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新潟地方裁判所 昭和35年(タ)25号 判決 1961年4月24日

判  決

本籍ならびに住所

新潟県中蒲原郡村松町大字石曾根一二〇番地

原告

小沢幸一郎

明治四四年一月一日生

本籍なびに最後の住所

原告の本籍に同じ

被告

小沢シン

明治四四年六月二九日生

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、請求の趣旨として、「原告と被告とを離婚する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、つぎのとおり陳述した。

原告は、昭和七年一月二七日ごろ被告と事実上の婚姻をし、同年九月二日その旨の届け出をして法律上の夫婦となり、肩書住所で同居生活をつづけ家業たる農業に従事してきたものなるところ、被告は近年いわゆる更年期障害のために苦るしんでいたが、とくに同三四年八月に入つたころから著るしい不眠を訴えていた。そうしているうちに、被告は昭和三四年九月二九日午後一〇時三〇分ごろ、家人に無断で肩書住所の家を出てタクシーーに乗り国鉄信越線の新津駅まで赴いたことが後になつて判明したけれども、その後どこえ行つてしまつたのか皆目不明である。原告は被告の右家出後、警察に捜索を求めたり、新聞広告を出したりなどして、百方手をつくしてその所在を探索したが、ついにその消息が分らないままの状態で今日にいたつた。原告は目下、七〇才の老母と二人きりで生活しており、再婚を勧められているが、前記のとおり被告は無断で家出しその所在が不明であり、その生死のほどさえも明らかでなく、したがつて原告としては被告から悪意をもつて遺棄され、または被告との間の婚姻を継続し難い重大な事由があり、民法第七七〇条第一項第二号または同第五号に定める裁判上の離婚原因があると考える。なお原告はある女性と早急に正式の婚姻をしたいと考えているので、本件離婚の請求を被告が家出し生死不明となつてから三年を経過する昭和三七年九月下旬以後まで留保することはできない。以上の次第であるから、原告は被告との離婚を求めるため本訴におよんだ。

被告は、公示送達による適式な呼び出しをうけながら本件口頭弁論期日に出頭せず、また答弁書その他の準備書面を提出しなかつた。

証拠として、原告は甲第一号証(新潟県中蒲原郡村松町長作成の原告を筆頭者とする戸籍謄本)を提出し、証人波塚喜久治の証言および原告本人尋問の結果を援用した。

理由

一公文書であつて真正に成立したと認める甲第一号証および証人波塚喜久治の証言の一部ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実を認定することができる。

原告と被告は、もともと従兄妹の関係にあり、互に幼少のころから知りあつていたものであるが、昭和六年二月二七日ごろ事実上の婚姻をし、同七年九月二日その旨の届け出を出して法律上の夫婦となつた。事実上の婚姻をして以来、原被告は肩書住所に同居し、相共に協力して家業たる農業に従事し、田約五反歩、畑一町歩などの耕作にあたり、長年にわたつて平穏な夫婦生活をつづけ、その間に五人の男子をもうけた。もつとも五人のうち、長男清彦(昭和八年一一月二一日生れ)、二男敏夫(同一一年九月二六日生れ)および二男孝彦(同一四年三月二七日生れ)はそれぞれ順調に成育し、長男は東蒲原郡上川村小学校に教員として勤務し、二男は東京都羽田空港郵便局に勤務し、いずれも原被告と別居し独立して生計を営んでおり、三男のみは新潟統制無線中継所に勤務し原告らと同居しているが、四男および五男の二子はともに幼少のころ死亡した。被告は右のように原告と事実上の婚姻をしてから約二八年を経た昭和三四年八月中旬からいわゆる更年期障害のため心神に著るしい変調をきたし、神経過敏となり、ことに夜間における不眠を訴えていたが、同年九月に入るにおよんでその傾向がますます強くなり、些細なことで原告らと口論したり、とかく非常識な言動に出たりするなどのことがあつたため、原告および家人はその処置に困惑していた。そうしているうちに、昭和三四年九月二九日の午後一〇時三〇分ごろ、格別の理由もないのに無断で家を出ていつたため、その直後これを知つた原告および家人は被告の平素における言動からみて不安にかられ、翌三〇日午前三時ごろまで居宅付近を捜索したが、ついに被告の姿を見出すことができなかつた。そこで、原告やその家人は早速右三〇日から被告の生家その他の親類や常日頃好んで出向いていた温泉場など被告の立ち廻りそうなところに出かけていつて問いあわせたり、新潟市で発行する日刊新聞「新潟日報」の紙上に尋ね人の広告を二回も出したり、あるいは所轄警察署に捜索願を出したりなどして、あらゆる手をつくして被告の所在を探し求めたが、わずかに家出当夜、居町の自動車会社の自動車運転手本間某より被告らしい女性をその求めによつて国鉄信越線の新津駅前までタクシーに乗せて運んだところ、同所で下車した旨の情報を得ただけで、そのほかには被告の消息の手がかりとなるようなものは何もなく、自来本件口頭弁論終結当時にいたるまでその所在ならびに行方がともに不明である。ところで、原告の家には、原告と前記三男孝彦および原告の母親スエ(明治二四年一一月七日生れ)の三人が残されることになり、家事を行なうについても何かと不便であるばかりでなく、家業たる農業に従事できるのは原告だけであつて労働力にも不足するため、被告の行方が不明となつてから一年余を経過した昭和三五年一〇月ごろ、山口ひさ子(当四〇才)なる女性を原告の事実上の後妻として迎え同居生活を始め現在におよんでいる。しかしながら、戸籍上では未だ原告と被告とが夫婦のままとなつているため、右山口ひさ子を原告の妻として届け出ることはもとより許されないところであるが、被告が以上のような事情のもとに家出し帰来する見込みも甚だ乏しいものと考えられるので、同居の家族や被告の実兄であつて生家の世帯主である訴外波塚喜久治らとも協議し、その諒解をえたうえ、被告と裁判上の離婚をし、右山口ひさ子と正式の婚姻をする目的をもつて本訴訟の提起をするにいたつた。

