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新潟地方裁判所長岡支部 平成19年(ワ)148号 判決 2011年12月07日

原告

甲野春男

外3名

上記4名訴訟代理人弁護士

髙島章

齋藤裕

上記4名補佐人

乙山一郎

被告

長岡市

同代表者市長

森民夫

同訴訟代理人弁護士

高橋賢一

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする

事実及び理由

第1  請求

1  被告は,原告甲野春男に対し,1987万7778円及びこれに対する平成16年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告甲野夏子に対し,330万円及びこれに対する平成16年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告甲野秋男に対し,1100万円及びこれに対する平成16年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告は,原告甲野冬子に対し,550万円及びこれに対する平成16年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,原告らの居宅及び工場付近で崖崩れが発生して工場建物や工場内の機械が損壊したのは,栃尾市の職員の過失による違法な行為又は栃尾市の公の営造物の設置管理に瑕疵が存したことによるものであると主張して,原告らが,上記崖崩れ発生後に栃尾市を合併した被告に対し,主位的に国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,予備的に同法2条による損害賠償請求権に基づき,原告甲野春男については機械の修理費用等合計1987万7778円,原告甲野夏子については慰謝料等合計330万円,原告甲野秋男については慰謝料等合計1100万円,原告甲野冬子については慰謝料等合計550万円及びこれらに対する上記崖崩れが発生した日である平成16年7月13日から支払済みまでそれぞれ民法所定の年5分の割合による各遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)原告甲野春男(以下「原告春男」という。)は,頭書肩書地において編み物工場を営んでいる者であり,原告甲野夏子(以下「原告夏子」という。)は原告春男の妻であり,原告甲野秋男(以下「原告秋男」という。)は原告春男及び原告夏子の子であり,原告甲野冬子(以下「原告冬子」という。)は原告秋男の妻である。

原告らは,平成16年7月13日当時,いずれも頭書肩書地(当時の新潟県栃尾市A町1番9号。以下「原告ら居住地」という。なお,以下,特に記載のない限り,土地の所在は現在のもので表示する。)に居住していた。

(2)被告は地方公共団体であり,平成18年1月1日,栃尾市と合併した。

(3)平成10年2月ころから同年7月ころまでの間,栃尾市は,新潟県長岡市B町2丁目甲123番3所在の土地(以下,新潟県長岡市内の土地については,県名と市名の記載を省略する。)を含む土地において,栃尾市道滝の下上の原天下島線(以下「本件市道」という。)の交通安全施設設置工事(歩道設置工事。以下「本件工事」という。)を施工した。

(4)平成16年7月13日午前8時ころから同日午前9時ころまでの間,原告ら居住地の西側に隣接して存在する傾斜地(以下「本件傾斜地」という。)において,崖崩れが発生した(以下,上記崖崩れを「本件崖崩れ」という。)。

本件崖崩れにより崩落した土砂が原告ら居住地に落下し,原告ら居住地上に存した原告春男所有の工場兼事務所の建物及び同建物内にある編み機等が破損した。

2  争点

(1)国家賠償法1条1項に基づく被告の損害賠償責任の有無

(2)国家賠償法2条1項に基づく被告の損害賠償責任の有無

(3)原告らの損害の有無及び額

3  争点についての当事者の主張

(1)争点(1)(国家賠償法1条1項に基づく被告の損害賠償責任の有無)について

【原告らの主張】

被告は,原告らに対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償責任を負う。その理由は以下のとおりである。

ア 本件工事前の本件傾斜地の状態

(ア)本件崖崩れにおいて土砂が崩落した本件傾斜地のうち,下方部分(東側)がA町戊407番2の土地に該当し,上方部分(西側)がB町2丁目戊407番3の土地に該当していたところ,B町2丁目戊407番3の土地は,昭和10年ころに保安林に指定され,保安林が植林されており,本件傾斜地には,昭和60年ころに斜面全体に実播工が施工されていた。

保安林とは,公益目的を達成するために伐採や開発に制限を加える森林のことをいい,B町2丁目戊407番3の土地については,土砂崩壊防備保安林として指定されたものと思われる。樹木は,降雨の地下への浸透や流出を防止する機能を有しており,崖崩れが発生しやすいところが保安林に指定される。

また,実播工とは,山腹斜面等の傾斜地に直接草本類や木本類の種子をまいて緑化を図る工事のことをいい,上記のとおり保安林指定がされていることからみると,草木によって雨水の蒸発散を図り,また,地中に植物の根を張り巡らせて地盤を安定化する目的で本傾斜地に実播工が施工されたものと思われる。

このように,B町2丁目戊407番3の土地が保安林に指定され,同土地を含む本件傾斜地の斜面上に実播工が施工されていることからすると,本件傾斜地は崩落しやすい性質を有しており,植物の作用によって安定化を図る必要のある地盤であったということができる。

(イ)ところで,本件傾斜地は段丘の段丘崖に該当し,その上方(西側)に隣接する平坦地は段丘の段丘面に該当する。同平坦地の地質としては,本件工事施工以前は,上層には水を吸収しにくいローム層が存在し,下層には水を吸収しやすい砂礫層が存在していたものであり,上層のローム層がふたのような役割を果たし,下層の砂礫層に水が吸収されるのを防止していた。そのため,上記平坦地に降った雨は下層の砂礫層に吸収されることはなく,西側の市道あるいは東側の本件傾斜地の斜面を伝って下方へ流れるようになっていた。そして,本件工事が施工される以前は,本件傾斜地に植生していた樹木が,降雨の地下への浸透や土砂の流出を防止する機能を果たしていたため,斜面を流れている途中に砂礫層に吸収されることはなかった。

地質断面図(乙33の2)によれば,本件工事の施工場所が表土で覆われていることが記載されているし,栃尾市史(甲38)にも本件工事の施工場所付近一帯についてローム層が存するとの記載がある。

(ウ)以上のとおり,本件傾斜地の上方部分に保安林指定されていた土地が存したこと,本件傾斜地の斜面全体に実播工が施工されていたことからすると,本件傾斜地は崖崩れが発生する潜在的な危険性を有していたものではあるが,保安林や実播工の存在に加え,本件傾斜地の上方の平坦地の上層部にローム層が存在していたことにより,崖崩れの潜在的な危険性が顕在化することなく一応の安定を保っていた。

イ 本件工事による本件傾斜地の変化

(ア)ところが,栃尾市が施工した本件工事によって,保安林として指定されていた土地を含む本件傾斜地が掘削され,地盤の安定を図っていた実播工が破壊され,樹木が伐採され,ローム層が取り除かれて水を吸収しやすい砂礫層がむき出しとなり,さらに,本件傾斜地の上方の平坦地の面積が増大したため,本件傾斜地が水を吸収しやすくなり,本件崖崩れが発生した。なお,本件崖崩れにおいては,砂礫層が水で飽和され,砂礫層とともに下部の泥岩層が崩れたものであるから,岩塊混じりの土砂が崩落したことは,砂礫層に水が吸収されて土砂崩れが発生したという機序と矛盾するものではない。

(イ)上記のとおり,本件工事において,保安林として指定されていた土地(B町2丁目戊407番3の土地)が掘削された。すなわち,本件工事の施工計画においては,本件傾斜地の上方に存する平坦地において,B町2丁目戊407番3の土地に接するところまで工事を行って歩道を設置することとニされ,歩道の斜面側については,2段掘削をする計画とされていたところ,実際の施工においては,歩道の斜面側については3段掘削まで行われ,計画よりも掘削範囲が広がったことにより,B町2丁目戊407番3の土地まで食い込んで掘削をしてしまった。

保安林として指定されていたB町2丁目戊407番3の土地が掘削されたことは,本件工事の施工対象地の地形及び掘削箇所からも明らかである。すなわち,本件工事の施工対象地に含まれていたB町2丁目甲123番3の土地の東側には,B町2丁目戊407番3の土地が隣接していたところ,地番は地形によって分けられることが多いこと,段丘面の平坦地は利用価値が高いが段丘崖の傾斜地は利用価値が低いことからすると,B町2丁目甲123番3の土地が平坦地であり,B町2丁目戊407番3の土地が傾斜地であったと考えられ,両土地の境界は段丘面の平坦地と段丘崖の傾斜地との境目であったと考えられる。そうすると,本件工事の横断面図(乙36)によれば,本件工事においては,傾斜地も掘削していることが明らかであるから,B町2丁目戊407番3の土地も掘削したことになる。本件工事前に本件傾斜地の斜面上に施工された実播工の展開図(乙22の1)と本件崖崩れ後に本件傾斜地に施工された簡易法枠工の傍面図(乙30)とを比較しても,本件工事によって大幅に斜面が掘削されたことは明らかである(実播工展開図と簡易法枠工傍面図の重ね図・甲41)。

