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新潟地方裁判所 昭和36年(行)1号 判決 1963年7月17日

原告 志賀拡一郎 外三名

被告 新潟県知事

主文

(昭和三六年(行)第一号事件につき)

被告が別紙目録記載の土地について昭和三六年一月九日付でなした農地買収処分は無効であることを確認する。

(昭和三五年(行)第一三号事件につき)

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、申立て

原告等訴訟代理人は、昭和三六年(行)第一号事件について主文第一、第三項と同旨の判決を、昭和三五年(行)第一三号事件について「被告が昭和三五年一二月一日原告等に対してなした別紙目録記載の土地についての農地法第七条第一項第三号の規定による指定申請を却下した処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決をそれぞれ求めた。

被告指定代理人は、本案前の申立てとして「本件訴えをいずれも却下する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、本案に対する申立てとして「原告等の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

第二、主張

一、請求原因

(一)  別紙目録の土地(以下「本件土地」という。)は元訴外志賀幸作の所有であつたが、同人は昭和二五年に死亡したため、同人の直系卑属たる原告等四名が相続によつてこれを取得し共有するにいたつた。

(二)  訴外長岡市農業委員会は昭和三五年八月九日原告等に対し、本件土地が農地法六条一項一号に該当する農地であるとして、その買収計画を樹立公告した旨の通知をした。そこで、原告等は同年一一月二日被告に対し、本件土地が農地法七条一項三号の「近く農地以外のものとすることを相当とする」ものであることを理由として、その買収除外指定申請をしたところ、被告は同年一二月一日これを却下したうえ(以下これを「本件却下処分」ともいう。)、昭和三六年三月一日をもつて国が本件土地を買収する旨の同年一月九日付の買収令書を原告等に交付した(以下これを「本件買収処分」ともいう。)。

(三)  しかしながら、本件却下処分および本件買収処分には次のような重大かつ明白な瑕疵があつて、いずれも無効である。すなわち、

(1) 本件土地は被告が昭和三四年九月二五日設立認可をした西裏土地区画整理組合に編入されていたのであるが、同組合は同年一〇月からその事業を施行し、翌三五年六月にはこれを完成し換地を終了した。その結果、本件却下処分および買収処分当時には、本件土地は既に農地ではなくなり、宅地に転用されていたものである。したがつて、このような状況にあつた本件土地を買収した処分は勿論、本件土地について農地法七条一項三号の指定申請を却下した処分もまた重大かつ明白な違法がある。

(2) 仮に、右の主張は理由がないとしても、本件却下処分および買収処分当時、本件土地には農地法七条一項三号の「近く農地以外のものとすることを相当とする」事由が顕著であつた。すなわち、本件土地が西裏土地区画整理組合に編入される以前においても、本件土地のすぐ南には中裏土地区画整理組合の区域があり、同組合は昭和三三年にその土地区画整理事業に着工し、翌三四年三月に完工したが、その区域内には市立中学校、職業補導所等の公共施設が建ち、本件土地から約三〇メートルのところには住家も建てられたという状況であつた。また、本件土地の西方約四、五〇メートルのところには古くから鉄道官舎が建ち並び、その一角は市街地を形成し、本件土地の北方には専売公社長岡出張所の建物があつた。こうした四囲の状況に応えて昭和三四年九月西裏土地区画整理組合が設立されたのであるが、その後同組合の土地区画整理事業は順調に進み、翌三五年六月にはその換地処分が終了し、これにともない本件土地の周囲には次々に建物が築造され、附近は急速に市街地の体裁をととのえ、その地価も著るしく高騰するにいたつた。そして、昭和三六年三月二八日被告は西裏土地区画整理組合の換地計画を認可したのであるが、これによつて本件土地は法的にも宅地の性質をおびることになつた。かくて、本件土地およびその周囲は今や完全に市街地に変貌するにいたつたのであるが、このことは以上述べた経過からも明らかなとおり、本件却下処分および買収処分当時客観的かつ明白に予見せられたところであり、これを無視してなされた右処分にはいずれも重大かつ明白な違法がある。

