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新潟地方裁判所 昭和63年(行ウ)3号 判決 1992年1月28日

原告

トップ工業株式会社

右代表者代表取締役

村山康祐

右訴訟代理人弁護士

鶴巻克恕

伴昭彦

被告

新潟県地方労働委員会

右代表者会長

小出良政

右指定代理人

天野市栄

小見昭男

渡辺昭

藍原直木

白川恭治

永井健弥

右補助参加人

トップ工業労働組合

右代表者執行委員長

馬場隆

右訴訟代理人弁護士

川上耕

遠藤達雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  控訴費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が新労委昭和六一年(不)第二号不当労働行為救済申立事件について、昭和六三年四月七日付けをもってした命令を取り消す。

第二事案の概要

一  本件紛争の経緯と救済命令の成立

1  従来の労働協約(証拠略)

(1) 被告補助参加人(以下「参加人」という)と原告とは、昭和二二年八月に最初の労働協約を締結し、以後協約項目を改定しながら数回にわたって労働協約を締結してきた。

(2) 昭和五四年七月一日締結の労働協約(以下「本件協約」という)は、第一章総則ほか一〇か章(全八七か条)で構成され、その第二章組合及び組合活動には、完全なユニオンショップ制、非組合員の範囲、就業時間中の組合活動、組合事務所、掲示板の貸与及び会社施設の使用、チェック・オフなどについての定めがある。そして、本件協約には、協約の更新につき、「本協約の期限がきても双方より意志表示のないときは更に六ケ月づつ有効とする」(本件協約八五条)との、協約の改定につき、「改訂の意思表示のあったときでも新協約が締結されぬ場合は、期限満了後二ケ月は有効とする」(同八六条)との各定めがある。

(3) 本件協約は、六か月ごとに更新され、締結後、後記3(2)記載の原告からの改定申入れがなされるまでの間改定の申入れないし改定がなされたことはなく、右の改定申入れ時点における有効期限は、昭和六〇年一二月三一日であった。

2  本件協約の改定申入れ前の労使関係(証拠略)

(1) 昭和六〇年四月、原告と参加人とは、参加人の春の賃上げ要求に対し、原告が、退職金が会社の経営を圧迫しているとして退職金規定の改定を申し入れ、賃上げと同時決着したいと主張したことから対立し、参加人はストライキを行った。また、参加人は、会社が賃上げの団体交渉(以下「団交」という)の場で、退職金規定の改定と同時決着に固執するのは、労組法七条二号の不当労働行為にあたるとして、被告に救済申立てをした(新労委昭和六〇年(不)第八号事件)。

(2) 同年五月、原告は参加人に対し、参加人が原告に無断で赤旗を立てたことに抗議し、撤去を求めた。参加人はストライキを実施し、原告は参加人に対し、会社施設内において指定した以外の場所での集会や外来者の参加は労働協約違反であると指摘し、更に「皆さんは重大な過失を犯していることを知っていますか。」と題する文章を会社掲示板に掲示して参加人の労働協約違反を指摘し、従業員に反省を求め、退職金規定問題に関する公開団交開催を呼び掛けた。また、原告は参加人に対し、会社施設内に掲示した壁新聞の撤去を求めたが、参加人は、慣行の一方的破棄は正当な組合活動を規制するものであり、不当労働行為にあたると書面で反論し、更に、原告代表取締役村山康祐(以下「社長」という)が、参加人の組合員の自宅に電話をかけ、ストライキによる生産の遅れと倒産の恐れを指摘し、労使関係につき意見を求めた行為が、労働組合法七条三号の支配介入にあたるとして、被告に救済申立てをした(新労委昭和六〇年(不)第二一号事件)。

(3) 原告は、参加人に対し、賃上げの団交の場で労使協議会の新設を提案したが、その趣旨をめぐり双方の意見が対立し、合意に至らなかった。

(4) 同月一二日、原告と参加人は、賃上げと退職金規定改定問題を切り離して協議することで合意が成立し、同年七月四日、賃上げは妥結したが、退職金規定の改定は、双方の意見の対立で進展せず、解決は翌年に持ち越された。

(5) 同年一一月、原告は参加人に対し、年末一時金の査定配分を従来の五パーセントから一五パーセントに変更したいと提案したが、参加人が反対し、同年一二月一六日、年末一時金の査定配分は、従来どおりの五パーセントで妥結した。

3  本件協約改定の申入れと団交(証拠略)

(1) 昭和六〇年一一月一〇日ころ、社長は、総務部長の山田稔(以下「山田」という)ほか関係部課長に対し本件協約の改定を検討するよう指示した。指示された検討事項は、労使協議会の設置、組合掲示物の取扱い非組合員の範囲、争議の際の企業財産の保全等、賃金諸規定の単純化、文章表現の簡素化、ショップ制の見直し等であった。