(ウ)そして,本件工事施工前の写真(甲33,乙22の1,23)によれば,斜面であるB町2丁目戊407番3の土地には樹木が生えており,樹木が生えていないところには実播工が施工されているところ,本件工事においてB町2丁目戊407番3の土地を掘削した際に,同土地上の樹木を伐採し,かつ,実播工を破壊したことは明らかである。また,国土地理院による空中写真を基にした報告書(甲37)によれば,本件傾斜地付近において,昭和47年ころまでは道路と崖の間が森林となっていたにもかかわらず,本件工事後にはこれが存在していないのであるから,本件工事によって森林が伐採されたことが明らかである。

また,本件工事の施工によって,本件傾斜地の上方(西側)の段丘面の平坦地の上層部に存した表土・ローム層も除去してしまった。

ウ 本件工事の計画・施工における被告の義務違反ないし法令違反

(ア)調査義務違反

前記アのとおり,本件工事の施工場所付近は,潜在的に崖崩れの危険のある地盤・地形であったところ,潜在的に崖崩れの危険性がある場所での工事に際しては,施工者において,工事によって崖崩れの危険を顕在化させないようにする注意義務がある。具体的には,栃尾市においては,本件工事の計画・施工に当たって,試掘や文献調査によって本件工事の施工場所の地質を調査する義務があった(栃尾市が発行していた栃尾市史(甲38)には段丘の地層区分が記載されているのであり,文献調査によっても容易に工事現場の地質を把握できたはずである。)。また,本件工事を施工した場所は,急傾斜地に近接しており,このような傾斜地(段丘崖)は重力の法則によって脱落しやすいのであるから,栃尾市においては,本件工事の計画・施工に当たって,現場の視認や測量等によって地形を把握し,本件工事によって崖崩れの危険性が増大しないかどうかを調査する義務があった。

栃尾市の職員がかかる調査義務を尽くしていれば,本件工事を差し控えるか,あるいは,本件工事の施工に際して砂礫層への水の浸透や本件傾斜地の崩落を防止する方策(傾斜地への簡易法枠工や平坦地へのコンクリート吹付け)を行うことができた。

しかるに,前記イのとおり,本件工事は本件傾斜地の上方にある段丘面を大きく掘削して歩道を敷設するものであって,砂礫層への水の浸透を防止していた樹木やローム層,実播工の施された傾斜地を引きはがすこととなり,本件工事を施工したために,本件傾斜地において大雨の際に崖崩れが起きやすくなる状況が生じた。

以上のとおり,栃尾市の職員には,本件工事の計画・施工に当たっての地質や地形を調査する義務を怠り,漫然と崖崩れの危険性を増大させる違法な本件工事を計画・施工した過失が存する。

(イ)森林法違反

本件工事によって掘削されたB町2丁目戊407番3の土地は,森林法25条によって保安林に指定されていたところ,同法34条によれば,保安林においては,政令で定めるところにより,都道府県知事の許可を受けなければ立木を伐採してはならないと定められている。したがって,法令遵守義務を負う公務員である栃尾市職員においては,本件傾斜地付近で工事をする場合,保安林管理者と協議し,保安林や実播工を破壊する結果をもたらすような工事を施工しない義務を負っていた。しかし,栃尾市の職員は,かかる義務に反し,前記イのとおり,保安林関係者に無断で,森林法違反の違法な本件工事を施工して保安林や実播工を破壊した過失が存する。

エ 前記ウのとおり,公権力の行使に当たる公務員である栃尾市の職員は,故意又は過失により,違法な行為(本件工事)を行ったものであるところ,本件工事を施工したことによって,本件傾斜地が水を吸収しやすくなり,土砂崩れが発生しやすい状態となってしまった。

そして,本件崖崩れによって土砂が崩落した場所は,砂礫層の下層にある泥岩層であったところ,当該泥岩層には割れ目が発達して水を通しやすくなっており,本件工事施工後に,本件傾斜地の上方にある平坦地からの雨雪水が浸透してこれが蓄積し,平成16年7月13日の豪雨が引き金となって本件傾斜地の水吸収が限界に達して本件崖崩れが発生したものであるから,栃尾市を合併した被告においては,国家賠償法1条1項に基づいて,本件崖崩れによって原告らに生じた損害を賠償する義務を負う。

【被告の主張】

被告が,原告らに対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償責任を負うとの主張は争う。その理由は以下のとおりである。

ア 本件崖崩れの原因について

原告らの主張は,本件工事における土地の掘削の結果として雨水が浸透したことが本件崖崩れの原因であることを前提とするものであるが,本件崖崩れの原因については何ら立証されていない。

イ(ア)本件崖崩れが発生した場所について

本件崖崩れにおいて土砂の崩落が発生した場所は,B町2丁目戊407番3の土地に該当するものであって,A町戊407番2の土地に該当するものではない。A町戊407番2所在の土地については,昭和8年12月ころに国が民有地を「道敷」として取得して「国有地成」とした経緯があり,その土地の形状からしても原告ら居住地の西側に隣接する国有地道路及び国有地水路に沿った隣にある道路敷地であるし,また,平成14年4月1日付けで道路法90条2項に基づいて市道の用に供するものとして当該市道の管理者であった栃尾市に国有財産の譲与がされているものであるから,傾斜地に存在するものではない。

(イ)本件工事の施工対象土地の特定について

本件工事は,B町2丁目甲123番4の土地等に存した本件市道に沿って歩道を設置することを内容とする工事であって,その際に,B町2丁目甲123番3の土地及びB町2丁目甲123番5の土地を掘削したものであるところ,上記各土地の地目は保安林ではないし,上記各土地上に保安林も存在しなかった。したがって,本件工事においては,地目が保安林であるB町2丁目戊407番3の土地を掘削したものではないし,保安林である樹木を伐採したということもない。

すなわち,B町2丁目甲123番3の土地及びB町2丁目甲123番5の土地とB町2丁目戊407番3の土地との字界について検討すると,更正図(乙17)及び巻物図(乙21)によれば,B町2丁目甲123番3の土地には,B町2丁目戊407番3の土地側に三角形状に突き出ている部分があり,同部分によって,B町2丁目戊407番3の土地の幅が一部狭まっていること,他方,平面図(乙41)上で本件傾斜地付近の「As」と記載された部分付近の道路に沿って緩やかな傾斜となっており,さらに,本件傾斜地付近の等高線上に「75」と記載されている部分及び「80」と記載されている部分にかけては,等高線の間隔が広くなって傾斜が緩やかな地形となっていることからすると,B町2丁目甲123番3の土地及びB町2丁目甲123番5の土地とB町2丁目戊407番3の土地との字界は,別紙図面1(平面図〔乙41〕の一部分)の赤色実線で表記した線であると考えられ,B町2丁目甲123番3の土地及びB町2丁目甲123番5の土地とB町2丁目戊407番3の土地との字界は,標高75メートルを超えていなかったものと考えられる。また,本件崖崩れ後に本件傾斜地に施工した簡易法枠工は,平面図(乙41)上の標高75ないし76メートルから80メートル近くの部分まで施工しているから(乙30,41),B町2丁目戊407番3の土地は,平面図(乙41)上の標高75メートルのラインを超えるものではなく,ましてや80メートルのラインを超えては存在しなかった。しかし,横断図面(乙36)によれば,本件工事において,歩道敷となった部分以外の掘削した部分の標高の下限は79.3メートルであるから,本件工事においてB町2丁目戊407番3の土地を掘削していないことは明らかである。

なお,B町2丁目戊407番3の土地の地目が保安林であり,昭和60年10月から昭和61年1月にかけて,新潟県(当時の担当は長岡林業事務所)が,同土地を含む3筆の土地において,特殊接着モルタルによる実播工を施工したことは認めるが,その当時において,斜面であったB町2丁目戊407番3の土地上には保安林は存在せず,本件崖崩れの際には,上記実播工施工部分が崩落したものである。

