大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和42年(タ)7号 判決 1967年8月30日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 松井道夫

右訴訟復代理人弁護士 室根茂子

被告 甲野太郎

主文

原告と被告を離婚する。

原告と被告間の長女A子(昭和四〇年一〇月六日出生)の親権者を原告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

一  原告と被告は昭和四〇年三月二四日婚姻した夫婦であって同年一〇月六日長女A子が出生した。

二  原告は昭和三七年頃から新潟市山木戸にある「かほり」食堂に勤務していたが、昭和三九年秋同食堂附近にある砂利販売業建材に勤務していた被告と知合い、同年一二月六日挙式し、以来事実上の婚姻生活に入った。

被告は新潟地方裁判所新発田支部において昭和三一年一二月一三日詐欺罪により懲役一年以上二年以下に、昭和三四年二月二五日詐欺罪により懲役一年六月に、昭和三七年二月一二日詐欺窃盗罪で懲役二年六月に処せられ、いずれも服役し、昭和三九年九月一三日最終の刑を終了したものであるところ、原告は同棲後である昭和三九年一二月一六日被告からはじめて前科のあることを打明けられ、大きな精神的打撃を受けたが、当時被告が真面目に勤務していたので、結婚生活を継続することを決意し、昭和四〇年三月二四日婚姻の届出をした。その頃、被告が父の養母B(八七才)を引取り扶養することになったが、原告は既に姙娠しており、Bも病身でその看病をしなければならなかったので昭和四〇年七月頃結婚後も勤めていた「かほり」食堂を退職した。

三  ところが、被告はそのころから勤労意欲を失い、原告の反対にもかかわらず建材を退職し、原告が再三再就職を頼んだが、これを聞きいれず同年八月頃からしばしば午前一〇時か一一時頃外出して夕方帰宅し、夕食後再び外出し午前一時か二時頃帰宅するようになり、また、電話で女性に呼出され外泊したことが二回あった。また、被告は同年七月頃B所有の家屋を約一〇〇万円で処分し、これを被告の弟妹と分配した結果、四〇万円を受領し、このうち五万円を自動車の運転免許を得るための費用として出費し、約一二万円を家族の生活費として出費したので、これによって当面の家計は維持できたが、同年一一月頃には全てを使い果し、生活費にも事欠くようになり、その頃からこれが原因となって夫婦喧嘩が絶えなくなり、昭和四一年二月頃には被告は口論の末原告を座椅子やソケットのついたコードで叩く等暴力を振うようになった。

四  ところが、被告は原告にかくれて昭和四〇年八月頃から昭和四一年一月頃までの間数回にわたり詐欺を行なったため、昭和四一年二月一七日逮捕勾留され、同年三月一六日新潟地方裁判所新発田支部において懲役二年に処せられ服役し現在に至った。一方、原告は生後間もない長女AとBの世話に追われ、借金と実家の援助で漸く生計を維持していたが、その生活の窮之の度は深まり家賃を滞ったため同年三月借家から立退を迫られ、転居先もなく、Bは新潟市福祉事務所の斡旋で有明台病院に入院し、原告及び長女Aは新潟県婦人相談所を経て県立あかしや寮に入寮し、同年七月一三日長女Aは県立ガンセンター附属乳児院に引取られ、同年八月一日原告は肩書地の「のとや」旅館に女中として住込み現在に至った。

五  以上のような被告の家族をかえりみない無責任な生活態度と犯罪癖は改善の見込みなく、原告はこのような被告と将来婚姻生活を続けることはたえられないところである。そして、これらはいずれも婚姻を継続しがたい重大な事由に該当するものというべきであるから、原告は被告に対し離婚を求めると共に長女A子の親権者として原告の指定を求めるため本訴に及んだ。

と述べ(た。)

立証≪省略≫

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一  請求原因一の事実は認める。同二の事実のうち被告が原告に被告の前科を打明けた時期及びこれによって原告が精神的打撃を受けたことは否認し、その余の事実は認める。同三の事実のうち、被告がB所有の家屋を一〇〇万円で処分し、四〇万円の分配を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。同四の事実は認める。

二  被告は原告に対し昭和三九年一一月一〇日に被告に前科のあることを打明けており、原告はそれを知りながら同年一二月六日から婚姻生活に入ったのである。

また、被告が建材を退職したのは、建材の経営者五十嵐藤蔵の妻が原告の勤務する「かほり」食堂を経営していたところ、夫人が入院中一時経営を任されていた妹に対し原告が反抗的で折合が悪く、被告は五十嵐藤蔵からそのことにつき注意を受けたので原告に対し自重するよう諭したが、原告が態度を改めなかったため、建材に居ずらくなったことによるもので、勤労意欲を失ったためではないし、再就職についても被告は最善の努力を払ったが、前科者として白眼視されたため、失業状態が続いていたのである。

三  被告としては刑期も約十ヶ月を余すのみとなった現在、過去を反省し、出所後更生する熱意に燃えており、そのためには原告や長女A子の妻子が心の糧としてどうしても必要である。原告自身も被告と結婚し、一子をもうけ、しかも被告の出所の間近いことを知りながら、敢えて訴訟によってまで離婚しようとすることは決して原告の本心とは思われない。被告は現在でも妻子に対し愛情を懐いているのである。よって本訴は失当である。

