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新潟地方裁判所 昭和43年(行ウ)1号〔2〕 判決 1981年3月24日

新潟市日の出三丁目五番三一号

亡早川春治訴訟承継人

原告

早川ヤヘ

右同所同番同号

早川義男

右同所同番同号

早川武二

右三名訴訟代理人弁護士

中村洋二郎

中村周而

工藤和雄

新潟市営所通り二番町六九二の五

新潟税務署長

被告

高畑甲子雄

右指定代理人

都築弘

荒井一夫

吉岡栄三郎

外川利徳

関秀司

渥美正弘

中村登

堀野富土夫

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が亡早川春治(以下「亡春治」という。)の昭和四〇年分所得税について昭和四一年一一月一〇日付でした更正および過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも開東信越国税局長の昭和四三年一月八日付裁決による一部取消し後のもの。以下これを「本件処分」という。)はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告早川ヤヘは亡春治の妻であり、原告早川義男、同早川武二はその子であるところ、亡春治は本訴の係属中である昭和五四年九月一日死亡し、原告らは相続により本件訴訟を承継した。

2  ところで、亡春治はその生前、新潟市内において貨物運送業を営んでいた者であるが、被告に対し昭和四一年三月一五日付で昭和四〇年分所得税について事業所得金額を金七八万七五〇〇円、車両譲渡損失金四九万四〇〇〇円、差引所得金額金二九万三五〇〇円、申告税額金一六〇円とする確定申告をしたところ、被告は昭和四一年二月一〇日付で所得金額を金一七一万七六三〇円、所得税額を金二九万〇八六〇円とする更正および過少申告加算税額を金一万四五〇〇円とする賦課決定をし、その決定通知書はそのころ亡春治に送達された。

3  そこで、亡春治は被告に対し同年一二月九日付で異議の申立てをしたが、昭和四二年二月二三日付でこれが棄却されたので、被告の上級行政庁である関東信越国税局長に対し同年三月一八日付で審査請求をしたところ、同国税局長は昭和四三年一月八日付で所得金額を金一四〇万八〇一九円、所得税額を金二〇万二〇〇〇円および過少申告加算税額を金一万〇一〇〇円とする旨の被告の右処分の一部を取り消す裁決をし、その裁決書はそのころ亡春治に送達された。

4  しかしながら、亡春治は昭和三九年の、いわゆる新潟地震でその住居(借家)が全壊するという被害を受けて仕事に打ち込めず、昭和四〇年中には申告したとおり金二九万三五〇〇円の所得しかなかったのである。にもかかわらず、被告は亡春治について金一四〇万八〇一九円(関東信越国税局長の裁決による一部取消後の分)もあるとして本件処分をしたのであり、このように本件処分は存在しない所得が存在するとしてされたものであるから違法である。のみならず、本件処分は、被告において原告が新潟民主商工会の会員であることを嫌悪し、民主商工会に対する攻撃の一環としてされたものであり、「結社の自由」を保障する憲法第二一条に違反する。よって、原告は被告に対し本件処分の取消しを求める。

二  被告の答弁

(原告の請求原因に対する認否)

1 請求原因第2ないし第3項の事実は認める。

2 同4項は争う。

本件処分は税務調査の結果後記のとおり原告について申告額以上の所得があると認定されたためおこなわれたものである。そして、新潟税務署において亡春治に対する税務調査を行ったのは、(1)過去において亡春治の所得税の実地調査を一度も実施したことがなかったこと、(2)亡春治が営業に使用している貨物自動車は五両であり、昭和四〇年当時は、その前年の、いわゆる新潟地震に伴う災害復旧工事により貨物自動車運送業は一般に活況を呈していると認められるのに、亡春治の確定申告額がその営業規模に照らし低すぎると認められたこと、などによるものであって、亡春治が新潟民主商工会の会員であるからではない。

(被告の主張)