(ウ)実播工の撤去について

本件傾斜地には実播工が施されていたが,実播工とは,斜面に金網を張り,そこに植物の種子を吹き付けて植物の形成を図るとともに斜面の安定化と周辺環境の調和を図るのが目的であって(乙22の2,34),地盤の安定化を図る目的で行われるものではないし,張り付けられた金網も年数を経過すると腐食する。仮に,本件工事によって掘削された部分に実播工が施工されていた部分があったとしても,それは,歩道工事の施工場所であるB町2丁目甲123番3の土地とB町2丁目甲123番5の土地の斜面部分に過ぎず,実播工が施工されてから13年が経過して金網も腐食してほとんど残っていない状態であったといえるから,本件工事により実播工が撤去されたことが本件崖崩れの原因となるものではない。

(エ)本件工事の施工対象土地の地質について

本件工事において掘削した土地(B町2丁目甲123番3の土地とB町2丁目甲123番5の土地)がローム(砂,シルト,粘土がほぼ等量に含まれる風化堆積物)である可能性は少ない。

原告らは,一般的に段丘面の表面にはローム層や段丘礫層が存在するなどと主張するが,本件工事を施工した土地の上層部の地質がローム層であったとの証拠はない。むしろ,本件工事施工時の写真(乙23,25)によれば,本件工事によって設置された歩道の外に掘削された土地の状態は,原告らが主張するような礫層ではなく,粘土混じりの土であるし,本件崖崩れが発生した後の写真(乙28・5ないし8頁)によっても,本件崖崩れによって崩落した土砂は,砂礫層又は礫層の土砂ではなく,岩塊混じりの土砂であることがわかる(岩及び土地の分類につき,道路土工土質調査指針〔乙48〕参照)。

ウ 被告の義務違反ないし法令違反の主張について

(ア)調査義務違反の主張について

原告らは,栃尾市において本件工事施工前に地質や地形を調査すべきであったなどと主張するが,本件工事が施工された区域は,地滑りを誘発するような地形ではなく,特別に地質や地形の調査を必要とする状況でもなく,栃尾市においては,法令や通達に基づいても原告らが主張するような地質調査や地形調査を特別に行う義務を負っていたものではない。本件工事は,道路を新設する工事ではなく,既設の本件市道に沿って歩道を設置する工事であったところ,本件市道は,昭和30年前後ころに新設され,その後,砂利道からコンクリート舗装道路に改良されて現在に至っているものである。市町村道の計画,設計,施工に当たっては,市町村道事業の手引きに基づいて,道路構造令,通達,示方書,指針等に適合した設計施工を行っているが,歩道については特別の定めはなく,本件工事のように既存の市道に沿って設置される歩道工事について地質や地形等の調査義務が特別に定められているものではない。

そもそも,前記イのとおり,本件工事の施工場所にローム層が存在したという証拠は存在しないし,地下にどの程度の水を含めば土砂の崩落が発生するかは地下水の浸透試験をしても分からず,定量的な基準はないものであって,結局は,経験的に過去の例に照らして判断するしかないとされている。そして,公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法2条の定める「異常な天然現象に因り発生する災害」とは,異常要因が降雨の場合には最大24時間雨量が80ミリメートル以上の雨量又は1時間雨量が20ミリメートル以上のものを指すとされている(乙50)ところ,栃尾市においては,昭和51年から本件工事が施工された平成10年までの間に,最大24時間雨量が80ミリメートルを超える降雨が12回あったが(甲71・別紙2),本件傾斜地において崩落事故が発生したことは一度もなかったことからすると,本件工事を行うに当たって,施工場所の地質を調査すべき特段の事情は存在しなかったというべきである。なお,平成16年の早春に本件傾斜地において発生した土砂の崩落については,岩盤の隙間に入った融雪時期の水分が夜間に凍結して岩盤の一部が剥離し,斜面の途中の法尻に崩落したものであって,A町戊407番2の土地や本件傾斜地の下の水路まで落下したものではなく,それ以上の崩落を起こす危険性もなかったものであり,本件崖崩れとは土砂崩落のメカニズムを異にするものである。

また,原告らは,本件工事を施工するに当たっては,地形を調査すべき義務があったなどと主張するが,本件傾斜地が斜面であることは調査するまでもなく明らかであり,問題は本件傾斜地の土砂が崩落することを防止するために原告らが主張する対策を講じるべきであったか否かであるところ,どの程度の水分を含んだときに斜面が崩落するかについてはあらかじめ判断することはできず,本件傾斜地において過去に崩落事故が発生した経験がなかったことからすると,栃尾市が地形を調査して特別に対策を講じるべき事情はなかった。

(イ)森林法違反の主張について

森林法34条1項及び2項によって都道府県知事の許可を必要とするのは,同法25条及び25条の2に基づいて農林水産大臣又は都道府県知事によって「保安林」として指定された土地に限定されることは,条文の文言上明白である。そして,前記イのとおり,本件工事施工の際には,B町2丁目甲123番3の土地及びB町2丁目甲123番5所在の土地を掘削したものであって,上記各土地の地目は保安林ではないし,上記各土地上に保安林も存在しなかった。そして,栃尾市としては,本件工事施工前に,新潟県(当時の担当は長岡林業事務所)と事前協議を行い,森林法34条所定の許可申請が必要ないことを確認していた。

このように,本件工事においては,地目が保安林であるB町2丁目戊407番3の土地を掘削したものではないし,保安林である樹木を伐採したものでもないから,本件工事施工に当たっての森林法違反をいう原告らの主張は失当である。

エ 以上のとおり,本件工事において,栃尾市は何ら違法な行為をしていない。本件崖崩れは,平成16年7月13日の日雨量が421ミリメートルにも及ぶ極めて異常な集中豪雨による事故というべきである。

(2)争点(2)(国家賠償法2条1項に基づく被告の損害賠償責任の有無)について

【原告らの主張】

本件工事を施工した場所は,栃尾市の本件市道に敷設された歩道であり,国家賠償法2条1項所定の「公の造営物」に該当する。

そして,本件工事を施工した場所は,急傾斜地が隣接しており,本件工事によって上記急傾斜地が崩壊して崖崩れが発生する危険があったのであるから,栃尾市は,本件工事を施工した場所の設置管理に当たって,周辺に雨水が浸透して付近の土地に崖崩れ等の災害が発生しないように,本件工事において掘削した平坦地の表面を遮水効果のあるもので覆ったり,急傾斜の斜面対策工事を実施したりして,十分な安全対策を講じる義務を負っていた。しかるに,栃尾市は,これを怠り,十分な安全対策をとることなくその設置管理を行い,その結果として本件崖崩れが発生した。

したがって,栃尾市を合併した被告は,原告らに対し,国家賠償法2条1項に基づき,損害賠償責任を負う

【被告の主張】

被告が,原告らに対し,国家賠償法2条1項に基づき,損害賠償責任を負うとの主張は争う。

平成16年7月13日に本件傾斜地付近で発生した豪雨は記録的豪雨であって,本件傾斜地から約500メートル離れた栃尾市消防署においては,同年7月12日午後8時から同月14日午前0時までの28時間で積算降水量が426.5ミリメートルを,同月13日の一日で降水量が421ミリメートルを,本件崖崩れが発生したとされる同日午前8時10分ころから同日午前9時10分ころまでの1時間雨量が62ミリメートルを記録した。

本件工事の施工に当たっては,歩道部分には雨水が本件傾斜地ではなく反対側の車道に流れるように勾配をとり,掘削後の土地の表面には植生ネット(肥料袋付人工芝付二重ネット)を張って水の浸透を防ぐ工夫がされていたこと,本件崖崩れ前には,それまでの最高時間雨量及び最大日降水量を記録した降雨の際にも,本件傾斜地で何ら災害が発生しなかったことに照らせば,本件工事によって敷設された歩道は,過去のデータ等から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性をもって設置されていたというべきである。本件崖崩れは,過去に例のない異常な降雨があったために発生したものである。

このように,本件工事によって敷設された歩道は,予測される災害の発生を防止するに足りる安全性を備えていたのであるから,国家賠償法2条1項にいう瑕疵は存在しなかった。