(2) 同年一二月二六日、山田は、参加人書記長の鶴巻俊樹(以下「鶴巻」という)に対し、窓口交渉の席上で「労働協約改定申し入れ書」を交付した。内容は、本件協約には各章の各条項で実情に合わない部分があるので改定の申入れをする、具体的な改定案を昭和六一年一月二〇日までに参加人に提出するというものであった。

(3) 昭和六一年一月二〇日、山田は鶴巻に対し、窓口交渉の席上で、完全なユニオン・ショップ制からオープン・ショップ制への移行、非組合員の範囲の拡大、就業時間中の組合活動の制限、掲示板の掲示内容等の規制、労使協議会制度の創設等を骨子とし、労働協約の債務的部分について大幅に改定することを内容とする改定案(以下「一次案」という)を提示した。

(4) 同月二四日、山田は鶴巻に対し、一次案のうち、非組合員の追加、就業時間中の組合活動条項の削除、チェック・オフ条項の削除等一部を追加、変更した改定案(以下「二次案」という)を提示した。

(5) 同月三〇日、本件協約改定問題に関する第一回目の団交が、参加人側は一三名の執行委員、原告側は専務、常務、山田等の出席で行われた。この交渉において、本件協約の有効期限をめぐって議論され、原告は、昭和六〇年一二月二六日に改定の申入れをしているので本件協約八六条により昭和六一年二月二八日が有効期限であると主張し、参加人は、右の申入れは具体的な改定案をともなわないので改定の意思表示と認められず、同年一月二〇日の一次案の提示をもって改定の申込がなされたというべく、まず同年六月三〇日まで本件協約の有効期限は更新され、同日までに新協約が締結されないときは、同年八月三一日が有効期限であると主張した。

なお、参加人が原告に対し、三月一日以降も本件協約を継続的に運用するよう申し入れたのに対し、原告は、本件協約の解釈として有効期限までに新協約が締結されない限り、三月以降は無協約状態になるとの考えを示した。

(6) 昭和六一年二月二〇日、本件協約改定問題に関する第二回目の団交が行われた。この交渉において、本件協約の有効期限に関連し、同年三月以降、原告が組合関係費のチェック・オフを行うか否かに議論が集中し、原告は、前記二月二八日の有効期限までに新協約が締結されない限り三月以降は就業規則及び本件協約の余後効により対応し、労働金庫と契約している財形貯蓄以外の組合関係費についてはチェック・オフできないと表明した。

(7) 同年二月二二日、山田は鶴巻に対し、企業内最低賃金、諸手当てを整理し別表にした書面及び二次案について各条項別に改定理由を付した表を交付し、改定の全容が明らかとなった。

(8) 同月二七日、参加人は原告に対し、今回の原告の本件協約の改定の申込は組合活動を大幅に制限する不当労働行為にあたるので、撤回するよう警告し、併せて、正当な改定内容と時期について協議を求めるのであれば、これに応じる旨伝えた。

(9) 同年三月七日、本件協約改定問題に関する第三回目の団交が行われた。この交渉において、原告は、本件協約は同年二月二八日限り失効したので、三月の組合関係費のチェック・オフは行わないが、事務上の混乱を避けるため、財形貯蓄、ガソリン代等については、チェック・オフを行うと表明した。

(10) 同月一九日、参加人は、原告を被申立人として、原告が参加人に対し、改定案(二次案)を撤回し、本件協約に従った取扱いをすることを主たる救済内容とする不当労働行為救済申立てをした(新労委昭和六一年(不)第二号不当労働行為救済申立事件、以下「本件事件」という))。

(11) 原告は、同月以降、本件協約の失効を理由に、従来行っていたチェック・オフのうち、財形貯蓄、ガソリン代等を除く組合関係費のチェック・オフを廃止した。

4  救済命令の成立(争いのない事実)

被告は、本件事件について、昭和六三年四月七日付けで別紙(略)のとおりの主文の救済命令を発した(以下「本件命令」という)。

二  争点

本件の争点は、本件命令の違法性の有無である。この点につき、原告は、チェック・オフを含む便宜供与は、労使の合意した協約の定める存続期間の満了により消滅したものであるから、右便宜供与を廃止しても不当労働行為の成立する余地はなく、また、原告には不当労働行為の意思は存在しないから、本件命令には事実誤認及び法律判断の誤りがあり違法であると主張し、被告は、本件協約の継続的運用を図る等の措置を講ぜず、参加人が本件協約に基づいて受けていた各種便宜供与等を失わせた原告の行為は、前後の事情から労働協約改定過程における労使の実質的対等を侵害する支配介入にあたると主張する。

第三判断

一  事案の概要記載の事実を前提に、以下検討する。

1  本件協約は、原告から昭和六〇年一二月二六日に改定の意思表示があり、かつ、昭和六一年二月二八日までに原告と参加人との間で新協約が締結されなかったため、本件協約八六条により、その有効期限が到来し失効した。その結果、参加人が本件協約上原告に対し有していたチェック・オフを含む便宜供与を受ける私法上の権利は消滅したというべきである。