1 亡春治の住居地を管轄区域に持つ新潟税務署では前記のような理由から亡春治について税務調査をする必要があると判断し、昭和四一年七月二六日午前一〇時ごろ、所部係官が亡春治方に臨場したが、亡春治は不在で面会できなかった。そこで、所部係官は亡春治の事業専従者である妻のヤヘに面接し、聴取調査をおこなった。その結果明らかになったのは、(1)亡春治の家族は四人であること、(2)事務関係は妻ヤヘが担当していること、(3)亡春治はその貨物運送事業につき運輸省新潟陸運局の許可を受けていないこと、(4)雇人は運転手四、五人、助手二人で、そのうち常雇は二人、他は臨時雇であること、(5)営業のために使用している車両は五トン車二台、二トン車三台および乗用車一台であること、(6)運賃収入は主として特定取引先である富士運輸株式会社、五十嵐産業株式会社、株式会社中野組および株式会社小林力三商店であること、以上の事実である。なお、右調査の際、事務室内には運送メモおよび修繕費、消耗品費等にかかる請求書、領収証等と推測されるものがあったので所部係官はヤヘにその提示を求めたが、主人がいるときにしてほしいというので、明日、もう一度来るのでその旨を伝えておいてほしいといって辞去した。そして、所部係官は翌二七日、再度、亡春治方に臨場したが、前日伝言を依頼しておいたにもかかわらず、亡春治はまたも不在で、面会できなかった。そこで、所部係官は応待に出た妻のヤヘに帳簿書類の提示を求めたが、帳簿書類は何もないということで全く資料の提示は得られなかった。止むなく、所部係官はこのときはヤヘから特別経費としての雇人費および車両の売却処分による損失について聴取をして辞去した。そして、所部係官は予め通知をしたうえ、同年九月七日午前一〇時ごろ、亡春治方に臨場したが、亡春治はまたもや不在であった。そこで、所部係官は応対に出た妻のヤヘに再び帳簿書類の提示を求めたが、そのようなものはないということなので、ヤヘに対し前回聴取した雇人費と車両の売却処分による損失について再確認をしたに止まった。

以上の経緯に鑑み、被告は亡春治の所得金額を実額で算定することはできないと判断し、調査の結果判明した事実をもとにして推計によって亡春治の所得金額を算定し、本件処分を行ったものである。

2 被告の推計計算による亡春治の昭和四〇年分の事業所得金額は次のとおりである。

<省略>

(一) 収入金額

(1) 特定取引先からの運賃収入

亡春治の特定取引先について反面調査をした結果判明したことからの運賃収入は株式会社中野組関係金二九二万六九四一円、株式会社小林力三商店関係金一五四万九七七八円、富士運輸株式会社関係金一二五万〇一一〇円、五十嵐産業株式会社関係金一一〇万〇〇七〇円、計金六八二万六八九九円である。

(2) 右(1)以外の運賃収入

税務調査の結果、亡春治には右特定取引先のほかにも取引先があることが判明したが、その名称およびそこからの運賃収入は不明のままに終った。そこで、被告はそのほかの取引先からの運賃収入を推計により算定せざるを得なかったのであり、その方法は次のとおりである。

被告が調査の結果知り得た事実は、<1>亡春治はその営業のため貨物自動車としては五トン車、二トン車の二種類のほか、乗用自動車一台を使用していること、<2>乗用自動車用のガソリン一リットル当りの価格は金四八円であること、<3>亡春治の昭和四〇年中の燃料消費額は金九〇万三二一〇円であること、<4>運輸省新潟陸運局管内の運送業者の実走行一キロメートル(一キロメートル運搬する場合で復路を含む)当りの平均燃料費および運賃収入(ただし、その金額の算出方法は別表記載のとおりである。)は、

<省略>

であること、<5>亡春治の昭和四〇年中の五トン車、二トン車の各延使用日数は、五トン車二六八日、二トン車六六三日であること、以上のとおりである。そこで、以上の事実から被告は亡春治のそのほかの取引先からの運賃収入を以下のように算出した。

<1> 燃料消費額金九〇万三二一〇円中には乗用自動車のガソリン代が含まれており、乗用自動車の走行は運賃収入に関係しないため、そのガソリン代金二万三〇四〇円(前記のとおり一リットル当りの価格は金四八円であること及び一日往復八キロメートルを二回ずつ、年間三〇〇日走行し、ガソリン一リットル当り一〇キロメートル走行し得るものとして算出した。)を差し引いて貨物自動車の走行に要した燃料費額は金八八万〇一七〇円とした。

<2> 前記のとおり、五トン車と二トン車の使用割合が二六八日対六六三日であることおよび実走行一キロメートル当たりの燃料費が五トン車金一〇・八六円、二トン車金八・〇三円であることから、実走行一キロメートル当りの平均燃料費を加重平均の方法で算出すると、次のとおり金八・八三円となる。

<省略>

<3> 五トン車と二トン車の使用割合が前記のとおりであることおよび実走行一キロメートル当りの運賃収入が五トン車金一〇〇円、二トン車金六五円であることから、実走行一キロメートル当りの平均運賃収入を加重平均の方法で算出すると、次のとおり金七五・〇七円となる。