よつて、本件土地についての農地法七条一項三号の指定申請を却下した処分の取消しを求めると共に、本件土地の買収処分の無効確認を求める。

二、本案前の抗弁

(1)  昭和三五年(行)第一三号の農地法七条一項三号の指定申請却下処分の取消しを求める訴えは、次の理由により不適法である。すなわち、取消訴訟の対象となりうる行政処分であるためには、その処分が何等かの法律上の効果を持つものでなければならないが、本件却下処分は原告等に対して何等の具体的直接的な権利変動等の効果を与えるものではない。たとえ右の買収除外指定がなされなかつた結果として引き続いて買収処分がなされた場合にも、その買収処分に対して買収除外指定がなされなかつた違法を理由とする行政訴訟を提起すれば足るのである。よつて、本訴はその利益を欠くものとして却下さるべきである。

(2)  原告等は、国から本件土地の売渡しを受けた訴外鈴木静治に対しその所有権確認、所有権移転登記の抹消登記手続等の請求をすることができるから、昭和三六年(行)第一号の買収処分無効確認の訴えは、行政事件訴訟法三六条の「当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」との要件を具備していない。よつて、本訴は、同法附則三条により、不適法として却下さるべきである。

三、請求原因に対する答弁

請求原因中、(一)(二)は認める。

(三)のうち、本件土地が昭和三四年九月二五日被告によつて設立認可された西裏土地区画整理組合に編入されたこと、同組合が同年一一月からその土地区画整理事業を施行し、被告が昭和三六年三月二八日その換地計画の認可をしたことは認めるが、その余は否認する。本件土地は昭和三六年四月一一日に換地処分が行なわれ、その結果、長岡市土合町字金房二四三三番地の二畑一畝二〇歩および同字二四三四番の一畑一畝二〇歩となり、同月二五日土地区画整理法一〇三条四項の公示が行なわれたのである。

なお、農地法七条一項三号の買収除外指定が行なわれるのは、当該農地が近い将来住宅地なり工場敷地なりに転用されることが客観的に確実であり、しかもその転用が土地の有効利用をはかるものと認められる場合でなければならないが、本件土地の買収計画が樹立された昭和三五年八月八日当時、本件土地は単に区画整理事業が行われたのみで依然畑として耕作されておつて、何等一般農地と異るところはなく、しかも本件土地を近く農地以外のものに転用する確実な客観的具体的な計画がなく、また、その転用が本件土地の有効利用の増進に役立つ見透しもなかつたのである。原告等訴訟代理人は、右買収計画樹立後の本件土地周囲の状況の変化をも違法事由として主張するが、このような事後における状況の変化は本件却下処分および買収処分についての違法性判断の規準になりえない。

第三、証拠<省略>

理由

一、最初に、本案前の抗弁について判断する。

(1)  被告指定代理人は、まず、昭和三五年(行)第一三号の農地法七条一項三号に基く買収除外指定申請却下処分の取消しを求める訴えは該処分が原告の権利に何等の変動を与えるものでないから訴えの利益を欠くものであつて不適法である、と主張する。けれども同法七条一項三号に基く買収除外指定申請について却下処分があれば、当該農地は近い将来に買収される危険性があり、このような場合には、申請者としては右のような危険性を排除するため直ちに右却下処分の取消訴訟を提起することができると解するのが相当であり、ことさら買収処分があるのを待つてこれに対する行政訴訟においてのみ右却下処分の違法を主張しなければならぬとする理由はない。

