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新潟地方裁判所長岡支部 平成10年(ワ)111号 判決 2001年2月01日

新潟県<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

金口忠司

東京都中央区<以下省略>

被告

明治物産株式会社

同代表者代表取締役

前橋市<以下省略>

被告

Y1

被告2名訴訟代理人弁護士

飯塚孝

荒木理江

松尾公善

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,各自3514万8225円及びこれに対する平成9年7月23日から完済に至るまで,年五分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,訴外B(以下「B」という。)の紹介で,被告明治物産株式会社(以下「被告会社」という。)との間で商品先物取引委託契約を締結し,平成8年3月14日から同9年7月23日にかけて,東京ゴム等の商品先物取引を行ったところ,被告会社及び被告Y1(以下「被告Y1」という。)を含む被告会社従業員は,途中までは原告の代理人でもないBから取引を受託して原告の計算で取引し,途中からは原告本人に断定的判断を提供して一任売買をさせ,さらには架空名義まで使って原告の計算で無断売買するなどの一連の不法行為を行い,委託証拠金名下の出捐金3194万8225円相当額の損害を被ったとして,被告らに対し,民法709条,719条,715条に基づき,上記損害及び弁護士費用320万円の賠償,さらには最終取引日である平成9年7月23日からの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

2  争いのない事実等

以下の各事実は,以下証拠を摘示した事実はそれらの証拠によりこれを認め,その余の事実は当事者間に争いがない。

(1)  当事者

ア 原告は,昭和24年○月○日生まれで,「a」の名称で個人で自動車板金・塗装・販売・修理業を営む者である。

イ 被告会社は,東京工業品取引所,東京穀物商品取引所等の商品取引員で,商品取引市場における売買・取引の受託等の業務を行っている会社であり,被告Y1は,後述する本件取引当時から現在に至るまで被告会社前橋支店に勤務する外務員である。

(2)  原告名義取引の概要

ア 平成8年3月14日から同9年7月23日までの間,被告会社前橋支店において原告名義で別紙1売買明細表(以下「売買明細表」という。)記載のとおりの商品先物取引(以下「本件取引」という。)が行われた(甲3ないし6)。また,被告会社の記録によれば,平成8年3月14日から同9年7月24日までの間,本件取引に関して原告名義で被告会社に預託された金額及び被告会社から返還を受けたとされている金額は,別紙2「X名義口座現金入出金明細表」(以下「入出金明細表」という。)記載のとおりである(甲9ないし11)。

イ 別紙1売買明細表によれば,本件取引による最終的な差引損益は合計で2831万1543円の損となり,別紙2入出金明細表によれば,原告名義の被告会社への預託金と被告会社からの返還金の差額は,右損金相当額に一致する。

3  原告の主張

【取引の経緯について】

(1) 平成8年3月ころ,Bが原告が営む「a」の事務所(以下「原告事務所」という。)を訪れ,同人から原告は先物取引は儲かると言われて被告会社の存在を知らされた。そして,原告は訴外b農業協同組合(以下「b農協」という。なお,現在は合併により○○農業協同組合b支所となっている。甲31の3)から2000万円を借金して内1000万円をBに渡して,被告会社への最初の注文のみをBに依頼した。

(2) 同月14日,Bから原告に「東京ゴムを30枚買った」との連絡があり,その後一度被告Y1から電話で挨拶があり後日原告宅を訪れるとのことであったが被告Y1は原告宅を訪れなかった。原告は,取引がどうなっているのか心配だったので被告会社に電話して尋ねたが相場の話をいろいろされるだけで原告には理解ができなかった。また,被告会社との委託契約書をBに請求したが,Bからこれを入手することはできず,原告は契約書は特に必要がないのかと思い,それ以上請求することはなかった。

しかし,本件訴訟提起に当たり入手した約諾書・通知書の写し(甲2)を見ると,その原告名義の署名・押印は原告のものではなく偽造であり,また,右約諾書・通知書の写しの中の「代理人を定めた場合の代理人の氏名」欄にはBの記載がないことからしても,被告Y1は原告本人ではなくBを相手に口頭で委託契約を締結していることが分かった。

(3) その後も被告会社から連絡がなく,被告会社からの郵便物も全く届かなかったため不安になり,Bに尋ねたところ,自分は知らないとのことであった。同年6月ころになって被告Y1が原告事務所を訪れ,追証拠金300万円を原告に請求し原告はこれを払った。その際被告Y1は,「今後は一切任せて欲しい。とてもXさんやBさんでは儲けられない,今後は絶対に損させないから信じて下さい」と言われたので,原告は本件取引を被告Y1に任せた。

(4) 原告は,被告Y1ら被告会社担当者に言われるままに同人らに払った金額も多額になっていたため,同年9月ころに被告Y1に尋ねたところ,「Xさんの建玉は塩漬け状態,完全両建になっていて動かせない。」と言われたが,意味が分からず,Bに聞いたところ,「両建玉になっているなら,ほっておくしかない」と言われ,全然意味が分からず,仕事も忙しくやむを得ずしばらくほっておいた。

(5) 平成9年4月下旬ころ,あまりに心配になり,被告Y1に電話して取引明細のような書面を送ってもらったところ,その時点で決済しても一円も戻ってこないどころか,反対にさらに150万円を払わなければならないという内容で,大変驚き,やむを得ず被告Y1に連絡して150万円を払って全部処分してもらったら,その2日後ころに177万1101円だけが原告に返金された。

(6) 同年5月21日,被告Y1が銘柄不明の注文を勝手に行い,「『C』という名前で建玉したから230万円払ってくれ。」と言われ,原告はこの時点でも相場について何も説明を受けていなかったので何も言えず言われるままにその金員を支払った。

