大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所長岡支部 平成17年(ワ)129号 判決 2007年11月12日

新潟県<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

味岡申宰

名古屋市<以下省略>

被告

大起産業株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,金1355万7489円及びこれに対する平成16年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

原告が,被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金の支払を求めている。

1  争いのない事実等

(1)  〔当事者〕

ア 原告

昭和14年○月○日生まれの男子である。

イ 被告

商品取引員である。

(2)  〔本件取引契約〕

ア 原告と被告は,平成16年3月29日,先物取引受託契約を締結した。(乙1)

イ 原告と被告は,平成16年10月22日,上記契約を解約する旨の合意をした。

ウ 上記受託契約(以下,「本件取引契約」という。)に基づいて被告が行った先物取引は,概ね別紙「先物取引一覧表」のとおりであり,この取引に伴う委託証拠金の受払状況は,別紙「委託者別委託証拠金現在高帳」(乙10)のとおりである。

2  原告の主張

(1)  〔違法性〕

被告の従業員は,本件取引契約の締結及び本件取引契約に基づく業務の履行に際し,以下の不当な行為を重ねた。

ア 適合性の原則違反

被告の従業員は,本件取引が原告に適合していないことを知りながら,本件取引契約の締結を勧誘した。

イ 説明義務違反

被告の従業員は,原告に対し,本件取引契約の締結前に,先物取引の危険性について十分な説明をしていない。

ウ 断定的判断の提供による勧誘

被告の従業員は,原告に対し,本件取引契約の締結及びその後の取引の受注に際し,社会的相当性を逸脱する程度の表現方法による断定的判断を提供して,契約の締結及び取引の受注を勧誘した。

エ 一任売買

オ 無断売買

原告の指示を受けないで,原告の計算によるべきものとして,多数回の取引をした。

カ 過当取引

被告は,原告に対し,被告自身の利益のために,かつ顧客である原告の利益に反して,取引口座の性格に照らし,規模及び頻度において過度の取引を行わせた。

キ 日計り,直し,両建て,途転等による無意味な反復売買による委託手数料稼ぎ

これら従業員による一連の行為は,全体として,強度の違法性を有している。

(2)  〔責任原因〕

民法709条,715条

(3)  〔損害〕

原告は,被告の上記違法行為により,1355万7489円に相当する損害を被った。

3  被告の主張

本件取引契約の締結及び本件取引契約に基づく業務の履行に際し,被告の従業員は,何ら不当な行為はしていない。

本件取引契約に基づいて被告が行った先物取引は全て原告自らの判断により行われたものであり,その結果生じた損害は原告に帰属すべきものである。

4  争点

不法行為の成否

(1)  違法行為の有無

(2)  損害発生の有無及び額

第3争点に対する判断

1  争点(1)-違法性-

(1)  -適合性原則違反-

ア 以下の事実が認められる。

① 原告は,昭和37年3月に●●●高校定時制を卒業した。

その約1年後から郵便局に勤めるようになり,郵便,貯金,保険,庶務等の業務を担当し,平成9年3月31日に郵便局を早期退職した。

平成9年7月1日から平成16年5月15日までの間,●●●の●●●セミナーハウスに管理人として勤務し,約14万5000円の給与を得ていた。

その後平成18年3月31日までは,公民館の警備員をし,平成18年10月1日からは,●●●市の市役所の夜間警備員として勤務している。

公民館の警備員をして得られた収入は,月額4万5000円~4万8000円であった。

原告は,家業である農業を継いでおり,約1町歩の田を耕作して農業収入を得ている。

平成13年に6000万円をかけて自宅を改築し,その際,その資金として農協から1000万円を借り入れし,現在,分割でその返済をしている。

原告は,本件取引契約を締結する以前は,商品先物取引の経験がなく,これに関する知識もなかった。

(以上,原告供述)

② 〔勧誘・受託の態様〕

被告の従業員B(以下,「B」という。)は,平成15年10月15日,原告に電話をかけて商品先物取引の案内をし,できたら会って詳しい説明をしたいと持ち掛けた。

原告がこれを了承したことから,Bは,同日昼頃,原告の勤務先であった●●●セミナーハウスを訪れ,事務所で原告と面談した。

そこで,Bは,原告に対し,被告が考案し「ハイブリット取引」と名付けていた方法による先物取引について説明し,これを勧誘した。

このとき,Bは,原告に「商品先物取引委託のガイド」(乙4)を交付し,「委託のガイド」アンケート(乙5)に記入してもらった。

Bは,平成15年10月21日に,上司のC(以下,「C」という。)を伴って,再び●●●セミナーハウスに原告を訪れ,ロビーで原告と面談して,アラビカコーヒーとロブスタコーヒー,金と白金のハイブリット取引について説明した。

平成16年3月29日,Bが原告に電話して白金と金のハイブリット取引を勧めたところ,原告から取引をしてもよいとの応答を得た。

BとCは,同日午後4時頃,●●●セミナーハウスを訪れて原告と面談し,「相場が逆に動いたとき」と題する書面(乙7)を示したりしながら,商品先物取引,ハイブリット取引の説明をした上で,被告に本件取引契約の関係書類を作成してもらった。

