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新潟地方裁判所 昭和46年(行ウ)11号 判決 1977年5月17日

原告 春日勝司

被告 新潟鉄道郵便局長

訴訟代理人 田井幸男 佐藤等 坂井光男 長谷川孝 ほか六名

主文

一  被告が原告に対し昭和四四年一二月三〇日付でなした戒告の懲戒処分はこれを取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和二一年四月一三日新潟鉄道郵便局(以下新鉄局という)に採用され、同年七月二一日同局乗務課勤務を命ぜられて以来同課に勤務し、鉄道郵便車に乗車して郵便物の区分、積込み、取卸し等の事務に従事していた。

2  被告は昭和四四年一二月三〇日付で原告に対し国家公務員法(以下単に国公法という)八二条による戒告の懲戒処分(以下本件懲戒処分という)をなした。

しかしながら本件懲戒処分は違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1・2の事実は認める。

三  抗弁

1  本件懲戒処分の処分理由

原告は昭和四四年七月二七日、二八日の両日出勤しなかつたために、あらかじめ原告が乗務するよう勤務の指定を受けていた二七日の直江津・秋田間の下り便(以下単に「直秋下り便」という)、二八日の「同上り便」は、ともに乗務員一名欠員のまま運行された。

これより先原告は、右両日の年次有給休暇(以下年休という)を請求していたところ、本件懲戒処分は次に詳述するとおり、原告が所属課の新鉄局乗務課長等から、労働基準法(以下労基法という)三九条三項但書にもとづく時季変更権の行使を通告されたにもかかわらず、これを聞き入れず、前記のように欠務したことを理由としてなされたものである。

2  本件懲戒処分に至る経緯

(一) 原告は昭和四四年七月六日に、同月二七日は「直秋下り便」に、また翌二八日は「同上り便」にそれぞれ乗務するようあらかじめ勤務の指定を受けていたところ、同月一七日午後四時ごろ、乗務課事務室において、同課課長代理青木喜八郎に右両日を希望日とする年休請求書を提出した。

(二) 新鉄局乗務課においては、年休請求に対する当局側の意思表示は、従来から年休請求にかかる希望日の約一週間前に行つていた。

これに従い同月二七日の要員状況を検討したところ、同月二〇日現在の状況は後記5(四)のとおり、同月二七日について年休をあらたに付与できる人員は最大限三名であつて、これに対し一七名が年休請求をしていたので、このうち請求の早い順に、また請求がおそくても真にやむを得ない理由にもとづくものを基準として三名を選択して年休を付与することとし、原告を含む他の一四名に対しては時季変更権を行使せざるを得ない状況にあつた。

(三) そこで同月二〇日午後四時ごろ同日の服務担当として勤務していた同課課長代理豊岡松太郎は、事務室において原告に対し「七月二七日、二八日の年休は、気の毒だが服務差し繰りが困難でその日には付与できない。」と請求の希望日に付与できない旨の意思表示をした。

(四) ところが同月二五日午前一一時五〇分ころ、原告は事務室で青木課長代理に対し、「たいへん世話になつた人のところへ見舞に行くためどうしても年休が必要であるから課長に話してほしい。」旨申し出たので、青木課長代理は「現在の状態ではどうにもならないので付与できたい。君から話のあつたことは課長に伝えておく。」と重ねて希望日に年休を付与できないことを伝達した。

(五) さらに翌二六日午後四時二〇分ころ事務室において、原告は青木課長代理に対し、再検討を求めたので「非常勤職員を使役しようと思い連絡してみたが、当人に支障があり乗務ができず、課長と検討してみたが付与できない。」と申し渡した。これに対し原告は、同日午後四時四〇分ごろ、再び事務室へ来て執務中の同課副課長円山富男に再考を求めた。円山副課長は「二七日遅く出る服務に変更することも検討してみたがうまくゆかない。見舞は他の日にしてほしい。」と理由を説明し、年休を他の時季に与えようとしたが、原告は当初の請求を固執し、他日に付与することについては聞き入れなかつた。

(六) また同日午後五時三〇分ころ、自席にもどつた同局乗務課長渡辺政男に対し、原告が「見舞のため新発田に行く。どうしてもだめなら欠勤するしかない。」旨申し出たが、渡辺乗務課長は事情を聞いた後に、「業務上支障があり付与できない。欠勤も同様承認できない。」と申し渡したところ、原告は無言のまま去つた。

(七) 同月二七日および二八日の両日原告は出勤しなかつた。そのため原告が乗務するよう勤務の指定を受けていた同月二七日の「直秋下り便」、翌二八日の「同上り便」はともに乗務員一名欠員のまま運行するのやむなきに至つた。

3  原告の本件懲戒処分該当行為

以上のとおり、原告は上司から年休請求にかかる希望日は、業務上支障があるので年休を付与することができない旨を申し渡され、労基法三九条三項但書の時季変更権の行使を通告されていたにもかかわらず、勤務を欠いたものである。

4  法令の適用

よつて被告は、原告の右行為は、国公法九八条一項および一〇一条一項前段に違反し、同法八二条一、二号に該当すると判断し、右各法条を適用して、昭和四四年一二月三〇日付で原告に対し本件懲戒処分を行つた。

5  業務支障の判断の妥当性

しかして次に詳述するとおり、前記時季変更権の行使は適法になされたものであるから、本件懲戒処分は違法ではない。

(一) 鉄道郵便局の実態について

(1) 鉄道郵便局の機能

日々公衆から郵便局の窓口に出され、あるいはポストに投函された郵便物は、集配郵便局(郵便物の取り集めおよび配達事務を取り扱う郵便局)に取り集められ、同局で取り集めた郵便物はそれぞれあて先の配達を受け持つ集配郵便局別に区分したうえ、当該郵便局あて運送され、当該郵便局から各家庭へ配達されるものである。

ところで、集配郵便局相互間の運送手段は、大別すると鉄道、自動車、航空機等に分かれる。このうち、自動車は主として大都市内またはその近郊の比較的近距離間の郵便物の運送にあてられ、航空機は東京を中心に名古屋、大阪、福岡、札幌等全国主要都市間の航空小包、定型外の速達郵便物および手紙、葉書の運送に利用され他の大部分の郵便物(約八〇%)は鉄道を利用して運送される。鉄道によつて運送されている郵便物の九九%以上が日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)によつているのである。この国鉄により郵便物を運送するために設置された郵便局が鉄道郵便局(以下「鉄郵局」という。)である。鉄郵局は、一般の郵便局を静止局と呼ぶのに対し、行動局と対比的に呼ぶ場合もある。これは鉄郵局の業務の大半が旅客列車等に連結した鉄道郵便車内で処理されるという点に着目した呼称である。

(2) 鉄郵局の組織と分担

鉄郵局は、別表一のとおり全国に一四局(「本局」と呼んでいる。)あるほかに当該本局の所掌する事務の一部を分掌するため分局(全国で五六局、但し米子、高松、旭川各鉄道郵便局を除く。)を設置している。また別表二のとおり主として国鉄の線区にしたがつて所掌区域(所掌業務線路)を持ち、郵便物の運送をつかさどつている。

鉄郵局の組織および各課の所掌事務は次のとおりである。

〔一〕 庶務会計課

文書、人事、厚生、保健、労務、収入及び支出事務、物品会計、国有財産、統計、庁務などに関する事務。

(庶務課と会計課とに分掌している局では所掌事務もそれぞれ分かれている。)

〔二〕 計画課

<1> 鉄道及び船舶(国鉄の経営に係る連絡船をいう。)における郵便物の区分、取扱方法及び継送等の計画に関する事務。

<2> 鉄道郵便業務に従事する職員の服務計画に関する事務。

<3> 鉄道郵便業務に関する自治監査に関する事務。

<4> 郵便物に関する事務処理に関する業務。

<5> 鉄道郵便業務に従事する職員の職場訓練に関する事務(<3><4><5>は調査課を置かない鉄郵局に限る。)。

〔三〕 調査課(大規模局のみ設置)

計画課の事務のうち<3><4><5>の事務。

〔四〕 乗務課及び東京鉄道郵便局の分局

鉄道郵便業務の実務運行に関する事務を行なうもので鉄郵局の中枢的な働きをしており、その業務内容は次の三種類に大別される。

<1> 内務事務

業務運行の計画、乗務課職員の服務関係等を行なう。

<2> 駐在事務

集配郵便局と乗務員との郵袋(各集配郵便局あてに運送するための郵便物を束にして入れた袋)の受け渡し、鉄道郵便車にのせる郵袋の積込み、取卸し、積替、保管および郵便物(郵袋)の分配を行なう。

<3> 乗務事務

列車に連結した鉄道郵便車に乗務し、駐在員との郵袋の授受および鉄道郵便車内での郵便物の区分作業を行なう。

なお、乗務事務には本局および分局で不測の欠乗(乗務員が職務を欠くこと)などの事故に備えて待機し、駐在事務を手伝つているところの勤務(予備勤務)もある。

(3) 乗務事務の実態

〔一〕 乗務事務のうちには、郵便物取扱方法の区別により、職員が鉄道郵便車に乗車するが、郵便物を車内で区分しないで締切郵袋(集配郵便局あての郵袋で乗務員が郵便車内で開き、区分する必要のない郵袋)の積卸しのみを行なう「護送便」に乗務する場合と、職員が鉄道郵便車内において郵袋を開き、郵便物の区分等を行ない運送する「取扱便」に乗務する場合とに分かれる。

「護送便」は、通常二人ないし三人で乗務し積み込まれた郵袋を列車の停車駅ごとに鉄道沿線の最寄りの集配郵便局別に区分けし、列車が停車する都度各駅ごとに区分けした郵袋を取卸し、これを駅で待機している集配郵便局職員等に引き渡し、反対に集配郵便局職員が持参した郵袋を積み込み、列車が次の停車駅に到着するまでの間に積み込まれた郵袋の区分けを行なつて次の駅で集配郵便局員に郵袋を引き渡す準備をするといつた業務をくりかえしながら一定区間の乗務に従事するものである。

