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新潟地方裁判所 昭和36年(ワ)21号 判決 1963年7月09日

第二七八号事件原告・第三〇二号事件被告・第二一号事件参加被告 田村元蔵こと株式会社 山下家具店

第二一号事件当事者参加人 新潟漁業協同組合

第二七八号事件被告・第三〇二号事件原告・第二一号事件参加被告 学校法人 新潟女子工芸高等学校

主文

一、被告は原告から金千五百六十万円の支払を受けるのと引きかえに原告に対し別紙目録<省略>(一)、(二)記載の宅地及び建物を引き渡し、かつ右宅地及び建物について昭和三十三年八月七日、新潟地方法務局受付第一一、一〇四号をもつてなされた同三十一年十二月一日付売買契約にもとづく所有権移転の仮登記にもとづき所有権移転登記手続をせよ。

二、被告及び当事者参加人の原告に対する各請求並びに当事者参加人の被告に対する各請求は、何れもこれを棄却する。

三、訴訟費用は、被告及び当事者参加人の負担とし、被告と当事者参加人との間においては、被告について生じた費用を二分しその一を当事者参加人の負担とし、その余の費用は各自の負担とする。

事実

一、当事者の申立

原告訴訟代理人らは、「主文第一項と同旨及び訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を、被告の請求につき「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との趣旨の判決を、当事者参加人(以下単に「参加人」という。)の請求につき「参加人の請求は何れもこれを棄却する。」との判決を求めた。

被告訴訟代理人は、「原告は被告に対し別紙目録(一)、(二)記載の宅地及び建物について昭和三十三年八月七日、新潟地方法務局受付第一一、一〇四号をもつてなされた同三十一年十二月一日付売買契約にもとづく所有権移転について原告のためになされた仮登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は原告の負担とする。」との趣旨の判決を、原告の請求につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、参加人の請求につき「参加人の請求は認める。」と述べた。

参加訴訟代理人は、「原告及び被告は別紙目録(一)、(二)記載の宅地及び建物が参加人の所有であることを確認する。原告は右宅地及び建物について昭和三十三年八月七日、新潟地方法務局受付第一一、一〇四号をもつてなされた同三十一年十二月一日付売買契約にもとづく所有権移転について原告のためになされた仮登記の抹消登記手続をせよ。被告は参加人に対し、右宅地及び建物につき同三十二年十一月十二日付売買契約にもとづく所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は原告及び被告の負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者の主張並びに答弁

(一)  原告の請求原因

1  原告は被告との間に、昭和三十一年十二月一日、被告所有の別紙目録(一)、(二)記載の宅地及び建物(以下「本件不動産」という。)に関し、以下のような売買契約を締結して買受けた(以下「本件売買契約」という。)。而して右契約締結については、原告の代理人として訴外林専(原告の支配人であつた)が、又被告の代理人として訴外弁護士今成一郎(被告の理事訴外安藤文平によつて選任された。)が各その衝に当つた。

右契約内容の要旨は、

(1)  本件不動産の代金は金二千六十万円とする。

(2)  被告は昭和三十二年五月末日迄に本件不動産を(その建物については空家にしたうえ)現状のまま原告に引き渡すこと。

(3)  原告は被告に右代金の内金五百万円を本契約と同時に支払い、残額は本件不動産引渡完了と同時に支払うこと。

(4)  所有権移転登記手続は、原告又は原告指名の者に分割してなしても被告において異議がないこと。

(5)  本件不動産の引渡又は代金の支払について、多少日時の遅延があつても双方は善意をもつて処理すること。

というのであつた。その際原告代理人訴外林専は被告代理人訴外今成一郎に対し、原告は本件不動産を倉庫及びその敷地として使用する目的で買い受けるのであるが、後日これを他に分譲、売却するような事態が生じた場合に、原告の名が喧伝されることは迷惑であるので、実際は原告が買い受けるのであるが、売買契約書の買主名義は田村元蔵(同人は虚無人であつたがそのことを被告代理人に当時告げなかつた。)として欲しいと申し入れて同人の諒承を得、同日不動産売買契約書(甲第一号証)を作成して各自署名押印(但し訴外林専は右田村元蔵名義で記名押印)し、即日訴外林専は、訴外今成一郎に内金として現金五百万円を支払い、さらにその際訴外林は訴外今成に対し、本件不動産のうち建物について、右内金相当額金五百万円の火災保険契約を被告において締結したうえ、買主たる原告のため、被告の右保険金請求権に質権を設定して欲しいと申し入れてその諒承を得、その後同月十二日、訴外林は訴外今成一郎の弁護士事務所で、訴外今成一郎から質権設定済の金五百万円の火災保険契約証(甲第六号証)を受領した。

2  昭和三十二年四月下旬、原告は訴外今成一郎に対し、代金残額の支払準備の完了したこと及び同年五月中に本件不動産を引渡されたい旨通告したところ、被告は新校舎への移転は同年八月となる予定であるから、引渡は第二学期の始る頃(同年九月頃)まで延期して貰いたい旨回答した。

3  同年十月初旬頃、訴外今成から原告に対し、本件不動産の引渡ができるから代金残額の支払を用意されたい旨の通知があつたので、原告は銀行に対し金融の交渉を進めたが、当時金融の引締が行われていた事情もあり、止むなく、同月三十一日、前記訴外林は額面金五百万円の小切手一通及び額面合計金千六十万円の約束手形五通を訴外今成の弁護士事務所に持参したところ、訴外今成は一応これを受け取り、なお被告(殊に理事長)の意向を打診する趣旨のことを告げた。そして同年十一月一日、訴外今成から原告に対し、被告の理事長、亡石田信次が、被告理事会に相談のうえ決定するといつて右小切手及び約束手形の受領を拒んだ旨の通知があつた。

4  同年十一月十五日、訴外今成から原告に対し、被告は本件不動産を他に売却し代金も受領したから、今後原告とは何ら交渉の余地がない旨右訴外亡石田が訴外今成に告げたとの通知があつた。

5  そこで原告は、同月十八日、新潟地方裁判所に対し、被告に対する本件不動産の処分禁止の仮処分を申請してその旨の命令を得たが、その後同三十三年八月六日、同地方裁判所に対し、右売買契約にもとづく本件不動産の所有権移転の仮登記仮処分を申請し、同月七日その旨の命令を得、同日新潟地方法務局受付第一一、一〇四号をもつて、右所有権移転の仮登記をした。

よつて被告に対し、右代金残額金千五百六十万円の支払と引きかえに原告に対して本件不動産を引き渡し、かつ本件不動産について右仮登記にもとづく所有権移転登記手続をなすべきことを求める。

(二)  右に対する被告の答弁並びに被告の請求原因

1  被告の答弁

(1)  原告の請求原因1のうち田村元蔵が虚無人であること及び締約当時原告がこのことを訴外今成に告げなかつたことは認める。同訴外人が内金五百万円を原告の代理人訴外林専から受領したこと及び訴外今成が火災保険契約証(甲第六号証)を訴外林専に渡したことは知らない。その余の事実は否認する。

(2)  同第234の事実は否認する。

但し3の事実について、昭和三十二年十一月一日、訴外今成は訴外田沢清一(当時原告方へ出入りしていた仲介業者)とともに被告の校長室に訴外亡石田信次を訪ねたが、その際訴外今成は被告の代理人となつているなどのことは一言も言わず、むしろ訴外亡石田も、後記のように、訴外安藤文平から本件不動産を訴外鈴木保司に売却したことを聞いており、かつ、訴外安藤から、訴外鈴木の残代金のことは右訴外今成に交渉して欲しいと言うことを聞いていたので、訴外亡石田は訴外今成を訴外鈴木の代理人と思つて応待した。その際、訴外今成は、額面金五百万円の小切手一通、及び額面金百万円の約束手形五通(昭和三十二年十一月、同年十二月、同三十三年一月、同年二月、同年三月の何れも末日払のもの)、外現金二十七万円余を提示して受領を求めたが、訴外亡石田においてこれを拒絶したことはある。その翌日、訴外田沢が被告学校の新築工事請負人吉田組の会計係訴外小宮威彦に対し、手形で代金を受領して欲しいとの交渉をしたけれども、これを訴外小宮が拒んだ際、さらに訴外今成からも同人に対して同様の申入れがあり、しかもこのことは学校長には内密にしてくれという依頼があつたほどで、訴外今成が訴外鈴木の代理人として残代金の解決に奔走していたのが事実である。

