新潟地方裁判所 昭和39年(行ウ)2号 判決 1965年4月20日
原告 藤田清次郎
被告 新潟県知事 外一名
訴訟代理人 真柄信義
主文
原告の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、当事者の求める裁判
(一) 原告
被告新潟県知事が被告鈴木亀治に対し、昭和二三年三月三一日別紙目録記載の土地(以下本件土地という)につき、自作農創設特別措置法(以下自創法という)一六条の規定によりなした売渡処分(以下売渡処分という)が無効であることを確認する。
被告鈴木亀治が本件土地につき所有権を有しないことを確認する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
(二) 被告知事
1、本案前の申立
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
2、本案に対する申立
主文同旨の裁判
(三) 被告鈴木亀治
主文同旨の裁判
二、請求の原因
(一) 本件土地はもと訴外田中善平の所有であつたが、明治三四年二月一八日訴外井部六三郎に、昭和二年五月三〇日訴外渡辺一郎にそれぞれ所有権が移転し、右訴外渡辺に所有権移転後も本件土地の差配は右訴外井部が行つて来た。原告は数十年前本件土地を右訴外田中より借り受け耕作し、右のように所有者が変つても依然借り受けて耕作し、その年貢米一石八升五合を毎年差配人井部六三郎に納入して来た(昭和一〇年春頃右井部六三郎が死亡後は息子井部重郎に納入)。
(二) 昭和一〇年頃に至つて、当時の社会状況から考えて、原告の長男嘉顕に召集令状の来ることが予想されたので、被告鈴木亀治に対して、原告の長男が召集から帰つて来るまでの間被告鈴木において本件土地を一時転小作し、長男が帰つて来たら原告に必らず返すという約束のもとに転小作させた。そして本件土地に対する年貢米を被告鈴木が原告又は差配の訴外井部のところに持参するのは地理的に不便であると思われたので原告の代理人訴外金沢繁蔵こと繁雄方に持参させることにした。
(三) 原告の長男嘉顕は昭和十二年九月二〇日召集されたがその後帰還した。然し、被告鈴木は前記約束に反し本件土地の年貢も最初の二年分程の納入をしたのみでその余の納入をせず、かつ原告の長男帰還後も原告が転小作を依頼した本件土地を原告に返還せず不法に占拠して耕作していたところ、昭和二三年三月三一日自創法一六条により被告知事から被告鈴木に売渡処分され、昭和二五年二月二七日附で同人に所有権移転の登記がなされてしまつた。
(四) このように、売渡処分当時本件土地の耕作権者は原告であり被告鈴木には本件土地を耕作すべき適法の権限がないのに同人が占拠耕作していたところ、被告知事はそれを適法な小作であると漫然誤認し、自創法一六条により被告鈴木に売渡したことは、重大にしてかつ明白なる瑕疵のある売渡処分というべきであり、被告鈴木は右売渡処分により本件土地の所有権を取得したとして耕作を続けるので、被告知事並びに被告鈴木に対しそれぞれ前記一の(一)の通りの判決を求める。
三、被告知事の主張
(一) 本案前の申立につき
原告は被告知事に対し本件土地の売渡処分無効確認を求めているが、行政事件訴訟法三六条によれば現在の法律関係に関する訴で目的を達することが出来る場合には無効確認訴訟は許されないのであるところ、原告は本件土地の売渡を受けた被告鈴木を相手に右の訴えをなし、その目的を達しうるのであるから被告知事に対する訴の関係では当事者適格を有しない。
仮に被告知事から被告鈴木に対する本件土地の売渡処分が無効であつたとしても、原告は本件土地を現に耕作している者(農地法三六条一項)に該らないから原告には本件土地の売渡を受ける権利は勿論その他何等の権利も有しないから、この点からしても原告には当事者適格がない。
よつて被告知事に対する本件訴は不適法として却下されるべきである。
(二) 請求原因に対する答弁
1、(一)の事実中、本件土地所有権が訴外田中善平、井部六三郎、渡辺一郎に順次移転したことは認める。原告がその主張にかかる年貢米を毎年本件土地所有者のもとに持参し納入したことは不知。その余の事実は否認する。
2、(二)の事実は否認する。