以上の事実が認定され、前示証人波塚喜久治の証言のうち右認定に反する部分は、原告本人尋問の結果に対比するときはこれを信用することができないし、ほかに前示認定を動かすに足る証拠はない。

二原告は、まず配偶者たる被告が無断家出してその所在を不明ならしめ原告を悪意で遺棄したため、民法第七七〇条第一項第二号に該当する事由があると主張するので、以下この点について判断する。

民法第七七〇条第一項第二号にいわゆる「遺棄」とは、正当の理由なくして同法第七五二条に定める夫婦としての同居および協力扶助義務を継続的に履行せず、夫婦生活というにふさわしい共同生活の維持を拒否することを指称するところ、右の義務は守操義務とともに婚姻生活の基調をなすものであるため、結局婚姻共同生活の継続も廃絶する趣旨のことをいうものと解すべきであるが、前示認定のとおり、被告は格別の理由がないにもかかわらず昭和三四年九月二九日の夜、無断家出して所在不明となり今日におよんでいるのであるから、被告は右の義務に違反し、遺棄という客観的要件を充足しているといわねばならない。しかしながら、配偶者が他方の配偶者を遺棄することによつて離婚原因の形成されるためには、さらに前示のとおり不当性なる観念を内包する遺棄という事実のほかに、それが「悪意」をもつてされたものであるという主観的(意思)要件が併せ存在することを必要とする。右にいわゆる「悪意」とは、たんに遺棄の事実ないし結果の発生を認識しているというよりも一段と強い意味をもち、社会的倫理的非難に値する要素を含むものであつて、積極的に婚姻共同生活の継続を廃絶するという遺棄の結果たる害悪の発生を企図し、もしくはこれを認容する意思(その意思は必らずしも明示的であることを要せず、当該配偶者の態度たとえば正当の理由なき同居の拒絶、長年にわたる音信不通などの事情から、明らかにその意思ありと推測されるなど黙示的であつても差し支えない。)をいうものと解するを相当とする。

ところで、配偶者を遺棄した他方配偶者の所在が不明であることは悪意の要件ではなく、また他面そのような状態にあるという一事から直ちに悪意の存在を推定することは許されず、所在不明となるにいたつた事由その他諸般の事情からみて、その配偶者に右にあげた婚姻共同生活の廃絶を企図し、もしくはこれを認容する意思の存在することが認定される場合に限つて悪意ありとしうるにすぎない。そして、これと同様の意味において、配偶者の所在不明の状態が久しきにわたつて継続し、その生存および死亡の証明がともになく、いわゆる生死不明の程度に達したとしても民法第七七〇条第一項第三号に定める離婚原因に該当するは格別、その事由が存在するというだけによつてただちに悪意による遺棄の成立を肯定することはできない。何となれば、配偶者が所在不明または生死不明になつたときは、通常、悪意の遺棄を伴なうことが少なくないであろうが、両者はそれぞれ別個の観念であり、かつ所在不明または生死不明という事実の存在することのみによつてたやすく悪意による遺棄の成立を認めるならば、離婚原因としての遺棄に悪意という主義的要件の存在を要求している法意、およびそのような主観的要件を必要とすることなく、たんに配偶者の生死不明三年以上という客観的事実の存在のみをもつて離婚原因とする法意が失われるにいたるからである。