又4の事実に関し、原告主張の日に訴外塚田洋装学院の創立十五周年記念式典があり、訴外亡石田も右式典に列席した際、訴外今成から、この間は金五万円の小切手が一枚であつたが、さらに金五百万円の小切手を振り出すから契約を履行して欲しいと買手の立場から要求された。その際、訴外亡石田は訴外今成に対し、当時「訴外鈴木から残代金の入金がないので、訴外安藤文平が被告と訴外鈴木との間の売買契約を解除したうえ、本件不動産を他に売却した。」と回答したことはある。

(3)  同5の事実は認める。但し原告主張の処分禁止仮処分の申請人は、右仮処分申請時まで、被告の全く知らなかつた東京都西銀座二丁目六番地の田村元蔵なる人物であつて、同人は原告と全く同一性がないものであるのみか、被告の調査の結果虚無人であることが判明するに及び、右仮処分申請は取り下げられたものである。

2  被告の請求原因

(1)  原告は本件不動産について被告と売買契約を締結したと称し、昭和三十三年八月七日、本件不動産について原告主張のような新潟地方裁判所の仮登記仮処分命令にもとづき、同三十一年十二月一日付原、被告間の売買契約を原因として、新潟地方法務局受付第一一、一〇四号をもつて所有権移転の仮登記をした。しかし原告主張の売買契約は被告の全く関知しないものである。又被告の理事訴外安藤文平は、後記のように本件不動産の売買について制限せられた代表権のみを有していたに過ぎないから、原告との売買契約について訴外今成を代理人に選任することはなく、又その権限もなかつたものであり、従つて仮りに訴外今成が原告主張のような契約を締結したとしても無権代理行為で、被告に何ら効力が及ばないものである。

(2)  又仮りに原告主張のように訴外今成に代理権があつたとしても、右契約は訴外田村元蔵という全くの虚無人を買受人として行われたものであり、先に原告自らが認めていたように、右契約当時被告の代理人と称する訴外今成は右田村元蔵なるものが虚無人であることを告げられることなく右契約を締結したものである。してみれば、訴外今成は田村と原告とが同一人であることは知らず実在する田村と売買契約を締結する意思で右契約を締結したものであつて、外形的にも原、被告間には売買契約は成立しなかつたものであり、又右田村と被告との間の契約は、田村が虚無人であつて、その履行の責を果し得ないことから考えると無効のものといわざるを得ない。

(3)  尤も被告は本件不動産を校舎に使用して来たが昭和十五年十月、創立四十周年記念事業として校舎を拡張、新築して移転することを計画し、その建築資金を得るため、篤志家の寄附募集に着手して、着々実行に移つていたものであるが、同三十年十二月、右新築移転を実施するにつき具体案を纏め、学校法人、同窓会、PTA会などの役員総会を開いてこれを決定した。右総経費は一億五千六百八十万円であり、これを同三十一年、三十二年の各年度に分けて施行し、同三十二年度中に、全校、新校舎に移転できるよう計画した。而してその工事費などは、学校債金二千九百二十万円、私学振興会借入金千百万円、其他借入金三千万円、旧校舎、敷地(本件不動産)処分代金千八百万円その他PTA寄附金、一般篤志家の寄附金などをもつて充てることにした。そのため被告理事訴外安藤文平は、被告法人の理事会において、「本件不動産の価格は予算計上どおり、金千八百万円、買手は訴外鈴木保司、契約成立と同時に内金或いは手附金五百万円以上入金すること」という内容の売買契約をする件を委任されたので、同理事は同三十一年十二月四日、右訴外鈴木保司と右理事会の決定通りの内容で売買契約を締結した(乙第二号証)(但しのち右訴外鈴木の懇請で内金は金二百四十万円に減額された。)。本件不動産について、かような事実はあつたが、右契約は原告主張の契約とは何ら関係がない。原告主張の売買契約は、訴外鈴木、田沢らが被告との間の売買価格に多額の差額をつけて利得するために、被告の本件不動産の売出価格が金千八百万円であること、内金が金二百四十万円であることを買受人に秘匿するため訴外今成を擅に被告の代理人に仕立てて締結したものと推測されるのであつて、その契約証書(甲第一号証)は仮装文書に過ぎない。

(4)  なお訴外鈴木は被告との間の前記売買契約を履行せず、残代金を支払わないので、訴外安藤が再三訴外鈴木に督促したが、同人は支払の繰延べ、又は手形の振出により分割支払をすることを求めるのみであつたので、訴外安藤がこれを拒否して現金の支払を求めたところ、前記被告の答弁(2) で述べたように、昭和三十二年十一月一日に至り訴外今成が小切手、約束手形などを持参して被告理事長訴外亡石田信次にその受領を求めたので、同訴外人はこれを拒絶し、その後、右鈴木との間の前記売買契約を解除したうえ、同月十二日、参加人に本件不動産を売り渡し、代金全額を受領したが、前記のように原告が右不動産について、被告に対する処分禁止仮処分命令を得たので、参加人に対し現在迄所有権移転登記をしていない事情にある。

(5)  以上の次第で、原告の前記仮登記はその登記原因を欠く無効なものであるから、被告は原告に対し前記仮登記の抹消登記手続を求める。

(三)  被告の請求原因に対する原告の答弁並びに抗弁

1  原告の答弁

(1)  被告の請求原因(1) のうち訴外今成が代理権なく又訴外安藤の代表権も制限されていたとの点は否認する。(2) の主張は争う。前記原告の請求原因1記載のように本件売買契約当時、原告は田村元蔵なる名義を用いたが、被告の代理人今成は真実の買主が原告であることを告げられこれを諒承したうえで署名押印したものである。従つて当時今成が、右田村元蔵の虚無人であることを知らなくとも、同訴外人としては「田村元蔵こと原告」と契約する意思を有していたことは明らかで又訴外安藤も事後これを承認しているものであるから本件売買契約は有効である。このことは右田村が虚無人であると否とに拘わらないものというべきである。

(3) のうち訴外安藤の代表権が制限せられていたとの点および、被告と訴外鈴木との間の売買契約の成立の点は何れも否認する。仮りに右のような契約が存在していたとしても、真の売買契約ではない。即ち、訴外安藤は訴外鈴木に後記のような条件で本件不動産の売買の仲介を依頼したものであつて、訴外鈴木からすれば、右安藤に対し、後記のような条件(金二百六十万円を自己の仲介料として取得する旨)を確守せしめる必要上、売買の名を藉りて右契約をなしたものである。右契約のなされたのは同三十一年十二月四日であり、訴外安藤は原、被告間に本件不動産について本件売買契約の成立したことを知り、その契約書(甲第一号証)を見たうえで訴外鈴木との契約書(乙第二号証)を作成していることからも、右訴外鈴木と被告間の契約が仮装のものであることは明らかである。而して、訴外鈴木は後記のような訴外安藤との特約にもとづき、前記原告から訴外今成が受領した現金五百万円のうち金二百六十万円を自己において取得し、被告に対しては金二百四十万円のみを内金として交付しているのである。

(4) のうち同三十二年十一月一日、訴外今成が被告理事長訴外亡石田信次のもとに小切手、約束手形(前記原告主張通りの)を持参したことはあるが、これは訴外鈴木の代理人としてではなく、被告の代理人として持参したものである。なお本件不動産を参加人に売り渡したこと、及び右について参加人が未だ所有権移転登記手続を経ていないことは何れも知らない。