また「取扱便」の場合は、通常四人ないし六人で乗務するが、事務量の関係で、少ないものは二人の場合もあり、多いものは一〇人以上の場合もある。「取扱便」においては集配郵便局あての締切郵袋のほか、集配郵便局あての郵便物が少ないため集配郵便局別に一つの郵袋に締め切ることができない郵便物を集配郵便局別に区分けしないでそのまま郵袋に詰めて、これを鉄道郵便車に積み込み、車内においてこれら郵袋(この場合の郵袋に付ける票札の名あては、後記(二)(3)〔二〕別表三の便名を表示する。)を開き、鉄道郵便車内に設けられている郵便物区分棚によつて鉄道沿線の集配郵便局別に区分し、これをまとめて郵袋に詰めなおすほか、停車駅別に取卸すべき郵袋を区分整理しておき、列車が到着する都度、前記護送便の場合と同じく待機中の集配郵便局職員に引き渡し反対に集配郵便局職員が持参した郵袋を積み込み、発車と同時に新たに積み込まれた郵袋に付けられた票札の名あてにより、便名にあてた郵袋を素速くさがし出し、これを開き、次の停車駅までのわずかな時間にこれを区分けし、列車が次に停車する前に次の駅で取卸すべき郵袋を準備するという業務をくりかえしながら一定区間の乗務に従事するものであつて、 「取扱便」の場合の作業内容を分けるとつぎのとおりである。

作業区分

作業内容

「便長」事務(主事・主任)

郵袋の受渡個数の記帳査数

「区分」事務

郵便物の区分

「受渡」事務

郵袋の整理および集配郵便局職員との郵袋の受渡事務

(注)郵便物が多く乗務員がふえると書留などを主として扱う「特殊」などの担務を設けることもある。

〔二〕 以上のとおり「護送便」および「取扱便」ともに少人数の乗務員が、進行中の鉄道郵便車内で発車してから停車するまでの非常に限られた時間内に前述の事務を処理しなければならないため、一応の作業分担が決まつていても共同作業的色彩が強く相互の共助共授は欠かせないものである。

従つて突発的な病気などによる欠乗事故が発生すると鉄道郵便車内の作業に重大な支障をきたすことになる。

他方、すでに述べたように鉄郵局乗務員は、進行中の列車内で限られた時間内に正確かつ迅速に郵便物を処理しなければならないほか、自分の乗務している列車の停車駅とその最寄りの集配郵便局との接続関係等を常に念頭において業務を処理しないと、郵便物の引渡もれなどの事故発生の原因ともなりかねないのである。

以上に述べたような業務の特殊性から鉄郵局の乗務員の場合には、欠員が生じたからといつて臨時に庶務会計等他部門の職員をもつて補充することは極めて困難であり、ましてや一般の非常勤職員を雇つて補充することもはなはだ難しい職場である。

(4) 鉄郵局の勤務形態と服務の特殊性

〔一〕 鉄郵局の職員のうち庶務、会計(庶務会計)、計画および調査の各課勤務の職員は、主として一般の郵便局と同じ一日八時間(土曜日四時間)一週四四時間の勤務に服している。

しかし乗務課の職員は駐在勤務の場合、列車の到着の関係で夜間においても勤務を要するほか、特に乗務に従事する場合には、勤務場所が鉄道郵便車内であるため列車ダイヤに合わせて服務編成をしなければならない。

したがつて一日の勤務時間も定型的に八時間というように定めることは困難であり、列車のダイヤとその乗務区間の列車走行時間を基準として分単位で定められることになる。このようなことから鉄郵局の乗務の場合には特殊な勤務形態が生ずる。例えば、新潟鉄道郵便局では、新津から四時間程度乗務して析り返しの列車で四時間程度の乗務をし、これをもつて一日の勤務が終了するといつた勤務は稀であつて、新津から乗務する場合は、酒田まで乗務して四八四分の勤務となり、ここで一泊し、翌日の列車で酒田から新津まで乗務して四六四分の勤務、二日合わせて九四八分の勤務というふうに一勤務が暦日二日にまたがり、かつ二日分の勤務に相当する場合が多い。また三角勤務と称して、第一日目は新津から直江津まで乗務し二五三分間、第二日目は直江津から酒田まで急行列車の便に乗務し三八八分間、第三日目には酒田から新津まで急行列車の便に乗務して二七七分間といつた暦日三日にまたがる勤務もあり、この種の勤務も暦日二日にまたがる勤務と同様多くみられるところである。

このようなことから、鉄郵局の乗務員では病気等で欠務する場合にもその欠務がたとえ一日の場合であつても乗務すべき列車はすでに発車しているのであるから、業務上は二日ないしは三日の欠務が発生したものとして服務の差し繰りを行なわなければならず、ここに鉄郵局独特の要員の差し繰りの困難さがあるのである。

〔二〕 このほか職員が遅刻する場合を考えてみても一般の郵便局と異なり、勤務場所が鉄道郵便車内という関係から列車の発車時刻に遅れた場合は、一日ないし三日の欠務につながり、鉄郵局の業務に及ぼす影響は図り知れないものがあるのである。

〔三〕 また、鉄郵局の乗務員は建前として四週間を通じて一週間平均四四時間となる変形勤務をとつている。反面、鉄郵局では毎日の勤務時間が分単位で計算されるところから一七六時間(四四時間×四週間)を一〇、五六〇分として計算している。

そのため各職員の毎日の勤務の組み合わせは、各職員の勤務時間を考慮しながら一〇、五六〇分を超えず、しかも同時に一〇、五六〇分を下回らないように勤務指定するものである。

したがつて病気休暇や年休請求があつて、勤務指定を変更するなどして服務の差し繰りをつけるときには、やはりこの一〇、五六〇分の枠を考えながら差し繰りをしなければならないので、その検討に時間を要するなど困難が伴うのである。

(二) 新潟鉄道郵便局の実態について

(1) 所掌区域

原告の勤務する新鉄局は、北陸、奥羽、上越の国鉄各幹線を中心とし、これらの支線の鉄道郵便線路中、大阪青森線のうち直江津、酒田間(二八八・〇km)、東京、新潟線(三三〇・三km)、郡山、新潟線(一九一・五km)、柏崎、新潟線(八三・三km)、会津若松、川口線(六〇・八km)、会津若松、荒海線(五六・一km)の六線路を所掌し、その取扱便数三〇便、受取局(駅)数一五二局を管轄している。

(2) 組織形態

新鉄局には、昭和四四年七月現在、局長の下に庶務会計課(二四名)、計画課(一三名)、乗務課(一七六名)および新津分局、直江津分局、長岡分局、会津若松分局の四分局(一〇九名)合計三二三名が配置され、新鉄局乗務課において主要四線路(直江津・酒田間、東京・新潟間、郡山・新潟間、柏崎・新潟間)における二二便を受け持ち、地方二線路(会津若松・川口間、会津若松・荒海間)八便を会津若松分局が分掌している。

(3) 新鉄局乗務課の乗務員の勤務形態(会津若松分局関係を除く。)

〔一〕 乗務課には前記主要四線路二二便を完全運行させるため常時一一一名の乗務員を要するところ、一四九名(現在員一七六名から課長、副課長、課長代理四名、駐在事務一六名、内務事務五名を除いたもの。)の乗務職員が配置されていた。

したがつて、乗務職員一四九名から毎日乗務する一一一名を差し引いた三八名に週休、年休、出張、特別休暇および病気休暇等を割り当てることになつていたが、通例約一週間前に年休の附与、不附与を判断する際には、二名程度は不測の欠務に対する予備勤務(代替要員)として保留されていた。

〔二〕(イ) 新鉄局の乗務員の勤務形態は、取扱便と護送便計二二便(別表三)を組み合わせて作つた別表四のとおり一八組の基本乗務(勤務)と駐在における予備勤務から成つており、右基本乗務勤務時間ならびに予備勤務、週休日、計画休暇(年度頭初に計画的に割り当てた年次有給休暇)等を考慮しながら、四週間の全勤務時間が一〇、五六〇分となるよう各日の勤務指定を行なつている。右一八組の基本乗務のうち、一日勤務は一組(組み合わせ番号一八番)、二日勤務は一五組、他の二組(組み合わせ番号一番および一四番)は三日勤務となつており、特に新鉄局の場合は二日勤務が多いという特殊事情がある。

(ロ) 一般に鉄郵局における勤務指定は、専門的知識と相当の経験者でなければ作成できないという特殊な事務であるが、新鉄局の場合は、前記の特殊事情から知識と経験が必要である。

ましてや本件新鉄局では右のような特殊事情から四週間を通じて一〇、五六〇分に指定した勤務をその途中で変更するに当つては、予備員をはじめ非常勤職員(乗務経験のある退職者など)の雇用や、休日労働を命ずるとか他職員の勤務指定の変更等種々の措置を検討し、考慮に入れるほか、便別乗務員構成や全乗務員の勤務の公平に留意しなければならない等服務の差し繰りの困難な特殊事情をもつている。

〔三〕(イ) 特に乗務員の人員配置は、乗務中における車内作業に関連して重要なことであり、例を本件に関する直秋便(実際乗務区間は新津・酒田間)にとつてみると、「下り便」の場合は新津(九時五五分発)から酒田(一六時五二分着)までの間(一六六・九km)を三人(担務分担「原簿特殊」「区分」「受渡」)で、「上り便」の場合は酒田(一二時一九分発)から新津(一九時二〇分着)までの間を四人(担務分担「原簿」「特殊」「区分」「受渡」、同一区間であるが上り便と下り便では上り便の方が取扱郵便物が多いため乗務員は一名多いのである。)で乗務し、それぞれの事務を分担してその間二五局(駅)において受渡しをするもので、受渡区間の所要時間は平均一六分間であるが、区間によつては、例えば坂町・平林間は六分間、羽前大山・鶴岡間七分間、鶴岡・藤島間八分間というように極めて短時間の場合もある。これら平均一六分間最低六分間という短時間内に集配郵便局職員から引き継ぎ積み込まれた郵袋を開き、これを沿線の集配郵便局別に区分し、次の停車駅で待機している集配郵便局職員に取卸して引き渡すまでの作業を三名ないし四名で処理しなければならない。

(ロ) それ故に右三名ないし四名のうち一名でも欠けることは車内作業の混乱を生ぜしめることが予想され、かりに車内作業を遅滞たく処理しようとするならば、残りの乗務員は平素の三割ないし五割増の能率で事務を処理することを余儀なくされ前述のとおり職員に与える肉体的、精神的負担のほか健康管理上および勤務の公平を図るうえからも甚大な支障が生ずるのである。したがつて鉄郵局にとつて、乗務員が勤務を欠くことは、業務上重大な支障をきたすものであるといわなければならない。

〔四〕 右直秋下り便において、もし仮りに欠乗事故が発生し車内作業が混乱遅滞するというような不測の事態が発生した場合には、鉄道郵便車に積み込まれた郵便物を停車駅で待機中の集配郵便局職員に完全に引き渡すことが不可能となり、その列車の終着駅あるいは乗務員の引き継ぎ地点である酒田まで運送し、ここから再度上り便に積み替え、これを区分処理しながら郵便物の引渡しをもらした駅まで再運送して引き渡すということになり、結果的に郵便物は最低一日、時間によつて二日以上も配達がおくれ国民生活に与える影響ははかりしれないものがある。