本件についてこれをみるに、被告が所在不明となるにいたつた前示認定の諸事情をもつてしては、未だ被告において積極的に婚姻共同生活の廃絶という遺棄の結果たる害悪の発生を企図し、もしくはこれを認容する意思のもとに家出し、その所在を不明ならしめたものとまで推認することはできないし、他にこれを肯認するに足る証拠はない。しかも、被告が前示のような事情のもとに所在不明となり、その状態がすでに一年六月余を経過した今日においては、もはや被告の生死が不明の状態にまで達したものとみるのが相当であるから、民法第七七〇条第一項第三号に定める離婚原因に該当する事実状態を形成しつつあるにとどまり、それによつて悪意の遺棄ありとすることはできない。

したがつて、被告が原告を悪意をもつて遺棄したとする前示主張は失当というほかはない。

三つぎに原告は、被告が所在不明となり今日におよんだ事情にかんがみ、被告との間の婚姻を継続し難い重大な事由があつて、民法第七七〇条第一項第五号に該当すると主張するが、その請求を理由あらしめる事実として当裁判所の認定するところは、前示のとおり、主として被告が昭和三四年九月二九日の夜無断家出してから本件口頭弁論終結時まで一年六月余の間、その生死が不明であるという点に求められる。ところで、民法第七七〇条第一項第三号によれば、「配偶者の生死が三年以上明かでないとき」をもつて離婚原因とされているので、右の主張を判断するためには、その前提として、両者の関係および後者の要件とくに右法定期間を未だ経過していない前示にあつても、これを右条項の第五号にいわゆる「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に該当するものとして離婚請求を許容しうるか否かが考察されねばならない。

民法第七七〇条第一項の第一号ないし第四号に規定するいわゆる具体的離婚原因と同条項の第五号に定めるいわゆる一般的(抽象的)離婚原因との関係をいかに解すべきかについては従来より争いがあり、両者の離婚原因はそれぞれ別個独立の訴訟物(離婚権または離婚請求権というべき形成権)を形成し、ことに前者に所定の事由に該当する事実があるときは、それ自体において婚姻を継続し難い重大かつ一般的な事由として、その事実ごとに独自の離婚原因が成立し訴訟物が特定するという立場をとり(この立場によれば、具体的離婚原因に該当する事由があつても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは離婚の請求を棄却しうるとする民法第七七〇条第二項の意義およびその機能は甚だ大きいことになる。)、したがつて、後者は前者で列挙しえなかつた事由を総括的に表現するための、いわば補充的規定であるため、前者に該当する事由以外の事由があり、よつて婚姻を継続し難い重大な事由がある場合に限つて後者の成立を認めうるとする考え方がないでもない。しかしながら、一般的離婚原因についての規定形式をみるに、四個の具体的離婚原因を列挙した後、法文がその冒頭において用いている「その他婚姻を云々」という文言の文理解釈からして、具体的離婚原因としてあげられる事由は、いずれも一般的離婚原因の具体的な内容を定める場合における一応の評価基準ともなるべき例示もしくは代表的な例示であるとみることもできるし、また実質的にみても不貞行為、悪意の遺棄などが離婚原因とされるゆえんは、それがため婚姻を継続し難い重大な事由に該当するがためであり、かつ離婚訴訟における素朴的現実的な意味での紛争の核心は個々的な事実の確定というよりは、むしろ全人的な関係において当事者間の婚姻共同生活を解消することの是非についての判断を求めるにあるというべきであり、しかも現行法は旧法と異なり、離婚原因につき徹底した相対的離婚原因主義をとるにいたつたばかりでなく、離婚原因のいかんによつて特殊の法律効果を伴うこと(たとえば民法旧第七六八条)がなくなつたことなどをあわせ考えると、わが民法の定める離婚原因としては、「婚姻を継続し難い重大な事由」という概括的抽象的な一個の事由が存在するにほかならず、換言するならば具体的離婚原因は法の趣旨を明らかにするための注意的列挙であつて、訴訟法上の立場からすれば離婚請求を基礎づけるための攻撃方法たる意義をもつにすぎないと解するを相当とする。なお。右のように解することについては、具体的離婚原因としてあげられる事由のなかに有責原因と無責原因ともいうべき異質的なものが併列的に規定されているため、これらを同一に取り扱うことの不当性が指摘されるであろうが、そのような実体法的評価による個性的差異が存在するにもかかわらず、相対的離婚原因主義を採用した現行制度のもとにおいては、実体法の解釈としても、「婚姻を継続し難い重大な事由」という一個の離婚原因が訴められたことに帰着すると解すべきこと前示のとおりであるから、右にあげられたような差異があるからといつて、ただちに離婚訴訟における訴訟物をいかに解するかという訴訟法的評価に異同を生ずるものとは考えられない。