(2)  被告は訴外安藤の代表権は制限せられており、従つて同人は訴外今成に本件不動産の売買契約について代理権を与えたことはないと主張するが、被告は私立学校法人であり、従つて民法第五十三条の規定が準用せられる結果、理事は各自代表権限を有する。而して、被告の理事訴外安藤は右代表権限に基き以下に述べる経緯で、訴外今成を原告主張の売買契約に関し、被告の代理人に選任したものである。そして原告は被告を適法に代理する訴外今成との間で、前記のように原告主張の売買契約を締結し、これにもとづいて本件不動産について、前記仮登記をなしたものであるから、右仮登記は有効であり、被告の右仮登記の抹消を求める本訴請求は失当である。即ち、

(イ) 取引業者である訴外鈴木は、被告の役員の一人から、被告が本件不動産の買主を物色中であること、その価格は金千五、六百万円であること、売買についての被告側の責任者は、訴外安藤であること、などを聞き知つたので、昭和三十一年八月頃、訴外安藤を訪ね、その真偽を確めてみたところ、同訴外人は右の話が真実であることを認めたが、唯価格の点丈は後日被告の理事会で相談のうえ決定するとのことであつた。

(ロ) その後一、二ケ月経つて訴外鈴木が訴外安藤を訪ねた際、安藤は、価格は金千八百万円を下つてはならないこと、売買の費用や手数料は支払わないが、金千八百万円を超える金額は訴外鈴木の所得としてよい旨の条件で、同訴外人に買主の物色を依頼した。

(ハ) そこで訴外鈴木は同年十月頃から、新潟市内で買主を物色したが、何分にも価格が高いため買主が見当らず、ついには東京にまで買主を求め、あるときは訴外鈴木が買主から手付金を受け取つたものの訴外安藤から金五十万円位の手付金ではだめだと反対され締約に至らないことなどがあつた。

(ニ) かくして訴外鈴木は原告に本件不動産を売り込もうと考え、予て原告方に出入りしていた訴外田沢清一を介して原告と交渉した結果、原告がこれを買い受けることとなり売買価格は金二千六十万円と決定した。

(ホ) そこで鈴木は同年十一月中旬頃、訴外安藤を訪ね買主が見付かつたことを報告し、その際、鈴木は「買主は市内の木工屋です。」といつた丈で敢て原告の名をあげなかつたところ、訴外安藤は「それは山下家具店だろう。」と図星を指した。

(ヘ) かような経過でいよいよ契約締結の気運も近付いたので、訴外鈴木、同田沢は相談の結果、締約の際は売主側の代理人として弁護士に一任した方が良いという結論に達し、同年十一月二十五日頃、訴外鈴木は先ず訴外安藤を訪ね、右の話をして、弁護士である訴外今成一郎を選任してはどうかと持ちかけたところ、訴外安藤はこれに同意した。ついで訴外鈴木は訴外今成を訪ね右の経過を話して締約について訴外安藤の承諾を得ているので、被告の代理人として一切の事務を処理して貰いたいと話したところ、同弁護士は被告の真意を確めるため訴外安藤に電話して、原、被告間の本件不動産の売買契約について、被告の代理人となることの許否について問い合せたところ、同訴外人はこれを諒承したので、訴外今成は右申出を承諾したものである。

(ト) その後、訴外鈴木は訴外今成の作成した契約書の控(後に締結した契約条項とほぼ同一内容のもの)を訴外安藤の許に持参してこれを示したところ、同訴外人はこれに同意した。そして同三十一年十一月三十日(契約締結の日の前日)訴外鈴木、田沢は訴外今成と本件売買契約の細目について打合せをしたうえ、前記のように同年十二月一日原、被告間に本件不動産について売買契約が成立したものである。

(チ) そして十二月四日訴外鈴木は右十二月一日付の原、被告間の売買契約書甲(第一号証)及び前記内金五百万円を訴外安藤方に持参し、契約の成立した旨を話して同契約書を示したところ、訴外安藤はこれを諒承した。又契約の名義人が田村元蔵となつている理由について説明したところ訴外安藤は異議なくこれを諒承した。次いで訴外鈴木は訴外安藤に原告が金五百万円の内金を支払つている旨を話し、原告の請求によつてそれと同額の金五百万円の火災保険契約をすること及び右保険金請求権に原告のために質権を設定することを求めたところ訴外安藤は快くこれを承知し、後日訴外鈴木の求めに応じ保険申込書、質権設定承認請求書に各押印した。而して、鈴木は安藤との前記特約により、原告から受領した金五百万円のうち自己の手数料として金二百六十万円を差し引き、残金二百四十万円を原告から被告に対する内金として、訴外安藤にその場で交付した。

(リ) その後同月十二日、先に原告の請求原因に記載したように、原告の代理人訴外林専は、訴外今成から質権設定済の金五百万円の火災保険契約証を受領したが、その際、右契約証の保険契約者が被告の理事である訴外安藤文平名義となつていたので(訴外林は被告の理事長が訴外亡石田信次であることを知つていた。)、その理由を尋ねたところ、訴外今成は訴外安藤が被告の新築資金面の担当者であり、本件不動産売買についての責任者であると答えた。

(ヌ) そして同三十二年四月下旬には、前記原告の請求原因に記載したように、被告から訴外今成を通じ、本件不動産の引渡を猶予して欲しい旨原告へ通知があり、又同年十月初旬頃には、訴外今成を通じ、本件不動産の引渡が可能な旨の通知が原告に対してなされた。

(ル) ところが前記のとおり当時金融が逼迫していたため、同月二十日、訴外林専は訴外安藤と、又同月二十六日頃には同訴外人及び訴外田沢と、何れも訴外今成の事務所で訴外今成を交え残代金支払の方法について協議を重ねたが結論に至らなかつた。

以上の経過によつて明らかなように訴外今成は本件不動産の売買について一切の権限を有していた訴外安藤から本件売買契約締結の代理権を与えられていたものであり、しかも安藤は右契約の内容について事前にこれを知つたうえ諒承していたものであつて原、被告間の本件売買契約は有効に成立したものである。

2  原告の抗弁

仮りに本件売買契約の締結が被告の主張するように訴外今成の無権代理行為であつたとしても、以下の事情によつて明らかなように被告はこれを追認したものである。即ち、

(1)  訴外安藤は同三十一年十二月四日、訴外鈴木から本件売買契約が成立した旨の報告を受け、且つその契約書(甲第一号証)を見たうえで、これを承認していること。

(2)  前記のように火災保険申込書及び質権設定承認請求書(甲第六号証)に訴外安藤が押印していること。

(3)  本件売買契約成立後訴外安藤は自ら又は訴外今成をして原告とその後の交渉をなし又はなさしめていること。

(4)  同三十一年十二月五日、訴外鈴木、田沢、安藤及び今成の四名が料亭「鍋茶屋」に会し盛宴を張つたこと。

(5)  同三十二年八月頃、今成と被告理事長訴外亡石田信次が新潟地方裁判所の前で出会つた際、右亡石田は訴外今成に対し、本件売買契約に対する労を謝し、今後ともその売買契約の履行について尽力されたい旨依頼した。

等の事情が存在する。

以上1、2の次第であるので、被告の本訴請求は失当である。

(四)  右原告の主張に対する被告の再答弁

1  原告の答弁中(2) の(イ)、(ロ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(ヌ)、(ル)の各事実は全て否認する。原告の答弁中(2) の(ハ)、(ニ)、(リ)の各事実は知らない。又同(チ)の事実のうち、訴外鈴木から「契約が成立したから物件の引渡を受けるまで保全のため火災保険を付したい」との申出があつたことはあるが、それは昭和三十一年十二月十日前後のことであり、当時そのいみで調印して渡したことはあるが、原告主張のような事情は知らない。なお訴外鈴木から本件不動産売買の内金として金二百四十万円を受けとつたことはあるが、それは右鈴木との売買契約に伴う内金である。その余の事実は否認する。