(三) 鉄郵局における便別の要員配置の基準

鉄郵局における便別の要員の配置は、以下にのべるとおり、適確な業務量の把握に基づくものであつて、単なる経験や管理者の勘に依拠しているものではない。郵政省における郵便関係の各作業部門については、各部門別及び各事業場別に事務量を適確に把握し、その事務量を処理するために必要な要員を全国一律の基準によつて算出しており、このことは鉄郵局についても同じなのである。その算出の手順は次のとおりである。

(1) 取扱郵便物数(事務量)の把握

便別定員を算定するためには、まず各便ごとに鉄道郵便車内で行われる作業別(便宜二二項目に分類)に事務量を的確に把握しなければならない。この郵便物数を把握するためには、郵政省統計調査報告規程(昭和三二年七月二〇日公達第四九号)に基づく定例郵便物数調査があり、これに基づき引受郵便物数を中心として郵便関係の各部門における取扱郵便物数(取扱事務量)を総合的に把握している。

<1> この調査は、全国一斉に毎年郵便物の取扱量が比較的平均化している一〇月の第二水曜日から三日間の取扱物数を調査しているため、一〇月物数調査とも呼ばれているが、統計的にみても正確度の高い調査である。

鉄郵局は、鉄道線路を利用する関係上国鉄のダイヤ改正との関係が密接であり、昭和四三年には白紙ダイヤ改正があつた関係上、右調査は一一月上旬の三日間を適宜とり、その各日の取扱物数を前記規程別表郵第四七号表の3にもとづく、車中取扱物数報告表により実施したものである。

<2> 事務量の把握は、一日分をとるのが最も便宜的であり、また普通である。このため静止局では、午前〇時から二四時間を区切つてその間に処理する事務量を調査することとしている。しかしながら鉄郵局の業務は一便をもつて静止局の一局とみなすべき性質をもつており、しかも便によつて区間を異にし同一区間でも列車によつて運転時刻を異にするから区間や時刻によつても取扱郵便物に差異を生ずる。このため鉄郵局における事務量の把握は静止局と同一の方法をとることはできず各便別・区間別に調査することとしている。

<3> 事務量は、鉄道郵便車内で取扱う異種の郵便物の処理事務を一元的に把握するのが都合がよい。そのために単一の数字で一便全体としての事務量をあらわす手段を考えたのが郵便点数である。物数を点数に換算するには換算率を必要とする。この換算率を求めるには各作業別の標準作業速度を基準とする。標準作業速度は、同一作業の所要時間を多数回にわたつて測定し、その中央値をとつたもので、能力の高い者にも、低い者にも偏することなく、また作業条件のよい場合にも悪い場合にも偏せず、すべて中庸をとつたものということができる。この標準速度を基準にして作業量を郵便点数として把握する。

郵便点数とは、はがきや手紙、小包、速達、書留等の異なつた郵便を処理する事務量を共通の単位で表わすためのものであり、一定の基準時間内に標準的な作業速度で処理しうる郵便物数を一単位(一点)とし、これを基礎にしてすべての事務量を点数に換算して表わすものである。

たとえば標準作業速度をみると、普通通常郵便物の引受は一通につき一・三六秒を要し、小郵袋の受入は一袋につき五・四五秒を要する。したがつて小郵袋一袋を受け入れるのと普通通常四通を引き受けるのとはほぼ同じ時間である。

また甲の便で小郵袋受入一〇袋、普通通常引受四〇通の仕事があり、乙の便では小郵袋受入一五袋、普通通常引受二〇通の仕事がある場合、それだけでは両者の事務量を比較することは難しいが、前記換算率により郵便点数としてとらえ共通の事務量として把握すれば、事務量の比較も容易であり、その結果右事務量は、両者同一とみて差支えない。

(2) 便別配置要員の算出

前記物数調査により把握した各便別の取扱物数を基礎としてこれを郵便点数に換算し、事務量を把握しているものであるが、さらに定員算出標準を定めるために必要な要素は勤務時間と実働時間と手空時聞である。すなわち、実働時間と事務遂行上止むを得ず伴う手空時間との合計を一人当り所定の勤務時間で割れば所要人員が求められるが、鉄道郵便車の各便の乗務人員を決めるためには、事務を処理する運転時間がまちまちであるため、その便の運転時間をとつて勤務時間とせざるを得ない。また実働時間と手空時間の合計は郵便点数に一点当り所要時間を乗じたものに置き

換えることができる。これを計算式で表わせば

郵便点数×1点当たり所要時間(手空を含む)/運転時間

のとおりとなる。

そして、他面、鉄道郵便車の車中事務の場合はその事務量を処理する運転時間がまちまちであるため、単に郵便点数だけでは直ちに要員を算出することはできない。そのため、一便の郵便点数をその便の運転時間で除して一分当りの点数を求め、これを一分点数と名づけている。いいかえると、これは一分間に処理すべき事務量を点数で表わしたものである。この一分点数は線路や、便の大小、運転時間の長短を問わず、同一の基盤にたつた作業の密度を示すものであるから、相互の比較もでき定員の基礎とすることができる。

したがつて、この一分点数に一点当り所要時間を乗ずれば便別定員が求められる。

そこで、次は一点当り所要時間の求め方であるが、これは一分点数に対する一点当り実働時間の傾向を算式化し、この一点当り実働時間を、実働時間と手空時間の合計をもつて実働時間を除して出した割合すなわち実働率で除せば得られる。

今までの所要人員の過程を計算式にすると

1分点数(郵便点数/運転時間)×1点当たり所要時間(1点当たり実働時間/実働率)

となる。

このようにして求めた便別定員の多くは、小数点以下のは数が生ずる。は数整理で最も広く行なわれる方法は四捨五入であるが、乗務定員算出方式を作成する際の実態調査によれば、郵便車内で行なわれる各種作業の標準速度には約九パーセントの余裕がある。いいかえれば必要ある場合には、標準速度を九パーセントまで高めても無理はないことが考えられる。したがつて、切り捨てられるは数がこの余裕率の範囲内であれば実行上無理を生じないはずである。

たとえば、算出人員が二・三四人とすれば、これを整数たる二人とは数の〇・三四人とに分けて両者を比較してみると、0.34/2=17%であつて、これは九パーセントを超過するので、この場合のは数は切り上げて算出を三人とする。また算出定員が七・五四人の場合は、七人と〇・五四人の比は七・七パーセントであるから、この場合は、は数を切り捨てて算出を七人とする。

これは、は数整理の方法が、こうあるべきだというのではなく、鉄郵局の乗務では、作業力に余裕があつても他に利用の途がなく、繁忙の際に臨時に他から応授を受けるという融通性が少ないという特殊性を考慮したものである。

本件直秋便の要員は、以上の方法により合理的に算出されて、それぞれ三名(下り便)、四名(上り便)配置とされたものである。

(四) 本件年休請求にかかる希望日の要員状況等

原告が本件年休を請求した昭和四四年七月当時、新鉄局乗務課には、労基法三九条の実効を期する等のため、乗務定員一一一名のほか、年休等欠務後補充要員として一九名の定員が、さらに週休後補充要員として別に一九名の定員が配置されていた。

原告は七月二七日および翌二八日の二日にわたり年休を請求したのであるが、原告の受けていた勤務の指定は前記のとおり二日にわたるものであり第一日目にあたる二七日の乗務課の要員状況は次のとおりであつた。

すなわち乗務職員一四九名のうち、乗務必要人員一一一名に対し、週休二二名(勤務指定の際指定ずみ)、出張一名(七月一八日発令ずみ)、計画年休八名(年度頭初に決定ずみ)、夏期休暇一名(六月中に決定ずみ)、訓練一名合計三三名の欠務が既に予定されていた。

従来新鉄局においては、年休請求に対する時季変更権の行使は、希望日の一週間前に、その後におこるやむを得ない突発欠務に対処するため、予備員二名を確保したうえで業務支障(要員の配置状況)の有無を判断して行う方針であり、これに従つて前記の既に確定している欠務人員三三名および予備員二名を差し引くと、七月二七日あらたに年休により欠務可能な人員は最大限三名であつた。

これに対し、同日の年休請求者は原告を含む一七名で平常の倍近い人数であつたので、このうち三名については請求を認め、他の一四名についてはやむを得ず労基法三九条三項但書にもとづく時季変更権を行使した。一七名の請求者申請求を認める三名の選択については、他に方法がないので、請求の早い順に次いで遅くなつても真にやむを得ないものについて個々に判断した。

なお現実に七月二七日にあらたに年休を取得した人員は結局右三名を含めて合計六名であつたが、うち二名については確保されていた予備員二名がそれぞれその後補充(子供の手術のため年休を請求した訴外伊藤光輝の分と、日赤主催の海難救助研修参加のため昭和四四年四月二六日に年休請求書を提出し、同年七月二一日付与を決定した訴外小沢直樹の分)にあてられ、うち一名は計画年休を付与されていた一名がその後自由年休に変更されたものである。

しかして右予備員が後補充された二名を除くその余の四名の年休請求の事由は、家族旅行をかなり前から計画し、旅館等を予約済の者二名ならびに家屋改築のための上棟式を行う者、組合のレクリエーシヨン旅行の世話係をする者各一名であつた。

(五) 原告の本件年休取得による業務支障

時季変更権行使の要件である「事業の正常な運営を妨げる」とは、休暇の実現と事業運営との調和を図る制度の趣旨にてらし、現実に業務阻害の結果が発生することまで要するものではなく、その発生のおそれがあれば足りるものと解される。

鉄道郵便車における乗務事務は、前記(一)のような特殊事情にあり、前記(三)のように厳密に計算された乗務定員一名を欠くことは、一般に業務支障の発生が予想されることとなる。

これを本件についてみるに、前記(四)のように一九名の予備要員をさしくりしてもなおかつ欠務が予想される状況にあり、また非常勤雇用の手配をしたが、それもできなかつたものであつて、そのうえでなお原告の年休請求を認めるときは、「直秋下り便」は三名、「同上り便」は四名乗務のところ、一名の欠乗を生ずることとなる。「直秋便」は繁忙便であり、しかも夏期は年末に次ぐ繁忙期であつて、一名の欠乗は業務支障が生ずると予想されたので、時季変更権を行使したのであつて、その判断に誤りはない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1前段の事実は認める。

同1後段の事実中、原告が昭和四四年七月二七日、二八日の両日について年休を請求していたことは認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)前段の事実は認める。