<省略>

<4> 貨物自動車の走行に要した燃料消費額金八八万〇一七〇円と実走行一キロメートル当りの平均燃料費金八・八三円、同運賃収入金七五・〇七円から総運賃収入を算出すると、次のとおり金七四八万二九四〇円(円未満切捨)である。

<省略>

<5> 右総運賃収入金七四八万二九四〇円から特定取引先からの運賃収入金六八二万六八九九円を差し引くと、特定取引先以外の取引先からの運賃収入は金六五万六〇四一円である。

(二) 一般経費

右(一)の収入金額金七四八万二九四〇円に、亡春治の同業者の収入金額に対する一般経費の割合(以下「経費率)という。)の平均値(平均経費率、その算出方法は後記)五三・八六パーセントを乗ずると金四〇三万〇三一一円となる。

(三) 算出所得金額

右(一)の収入金額から同(二)の一般経費を差し引くと金三四五万二六二九円となる。

(四) 特別経費

(1) 雇人費

亡春治の申立てによる昭和四〇年一月から同年一二月までの支給額、合計金一〇一万六六〇〇円である。

(2) 支払利息

亡春治の取引先である国民金融公庫新潟支店を調査した結果判明した同公庫が昭和四〇年一月から同年一二月までの間に亡春治から受け取った貸付金利息金一万一八〇九円から昭和三九年中に発生した分金一二八四円を控除した残額に昭和四〇年中に発生した分で、未払いのもの、金二八二四円を加算した金一万三三四九円。

(3) 減価償却費

昭和四〇年一二月二九日に購入した新潟市沼垂日の出町の車庫兼事務所(中古建物、耐用年数四年)の減価償却費であり、次のとおり算定した金四二三七円。

取得価格226,000円-残存価格22,600円=203,400円

<省略>

(4) 支払家賃

亡春治が新潟市沼垂西竜ケ島五九〇三にある居宅についてその所有者である野村三一に対して支払った家賃金五万四〇〇〇円のうち事業のために使用している割合を三〇パーセントと認定し、これを右支払家賃額に乗じた金一万六二〇〇円。

(5) 自動車事故費

昭和四〇年一一月七日、雇人である吉田稔が自動車事故を起こしたため、亡春治が被害者に対して支払った賠償金八六万三七九六円から保険金で填補された分、金五七万三八四〇円を差し引いた残額金二八万九九五六円。

(6) 専従者給与

亡春治の納税申告書記載の亡春治の妻ヤヘにかかる分金一一万二五〇〇円。

右(三)の算出所得金額から同(四)の特別経費を差し引くと、亡春治の事業所得金額は金一九九万九七八七円である。

そのほか、(1)亡春治は昭和三九年四月に金四五万円で取得した貨物自動車(エルフ二トン車六二年型)を、昭和四〇年一月に金二〇万円で売却した。したがって、右取得価額金四五万円から売却の日までの減価償却累計額金八万四三七六円(昭和三九年分金七万五九三八円、同四〇年分金八四三八円)を控除し、その残額金三六万五六二四円を売却価額金二〇万円から差し引くと、右車両の売却による損失は金一六万五六二四円である。また、(2)亡春治は昭和三九年八月に金四七万円で取得した貨物自動車(エルフ二トン車六三年型)を、昭和四〇年八月に金二二万五〇〇円で売却した。したがって、右取得価額金四七万円から売却の日までの減価償却累計額金一一万四五六三円(昭和三九年分金四万四〇六三円、昭和四〇年分金七万〇五〇〇円)を控除し、その残額金三五万五四三七円を売却価額金二二万五〇〇〇円から差し引くと、右車両の売却による損失は金一三万〇四三七円である。そして、この(1)(2)の損失金計金二九万六〇六一円を右事業所得金額金一九九万九七八七円から控除すると、亡春治の所得金額は金一七〇万三七二六円であり、本件処分によって認定した所得金額金一四〇万八〇一九円はその範囲内である。

3 次に亡春治の一般経費の算出に当って採用した同業者の平均経費率の計算根拠は次のとおりである。

(一) 基礎係数の抽出

新潟市内において亡春治と同業、同規模の事業を営んでいる、青色申告を行っている個人及び法人事業者ならびに白色申告者である個人事業者を対象とし、(1)昭和四〇年中において事業を継続しているものであること、なお、法人については昭和四〇年一月一日から同年一二月三一日までの期間内において概ね六か月以上の期間にわたって該当するもの、ただし、年の中途において転業したものおよび業態の変更をしたものを除く、(2)収支実額調査の結果、申告是認ならびに更正または決定処分を行ったもの(ただし、国税通則法の規定に基づく不服申立期間および出訴期間を経過していないもの、ならびに当該処分に対して不服申立てがされ、現在審理中のもの、または訴訟継続中のものは除く。)、(3)収入金額が金七四八万二九四〇円の約〇・五倍(金三七〇万円)以上、約二倍(金一五一〇万円)以下であるもの、以上を満たすものを抽出すると、二件であり、その基礎係数は次のとおりである。

