大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和49年(レ)29号 判決 1976年7月30日

控訴人 伊藤与志知

被控訴人 神田石蔵

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し金一〇万二九五〇円及び内金九万五〇〇〇円に対する昭和四六年三月一六日から、内金七九五〇円に対する同四九年八月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の陳述、証拠関係は、左に付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴代理人の陳述(原判決四枚目裏四行目以下七行目までを次のとおり改める。)

仮に、控訴人主張の境界線が、被控訴人所有地に最大限三・五センチメートル食い込んでいて本件杭も最大限三・五センチメートル被控訴人所有地を侵害しているとしても、民法第二二五条の規定によれば、元来宅地の相隣者はその境界線上に囲障を設置することができるところ、本件杭の如く約九センチメートル角の厚さのある杭は、その厚さの半分である四・五センチメートルまで被控訴人所有地に食い込んで塀を造ることができるのであるから、控訴人の本件杭の設置は何ら違法な点はない。

二、新証拠<省略>

理由

一、控訴人は、昭和四五年五月八日、控訴人の娘伊藤美江の所有地で控訴人が使用している新潟市笹口一丁目一五番二九の土地(以下甲地という。)と、それに隣接する被控訴人所有の同所一五番二八の土地(以下乙地という。)との境界に沿つて側溝(以下本件側溝という。)を造り、塀を造るためのコンクリート杭(約九センチメートル角、長さ約一・八メートル)一三本(以下本件杭という。)を立てたこと、及び被控訴人が本件杭が境界を侵害していると主張して、同杭を全部抜取つたことは当事者間に争いがない。

二、契約不履行による損害賠償請求について判断する。

控訴人主張の本件側溝及び本件杭を現状のままにしておくという申し合わせが控訴、被控訴人間になされたとの点については、これに符合する原審における証人伊東徳旺の供述は原審における控訴人及び被控訴人の各本人尋問の結果等に照らして信用できないし、ほかには右主張事実を認めるに足りる証拠がない。

よつて、控訴人の第一次的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三、不法行為に基づく損害賠償請求について検討する。

1  本件側溝の破損について

本件側溝を被控訴人が破損したとの主張については、これに符号する原審及び当審における控訴人の供述は、原審における証人神田孝の証言及び被控訴人本人尋問の結果に照らしてたやすく信用できないし、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

2  本件杭の抜取について

(一)  被控訴人が法律に定める手続によらずに本件杭を自ら抜取つたことは当事者間に争いのないところであるが、被控訴人は、本件杭の抜取行為は自救行為であるからその違法性は阻却されると主張するのでこの点について検討する。