同2(二)後段の事実のうち、七月二七日に年休を請求した者の人数、付与した順序、人数は不知、その余の事実は否認する。

(三)  同2(三)の事実は認める。

(四)  同2(四)の事実は認める。

(五)  同2(五)の事実のうち、円山副課長らが原告に対し他の時季に年休を付与しようとしたとの点を否認し、その余の事実は認める。

(六)  同2(六)の事実は認める。

(七)  同2(七)の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。但し原告が上司から当日は業務支障があるので年休を付与することができない旨を申し渡されていたこと、および勤務につかなかつたことは認める。

4  同4の事実中、被告が昭和四四年一二月三〇日付で原告に対し本件懲戒処分を行つたことは認める。

5(一)(1) 抗弁5(一)(1)の事実は認める。

(2) 同5(一)(2)の事実は認める。

(3)〔一〕 同5(一)(3)〔一〕の事実は認める。

〔二〕 同5(一)(3)〔二〕の事実のうち、第一段、第三段は認めるが、第二段、第四段は否認する。

欠務があつた場合でも、欠務した人数、郵便物の数量等によつて支障の程度は異なるのであつて、被告が右第二段で主張するように、鉄道郵便車内の作業に重大な支障をきたすとは断定できない。

また鉄郵局の業務の特殊性といつても、勤務形態(勤務時間)と列車内の作業であるという点であつて、業務内容は通常郵便局と本質的な相違はない。さらに欠員が生じた場合、庶務会計課等他部門の職員で補充することも度々であり、かつ非常勤職員も雇用している。したがつて被告が右第四段で主張するように、他部門の職員が補充することが極めて困難であるとか、非常勤職員で補充することもはたはだしく難しい職場であると一般的に断定することはできない。

(4)〔一〕 同5(一)(4)〔一〕の事実は認める。

〔二〕 同5(一)(4)〔二〕の事実は否認する。

職員は遅刻した場合、別の列車で当該列車に追いつき乗車勤務をしているのが実状であつて、遅刻が当然に欠務につながるものではない。したがつて遅刻の場合、業務に及ぼす影響もほとんどない。

〔三〕 同5(一)(4)〔三〕の事実のうち、前段は認めるが、中段、後段は否認する。

四週間分一〇、五六〇分の勤務指定はあらかじめ一週間前に決定しており、職員はこれに基づいて勤務するのである。したがつて被告が、右中段で主張するように、各職員の毎日の勤務につき、一〇、五六〇分を考慮しながら勤務指定をするものではない。

また年休請求があつた場合に、後補充のためにすでに四週間分一〇、五六〇分の勤務指定がなされている者の勤務指定を変更するなどということは、原則的にはありえないので、被告が右後段で主張するような差し繰りの困難はありえない。

(二)(1) 同5(二)(1)の事実は認める。

(2) 同5(二)(2)の事実は認める。

(3)〔一〕 同5(二)(3)〔一〕の事実は認める。

〔二〕(イ) 同5(二)(3)〔二〕(イ)の事実は認める。

(ロ) 同5(二)(3)〔二〕(ロ)の事実は否認する。

四週間を通じて一〇、五六〇分の勤務指定をされたいわゆる固定者に対し途中で変更するなどということは原則的にはありえない。さらに全乗務員の勤務の公平に留意する必要性を強調しているが、かかることは四週間分一〇、五六〇分の勤務指定の際に留意しなければならないことがらであつて、年休等による服務差し繰りの場合にすでに一〇、五六〇分の勤務指定を受けた者の勤務には原則として影響を及ぼさない。

〔三〕(イ) 同5(二)(3)〔三〕(イ)の事実は認める。

(ロ) 同5(二)(3)〔三〕(ロ)の事実は否認する。

〔四〕 同5(二)(3)〔四〕の事実は否認する。

仮りに「直秋下り便」において、郵便物を停車駅で待機中の集配局員に引き渡すことができない状態が発生したとしても、それらの郵便物は途中で上り便の列車と交換の際、逆送されるので、終着地点である酒田まで運送されることはない。したがつて郵便物の配達の遅れなどは問題にならない。

(三) 同5(三)の事実は不知。但し本件「直秋便」の要員が、下り便が三名、上り便が四名配置されていたことは認める。

(四) 同5(四)の事実は否認する。但し原告が七月二七日および翌二八日の二日にわたり年休を請求したことは認める。

(五) 同5(五)の主張は争う。

五  原告の主張

本件懲戒処分は次に詳述する理由により違法であるから取消しを免れない。

1  時季変更権の不行使

(一) 年休の効力要件として、使用者の承認を要するか否かについては、争いがあるが年休制度の目的、労基法三九条の趣旨からして、年休請求権はいわゆる形成権と解すべきであるから、年休請求がなされた場合、使用者は事業の正常な運営に支障を生ずるという客観的事由の存在に基づき時季変更権を行使しないかぎり、請求者は請求どおり適法かつ有効に年休をとることができるものである。

そして年休請求に対し、単に年休を付与できない旨の通知をしたのみでは、それは時季変更権を行使する理由(業務支障)即ち時季変更権行使が有効である要件を告知したに過ぎないのであつて、時季変更権の行使(他の時季に与える)そのものではない。

(二)(1) ところが被告は従来、年休は使用者の承認を得なければその効力を生じないとのいわゆる請求権説に立つて、職員からの年休の請求に対し、「承認」をしない場合は、撤回したものとみなして、これを放置し、労基法三九条三項および郵政省と全逓信労働組合(以下単に全逓という)との間で締結した「年次有給休暇に関する協約」付属覚書の条項に違反する取扱をしてきた。

(2) そのため、昭和四二年一二月末ごろ、原告所属の全逓と郵政省との交渉の中で、年休の請求に対し不承認にしながら、他日指定を明示しない取り扱いが問題になり、「指定すべきが当然であり、そのように指導する」旨の確認がなされたりした。

(3) 被告はこの点について、他日指定をしないのは、職員の希望によるものであり、慣行であつたと主張するが、そのような事実はない。他日指定をすると、被告は職員に対し休暇付与の義務を負うこととなつて、予備員の都合などのために、右義務を履行できない場合があり、このような場合を慮つて被告は他日指定をしなかつたものであるから、他日指定をしない取扱いはむしろ被告側の都合によるものなのである。

(4) しかしその後年休に関して原告と見解を同じくする昭和四八年三月二日最高裁判所第二小法廷判決がなされたことによつて、被告は職員の年休請求に対し、再振替をしなくなり、業務支障の場合必ず他日指定をし(この点については、本件が問題となつた昭和四四年ごろから取扱いをこのように改めた)、業務支障の判断を厳格にし、欠務が発生する場合であつても、時季変更権を行使しなくなるなど取扱いを改めた。

これは被告の従来の年休に対する取扱いが誤りであつたことを示すものに他ならない。

(三) 本件では、原告の年休請求に対し、被告が時季変更権を行使して、他日指定をしていないことは明らかである。

仮りに被告が年休を付与できない旨、原告に対し通知したとしても、前記のように時季変更権の行使とは解されないので、原告の本件年休請求の効力に影響を及ぼさない。

したがつて時季変更権行使の要件である業務支障の有無につき判断するまでもなく、原告は本件年休請求どおり、適法かつ有効に年休をとることができるので、本件懲戒処分は違法である。

2  「事業の正常な運営を妨げる」旨の判断の不当性

(一) 労基法三九条三項の「事業の正常な運営を妨げる場合」とは事業の規模、年休者の作業の内容、作業の繁忙等を検討し、客観的かつ具体的に判断されなければならない。単に定員を一名欠くこと即業務支障というような形式的判断はとうてい許されない。

しかして鉄郵局の業務は、公共事業である郵政事業のなかの一部門であるから、「事業の正常な運営を妨げる」か否かの判断にあたつては郵便の利用者との関係で、利用者に多大の迷惑がかかることが具体的かつ客観的に認められるか否かが重視されるべきである。しかも「事業の正常な運営を妨げる」か否かの判断は、当該労働者の所属する事業場(本件では新鉄局)を基準として決すべきものであるから、本件年休請求の業務支障の判断に当つては、年休希望日の時季、予想郵便物の量、業務要員欠務の有無等を検討し、年休を与えることによつて多量の未処理郵便物が生じもつて新鉄局全体に混乱状況の発生が客観的に認められる場合にのみ「事業の正常な運営を妨げる」場合に該るというべきである。

被告は要員の配置が厳密な計算を経た基準により定められ、これを一名でも欠けると必然的に業務支障が生ずるかのように主張するか、欠務のない場合と比較し、他の業務者が、若干繁忙となり迷惑がかかることは否めないにしても、それは「事業の正常な運営を妨げる」ことと直接の関係がない。

(二) ところで新鉄局においては本件が問題となつて以降、欠務が生じても年休を付与することが常態となつており、月平均約二〇便は欠務のまま運行されている。

しかも昭和四九年一〇月ごろには、一か月約六四便欠務のまま運行されたこともあり、その大半は有給休暇を付与したためであることが明らかである。特に前記最高裁判所の判決以降は、被告は欠務の発生を承知で年休を付与している。

このことは、(欠務の発生)即ち「事業の正常な運営を妨げる」という形式的判断を被告自ら放棄した証左にほかならない。

(三) 年休制度は労働者が自由に日時を決定し、休暇をとる趣旨で設けられたものである。ところが新鉄局においては、次のように年休の行使が大幅に制約され制度の趣旨から隔たること大である。

(1) その一は年休が希望どおり付与されないことである。

これは一つには鉄郵局の勤務形態は、二日勤務、三日勤務という連続した勤務形態であるため、一日の年休をとろうとする場合でも必要もないのに二日あるいは三日の年休を請求せざるを得ないからで、したがつてこのような年休のとり方を好まない場合は、年休の請求自体を断念する結果になる。

さらに、前記「年次有給休暇に関する協約」付属覚書によれば、年休の請求は、希望日の前日の正午までに提出すればこと足りるのに、新鉄局においては、希望の日に年休をとろうとする場合、希望日の三ないし四か月前に請求しておかなければ年休をとれる可能性が少ない。このような不当な制約の最大の理由は、予備員等の適正配置を欠くことにある。

(2) その二は、年休請求の理由によつて差別していることである。

本件年休請求に際しても行つているように、新鉄局では、年休請求に対し、請求にかかる日の一週間前に付与するかどうかの決定をなす取り扱いであるが、年休請求者全員に付与できない場合、<1>理由を記載してある者、<2>理由を記載してない者のうち早く請求した者、<3>それ以外の者の順序で付与している。

しかしながら、かかる取り扱いは不当である。年休は如何なる目的に利用しようと使用者側の関知すべき事柄ではたいこと自明のことであり、前記協約付属書においても理由の記載は全く要求されていない。従つて年休請求の順序により順次付与すべきである。

以上のような諸事情からして、仮りに被告が原告の本件年休請求に対し、時季変更権を行使したと認められるとしても、本件年休請求は、「事業の正常な運営を妨げる」場合に該当しないので、右時季変更権の行使はその要件を欠き無効である。