(7) 同年6月ころ,被告Y1が原告宅に来訪し,「今度こそ絶対に儲けさせますから,是非とも一任(取引)させて頂きたい。」と言われ,その時点では既に被告会社に支払わされた委託証拠金等のための借金が膨大な金額となっていたため,原告は,「二度としたくないし,借金ばかり残って首が回らない状態だ。」と言って断ったが,あまりに執拗に被告Y1が勧誘し,「負け分を取り返すため」と言うので,原告は絶対に損はさせないという約束ならと,被告Y1に一任した。

(8) その後何日かして,被告Y1が,「注文が成立したから集金に行くから」と電話してきたが,原告は内容を聞いても分からないので,言われるままにその日の午後7時ころ,原告事務所で被告Y1に120万5173円を渡した。同月19日にも,「2回目の注文が成立した」とのことで,402万円を支払い,同年7月4日にも,「絶対に儲けさせる」との言葉を信じて言われるままに200万円を支払った。

(9) ところが,結局損が出たとのことで,同月24日に120万3937円だけ原告に返金されて,本件取引は終了とされた。

【被告らの責任について】

(1) 原告には先物取引等の相場の経験も知識もなく,先物取引は専門的知識・経験が必要で危険性が高いのであるから,被告らは,その専門家として,委託者たる原告本人に,勧誘,委託契約締結,個々の取引のいずれの場合でも,先物取引は危険性が高いこと,取引の仕組みや実態を完全に認識・理解させるだけの重要事項の告知をする義務があった。

(2) にもかかわらず,被告会社及び被告Y1を含む被告会社従業員は,平成8年3月14日から同9年7月23日にかけての本件取引につき,各自役割を分担の上共謀し,前記のとおり,代理人でもないBを相手に口頭の委託契約を締結し,その後の個々の取引も途中までBから受託して原告の計算で取り引きしたり,その後も原告本人にも,「絶対に損させない。」「絶対に儲けさせる。」との断定的判断提供の下に一任売買をさせたり,違法な両建取引を勧誘してこれを行わせたり,さらには,勝手に架空名義まで使って原告の計算で無断売買するなど一連の不法行為により,原告に損害を被らせた。また,原告名義取引の期間は約1年4か月でしかないのに,別紙1売買明細表記載のとおり,売買回数が146回,差引損金合計額が2831万1543円にも達し,その内容も委託手数料が1136万4800円で差引損金合計額の約4割にも達しているのであるから,過当取引の違法があることも明らかである。

(3) よって,原告は被告らに対して,民法709条及び719条に基づき(被告会社については選択的に715条),上記不法行為によって原告が被った損害の賠償を求める。

【損害について】

(1) 原告名義取引(本件取引)による損害

原告は被告会社から,原告名義取引につき,委託証拠金名下に合計3262万3263円を支払わされ,内297万5038円の返還を受けたので,差引残金2964万8225円相当額の損害を被った。

なお,別紙2入出金明細表出金欄記載の出金の内,平成8年4月11日の50万円,同年7月1日の15万3565円及び同年8月1日の68万3117円の返金は実際にはなされていない。

(2) C名義の取引による損害

前記のとおり,原告はC名義の取引に関して230万円の出捐を行い,右相当額の損害を被った。

(3) 弁護士費用

原告は,本件損害賠償請求訴訟事件を本件訴訟代理人に依頼し,弁護士会所定の弁護士費用を支払うことを約したが,その内320万円は本件不法行為者である被告らの負担とするのが相当である。

(4) まとめ

以上合計すると3514万8225円となり,さらに被告らは,これに対する最終不法行為日たる本件取引の最終取引日である平成9年7月23日から完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負う。

4  被告らの主張

【取引の経緯について】

(1) 平成7年12月10日ころ,Bから被告会社前橋支店に電話があったときにたまたま被告Y1が電話をとったところ,Bが今商品取引をやっているが,被告会社前橋支店で取引をしたいので新潟まで来てくれと言われて,その約一週間後に被告Y1がBに面会に行った。これが被告Y1とBとの最初の出会いであった。被告Y1は,Bが指定する新潟県<以下省略>所在の株式会社c(以下「c社」という。)を訪問し,約諾書及び通知書にBの署名捺印を得て,以後被告Y1を介して被告会社前橋支店とBとの間でB名義での先物取引が開始された。

(2) その後,平成8年3月ころになって,被告Y1はBから,原告に頼まれて原告口座を開設して取引をするという話を聞き,被告会社前橋支店に原告名義の口座を開設した。

その際,原告名義口座に関する約諾書及び通知書は,当初はBが署名捺印して被告会社に提出されたが(乙1),被告会社の社内チェックで筆跡がBと同じであったため差替えが必要となった。そこで,被告Y1がBに相談したところ,同人からは,原告の内諾を得ているので誰か適当な人間に代筆してもらうよう指示を受けたので,被告Y1は,被告会社前橋支店の社員に頼んで約諾書に原告の名前を書いてもらい,右約諾書(甲2)が被告会社に提出された。

(3) 本件取引の注文は,最初の注文(東京ゴム30枚買注文)のみならず,その後も平成9年5月13日までは,ずっとBが原告名義口座で被告会社に注文していたものであり,その後は原告本人が直接注文を出すようになった。したがって,別紙1売買明細表で言えば,ゴムの全部ととうもろこしの番号68までの取引並びに小豆の取引はBが注文を出したものであり,とうもろこしの残り,パラジウム及び米国大豆は原告自身が注文を出して取引を行ったものである。

【被告らの責任及び損害について】

(1) 被告会社前橋支店における原告名義口座は,当初,Bの借名口座として開設され,その後平成9年6月からは原告がBと交代して直接被告Y1に注文を出すようになったものである。