2  前記のように本件不動産は、校舎の新築事業工事の重要な財源として予算に計上してあるので、これが処分については、被告は慎重を期して取り扱つて来たものである。従つて原告の主張するように一仲介業者にその売買を一任するとか、価格の交渉を依頼するようなことはなく、又訴外今成に仮りに委任するとしても、買受人、売買代金などにつき直接明示することなく売買契約の委任をすると言うことはあり得ないことである。訴外今成は訴外鈴木が本件売買代金の支払に窮した同三十二年十月頃からは専ら買主である鈴木の側に立つて代金の支払繰延べ、分割払を被告に容認して貰うべく奔走していたものであつて、被告のために何ら行動したものではない。仮りに原告が主張するように、同三十一年十二月一日以前に、甲第一号証の不動産売買契約書の原稿が作成されて被告に示されたというのであれば、その三日後の同年十二月四日に被告は訴外鈴木とさらに売買契約をなす必要はない。蓋しこのことは両者の契約条件を比較して原、被告間の契約が、鈴木と被告間のそれに比し格段に有利なことから考えても明らかなところである。

3  原告主張の抗弁はこれを争う。被告は訴外今成の無権代理行為を追認したことはない。尤も訴外安藤が原告主張の日に、その主張のような宴会に列席をしたことはあつたが、それは同年十一月四日、訴外鈴木との売買契約が成立した日の翌日であつて、鈴木の招待を受けたものである。又原告主張のように裁判所の前で訴外亡石田信次と今成が出逢つたことはある。しかしそれは同年九月上旬のことであつた。その際、今成から学校工事の進捗状況を尋ねられたので、九月末頃までに完成させたいと思うが、完成すれば多額の工事費を支払わねばならないと話したことはある。しかし原告主張のように、本件不動産の売買について、同人の労を謝したり、契約の履行について尽力を依頼したことはない。当時同三十二年五月頃から学校長として右亡石田が新潟市内外の有力者に建築資金の寄附を懇請する依頼状を発送し、募集委員がお願いに戸別訪問していた最中であつたので、今成にもこれを依頼していたことでもあり、その点について何卒よろしくお願いするといつたのが真相である。

(五)  参加人の請求原因

1  原告は昭和三十一年十二月一日、本件不動産を被告から金二千六十万円で買いうけ、即日内金五百万円を支払つたが、被告においてその引渡並びに所有権移転登記手続をしないので、原告は本件不動産について、同三十三年八月七日、新潟地方法務局受付第一一、一〇四号の所有権移転の仮登記をしたうえ残代金千五百六十万円と引きかえに右引渡と所有権移転登記手続を求める旨主張して、被告に対し本件訴訟に及んだものであるが、後記のように原告と被告間の右売買契約は不成立或いは成立したとしても無効であり従つて原告の前記仮登記は登記原因を欠く無効なものというべきである。しかるに一方参加人は同三十二年十一月十二日、被告から本件不動産を金千八百万円で買い受けてその所有権を取得し、即日右代金全額を被告に支払つたものである。而して被告は原告との争訟のため所有権移転登記手続をとつていないが、右のように参加人のみが本件不動産の所有権を有するものであるにも拘らず原告はこれを争つている。

2  而して原告の主張が理由のないことは以下に述べるところによつて明らかである。

(1)  参加人は被告法人の理事であり、本件不動産の売買に関する協議にも列席しているので、本件不動産売却の経緯は熟知しているものであるが、被告の理事訴外安藤文平は被告の理事会の決議にもとづき、訴外鈴木保司に本件不動産を代金千八百万円とし、その内金五百万円をとりあえず授受するという条件で売り渡すべき旨の委任を受け、右委任の趣旨通りに、同三十一年十二月四日、訴外鈴木保司に本件不動産を売り渡した(但し内金については鈴木の懇請を容れて金二百四十万円に減額した。)。

(2)  しかるに、訴外鈴木は内金二百四十万円を支払つたのみで残代金の支払をしないので、被告は同三十二年十月二十九日、予て訴外今成一郎に依頼して作成した原稿にもとづき、期限付催告並びに解除の通知を訴外鈴木に宛てて発し、右通知はその翌日頃同人に到達したが、同人が右通知に定められた期限に残代金を支払わなかつたので、右解除通知の条項により、被告と訴外鈴木との右売買契約は右期限の徒過によつて当然解除された。

(3)  しかし、かくては被告の重大事業である校舎移転に一大支障を生ずるので、同年十一月十二日、前記のように参加人が被告からこれを買い受け本件不動産の所有権を取得したものである。

(4)  以上のとおり被告が本件不動産の買主として交渉したのは、訴外鈴木と参加人のみである。仮りに訴外今成が被告の代理人と称して本件不動産について右以外の買主と売買契約を締結したとしても、その相手は虚無人たる田村元蔵であつて原告ではない。従つて外形的にも原被告間には売買契約は成立しなかつたものであり、又右田村元蔵との契約は本件の如き信用売買について相手方の如何は契約の要素に属し、かつ被告代理人は田村が実在する人物であると信じたからこそ取引をしたのであるから要素の錯誤により無効というべきである。

(5)  仮りに原告主張のように右田村元蔵と原告との間に同一性があつたとしても、被告は訴外今成に本件不動産の売買について何ら代理権を与えていないのであるから、訴外今成の締結した原告との間の売買契約は無権代理行為によるものであつて、被告に何らの効力を生ずるに由ないものである。このことは以下の事情によつて明らかである。即ち、

(イ) 被告は訴外今成に本件不動産の売買について委任状を交付していないし、又同人からこれを請求されたこともない。

(ロ) 前記のとおり訴外安藤の権限は制限されていたから、同人がさらに原告との売買契約のために訴外今成を委任する訳がない。

(ハ) 被告の理事会は訴外安藤から原告もしくは田村元蔵が買主であること、及び訴外今成に売買契約締結の委任をしたことについて全く報告をうけていない。もしかかる事態が生じたなら、訴外安藤は直ちにこれを理事会に報告する筈である。

(ニ) 原告主張の売買契約を締結していたら訴外安藤の人格から考えその直後に訴外鈴木と前記の契約をすることは到底考えられないし、又同人に支払請求をしたり、解除の通知をしたりする必要もない。そして原告も、その主張の仮処分をなすについて田村元蔵名義を用いる必要はないし、その後被告の調査によつて田村が虚無人と判つてからも、右仮処分を急遽取り下げたりする必要はなかつた筈である。さらに被告の右調査も訴外今成が代理人であれば同人に聞けば直ちに分ることで不要であつた筈である。

(ホ) 訴外鈴木が代金の内金を訴外安藤の許に届けたり、又火災保険契約について訴外安藤と協議したりしているが、これらのことは全て訴外今成においてなすことが妥当であり又可能であつた筈である。

これを要するに、原告主張の売買契約は、訴外鈴木、同田沢らが、被告の本件不動産の売出価格が金千八百万円であり、内金は金二百四十万円であることを原告に秘し、多額の利益を得るため、種々工作をめぐらし、買主及び代理人を仮装してなしたものと推測しうるのである。

以上の次第で参加人は原告に対し前記登記の抹消登記手続並びに原告及び被告に対し、本件不動産の所有権の確認をそれぞれ求める。

(六)  右参加人の請求原因に対する原告及び被告の答弁

1  原告の答弁並びに抗弁

(1)  請求原因1のうち参加人が本件不動産を被告から買い受けたこと、及び所有権移転登記手続をしていないことは知らない。その余の主張は争う。2の(1) の事実は否認する。同(4) の主張は争う。原告が本件不動産の売買について田村元蔵なる虚無人名義を用いたのは、前記原告の請求原因1記載のような理由によるのであり、又前記被告の請求原因に対する原告の答弁中(1) で述べたように、当時被告の代理人である訴外今成も、原告と右田村元蔵の同一性についてはこれを知悉し、訴外安藤も事後にこれを承認しているのである。(5) の主張は争う。訴外今成に本件不動産売買契約について代理権があつたことは、前記被告の請求原因に対する原告の答弁中(2) で詳述したとおりである。参加人が主張する訴外鈴木と被告との間の契約は、同訴外人が本件不動産の売買についての手数料を確保するため、特に売買の名を藉りてなした仮装のものであつて、この点についても先に被告の請求原因に対する原告の答弁中(1) において述べたとおりである。