したがつて原告が年休請求にかかる七月二七日の当日勤務を休んだのは適法に請求した年休に基づくものであつて、被告主張の法令にはなんら違反しない。

よつて本件懲戒処分は違法である。

六  原告の主張に対する被告の認否

1(一)原告の主張1(一)は争う。

労基法三九条三項但書にいわゆる「他の時季にこれを与えることができる。」ということは労働者の指定する時季又は日を変更して一方的に特定の日を指定することを意味するものではなく、右但書所定の事由が存在する場合においては、使用者が労働者に対し、他の時季又は日に年休を与える趣旨のもとに当該請求にかかる年休を付与しないこととしうるとしたものである。このように解することは、同条項の文理上はもとよりその趣旨全体から推しても当然の事理であり、もし、右但書の意味が、その要件を充す場合には使用者において労働者の請求に代る年休の時季又は日を新たに指定しうることになる趣旨とすれば、労働者にとつてかえつて不利となることは明らかである。

したがつて、右但書の趣旨を使用者の時季変更権なる用語によつて示すにしても、その本質は、指定権ではなく、労働者の請求により原則的に発生する効果のいわば否認権であり、その行使は、右但書の要件事実の存在を理由とする年休請求不承認の意思表示が労働者に改めて一定の時季又は日を自由に指定させる趣旨のもとになされればたりるものというべきである。そして、具体的事案におけるいわゆる時季変更権の行使は右但書の要件に該当する具体的事実の故に当該請求にかかる年休を付与しえないことが表明されれば足りるものである。なぜならば、このような使用者の応答は、他に特段の事情がない限り、労働者に新たな時季又は日の指定をさせる趣旨をも当然に表明しているものと解されるからである。

(二)(1)  同1(二)(1)は争う。

なるほど原告主張の協約付属覚書中の4には、「請求する時季には休暇を与えないで、他の時季に与えることとした場合において、年度内に与える見込があると所属長が認めたときは、その予定する時季を日、週、月をもつて通知する。」旨定められてはいるが、他日指定が時季変更権行使の絶対的要件でないことは前記のとおりである。

また職員の年休請求(時季指定)に対する所属長の意思表示とは、最高裁昭和四八年三月二日判決民集二七巻二号一九一頁に即していえば、時季変更権を行使するかしないかの意思表示の意味に使用していたものにほかならない。したがつて年休の承認とは、まさに時季変更権不行使の旨を明らかにしたものなのである。

さらに当時、新鉄局乗務課では一たん出した請求に対し使用者の時季変更権が行使されると、<1>その場で服務担当と話し合つて他の日を決める、<2>請求書をそのままにして後日新しく請求してくる、<3>請求書をもつて帰る、場合があり、このうち右<3>の場合には撤回として処理することとしていた。これらの取扱いは古くから慣行であり、職員も認めていたことなのであつて撤回とはあらためて請求書を提出することを前提として認められていたものである。

(2) 同1(二)(2)は争う。

全逓は例年、秋期年末斗争と称してスケジユール的に斗争を実施しているが、昭和四二年時においては、年次休暇、特別休暇の運用をめぐる要求があり、そのうち年休請求に対する不承認・他日指定の問題についていえば、「請求に対し、承認・不承認の意思表示をしなかつたり、不承認としながら振替日を指定しなかつたりする取扱例に対する考え方について」というものであつた。この要求をめぐる労使の話合いは、同年一一月二四日及び一二月一日の二回にわたつて行なわれたが、最終的には、郵政省側は「規程、通達により付与承認又は他時期振替えの意思表示をすることになつている。組合例示のケースは極めて例外的なものであるから、具体的に局名などの指摘があれば、事情調査のうえ指導を徹底するよう配意したい。」旨回答し、組合もこれを了承したものである。

省側の右回答は、もともと各管理者においては規程・通達の立前どおりに運用していたので、その前提にたつたうえで、もしかりに組合の指摘するような取扱例について具体的な指摘があれば、善処する趣旨のものであつて、これによつて改めて他日指定の必要性が確約されたものでもなければ、年休請求に対し誤つた取扱いが行なわれていることを認めて指導徹底を約したものでもなかつた。なお、その後組合から誤つた取扱例について具体的に指摘されるようなことはなかつた。

のみならず、郵政省と全逓との右交渉の結果からして原告主張の確約が取り交されたものとみうるとしても、労基法三九条三項但書の要件を充す場合に、使用者において労働者の年休請求につき他日指定をなしうるものとすれば、労働者の年休請求につき他日指定をなしうるものとすれば、労働者の年休日選択の自由は、主客転倒して使用者の掌中に帰し、労働者にとつて不利益となることは明らかである。したがつて、使用者と当該労働組合との間において原告主張の如き他日指定についての確認が取り交されている場合においても、使用者は労働者に対し、他の時季又は日に年休を与える余地さえ残していさえすれば同条項但書の規定に基づき当該請求にかかる年休を付与しないものとしうることに変りはなく、他日を明示して指定しないこと自体が直ちに違法のそしりを受けるいわれはない。

(3) 同1(二)(3)は争う。

(4) 同1(二)(4)は争う。

再振替をしなくなつたのではなく、再振替を行うのを更に厳格にしたのである。

他日指定をする取扱いを始めたのは、郵政局でも文面どおりやれ、組合からもやれといわれた昭和四五年の九・一〇月ごろからなのである。

欠務が発生しても時季変更をしないということはない。

原告が指摘した事実は、ロス勤務の多発、休暇請求の競合、その他の事由により、予備員一ぱいに休暇付与した際、その後に発生したやむを得ない欠務等により生じた現象であつて、業務支障の判断の変更によるものではない。

(三)  同1(三)は争う。

本件では、前記三2のとおり、円山副課長が当日は業務支障があり付与できないが、他の希望日を申し出れば再考してみると、当時新鉄局乗務課で行われた方法により本人に他日指定を求めたのに対し、原告は他日指定をしなかつたので、一般の例により撤回として処理したのである。したがつて被告には右の処理につき責められるべき点は何もない。

2(一)  同2(一)は争う。

郵便物はその内容において緊急性が異つている。原告主張のように大量の未処理郵便物が発生することのみが業務支障を発生させるものではない。郵便はその内容、用務によりたとえ一通であつてもそれが規定通り配達されなかつた場合、利用者に多大の迷惑をかけ、信頼を失墜することになる。一通の遅れが全体の信用を害し、ひいては事業存立の基盤をゆるがす結果になることもあるから、郵便従業員は毎日の運行に細心の注意を払つているのである。

まして郵便の輸送の中枢となる鉄郵局の郵便車の定員を欠いて運行することは、一般的に業務混乱を予想されることとなるのである。

(二)  同2(二)は争う。

欠務が発生しても時季変更をしないということはない。原告が指摘した事実は、ロス勤務の多発、休暇請求の競合、その他の事由により、予備員一ぱいに休暇付与した際、その後に発生したやむを得ない欠務等により生じた現象であつて業務支障の判断の変更によるものでない。

(三)  同(三)冒頭の主張は争う。

(1) 同三(1)の主張は争う。

年次有給休暇に関する協約は、郵政省と全逓等との間に、全国の一万八千余の郵便局について規模の大小を問わず、いわば平均的職場を基準として締結されており、特別な事情が存在する局においても一率に律することを予定しているわけでない。このことは、原告の指摘する協約付属覚書においても「原則として前日の正午までに提出するものとする。」とし、局情により幅のあることを示している。鉄郵局は、その存在、勤務の特殊性において、まさに特殊な職場といえる。新鉄局乗務課では、本件当時一週間前にそれまでの請求を整理し、原則として二名の予備員を確保した上で、付与、不付与の判断をしていたが、これは職場の特殊性からしてそうせざるを得ないことであり職員の希望にもよつていたものであつて、なによりこの慣行が今日まで続いていることが、新鉄局の乗務課の職場に最も適している証拠である。

新鉄局乗務課乗務員の年休後補充要員が真に適正であるかどうかを根本的に検討することは、むずかしい作業といえるが、全国的な調査の結果今日使用している予備率によることが現段階では標準的職場における欠務の補充に関する方法として最も適正妥当なものといいうるのである。ただ実態として無理なものについては、非常勤雇用等の補助的な対処もしているのである。

また現実にも一一一名の基本定員に対し、一九名の欠務等予備要員を配置してあることは他の一般企業に比して遜色ないものと考えられる。これは、鉄道郵便車の乗務員は一名を欠いても一般的に業務混乱が予想され、相互応援が出来難いために特別に措置してあるものである。この点に関しては普通局の二倍の予備率の配置がなされていたのであつて、予備要員は計算上不足なく配置されていたのである。そして原告が主張する現実に予備要員が不足する要員としては、<1>ロス勤務が多いこと、<2>組合が慣行と主張するものがあること、<3>予備率拡大のための取組みと称して勤務の変更に応じないこと等の理由によるものであり、原告側が指摘した最近の状況は組合の予備率拡大斗争の影響を受けた数値にほかならず、平常な状態における予備率の多少を判断する数字とはなり得ないものである。

(2) 同(三)(2)の主張は争う。

新潟鉄郵局乗務課では、年休請求が集中した場合、原則として申込順に休暇を付与できる総数に達するまで付与することとし、特に請求が競合するか、遅れている場合であつても、真にやむを得ない事情がある者については付与することがあつたが、完全に確立した慣行というわけではなく、常識的対処から発想されたものである。したがつて休暇請求の理由は、年休付与のための判断基準そのものではない。

多数の者から同時に休暇申請があつたときに、当日付与できるかできないかの判断をする基準は、業務支障(要員配置に欠が生じるかどうか)の有無により行つていたものであるが、その範囲内において個別に付与、不付与の判断をする場合、他に具体的対処の方法がないので休暇をとることがやむを得ないかどうかが判明している限りそれも参考にしたのである。

右の場合、<1>請求者全員に一たん休暇を不付与として、請求者相互間に調整させるとか、<2>機械的に請求の順序に従うとか、<3>抽選によるとか、<4>更に適宜機械的に選択するとか種々の方法が考えられるが、現実的運用としては右の<1>は不可能であり、まして鉄郵局乗務課乗務員においては各人が別々に時間帯を異にして乗務しており、全員が一堂に会したり、相互調整することは無理である。また、その余の方法についても、真にさし迫つた必要のある者が休暇をとれないことにもなりかねず、それのみでは実情に沿い得ない。したがつて、多数の者が同時に休暇を申請し全員にそれを付与すれば業務に支障がある場合に、年休請求の事由が判明し、それがやむを得ないものであるときにはまずそれを斟酌する取扱いにすることは、現実に即し妥当な運用であると解される。まして、最近行われた如く一斉に休暇請求し、時季変更権行使に低抗する等し混乱した状況が作り出されたりすれば機械的運用ではなお不公正となるというほかない。