労働協約の改定を申し込むか否か及び新労働協約を締結するか否かは原則として労使双方の自由であり、使用者申込みにかかる改定案が右便宜供与の廃止等労働組合の既得権を侵害すると判断される内容を有する場合であっても、そのことから直ちに右改定の申込が不当労働行為と判断されるものともいえず、原告が参加人に対し、右便宜供与を規定する条項を削除する内容の改定を申し込んではならない義務、あるいは労働協約の失効にあたり右便宜供与を規定する条項を含む新労働協約を締結しなければならない義務は当然にはないと解される。

したがって、本件の場合においても、一方で、右便宜供与を受ける私法上の権利の消滅は、労使の合意により成立した本件協約の有効期限及び改定に関する定めに従い、一定の時の経過によってもたらされたものであり、その意味では労使双方の合意の下に右権利は消滅したものであると評価することが可能であるとともに、他方、原告の改定申込みが右権利の消滅の契機になったことのみをもって、直ちに使用者たる原告の意思表示や行為の効果として右権利の消滅がもたらされたものとして、それが不当労働行為にあたると判断することも許されないというべきである。

2  しかしながら、そもそも、不当労働行為としての支配介入は、外形上労働組合の結成、運営等を支配し、又はこれに介入するものであって、客観的にみて組合の団結権を侵害する危険性を有する行為により成立するものであり、使用者が労働組合を弱体化する意図の下に、労働協約の継続を拒否し(あるいは、拒否したと同等に評価しうる事実状態をつくり出し)たうえ、これにしゃ口して各種便宜供与を打ち切ったと認められる等の事情がある場合には、右行為が、形式的には労使の自治、労働協約締結の自由の範囲に属する行為であっても、組合の団結権を侵害する危険性を有する行為に該当すると認められるから、このような場合には、例外的に不当労働行為が成立すると解される。

3  そして、右第二で認定した事実によれば、本件においては、<1>本件協約改定交渉の経緯として、一次案が参加人に提示されてから本件協約の有効期限の昭和六一年二月二八日までの日数は三九日、二次案提示からは三五日しかなく、改定の意思表示から右一次案提示までの間は参加人に対して具体的な改定内容は全く知らされていなかったことからして、参加人が右の残された期間内に原告と協議を遂げることは困難であり、現実に右有効期限までの間に参加人と原告との間では団交は二回しか行われず、参加人が協議を尽くすのは困難であるとして、一回目の団交のときから右有効期限後も本件協約の継続的運用をするよう求めたのに対し、原告は右有効期限後は本件協約は失効したとして組合関係費のチェック・オフを行わなかったこと、<2>二次案と本件協約を対比してみると、二次案はその債務的部分についてチェック・オフの廃止等、客観的に組合活動の制限と評価される改定を多く含み、長年にわたり参加人の存立と活動の基盤となっていた、いわば既得権の部分を侵害する内容となっているものと判断せざるをえず、参加人にしてみると十分な協議なくしては到底承諾しえない内容であったこと、<3>他方、原告にとって、長年にわたって原告が実施してきたチェック・オフの廃止をはじめ、二次案に示された改定を実施することの合理的事情、必要性及び緊急性は本件全証拠を検討するも、認めることができないこと、<4>改定申込み前の労使関係をみると、参加人と原告との間で、退職金規定の改定、労使協議会の設置、年末一時金の査定配分率の変更等をめぐって対立があり、参加人が二度にわたり、不当労働行為救済申立てに及んだだけでなく、いずれの懸案事項も参加人の強力な抵抗にあって原告の思惑どおり実現しなかったこと、などの事情が認められ、これらの事実によれば、原告は、本件協約の失効により無協約状態となることを利用して、参加人が本件協約に基づき享受していた各種の便宜供与を失わせて参加人の団結及び交渉力を弱めることを意図して、あえて、参加人において承諾することが困難な内容であるばかりか、協議をする時間的余裕もない方法によって、本件協約の改定を申し込み、本件協約を失効させるに至らしめたか、あるいは、少なくとも本件協約改定の申込みをすれば無協約状態に至ることを十分認識しながら、参加人が本件協約に基づき享受していた各種の便宜供与を失わせて参加人の団結権及び交渉力を弱めることを意図して、改定の申込みを行い、その後あえて無協約状態を回避する措置をとらず、本件協約の失効後には組合関係費のチェック・オフを打切るなどの一連の行為に及んだと認められ、いずれにしても原告のかかる行為は右2で述べたとおり支配介入にあたることは否定しえないというべきである。

4  したがって、被告が右と同旨の判断のもとに本件命令を発したのは正当であり、右命令には、その処分内容上も違法な点が認められない。

二  以上のとおり、本件命令の取消しを求める原告の本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官 吉崎直彌 裁判官 定塚誠 裁判官 鈴木信行)

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