<省略>

ただし、法人の場合は、個人所得に換算するため、法人の経理上一般経費に含まれているところの公租公課のうち法人税、県民税、市町村民税、役員報酬、給料・賃金および建物減価消却費等は特別経費に振り替えた。また、個人の減価償却については、減価償却の方法を選定しなかった場合には定額法によることと規定されている(所得税法第四九条第一項かっこ書、同法施行令第一二五条)から定率法で計算された減価償却費は定額法で換算した。

(二) 経費率の計算

算出所得金額(特別経費控除前の所得金額)は収入金額から一般経費を控除した金額であるから平均経費率は一から平均算出所得率〇・四六一四(四六・一四パーセント)を差し引いた〇・五三八六(五三・八六パーセント)である。

三  原告らの反論

1  被告の主張第1項の事実のうち、新潟税務署の所部係官が昭和四一年七月二六日に亡春治方に臨場し、妻ヤヘとの面接して聴取調査を行ったこと、これによって判明したという被告主張の(1)ないし(6)のうち、(1)ないし(3)、(5)、(6)の事実やその際、ヤヘが所部係官から帳簿書類の提示を求められ、これを拒絶したこと、そのあと、同月二七日と同年九月七日にも所部係官が亡春治方に臨場したが、いずれのときも亡春治は不在で、妻ヤヘが応対したこと、以上の事実は認めるが、右被告主張の事実のうち(4)の事実は否認、その余は争う。

昭和四〇年当時の亡春治の雇人は七人であり、そのうち常雇は三人、臨時が四人である。

所部係官が亡春治方に臨場した当時は、季節的に農作業が次第に忙しくなり、臨時雇の作業員が欠勤したため、亡春治は止むなく自分で自動車を運転して仕事をしなければならず、所部係官と面接する余裕がなかったのである。したがって、本件においては、所部係官が亡春治の都合を考え、予め十分日程を打合わせたうえ、亡春治に面接して聴取調査を実施していれば、所得金額を実額で把握することは不可能ではなかった。

2  同第2項および同第3項はいずれも争う。

(一) 収入金額について

亡春治の特定取引先からの運賃収入および調査の結果知り得たという被告挙示の<1>ないし<3>の事実は被告主張のとおりである。

昭和四〇年当時、亡春治はその所有する乗用自動車を特定取引先である株式会社中野組の依頼でその営業のために、かつ、また私用にも使っていたのであり、その年間走行距離はほぼ二〇、〇〇〇キロメートルに達していた。したがって、その燃料消費額は被告主張の計算方法によっても次のとおり金九万六〇〇〇円である。

<省略>

(二) 一般経費について

被告がその挙示する同業者の住所・氏名を開示しないのは明らかに不当である。そのために原告らは右同業者と亡春治との間に存する営業条件上の差異について十分な防禦、反論の手段を奪われている。

(三) 特別経費

前記のとおり、昭和四〇年当時の亡春治の雇入は常雇三人、臨時雇四人(雇用期間九か月)、計七人であり、常雇の給料は一人一か月金三万円、ボーナス(盆、暮)各金一万円、臨時雇の場合は一人一か月金二万円、ボーナス(前同)各金五〇〇〇円であるから、その雇人費は次のとおり金一九〇万円である。

{(30,000円×12か月)+(10,000円×2回)}×3人=1,140,000円 <1>

{(20,000円×9か月)+(5,000円×2回)}×4人=760,000円 <2>

<1>+<2>=1,900,000円

なお、そのほか、支払利息 減価償却費、支払家賃、自動車事故費および専従者給与は被告主張のとおりである。

(四) 車両の売却による損失

被告主張のとおりである。

(原告らの主張)