(3)争点(3)(損害の有無及び額)について

【原告らの主張】

ア 原告春男の損害

(ア)①本件崖崩れにより,原告春男が所有していた編み機のうち2台が損壊して使用できなくなり,かつ修理することもできなくなった。これらは,コンピューターの基盤などが損壊したものであるが,修理業者である株式会社小林機料から,修理には莫大な費用を要し,かつ,それだけの費用をかけて修理しても従前どおりには機能しないと言われている。

原告春男は,平成5年11月4日,上記編み機を1台当たり1225万7000円(1190万円+消費税3パーセント)で購入したものであるところ,財務省令によれば,「メリヤス生地,編み手袋又はくつ下製造設備」の耐用年数は10年とされ,残存割合は100分の10であるから,上記編み機の再調達費用は1台当たり124万9500円(119万円+消費税5パーセント)である。したがって,上記編み機2台が損壊したことによって原告春男が被った損害は249万9000円(124万9500円╳2)である。

② 本件崖崩れによって,原告春男が所有又はリースしていた編み機のうち,7台が損傷し,その取りあえずの修理代として,株式会社小林機料に66万0439円を,啓装工業株式会社に14万4375円を支払った。これらは,本件崖崩れによって原告春男に生じた損害となる。

③ 本件崖崩れにより,原告春男が所有又はリースしていた編み機について,未修理部分を修理するための修理代として483万5250円を要し,これらは,原告春男に生じた損害となる。

④ 本件崖崩れによって工場内の機械の調子が悪くなり,製品について編み地直しという作業が必要となったため,戊沢花子に対する外注費として63万3680円を要し,これは,原告春男に生じた損害となる。

(イ)本件崖崩れによって,原告春男所有の工場兼事務所が損壊したため,原告春男は,上記工場の外壁修繕工事を株式会社多田組に発注してその工事代金39万9000円を支払っており,上記事務所の屋根修繕工事を島板金に発注してその工事代金78万1998円を支払っており,損壊した屋根から雨漏りなどしないようにブルーシートを8000円で購入してこれを屋根に掛けており,これらは,いずれも本件崖崩れによって原告春男に生じた損害である。

(ウ)本件崖崩れによって,原告春男所有のフェンス(原告ら居住地と崖側の市道との境にあるもの)が損壊し,その補修には77万0700円の費用を要する。

(エ)本件崖崩れによって,原告春男所有の工場兼事務所内に土砂や岩石が流入し,これを撤去するための人件費として10万円を,用具費用として合計14万2000円を要した。

(オ)原告春男は,平成16年7月12日までは,Z織物の商号で機業を営んでいたが,本件崖崩れで編み機が使用不能となり,工場兼事務所が損壊したため,同年8月5日までは全部休業しなくてはならなかった。本件崖崩れ前の平成15年と本件崖崩れ後の平成17年の所得(ただし,観念的な出費である減価償却費,営業を継続しなくともかかり,損害賠償実務において給与所得者であれば給与所得から控除しない利子割引料,原告春男と同居する親族に支払われる専従者給与を考慮しない。)を比較すると,287万2781円が減少している。

本件崖崩れによる損傷の程度のひどさに鑑み,本件崖崩れ発生後1年6か月間の一部休業に伴う損害が賠償されるべきであるから,本件崖崩れによって原告春男に生じた休業損害としては,430万9171円(287万2781円÷12╳18)が相当である。

(カ)原告春男は,本件崖崩れによって多大な恐怖を味わい,また,本件崖崩れ後の後始末のために多大な苦労を強いられており,特にその子である原告秋男が脳出血のためにリハビリを受けている状態にある。以上の事情からすると,原告春男が本件崖崩れによって被った精神的損害に対する慰謝料としては,70万5881円が相当である。

(キ)本件訴訟の難度からみて,弁護士費用としての損害は,前記(ア)ないし(カ)の合計額の約2割である330万円が相当である。

(ク)前記(ア)ないし(キ)の原告春男の損害を合計すると,1987万7778円となる。

イ 原告夏子の損害

原告夏子は,本件崖崩れ発生後,過酷な環境の中で作業を継続したことによって腰痛を発症したため,2万9664円でナ体幹装具を購入し,3150円でベッドをレンタルし,1万1436円で訪問介護を受け,治療費として5630円を支払ったものであり,これらはいずれも本件崖崩れによって原告夏子に生じた損害である。

また,本件崖崩れによって大きな恐怖を受け,その後片付け等のために筆舌に尽くしがたい苦労を強いられたものであり,その精神的損害に対する慰謝料としては295万0120円を下らないし,弁護士費用としての損害は30万円が相当である。

ウ 原告秋男の損害

原告秋男は,本件崖崩れによってZ織物の工場が損壊したことにより,Z織物の工場責任者として機械の復旧等のために連日深夜まで稼働し,そのストレスのために平成18年2月7日に小脳出血を発症した。そのため,原告秋男は,治療費として58万7702円(新潟県厚生農業協同組合連合会長岡総合病院分)及び9万8268円(新潟県厚生農業協同組合連合会栃尾郷病院分)を,薬剤費として8210円を支出したが,上記合計69万4180円は本件崖崩れによって原告秋男に生じた損害である。

また,原告秋男は,本件崖崩れによって大きな恐怖を受け,その後片付け等のために筆舌に尽くしがたい苦労を強いられたものである上,小脳出血によって長期間の寝たきり生活を経た上で現在リハビリ中であり,3級の行為者障害認定を受けて杖無しでは歩けない状態であるという事情からすると,本件崖崩れによって原告秋男に生じた精神的損害に対する慰謝料は930万5820円を下らないし,弁護士費用としての損害は100万円が相当である。

エ 原告冬子の損害

原告冬子は,本件崖崩れによって大きな恐怖を受け,その後片付け等のために筆舌に尽くしがたい苦労を強いられたものである上,前記ウのとおり,夫である原告秋男が小脳出血を発症したためにその介護にかかり切りの生活を余儀なくされている。以上の事情からすると,本件崖崩れによって原告冬子に生じた精神的損害に対する慰謝料は500万円,弁護士費用は50万円が相当である。

【被告の主張】

いずれも否認ないし争う。

平成16年7月13日に発生した本件崖崩れと平成18年2月7日に発症した原告秋男の小脳出血との間に相当因果関係は存在しない。また,原告秋男が治療費として支出したものには,入院の有無にかかわらず必要である食事代が含まれており,これは損害とはいえない。

平成16年7月13日に発生した本件崖崩れと平成20年12月ころに発症した原告夏子の腰痛や平成22年1月15日に購入した体幹装具の購入費用との間に相当因果関係は存在しない。

第3  当裁判所の判断

1  認定事実

前記第2の1の事実に加え,証拠(人証のうち,証人乙山一郎〔以下「乙山」という。〕については陳述書〔甲71〕を,証人丙川二郎〔以下「丙川」という。〕については報告書〔甲67〕を,証人丁谷三郎〔以下「丁谷」という。〕については陳述書〔乙47,55,56〕をそれぞれ含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。

(1)原告ら居住地の西側には段丘が位置しており,原告ら居住地が位置する平面と上記段丘の段丘面(段丘上部の平坦面)との間の段丘崖として本件傾斜地が存在する。

原告らは居住地の標高は約66ないし67メートルであり,上記段丘面の標高は東側部分(原告ら居住地に近い側)において約85メートル程度である。

(甲73,乙41,証人丙川)

(2)公図(不動産登記法14条4項に基づく地図に準ずる図面)によれば,原告ら居住地(原告らの工場兼事務所の所在は,A町戊313番地,戊310番地,戊311番地である。)の西側に国有地道路及び国有地水路が順次隣接し,さらにその西側にA町戊407番2の土地,B町2丁目戊407番3の土地,B町2丁目甲123番3の土地,B町2丁目甲123番4の土地が順次隣接して存在しており,公図上の上記各土地及び周辺土地の形状,位置,境界線はおおよそ別紙図面2(公図の合成図面)のとおりである。

(甲58,乙14ないし17)

(3)アA町戊407番2の土地(昭和48年9月1日までの所在は栃尾市A’町407番2であった。)の地目は山林であり,B町2丁目戊407番3の土地は,昭和10年5月ころに保安林に指定された(指定当時の所在は栃尾市A’町407番3であった。)。

B町2丁目戊407番3の土地は,本件傾斜地上に位置している。

(乙5ないし7,9,10,弁論の全趣旨)