と述べ(た。)立証≪省略≫

理由

≪証拠省略≫によれば、原告は昭和一六年二月二日生れで、昭和一二年八月九日生れの被告と昭和四〇年三月二四日婚姻し、同年一〇月六日長女A子が出生したことが認められる。

そこで、離婚理由の存否について検討すると、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。

一  被告は請求原因二記載の詐欺罪等によるいずれも実刑の三個の前科を有し、昭和三九年九月一三日最終の刑期終了後、新潟市山木戸五〇三において砂利販売業五十嵐藤蔵が経営する建材に勤務していたが、同人の妻が経営する「かほり」食堂に勤務中の原告と知合い右前科のある事実を秘して交際した後、同年一二月六日から事実上の婚姻生活に入り「かほり」食堂二階に間借りしていた。その直後、原告は被告から前科のあることを打明けられたが、当時被告の勤務状態は良好であったのでこれを宥恕し、前記のとおり昭和四〇年三月二四日婚姻の届出をした。

二  しかし、同年四月頃から被告は欠勤し勝ちとなり、時にはその欠勤が一週間も続き、また、勤務態度も思わしくなかったので、五十嵐から退職の勧告を受け、同年六月末をもって退職した。その後、同年七月それまで被告の妹と同居していた病身の被告の父の養母Bを原告ら夫婦が引取ることとなり、このため、新潟市寺山国道通一、六三四の借家に移転し、原告は姙娠中でもあったことから「かほり」食堂を退職し、Bの看病に当っていた。

三  一方、被告はBを引取るに当り、B所有の家屋を一〇〇万円で売却し、弟妹と相談の末、Bの扶養料にあてるという趣旨でうち四〇万円の分配を受けたため、気のゆるみをおこし、勤労意欲を喪失し、建材退職後約二〇日間友人の経営する魚屋に勤め、また、運転免許を得るため自動車運転練習場に通った以外は原告の懇願にもかかわらず、定職に就こうとせず、ほとんど連日外出し、時には原告に無断で外泊するなど無為に日を過ごす怠惰な生活を送り、原告には生活費として前記分配金四〇万円のうちから必要に応じ渡していたに過ぎなかった。このため、同年九月末頃までには右四〇万円を使い果し、以来無収入の原告ら家族は生活費にも事欠くようになり一〇月六日原告が長女A子を出産したものの、その費用一万円を実家と嫁ぎ先と半々で負担する当地の慣習にもかかわらず、原告らが右のような経済状態であったため、その全額を実家で負担した。

四  その後も原告らの家計は一層逼迫の度を加え、原告はしばしば実家を訪ねては米のほか味噌、醤油、砂糖などの調味料に至るまでもらい受け、時には実姉の嫁ぎ先からも同様もらい受けることもあった。そして各種支払も滞り勝ちとなり、米屋に対して約四、〇〇〇円の未払分があり、昭和四〇年一二月から昭和四一年二月までの家賃合計九、〇〇〇円を滞納したほか、昭和四一年一月から三月までの電気料金三、九一〇円、昭和四〇年一一月から昭和四一年一月までの電話料金五、四六四円をも滞納し、このうち電気料金と電話料金は家主に立替えてもらった。一方、被告は家族のこのような窮状を知りながら従来の生活態度を改めようとせず、いぜんとして就職もせず、原告がこれをなじると口論となり、スイッチのついたコードや座椅子などで原告を欧打することもあった。その上、被告は昭和四〇年八月七日から昭和四一年一月九日までの間に一二回にわたり、テレビ、ラジオ、電気冷蔵庫などの電気製品を業者から詐取し、これを質入することを繰返していたが、遂に昭和四一年二月一七日逮捕され、同年三月一六日新潟地方裁判所新発田支部において詐欺罪により懲役二年に処せられ、服役することとなった。

五  被告逮捕後、原告は前記のような家賃未納を理由に家主から立退を求められ、転居先もなく、Bは有明台病院に入院し、原告及び長女A子は婦人相談所の斡旋であかしや寮に入寮した後、原告は肩書地の「のとや」旅館に女中として住込み、長女A子は県立ガンセンター附属病院に引取られた。かくて、原告は被告と婚姻継続に見切りをつけ、離婚することを決意し、家事調停を申立てたが不調に終ったので、法律扶助協会の援助で本訴提起に及んだ。

以上の事実が認められ、この認定に反する被告本人尋問の結果は措信することができない。

このように被告は夫として一家の生計の支えとなるべき立場にありながら、また、長女出生という人生の転機を迎えながら、前記のような家族の窮状を知りつつ、いたずらに妻及びその実家などに負担を強いるのみで、勤労意欲なく、無計画で怠惰な生活態度を変えようとせず、その上犯罪をおかして四度目の服役することとなり、残されたB、妻及び長女A子の三人は分散して生活せざるを得ない結果となったものであるから、これらの諸般の事情は民法第七七〇条第一項第五号にいう婚姻を継続し難い重大な事由がある場合に該当するものというべきである。

被告は今なお妻子に愛情を持ち、服役後の更生のためには妻子を必要とする旨主張しているが、既に認定したような事情の下で、被告のため苦労を重ねた原告が婚姻の継続を望んでいない以上、右のような被告側の立場のみに立脚する主張は原告の離婚請求を排斥する理由とはならない。

よって原告の本訴離婚請求を正当として認容し、なお前記認定事実にあらわれた諸般の事情を考慮して原被告間の長女A子の親権者を原告と定めるのを相当とし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例