1  本件処分は亡春治が税務調査に協力しないため、その所得金額を実額で把握することができないとしてこれを推計により算定し、それに基づいてされたものである。しかし、税務調査に協力しないことについて納税義務者に正当の事由があるときは、納税義務者が税務調査に協力しないからといって、推計課税は許されないところ、本件処分に先立ち、新潟税務署においてした税務調査は憲法第二一条に違反し違法であることは前記のとおりであり、したがって、原告が税務調査に協力しなかったことは正当の事由がある。このように本件処分は推計課税が許されない場合であるのに推計課税をした点において、またその推計の基礎となった資料は右のような違法な税務調査によって収集したものである点において、いずれにしても違法である。

2  次に推計課は納税義務者が収支を明らかにする帳簿類を備えていないとか、帳簿類の記載が不正確であるとか、納税義務者が調査に協力しない等のため実額の把握ができない場合に限り許されるものであるところ、亡春治の場合は、右のいずれにも該当しないから、本件処分は違法である。

3  また、推計課税においてその方法が合理性のあるものとして是認されるためには、第一に推計の基礎事実が確実に把握されていること(推計基礎の確実性)、第二その推計方法が具体的事案に適用し、所得金額を把握する方法として最も適したものであること(推計方法の最適性)、第三にその推計方法はできるだけ真実の所得金額に近似した数額を把握することができるような客観的なものであること(推計方法の客観性)、以上の要件を具備していることが必要である。しかし、本件において被告が採った方法は極めて杜選な資料に基づくのみならず、亡春治の事業規模やそのおかれている特殊事情を顧慮しないものであり、一般経費率算出の基礎となった同業者の住所・氏名さえ明らかにしないのであるから、とうてい右要件を具備しているとはいえない。

したがって、このような方法による推計の結果をもとにした本件処分は違法である。

第三証拠

一  原告ら

1  甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一ないし五、第六ないし第一八号証。

2  証人根本修一の証言および原告早川ヤヘ本人尋問の結果。

3  乙号各証の成立は不知。

二  被告

1  乙第一ないし第五号証、第六号証の一、二、第七ないし第一一号証、第一二号証の一ないし三、第一三号ないし第一六号証。

2  証人下妻信行、同佐久間竜、同八木孝次、同鎌倉久雄、同神林輝夫の各証言。

3  甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一ないし五、第七ないし第一七号証の成立は認める。第六号証、第一八号証の成立は不知。

理由

一  請求原因第一項の事実は記録上明らかであり、同第二項および同第三項の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分の適否について判断する。

1  実額による所得金額算定の可否(推計の必要性)

亡春治が貨物運送業を営んでいたことは前述のとおりであるところ、原告早川ヤヘ本人尋問の結果によれば、亡春治は、昭和四〇年分についてはもとよりそのほかの年分についてもその営業に関し収支実額を明らかにする帳簿類は一切作成しておらず、請求書、領収証等の原始書類も整理・保存されていないこと、が認められる。これによれば、仮に税務署の所部係官が税務調査について亡春治の十分な理解を得、その協力のもとに細密な調査を実施したとしても亡春治の昭和四〇年分の所得金額を実額で把握することはとうてい不可能であり、したがって、亡春治の昭和四〇年分の所得金額は推計の方法で算定するほかなく、被告がこれによったことは違法とはいえない。

2  推計による所得金額の算定(推計合理性)

(一)  収入金額

証人下妻信行の証言および原告早川ヤヘ本人尋問の結果によれば、亡春治は特定の荷主の依頼に基づき自動車で一定種類の物品の運搬をする、いわゆる特定貨物運送業者であって、実際には株式会社中野組、株式会社小林力三商店、富士運輸株式会社および五十嵐産業株式会社の依頼に基づき肥料、農薬、石炭、砂等を運搬していたこと、そして、亡春治の事業所所在地を管轄区域に持つ新潟税務署においてこれらの特定取引先についていわゆる反面調査を実施した結果によると、昭和四〇年中の亡春治のこれらの取引先からの運賃収入は株式会社中野組関係金二九二万六九四一円、株式会社小林力三商店関係金一五四万九七七八円、富士運輸株式会社関係金一二五万〇一一〇円、五十嵐産業株式会社関係金一一〇万〇〇七〇円、計金六八二万六八九九円であること(ただし、右各運賃収入の金額は当事者間に争いがない)、認められる。そして、原告早川ヤヘ本人尋問の結果によれば、亡春治は、その件数はさほど多くはないものの、時として右特定取引先以外の者からの依頼により引越荷物や季節の果物等も運搬していたこと、が認められ、これによれば、亡春治の運賃収入は、右特定取引先からだけのものでないことは明らかであるが、証人下妻信行の証言に弁論の全趣旨を合わせると、特定取引先以外からの運賃収入は、亡春治が自らこれを明らかにしようとしないため、その金額はもとより取引の相手方も判明しないこと、が認められる。そうすると、亡春治の昭和四〇年中の運賃収入はその全部を実額で把握することはできないわけであるから、推計によりこれを算定するほかはないというべきである。