イ B町2丁目甲123番3の土地は,昭和38年2月28日にB町2丁目甲123番1の土地から分筆され(分筆当時の所在は栃尾市B’町123番3であり,地目は山林であった。),平成10年7月15日に公衆用道路へと地目が変更された。

(乙11,弁論の全趣旨)

ウ B町2丁目甲123番4の土地は,昭和38年2月28日にB町2丁目甲123番1の土地から分筆され(分筆当時の所在は栃尾市B’町123番4であり,地目は山林であった。),同年6月30日に公衆用道路へと地目が変更された。

(乙12,弁論の全趣旨)

エ B町2丁目甲123番5の土地は,昭和38年2月28日にB町2丁目甲123番2の土地から分筆され(分筆当時の所在は栃尾市B’町123番5であり,地目は山林であった。),平成10年7月15日に公衆用道路へと地目が変更された。

(乙13,弁論の全趣旨)

(4)昭和60年10月12日から昭和61年1月18日までの間,新潟県(当時の担当は長岡林業事務所)は,B町2丁目戊407番3の土地ほか3筆の土地(本件傾斜地)において,小規模荒廃地復旧事業として,斜面上に特殊接着モルタルによる実播工を施工し,同実播工は,本件傾斜地の斜面の頂部付近まで施工された。

その際,本件傾斜地(B町2丁目戊407番3の土地を含む。)は,実播工の施工のため,雑木等が除去された。

本件傾斜地に施工された実播工は,特殊接着モルタル吹付緑化工法という名称であり,裸地斜面が転石,礫交じり土で,落石や崩壊の危険性のある箇所を金網張りし,その上に特殊接着モルタルを点付吹付して,斜面の連鎖一体化を図り,各種の植生工の併用により斜面の永久安定と周辺環境の調和を狙いとした法面緑化保護工法であるとされている。

(乙22の1,22の2,34,証人乙山,証人丁谷)

(5)平成4年ころ,原告ら居住地の西側に位置する段丘につき,同段丘をほぼ東西方向に貫通するトンネル(秋葉トンネル)を設置する工事が行われた。

上記トンネル設置工事の際に行われた地質調査によれば,上記段丘の段丘面の表層部には,約5メートル程度にわたって礫質土及び砂質土(段丘堆積物・第四紀,土質は,径20センチメートルから30センチメートルの玉石の混じった礫質土が主体であるが,ところどころ砂質土からなる箇所も存在する。)が存在し,その下層(西山層・新第三紀)には,泥岩(全体に砂質な泥岩である〔乙33の2・NO.3号孔〕。塊状な泥岩を主体とするが,ところどころ細粒砂岩を薄層状に介在する箇所がある。固結度は砂岩と比較すると低い。)が存在していたほか,段丘崖の下方斜面には岩片混じり粘土(崖錐堆積物・第四紀,泥岩及び砂岩片の混じった粘性土を主体とする堆積物)が分布していた(乙33の2・始点側坑口とNO.3号孔との間の「dt」)。

(乙32,33の1,33の2)

(6)ア平成10年2月ころから同年7月ころまでの間,B町2丁目甲123番3の土地を含む土地において,本件工事が行われた。

本件工事は,本件市道が小中学校の児童生徒の通学路であって,従前は路側帯しかなかったので,子供らの安全を確保するため,B町2丁目123番4の土地等に設置されていた道路にノ沿って,B町2丁目甲123番3の土地,B町2丁目甲123番5の土地等に歩道を設置するものとして計画され,B町2丁目戊407番3の土地は本件工事の施工計画範囲に含まれていなかった。

(前記第2の1(3),乙24,26,証人丁谷,弁論の全趣旨)

イ 本件工事が施工される以前のB町2丁目甲123番3の土地及びB町2丁目甲123番5の土地は,B町2丁目甲123番4の土地等に設置されていた道路と比較して標高が高く(本件工事の設計図面の平面図〔乙24〕上の「MC5」の地点における道路の地盤高が78.6メートルであるのに対し,同地点に近接する工事施工予定場所の標高が83.96メートルであり,同平面図上の「EC5」の地点における道路の地盤高が76.53メートルであるのに対し,同地点に近接する工事施工予定場所の標高が81.15メートルであり,同平面図上の「+10.00」の地点における道路の地盤高が73.64メートルであるのに対し,同地点に近接する工事施工予定場所の標高が76.26メートルであった。),本件工事においては,上記道路に合わせて,B町2丁目甲123番3の土地やB町2丁目甲123番5の土地について切土を行うこととし,垂直方向にして最大5メートル程度掘削するものとして計画され,実際の施工時には,上記計画よりも最大で約1メートル程度深く掘削された部分があった。

(乙24,54の1,54の2,証人丁谷)

ウ 本件工事によって掘削された土地上には,草木が繁茂していたが,掘削によって生じた平坦面上には歩道が設置され,歩道外に三段の平坦面が造成され,歩道外の切土法面には植生ネット(肥料袋付人工芝付二重ネット)を施工して法面が保護され,さらに,段切りをした平地部分に若干の勾配(水勾配)を付けて,歩道側に雨水が流れるように施工された。

また,本件工事により設置された歩道には雨水が車道側に流れるように水勾配がとられている。

(乙23,25,31,35,証人丁谷)

(7)ア平成16年7月12日夜から同月13日にかけて,日本海から東北地方南部にのびる梅雨前線の活動が活発となり,同日朝から昼ころにかけて,新潟県中越地方や福島県会津地方において非常に激しい雨が降り(気象庁において,「平成16年7月新潟・福島豪雨」と命名された。),新潟県栃尾市(当時)における降り始めからの総降水量は427ミリメートルであった。

(乙1)

イ 平成16年7月13日午前8時ころから同日午前9時ころまでの間,本件傾斜地の中腹付近において土砂が崩落して原告ら居住地に落下した。

当時の栃尾市大町に所在していた栃尾市消防署(本件崖崩れの発生現場から直線距離にして約500メートル離れたところに位置している。)の観測によれば,本件崖崩れ発生前日である同月12日午後8時ころから降雨を観測し始め,同日午後8時から同月13日午前7時までの降水量が合計63.5ミリメートル,同日午前7時から同日午前8時までの降水量が39.5ミリメートル,同日午前8時から同日午前9時までの降水量が58ミリメートルであった。

(前記第2の1(4),乙2,3,29,証人丁谷)

ウ 平成16年7月13日の豪雨の際,原告ら居住地の南側に位置し,道路を挟んで本件傾斜地と連続する段丘崖に該当する斜面においても土砂の崩落が発生し,A町戊407番2の土地に土砂が落下した。

(乙4,29,証人丁谷)

(8)本件崖崩れによって崩落した土が撤去された後,平成16年8月25日から同年12月24日までの間,小規模県営治山山地防災対策事業として,本件傾斜地の斜面上に簡易法枠工が施工された。

(乙27の3,30,51)

(9)アメダス栃尾観測所において,観測が開始された昭和51年から本件工事の施工が開始される平成10年2月ころまでの間に,日雨量80ミリメートルを超える降雨を観測したことが19回あったが,降雨時に本件傾斜地で崩落事故が発生したことはなく,本件工事の施工が完了した平成10年7月から本件崖崩れが発生した平成16年7月13日までの間に,アメダス栃尾観測所又は栃尾消防署において日雨量80ミリメートルを超える降雨を観測したことが合計7回あったが(ただし,本件崖崩れ発生当日の降雨は除く。),本件傾斜地において土砂の崩落事故が発生したことはなかった。

(乙49の1ないし49の3,証人乙山,証人丁谷,弁論の全趣旨)

2  争点(1)(国家賠償法1条1項に基づく被告の損害賠償責任の有無)について

(1)調査義務違反の主張について

ア 原告らは,本件傾斜地の上方部分には保安林に指定された土地が存在し,本件傾斜地の斜面に実播工が施工されていたことからすると,本件傾斜地が崩落しやすい性質を有しており,本件工事によって掘削された土地上に存在していたローム層や樹木が雨水の浸透を防止していたために崖崩れの危険が顕在化していなかったものの,本件工事の施工場所付近は潜在的に崖崩れの危険のある地盤・地形であったところ,潜在的に崖崩れの危険性がある場所での工事に際しては,施工者において,工事によって崖崩れの危険を顕在化させないようにする注意義務があり,栃尾市の職員が本件工事を計画・施工するに当たっては,本件傾斜地で崖崩れが発生することのないように地質や地形を調査する義務があったのにこれを怠った過失により,本件工事において樹木を伐採して斜面の上方の平坦地に存在したローム層を掘削除去し,実播工の一部を撤去したことによって本件傾斜地の崖崩れの危険性を増大させる違法な工事を行った旨主張する。