3、(三)の事実中、原告主張の日に被告知事から被告鈴木に対し本件土地が売渡され、所有権移転登記がなされたことは認めるが、被告鈴木が右売渡当時本件土地を不法に占拠して耕作していたことは否認する。その余の事実は不知。
本件土地は、原告主張のような順序で訴外渡辺一郎の所有に属していたものであるが、昭和二二年六月一日財産税の物納により大蔵省所有となり、それが農林省に所管が移されたのち昭和二三年三月三一日自創法一六条により、当時適法に占有耕作しており自作農として農業に精進する見込みのあつた被告鈴木に被告知事より売渡処分がなされたものである。当時原告は同法に基く買収及び売渡に関する片津部落の農地補助員であつたのに何等の異議も申立てなかつた。
4、(四)の事実は争う。
被告知事の本件土地売渡処分は適法で何等の違法もないから原告の請求は棄却されるべきである。
(三) 仮定抗弁
被告鈴木主張の仮定抗弁を援用する。
四、被告鈴木の主張
(一) 請求原因に対する答弁
1、(一)の事実中本件土地所有権が訴外田中、井部、渡辺と順次移転したこと、原告がその所有者から本件土地を借り受け元小作したことは認めるが、その余の点は不知。
2、(二)の事実中、本件土地を原告から被告鈴木が転小作していたこと、年貢米を原告の代理人金沢繁雄方に持参するよう変更したことは認めるが、その余の点はいずれも否認する。
本件土地は原告が所有者から借り受けて元小作し、それを大正の末期に被告鈴木の先代繁蔵が転小作し、同人死亡後は被告鈴木がその地位を承継して耕作を継続して来ていたものである。そして小作料も全額滞りなく納入して来た。
3、(三)の事実中原告主張の日に被告知事から被告鈴木に対し本件土地が売渡処分され、所有権移転登記がなされたことは認めるが、その余の事実は争う。
本件土地は昭和二二年六月一日渡辺一郎から国に財産税の物納として所有権が移転され、それが自創法一六条に基き現実の耕作者であつた被告鈴木に売渡処分されたものであつて、その代金も支払済であるから被告鈴木は全く適法に所有権を取得した。
4、(四)の事実は争う。
(二) 仮定抗弁
仮に本件土地の売渡処分が無効であるとしても、被告鈴木は被告知事の売渡処分が適法であると信じ、昭和二二年三月三一日その売渡を受けて以来本件土地を自己の所有地として何人からも侵されることなく耕作を続けて来たし、その間昭和二五年二月二七日所有権取得登記手続も終つている。このように被告鈴木は善意、無過失に所有の意思をもつて占有を開始し、それを公然、平穏に継続して来たのであるから、右占有開始後一〇年を経過した昭和三三年三月三一日をもつて本件土地の所有権を取得した。
五、証拠<省略>
理由
一、本案前の主張に対する判断
原告は被告知事に対し、同被告より被告鈴木に対してなされた本件土地の売渡処分無効確認を求めているが、行政事件訴訟法三六条によれば、行政処分の無効確認訴訟をなすにはそれを求めるにつき法律上の利益を有する者で、その処分の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴訟によつて目的を達することのできない場合であることを要する。然しながら本事件においては原告が本件土地に関し右売渡処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴訟によつて目的を達し得ると断定することはできない。即ち自創法による農地被買収者がその買収処分の無効を前提として国又は農地の売渡を受けた者に対し農地所有権確認、不動産登記抹消、土地明渡等の訴をなすことにより救済されるのとは異り、後記認定のとおり本件土地は買収されたものでなく財産税の物納により国が所有していた土地を自創法により被告鈴木に売渡処分されたものであるし、原告は本件土地について自己の所有権を主張せずかつ原告本人尋問により同人に売渡通知書の交付されたことの認められない本事件では、原告は本件土地の所有権を得ていないから、その売渡処分無効を前提として被告鈴木に本件土地に対する自己の所有権確認も明渡も求め得ないし、又例えば仮に不動産登記抹消請求訴訟で勝訴してみても所有名義は単に元所有者の国に復帰するにとどまるのであり、その他所謂現在の法律関係に関する訴訟により原告のより適切な救済がなされるとは解し難いのである。