第三証拠<省略>

理由

一  原告の身分および本件懲戒処分の存在について

請求原因1・2記載の事実は当事者間に争いがなく、原告は本件懲戒処分について昭和四五年に入事院に対し不利益処分審査請求をなしたことが本件記録上うかがえる。

二  本件懲戒処分の処分理由について

1  本件懲戒処分の処分理由の要旨

抗弁1前段(原告が出勤したかつたために昭和四四年七月二七日の「直秋下り便」および翌二八日の「直秋上り便」がいずれも一名欠員のまま運行されたこと)の事実および同1後段の事実中、原告が事前に右両日の年休請求をしていたことは当事者間に争いがなく、その余の同1後段の事実(本件懲戒処分の処分理由)は原告の明らかに争わないところである。

2  本件懲戒処分に至る経緯

抗弁2の各事実は、同2(二)後段(七月二〇日現在における右両日の要員状況にかんがみると、原告に対し年休を付与することが「事業の正常な運営を妨げる」場合に該当すること)の事実および同2(五)の事実中、円山副課長らが原告に対し、他の時季に年休を付与しようとしたことを除き、当事者間に争いがない。

そして<証拠省略>によれば、抗弁2(五)の事実はほぼこれを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

3  原告の本件懲戒処分該当行為

抗弁3の事実中、原告が上司から年休請求にかかる希望日は、業務上支障があるので年休を付与することができない旨を申し渡されていたにもかかわらず、勤務につかなかつたことは当事者間に争いがない。

4  適用法令

抗弁4の事実中、原告に対し被告が昭和四四年一二月三〇日付で本件懲戒処分をなしたことは当事者間に争いがなく、右処分の根拠として適用された法令が被告主張の法条であることは、原告の明らかに争わないところである。

5  むすび

以上1ないし4認定の事実によれば、本件懲戒処分は、原告の年休請求に対し、所属乗務課の課長等が、労基法三九条三項但書に基づく時季変更権の行使を通告したにもかかわらず、原告がこれを聞き入れず欠務したことを理由として、国公法九八条一項、一〇一条一項前段、八二条一、二号を適用してなされたものであることが明らかであり、被告の主張する本件懲戒処分該当行為のうち、少なくとも、原告が上司から年休請求にかかる希望日は業務上支障があるので、年休を付与することができない旨を申し渡されていたにもかかわらず勤務につかなかつた事実は、前記のとおりこれを肯認することができる。

三  本件懲戒処分の適否

1  はじめに

年休は、労基法三九条一・二項の要件を充足することによつて法律上当然に労働者に生ずる権利であり、同条三項により、労働者がその有する休暇日数の範囲内で具体的な休暇の始期と終期とを特定して右の時季指定をしたときは、客観的に同条三項但書所定の事由が存し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしないかぎり、右の指定によつて年休が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものと解すべきである(最高裁判所昭和四一年(オ)第八四八号・同四八年三月二日判決民集二七巻二号一九一頁)。

そこで前記二で認定したところによれば、本件では労基法三九条三項但書所定の事由が存したか、否かについて検討を進めるべきところ、まず原告は他日指定を伴わない単なる不付与の意思表示があつたのみでは、時季変更権の行使があつたとは解せられないから原告の年休請求は有効に成立していると主張するので、まずこの点について判断する。

2  時季変更権行使の意思表示はなされたのか。

原告の所属する全逓と郵政省の間で「年次有給休暇に関する協約」が締結され、右付属覚書がとりかわされたこと、昭和四二年暮ごろ右両者間で交渉がもたれた際に、年休請求に対する不承認、他日指定の問題についても話し合いがなされたこと、および新鉄局乗務課では年休請求に対する当局側の意思表示が、年休請求にかかる希望日の一週間前になされていたことは当事者間に争いがない。

<証拠省略>に、右争いない事実を総合すると次の事実を認めることができる。

(一)  昭和三二年一二月二七日郵政省と原告の所属する全逓等は、所属組合員たる職員の年休に関し、「年次有給休暇に関する協約」を締結し、さらに右協約の実施に関し申し合わせをし、これを「年次有給休暇に関する協約」付属覚書(以下単に覚書という)として互いに取交した。

ところで覚書第3項には「休暇は職員の請求に対する所属長の意思表示により与えるものとし、所属長は職員の請求する時季に休暇を与えることが業務の正常な運営を妨げないか否かについて、具体的判断を行ない、その結果請求の時季に休暇を与えるときはその旨意思表示し、また請求の時季には休暇を与えないで、他の時季に与えるときはその旨意思表示するとともに、この場合職員から特に求められたときは、その事由の要旨を口頭通知(以下「通知」という。)するものとする。」旨の、第4項には「右により請求する時季には休暇を与えないで他の時季に与えることとした場合において、これを当該年度中に与える見込があると所属長が認めたときは、その予定する時季を日、週、または月をもつて通知する。(したがつて、この場合においては、職員が請求を一旦撤回しない限り、その予定した時季近くに至つて再度請求する必要はないものとする。)

その後において右の予定した時季に休暇を与えることが業務の正常な運営を妨げることが判明したときは、所属長は、すみやかに、右の予定した時季を他の時季に変更する旨(その変更する時季が当該年度中にあるときは、右に準じてその時季をも通知すること。)通知する。」旨の各文言の定めがあり、また郵政事業に勤務する職員であつて国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法の適用を受ける者の勤務時間、休憩、休日および休暇に関する事項を定めることを目的とする「郵政事業職員勤務時間、休憩、休日および休暇規程」(以下単に休暇規程という)にも同旨の条項がおかれている。

(二)  当時新鉄局乗務課では、所属職員が年休を請求する手続は、覚書に定められたところに従い、所定の様式の年休請求書を服務担当の課長代理に提出することによつてなされ、右課長代理は請求書を保管し、希望日の一週間前に業務支障の有無を検討したうえ、乗務課長が付与、不付与の最終的な決定を行い、服務係、課長代理あるいは服務主事等が、請求者に対し口頭で付与、不付与の通知をするならいであつた。そして付与しない旨の通知受けた請求者は、請求書用紙の返還を受ける場合もあり、また受けないでそのまま当局で保管する場合もあつたが、いずれの場合でも当局側から他の日ならば付与できるのだが、その日ではどうかという打診が行われることもなく、また請求者からそれならば他の特定の日を希望する旨の申出もなされることなく、右請求そのものは撤回されたものとして取り扱われ、他の日を希望する請求者は、当該請求日を記載した年休請求書を後日あらためて提出するのが通常であつた。

(三)  ところが前記一の不利益処分審査請求の口頭審理の席上、年休振替に際して他日指定をしない取扱いが問題となり、郵政局からの指導等によつて右審理が終了した昭和四五年九月ごろから、業務支障により年休を付与しない旨の通知をなす際に同時に、当局側は振替日を何月上旬、または何月中と指定し、その後当該請求者と当局側が協議して右指定の時季内で、特定の日を確定し、その後の事情の変更によつて右振替日に付与することが業務に支障ある場合には、当局側はさらに何月中あるいは何日と再振替日を指定する取扱いが行われはじめた。また時には、不付与の際に当局側が単に「他の時季に付与する」旨通知し、請求者が問い質すと、年度内に付与できる日があつたら付与しますが、なかつたら次年度に付与するとの意味であると釈明する事例もあつた。

(四)  ところで現在では、当局側が不付与の通知と同時に何月何日または何月上旬と振替日を指定し、請求者がこれに同意するか、請求者が別の特定の振替日を指定して希望を申し出るか、あるいは当初の請求日を強く希望し時季変更を望まない場合には、その旨当局側に説明して不付与の意思表示を撤回してもらうよう努力し、これが容れられない場合には当該請求を撤回するかのいずれかの慣行が確立している。

このように認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

さて、労基法三九条三項は、本文で年休の時季決定を労働者の意思にかかわらしめていること前記1のとおりであるから、右の趣旨に照らすと同条項但書は、労働者の指定する時季に年休を付与すると事業の正常な運営が妨げられる場合にも、使用者が他の時季を年休時季として一方的に決定できるとしたものではなく、労働者に他の時季を指定するよう促すことができるにすぎないと解するのが相当である。なぜなら端的にいえば、労基法三九条三項の年休の時季指定の効果は、使用者の適法な時季変更権の行使を解除条件として発生するのであるから、時季変更権の本質は、労働者の請求により原則的に発生する時季指定の形成的効果を阻害する抗弁権の性質を有するものと考えられ、同条項但書に掲げる事由の存在する場合も、年休時季の決定権が、使用者に移るわけではないからである。労基法三九条三項但書を右のように解するときは、前記(一)の覚書および休暇規程の中の、所属長は時季変更権を行使し他の時季に休暇を与える場合において、これを当該年度中に与える見込があると認めたときは、その予定する時季を、日、週、または月をもつて通知する旨の文言も、所属長が当該職員の意向を顧慮することなく、一方的に予定する他の時季を年休時季として指定通知しこれを決定できるとしたものではなく、所属長が当該職員に他の時季を指定するよう促すに際して、所属長に対し予定する他の時季を提案し当該職員の意向を打診すべき義務を課したにすぎないものと解するのが相当である。なぜなら、覚書および休暇規程における労働条件の基準を定める条項は、労基法で定める労働条件の基準より低いものと解釈されてはならないからである。

したがつて所属長が年休を請求した職員に対し、請求にかかる時季に付与しえないことを表明したにもかかわらず、当該職員が当初の請求にかかる時季をあくまで望み、他の時季に変更されることを望まない意向を明らかにしている場合には、もはや所属長は、予定する他の時季を提案し、当該職員の意向を打診すべき必要はないものと考えられる。このように解しても職員の年休請求権の行使を不当に制限するおそれはなく、また前記(四)の現在の慣行とも矛盾しない。

原告は、当局側が請求者に対し、請求にかかる希望日に年休を付与することができない旨を表明したのみでは、時季変更権の行使があつたとはいえず、当局側が予定する他の時季を、日、週、または月をもつて指定することが絶対的な要件であると主張しているが、時季変更権の本質が前記のように労働者の請求により原則的に発生する時季指定の形成的効果を阻害する抗弁権にすぎず、したがつて具体的事案に応じ、場合によつては使用者が労基法三九条三項但書に掲げる事情の存在を理由として、請求の時季に年休を付与しえない旨の意思表示をなしたのみで足りる点を看過しているものであつて採用できない。