(2)  被告指定代理人は、次に、昭和三六年(行)第一号買収処分無効確認を求める訴えは行政事件訴訟法三六条の要件を欠くから不適法であると主張している。成程、本件記録によれば、原告等訴訟代理人は昭和三八年六月七日午前一一時の第二〇回口頭弁論期日において、それまで本件買収処分の取消しを求めていた請求の趣旨を本件買収処分の無効確認に改めたことが明らかである。しかしながら、本件記録および弁論の全趣旨によれば、原告等訴訟代理人は行政事件訴訟法の施行の日たる昭和三七年一〇月一日以前(訴の提起当時)から本件買収処分の無効原因(本件土地が農地法による強制買収すべき農地でないこと、或は近く農地以外のものとすることを相当とする土地であるのにこれを看過した違法がある趣旨)を主張していたものであつて、単にその請求の趣旨において本件買収処分の取消しを求めていたにすぎないこともまた明らかである。したがつて、右の請求の趣旨の変更は実質的にみるならば新訴の提起による訴えの交換的変更とは認められないから、行政事件訴訟法附則八条により、無効確認の訴えの原告適格を制限した同法三六条の適用がないものと解するのが相当である。

よつて、右本案前の各抗弁はいずれも理由がない。

二、次に、進んで本案について考える。

(一)  まず、本件土地が元訴外志賀幸作の所有であつたところ、原告等が相続によつてこれを共有するにいたつたこと、その後長岡市農業委員会が昭和三五年八月九日原告等に対し、本件土地が農地法六条一項一号に該当する農地であるとして、その買収計画を樹立公告した旨の通知をしたこと、そのため原告等が同年一一月二日被告に対し本件土地について農地法七条一項三号の買収除外指定申請をしたところ、被告が同年一二月一日この申請を却下したこと、そして被告が昭和三六年三月一日をもつて国が本件土地を買収する旨の同年一月九日付の買収令書を原告等に交付したことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  そこで、原告等代理人が主張する違法事由の有無について考えると、成立に争いのない甲第一、第三、第五、第六号証、第七号証の一、二、第八、第九号証、乙第八号証の一ないし三、第九、第一〇号証、第一一号証の一、二、証人武見誠作、渡辺芳夫、新井喜作、土田清一郎、鈴木静治の各証言、検証(第一、二回)および鑑定人難波寛治の鑑定の各結果を綜合すれば、次の事実が認められるのである。すなわち、

被告に対し、本件土地が編入されている西裏土地区画整理組合の設立認可申請は昭和三四年七月九日になされたのであるが、同組合の事業施行計画区域は長岡市都市計画区域内である同市土合町および四郎丸町の一部たる二万八千余坪を対象としており、その設立目的は、同組合の事業施行計画区域が四囲を市街地にかこまれているため必然的に市街地に転換せざるをえない状況であり、しかも、日照りの不足、引水および排水の不便等によつて農耕地としての価値が半減していることを理由に、その区域全体を宅地化して土地利用の合理化を図らんとするものであつた。事実、右申請当時、右計画区域の北方および東方には長岡市弓町、四郎丸町等の既成市街地が接し、福島江をへだてた南方の地域には、新潟大学附属中学校、新潟県総合職業訓練所および既に土地区画整理を完了した中裏土地区画整理組合の区域があつて、その各所に住宅等の建物が建つていた。さらに、西南方の一角には相当以前から鉄道住宅街があり、また、西方は専売公社長岡出張所および信越本線長岡操車場に接し、さらにこれをへだてた西方には、長岡市千才町(その一部は農耕地)、千手町、宮原町、南町等の既成市街地が存在していた。そして右計画区域の内部の農地についても、被告によつて農地法四条による転用許可がなされた例も二、三あつたのであつた。かくて、昭和三四年九月二五日被告によつて西裏土地区画整理組合の設立認可がなされ、同年一一月からその土地区画整理事業が施行されたが(この点は当事者間に争いがない。)、その後右事業は順調に進められ、同組合は翌三五年春頃には仮換地の指定をなし、同年八月三〇日に開かれた同組合の臨時総会には、右仮換地指定どおりに換地してもよい旨の総会決議がなされた。その結果、本件土地の換地としては、長岡市弓町に至る巾員一五メートルの道路に面する間口八間、奥行一二間半の土地一〇〇坪(その内訳は二筆で、長岡市土合町金房二四三三の二畑一畝二〇歩および同所二四三四の一畑一畝二〇歩)が与えられ、また、本件土地を含む各土地は、いずれも道路に面するように位置した五〇坪から九〇坪位までの広さの土地に換地されたのであつた(一区画が三〇〇坪の土地はなかつた。)。そのほか、右区域内には公園の敷地も確保されていた(なお、その後の状況として、被告に対する換地計画認可申請は右換地処分後たる同年一二月二三日になされ、翌三六年三月二八日被告がこれを認可したことは当事者間に争がない。)。しかして、本件土地および右区域内の大部分の土地は現在にいたるまで依然として田または畑として耕作されているのであるけれども、各所有者ともに土地を有利に処分するためその時期を待ちながら耕作しているのであつて、右区画整理完了後は地価が急激にはね上り、地目が農地であつても宅地と同様の値段で取引され(田または畑の場合とで異るが、それまではせいぜい坪四千五百円位までだつたものが区画整理完了によつて坪一万円前後となつた。)、本件土地の場合は、区画整理計画以前の時価として坪八百円位だつたのが、その後次第に値上りして、本件買収令書の交付のあつた頃(昭和三六年一月九日付)には坪一万円程度の時価に急騰していた(なお本件土地買収価格は全部で三、五四二円にすぎず、従つて本件土地は右時価によれば一〇〇万円位するのを、右買収価格ではわずか三、五四二円ということであつた。)。また、右区域内の各所には次々に住宅等の建築や田の埋立工事がなされ、或は現になされつつあるのである。

