吾の各証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の(イ)から(ハ)までの事実を認めることができる。
(イ) 本件売渡処分当時、大掘は田畑合計五反五畝(その他山林五反余)を妻と二人して耕作し、主として農業によつて生計を立ている者であり、原告は田畑合計九反余を妻及び長女との三名で耕作し、主に農業によつて生計を立ている者であつて、大掘と原告とはいずれも農業に精進する見込のある者であつた。
(ロ) 原告と大掘との両者からの買受申込に対し地元の笹岡村農業委員会は大掘に売渡すのが適当であると認めてその旨を被告に進達した。
(ハ) そこで被告は大掘に対し農地法第三六条第一項第三号に該当するから売渡すのを相当として、本件売渡処分をなした。右認定を覆すに足りる証拠はない。従つて、原告と大掘とが農地法第三六条第一項第三号に基いて買受の申込をなし、いずれもその条件たる「農業に精進する見込のある者」である以上、そのいずれに売渡すのが適当であるかを認めて知事に進達するのは地元の農業委員会の裁量であり、被告もまた大掘に売渡すのを相当としてなした本件売渡処分には原告の主張する取消すべき違法事由が存在しない。即ち原告は、別紙目録第一の農地が強制買収される以前既に長谷川から買取つて代金も弁済しているから憲法第二九条の精神よりみて原告にこそ売渡すべきなのに、そのことを看過して大掘に売渡したのは違法である旨主張するけれども、たとえ原告の右主張のとおり売買代金までも授受していたとしても、その売買は農地法第三条の知事の許可が得られなかつたのであるから、原告と長谷川との間で代金の返還等により処理することで原告の財産上の損失は防止できるし、かかる事情を斟酌しないからといつて本件売渡処分を取消す違法事由とはならない。更に原告は「強制買収をしながら農地法第三条の許可なしに耕作していた大掘に売渡したことは、結果的にみると許可のない違法耕作者を支援したことになつている。」とも主張するが、農地法第一五条に基いて買収することと、その買収農地を売渡すこととは別個のことであり、従前の耕作者に売渡してはならぬという制限も見当らない以上、本件売渡処分の取消事由とはいえない。従つて原告の仮定主張も失当である。
四、よつて原告の本訴請求は、いずれの点からみても失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 吉井省己 竜前三郎 荒木勝己)
目録<省略>