ところで、貨物運送業においては、一般にその営業活動の状況は貨物運搬に使用される車両の燃料の消費額(量)に単的に反映し、その運賃収入もこれと比例的関係に立つと考えられるので、右燃料消費額をもとにして運賃収入を推計することは一つの合理的な方法として是認することができるところ、いずれもその方式および趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一一号証、第一六号証、証人神林輝夫の証言といずれもこれにより真正に成立したと認められる乙第七、第八号証、第一二号証の一ないし三、第一三号証、証人鎌倉久雄の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第一五号証および原告早川ヤヘ本人尋問の結果によれば、

(1) 亡春治はその営業のため貨物自動車として五トン車二台、二トン車三台を使用しているほか、乗用車一台を保有していること(ただし、この点は車両の台数を除いて当事者間に争いがない。)

(2) 亡春治は燃料等の買入先は北沢石油商事株式会社と株式会社小林力三商店であり、昭和四〇年中の自動車燃料の買入(消費)額は北沢石油商事株式会社関係が金二〇万六七八七円、株式会社小林力三商店関係が金六九万六四二三円、計金九〇万三二一〇円であること(ただし、燃料の買入額が右のとおりであることは当事者間に争いがない。)、

(3) 亡春治の事業所所在地を管轄区域に持つ運輸省新潟陸運局管内における運送業者の実走行一キロメートル(一キロメートル運搬する場合で復路を含む)当りの平均燃料費および運賃収入(その金額の算定は被告主張の方法による。)は、五トン車の場合、燃料費金一〇円八六銭、運賃収入金一〇〇円、二トン車の場合、燃料費金八円三銭、運賃収入金六五円であること、

(4) 亡春治の昭和四〇年中の営業用貨物自動車の延稼働日数は、運転手および同助手の稼働日数から割り出すと、五トン車二六八日、二トン車六六三日であること

以上の事実が認められる。ところで、亡春治が乗用自動車一台を保有していたことは右認定のとおりであるところ、乗用自動車の運行は運賃収入に直接の関連性はないので、それに要する燃料費は右認定の燃料消費(買入)額から除かなければならない。そこで、乗用自動車用の燃料(ガソリン)一リットルの買入価格が金四八円であること(この点は当事者間に争いがない)、右乗用自動車は一日往復八キロメートルを二回づつ、年間三〇〇日走行すること、および乗用自動車はガソリン一リットル当り一〇キロメートル走行し得ること、との想定のもとに、乗用自動車の走行に要する燃料費を算出すると次のとおり金二万三〇四〇円である。

(1km当り燃料費)×(1日の走行km)×(年間走行日数)

<省略>

そして、これを右認定の燃料消費(買入)額金九〇万三二一〇円から差し引くと、営業用貨物自動車の燃料消費(買入)額は金八八万〇一七〇円となる。

次に、前認定のとおり、亡春治はその営業のために五トン車と二トン車の二種類の貨物自動車を使用しており、その延稼働日数からすると、両者の使用割合は二六八日対六六三日であること、および実走行一キロメートル当りの燃料費が五トン車の場合で金一〇円八六銭、二トン車の場合で金八円三銭であることをもとにして、実走行一キロメートル当りの平均燃料費を加重平均の方法で算出すると、被告主張のとおり金八円八三銭となる。また、右五トン車と二トン車の使用割合およびそれぞれの実走行一キロメートル当りの運賃収入をもとにして、実走行一キロメートル当りの平均運賃収入を加重平均の方法で算出すると、被告出張のとおり金七五円七銭となる。

そして、以上の貨物自動車の走行に要した燃料消費(買入)額金八八万〇一七〇円と実走行一キロメートル当り平均燃料費金八円八三銭、同運賃収入金七五円七銭をもとにして、亡春治の昭和四〇年中の運賃収入を算出すると次のとおり金七四八万二九四〇円(円末満切捨)となる。

