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新潟地方裁判所 昭和46年(行ウ)6号 判決 1982年1月26日

原告 曽我能久 外一名

被告 国府川左岸土地改良区

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(六号事件関係)

1 原告曽我能久(以下「原告曽我」という。)の被告に対する別紙明細書(一)記載の賦課金、過怠金および延滞金(計金三四万七九七一円)債務は存在しないことを確認する。

2 被告が亡曽我新助(以下「新助」という。)に対し昭和四五年二月二三日付でした別紙第一物件目録記載の土地(以下「本件第一土地」という。)にかかる差押えはこれを取消す。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

(八号事件関係)

1 原告遠藤長治(以下「原告遠藤」という。)の被告に対する別紙明細書(二)記載の賦課金、過怠金および延滞金(計金一五万六一九二円)債務は存在しないことを確認する。

2 被告が原告遠藤に対して昭和四五年四月二四日付でした別紙第二物件目録記載の土地(以下「本件第二土地」という。)にかかる差押えはこれを取り消す。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  新潟県・佐渡が島の中央部を東南から北西へほぼ平行して貫流する竹田川と小倉川は北東から南西へ貫流する国府川と合流して真野湾に注いでいるところ、被告は主要水源を竹田川、小倉川の両河川に求めている一定範囲の耕地(水田)を対象地域として、右両河川から引水するための幹・支線水路の新設およびこれに付帯する導水施設の造成ならびにこれらの水路および施設の維持管理を事業目的とする土地改良法に基づく土地改良区であり、原告らはいずれも右事業の施行対象地域内に水田を所有する者であつて、被告の組合員である。

2  ところで、被告の右事業対象地域は、右両河川の流量の絶対的不足と引水設備の不完全とが相俟つて慢性的な水不足に悩まされていたことから、補給水量を確保するため昭和三一年から同四二年にかけて、新潟県の県営による土地改良事業として右両河川の上流にそれぞれダムが建設されたところ、新潟県は右事業につき個々の受益者(いずれも被告の組合員)に対する負担金(土地改良法第九〇条第一項、地方自治法第二二四条)に代えて、被告からこれに相当する金銭を徴収する方式(土地改良法第九一条第四項、第九〇条第四項)を採用した。そして、被告は、これによつて生じた分を含めて被告の経費に当てるため原告曽我の先代(父)新助に対しては別紙明細書(一)記載のとおりの、原告遠藤に対しては別紙明細書(二)記載のとおりの各賦課金、過怠金および延滞金の賦課をしたとして、新助と原告遠藤に対してそれぞれ当該各別紙記載の賦課金等の債権を有していると主張しており、また、これをもとにして新助に対する関係では昭和四五年二月二三日付で本件第一土地を、原告遠藤に対する関係では同年四月二四日付で本件第二土地をそれぞれ差し押えた。

3  しかしながら、被告のいう右賦課金等の賦課は、仮にそのような事実があつたとしても、次の理由により無効であるから、新助および原告遠藤の被告に対する右賦課金等の債務は存在せず、これをもとにした右各差押えも違法である。

(一) 被告の右賦課金等の賦課徴収権の欠如

昭和三九年一〇月一二日、新潟県佐渡耕地出張所長大滝謙治と、原告遠藤を含む被告の組合員の一部を代表する新助ならびに新潟県佐渡郡真野町長本間栄太郎の三者間には、被告の当時の代表者(理事長)本間朝之衛の立会いのもとに、右県営事業にかかる負担金の徴収に関し、(1)新潟県は国府川左岸用水改良事業竹田川地区第二期工事の負担金の徴収に関する事務を真野町長に委任し、同町長は被告を経由して新潟県に徴収した負担金を納入する、(2)真野町長は右工事の施行対象地域内の耕地の計画面積(後記参照)からこのうち真野町住民以外の者が所有している耕地の面積を除いたものをもとにしてそれぞれの耕地の所有者等の負担金の数額を算定し、これを賦課徴収する、との合意が成立し、右(1)に関しては新潟県佐渡耕地出張所長と新助との間に「確約書」が、(2)に関しては新助と真野町長との間に「覚書」がそれぞれ取り交された。以上の次第であるから、右負担金に関しては、そもそも被告は新助および原告遠藤に対する関係ではその賦課徴収権を有せず、被告による右負担金に相当する賦課金の賦課は無効である。