原告らの上記主張の趣旨は,要するに,本件工事が,本件傾斜地における崖崩れの危険性を増大させ,本件崖崩れ発生の原因となったことを前提として,栃尾市において,本件工事の施工範囲内の土地やこれと隣接する本件傾斜地の地質や地形を調査していれば,本件工事の施工により本件傾斜地における崖崩れ発生の危険性が増大することを予見し得たのであるから,本件傾斜地における土砂崩落事故の発生を防止するために,上記調査を行った上で,本件工事の施工を中止するか事故発生防止対策を採るべき義務があったのにこれを怠り,本件傾斜地における崖崩れ発生の危険性を増大させる違法な本件工事を行った旨主張するものであると解される。

イ(ア)そこで検討するに,原告らは,本件工事において,本件傾斜地に隣接する段丘面の土地を掘削し,同土地上の樹木を伐採し,本件傾斜地の斜面上に施されていた実播工の一部を撤去したことが本件傾斜地における崖崩れ発生の危険性を増大させ,本件崖崩れの原因となった旨主張し,証人乙山の証言中にはこれに沿う部分があるところ,前記1(4),(6)イ及びウで認定したとおり,本件工事においては,B町2丁目甲123番3の土地等について切土を行い,最大で約5メートルの高さにわたって土砂を掘削するものとして計画され,本件工事によって掘削された土砂の地表には草木が繁茂していたこと,本件傾斜地の斜面の頂部付近の土地の一部を掘削したことにより本件傾斜地の斜面の頂部まで施工されていた実播工の一部を除去したことが認められる。

しかしながら,前記1(6)ウに認定したとおり,本件工事の掘削によって生じた平坦面には雨水が車道側に流れるように水勾配がとられた歩道が設置され,歩道外の切土法面には植生ネット(肥料袋付人工芝付二重ネット)を施工して法面が保護され,さらに段切りをした平地部分に若干の勾配(水勾配)を付けて歩道側に雨水が流れるように施工されたことが認められる。そのため,本件工事によって設置された歩道から雨水が本件傾斜地側に流れて入ることはなく,本件工事の掘削によって生じた平坦面からも雨水が本件傾斜地側に流れて入ることもないし,歩道外の切土法面に施工された植生ネットにより草木が成長して従前のような草木繁茂の状態に回復することが期待できたといえることからすると,本件工事の施工により本件傾斜地が水を吸収しやすくなって崖崩れ発生の危険性が増大したとはいい難い。しかも,前記1(7)及び(9)に認定した事実のとおり,本件工事の施工が完了した平成10年7月から本件崖崩れが発生した平成16年7月13日までの間に,アメダス栃尾観測所又は栃尾消防署において日雨量80ミリメートルを超える降雨を観測したことが,本件崖崩れ当日を除いて合計7回あったが(なお,行政実務上,最大24時間雨量が80ミリメートル以上の降雨は,公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法2条1項所定の「災害」に該当するものとされている〔乙50,証人丁谷〕。),本件傾斜地において降雨時に土砂の崩落事故が発生したことはなかった。これに加え,本件崖崩れが発生した平成16年7月新潟・福島豪雨の際には,本件傾斜地において土砂の崩落事故が発生したのみならず,原告ら居住地の南側に位置し,道路を挟んで本件傾斜地と連続する段丘崖に該当する斜面においても土砂の崩落が発生したことが認められるところ,証拠(証人丁谷)及び弁論の全趣旨によれば,同斜面においては,土地の掘削工事等は行われていなかったと認められ,本件傾斜地において本件崖崩れが発生したことをもって,本件工事施工後に本件傾斜地における土砂の崩落事故発生の危険性が高まったと考えるのは困難である。

そして,証人乙山及び同丙川の証言を含む本件全証拠によっても,地上の樹木が伐採された場合や切土によって平坦地が増加した場合に,下部の地層への雨水の浸透量がどの程度増加するかを定量的に把握することができず,また,切土をした土地の周辺地において崩落事故が発生する確率がどの程度上昇するのかを把握することができるとは認められないことをも併せ考えると,本件工事において,本件傾斜地に隣接する段丘面の土地を掘削し,同土地上の樹木を伐採し,本件傾斜地の斜面上に施されていた実播工の一部を撤去したことが本件傾斜地における崖崩れ発生の危険性を増大させ,本件崖崩れの原因となったとする証人乙山の証言中の上記部分は,具体的な根拠を欠くものとして合理的疑問が残るものといわざるを得ず,これを採用することはできない。他に本件工事が本件傾斜地における崖崩れ発生の危険性を増大させ,本件崖崩れの原因となったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって,本件工事が本件傾斜地における崖崩れ発生の危険性を増大させて本件崖崩れ発生の原因となった旨の原告らの前記アの主張はその前提を欠くものであって失当である。なお,本件工事の施工場所の地層の上層部に不透水性のローム層が存在していたとする原告らの主張については,後記ウ(イ)に判示するとおり採用することはできない。

(イ)また,仮に前記(ア)の点を措くとしても,前記1(6)アに認定したとおり,本件工事は,既存の道路に沿って歩道を設置するという内容の工事であるところ,本件全証拠を精査しても,歩道工事を行う場合に工事施工範囲内の土地や隣接地の地質を調査すべきである旨定めた基準や,上記の内容の歩道設置工事を計画・施工する際には当然に工事施工範囲の地質を調査すべきであるとする知見が存することを認めるに足りる証拠はない。

そして,既に説示したとおり,本件工事においては,B町2丁目甲123番3の土地等について切土を行い,最大で約5メートルの高さにわたって土砂を掘削するものとして計画され,本件工事によって掘削された土砂の地表には草木が繁茂していたことが認められるが,本件全証拠によっても,地上の樹木が伐採された場合や切土によって平坦地が増加した場合に,下部の地層への雨水の浸透量がどの程度増加するかを定量的に把握することができず,切土をした土地の周辺地において崩落事故が発生する確率がどの程度上昇するのかを把握することができないことからすると,本件工事を施工した場合に本件傾斜地における崩落事故の発生確率が上昇するか否かを事前に予測することは困難である。

これに加え,アメダス栃尾観測所において,本件工事施工以前にも,日雨量が80ミリメートルを超える降雨を観測したことが19回あったにもかかわらず,降雨時に本件傾斜地で崩落事故が発生したことはなかったこと(前記1(9))をも併せ考えると,栃尾市の職員において,本件工事の施工範囲内の土地やこれと隣接する本件傾斜地の地質や地形を調査していたとしても,本件工事により本件傾斜地における崖崩れの危険性が増大して,降雨時に本件傾斜地で崩落事故が発生することを予見することは困難であったといわざるを得ず,栃尾市の職員において,上記調査を行った上で,本件工事を中止すべき義務があったとか,事故発生防止対策を取るべき義務があったと認めることはできない。

ウ これに対し,原告らは,本件傾斜地には保安林に指定された土地が存在し,本件傾斜地の斜面上に実播工が施工されていたことからすると,本件傾斜地は崩落しやすい性質を有していたものであって,本件傾斜地の上方部分の土地の上層に不透水性のローム層が存在し,また,同部分に樹木が植生していたことによって地層への水の浸透が防止されていたために,崖崩れの危険が顕在化していなかったにすぎず,本件工事の施工場所付近は潜在的に崖崩れの危険のある地番・地形であったとして,栃尾市が,保安林に指定された土地に隣接する土地を掘削し,同土地上の実播工を撤去し,ローム層を除去し,樹木を伐採することを内容とする本件工事を計画して施工するに当たっては,本件工事の施工範囲内の土地やこれと隣接する本件傾斜地の地質や地形を調査する義務があったと主張する。しかし,原告らの上記主張は,以下に説示する理由により,採用することができない。

(ア)まず,本件工事において,保安林に指定された土地に隣接する土地を掘削し,同土地上の実播工を撤去したとの点については,確かに,前記1(2),(3)ア,(4)に認定したとおり,本件傾斜地には保安林に指定された土地(B町2丁目戊407番3の土地)が含まれており,同土地が,本件工事において歩道が設置された土地(B町2丁目甲123番3の土地)に隣接していたこと,本件傾斜地の斜面上には,昭和60年ころに実播工が施工されており,本件工事においては,実播工が施工された斜面を含む土地を掘削することが計画され,実際に実播工が施工された斜面の一部が掘削されたことが認められる。