(2) Bはすべて自らの意思で直接注文を出し,売買が成立したときは原告名義口座に何枚,B名義口座に何枚というように建玉を振り分けており,被告Y1はBの指示に従って売買注文伝票を起こしていたものである。そして,Bは被告会社前橋支店以外にも,被告会社新潟営業所,訴外北辰物産株式会社(以下「北辰物産」という。)及び訴外豊商事(以下「豊商事」という。)とも取引している商品先物取引の経験者でありかつ大口委託者であって,商品先物取引のシステムを十分承知している者である。したがって,当初の段階ではBが先物取引の内容を十分承知している以上,原告本人との間で敢えて約諾書を交わす必要はないと考えたものである。

(3) なお,仮に当初から原告名義の口座がBの借名口座ではなく原告自らに損益が帰属する取引であったとしても,原告は平成9年5月13日以前はBに取引を全面的に代行させていたものであり,取引に直接関与していた者が商品取引を熟知していた以上,いずれにしても原告が主張するような売買注文上の瑕疵はない。

(4) また,原告は,自ら直接注文を出す以前に,Bに同人が委託証拠金として使用することを承知の上で多額の金銭を貸し付けたり,Bに原告名義を使用して口座を開設し取引を行わせたり,被告会社以外にも他の商品取引員である北辰物産や豊商事においても原告名義口座を開設して取引を行った形跡があることからすれば,自ら直接注文を出す段階においては,商品先物取引の仕組みを十分理解して被告会社と取引を行っていたものである。以上の経緯からして,被告会社としてはその段階において原告自身との間で約諾書を取り交わす必要はないと認めてその取り交わしをしていない。

(5) 被告Y1は当初はB,途中からは原告本人からの注文を受けて取次をしているのであって,被告Y1が無断売買をした事実はない。

(6) 原告がC(被告の記録によれば「C1」,以下「C」という。)名義の口座に委託証拠金として230万円を預託したことは間違いない。被告Y1は,原告から原告の妻に知られないように取引したいと依頼されて,被告Y1が利用していたC名義の口座の使用を原告に認めたものである。

なお,原告は被告Y1に120万5173円を渡したと主張するが(【取引の経緯について】(8)),別紙2入出金明細表の平成9年6月9日入金欄記載の右金員は,C名義の上記230万円の委託証拠金から出金し,原告名義口座の委託証拠金として現金入金したものである。

(7) 被告会社前橋支店における原告名義口座における取引は別紙1売買明細表記載のとおりであり,同表記載の差引損金合計2831万1543円については,別紙2入出金明細表のとおりの入出金があった結果,平成9年7月24日に120万3973円を原告に返還して本件取引及びC名義の口座取引はすべて終了しており,被告会社から原告に対して支払うべき清算金は残っておらず,また,(1)ないし(6)によれば,被告らが原告に対して不法行為責任を負担すべき理由はない。

5  原告の反論

(1)  借名口座に関する被告らの主張に対して

仮に被告らが主張するように,当初原告名義口座がBの借名口座であったとしても,被告会社のそのようなBからの取引受託は,他人名義を使用した受託禁止(受託業務指導基準Ⅰ三(1),甲20の3)に違反する重大な違法があり,Bのその借名口座による取引の損失を原告の計算に帰することは許されない。

(2)  Bによる代行取引であるとの被告らの主張に対して

仮に被告らが主張するとおりであったとしても,商品先物取引においては,その高い危険性にかんがみ,取引の公正を確保し取引の主体と責任の所在を明確にする趣旨で,代理人による取引の受託は原則禁止され,予め書面で代理人の氏名,住所,代理人を定めた理由,代理権の範囲を明確に通知された場合のみ代理人による取引の受託を認めるとされている(受託業務指導基準ⅠⅢ(2),甲20の3,定款140条,甲20の5,受託契約準側4条(1)及び5条(6),甲20の7)。以上によれば,商品先物取引においては代理権の授与は要式行為であると解されるところ,原告は本件取引につき,Bに対して書面で代理権を与えていないこと(甲2,乙1)は明らかであるから,原告自身が自ら注文を出すようになるまでのBによる取引注文は仮にあったとしても無効であり,その損失を原告に帰属させることはできない。

6  争点

(1)  平成9年5月半ばまでの原告名義の本件取引は,原告と被告会社の間の取引なのか,それとも,Bが原告名義口座を借名口座として行った取引なのか。

(2)  仮に右取引が原告自身の取引であるとした場合,その取引注文等はBが原告を代行して行っていたものであるのか否か。

(3)  (1)でも(2)でもなく,Bは単に原告を被告会社に紹介したに過ぎず,取引の主体は原告本人であるとした場合,被告Y1ら被告会社担当者には原告が主張するような無断売買,一任売買等の違法事由が認められるか。

(4)  仮にBが原告を代行して本件取引を行っていたとした場合,右取引の被告会社担当者である被告Y1らに,無断売買一任売買等の違法事由は認められるか。

(5)  原告が直接注文を出すようになったことにつき当事者間に争いがない平成9年5月半ば以降の取引につき,被告会社担当者である被告Y1らの取引勧誘行為等につき原告が主張するような違法事由は認められるか。

(6)  被告らが主張する別紙2入出金明細表出金欄記載の出金は現実になされているか。特に,平成8年4月11日の50万円,同年7月1日の15万3565円及び同年8月1日の68万3117円の返金は実際にはなされているか。