<省略>

(二)  一般経費

証人八木孝次の証言といずれもこれにより真正に成立したと認められる乙第五号証、第六号証の一、二によれば、亡春治の事務所所在地を管轄区域に持つ新潟税務所が保管している、個人事業者については納税者の住所・氏名、職種、申告所得金額等が記載されている「所得調査カード」および税務調査の結果が記載されている調査書綴によって、法人についてはその名称、事業所の所在地業種、申告所得金額等が記載されている「税歴表」および税務調査の結果が記載されている決議書綴によって、新潟市内で特定貨物運送業を営んでいる個人事業者および法人のうち、(1)昭和四〇年中において事業を継続しているものであること、なお、法人については昭和四〇年一月一日から同年一二月三一日までの期間内において概ね六カ月以上の期間にわたって該当するもの、ただし、年の中途において転業したものおよび業態の変更をしたものを除く、(2)収支実額の調査の結果、申告是認ならびに更正または決定を行ったもの(ただし、国税通則法の規定に基づく不服申立期間および出訴期間を経過していないもの、ならびに当該処分に対して不服申立てがされ、現在審理中のもの、またはは訴訟係属中のものは除く。)、(3)収入金額が亡春治のそれの約〇・五倍(金三七〇万円)以上、約二倍(金一五一万円)以下であるもの、以上の条件を充足するものを抽出すると、次のA、B二者が挙げられ、それぞれの収入金額、算出所得金額(特別経費控除前の所得金額)および算出所得率は、

<省略>

であること(ただし、法人の場合は、個人所得に換算するため、法人の経理上一般経費に含まれているところの公租公課のうち法人税、県民税、市町村民税、役員報酬、給料・賃金および建物減価償却等は特別経費に振り替えた。また個人の減価償却については、減価償却の方法を選定しなかった場合には定額法によることと規定されている((所得税法第四九条第一項かっこ書、同施行令第一二五条))から定率法で計算された減価償却費は定額法で換算した。)、が認められる。これによれば、右A、B二者はその業種、事業規模(収入金額)、立地条件等において亡春治と近似しており、右二者の算出所得率の算術平均四六・一四パーセントは亡春治に適用すべき同業者の平均算出所得率として是認することができる。

そうすると、右同業者A、Bの収入金額に対する一般経費の割合(経費率)の平均値は一からその平均算出所得率〇・四六一四(四六・一四パーセント)を差し引いた〇・五三八六(五三・八六パーセント)であるから、これを亡春治の収入金額金七四八万二九四〇円に乗ずると、その一般経費は金四〇三万〇三一一円である。

(三)  特別経費

(1) 雇入費

証人下妻信行の証言とこれにより責正に成立したと認められる乙第九号証によれば、本件処分(ただし、関東信越国税局長の裁決による一部取消前のもの)に先立ち、新潟税務署の係官であった同証人は昭和四一年七月下旬のある日、税務調査のためその前日に続いて亡春治方に再度の訪問したが、このときも前日同様、亡春治は不在で、面会できなかったこと、そこで、同証人は亡春治の妻である原告早川ヤヘに面接し、聴取調査をおこなったこと、当時、ヤヘは亡春治の営業に関し家事の傍ら事務的な仕事を担当していたところ、面接をした際、同証人はヤヘに対し、亡春治がその営業のために雇用している自動車運転手等の氏名、雇用形態、雇人期間、一日もしくは一か月当りの賃金額、稼働日(月)数等について質問し、これに対する応答を逐一記録したこと、そして、同証人はこれをもとにして亡春治の営業における昭和四〇年中の雇人費を計算し、集計した結果、その金額は金一〇一万六六〇〇円となったこと、が認められ、これによれば、亡春治の貨物運送業における昭和四〇年中の雇人費は右同額とみるのが相当である。この点について、原告らは、右雇人費はその主張のとおり金一九〇万円であるというが、この点についての原告早川ヤヘの供述は必ずしも右主張とは符合しておらず、右供述自体、一五年も前の記憶をもとにしたものであって、何の資料的裏付けも伴っていないことからすると、これをたやすく採用することは困難であり、ほかに右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(2) 支払利息

被告主張のとおり金一万三三四九円であることは原告らの認めて争わないところである。

(3) 減価償却費

被告主張のとおり金四二三七円であることは原告らの認めて争わないところである。

(4) 支払家賃

被告主張のとおり金一万六二〇〇円であることは原告らの認めて争わないところである。

(5) 自動車事故費

被告主張のとおり金二八万九九五六円であることは原告らの認めて争わないところである。

(6) 専従者給与

被告主張のとおり金一一万二五〇〇円であることは原告らの認めて争わないところである。

(三)  車両の売却による損失

被告主張のとおり金二九万六〇六一円であることは原告らの認めて争わないところである。

そうすると、亡春治の昭和四〇年中の所得金額は右(一)の収入金額金七八四万二九四〇円から、(二)の一般経費金四〇三万〇三一一円、(三)の特別経費金一四万二八四二円(雇人賃、支払利息、減価償却費、支払家賃、自動車事故費および専従者給与の合算額)および車両の売却による損失金二九万六〇六一円を差し引いた金一七〇万三七二六円であり、本件処分によって認定され所得金額金一四〇万八〇一九円はその範囲内にあることは明らかである。

