新潟地方裁判所村上支部 昭和46年(ワ)29号 判決 1974年10月24日
原告
斉藤武雄
ほか一名
被告
三宅博
ほか一名
主文
被告らは各自、原告両名に対しそれぞれ金一八六万四、六六九円とこれに対する昭和四五年七月九日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告ら)
1 被告らは各自、原告両名に対しそれぞれ金七五〇万円とこれに対する昭和四五年七月九日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
(被告ら)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
(原告らの請求原因)
一 死亡交通事故の発生
とき 昭和四五年七月八日午前二時過ぎころ
ところ 村上市大字山辺里字茶屋前二一一三番地の一先国道七号線路上
事故車 普通乗用自動車(新五ひ七六―二六号)
右運転者 訴外三宅志郎
被害者 訴外亡斉藤新一
事故態様 衝突後事故車車体下部に被害者をまき込んだまま同市大字八日市字砂山一六〇番地の一八〇先まで約一一・五キロメートル路上を引き摺つて走行し、被害者は外傷性シヨツクにより死亡した。
二 権利承継関係
相続 原告斉藤武雄は亡斉藤新一の父、原告斉藤さきは同人の母であるから、それぞれ同人の権利を二分の一宛相続した。
三 帰責事由
根拠 被告三宅博 自賠法三条
被告冨樫和嘉 民法七〇九条
事由 被告三宅博は事故車を所有し、これを自己のために運行の用に供しているものである。
被告冨樫和嘉は本件事故の際事故車の助手席に同乗し、事故車前部が被害者に衝突したことに気付きながら、前記運転者と意を通じてそのまま事故車を走行させた結果被害者を死亡するに至らしめたものである。
四 損害
(一) 亡新一の得べかりし利益の損失
損失額 金二、〇七四万八、二三四円
右算出の根拠として特記すべきものは左のとおり。
1 年令 二〇歳(昭和二四年一一月三〇日生)
2 職業 山形相互銀行株式会社行員(昭和四三年三月高校卒業、同年四月同行へ就職)
3 実年収 別表記載のとおり。なお、同行では満五四歳をもつて定年とされておるから就労年限を亡新一が満五四歳に達するまでとし、扶養家族は概ね満二七歳で妻帯し、満二九歳で子一人を、満三二歳で子二人を、満三六歳で子三人をもうけるものとしてこれにより、標準職位については同行本店及び支店の一般の例から満三三歳で次長代理に、満三八歳で次長に、満四五歳で店長の職に就くものとして右職位に対応する役付給を受けるものとし、生活補助給は外勤に対する渉外手当及び家族手当を含むもので渉外手当は同行の場合三二歳まで支給されるものであるからこれに従い、同表中「その他」とは本俸から基本給を控除したものであり、賞与金は同行の場合毎年六月と一二月に本俸一カ月分の二・五倍ないし三倍の割合で支給されていたので、当年本俸一カ月分の五倍(二・五倍の二回分)の金額を計上し、生活費については昭和四三年全国全世帯平均家計調査報告(総理府統計局昭和四三年一二月)を参考にして月収一〇万円以下の場合は月額一万六、〇〇〇円と、月収一〇万円を越える場合は月額二万円とした。
かくして、右年度毎の得べかりし利益額につき年五分の割合による中間利息をホフマン方式により控除した結果、その金額は同表右端欄記載のとおりとなる。
4 退職金 同行では就業規則退職金規定により定年の際の本俸月額の四五・二倍の退職金が支給されることとなつているので、前記五四歳の本俸一〇万六、八五〇円の四五・二倍たる四八二万九、六二〇円から三四年間の年五分の割合による中間利息をホフマン方式により控除すると、その残額は一七八万六、九五九円となる。
(二) 亡新一の死亡による慰藉料
請求額 各原告につきそれぞれ金二〇〇万円
右算出の根拠として特記すべきものは左のとおり。
1 亡新一は前記山形相互銀行株式会社における勤務成績も良好で、将来を嘱望されていた。
2 原告らはその一人息子である新一を手塩にかけて養育し、その将来を楽しみにしていた。
3 亡新一の死は前記のとおり、事故車に引き摺られて五体の原形をとどめない悲惨な形となつた。
4 これらによる原告らの精神的苦痛は筆舌に尽し難いものである。
五 損害のてん補
原告らは本件事故につき自賠責保険金をそれぞれ二五〇万円宛(合計五〇〇万円)受領した。
六 本訴請求額
よつて、原告らは亡新一の得べかりし利益の二分の一の金額と前記各慰藉料の合計額たるそれぞれ金一、二三七万四、一一七円のうちの各金一、〇〇〇万円から前記自賠責保険金額を控除した残額各金七五〇万円とこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四五年七月九日から右各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを被告らに請求する。
(被告三宅博の答弁および主張)
一 請求原因一記載の事実中、事故態様のうち「外傷性シヨツクにより死亡させた」とある部分を否認し、その余は認める。