しかしながら,前記イの認定判断と同じ理由により,保安林に指定された土地に隣接する土地において歩道設置工事を行うことにより,保安林に指定された土地の崩落の危険性が直ちに増大すると認めることはできない。また,栃尾市が,実際に,保安林に指定された土地に隣接する土地において歩道設置工事を行うことを内容とする本件工事を計画した際に,保安林管理者である新潟県から何らかの指摘がされたことを認めるに足りる証拠もない。

また,実播工の撤去についても,実播工の目的や性質が,金網張りと特殊接着モルタルの吹付けで斜面の連鎖一体化を図り,植生工の併用によって斜面の永久安定と周辺環境の調和を狙いとした法面緑化保護工法であること(前記1(4)),本件工事において撤去した実播工が,本件傾斜地の斜面の頂部まで施工されていたもののうちの一部分に過ぎず,その多くは斜面上に残置されていたこと,さらに,本件工事においては,施工の際の歩道外の切土法面に植生ネットを設置する措置も採られていることからすると,本件工事において実播工を撤去したことにより,崖崩れの危険性が増大したものと直ちに認定することはできない。

以上によれば,本件工事が,保安林に指定された土地に隣接する土地を掘削し,同土地上の実播工を撤去することを内容とするものであったことから直ちに,栃尾市において,原告らの主張する上記調査義務を負っていたということはできない。

(イ)次に,本件工事において,本件傾斜地の上方部分の土地の上層に存在した不透水性のローム層を除去したとの点については,前記1(5)に認定したとおり,平成4年ころのトンネル設置工事施工の際に行われた地質調査により,原告ら居住地や本件傾斜地の西側に存する段丘の段丘面の地層について,表層部の約5メートル程度にわたり,礫質土及び砂質土(段丘堆積物・第四紀,玉石の混じった礫質土が主に存在し,ところどころ砂質土からなる箇所も存在するという土質)が存在し,その下層部には泥岩(西山層・新第三紀)が存在していたことが確認されており,この事実によれば,本件工事を施工した土地の表層部に,不透水性のローム層が存在していたとは考え難く,むしろ,礫質土や砂質土が存在していたと推認することができる。この点,原告らは,文献(栃尾市史・甲38)を根拠として,本件工事の施工場所周辺の地層の表層部にはローム層が存在していたと考えられる旨主張するが,同文献において図示された段丘分布図(甲38・27頁)は,その縮尺が大きく,本件工事の施工場所周辺の地質が正確に示されているか疑問があるし,同文献(29頁)においても,低位段丘に,堆積物はあまり風化していない砂礫・粘土層の上に70センチメートル前後のローム層を乗せている所もあるが,低位段丘面の最下位の面にくると,ローム層もあったりなかったりして幅の狭い小平坦面が断続しているとの記載もあるので,同文献は上記判断を左右するに足りない。

したがって,本件傾斜地の上方部分の土地の上層に不透水性のローム層が存在することを前提とする原告らの主張には理由がない。

(ウ)さらに,本件工事において,地層への水の浸透を防止していた樹木を伐採したとの点については,確かに,前記1(6)ウに認定したとおり,本件工事によって掘削された土地上の草木が一定程度伐採されたことが認められるが,伐採された草木の存在によって崖崩れ発生の危険性をどの程度減少させていたかは本件証拠上全く明らかではなく,上記草木を伐採したことにより,崖崩れの危険性が直ちに増大したものと認めることはできない。加えて,既に説示したとおり,本件工事においては,施工の際の歩道外切土法面に植生ネットを設置して,その後の草木の植生を図る代替措置が採られており,証拠(甲25,乙27の3,29)によれば,本件工事が施工されてから約6年が経過した本件崖崩れ発生時には,本件工事施工以前と大きく異ならない程度に草木が繁茂していることが認められるので,本件工事で樹木を伐採したことをもって,崖崩れ発生の危険性を高めたともいえない。

以上によれば,本件工事が,施工対象土地上の樹木を伐採することを内容とするものであることから直ちに,栃尾市において,原告ら主張の上記調査義務を負っていたということはできない。

(エ)よって,本件工事の施工対象土地の性状,本件工事の内容等から,栃尾市が本件工事を計画して施工するに当たっては,本件工事の施工範囲内の土地やこれと隣接する本件傾斜地の地質や地形を調査する義務があったとはいえない。

エ 以上によれば,栃尾市が本件工事を計画・施工するに際して,本件工事の施工範囲内の土地や隣接する本件傾斜地の地質や地形を調査すべき義務があったとか,本件工事の施工を中止するか事故発生防止対策を採るべき義務があったと認めることはできず,原告らの前記アの主張は採用することができない。

(2)森林法違反の主張について

ア 原告らは,森林法34条の規定によれば,栃尾市の職員においては,保安林に指定されていたB町2丁目戊407番3の土地付近で工事をする場合には,保安林管理者と協議して,保安林や実播工を破壊する結果をもたらすような工事を施工しない義務を負っていたにもかかわらず,上記義務に違反し,保安林管理者に無断で,本件工事の施工によって保安林に指定されていたB町2丁目戊407番3の土地を掘削して保安林や実播工を破壊した過失が存すると主張する。

イ まず,原告らの前記アの主張が,栃尾市が本件工事を計画するに当たって森林法34条所定の許可を得るべきであった旨主張する趣旨であるとして検討すると,前記1(3)ア,(6)アで認定したとおり,本件工事は,B町2丁目甲123番3の土地等について歩道を設置する工事として計画され,森林法25条に基づいて保安林に指定されていたB町2丁目戊407番3の土地は本件工事の計画の施工範囲に含まれておらず,昭和60年ころに本件傾斜地に実播工が施工されたため,雑木が除去されていた。

そして,森林法34条1項及び2項(いずれも同法44条において準用する場合を含む。)によれば,同法25条に基づいて保安林に指定された土地若しくは同法41条1項又は3項に基づいて保安林施設地区に指定された土地においては,都道府県知事の許可を受けなければ,同法34条1項ただし書各号所定の除外事由に該当しない立木を伐採してはならず,同条2項ただし書各号所定の除外事由に該当しない限り,立竹を伐採し,立木を損傷し,家畜を放牧し,下草,落葉若しくは落枝を採取し,又は土石若しくは樹根の採掘,開墾その他の土地の形質を変更する行為をしてはならない旨規定されているが,保安林や保安林施設に指定された土地に隣接する土地に工事をする際にも上記許可を要する旨の規定は存在せず,同法の解釈によってもそのように解することはできない。そして,本件全証拠を精査しても,本件工事の計画に際して施工範囲とされたB町2丁目甲123番3の土地等が,森林法25条に基づいて保安林に指定されていたとか同法41条1項又は3項に基づいて保安林施設地区に指定されていたと認めるに足りる証拠はないから,栃尾市が本件工事を計画するに当たって森林法34条所定の許可を得るべきであったということはできない。

この点,証人乙山の証言中(同証人の証人調書13頁)には,保安林に指定された土地の周辺地において掘削を伴う工事をする場合には保安林管理者から許可を得なければならない決まりがあるとする部分があるが,同証言の根拠となる参議院議員を介して農林水産省に照会して得た答弁記録(甲74)においては,森林法25条に基づいて保安林に指定された土地若しくは同法41条1項又は3項に基づいて保安林施設地区に指定された土地について工事を行う場合には同法34条(同法44条において準用する場合を含む。)の許可を得るか,同法26条及び26条の2に定める保安林指定解除を経た上で工事をしなければならない旨記載されているものの,保安林や保安林施設地区に指定されていない土地について工事を行う場合に同様の手続を経なければならない旨記載されているものではないので,証人乙山の証言中の上記部分を採用することはできない。

