新潟地方裁判所新発田支部 昭和37年(ワ)33号 判決 1962年9月15日
原告 岩村平治
被告 東光商事株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
本件につき、昭和三七年五月二二日当裁判所がなした強制執行停止決定はこれを取消す。
この判決は前項に限り仮に執行することができる。
事実
原告は、被告が訴外五十嵐勝三に対する新潟地方法務局所属公証人平石林作成の昭和三六年(乙)第二八号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基き昭和三七年五月一六日別紙目録<省略>第一記載の物件についてなした強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として、被告は訴外五十嵐勝三に対する右公正証書の執行力ある正本に基き昭和三七年五月一六日同訴外人方において別紙目録第一記載の物件の差押をなした。
しかし、右物件は原告が昭和三六年一二月二日同訴外人から買受け即日その引渡を受けてその所有権を取得し、次いで同日同訴外人に対し賃貸し、同訴外人が賃借使用中のものであつて、同訴外人に対する右債務名義に基き差押を受くべき筋合いではないからその強制執行の排除を求めるため本訴請求に及んだ旨陳述した。<証拠省略>
被告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実のうち、被告が訴外五十嵐勝三に対する原告主張の債務名義に基き昭和三七年五月一六日別紙目録第一記載の物件の差押をなした事実はこれを認めるが、その余の原告の主張事実はすべてこれを否認する。原告の主張する売買および賃貸借契約によるとその目的物件は耕耘機その他農家の必需品たる農機具、乳牛ならびに家財道具一切であり、かような物件を僅か金一〇万円で売渡すはずはなくひつきよう同訴外人が被告からの差押を免れるためになしたものに過ぎないものと察せられる旨陳述た。<証拠省略>
理由
被告が訴外五十嵐勝三に対する原告主張の債務名義に基き、昭和三七年五月一六日同訴外人方において別紙目録第一記載の物件の差押をなした事実は当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一、二号証に証人家塚郁雄、同五十嵐勝三の各証言を綜合すると
(一) 訴外五十嵐勝三は多額の借財を負い無尽講によつてその弁済に努力したが、なお不足であつたので昭和三六年一二月二日原告から全一〇万円を借り入れるにあたり、自己所有の農機具、家財道具類等のほとんど全部である別紙目録第二記載の物件(同目録第一記載の差押物件を合む)を原告に買戻約款付で代金を全一〇万円として売渡し、同時に同訴外人において原告からこれを賃料一ケ月金一、〇〇〇円の割合で賃借する旨の契約を締結し、右物件の所有権を原告に移転したが、同訴外人において引続きこれを占有使用しており、結局原告は右物件の所有権を取得したとはいうものの、みずからこれを使用したことがなく、またその賃料と称するものも右物件の価額、利用価値等を基準として定めたものでなく、原告から同訴外人の受取つた右の金一〇万円を基礎としてその利息に相当する額(年一割二分の割合にあたることは計数上明らかである)を算出して定められたものであつて、その実質は賃料ではなく利息であるとみられること
(二) 別紙目録第二記載の物件は同訴外人の農機具、家財道具類のほとんど全部であつて、これがなくては同訴外人は生活していくことができない関係から、原告から受取つて金一〇万円を必ず返す決意をもつて努力しており、右物件を原告に引渡す考えのみられないこと
(三) 右物件の価額はそのうちの目星しいもの数点だけでも優に金一〇万円を超え、その全部では少なく見積つても原告の出捐した金額の数倍を超える額となるものとみられること
(四) 他面本件差押債権は遅延損害金、強制執行手続費用等を含めても金三万円余の小額であり、また本件差押物件の見積価額も金三三、〇〇〇円に過ぎないこと
等の事実を認定することができ、他に右認定に牴触する証拠はない。
そこで、以上の各事実に基いて考えてみると、原告は訴外五十嵐勝三に貸した金一〇万円についてその経済的価値を確保することを目的とし、これを確実に回収する手段として別紙目録第二記載の物件の所有権を取得したいわゆる売渡担保または譲渡担保であるというべきであるから、その目的とするところの原告が出捐した金一〇万円の経済的価値をはるかに超え、その数倍もの物件を確保しながら、その物件のうち僅か二点でその見積価額も金三三、〇〇〇円に過ぎない物件を差押えただけで、何等原告の出捐した金銭的価値の回収に支障を来す虞れのない被告の強制執行に対し異議を称えその排除を求めるが如きは権利の乱用というべく、到底正当な権利の行使としてこれを容認するわけにはいかない。
よつて、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却するものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の取消およびその仮執行の宣言につき同法第五六〇条、第五四九条第四項、第五四八条第一、二項を各適用し、主文のように判決する。
(裁判官 小笠原肇)