以上によつて明らかなように訴外今成は本件不動産の売買について一切の権限を有していた訴外安藤から本件売買契約締結の代理権を与えられていたものであり、しかも安藤は右契約の内容について事前にこれを知つたうえ諒承していたものであつて、原、被告間の本件売買契約は有効に成立したものである。

(2)  仮りに本件売買契約の締結が被告の主張するように訴外今成の無権代理行為であつたとしても、前記被告の請求原因に対する原告の抗弁中(1) ないし(5) において述べた事情から考え、被告はこれを追認したものである。

以上の理由により参加人の本訴請求は失当である。

2  被告の答弁

参加人の請求原因事実は全て認める。

三、証拠関係<省略>

理由

一、被告は参加人の請求を認め、その請求原因事実を全て認めると述べているので、先ずこの点について判断する。参加人は被告から、本件訴訟以前に、本訴係争物たる本件不動産を譲り受けたと主張し、原告及び被告を相手どつて本件訴訟に参加したもので、民事訴訟法第七十一条の当事者参加に該当する場合であり、紛争を論理的に矛盾なく解決する判決がなされねばならないから、たとい被告と参加人との間に争がなくとも、原告は被告と参加人との間の本件不動産の譲渡を争い、参加人の主張を牽制しつつ自己に有利な判決を求めることができなければならない。従つて被告は参加人に対し請求の認諾、自白その他原告を害するような訴訟行為はできないと解すべきであるから、被告の右請求の認諾は無効である。

二、次に原告の被告に対する本件不動産の引渡及び所有権移転登記手続の各請求(昭和三十三年(ワ)第二七八号事件)並びに被告の原告に対する仮登記抹消登記手続の請求(同年(ワ)第三〇二号事件)について判断する。

(一)  当事者間に争いない事実

訴外田村元蔵が虚無人であること、被告が訴外鈴木保司から、本件不動産の売買代金内金として金二百四十万円を受け取つたこと、本件不動産のうち建物について、同訴外人が売買契約の成立に伴い、火災保険を付すべきことを昭和三十一年十二月上旬頃、被告の理事訴外安藤文平に申し入れた事実、同月四日頃、訴外鈴木、同安藤、同今成一郎、同田沢清一が新潟市内の料亭「鍋茶屋」で宴会を催したこと、同三十二年十一月十五日被告の理事長訴外亡石田信次が訴外今成に本件不動産を他に転売したと告げたこと、同年十一月十八日、新潟地方裁判所から、田村元蔵名での被告に対する本件不動産の処分禁止仮処分命令が発せられたこと、同三十三年八月七日、原告が本件不動産について、同三十一年十二月一日付の被告との間の本件売買契約にもとづき、所有権移転の仮登記仮処分命令を得、同日、新潟地方法務局受付第一一、一〇四号をもつて右仮登記をなしたこと、

以上の事実は当事者間に争いがない 。

(二)  右の事実と、成立に争いない甲第九号証、乙第一号証、証人林専同今成一郎(第一、三回)、同鈴木保司(第一回)、同田沢清一の各証言と右各証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証、証人金子幸男、同安藤文平(第二回)(但し後記措信しない部分を除く)の各証言と右各証言及び証人今成一郎(第一回)の証言によつて真正に成立したものと認められる同第二、三号証、証人金子幸男の証言によつて真正に成立したものと認められる同第六号証、同安藤文平(第一回)(但し後記措信しない部分を除く)の証言と右証言及び証人鈴木保司(第一回)の各証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二号証、証人鈴木保司(第二回)の証言と右証言によつて真正に成立したものと認められる同第五号証、並びに証人鈴木保司(第三、四回)、同今成一郎(第二、四回)、同安藤文平(第三回)同大滝由七郎の各証言及び被告代表者石田信次尋問の結果(但し証人安藤(第三回)同大滝の各証言、被告代表者尋問の結果中後記措信しない部分を除く)を綜合すると次の事実を認めることが出来る。

1、売買契約成立までの経過

(1)  被告は昭和三十年十二月中予て計画中であつた被告学校法人の校舎の移転、改築について具体案を纒め、翌三十一年一月中旬頃、被告のP・T・A総会でこれを決議した。右決議によつて、被告は総予算約五千八百万円のうち金融機関その他からの借入金、各種寄附金によつてもなお賄い得ない金千八百万円の不足分に充てるため、被告所有の本件不動産を他に売却することとなつた。

(2)  そして、その頃、被告の理事会は被告の理事訴外安藤文平に、本件不動産の売却方を委任することを決定し、その際条件として、支払能力の点に充分注意して買主を選ぶこと、価格は金千八百万円を手取りとして被告が受領できるようにすること、を同訴外人に要求したのみで、その他の点については全て同訴外人に一任することとなつた。

(3)  一方新潟市内で戦後不動産ブローカーをしていた訴外鈴木保司は、同年六月上旬頃、新聞紙上で右事実を知り、被告のP・T・Aの役員をしていた知人にその真偽を確めたところ、予て面識のあつた訴外安藤が一切委されていることを聞いた。そこで、被告から本件不動産の売却についてその仲介を依頼して貰うため、鈴木は同月下旬頃訴外安藤の自宅を訪ね、売却の斡旋をしたい旨申し入れると、安藤も一応これを諒承し、同日は価格の点は明示しなかつたが、安藤が被告理事会から本件不動産売却の権限を一任されていること、建物の引渡は翌三十二年四月の新学期頃になる見込みであることなどを鈴木に話した。

(4)  鈴木は、同三十一年八月上旬頃までさらに数回安藤を訪ねた結果、その頃、本件不動産を(イ)価格千八百万円但しこれは被告の手取りで、右価格を超える部分は仲介手数料諸経費などとして鈴木が取得してよいこと、しかし被告としては鈴木に手数料その他諸経費など一切の支払をしないこと、(ロ)学校の体面上容易に他に転売する可能性のあるブローカーには売却しないこと、(ハ)支払能力ある買主を探すこと(ニ)内金は少くとも金三百万円とすること、(ホ)絶えず安藤に状況を報告し乍ら仲介を進めることの条件の下に他に売却することを正式に鈴木に依頼した。

(5)  爾来鈴木は買主をさがし求め同年十月上旬頃まで、新潟市内は元より他県へも出掛け、上京することも両三度に亘つたが、何分高価なため容易に買主も見当らず、他方安藤からも強く督促されて焦慮していた。ところがたまたま本件不動産が新潟市内で手広く木工業を営む原告の近くにあつたことから、原告の倉庫として売り込むことを思いついて、原告方に専ら出入りする同業者(不動産ブローカー)の訴外田沢清一を通じ、原告代表者訴外山下善次郎に働き掛けた結果、同年十一月中旬に至り、価格金二千六十万円、内金は五百万円とし契約と同時に支払うこと、引渡期日は同三十二年五月末日、残代金は右引渡と同時に支払うこと、売買契約及び登記手続は原告以外の他人名義でなす場合があることなどの大略の取引条件が決定した。

(6)  そこで、鈴木はこれを安藤に報告し、その際わざと原告の名を伏せて、買主は市内の一流の木工屋である旨を告げたところ、安藤は直ちに原告名を指摘したので、鈴木もこれを認め次いで右原告との契約条項の大略を報告しその同意を得た。

(7)  当時訴外田沢清一は本件不動産の価格が高額なこと及び自己の原告に対する立場上、本件売買契約を円滑に進めるため、被告の代理を弁護士に委任しようと考え、鈴木と相談して、鈴木の知人である新潟県弁護士会所属の弁護士訴外今成一郎を被告の代理人とすることに内定し、同月二十日過頃、鈴木がこの旨を安藤に伝えたところ、訴外今成弁護士が自己の遠い姻戚関係もあり、且つ同人を熟知していたので、直ちに本件売買契約の締結並びにその履行確保について、同弁護士を被告の代理人とすることに同意した。その際鈴木は安藤に対し前記内金五百万円のうち金二百六十万円は、被告の指値である金千八百万円と、原告との間の現実の売買価格である金二千六十万円の差額として、予ての約束に従い、鈴木において手数料、諸経費などに充てるため貰い受けること、原告の都合で売買契約の名義は誰になるか不明だが、契約締結までに決定することを告げ、安藤の諒承を得た。