第3争点に対する判断

【平成9年5月13日までの本件取引の実態(争点(1)ないし(4),(6))について】

1  前記認定の「争いのない事実等」と以下摘示する証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  Bは,平成2年ころからレンタルビデオ及びカラオケの店を営んでいる者であるが,平成6年4月13日から被告会社新潟支店に委託して商品先物取引を始め,同年11月18日までの間に差引1億2000万円もの委託証拠金を預託して商品先物取引を行い,右相当額の損失を被っている(甲13の1,証人B,弁論の全趣旨)。

(2)  その後,平成7年12月10日ころ,Bは被告会社前橋支店に電話をかけ,その時に電話に出た被告Y1をBが住む六日町のc社に呼び,被告会社前橋支店にも商品先物取引を委託するようになった。そして,同月25日にまずゴム相場から取引を始め,同日から翌平成8年1月10日までの間に4回にわたり合計1152万円の委託証拠金を預託し,7回にわたって合計280枚のゴムの注文(売り230枚,買い50枚)を出し,同月25日にはいったん手仕舞っている。右一連の取引により,Bは,平成8年1月22日と同月25日の2回にわたり合計2048万1220円の返還を受け,相当額の利益を得ている(乙9,乙24の1の1,乙24の2の1,乙24の3の1,証人B,被告Y1)。

(3)  なお,Bはほぼ同時期の平成7年12月8日から同8年1月23日までの間,豊商事においてもゴムの商品先物取引を行い多額の利益を得ているが,その際,Bは,原告の了解を得ずに,他人である原告の名義を用いて自らの計算で行う取引(以下「借名取引」という。)を豊商事において行っており,右取引開始の際の約諾書・通知書にはBが原告の氏名及び連絡先を記載し,右連絡先はc社内とした。なお,Bは,原告名義の借名取引開始の後,豊商事において自己名義での取引も並行して行っている(乙12の2ないし7,証人B,原告本人)。

(4)  また,Bは,平成8年1月ころから同9年末ころまでの間,被告会社新潟支店において多数回にわたり,D,E,F及びGの4人の名前を用いた借名取引を行っている(証人B,被告ら平成11年4月20日付準備書面添付の売買明細表。なお,右売買明細表の内容について原告は争うことを明らかにしないので弁論の全趣旨により同表記載の取引があったものと認められる。)。

(5)  さらに,Bは,平成8年になってから,被告会社前橋支店においても,同人の妻である訴外H(以下「H」という。)及び当時c社のアルバイト社員であった訴外I(以下「I」という。)の名前を借りてゴムやとうもろこしの商品先物取引を行っている。右各取引の約諾書・通知書はいずれもH及びI自身が記載しているが,売買取引の注文はすべてBから出ており,委託証拠金の入出金もすべてBが行っている(前記被告ら平成11年4月20日付準備書面添付の売買明細表,乙9,被告Y1)。

なお,Bが自己名義口座,H口座及びI口座で,被告会社前橋支店において行った商品先物取引の売買明細は別紙3のとおりであり,各口座の入出金状況は別紙4のとおりである(B名義口座につき乙24ないし26各号証,H及びI各口座につき弁論の全趣旨。別紙4には,同時期に行われた原告名義口座の入出金の内容(別紙2)を並列記載している。)。

ところで,Iは同人名義の取引の委託証拠金60万円をBを通じて自ら支払った旨供述し(甲40),Hも同人名義の取引の委託証拠金150万円を実兄から借りてBを通じて支払った旨供述している(甲41の1)。I及びHが上記のとおり最初は自己資金を投入して取引をおこなった事実は認められるが(Hにつきさらに甲41の2),別紙4の入出金明細表によれば,同表のI名義の入金合計額は968万5139円,H名義の入金合計額は240万円であり,上記各自の出捐額を上回っている。Iが平成8年1月9日にBに頼んで取引をやめてもらったと供述し(甲40),Hも2月20日ころ夫に頼んで取引をやめてもらったと供述している(甲41の1)ことからすれば,I及びHの上記申出による清算後の同人ら名義の取引はすべてBによる借名取引であったと認めるのが相当である(証人J、被告Y1)。

(6)  原告は,Bとは15年以上前からの知り合いであるが,平成7年12月ころ,Bが行っているカラオケの仕事の関係で行き来があった際に,Bが原告事務所に来て,「相場でもうかっている」「すぐに資金が2倍になる」という趣旨の話をした。そこで,原告は,そんなにもうかるなら自分もやってみたいとBに申し向け,その資金として訴外株式会社d銀行e支店(以下「d銀行」という。)から,平成7年12月14日に2000万円を手形借入れし現金の状態で自宅に保管しておいたが,翌平成8年1月16日ころ,Bが来て仕事の資金で1000万円貸してくれと言われたので,右2000万円の内から1000万円をBに貸し付けた(甲19,31の1,31の2,33,34の1・2,原告本人)。

(7)  同年3月12日の夜,Bが原告事務所に来て,被告会社を通じての先物取引の話をし始め,前年12月同様,すぐに資金が2倍になるという話をするので,原告は取引をすることに決め,前年12月にd銀行から借りた金の残金1000万円を投資用資金としてその場でBに預けた。なお,Bは,原告に本件取引を勧めるに当たり,平成8年3月11日及び同月12日に原告への説明資料ということで被告Y1から送信させた先物取引の資料(甲27の1ないし5)を渡して説明をし,先物取引はもうかるとの説得材料としている(証人B,被告Y1,原告本人,甲19,甲31の1)。