(二) 事業施行対象地域の拡張に関する手続違背

右県営事業については、昭和四〇年一月、その施行対象地域が拡張されたのであるが、この場合には土地改良法第八七条の三第一項、第二項によりそれに関係する耕地の所有者等の同意を得ることが必要とされているのに、右事業の施行に関してはそのような手続が履践されていない。したがつて、右事業施行対象地域の拡張に伴つて増大した工事費に関しては耕地所有者等から負担金を徴収することは許されず、その負担金に相当する賦課金の賦課は無効である。

(三) 負担金算定方式の不合理性

右県営事業は、三二〇数ヘクタールを施行対象地域として計画されたところ、新助および原告遠藤に対する前記賦課金等が賦課された当時、右事業による灌漑用水を引いて使用していた耕地は一九〇ヘクタール余に過ぎなかつた。しかし、この事業はあくまで三二〇数ヘクタールを施行対象地域として計画され、実施されたのであるから、その工事費にかかるそれぞれの耕地所有者等の負担金は、右計画面積三二〇数ヘクタールをもとにして算定されるべきである。にもかかわらず、被告は右受益面積一九〇ヘクタール余をもとにして負担金相当分を算定した。その結果、新助および原告遠藤に対して課せられた賦課金のうち右負担金相当分は過重なものとなつたのであり、右のような負担金相当分の算定方式は著しく合理性に欠けるから、これによつて算定された負担金相当分を含む賦課金の賦課は無効である。

4  新助は本訴の係属中である昭和五五年五月二二日死亡し、その子である原告曽我が相続により単独でその訴訟上の地位を承継した。

よつて、原告らは被告に対しそれぞれ前記の当該各賦課金等の債務の不存在確認と、これをもとにした当該各差押えの取消しを求める。

二  被告の答弁

1  請求原因第1項および同第2項の事実はいずれも認める。

2  同第3項中、

被告の新助および原告遠藤に対する原告ら主張の各賦課金等の債務が存在せず、これをもとにした差押えが違法であるとの点は争う。原告らの主張には被告が新助および原告遠藤に対して右各賦課金等の賦課をしていないような口吻がみられるが、被告は昭和三九年二期分については同年三月三一日付で、同四〇年一、二期分については同年三月二九日付で、同四一年一、二期分については同年三月三〇日付で、同四二年一、二期分については同年三月二九日、同年七月二八日付で、同四三年一、二期分については同年三月二九日、同年八月二八日付で、新助および原告遠藤に対しそれぞれ「賦課令書」を交付してその賦課をした。

原告ら主張の三者間に(一)のような合意が成立したことは認める。しかし、被告は右合意の当事者ではないから、これによる拘束を受けることはないし、もとより右のような合意によつて被告の賦課金の賦課徴収権が左右されるものではない。

(二)の事実は否認する。原告ら主張の事業施行対象地域の拡張については昭和三九年一〇月二二日付でそれに関係する耕地所有者等の同意がとられている。

(三)の事実のうち、耕地所有者等に対する負担金相当分が原告ら主張の方式で算定されたことは認める。しかしながら、国または都道府県営による土地改良事業の工事費にかかる受益者負担金は、これによつて現実に利益を受けている耕地所有者等から徴収されるのであり、計画上、その施行対象地域に含まれている耕地であつても右事業による利益を受けていない場合には、その所有者等からこれを徴収することはできない。本件の場合、事業計画上、その施行対象地域に含まれてはいても現実にダムからの水を引いていない耕地については、ダムからの幹・支線水路が整備され、水が引かれるようになつてはじめてその所有者等に対して負担金相当分が賦課金として賦課されるのである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因第1項および同第2項の事実はいずれも当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない六号事件甲第五号証、第一九号証の一、二、八号事件甲第四二号証の一ないし三ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、原告ら主張の当該各賦課金は、それぞれの期末あるいは年度末ごとに、被告から各組合員に「賦課金通知書」を交付することによつて賦課されており、これに対する過怠金および延滞金は定款所定の要件が具備されることにより当然に発生するとされていたこと、が認められる。