また原告は本件土地売渡処分の無効確認判決の宣言を得たのち、所有者たる国に対し、「原告は本件土地の小作人であつたところ、被告鈴木が無権限でそれを占有耕作し、被告知事から右被告鈴木に対し無効な売渡処分がなされたその結果原告が事実上耕作できなくなつたのであるから、原告は農地法三六条の売渡を受けるべき者に当る」として(その適否は別として)、同条に基き本件土地売渡処分の申請手続をなす余地もあり得ると解されるのである。従つて、原告に当事者適格乃至訴の利益なしとして原告の訴却下を求める被告知事の主張は理由がないと言うべきである。
二、本案に関する判断
本件土地がそれぞれ原告主張の通り訴外田中善平、井部六三郎、渡辺一郎へと所有権が順次移転したこと、昭和二三年三月三一日自創法一六条の規定により被告知事から被告鈴木に売渡処分されたことは、当事者間に争いない。
成立に争いない甲第一号証の一乃至三、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証の一乃至一四、被告鈴木本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第二号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第三号証並びに証人竹田勘治、同金沢恒雄、同真柄信義の各証言、原告及び被告鈴木各本人尋問の結果によれば次の各事実を認定できる。即ち、本件土地は原告の先代がその所有者から借り受け小作し、のち原告が相続によりその地位を承継したが、原告は大正の末期頃被告鈴木の先代鈴木繁蔵に転貸(転小作)し、その後被告鈴木が相続により本件土地の転小作者としての地位を承継した。そして被告鈴木は転小作米を原告に直接納入していたが、昭和一〇年頃原告が訴外金沢繁雄から一反五畝歩程の農地を小作するようになつたので、同訴外人方が右被告鈴木方に近いこともあつて、原告の指示により原告が右訴外金沢に小作米を納入する代りに被告鈴木が本件土地の小作米を右訴外金沢に納入し、原告から本件土地の小作米をその差配人訴外井部に納入した。そして右の関係は昭和二〇年一一月二三日は勿論、本件土地売渡計画樹立の時期も含む昭和二三年三月三一日被告鈴木が被告知事より本件土地の売渡処分を受けるまで存続していた。そして本件土地所有権は前記の通り訴外田中善平、井部六三郎、渡辺一郎へと移転したが、昭和二二年六月一日右所有者訴外渡辺から大蔵省に財産税の物納として本件土地所有権が移転し、農林省に所管が移されたのち昭和二三年三月三一日自創法一六条の規程に基き前記の通り、当時本件土地を占有耕作していた被告鈴木に対し、被告知事より自作農として農業に精進する見込みがあるとして売渡処分され、その旨の売渡通知書が被告鈴木に交付され、同人においてその売渡代金を納入したこと、以上の各事実を認定することができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信しない。
ところで自創法並びに同法施行令によれば、政府の所有に属する農地については原則として農地売渡計画を定める時期において、その農地につき耕作の業務を営む小作農であつて自作農として農業に精進する見込みのある者に政府がそれを売渡すのであるが、右にみたように被告鈴木は本件土地を戦前から売渡処分をうけるまで原告から転小作として耕作していたのであり、その事実に対し被告知事が自作農として農業に精進する見込みがあるとして本件土地を被告鈴木に売渡し、その旨の売渡通知書を同人に交付した以上、その売渡処分には原告の主張するような瑕疵があつたということはできない。そして右被告知事の売渡処分により被告鈴木は適法に本件土地の所有権を取得したというべきである。従つて被告知事に対し本件土地売渡処分無効確認を、被告鈴木に対して所有権不存在確認を求める原告の主張はいずれも理由がないからその余の点を判断するまでもなく失当だといわなければならない。
三、よつて、原告の請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 吉井省己 龍前三郎 渋川満)
(別紙目録省略)