(8)  ところで,原告は,1000万円をBに預けた後,Bから仕事の資金として2000万円の借金を申し込まれた。原告としては,前記のとおり既に1000万円を貸していたが,先物取引の資金として1000万円をBに預けておりその取引で利益を出すためには同人の協力が必要であると考えていたことから断り切れずこれに応じた。原告は,平成7年7月24日にb農協から2000万円を借金して友人である訴外K(以下「K」という。)に貸していた金員を同8年3月14日に返してもらい,同月15日にこれをBが経営する会社が振り出した額面2000万円の手形及び借用書と引き換えにBに交付した。この2000万円の貸付金については,平成9年4月5日,前記1000万円を加えた3000万円について改めて借用証書を作成して同年6月30日から毎月末日までに35万円ずつ分割して返済することとされた。この返済は,遅延等がありながらも,平成9年6月30日から同11年9月30日までは継続されている(甲31の3,甲32,甲35の1,2,甲36,甲38の1ないし28,甲39,原告本人)。

(9)  同年3月14日,Bは,被告Y1を通じて,被告会社前橋支店における原告名義口座の最初の取引である合計50枚のゴムの買付注文を出し,Bはその注文の事実を同日原告に連絡した(別紙1売買明細表「銘柄ゴムNo.1」,証人B,原告本人)。

(10)  その翌日である同月15日午後5時30分ころ,当時被告会社前橋支店長であった訴外J(以下「J」という。)が被告Y1と一緒にBをc社に訪ね,X名義分300万円,B名義分180万円の合計480万円をBから受領した(乙11,乙32の3,証人J)。

なお,別紙4によれば,B名義口座への180万円の入金年月日は受領日である平成8年3月15日であるにもかかわらず原告名義口座への300万円の入金年月日は受領の前日である同月14日となっているが,これは,新規受託者の最初の建玉の日には少なくとも委託証拠金を入金しておかなければならない規定であったため,被告会社の指示でJが敢えて最初の買付注文日である同月14日付の受領扱いにしたものである(証人J)。

(11)  原告名義口座での取引開始に当たり,被告Y1は原告名義の約諾書・通知書(乙1)を受領しているが,その住所は原告の住所ではなくBの事務所であるc社内とされている。この書面はBが記載して「X」名の印鑑を押印したものである(被告Y1,乙9)。しかし,被告Y1は,被告会社の担当者から,原告名義の約諾書・通知書の筆跡がBの筆跡と同じである旨指摘され,被告会社の同僚に依頼して原告名義の約諾書・通知書を改めて作成し,Bから預かっていた原告名義の印鑑をこれに押捺し被告会社において印紙を貼付した(甲2,被告Y1)。なお,原告の被告会社宛の証拠金領収書(平成8年4月11日付,同年7月1日付及び同年8月1日付,乙19の1ないし3)の原告の署名も,約諾書・通知書の署名と同一筆跡でなければならなかったため,同じ被告会社の同僚が署名し,Bから預かっていた前記印鑑が押捺された(被告Y1)。

(12)  その後,原告名義口座においては,ゴムのみならず小豆やとうもろこしなどの先物取引が頻繁に行われ(別紙1売買明細表),それに伴い原告名義口座には次々と委託証拠金が入金された。委託証拠金の支払いは,Bが原告から先物取引用に預かっていた1000万円の残金が充てられ,平成8年4月18日の入金により入金合計額は971万6606円となった(別紙2入出金明細表,証人B)。

(13)  前記のとおり,Bは平成7年12月ころから被告会社前橋支店において自己名義,H及びI名義で商品先物取引を行っていたところ,同8年3月後半から同年4月にかけてゴムの市況が下降気味になったにもかかわらずBが強気の見方を崩さず損金が増え,被告Y1としては追証拠金を同人から徴収しなければならない状況になった。Bはこれに感情を害し,同年4月後半ころから担当者を被告Y1からJに変更することを要求し,同年4月から5月にかけてはJがBからの注文を受けることが多くなった(別紙3,4,乙11,乙32の4ないし6,証人J)。

(14)  同年6月3日,本件取引の状況について何らの情報提供もないため不安を抱いた原告は,被告会社前橋支店に電話をした。その際に原告の電話を受けたのはJであった。その電話を受けたJは,市況説明と原告名義口座の建玉明細及び値洗一覧表等に挨拶文を添えて原告に翌日ファクシミリ送信をした。その上で同月21日,Jは被告Y1とともにBを訪問して同人から委託証拠金を徴収した後(別紙4K同日入金欄),原告事務所を訪問したが,原告本人は外出中だったため,Jと被告Y1は原告の妻である訴外L(以下「L」という。)に名刺を渡しただけで帰った(甲39,乙11,乙32の19,乙33の2,証人J,原告本人)。

なお,Jは上記電話の際に原告が,Bに2,3000万の金を貸してあると話したので原告名義の口座の取引はBの借名取引ではないかと思った旨証言するが(証人J),原告はその際にBに1000万円を渡していると言った旨供述しており(原告本人),単に原告がBに金を貸しているだけの人物であれば,名義借人であるBの了解を得ることなく取引明細等の資料を原告に送ったり,わざわざ原告宅を訪問するとは考えがたい。よって,6月3日の電話の際には,原告は,Bへの貸金のほかに原告名義口座取引のためにBに投資資金を預けていることもJに告げたと認めるのが相当であり,その限りにおいてこれに反する証人Jの証言は採用できない。

(15)  原告がBに本件取引の資金として交付した1000万円は平成8年4月18日にBを通じて預託された100万円の証拠金で底を尽いたため,その後原告は本件取引の追証拠金等の支払いのために資金を調達せねばならなくなり,平成8年7月15日から同9年3月6日までの間,別紙4の原告名義口座入金欄記載のとおりの金員を調達して委託証拠金として被告会社前橋支店に預託している。原告は,右金員を,a用の当座預金から引き出したり,生命保険の満期金を充てたり,親族の預貯金の解約金を充てたりして調達している(甲22ないし24,甲39,原告本人,別紙2)。なお,平成8年6月7日の原告名義口座への104万1484円の入金は,B名義口座からの同日同額の出金分が入金されたものと認められる(別紙4)。