もっとも、以上のような所得金額の推計方法には問題点がないわけではない。まず、その第一は、収入金額の算定において、亡春治の保有する乗用自動車の燃料費の算出につきその計算の基礎となった同車両の一日の走行距離および年間の走行日数は被告の単なる想定をもとにしたものであって、事実に基づくものではないことである。しかしながら、この点については、亡春治の昭和四〇年中の収入金額のうち特定取引先からの分金六八二万六八九九円はその実額が判明しているのであり、これと推計によって算定された亡春治の昭和四〇年中の全部の収入金額金七四八万二九四〇円との差額は金六五万六〇四一円であって、その収入金額全体に占める割合は比較的低く、また、前述のように本件処分によって認定された所得金額が推計によるものより約三〇万円下回っていることから考えると、右乗用自動車の燃料費算出の基礎となった同車両の一日の走行距離等が事実に基づくものではないからといって、本件処分が不適法なものであるということはできない(なお、この点について原告は、右乗用車の走行距離は年間二〇、〇〇〇キロメートルに達していたというが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。)。第二は、一般経費の算定において、被告は平均算出所得率算出の基礎となった同業者A、Bとのみ表示し、その住所・氏名を開示しようとしないことである。しかしながら、この点については税務官庁の職員にはその職務上知り得た秘密を守るべき義務が課せられている(国家公務員法第一〇〇条、所得税法第二四三条)こととの関係で被告がその住所・氏名の開示を拒むことにも止むを得ない一面のあることも否定できない。そして、本件においては、被告は右A、Bが原告の同業者として抽出される過程を証拠によって明らかにしているのであり、前述のとおり、その過程に一応の合理性が認められる以上、被告が右A、Bの住所・氏名を開示しないことから直ちに右算出所得率の算出方法が合理性を欠くに至るものではない。

三  ところで、原告らは、本件処分は被告において亡春治が新潟民主商工会の会員であることを嫌悪し、民主商工会に対する攻撃の一環としてされたものであるから違法であると主張する。しかしながら、仮に本件処分をするについて被告に原告ら主張の意図があったとしても、昭和四〇年中に亡春治について前述のような所得が存したことが認められる以上、亡春治はこれについて納税義務を免れるものではなく、したがって、右のことから直ちに本件処分が違法となるものではない。また、本件処分(前同)に先立ち、亡春治について新潟税務署の所部係官による税務調査が実施されたことは前述のとおりであるところ、原告らは、この税務調査は右のような意図のもとに行われたものであるから違法であり、亡春治はにはこれに協力しないことについて正当な事由があったと主張する。しかしながら、仮に新潟税務署において亡春治を税務調査の対象者に選定するにつき亡春治が新潟民主商工会の会員であることを考慮したとしても、現実に行われた税務調査の手段、方法が普通実施されている範囲を超えないものである限り、右のことから直ちに税務調査が違法性を帯びるに至るものではないと解するのを相当とするところ、証人下妻信行の証言および原告早川ヤヘ本人尋問の結果によれば、本件について、新潟税務署において実施した税務調査は、所部係官が、亡春治方を訪問して営業に関する帳簿書類の提示を求め、本人が不在のためその妻ヤヘに面接して聴取調査を実施し、あるいは取引先についていわゆる反面調査を行ったまでのことであって、それ以上のものではなかったこと、が認められる。

四  よって、原告らの本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条に適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 柿沼久 裁判官 大塚一郎 裁判官鈴木ルミ子は差支えのため署名押印できない。裁判長裁判官 柿沼久)

(別表)

平均運賃収入算出表

一、粁程区分実走行一キロメートル当り運賃計算表

<省略>

<省略>

二、実走行粁数八〇キロメートルまでの間における一キロリートルの平均運賃収入の計算

右運賃計算表による実走行一キロメートル当りの運賃合計(および欄)を粁程区分の数の一二で除して得た数値がそれぞれ求める平均運賃収入の額である。

2トン車 (実走行1K当り運賃合計) (粁程区分の数)

778円÷1265円

5トン車 (実走行1K当り運賃合計) (粁程区分の数)

1,204円÷12100円

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