(8)  そこで、鈴木は同月二十五日、訴外田沢とともに今成弁護士の事務所に赴き、自分が本件不動産について被告から売買の斡旋を委任されていることを告げたうえ、本件売買契約について同弁護士に被告の代理人となつて貰いたい旨の安藤の意向を伝えた。今成はこれを一応承諾して、同人らが示した前記契約条項を記録し、その後同日中に安藤に対し電話で、鈴木の前記依頼が真実か否か確めたところ、安藤は、鈴木から聞いて良く分つている、よろしく頼みたいという趣旨のことを言つて、右代理権授与の事実を肯定した。その際今成は先刻鈴木の話では明確でなかつた被告学校法人の正式の名称、代表者の氏名を安藤に尋ねその回答を得た。

(9)  訴外今成は右資料に基いて、不動産売買契約書の原稿を作成して、一たん鈴木に示しその同意を得たうえ、当時契約日時は同年十二月一日と決定していたので右日付も入れてタイプで右契約書を四通作成させ、うち一通を鈴木に交付した。鈴木はこれを安藤方に持参し、同人に示してその同意を得た。そして、同年十一月三十日(売買契約締結の前日)今成、田沢、鈴木の三名で最終的な打合せをした。なお鈴木は前記手数料などを確保するためその頃今成に対し、内金五百万円を受領した際は、自分が被告に届けるから連絡して欲しいと依頼しておいた。

2、本件売買契約の成立

(1)  同年十二月一日、訴外今成の弁護士事務所に、訴外田沢と原告代理人原告会社専務取締役訴外林専及び被告代理人訴外今成の三者が参集し、要旨以下のような条項で、本件不動産の売買契約を締結した。

(イ)代金二千六十万円、(ロ)被告は昭和三十二年五月末日までに本件不動産を空家として現状のまま原告に引き渡すこと、(ハ)内金は金五百万円とし契約成立と同時に原告はこれを被告に支払うこと、なお残代金千五百六十万円は右引渡完了と同時に被告に支払うこと、(ニ)本件不動産の所有権移転登記手続に関しては原告又は原告の指名する者に分割して登記をしても被告に異議はないこと、(ホ)本件不動産の引渡又は代金支払については多少の日時の遅延があつても原、被告双方善意をもつて処理すること。

そして即日原告代理人林は被告代理人今成に内金五百万円を支払つた。ところが、予て、原告が他日本件不動産を他に転売することも考えられ、その場合原告の名前が出れば原告の体面にも関わること、その他税金対策上も、原告名義で契約をせず、他人名義を用いた方が得策である旨の話合が、原告代表者と訴外林専、同田辺清一との間に出来ており、同日今成方に赴く前に原告代表者の手許にあつた有合印に合わせて田村元蔵なる虚無人名義を用いることとしていたので、右契約の際林は今成に虚無人であることは告げず、唯買主は原告であるが、便宜社長の友人の訴外田村元蔵の名義を用いて契約することを求めた。今成も、既に訴外鈴木から右事情を聞いていたことでもあり、何れにせよ、買主は原告であり、内金として金五百万円を持参していることでもあるので、直ちにこれを承諾して、前記タイプした不動産売買契約書二通の末尾にそれぞれ原告代理人林は住所は適宜東京都中央区銀座西二丁目六番地として、田村元蔵名を記名して前記有合印をその名下に押印し、被告代理人今成は被告代理人として署名押印しその一通を林に(甲第一号証)他の一通を今成がそれぞれ受領した。

(2)  そして上記のように本件不動産の引渡まで可成り日時があつたので、訴外林専は、同日本件不動産のうち、建物について内金相当額である金五百万円の火災保険契約を被告において締結したうえ、原告のために被告の右火災保険金請求権に質権を設定して欲しいと申入れた。ところが訴外今成は右条件を前もつて聞いていなかつたため即答しないで、訴外鈴木に契約が成立したこと、内金五百万円を受領したので取りに来るよう電話で連絡し、その際、右火災保険契約のことも伝えておいた。

(3)  訴外鈴木は同月三日、今成方を訪ね、今成が保管していた右売買契約書一通、及び金五百万円を受領したが、その際右契約書の買主名義が田村元蔵となつていたので、この点を尋ねたところ、今成は、前記訴外林の要求を同訴外人に伝えた。同訴外人は右金員及び契約書を安藤方に持参し、安藤に対して、右金五百万円を見せたうえ、前記安藤との特約により、予め右金員中金二百六十万円を仲介手数料その他諸経費に充てるため取得する旨断つて、残額金二百四十万円と、不動産契約書を手交し、さらに右田村名義となつた事情について、今成の説明をその侭伝えたところ、同訴外人もこれを諒承した。そして鈴木は今成から要請のあつた火災保険契約の締結と質権の設定について、安藤の諒解を求めたところ、安藤から本件不動産仲介の一環とじて鈴木が出捐してその契約をするよう希望したので、これを承諾し、同日頃訴外大正海上火災保険株式会社の代理店に赴き、本件建物について被告が金五百万円の火災保険契約を締結する旨、及び右保険金請求権について、原告のために質権を設定して欲しい旨を告げてその手続を依頼し保険料として金六万九千円を支払つた。

(4)  なお右同日、前記のように安藤が鈴木と対談していた際、安藤が鈴木に対し、同人には既に金二百六十万円の仲介手数料その他諸経費を支払つたことになるのであるから、これ以上被告に対し如何なる名義でも金員の請求をしない趣旨の念書を差し入れることを要求したので、鈴木も又本件不動産の売買代金が金二千六十万円であるのに、被告の手許には金千八百万円しか入らないことから、後日現在受領した金二百六十万円も再び被告に返還せねばならなくなる事態に立ち至ることを虞れ、相互に右の趣旨で文書を取り交わすことにした。そこで安藤の意見も考慮し、安藤が鈴木に差し入れるべき書面は、鈴木の手許にあつた前記売買契約書(控)の文面をその侭利用することとした。そこで、鈴木は前記売買契約書の余部があればこれを貰いうけて流用しようと考え、翌四日今成宅を訪ねたところ今成が不在であり、右余部も見当らなかつたので、止むなく、同家の書生に物件目録のみを見付けて貰い、それと持参した前記売買契約書の控(代金額、内金額、日付などもタイプ済みのもの)を参照し、右書生に代金額、内金額、日付を除くその余の部分を謄写させて、これを安藤方に持参し、同所で代金として金千八百万円、内金額二百四十万円、日付を同日である昭和三十一年十二月四日と記入して末尾に、被告代理人として、その理事安藤及び鈴木が各署名押印をなし、恰も同日付で、本件不動産について被告と鈴木との間に、代金は金千八百万円、内金は金二百四十万円その他の条項は本件売買契約書(甲第一号証)とほぼ同一(物件目録中家屋地番に若干差異がみられる。)の売買契約が成立したような文書(乙第二号証)を作成し、これを前記の趣旨で相互に遵守することを約し、一方鈴木も右乙第二号証の趣旨に副つて、同日付で鈴木が被告から買い受けた本件不動産について、今後如何なる名目にもせよマージンその他金員の請求をしない旨を記載した、同日付の安藤に宛てた鈴木の署名のある「念書」と題する書面(乙第五号証)を作成して安藤に交付した。なおその際安藤は鈴木に対し、原告からの残代金の支払について、鈴木が一切干渉しないようにと申し渡した。

(5)  なお前記火災保険契約については、同月五日、訴外鈴木の依頼を受けた前記保険会社の係員が、同訴外人の指示に従つて、訴外今成方を訪ね、火災保険申込書(甲第二号証)、質権設定承認請求書(同第三号証)をそれぞれ今成に示して契約の締結を求めたので、今成は右申込証の申込人欄に被告の住所、法人名及び理事安藤文平の氏名を記名し、右承認請求書の被保険者欄に右と同様の記名をし、質権者欄に前記田村元蔵の住所氏名を記入したうえ、これを訴外鈴木に手交し、同人を介して、その頃訴外安藤、同林に押印を求めさせたところ、両名とも何ら異議なくこれに押印した。そこでこれを前記会社係員に渡し、同月十日過頃、前記のとおり質権を設定した火災保険契約証(甲第六号証)を同会社より受領し、その頃、これを原告の代理人訴外林に引き渡した。その際訴外林は右契約証の保険契約者欄の氏名が被告代表者訴外石田信次名義ではなく、理事の訴外安藤名義であるのに不審を抱き、この点を今成に質したところ、今成は、安藤が本件不動産の売買契約についての責任者である旨を説明したので、林もこれを諒承した。