二  そこで、被告の新助および原告遠藤に対する右当該各賦課金の賦課が適法なものといえるかどうか、以下、順次原告らの主張に照らして検討する。

まず、原告らが(一)として主張する点についてみるのに、いずれも成立に争いのない六号事件甲第一号証(八号事件甲第五号証)、六号事件乙第一八号証、承継前の原告新助本人尋問の結果により真正に成立したと認められる六号事件甲第二号証(八号事件甲第六号証)、証人大滝謙治、同青木勇、同小田幸男の各証言および原告遠藤本人尋問の結果によれば、前記のとおり、竹田川、小倉川の両河川の上流にダムを建設して補給水量を確保することを主たる目的とする新潟県営の土地改良事業は昭和三一年から開始されたのであるが、昭和三九年当時、右両河川から引水する右事業の施行対象地域内の耕地は事業計画上(現に水田であるもののほか将来開田可能なものを含めて)三〇九ヘクタール(計画面積)とされているのに、実際に水田として耕作されているものは一五六ヘクタール余り(受益面積)しかなかつたことから、新助はじめ被告の組合員の一部がこのことを理由に事業の遂行に対して強く反対し、そのため昭和三九年度の右事業関係費が県予算に計上されたにもかかわらず、その執行が留保された状態になつていたこと、そこで、事業の円滑な遂行を希求する当時の新潟県佐渡耕地出張所長大滝謙治と、地元の自治体の一つである新潟県佐渡郡真野町の町長本間栄太郎は、反対派の代表である新助らと話合いのうえ、事業遂行につきその協力を得るための窮余の策として、昭和三九年一〇月一二日、当時の被告の代表者(理事長)本間朝之衛の立会いのもとに、新助との間で、右事業にかかる受益者負担金について、(1)新潟県は国府川左岸用水改良事業竹田川地区第二期工事の負担金の徴収に関する事務を真野町長に委任し、同町長は被告を経由して新潟県に徴収した負担金を納入する、(2)真野町長は右工事の施行対象地域内の耕地の計画面積からこのうち真野町住民以外の者が所有している土地の面積を除いたものをもとにしてそれぞれの耕地の所有者等の負担金の数額を算定し、これを賦課徴収する、ことを約し、右(1)に関して新潟県佐渡耕地出張所長と新助との間で「確約書」が、(2)に関して真野町長と新助との間で「覚書」がそれぞれ取り交されたこと(この点は当事者間に争いがない。)、しかし、これについては真野町議会の側からの反対があつてその承認を得られず、右約定は事実上反古にされ、実際には実施されることなしに今日に至つていること、以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、土地改良区とその組合員との権利義務関係は、私的自治の原則が認められる個人と個人との間の私法関係とは異なり、専ら土地改良法その他の関係法規(定款その他の内部規則を含む。)によつて規律される公法関係である。したがつて、土地改良区やその関係者の間で右関係法規の定めるところとは異なつた取決めがなされても、これが右関係法規上許容されている場合を除いては、このような取決めは法律上の効力を有するものではないと解すべきである。これを本件の場合についてみると、都道府県営による土地改良事業が施行された場合において、これによつて利益を受ける者が右土地改良事業の施行にかかる地域の全部または一部を地区とする土地改良区の組合員であるときは、当該都道府県はその者に対する負担金に代えて、その土地改良区からこれに相当する額の金銭を徴収し得ることは土地改良法第九一条第一項、第四項、第九〇条第四項の明定するところであり、これに基づき新潟県が被告から前記土地改良事業にかかる個々の受益者に対する負担金に相当する額の金銭を徴収した以上、これによつて支出された金銭は被告の経費となり、被告はこれに当てるため定款その他の関係規則の定めるところに従い、組合員に賦課金を賦課し得ることはいうまでもないところであつて、新助と、新潟県耕地出張所長あるいは真野町長との間に成立した前認定のごとき約定は便宜上ないしは政策上のものであつて法律上の効力を有するものではないから、これによつて被告の組合員に対する賦課金の賦課徴収権が左右されることはあり得ない。