この時,原告は,「約諾書・通知書」(乙1),「お取引の口座開設申込書」(乙6)を作成した。

上記書類が作成された後,Bは,原告に,商品先物取引の仕組みと危険性について説明したアンサホンを聞いてもらった。

平成16年3月30日,被告東京支店取引相談室長のDが原告と電話で話をして原告の商品先物取引に関する理解度等の確認をした。

(以上,乙20,B証言)

平成16年6月14日夕方,被告従業員E(以下,「E」という。)は,原告と面談し,原告の流動資産を再調査する必要がある旨を告げた。

このとき,原告は,Eに対し,「郵便局を退職してある程度まとまった金額は持っている。全額を言う必要はないでしょう。」といった旨を告げている。

このとき,原告は,「資産収入等変更届」(乙15の2)を作成して,これをEに交付しているが,その流動資産欄の「3000万以下」の部分がチェックされている。

(以上,乙21,E証言)

③ 〔ハイブリット取引〕

被告がサヤ取りの考え方を基本にして独自に開発した商品先物取引のシステムであり,市場で相関関係がある2つの銘柄を組み合わせ,その価格差にごく希に発生する異常値を標準偏差を使って探し出し,正常な価格差に戻り始めたときにスタートし,平均値で決済することにより利益を得ようとするものである。(乙22)

イ 商品先物取引が極めて投機性の高い取引であることや商品取引所法の立法趣旨に鑑みれば,商品取引員の役員ないし従業員が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した勧誘ないし受託をしたときは,当該行為は,商品取引員である会社の顧客に対する不法行為になると解すべきである。

そして,不法行為の成否に関し,顧客の適合性を判断するに当たっては,商品先物取引の具体的な特性を踏まえて,これとの相関関係において,顧客の投資経験,商品取引の知識,投資意向,財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである。(※ 最判平17.7.14)

ウ 原告の年齢,郵便局員として長い間勤務し,幅広く郵便,貯金,保険,庶務等の業務を担当していた経歴等に照らせば,原告は,自己責任を問い得る前提となる通常の社会人としての一般的な判断能力は有していたことが推認できるから,前記被告従業員による商品先物取引の危険性等についての説明により,本件商品先物取引の特性及び危険性については,事前に認識することが十分に可能であったと認められる。

このことと前記原告の資産状況を併せ考えると,原告がこれまで商品先物取引の経験・知識を有していなかったことや原告の投資意向を考慮しても,原告が本件取引を自己責任で行う適正それ自体を欠き,商品先物取引市場から排除されるべき者であったとまではいえず,したがって,被告が,原告に対して,適合性の原則から著しく逸脱した商品先物取引の勧誘をしてこれを行わせたとまでは認めることができない。

(2)  -説明義務違反・断定的判断の提供による勧誘-

ア 前記〔勧誘・受託の態様〕によれば,被告の従業員は,原告に対し,本件取引契約の締結前に,先物取引の危険性について何度も説明を重ねていることが認められ,取引開始の前に約5か月間の習熟期間を置き,習熟度の審査を行っていることも考え併せると,説明の回数・内容が不十分なものであるとは到底認められないから,この点について被告が説明義務を果たしていないとする原告の主張は採用できない。

イ 被告の従業員が,原告に対し,本件取引契約の締結及びその後の取引の受注に際し,社会的相当性を逸脱する程度の表現方法による断定的判断を提供して,契約の締結及び取引の受注を勧誘した事実を認めるに足りる証拠はない。

(この点につき原告の主張に沿った内容の原告本人の供述部分は,これに反するBの証言及び原告作成の「委託のガイド」アンケート《乙5》第5項の記載に照らし,措信できない。)

(3)  -一任売買-

証拠(乙19,21,E証言)によれば,本件取引に関しては,被告従業員が,原告に対して,自己の相場観等を示すなどして取引の勧誘を行い,これに追従的であったにせよ,個別の取引全てについて原告が事前に了承した上で取引が行われている事実が認められ,被告により一任売買がなされた事実は認められない。

(4)  -無断売買-

別紙「先物取引一覧表」記載の取引の中に,被告の従業員が原告に無断で行った取引が含まれている事実を認めるに足りる証拠はない。

(5)  -過当取引・委託手数料稼ぎ-

別紙「先物取引一覧表」記載の取引の中には,日計り,直し,両建て,途転等,原告が問題視している態様の取引方法によってなされた取引が認められる。

しかしながら,被告が詐欺の目的であるいは原告の利益を無謀に無視してこれらの取引をしたことまでを認めるに足りる証拠はないから,上記取引方法によってなされた取引があるということだけで,本件取引契約に基づく取引における被告従業員の行為が,いわゆる過当売買に該当し,全体として違法性を有すると認めることはできない。

また,被告の従業員が本件取引契約に基づき原告の計算で行った各取引についてした一連の行為を全体として観察した場合,原告に対して多額の委託手数料相当額の損害を被らせる結果となることを認識してなされたとは認められず,社会通念上商品取引における外務員等の行動として許容しうる域をはるかに逸脱したものとも認められない。

(6)  上記認定によれば,被告の従業員が本件取引契約に基づき原告の計算で行った各取引についてした一連の行為の中に,違法性を有していると認められるものは何ら存在しない。

2  よって,その余の点について判断するまでもなく,本訴請求は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判官 北村史雄)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例