右認定に反する証人土田重一郎の証言の一部(西裏土地区画整理組合の区域面積が三万二千坪であるとする部分)、同新井喜作の証言の一部(右区域内の道路が昭和三六年春に完成したとする部分)はいずれも措信することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

(三)  以上(一)、(二)の事実によれば、西裏土地区画整理組合は本件土地を含むその区域一帯の土地区画整理を施行して昭和三五年春に仮換地し、これにより事実上現地に於ては換地があつたと同視できることになつたところ、右換地承認の組合総会決議により区画整理の換地は事実上確定したものというべく、この区画整理の結果、本件土地は右区画内の他の土地と共に宅地としての利用に適するように区画および道路整備がなされたことが明らかであり、したがつて、本件土地は右買収処分当時既に宅地化されていたものであり、たとえそれが事実上耕作されていたとしても、その位置・地形・四囲の状況から観察して、その宅地化の様相は極めて明瞭で、現地でみる何人をも疑を抱かせない程度であつたと推断できるのである。したがつて本件土地は農地法に基いて強制的に買収さるべき農地には該当しなかつたものと解されるのである。かくして、本件買収処分は、買収不適格地たる本件土地を農地として買収した点において重大かつ明白な違法があり、原告等訴訟代理人の主張するその余の無効原因を判断するまでもなく無効と認定すべく、原告等の本訴請求中本件買収処分の無効確認を求める部分は正当としてこれを認容すべきものである。

(四)  ところで、本件却下処分について考えてみると、前記認定のように本件土地が既に宅地化されていたものである以上、被告は原告等からの本件土地買収除外指定申請に対して当然これを認容すべきものであつてこれを却下した本件却下処分は違法であるといわなければならない。しかしながら、右却下処分後に行なわれた本件買収処分が(三)記載のような理由で無効のものであるとすれば、被告は本件土地について将来再び買収処分をすることが許されなくなり、その反面、原告等にしてみれば本件土地が被告によつて買収される危険性が消滅したものというべきである。したがつて、原告等がそのうえさらに本件却下処分の取消しの判決を求めてみても結局それは無意味なことに帰するのである。そのゆえ、本訴請求中本件却下処分の取消しを求める部分は、その訴えの利益を欠くものとして棄却すべきものである。

三、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉井省己 龍前三郎 小川喜久夫)

(別紙)

目録

長岡市土合町目倉道二四三一番

一、畑 四畝一一歩

(換地後の土地)

長岡市土合町字金房二四三三番地の二

一、畑 一畝二〇歩

右同所二四三四番地の一

一、畑 一畝二〇歩

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