そこで右のような見解に立つて本件における当局側の時季変更権の行使の方法を検討するに、原告の本件年休請求に対し、青木課長代理らが請求の時季には年休を付与しえない旨を表明したのにもかかわらず、原告があくまでも当初の希望日に年休をとることを望み、時季変更には応じられない旨の態度をとりつづけていたことは前記二2認定のとおりであるから、乗務課当局側が、その予定する他の時季を、日、週、または月をもつて通知提案し、請求者たる原告の意向を打診すべき義務は消滅したものというべく、乗務課当局の時季変更権行使の方法そのものは、覚書および休暇規程の前記(一)の各条項に違反しない。

この点を批難する原告の前記主張は理由がない。

3  労基法三九条三項但書所定の事由は存したか。

(一)  はじめに

労基法三九条三項但書にいわゆる「事業の正常な運営を妨げる」事由の存否は、一般的には当該労働者の所属する事業場を基準として、事業の規模、内容、当該労働者の担当する作業の内容、性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、労働慣行等諸般の事情を考慮して客観的に判断すべきである。

以上この点について検討を進める。

(二)  鉄郵局の機能

抗弁5(一)(1)の事実(鉄郵局は国鉄により郵便物を集配局相互間に運送するために設置された郵便局であること等)は当事者間に争いがない。

(三)  鉄郵局の組織と分担

抗弁5(一)(2)の事実(全国の鉄郵局の設置状況、およびその所掌業務、線路、ならびに鉄郵局を組織する各課の所掌事務等)は当事者間に争いがない。

(四)  乗務職員の職務内容性質等

抗弁5(一)(3)〔一〕の事実(乗務する便の種別と作業内容の種別)は当事者間に争いがない。同5(一)(3)〔二〕第一段(作業分担相互間の共助共援の不可欠)、第三段(進行中の列車内で限られた時間内に正確かつ迅速な作業を要求されること、および停車駅とその最寄りの集配郵便局との接続関係等を常に念頭において業務を処理しないと、郵便物の引渡しもれ等の事故発生の原因となること)の事実も当事者間に争いがない。

そして<証拠省略>によれば次の事実が認められる。

乗務区間内に処理し終えることのできなかつた郵便物が生じた場合、これをあらかじめ定められた郵便局に送付したうえ、便長は乗務課長宛にその旨の報告書を提出することを義務づけられており、このような事故は通常「未処理」と呼称されている。ところが、未処理報告書の提出を避けるために、「はつぱ区分」(郵便物区分規程によると郵便物が一〇通以上の場合は、これを細かく分けることを義務づけられているが、これに違反し一〇通以上を一括して束ね、これらを府県雑、最近雑と簡単に集めてしまつて区分を省略して送付あるいは引継ぐこと)や、「持越し」(区分等の作業が遅れたために、郵便物を引渡すべき駅で引渡しができない場合に次の駅で、それでも間にあわない場合にはさらにその次の駅で、これをおろし、反対方向に向う列車に乗せて当初の駅で引渡してもらうこと)等と称される簡易な処理が行われることもあり、右のような簡易な処理が判明した場合、一般事故として本来発見局から当局へ一般事故通知が書面でなされることになつているが、当該乗務員が簡易な処理をせざるを得ない理由を告げて善処方を依頼すると、引継ぎを受けた職員が事後処理を全うして、一般事故通知書を出すまでに至らないことがある。また作業の進行が著しく遅延し、開披すべき郵袋を開披しないでそのまま引継ぎをしたり、あるいは引継ぎが完全にできないで、列車内の業務に収拾がつかない状態に陥ると通常の「未処理」とは異なり、「大混乱」といわれる事故になる。

このように認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(五)  乗務職員の勤務形態の特殊性

抗弁5(一)(4)〔一〕(乗務員の勤務時間は列車ダイヤと乗務区間の列車の走行時間を基準として定められるので、一服務が暦日の複数日にわたることがあること)および〔三〕前段(乗務員は四週間を通じて一週間平均四四時間となる変形勤務をしていること)の事実は当事者間に争いがない。

(六)  鉄郵局における便別要員配置の算出

<証拠省略>によれば、抗弁5(三)(便別要員の算出手順)の事実はほぼこれを認めることができる。

(七)  新鉄局の所掌区域と組織形態

抗弁5(二)(1)(所掌線路と管轄受取局)(2)(各課分局の構成等)の事実は当事者間に争いがない。

(八)  新鉄局乗務課の乗務員の勤務の実態

(1) 抗弁5(二)(3)〔一〕前段(新鉄局所掌の主要四路線二二便を運行させるためには、常時一一一名の乗務員を要するところ、同局乗務課には一四九名の乗務員が配置されていたこと)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、右一一一名の必要人員は、別表三の各便毎に、取扱郵便物数に応じて前記(六)の算出基準に従い配置された要員数であることが認められる。

また抗弁5(二)(3)〔二〕(イ)(新鉄局の乗務員の勤務形態は、別表三の二二便を組合せて作つた別表四の一八組の基本勤務と、予備勤務から成り、四週間の勤務時間が各自一〇、五六〇分となるよう勤務指定され、基本勤務には二日勤務が多いこと等)の事実は当事者間に争いがない。

さらに<証拠省略>を総合すると次の事実を認めることができる。

乗務員の勤務指定は乗務課の服務担当の課長代理が行い、基本勤務については、国鉄ダイヤにあわせてあらかじめ計画課で作られている服務表をもとにして、一人の勤務時間が四週間を通じて一週間平均四四時間となるように、各乗務員の経歴、役職、職制等を考慮して、四週間分の勤務を週休日も含めて、日、便、担務(前記(四)の作業内容の種別)をもつて指定し、予備勤務については、四週間分の予定がたたないので、週休日だけをあらかじめ指定し、一服務を終えて新潟駅に帰着するごとに、次の勤務を指定する方法がとられていたが、予備勤務の場合も四週間を通じて一週間平均四四時間をこえないように配慮がなされ、また基本勤務を一二週間続けた乗務員は、予備勤務の乗務員と交替して予備勤務につき、各乗務員が順次基本、予備の各勤務を行うこととされていた。

このように認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2) 抗弁2(二)前段(新鉄局乗務課においては、年休請求に対する当局側の意思表示は、希望日の一週間前に行つていたこと)の事実、および同5(二)(3)〔一〕後段(乗務員一四九名のうち、各便の運行に欠かせない一一一名を除いた三八名に対し、諸休暇、出張等が割り当てられることになつていたが、年休の付与、不付与の判断の際には、このうちからさらに二名が不測の欠務に対する代替要員として保留されていたこと)の事実は当事者間に争いがない。

<証拠省略>に右争いない事実を総合すると次の事実が認められる。

本件が発生した昭和四四年七月当時、新鉄局乗務課に配置されていた乗務員一四九名の内訳は、各便の乗務定員の合計が一一一名であり、週休後補充要員が一九名、年休欠務等後補充要員が一九名であつたが、乗務定員と週休後補充要員相当数合計一三〇名については、常時必要な人員(これを本務者ともよぶ)として基本勤務の指定がなされており、年休欠務等後補充要員相当数の一九名については、予備勤務の指定がなされていた(この認定に反する<証拠省略>は採用しない)。年休欠務等後補充要員は、全国の各鉄郵局に、本務者数に一定率(約一四パーセント)を乗じた人員数が配置されていた。右の率は、全国の静止局の外務員の年休欠務等後補充要員の配置率の二倍にのぼるものであつたが、これは、鉄郵局における乗務員の勤務形態が、前記(五)のように、一服務が暦日の複数日を要する便に勤務指定されることが多く、そのうちの一日のみの乗務不能の事由が生じたにすぎない場合であつても、残りの乗務可能な日数をもつてしては、当該便に乗務することができず、他に適当な便がない限り、局に出勤することになるが、局では実質的な仕事をしないことが多く(これをロス勤務という)、静止局にくらべ年休欠務等後補充要員の必要の度合が高いからである。

ところで新鉄局乗務課では、年休請求に対する付与または不付与(時季変更権行使の有無)の判断は、希望日の一週間前に乗務課長が最終的に行うことになつていたが、請求が特定日に多数集中することが多く、年休欠務等後補充要員一九名から、当日の労基法三五条にもとづく休日該当の者を除き、さらに右時点までに確定している、出張訓練、特別休暇、病気休暇、計画年休(前年度から繰越した年休を、当該年度の初頭に、年度中に取得できるよう、あらかじめ日を協議指定しておく年休のこと)等による欠乗者の後補充をするに必要な人員を差引いたうえ、右判断時点以後当日までの間の不測の欠乗に備えて、予備員二名を控除保留した残余の人員のワク内に限つて年休を付与することとし、これを超える数の請求者に対しては、不付与の意思表示(時季変更権行使)をしていた。しかして付与、不付与の選別基準は、請求の時期の早い者が優先し、また遅い者であつても、肉親の病気等の緊急性を帯びた社会通念上やむをえない理由にもとづく請求に対しては、付与されていた。そして右判断時点以後当日までの間になされる年休請求は、社会通念上真にやむをえない理由にもとづくものの他は、不付与とされるのが常であつた。また社会通念上やむを得ない理由にもとづく年休請求に対しては、保留してあつた二名の予備員のワクにかかわらず、これを超える数の人員に対しても年休が付与され、これにより生ずる欠員については、非常勤の職員や、乗務職員ではあるが職責上服務係になつた人、あるいは管理職ではないが組合員にはなれない立場にある人(これを非適とよぶ)などによつて補充が行われ、これも不可能の場合には管理職が乗務することもあつたが、補充が行われず欠員のまま運行される便もないではなかつた。ところが昭和四八年ごろから、補充が困難なために、欠員のまま運行される便が比較的多くなり、ことに昭和四九年一〇月二日から一一月七日ころまでの約一か月間には、単純計算で二四四名の乗務不能人員(年休欠務等後補充人員による後補充をしてもさらに不足する人員)が発生し、このうち一八〇名相当数については、非適、非常勤職員による後補充が行われたが、残余の六四名相当数については、当該各便が欠員のまま運行されるという状況が生じた。このような事態は、郵政省主催の野球大会の日程が一〇月に食い込み、出場職員が出張扱いとなつていたこと、これに研修訓練などの特別の事情が重なつたりしたことなどによるものではあつた。

このように認められ、<証拠省略>右認定に反する部分は採用できず、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。