3、本件売買契約成立後の経過

(1)  同月五日、訴外鈴木の出捐で、本件売買契約の成立を祝つて、訴外安藤、同今成、同田沢及び鈴木の四名が新潟市内の料亭「鍋茶屋」で盛宴を張つた。

(2)  その後、同三十二年四月下旬頃、原告は訴外田沢を介し、訴外今成に対して、前記契約条項通りに同年五月下旬に本件不動産を引渡して欲しいと申し入れたが、被告から新校舎の工事の遅延を理由に同年の夏休前まで待つて欲しいとの懇請があつたため、暫らく静観することにして推移するうち、同年九月下旬に至り、訴外安藤から今成を通じ、原告に対し本件不動産の引渡が可能となつた旨の連絡があつた。

(3)  ところが、当時同年六月頃から、金融引締が行われていたため、当初の予想に反し、原告において直ちに残代金千五百六十万円全部を支払うことが不可能な状態になつていたので、訴外今成を通じ被告に対して分割支払を承認して欲しい旨の要請がなされ、このため同年十月二十日、同月二十四日の両日に亘り、今成方で同人の斡旋により訴外林及び安藤が相会して右残代金の支払方法につき種々協議を重ねたが、当時、被告としては、原告への本件不動産の引渡が遅延し、このため残代金が入らないことその他の事情で、工事請負人の訴外吉田組に対する毎月五日の支払も滞り勝ちであり、その金融に苦慮していたため、短期間の分割支払方法以外は応じられないとの強い態度で交渉に臨んだため、妥結に至らなかつた。そこで訴外今成は右交渉を進展させようと考え、双方に対し両者の中間をとつて同三十三年三月末日までの五ケ月間の分割支払方法を提案したところ、原告は直ちにこれに応じ、同年十月三十一日、原告振出の額面金五百万円の小切手一通、同年十一月、十二月の各末日満期の約束手形(額面各金百万円)二通、同三十三年一月、二月各末日満期の約束手形(額面各金二百万円)、同年三月末日満期の約束手形(額面金四百六十万円)を今成方に持参した。なお訴外鈴木も右分割支払に伴う被告の手形割引料支払の負担を、自己において引き受けることとし、日歩二銭四厘の割合で算出した合計金二十九万円位の割引料相当額を同日今成方に持参した。

(4)  そこで訴外今成は原告の代理人訴外田沢を伴つて、翌十一月一日、被告新校舎に被告学校長訴外亡石田信次を訪ね、右手形並びに金員を示し、その考慮を促したが、石田は理事会に諮ることを約し、右手形要件などをメモしたが、保管上責任がもてないとの理由で、これを預ることを拒否したため今成は右手形などを持ち帰つた。

(5)  その後同月十五日に至り、訴外今成が右亡石田信次と出会つた際、同人から本件不動産は他に売却した旨の話を聞いたので、これを原告に連絡したところ、原告は、同月十八日、新潟地方裁判所から、田村元蔵より被告に対する本件不動産についての処分禁止の仮処分命令を得、右事件の異議訴訟中、さらに同年八月六日、同地方裁判所に原告名をもつて被告に対し、同三十一年十二月一日付本件不動産の売買契約による所有権移転の仮登記仮処分命令の発布を申請し、翌八月七日、認容の命令を得、同日新潟地方法務局受付第一一、一〇四号をもつて、右のとおりの仮登記手続を了した(なお前記仮処分異議事件は同月二十七日、右仮登記がなされたため、原告の取下により終了した。)。

右認定に反する前掲証人安藤文平(第一ないし三回)、同大滝由七郎の各証言、被告代表者石田信次尋問の結果(何れも一部)及び乙第十号証の記載はこれを措信しない。被告は甲第一号証は、訴外鈴木が被告の本件不動産の売出価格が金千八百万円であり、内金は金二百四十万円に過ぎないことを原告に秘匿し、巨利を得るため、訴外今成を被告の代理人に仕立てて作成した仮装文書であり、乙第二号証記載の訴外鈴木と被告との間の売買のみが、有効に成立したものであると主張するが、乙第二号証の趣旨は前記認定のとおりであり、又被告主張の右乙第二号証の趣旨に呼応するかに見える乙第四号証、同第八号証の一、二も後記認定のとおり被告の理事訴外安藤の画策にもとづくもので、本件不動産を参加人に円滑に転売するため、便宜作成した文書、及びこれに対抗する必要上訴外鈴木が乙第四号証の文面に合致するよう作成した文書であると推認され、さらに乙第七号証、同第九号証も、後記説示のように訴外田村元蔵が虚無人であると否と、又右事実を秘匿していたと否とに拘らず、原、被告間の本件不動産の売買契約は何ら影響を受けるものではないから、以上の乙号各証は何れも未だ前記認定を覆すに足りないものといわねばならず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  以上の認定事実によれば、被告と田村元蔵こと原告との間に、原告主張の日にその主張のような売買契約が成立したことが認められ、右契約の成立と同時に原告は被告に対し内金名下に金五百万円を支払つたが、その余の残代金千五百六十万円を未だ被告に支払つていないのであるから、被告は、原告から右金千五百六十万円の支払を受けるのと引きかえに、原告に対して本件不動産を引き渡し、かつ先に原告がなした前記所有権移転の仮登記にもとづいて所有権移転登記手続をなすべき義務があるものというべきである。

(四)  被告は、訴外安藤は被告理事会の決議により訴外鈴木に本件不動産を売却することのみを委任されたから、同訴外人が原告との間の売買契約について訴外今成を代理人に選任することはあり得ないし、又その権限もなかつた。従つて訴外今成のなした原告主張の売買契約は無権代理行為であつて無効である旨抗争するが、前記認定事実に照らしその失当なることは明白である。

さらに被告は仮りに今成に右代理権があつたとしても、原告は今成に田村元蔵が虚無人であることを告げなかつたから、今成は右田村が実在するものと考え、右田村と契約をする意思で原告主張の契約をしたもので、原、被告間の売買契約は存在せず、右田村と被告との契約も虚無人が相手方であるから無効であると抗争するが、前記認定のとおり、本件売買契約はその名義人の如何に拘らず、原、被告間に成立したもので、今成は支払能力のある原告が買主であることを明白に認識しており、被告の責任者安藤も又これを事前及び事後に亘つて報告され、かつ承認しているものであるから、名義人たる田村元蔵がたとい虚無人であつたにせよ、そして原告がこれを今成に秘匿していたにせよ、原、被告間の本件売買契約には何ら影響を及ぼすものではないというべきであるから右主張も又失当である。

(五)  以上によればその余の争点について判断するまでもなく原告の被告に対する本訴請求はいずれもその理由があり、他方被告の原告に対する仮登記抹消登記手続の請求は失当であるからこれを棄却すべきである。

三、次に参加人の原告及び被告に対する各所有権確認、原告に対する仮登記抹消登記手続並びに被告に対する所有権移転登記手続を求める各請求について判断する。

(一)  被告に対する各請求について

1、前記認定事実と証人安藤文平の証言(第三回、一部)と参加人代表者大倉常策の尋問の結果及び右証言と代表者尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる丙第一号証、証人今成一郎(第一回、一部)の証言と同証言によつて真正に成立したものと認められる乙第三号証、証人安藤文平の証言(第一回、一部)と同証言によつて真正に成立したものと認める乙第四号証(但し郵便官署作成部分の成立の真正については争いがない)、証人鈴木保司の証言(第三回、一部)の証言と同証言によつて真正に成立したものと認められる乙第八号証の一、二(但し何れも郵便官署作成部分の成立の真正については争いがない)、被告代表者尋問の結果(一部)によつて認められる事実を綜合すると、次の事実が認められる。