成立に争いのない乙第一号証、昭和四五年五月八日午後五時三〇分に神田孝が本件現場付近を撮影した写真であることに争いのない乙第三号証の一ないし五、同年同月一一日午後一時三〇分に同人が同場所を撮影した写真であることに争いがない乙第三号証の六、原審における証人宮腰勇、同神田孝、同伊藤美江の各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果(後記措信できない部分を除く)、原審における被控訴人の本人尋問の結果並びに原審における検証の結果によれば、甲、乙両地は、いずれも昭和四五年三月頃土地区画整理によつて換地処分された土地で、両地は、甲地の南西側と乙地の北東側とが互いに接した相隣地であり、その境界については、甲地所有者伊藤美江と乙地所有者被控訴人との間に争いがなく、境界線の北西端(A点という。)--道路に接している--及び南東端(B点という。)にコンクリート製の界標杭がその頭の部分を露出した状態で打ち込まれ、A点とB点とを直線で結んだ線が甲乙両地の境界線で、その境界は明白であつたこと。控訴人は、甲地を使用貸借し養豚業を営んでいた者であるが、甲乙両地が仮換地されて間もない昭和四〇年秋頃に被控訴人がA点の界標杭を六センチメートル程甲地側に移動させたと称し、土地区画整理事業の施行者である新潟市に対し宅地境界についての異議申立及び被告に対し土地明渡の訴を提起し(いずれも甲地所有者伊藤美江の知らない間に控訴人が伊藤美江名義を冒用して申立られたので、その後事情を知つた同人より取下げられた。なお甲地の所有権の帰属をめぐり控訴人と伊藤美江との訴訟が最高裁判所まで争われ、控訴人は敗訴している。)、さらに新潟市の係員に本件係争地で換地確定図に従い現地測量もしてもらつたが、同係員からは界標の移動は認められないと言われたこと(原審の証人大谷鐘五の証言によつてもA点の界標は換地確定図に従つてほぼ正確に打たれていることが認められる。)、しかるに控訴人は、昭和四五年五月八日被控訴人に何の相談もなく本件境界に塀を造るべく本件杭を前記境界線のA点付近で約九センチメートル、B点付近で約三センチメートル程度被控訴人所有の乙地内に侵入して立てたこと、被控訴人及びその長男神田孝が右工事に抗議したため控訴人と被控訴人間で険悪な状態になつたが、その場は工事関係者が問題のある所で工事の続行はできないとして本件杭の基礎をコンクリートで固めないまま引揚げたため一応収まつたが、本件杭は被控訴人所有の乙地に侵入したまま放置されたこと、そこで被控訴人は控訴人に対し本件杭の撤去を求めたが拒否されたので、本件杭が立てられた日の三日後である同月一一日に人夫三人を雇つて、まだ穴を掘つて立ててあるだけの本件杭一三本を抜取り、それを控訴人使用地の豚小屋前に並べておいたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する甲第一号証並びに原審及び当審における控訴人の各供述部分は前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  ところで、控訴人は、境界線上に九センチメートルの厚さのある本件杭を立てればその厚さの半分の四・五センチメートルは被控訴人所有の乙地に食い込むことは当然で、控訴人には民法第二二五条の規定に基づき囲障設置権があるから、被控訴人所有地に本件杭の厚さの半分の四・五センチメートルが入つていても違法ではないと主張するが、囲障を設置するに際してはまず隣家所有者にその協力を請求(訴求)すべきであつて、その協力を求めないで独断で隣地にまたがつて囲障を設置することはできないと解されるから控訴人の右主張は主張自体失当であると言わなければならない。(本件全証拠によるも被控訴人に囲障の設置について協力を求めた事実を認めることができない。)

(三)  そこで本件杭の引抜行為の違法性について判断するに右認定事実によれば、甲乙両地の境界は界標により明白で、両土地所有者間に何らの争いがないにもかかわらず、甲地の単なる使用借主にすぎない控訴人が、右事実を知悉しながらあえて被控訴人所有の乙地を侵害して本件杭を立てた行為は、違法性の明白な行為であること、本件杭の引抜行為は容易になし得る行為で、それにより控訴人に対し不当に高額な損害を与えるものではなかつたこと(せいぜい杭打ちのために雇つた人夫賃程度である。)、また直ちに本件杭の引抜をしなければその基礎はコンクリートで固められ、本件杭を使用して塀が造られてしまつて原状回復が著しく困難になることが予想されたこと、被控訴人は直ちに(侵害行為の三日後)本件杭を引抜いたこと、以上の事情が認められるのであつて、右事情によれば、本件杭の抜取行為は、侵害の除去が容易なのに多額の費用と時間をかけて訴訟に持込むことを被控訴人に期待することは困難であることも考慮すると、許容されるべき私力の行使と解するのが相当である。

してみると、被控訴人の本件杭の抜取行為は違法性が阻却されるので、その行為によつて生じた損害について被控訴人は損害賠償の義務を負わないことになるので、その余の点について判断するまでもなく控訴人の主張は理由がない。

四、よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条の規定により本件控訴を棄却し、控訴費用につき同法第九五条、第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山中紀行 大浜恵弘 馬淵勉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例