(九)  新鉄局における「事業の正常な運営を妨げる」場合の基準

以上(二)ないし(八)の事実に基づき、新鉄局における労基法三九条三項但書にいわゆる「事業の正常な運営を妨げる」場合は如何なる場合をいうのかについて考察する。

鉄郵局は国鉄による集配郵便局相互間の郵便物の運送業務をなすことによつて、郵便事業の一翼を担つており、その業務の正常な遂行が阻害されると、集配郵便局相互間の所定の郵便の流れに影響し、ひいては郵便物の遅配または誤配を生ぜしめるおそれがある。かくては国民の郵便事業に寄せる、迅速かつ正確た郵便物の取扱いがなされることへの期待と信頼は裏切られる。鉄郵便局は、常に集配郵便局相互間に郵便物が定められたとおりの速さと正確さをもつて流れるように、その業務を遂行すべき使命を帯びているというべきである。

ところで鉄郵局の右のような使命がそこなわれるのは、乗務事務において「未処理」またはこれに準ずる「一般事故」(前記(四)参照)が発生した場合である。なぜなら「未処理」またはこれに準ずる「一般事故」が生ずると、集配郵便局相互間の郵便物の流れが滞るからである。したがつてたとえば、年休請求に対し時季変更権を行使せずにこれを認容した場合に、当該鉄郵局所掌の路線の便に、「未処理」またはこれに準ずる「一般事故」の発生をもたらす場合には、右年休請求は労基法三九条三項但書の「事業の正常な運営を妨げる」場合に該当し、時季変更権の行使は許容さるべきである。

原告は、年休を付与することにより多量の未処理郵便物が生じ、当該鉄郵局全体に混乱状況の発生が客観的に認められる場合にのみ、「事業の正常な運営を妨げる」場合に該当すると主張するが、かくては鉄郵局の前記使命はほとんど達成されず、国民の郵便事業に対する期待と信頼は裏切られることとなつて相当ではない。

しかしながら年休はできる限り労働者の請求する時季に付与されるべきであるから、時季変更権の行使が許されるためには、「未処理」またはこれに準ずる「一般事故」の発生が、個別的、具体的、客観的に予想できる事情があることを要し、年休を付与することによつて、たとえば当該乗務員が勤務指定を受けていた便に欠員が生じたとしても、残りの乗務員の作業が多忙となるにとどまる場合には、「事業の正常な運営を妨げる」場合に該当しないというべきである。もつとも「事業の正常な運営を妨げる」場合にあたるか否かの判断は事前の判断であり、かつ判断権が法律上は第一次的には使用者に委ねられていることや、多くの場合、使用者は無理をしてでも欠員の補充をしてしまうため、現実に「未処理」または、これに準ずる「一般事故」が発生することは少ないと考えられるから、結局「未処理」またはこれに準ずる「一般事故」の発生の蓋然性をうかがわせる事情が存在すれば足りるというべきである。

これに反し被告は、厳密に計算された乗務定員一名を欠くは一般に業務支障の発生が予想されることとなると主張するが、なるほど前記(六)のように一応の合理性をもつて算出された乗務定員を欠き、これを下回る人員で乗務し作業をしなければならない事態は、一般的にはそれだけで業務支障を予想させる有力な根拠と考えられるのであるが、前記(六)のように定員配置算定の基礎となつている標準作業速度には、実態調査によれば約九パーセントの余裕があり、従つて標準作業速度より九パーセントたかめて作業をすることを前提とすれば、各便別定員には、取扱郵便物の量に比して余裕のある場合が多いと考えられること、<証拠省略>によれば、欠員のまま運行されるに至つた場合、乗務している残余の乗務員は互いに欠けた担務を分担するなどして共助共援をするので、必ずしも「未処理」が生ずるとは限らないこと、「未処理」が生ずる原因は、災害、線路事故等により列車の遅延、運休があつて、郵便物が数便集中されて受渡しが行われたような予想できない事態によることが多いこと、取扱う郵便物の量は、年間を通じ時期によつて異ることが認められ、また前記(八)(2)のように新鉄局では昭和四八年ごろから欠員のまま運行することが従来に比較し多くなつていること、それにもかかわらず「未処理」が従前に比しより多く生じたとは認めがたいこと、また残余の乗務員から、多忙負担増等を理由とする苦情などが出された事実が認められないことなどの事情にかんがみると、欠員のままの郵便車の運行は、常に「未処理」を生じさせるとは限らず、これのみをもつて「事業の正常な運営を妨げる」場合に該当すると断定することは、硬直にすぎるきらいがある。被告の主張は採用できない。

(一〇)  本件年休付与は、労基法三九条三項但書の事由にあたるか。

そこで前記の見解に立つて以下本件を検討する。

抗弁1前段(原告が昭和四四年七月二七日の「直秋下り便」および同月二八日の「同上り便」に乗務するよう勤務の指定を受けていたにもかかわらず、乗務しなかつたために、右両便が乗務員一名欠員のまま運行されたこと)の事実、同2(一)(原告が右両日についてあらかじめ年休請求をしていたこと)の事実および、同5(二)〔三〕(イ)(「直秋下り便」は新津を九時五五分に発つて、酒田に一六時五二分に着くまでの間を、担務分担「原簿特殊」「区分」「受渡」の三人の要員で乗務し、「同上り便」は酒田を一二時一九分に発つて新津に一九時二〇分に着くまでの間を、担務分担「原簿」「特殊」「区分」「受渡」の四人の要員で乗務し、その間いずれも二五の駅で受渡しをするが、受渡区間の所要時間は平均一六分間のところ、坂町・平林間六分間、羽前大山・鶴岡間七分間、鶴岡・藤島間八分間のように極めて短時間の場合があること等)の事実は当事者間に争いがない。

<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨に、前記争いない事実を総合

すると、次の事実が認められる。

原告の年休の希望日の第一日目である七月二七日の要員状況は、同月二〇日現在では、週休二二名(勤務指定の際指定ずみ)、出張一名、計画年休八名、夏期休暇一名、訓練一名の欠務が既に予定されており、この他前記(八)(2)の慣行に従い二名の代替要員を保留し、当時の乗務課乗務職員合計一四九名からこれらを差し引くと、残余は一一四名となり、毎日の乗務必要人員一一一名以外にわずか三名の余裕があるにすぎなかつた。これに対し七月二七日を年休の希望日として請求した者は一七名にのぼつたので、乗務課当局はこのうち三名について年休を付与することとし、原告を含む他の一四名については時季変更権を行使する旨の意思表示をした。ところが前記二2のように原告は七月二五日および二六日に、青木課長代理らに対し、希望日に年休を付与する(時季変更権行使を撤回する)よう願い出たので、渡辺乗務課長は青木課長代理らに右二七日の原告の勤務開始時間を夜にくりさげる等の服務差し繰りの検討方を指示し、また非常勤職員の代替補充等も検討したが、いずれも不可能であることが判明した。

このように認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

<証拠省略>に前記争いない事実を総合すると、次の事実が認められる。

原告が勤務指定を受けた七月二七日の「直秋下り便」の原告の担務は「原簿特殊」であり、翌二八日の「同上り便」の担務は「特殊」であつた。当時新鉄局所掌路線の各便のうちでもつとも郵便物の量が多い繁忙便は、「東新上り下り」(東京-新潟間)であり(定員はいずれも七名)、「直秋便」は「東新」ほどではなかつたが、前記のように受渡しをする駅と駅の区間が短いことと、新津、村上間が忙しく、特に「上り便」は全区間のその日取り集められた郵便物が、この一便に集中されてくるので(このため「かつさらい便」とも呼ぶ)忙しい便であつた。また年間を通して、もつとも郵便物の量が多いのは、一一月下旬ごろから一月中旬ごろまでであるが、七月の初めころから八月いつぱいの間も、暑中御見舞状などが出されるので、平常にくらべ若干忙しい時期であつた。

このように認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで原告が七月二七日に勤務を休むと、同日の「直秋下り便」は、定員を一名欠いて二名で乗務しなければならず、また翌二八日の「同上り便」は、同じく一名欠員で三名で乗務しなければならず、前記(九)のとおり一般的にはそれだけで業務支障の有力な一事由と考えられ、しかも前記のように「直秋便」は上り下りとも繁忙便であつて、また時期的にも年末年始についで忙しい夏期期間中であることを考慮すると、原告一名欠員のままで右両便を運行することは、残りの乗務した乗務員の作業が忙しくなり「未処理」その他一般事故」の発生を阻止するためには、相当の負担を強いられるであろうことは、推測されるところである。この点について、<証拠省略>は、原告の欠務によつても右両便に「未処理」が出なかつたのは、残りの乗務職員が、異常能率を発揮したか、特にその日は郵便物が少なかつたか、あるいは一部手順を省略したためと推測されると証言し<証拠省略>も、これに副う証言をしている。

しかしながら<証拠省略>によると、年末と夏期には増便、増配置等の手当が行われることが認められ、<証拠省略>によれば、本件「直秋上り便」も配置人員以外に、村上から新津までの間に、補助員一名が乗務し、各担務者の全体的な補助をしていたことが認められ、<証拠省略>によれば、夏期に郵便物の量の増え方の著しいのは、主として東京からの便であり、その他の便は若干増え方が異ることが認められ、これらの事情を考慮すると、時期的にみて繁忙期であることは、さほど残余の乗務員の負担の増加とは結びつかず、その他前記(八)(2)のように最近では欠務のままの運行が以前にくらべて多くなつていることなどの諸事情を考慮すると、七月二〇日の時点で判断すれば、原告が勤務を休んでも本件「直秋便」には、「未処理」その他これに準ずる「一般事故」の発生の蓋然性は、客観的には認めることができない。

現に<証拠省略>によれば、原告が欠乗した二七日の「直秋下り便」二八日の「同上り便」とも、「未処理」またはこれに準ずる「一般事故」は発生していないことが認められ、また右両便とも、乗務した残余の乗務員から一名欠員のまま乗務させられたことについて、多忙等を理由とする苦情の申し出や、原告に対する非難等の事実も認められないのである。

以上によつて明らかなように、原告の指定した七月二七日、二八日の両日に、原告に対し年休を付与することは、労基法三九条三項但書にいわゆる「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当することは認めがたい。

(二) 本件懲戒処分の違法性

本件懲戒処分は、前記二5のとおり、時季変更権行使の通告がなされたにもかかわらず、原告がこれを聞き入れず、年休請求にかかる希望日に欠務したことを理由としてなされたものである。

けれども原告の年休請求に対し、時季変更権を行使するに必要な労基法三九条三項但書の客観的要件が存しないのは前記一〇のとおりである。

そうすると、原告の欠勤は取得した年休に基づく適法なものであつて、国公法九八条一項、一〇一条一項前段、八二条一、二号のいずれにも該当しない。

したがつて原告の欠勤が国公法に違反することを前提とする本件懲戒処分は違法である。

四  結語

以上の次第であるから、本件懲戒処分は違法として取消すべきものである。

よつて原告の請求は理由があるから認容し訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山中紀行 大浜恵弘 児嶋雅昭)

別紙一ないし四<省略>

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