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新潟地方裁判所 昭和42年(レ)12号 判決 1967年8月31日

控訴人 山田愛

<ほか五名>

右六名訴訟代理人弁護士 涌井鶴太郎

被控訴人 武藤国松

右訴訟代理人弁護士 小出良政

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の連帯負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被控訴人主張の請求原因(一)ないし(四)記載の事実及び同(五)記載の事実中(イ)の賃料支払が別表記載のとおり遅滞していたこと、ならびに(ロ)の和解条項第三項の趣旨が賃料支払を引続き三回の遅滞があれば、賃貸借契約の解除権は発生するが解除の効果は当然に発生するものではなく、なお解除権の行使即ち解除の意思表示を必要とするものであることは、当事者間に争いがない。次に解除権の発生の有無について判断する。

二、そして≪証拠省略≫を総合すると

(一)  昭和三一年一〇月四日本件和解成立後、被控訴人は前記のとおり賃料を山田亀蔵に直接支払い、同人が死亡した昭和三六年九月以後その承継人である控訴人山田愛に昭和四一年五月分まで直接支払っていた。その間の支払状況は別表記載のように毎月遅滞しほとんど翌月又はそれ以降の支払いが慣行化していたにかかわらず、山田亀蔵及び控訴人山田愛は右遅滞につき何らの異議を述べずにこれを賃料として受領し、被控訴人に対し遅滞を責めたり、本件土地賃貸借の解除をほのめかしたりしたことはなく、かえって、その都度被控訴人が持参する同人ら発行の通帳に受領印を押捺し、右通帳が満載になると新らしい通帳を発行していたこと、

(二)  佐久間慎三は昭和三六年四月五日本件土地を山田亀蔵より買受けたが、その売買に際し同日、両者間に「佐久間慎三は山田亀蔵から本件土地上に建設された被控訴人所有の建物につき、山田亀蔵の被控訴人に対する一切の権利を無条件で継承すること、山田亀蔵が昭和四一年一一月一日被控訴人から買受ける約束の建物は山田亀蔵又はその承継人が一旦買取った上その買取価格で佐久間慎三に売渡すこと、被控訴人が昭和四一年一一月一日まで山田亀蔵に支払う地代は佐久間慎三に関係なく山田亀蔵又はその承継人の方で取立てその所得とする。」旨合意が成立した。右合意は別表記載のとおり被控訴人の賃料の支払遅滞がはじまった昭和三四年一二月から一年半以上も経過した後に成立しているのに、右合意によれば、山田亀蔵は本件和解による賃貸期間である昭和四一年一一月まで被控訴人との本件土地の賃貸借が継続することを前提としているもののように解され、佐久間慎三に対し「被控訴人よりきちんきちんと地代を支払ってもらえない」旨不満をもらしたことはあったものの本件和解条項第三項により右遅滞を理由として被控訴人との賃貸借を解除する意向はなかったこと、

(三)  その後、昭和三八年一月佐久間慎三と同人から本件土地の贈与を受けた佐久間邦昭の両名が被控訴人を相手として、新潟簡易裁判所に「本件和解条件を前記(二)の合意により佐久間邦昭が承継したことの確認等を求める旨の調停」を申立てたが(調停は不成立に終る)その調停の際にも、被控訴人の本件土地の賃料の支払遅滞のことが別に問題とされていなかったこと

が認められる。

右認定のような賃貸人たる山田亀蔵及び控訴人山田愛らの態度によれば、同人らは賃貸人としてもはや本件和解条項第三項中「被控訴人において賃料の支払を三回遅滞したときは何らの通知又は催告を要せずして本件土地の賃貸借を解除できる」旨の特約による契約解除権を行使する意思なく、賃借人たる被控訴人もその前提のもとに賃料を支払っていたものと認めるのが相当であるから(従って、被控訴人の賃料支払遅滞を控訴人ら主張のように不誠実であると非難することは当らない)別表記載のような賃料の支払遅滞の常態化慣行化によって、後記認定の控訴人らによる解除の意思表示以前に暗黙のうちに右特約は失効したものと認めるのが相当である。

なお、≪証拠省略≫によれば、前記調停の不調により佐久間邦昭が被控訴人に対し本件土地についての権利関係を確認させることができなかったので、控訴人山田愛は昭和四一年六月二六日佐久間と協議の末、本件和解条項第三項の特約により被控訴人との間の賃貸借を解除して本件土地を同人に引渡すこととし、たまたま同日夕方被控訴人が持参した同年五月分の賃料の受領を拒絶し、その後被控訴人に対し前記特約により本件土地の賃貸借を解除する旨の意思表示をしたことが認められるが、このように現に控訴人らにおいて前記特約による解除権を行使しているような外観があるからといって、それは右に認定したような控訴人らの佐久間に対する窮余の一策ともいうべき特殊な経緯に起因するものであるから、(遅滞賃料の受領拒絶はこの時がはじめである)そのことだけから、前記のような特約の失効の認定を妨げるべき事情とはなり得ない。

よってすでに失効した本件和解条項第三項の特約を理由とする控訴人らの本件土地の賃貸借解除の意思表示は効力を生ずるものではなく、右和解調書の執行力ある正本にもとづく強制執行の排除を求める被控訴人の主張は理由がある。

以上のとおり、被控訴人の本訴請求は正当であって、これを認容した原判決は相当であり、控訴人の控訴は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉井省己 裁判官 松野嘉貞 佐藤歳二)

<以下省略>

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