被害者亡斉藤新一は、酔余事故の前日たる七月七日の午後一一時過ぎころ事故現場道路上に横臥していたものである。事故車が右現場を通過したのがその翌日たる七月八日の午前二時過ぎころである。しかも右道路は夜間でも自動車等の往来のはげしい国道七号線である。従つて、事故車が被害者に衝突する以前に被害者は他の自動車により既に轢過され死亡していたものと考えられる。つまり事故車の衝突と被害者の死亡との間には因果関係が存しないものである。
二 同二記載の事実は認める。
三 同三記載の事実中、被告三宅博に関する部分は認める。
四 同四記載の事実は不知。
五 同五記載の事実は認める。
六 本件事故は、先に述べたとおり被害者斉藤新一が酔余交通量の多い村祭のあつた後の深夜の国道七号線路上に横臥していたことにより発生したものであり、被害者の過失が極めて大きい事案である。それにひきかえ、事故車運転者三宅志郎としては、衝突現場が事故車の進行方向に向つて昇り坂になつていてそれを過ぎた下り坂附近に当り、前照灯を点灯していても、被害者が進路上に横臥している状態を事前に発見することは困難(死角)な状況にあつたものであり、もとより深夜交通量の多い国道七号線路上であつてみれば、そこに人が寝そべつているなど予想だにしなかつたことであるから、三宅志郎の過失は極めて軽少なものである。されば、損害額の算定のうえで、右被害者の重大な過失が充分斟酌されるべきである。
(被告冨樫和嘉の答弁および主張)
一 請求原因一記載の事実中、被害者が「事故車にひき摺られたことにより外傷性シヨツク死した」との点を否認し、その余は認める。
二 同二記載の事実は認める。
三 同三記載の事実中、被告冨樫和嘉に関する部分のうち、同被告が事故車助手席に同乗していたことのみ認め、その余は否認する。
同被告は、原告主張の衝突時たる昭和四五年七月八日午前二時過ぎころ事故現場へ至り衝突するまで、事故車助手席で仮眠していたものであるところ、被害者斉藤新一は、同所で同日午前〇時ころ既に他車に衝突されて死亡していたものである。しかも、事故車が被害者に衝突した後、被害者をその車体下部にまき込んでひき摺つたまま走行していることは全然認識していなかつたものであり、同被告に過失はない。
四 同四記載の事実は不知。
五 同五記載の事実は認める。
六 仮りに、被告冨樫和嘉に何がしかの帰責事由が存するとしても、本件事故は、被害者が、泥酔に近い状態でその前日である七月七日午後一一時ころから交通量の多い国道七号線の事故現場路上に横臥していたことによるものであるから、その過失は極めて大きく、損害額の算定のうえで少くとも八〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。
(証拠関係)〔略〕
理由
一 請求原因一記載の事実中、被害者の死因の点を除くその余の部分は当事者間に争いがない。
〔証拠略〕を総合して考察すると、原告ら主張の日時場所において、事故車が路上に横たわつている被害者を轢過してその下部にこれをまき込み、そのまま約一二・四五キロメートル走行して村上市大字八日市字砂山一六六の七八番地先の路上まで至つたところ、被害者が死亡していたものであること、医師の死体検案の結果によれば、死因は轢過による外傷性シヨツク死と診断されていることが認められる。被告らは、事故車が被害者に衝突する以前に、被害者は他車に衝突されて既に死亡していたものである旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。却つて〔証拠略〕を総合すると、被害者の上司である山形銀行村上支店長代理訴外加藤喜一(三五歳)が事故の前日たる七月七日の午後家族と共に村上市の祭礼の見物に出かけ、それを終えて同市村上三四九番地の自宅へ帰宅し、同日午後九時三〇分ころ就寝しようとしていたところへ被害者が訪ねてきたので同日午後一一時ころまでビール等を提供してもてなし、同日午後一一時二〇分過ぎころ右加藤方の近くの路上で被害者と別れていること、同日午後一一時四〇分ころ前記事故現場から程遠からぬ同市大字村上字上片町六三四番地美容業渡辺志津(四三歳)が、同所前路上を素足で着衣を乱して往き来していた被害者を目撃していること、その翌日(事故当日)たる七月八日午前一時ころ同町六三一番地訴外大竹をさい(五〇歳)が同人方前の道路向い側端附近の街灯の下(前記渡辺志津の目撃した場所のすぐ近くの路上)に寝そべつている被害者を目撃していること、同日午前一時一〇分ころ同女の夫訴外大竹清も被害者が依然として前同所に横臥している姿を現認していること、同日午前二時一〇分ころ村上タクシー運転手訴外近藤友二(三九才)が営業車を運転して新潟市方向から秋田市方向に向け(北進)国道七号線の事故現場を通過した際、被害者が対向車線路上に頭部を北に向けて仰向けに寝ているのを現認していること、更に右近藤友二が所用を終えて約二〇分後に現場に引き返して来たときは、被害者の姿はそこになかつたこと、が認められる。
以上認定の諸事実を総合すると、被害者は事故現場路上に横臥しているところを事故車に轢過され、引き摺られた結果死亡したものと認めるのが相当であり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
二 請求原因二記載の事実は当事者間に争いがない。
三 同三記載の事実中被告三宅博に関する部分は当事者間に争いがない。