そのほか、一般的離婚原因に該当する事由ありとして離婚請求を認容するがためには、法文上これに先行する具体離婚原因に類似し、もしくはこれに対比しうべき重大な事由があり、客観的にみて婚姻の継続を期待し難い程度に婚姻関係の実質が破壊されている場合に限るものと解すべきである。けだし、一般的離婚原因につき、法文が「重大な事由」があることを要するとするのみならず、もしこれに該当する事由の判断を余りに緩和し、たやすくこれを肯認するならば、ほとんど無制限に離婚請求が許されることになり、離婚原因の例示として若干の具体的事由を列挙することによつて一応の判断基準を与え、離婚請求を認容する場合における最低線を示そうとする法の趣旨が失われるにいたるからである。

具体的離婚原因と一般的離婚原因との関係は理論上右のように解すべきであるため、前者に該当する事実があると認められるときには、一応婚姻を継続し難い重大な事由ありと推定してよいであろうか、右事実のほか一切の事情にかんがみ、客観的にみて未だ婚姻の継続を期待し難い程度に婚姻関係の実質が現実に破壊されていないと認められる場合にあつては離婚の請求が棄却され(したがつて、民法第七七〇条第二項の規定は、一般的離婚原因が認められたことによる当然の帰結であつて、たんに注意的訓示的規定としての意味をもつにとどまる。)、反対に前者に定める事由に直接該当する事実がないときでも、諸般の事情からみて婚姻の継続を期待し難い程度に婚姻関係の実質が破壊されている場合には離婚請求の認容されることがありうるわけである。ただし、右のうち後の場合に該当し一般的離婚原因ありとするためには、具体的離婚原因に類似し、もしくはこれと対比しうべき重大な事由のあることを必要とすると解すべきこと前示のとおりであるところ、配偶者の生死不明が三年以上継続した場合に限り始めて具体的離婚原因の形成を肯定しうるとされていることを考えると、配偶者の生死不明を理由として婚姻の継続を期待し難い程度の重大な客観的事由ありとするためには、他に特別の事情がない限り、右の法定期間を経過することを要するというべきである。

そこで本件についてこれをみるに、前に認定したとおり、被告が無断で家出してから原告はあらゆる手段を講じて被告の行方を探索したが、ついにその所在が判明しないまま今日にいたり、家族としては当七十才の老母と当二二才の三男が家に残された日常の家事について甚だしい不便を感ずるのみならず、家業たる農業に従事する労働力にも不足を生ずるにいたつたため、被告が家出してから一年余を経たころ、一女性を事実上の後妻として迎え同棲生活を続けており、右女性と正式に婚姻する目的をもつて同居中の家族や被告の生家の兄の同意を得て本訴を提起したものである。(なお、原告は右女性と早急に正式の婚姻をしたいと考えるので、本件離婚の請求を被告が家出し生死不明となつてから三年を経過する昭和三七年九月下旬以降まで留保することはできない、と付陳した)。原告の置かれた立場および本訴請求のような措置に出た事情は諒察しえないでもないが、右に訴定した程度の事情をもつてしては、未だ「配偶者の生死が三年以上明かでないとき」に離婚の訴を提起することができるとする具体的離婚原因を排除すべき特別事情ありとすることはできないし、その他全証拠を精査してみても、原告と被告との間の婚姻関係の継続を期待し難い程度の重大な客観的事由があるものと認めるに足るものはない。

してみると、原被告間の婚姻を継続し難い重大な事由があるとする前示主張もまたこれを採用することができない。

四よつて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用は敗訴当事者たる原告に負担を命ずることにし主文のとおり判決する。

新潟地方裁判所民事部

裁判官 岡 垣  学

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