次に原告らが(二)として主張する点についてみるのに、新潟県を事業主体とする前記土地改良事業については、昭和四〇年一月、その施行対象地域が拡張されたことは弁論の全趣旨により明らかである。そして、原告らは、右事業計画の変更については、これに関係のある耕地所有者等の同意が得られていないというが、六号事件乙第四号証(八号事件乙第四号証)の存在ならびに弁論の全趣旨によれば、右事業計画の変更については土地改良法所定の手続が履践され、右耕地所有者等の同意が得られていることが認められるから、原告らの(二)の主張はその前提を欠くものといわなければならない。

そこで、進んで、原告らの(三)の主張についてみるのに、証人間治作の証言、承継前の原告新助本人尋問の結果および検証の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、竹田川、小倉川の両河川の上流にダムを建設して、補給水量を確保するという前記のような土地改良事業を新潟県の県営として施行するためにはその対象となる耕地が三〇〇ヘクタール以上なければならなかつたこと、しかし、右事業の施行対象地域内の耕地は実際にはこれをかなり下回るものであつたため、その事業計画においては、耕地ではないが将来開田して耕地とすることの可能な土地も事業の施行対象地域内の耕地に含め、その結果、その面積(計画面積)は当初三〇九ヘクタールとなり、辛うじて右の条件を満たしたこと、ところが、その後、飯米の過剰に伴い国による減反政策が推進されるなど、農業事情に大きな変化があり、また、右事業計画において将来開田可能とされた土地のなかには実際にはそれが極めて困難で、ただ耕地面積を水増しするためにのみ利用されたものもあつて、事業完了後においても実際に竹田川、小倉川の両河川から水を引いて利用している耕地は一九〇ヘクタール余(受益面積)に過ぎず、その計画面積三二〇数ヘクタール(昭和四〇年一月に変更された後のもの)を大幅に下回つていること、が認められるところ、被告が、新助および原告遠藤に対して課した賦課金のうち右事業にかかる受益者負担金に相当する分の数額を算定するについて計画面積ではなく右受益面積をその計算の基礎としたことは被告の認めて争わないところである。

以上の事実によれば、新潟県営による前記土地改良事業が事業計画上その施行対象地域内の耕地面積を一部において水増しすることによつて推進されたことには見方により非難の余地があるにしても、本件の場合、計画面積から受益面積を差し引いた残りの一三〇ヘクタール余の土地については竹田川、小倉川の両河川の灌漑用水が利用されておらず、これらの土地の所有者等は現実に右土地改良事業によつて利益を受けてはいないのであるから、右所有者等からこれにかかる負担金を徴収することはできないわけであり、結局、右負担金は現に灌漑用水を利用している耕地の所有者等から徴収せざるを得ないのである。したがつて、被告が新助および原告遠藤に対して課した賦課金のうち右負担金に相当する分の数額を算定するについて受益面積を計算の基礎としたのには相当の理由があり、その算定方式に著しい不合理があるとはいえない。

三  よつて、被告の新助および原告遠藤に対する賦課金の賦課が無効であることを前提とした原告らの請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柿沼久 大塚一郎 竹内純一)

別紙明細書(一)(二)、第一、第二物件目録<省略>

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