ウ また,原告らの前記アの主張が,栃尾市が本件工事を計画するに当たって保安林ム管理者と協議をして本件工事を中止すべき義務を負っていた旨主張する趣旨であるとしても,保安林に指定された土地に隣接した土地に歩道を設置する工事を計画するに当たって,当該工事を計画する者が当該保安林の管理者と協議をしなければならないことを義務付ける法令上の規定はない。また,本件工事の施工について,栃尾市が保安林として指定されていたB町2丁目戊407番3の土地の保安林管理者である新潟県と協議をすれば,本件工事の施工が許されないこととなる事情があったと認めるに足りる証拠はなく,かえって,証人丁谷は,本件工事の施工範囲に保安林指定地と隣接した土地が含まれていたことから,本件工事の施工前に,保安林の管理を担当していた新潟県の長岡林業事務所と栃尾市との間で協議が行われており,新潟県の長岡林業事務所においては本件工事の施工に問題はないという見解であったと聞いている旨証言していることに照らし,原告らの主張を採用することはできない。

エ(ア)さらに,原告らの前記アの主張は,栃尾市が本件工事を施工する際に,その施工計画の内容と異なり,森林法34条所定の許可を得ることなく,保安林として指定されていたB町2丁目戊407番3の土地を掘削した旨主張する趣旨にも解されるので,この点について検討する。

(イ)前記1(2),(6)に認定した事実によれば,本件工事においては,B町2丁目甲123番3の土地,B町2丁目甲123番5の土地等に歩道を設置するために,上記土地について切土を行い,垂直方向にして最大約5メートル掘削することが計画されたが,実際に施工した結果,上記計画よりも最大で約1メートル程度深く掘削された部分があったこと,本件工事において掘削された土地上には草木が繁茂していた部分があったことが認められるものの,他方,本件工事施工の際に,B町2丁目戊407番3の土地についても切土が行われて土砂を掘削したことを認めるに足りる証拠は存在しない。

そして,B町2丁目甲123番3の土地とB町2丁目戊407番3の土地との境界線については,本件全証拠によっても,その位置を窺わせる境界標が存するとは認められないし,また,本件工事の施工前に,上記各土地上に工作物等が設置されていたとは認められず,占有境界も明らかではない。また,B町2丁目戊407番3の土地は本件傾斜地に位置する斜面であったが(前記1(3)ア),平成4年6月ころの測量の結果作成された平面図(乙41)における本件傾斜地付近の等高線や,昭和38年8月27日,昭和42年9月28日,昭和47年6月14日,平成3年7月ころにそれぞれ撮影された各航空写真(甲35,37)における画像からは,公図上のB町2丁目甲123番3の土地とB町2丁目戊407番3の土地の境界線(別紙図面2参照)の形状と一致するような地形的特徴が存することを窺うことはできない。そうすると,B町2丁目甲123番3の土地とB町2丁目戊407番3の土地との境界線の正確な位置は明らかでないというほかない。

また,B町2丁目戊407番3の土地は保安林に指定されており(前記1(3)ア),本件工事においては草木が繁茂した土地を掘削したことが認められるものの(前記1(6)ウ),本件工事施工前においては本件工事の施工対象地であるB町2丁目甲123番3の土地やB町2丁目甲123番5の土地の地目はいずれも山林であったのであるから(前記1(3)イ及びエ),本件工事において草木が繁茂した土地を掘削したことをもって,同土地が保安林に指定された土地であるとか伐採した樹木が保安林であったということはできない。

さらに,実播工の施工範囲は,本件工事により掘削される前の本件傾斜地の全面であったと推認できるところ,本件全証拠によってもB町2丁目甲123番3の土地とB町2丁目戊407番3の土地との境界標が存するとは認められず,占有境界も明らかではないので,実播工がB町2丁目甲123番3の土地に及んで施工された可能性も十分にある。そうすると,本件工事において実播工の一部を撤去したからといって,B町2丁目戊407番3の土地についてまで土地を掘削したと断定することはできない。

以上検討したところからすると,本件工事の施工によってB町2丁目戊407番3の土地についてまで切土を行って土砂を掘削したとか,同土地上の樹木を伐採したと認めることはできない。

(ウ)これに対し,原告らは,本件傾斜地の斜面と本件傾斜地の西側の段丘の平坦面との境界が,B町2丁目戊407番3の土地とB町2丁目甲123番3の土地との境界に当たるから,本件工事において切土によって斜面上の土地まで掘削している以上,B町2丁目戊407番3の土地まで工事を行ったのは明らかである旨主張する。しかしながら,地番が地形によって分けられることが多いとしても,傾斜地とその上層の平坦地との間の地形境界が土地の境界であるとは限らないのであって,前記(イ)に説示したとおり,本件傾斜地とその西側段丘平坦面との間には,公図上のB町2丁目甲123番3の土地とB町2丁目戊407番3の土地との境界線の形状に合致する地形境界が存するとは窺われないことからすると,本件傾斜地の斜面と本件傾斜地の西側の段丘の平坦面との境界が,B町2丁目甲123番3の土地とB町2丁目戊407番3の土地との境界に当たると認めるのは困難であるといわざるを得ず,原告らの上記主張には理由がない。

また,原告らは,本件工事の施工計画においては,B町2丁目戊407番3の土地に接するところまで切土による掘削が行われる予定であったところ,実際には,計画よりも切土の量が多かったのであるから,B町2丁目123番3の土地のみならず,これに隣接するB町2丁目戊407番3の土地についてまで掘削したと考えられる旨主張する。しかしながら,そもそも,本件工事の施工計画において,B町2丁目戊407番3の土地に接するところまで切土が行われる予定であったことを認めるに足りる証拠はなく,計画よりも切土の量が多かったのは,本件道路の傾斜に沿って設置した歩道に合わせて歩道外に三段の平坦面が造成されたことによると推認できることからみても,原告らの上記主張を採用することはできない。

オ  よって,原告らの前記アの主張は理由がないものといわざるを得ない。

(3)以上によれば,本件工事を計画・施工した栃尾市と合併した被告が原告らに対して国家賠償法1条1項に基づいて損害賠償責任を負う旨の原告らの主張はいずれも採用することができない。

3  争点(2)(国家賠償法2条1項に基づく被告の損害賠償責任の有無)について

原告らは,栃尾市が本件工事を施工した場所は,栃尾市の市道に沿って敷設された歩道であるところ,本件工事によって,上記歩道に隣接する本件傾斜地が崩壊して崖崩れが発生する危険が増大したのであるから,栃尾市においては,上記歩道の設置管理に当たって,本件工事において掘削した平坦地の表面を遮水効果のあるもので覆ったり,急傾斜の斜面対策工事を実施したりして十分な安全対策を講じるべきであったのにこれを怠ったとして,上記歩道の設置管理に瑕疵が存した旨主張する。

しかしながら,既に説示したとおり,本件工事が本件傾斜地における崖崩れ発生の危険性を増大させ,本件崖崩れの原因となったことを認めるに足りる証拠はないこと(前記2(1)イ(ア)),栃尾市において,本件工事の計画・施工の際に,本件工事で施行された措置以外に本件傾斜地の崩落や地層への水の吸収を防止する措置を採るべき義務があったと認めることはできないこと(上記2(1)イ(イ)及びウ)に加え,前記1(9)に認定したとおり,本件渚H事の施工が完了した平成10年7月から本件崖崩れが発生した平成16年7月13日までの間に,アメダス栃尾観測所又は栃尾消防署において日雨量80ミリメートルを超える降雨を観測したことが,本件崖崩れ当日の降雨を除いて合計7回あったにもかかわらず,本件傾斜地において土砂の崩落事故が発生したことはなかったことからすると,本件崖崩れは,同日の記録的な量の降雨を原因として発生したものといわざるを得ず,本件工事によって敷設された歩道の設置管理に瑕疵が存したとは認められないというべきであり,これを覆すに足りる証拠はない。なお,証拠(甲62)及び弁論の全趣旨によれば,本件崖崩れが発生する前の平成16年早春ころに,本件傾斜地の土砂が崩落したことがあったことが認められるが,弁論の全趣旨によれば,上記崩落事故は岩盤の隙間に入った融雪時期の水分が夜間に凍結して岩盤の一部が剥離したことによって生じたものと認められるから,上記崩落事故の発生をもって,本件工事によって敷設された歩道の管理に際して,雨水の浸透防止措置や崖崩れ発生対策措置をすることを要したということはできない。

よって,被告が原告らに対して国家賠償法2条1項に基づいて損害賠償責任を負う旨の原告らの主張には理由がない。

4  結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 駒谷孝雄 裁判官 鈴木謙也 裁判官 谷池政洋)

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