そこで、被告冨樫和嘉の過失について審究する。〔証拠略〕を総合すると、事故車は事故の前日である七月七日午後一一時ごろ同被告、訴外亡三宅志郎、訴外板垣スイ子外一名(女子)が乗車し、右板垣スイ子(無免許)の運転により新潟県岩船郡朝日村大字北大平二一五番地一附近道路を走行中、同女が運転を誤つて道路脇の建物のセメントにその右前部を衝突させ、そのため事故車の右前フエンダ、バンバに損傷を来し、更に車体の下部に鉄パイプ様のものがはずれてぶら下り、運転操作もクラツチに機能障害を来たしたため変速することができないばかりか、走行すれば、押しつけられた右前フエンダーがタイヤをこする音がする有様になつたのを、自動車運転免許を有する被告冨樫和嘉において現認していること、右物損事故の後、三宅志郎の運転で前記女子二名をその自宅に送りとどけた後、村上市に向つて(南進)前記状態のまま走行し、事故現場に至つたこと、被告冨樫和嘉は事故現場の可成り手前から事故車助手席でうとうとしていたところ、「ゴトン」という音と共に助手席の下部あたりで、何かに乗り上げたような衝撃を感じると同時に運転者三宅志郎が「ひいた」と叫んだので、とつさに目を覚まし、人をひいたのだと直感して事故車後部のガラス窓越しに後方を見たところ、後続車の前照灯が見え、三宅志郎において「逃げる」と言い、同被告も逃げきれるものと判断して、これに同調して「おお」と応答し、後続車に追尾されるのを妨げるために一旦停止することもなくそのまま進行し、被告冨樫和嘉において間もなく右折を指示し、同市上片町方向へ進行させ、その後逃走に最も好都合な道路を同被告と三宅志郎両名がす早く決定して、前に認定した同市大字八日市字砂山一六六の七八番地附近道路に到達したこと、同所は砂利道でしかも事故車の進路上に砂利が積んであつて通行できないため、三宅志郎において事故車を停止させ、方向を転換してひき返すべく一旦後退して停止したところ、事故車の前照灯の照射内に人の横たわつている姿が三宅志郎の視野に入り、驚きの余り同人において「アアツ」と声を発し、同被告も前方を見て初めてこれに気付き、被害者を前記轢過地点から同所までひき摺つて来たことを直感し、恐ろしさの余り、両名とも同所に被害者を放置して三宅志郎の自宅まで事故車で逃げ帰つたこと、が認められる。被告冨樫和嘉本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして当裁判所はこれを措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実からすると、事故車が、被害者を轢過する以前に車体下部に損傷を来しているものであるから、被害者を轢過した後停止することなく走行を続ければ、その着衣等が車体下部にからまり、そのまま被害者をひき摺る状態になり、果てはそのために被害者の死を招くことのあり得ることを被告冨樫においても予見し、必ず直ちに停止して救護の措置を講ずべき注意義務があつたのに拘らず、これを怠り、運転者三宅志郎と共同して、そのまま事故車を走行させた過失により、被害者を車体下部にまき込んでひき摺り、死亡するに至らしめたものと認めるのが相当である。
されば、被告冨樫和嘉も被告三宅博と共に本件事故による損害を賠償すべき義務があるものといわざるを得ない。
四 進んで損害の点について審究する。
(一) 亡新一の得べかりし利益の損失
認定額 金一、三四五万八、六七七円
右算定の根拠として特記すべきものは、〔証拠略〕を総合して認められる左の諸事実である。
1 年令 二〇才(昭和二四年一一月三〇日生)
2 職業 山形相互銀行株式会社行員(昭和四三年三月高等学校卒業、同年四月同行へ就職)
3 実年収 原告ら主張の年収額から生活費としてその二分の一を控除した残額たる年毎の得べかりし利益額につき年五分の割合による中間利息をホフマン方式により控除して得た金額を集計。
4 退職金 原告ら主張の金額から既に支給されている金一〇万円を控除。
(一) 亡新一の死亡による慰藉料
認定額 各原告につきそれぞれ金二〇〇万円
右算定の根拠として特記すべきものは、〔証拠略〕によつて認められる原告ら主張の事実と、前に認定した本件事故の態様。
五 先に認定した本件事故の情況から、被害者新一においても、深夜酔余、車両の往来の少くない国道上に横臥し、自ら事故発生の危険を招いた重大な過失をおかし、これが本件事故の発生に寄与していることは明らかである。よつて、民法七二二条により、右に認定した損害総額につき、その五〇パーセントを減額する。
六 原告らが本件事故につき自賠責保険金からそれぞれ金二五〇万円を受領していることは当事者間に争いがないから、原告らの各損害額(相続により二分の一宛承継した分を含む。)からそれぞれ右金額を控除すると、残存損害額は両原告につきそれぞれ金一八六万四、六六九円となる。
七 されば被告らは各自原告両名に対し、右各残存損害金とこれに対する本件不法行為の日の翌日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、原告らの本訴請求は、右の範囲において理由があり、その余は理由がないから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中村行雄)
別表
<省略>