被告Y1は,平成9年5月まで原告本人と一度も会っておらず,委託証拠金はすべてBを通じて受け取った旨供述する(被告Y1)。しかし,Bは1000万円以外の原告名義口座証拠金交付の事実を否定し(証人B),原告本人も平成8年7月15日以降は被告Y1に直接証拠金を渡した旨供述し(原告本人),原告の妻であるLも平成8年中に3,4回被告Y1が原告事務所を訪問している旨供述している(甲39)こと,上記7月15日に証拠金を被告Y1に渡した部分の原告の供述(原告本人)は具体的かつ詳細でBの証言(証人B)とも大要一致し同日100万円の金員が実際に原告の当座預金口座から下ろされていること(甲22ないし24),原告名義口座の証拠金入金日の中にはB名義口座の入金日と一致しないものが多くあり被告Y1が原告名義取引にかかる証拠金の受取りだけのために新潟に来ている場合があると認められること(別紙4)からすれば,上記被告Y1の供述は信用できず,平成8年7月15日以降の原告名義口座の入金は,一部Bからの集金と同日に便宜上Bが原告から預かって被告Y1に交付した可能性は否定できないが,そのほとんどは原告本人と被告Y1の間で直接行われたと認めるのが相当である。

(16)  なお,原告名義口座取引の通知先は前記のとおり当初はc社内であり,残高照合通知書もc社に郵送されていたが(乙7の1ないし5),平成8年8月分取引からは通知先が原告住所である新潟県<以下省略>に変更され(乙23の1,2),以後の残高照合通知書は同所に送られるようになった(乙7の6ないし15)。そして,以後の残高照合回答書は原告本人が自ら署名押印している(乙5の1ないし3,乙20,原告本人)。

(17)  平成9年4月19日午前1時にBはわいせつ図画販売目的所持の容疑で逮捕され同年5月12日午後6時20分まで身柄拘束をされた。同人の勾留に当たっては同年4月20日接見等禁止の処分がなされている(甲42,43,45)。

(18)  平成9年4月ころ,原告は被告Y1から原告口座の取引注文が両建状態になっていることを知らされた。そこで,原告がBに本件取引の状況を聞いたところ,同人から「塩漬け状態」であり,「ありゃほうっておくしかない。」と言われた。その後の同年5月初めころ,原告は知人の訴外M(以下「M」という。)に対して自分の建玉が両建状態になっていることを告げて相談した。そこで,Mは被告Y1に電話して本件取引の状況を聞き,150万円の資金を原告が用意して両建をはずすこととなった。そこで原告は,同年5月12日,aの当座預金口座から180万円を引き出し,M同席のもとで原告事務所において原告が150万円を被告Y1に渡した。両建取引は同月14日までに清算され,同月14日被告Y1が原告に清算金177万1101円を渡した。なお,これにより,同日までの両建取引を含む未決済の原告名義取引はすべて手仕舞われた。なお,両建取引の内容は,銘柄がとうもろこしであり,平成8年12月12日に10枚,同月13日に合計9枚(5枚と4枚),同9年1月10日に5枚の合計24枚の売付注文を出していたものについて,同年3月7日から同月10日にかけて合計24枚の買付注文を出して両建状態になったものである(甲22,23,44,乙6の1,43の1,別紙1「銘柄とうもろこしNo.2,No.3」,証人M,被告Y1,原告本人)。

2  以上の事実を前提に平成9年5月13日までの原告名義口座で行われた本件取引の実態がいかなるものであったかを以下検討する。

(1)  前記認定事実によれば,B名義口座から振り替えられたものを除き,原告名義口座に入金された証拠金は,原告がBに貸し付けた貸金ではなく,本件取引の証拠金として原告自ら出捐したものであると認められる。以上によれば,本件取引は,Bが被告会社新潟支店や豊商事への取引委託において行った借名取引とは異なり,取引結果たる損益が原告自身に帰属する原告自身の取引と考えるべきである。そして,本件取引開始前に原告用に先物取引の説明資料をBに送付した被告Y1は最初から,Jも平成8年6月3日に原告から電話を受けた時点以降は,本件取引が原告に損益が帰属する原告自身の取引であると認識していたものと認められる。

その点において,本件取引がBが原告名義を借りた借名取引であるとの被告らの主張には理由がない。

(2)  被告らは,仮に本件取引がBによる借名取引でないとしても,その取引注文等はすべてBが代行して行ったものである旨主張する。

ア まず,委託証拠金の入出金については,前記のとおり,平成8年4月18日までは原告が当初Bに預けた1000万円がBから被告会社に預託されていたが,それ以降はほとんど被告Y1が原告事務所を訪れて原告本人から徴収していたものと認められる。

しかし,原告名義口座の入出金の中には,前述したように原告口座への入金がB名義口座からの実質振替えと認められるものがあり(1(15)),逆に原告名義口座からの出金がB名義口座に入金され両口座間で証拠金が実質的に振り替えられていると認められるもの(平成8年4月11日出金同月8日入金の50万円,同年7月1日出金同年6月28日入金の15万3565円,同年8月1日出金同月2日入金の68万3117円。別紙4及び乙19の1ないし3によれば明らかである。)がある。この振替えの事実を原告は了解していなかったものと認められ(原告本人),とすれば,右振替えはBの指示か,または,被告会社担当者が勝手に行ったかのいずれかということになるが,被告会社にとって何の利益にもならないB名義口座と原告名義口座の間の証拠金の実質振替えを被告会社担当者が勝手に行ったと考えるのは極めて不自然である。