(1)  前記認定のように昭和三十二年十月下旬、訴外今成方で原、被告間の売買契約について、その代金支払方法をめぐり種々折衝が行われたが、当時被告代表者亡石田信次は新校舎建設の請負人訴外吉田組に対する毎月五日の支払請求に応じかね、一方原告の本件売買代金の履行も、被告の引渡懈怠の事情も加わつて、容易に進展しなかつたため痛く苦慮していた。

(2)  同月二十五日頃、訴外安藤は同今成方を訪ね、同人に対し、乙第二号証を示し、鈴木との間にこのような契約があるがこれを解除したい旨を述べて相談したところ、同人は既に甲第一号証の売買契約書もあり、安藤も右取引は熟知しているので、右乙第二号証は鈴木と安藤間の指値売買の仲介手数料などの支払に関連する文書だと考え、既に仲介も終了していることでもあり、右相談に応じ、これを解除するため同年十一月四日を履行期と定めた「通知書」と題する期限付催告及び解除の通知書の原稿(乙第三号証)を作成して安藤に交付した。安藤は右原稿にもとづいて同文の通知書を作成し、同月二十九日、訴外鈴木宛に書留内容証明郵便(乙第四号証)で発送し、その頃右通知書は鈴木の許に到達した。

(3)  訴外鈴本は前記認定のとおり既に原、被告間の売買の仲介を終えてその手数料なども受領し、剰え訴外安藤から今後は残代金支払について一切干与しないよう申し渡されていたことでもあり、恰も自己が買主として残代金千五百六十万円を期限迄に支払う義務があるかのような右通知書の文面に対し憤激の念を覚えたが、安藤の意図を察知しかね、取敢ず対抗上、右文面の趣旨に合わせ、かつ同三十三年春頃には金融も緩和して、原告の支払も可能となり、万事円満に納まるものと考えて、右通知には応じかねること、及び代金支払即ち本件不動産の明渡を同年三月十日まで延期して貰いたい旨を記載した安藤宛の同三十二年十一月一日付、「回答書」と題する書面を作成してこれを安藤に送付した(乙第八号証の一、二)。

(4)  そして安藤が前記通知書(乙第四号証)を鈴木に送付した二日後である同年十月三十一日被告は参加人から金五百万円、同年十一月六日にも金五百万円を借り受け、これを前記吉田組への支払などに充て、その後右貸金合計千万円を売買代金の内金に充当することにして、被告理事長亡石田信次と参加代表者大倉常策との間に、同月十二日、本件不動産を被告から参加人に対し、金千八百万円で売り渡す旨の合意が成立し、同日その旨を記載した不動産売買契約書を作成し、右両名が各署名押印した(丙第一号証)。そして参加人は右契約の条項に従い、同月三十日に金五百万円、同年十二月二十六日に残金三百万円を支払つた。しかし当時本件不動産について同年十一月十八日に、前記原告から被告に対する処分禁止仮処分命令が発布されていたため、所有権移転登記をなすことなく現在に至つた。

そして以上の認定事実を覆すに足りる証拠はない。

2、右認定事実によれば、原告が被告から本件不動産を買い受けているにもかかわらず、それから約一年後である同三十二年十一月十二日参加人は本件不動産を二重に被告から買い受けたことになる。従つて被告に対する関係においては、参加人の本件不動産についての所有権移転登記手続並びに所有権確認の各請求は何れもその理由がある(なお被告は参加人の本訴請求を全部認めて争わないので、所有権の確認については、確認の利益の存否が問題となるが、冐頭に説示したとおり、原告において被告と参加人間の譲渡を争う態度に出ている限り、参加人としては被告を相手方とし、原告も加えて三当事者間で紛争を一律に解決する必要があると思料するので、本件の場合はなお確認の利益はあるものと解するのが相当である。)。

(1)  ところで本件訴訟は民事訴訟法第七十一条のいわゆる三面訴訟であるから、その結論において論理的矛盾を生じないよう配慮せらるべきであるが、前記認定のように原告と参加人とは本件不動産を被告から二重に譲り受け、而して原告は有効な所有権移転の仮登記のみを有しているに過ぎない。従つて原告としてはいまだ仮登記のままであるから参加人にその所有権を対抗できないし、登記のない参加人も同様原告に対抗し得ないから、実体的な権利が相対的に原告、参加人に帰属している場合であつて、原告の各請求と参加人の右請求をともに併列的に認容しても、これをもつて結論に論理的矛盾を生ずるとはいえないと解すべき余地がある。しかし原告は仮登記を有するのであるから、このように解すると以下のような不都合な結論を生ずる。即ち、原告が先ず右の仮登記にもとづき本登記をした場合は、参加人は折角勝訴判決を得ても、最早所有権移転の本登記をなす余地がなく、又仮りに参加人が先に登記をしたとしても、現在の登記実務によれば、原告は右仮登記にもとづき本登記をすることが出来るが、参加人の右登記が抹消されない限り、他の登記を申請することが出来ない結果、参加人に対し右登記の抹消登記手続を請求するほかなく、かかる事態に立ち至れば参加人の敗訴は明らかである。このように仮登記を有する原告は、右仮登記にもとづいて本登記をなす要件があると認定される限り、仮登記の順位保全の効力によつて、結局は右仮登記に遅れる物権変動の効力を否定しうる地位にあり乍ら、前記の前提に立てば、場合によつては極めて迂遠な方法によつて自己の権利を実現せねばならず、又その過程において、登記の明瞭性を阻害する結果をも生ずるのである。

このように考えると、実体的権利の相対性を強調し、相対的な結論を導くことは、本件のような場合にあつては、形式論理的意味合いにおける論理的整合を導くことはあつても、目的論理的な意味合いにおける整合をもたらすものとは言い難い。そして三面訴訟の結論における論理的整合は、民事訴訟制度の理念に照らし、目的論理的に理解すべきものと解するのが相当であるから、原告に仮登記にもとづき本登記をなす要件が存在すると認められる本件においては、原告の請求のみを認め、参加人の被告に対する所有権移転登記の請求は棄却さるべきである。

(2)  次に参加人の被告に対する所有権確認の請求について考えてみると、前記のように参加人は原告に対する関係において、被告に対する登記請求権を否定される立場にあるものであるから、三当事者間においては、原告のみが、恰も本登記を有するのと同様の地位にあり、このため、参加人の右請求を認容すると、同一物件の所有権が、原告と参加人の双方に認容せられると同様な結論を生じ、論理的矛盾を来たすのみならず、参加人は前記認定のように登記を有しないものであるから、正当な利益を有する第三者たる原告に対して、その所有権を主張出来ないにも拘らず、もし右参加人の請求が認容せられると原告が参加人と被告との間の所有権確認の認容判決の既判力を受ける結果、恰も参加人の原告に対する所有権確認の請求が認容せられたのと同様の結論を生ずることとなる。従つて、参加人の右請求は棄却さるべきである。よつて原告の被告に対する請求は何れもこれを認容し、参加人の被告に対する請求は何れもこれを棄却することとする。

(二)  原告に対する請求について

前段に述べたとおり参加人は登記を有しないものであるから、正当な利益を有する第三者たる原告にその所有権を主張出来ない(而して原告の有する仮登記について、その登記原因の認容せらるべきことは前記認定のとおりである。)。よつて参加人の原告に対する仮登記抹消登記手続並びに所有権確認の各請求はその余の点につき判断する迄もなく何れも失当であり棄却さるべきである。

四、結論

以上の次第であるから、原告の被告に対する金千五百六十万円の支払と引きかえに本件不動産を原告に引き渡し、かつ右物件について先になされた原告の所有権移転の仮登記にもとづく所有権移転登記手続を求める旨の請求は何れもこれを認容し、その余の被告及び参加人の原告に対する各請求並びに参加人の被告に対する各請求は何れもこれを棄却することとし、民事訴訟法第九十三条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉井省己 竜前三郎 荒木勝己)

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