イ 次に,取引注文についてであるが,原告本人が自ら取引注文を行っていなかったことは当事者間に争いがない。原告は,これを最初は原告に無断でBが,中途からは被告Y1ら被告会社担当者が無断または一任されて行っていたと主張するのに対し,被告らはBがすべて原告を代行して行っていたと主張する。

被告会社前橋支店における原告名義口座の売買明細表(別紙1)とB名義口座の売買明細表(別紙3)を比較すると,同一日の同一場節での同一値段の注文が非常に多く(例えば原告名義口座の最初の取引である平成8年3月14日のゴムの買注文。さらには前述した1(18)の平成8年12月12日,同月13日及び同9年1月10日のとうもろこし売付注文及びその両建注文である平成9年3月7日から同月10日にかけての買付注文など),それらの注文は同一機会に同一人によってなされたとしか考えられない。

前述したBの取引経験(1(1)ないし(5))及び平成8年3月後半から同年4月にかけてのゴム取引におけるBの対応(1(13))からすれば,Bは被告会社前橋支店においては被告Y1ら被告会社担当者の助言は得ながらも自らの判断で注文を行っていたと認められる。とすれば,原告名義の上記同一内容の注文は,Bが自ら注文を出すときにB自身が原告に代わって出していたか,あるいは,Bが注文を出すときに被告会社の担当者がBの指示もなく勝手に注文枚数を上乗せして原告名義の注文を出していたかのどちらかということとなるが,先物取引の経験が長く,借名取引を当時頻繁に行っており他人名での注文に抵抗がなく,しかも原告から3000万円もの借金をしているBが,自己名義口座の取引注文は自ら出しながら同一機会の原告名義口座の取引注文には無関心であったというのは極めて不自然である。

ウ 以上検討したところによれば,平成9年5月13日以前の本件取引の注文は取引の損益帰属主体で資金拠出者である原告を代行してすべてBが行っていたと認めるのが相当であり,原告自身の本件取引への関与は,当初の1000万円が底を尽いた後に本件取引によって損失が発生するなどして証拠金の追加が必要になった時に被告Y1に証拠金を交付する限度にとどまっていたと認められる。そして,Bは自己名義口座の残高等の関係で原告名義口座の証拠金を自己名義口座に実質振り替える指示を被告会社にしたり,逆に自己名義口座の証拠金を原告名義口座に振り替える指示を被告会社にするなど,注文のみならず証拠金の出し入れについても時に原告を代行していたものと認められる。

原告が,Bに取引をすべて代行させるという明確な意思を有していたか,個々の同人の取引等が原告の意思に適うものであったかは,必ずしも明らかではない。しかし,原告は,平成7年末から同8年初めにかけて被告会社前橋支店の取引で多額の利益を得た(1(2))Bの「すぐに資金が2倍になる」といった話(1(6))を信じて,基本的には本件取引についてはBにすべて任せていたものと認めるのが相当である。その原告がMにとうもろこしの両建取引の清算の相談をしたのは(1(18)),前記のとおりBが平成9年4月19日から同年5月12日まで身柄を拘束されたことから(1(17)),そのころBが原告を代行して行っていた両建取引の証拠金預託を被告会社から求められていた原告が(乙43の1),Bに相談できずに困って先物取引の経験者であるMに相談せざるを得なかったからであり,その際原告には積極的に本件取引全体を手仕舞う意図はなかったものと認められる。

そして,被告Y1やJも,本件取引開始時の前記経緯(1(9)ないし(11))からしてBが行った本件取引の注文や原告名義口座の証拠金の前記振替えなどは,原告の意を受けたBが原告に代わって行っていると考えていたと認めるのが相当である。

以上によれば,少なくとも平成9年5月14日に両建取引を清算するまでに原告が本件取引によって被った損失は,原告が本件取引を代行させていたBが取引経験者として自らの判断で注文を出した結果生じたものであり,原告がその損害についてBに対して賠償を求められるかどうかは別にして,被告Y1や被告会社に対して不法行為責任を追及できるものではない。

また,前記のとおり,約諾書(乙1)は後に差し替えられたとはいえ,原告の代行者であるBが本件取引開始時に原告名で署名押印しており,本件取引が口頭契約により始められたとの原告の主張にも理由がない。

エ ところで,上記のような包括的な代行(代理)取引は,原告が主張するように,東京工業品取引所が定めた受託契約準則第24条(3)(甲20の8)に違反し,また,本件取引においては通知書にBが代理人であることが明記されていない点において同準則第5条1項(6)(甲20の7)にも違反する。商品市場における取引の受託については取引所の定める受託契約準則によらなければならないとされているが(商品取引所法96条1項),同準則違反の行為が商品取引員への行政処分等の理由となるか否かはともかく違反行為がすべて直ちに無効行為となると解するのは相当ではなく,個々の条項の趣旨目的等に照らして違反行為の効力を決定すべきところ,本件のように顧客が自らの意思で商品取引員と関係のない先物取引の経験のある自らの知人を包括的代行者(代理人)に選んだ場合には,上記準則違反をもってその代行者(代理人)による取引を私法上無効と考えるのは相当でない。

【平成9年5月14日以降の取引(争点(5))について】

1  前記認定の「争いのない事実等」と以下摘示する証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  本件取引の内,平成9年6月以降に原告がBを介さずに自ら注文を出した取引は,別紙1売買明細表記載のとおり,平成9年6月13日の売付注文以降のとうもろこしの取引(~平成9年7月14日),米国大豆の取引全部(平成9年7月1日~同月22日)及びパラジウムの取引全部(平成9年6月19日~同年7月23日)である。そして,これらの取引により,原告は,とうもろこしの取引では192万3410円の差益を得たが,米国大豆の取引では401万8311円の差損,パラジウムの取引では392万6335円の差損を被っている(別紙1)。

(2)  原告は,原告名義の本件取引のほかに被告Y1の義弟の名前であるC名義の借名取引も行っている(甲29の1,2,被告Y1,原告本人)。同名義の取引につき,原告は平成9年5月20日または同月21日に委託証拠金230万円を預託し取引を開始している(最初の買注文は同月20日)。原告は同名義取引につき,同年6月4日に手仕舞うまで,小豆,とうもろこし,ゴムの取引を行い,結局109万4827円の差損を出している。当初の預託金230万円から差損金を控除した残額120万5173円は,C名義口座から同年6月6日に出金処理され本件取引のための原告名義口座に同月9日に入金されている(乙14の1ないし3,別紙2,被告Y1)。原告の取引がCの借名取引で行われたのは,当時本件取引により原告が多額の損失を被っていることを原告の妻Lが知るところとなり,前述したとうもろこしの両建取引を外す際にLがこれ以上の取引継続に拒絶反応を示し原告が自分の名義で取引できる状況ではなかったためである。なお,C名義の取引を始めるに当たっては,被告Y1は原告から新たに約諾書・通知書を徴収しておらず,また,残高照合通知書等の書類も原告には送られていない。なお,C名義での取引開始に当たり,原告は,被告Y1に対して相談料と言うことで10万円を渡している(原告本人,被告Y1)。

(3)  平成9年5月14日に両建取引を清算した後に原告が原告名義口座及びC名義口座においてBを介さずに行った先物取引により,最終的に原告は同年5月20日から同年7月23日までの約2か月間で合計711万6063円の損を被り,その間に原告が被告会社に預託した委託証拠金の内その取引損相当額を失っている(別紙2,乙14の3)。

(4)  被告会社前橋支店における平成9年5月13日までの原告名義の本件取引は前記のとおりBによる代行取引であったが,原告は,被告会社との取引開始後の平成8年5月23日から同9年7月30日までの間,北辰物産において,とうもろこし,乾繭,パラジウム,金などのBを介さない本人取引を行っている。原告の北辰物産における取引は,平成8年8月までの取引では益を出したが,同年11月の取引では損を出し,同9年6月から始めたパラジウムを中心とする取引では総額で1438万7488円の証拠金を預託し,結局173万0579円しか戻って来ず,1265万6909円の損失を被っている(甲39,乙13の2ないし7,原告本人)。

2  以上の事実を前提に平成9年5月20日以降のC名義の取引及び同年6月以降の原告名義の取引(以下合わせて「再開後取引」という。)において原告が損害を被ったことにつき,被告らに不法行為責任が認められる否か検討する。

(1)  原告は,両建取引清算後に被告Y1から執拗に取引の継続を求められ,取引のための架空名義(C名義)まで用意され,絶対に損はさせないと言われたので,勧められるままに被告Y1にすべてを任せて再開後取引を行った旨主張,供述し(原告本人),Mも被告Y1が先物取引について何も知らない原告に執拗に働きかけたので原告は押し切られて再開後取引を行った旨供述する(甲16,証人M)。

(2)  しかしながら,前記認定によれば,再開後取引開始の時点において,原告は本件取引に2000万円以上の資金を投入しながら,わずか177万1101円の返金しか受けていない。原告が取引継続に消極的であったとすれば,このような状態のもとで,大きな損を被った本件取引の担当者である被告Y1からいくら勧められたからといってそのまま取引を継続するとは考えがたい。原告が被告Y1に再開後取引開始に当たり相談料として10万円を渡していること,平成9年6月からは以前にBを介さない自らの直接取引により益を出した経験のある北辰物産での取引も再開しその中心となる商品のパラジウムを被告会社の再開後取引(本人名義分)でも並行して行っていることをも考え併せるならば,再開後取引は,被告Y1から執拗に勧められてやむなく行ったというよりも,原告が平成9年5月までの損を取り戻そうという積極的な意思に基づいて始めたものと考えるのが相当である。

(3)  原告は両建取引の意味も十分に理解できない先物取引の初心者であり,再開後取引の具体的注文のほとんどは被告Y1に任せていたものと認められる。しかし,かかる一任売買は商品取引所法(136条の18第3号)には違反し,商品取引員に対する行政処分等の根拠とはなり得るが,それによって顧客が利益を受ける場合があることも考えるとそれだけでは顧客に対する不法行為とはならず,その前提として外務員による不当な勧誘行為があったとか,顧客に損失が生じることを知りながら手数料取得目的で多数回の取引を行ったとか,顧客の取引中止要請に反して取引を行ったとかという付加事情が必要であると解される。しかるところ,本件においては,前記認定のとおり原告は再開後取引に積極的であり,相談料を渡すなどして被告Y1の「がんばり」に期待する姿勢まで示しており,また,被告Y1が手数料取得目的で不必要に多数回の取引を行ったとか原告の取引中止要請に反して取引を継続した事実を認めるに足る証拠はない。C名義口座の開設も,そこまでして被告Y1が原告を再開後取引に引き込もうとしたというよりも,先物取引に拒絶反応を示す妻Lに取引再開を知られないために,原告が被告Y1に他人名義の使用を依頼したと考えるのが自然である。新たな約諾書を原告から取得していない点についても,本件取引については前記のとおり代行者であるBが提出しており,C名義の取引は借名取引であるから,不徴収が上記一連の取引を無効にしたりあるいは被告らの不法行為責任を発生させるものではない

(4)  以上によれば,再開後取引により原告が被った損害についても,被告らに不法行為責任を認めることはできない。

第4結論

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 住友隆行)

<以下省略>

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