新潟地方裁判所長岡支部 平成24年(ワ)20号 判決 2013年10月24日
原告
X1
原告
X2
上記2名訴訟代理人弁護士
関雅夫
同
佐藤克哉
被告
株式会社Y
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
西本恭彦
同
平尾嘉昭
同訴訟復代理人弁護士
栗原由紀子
同
西本俊介
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 被告は、原告X1に対し、208万3191円及び内206万3530円に対する平成24年1月15日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告X1に対し、206万3530円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告X2に対し、169万5790円及び内168万7193円に対する平成23年12月19日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告X2に対し、168万7193円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 1項及び3項につき仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件は、リゾートマンションの管理組合から管理業務の委託を受けていた被告に雇用されていた原告らが、雇用期間中、時間外労働及び時間外かつ深夜労働(以下、当該各労働を併せて「時間外労働等」という。)をしたとして、被告に対し、平成23年9月10日までの未払に係る労働基準法所定の時間外労働等に係る賃金及び付加金の支払を求める事案である。
2 前提事実(争いがない。)
(1) 被告は、不動産の賃貸・管理等を事業目的とする会社であり、新潟県南魚沼郡<以下省略>所在の鉄骨鉄筋コンクリート造9階建リゾートマンション「a」(以下「本件マンション」という。)について、その管理組合から管理業務の委託を受けていた(以下、同委託に係る契約を「本件管理委託契約」という。)。
(2) 原告らは、夫婦であり、平成19年12月17日、被告から、本件マンションをこれに住み込んで管理する住込管理員として、次の内容で雇用され、同日から勤務を開始し、原告X1は平成24年1月14日、原告X2は平成23年12月18日、それぞれ退職した。
ア 業務内容
本件管理委託契約に基づき、住込管理員業務(フロント業務、共用部・専有部清掃、大浴場運営、除雪、設備点検、リゾートマンション業務全般)を行う。
イ 賃金
原告ら1人につき、基本給月額14万円を、毎月10日締めで同月25日に支払う。なお、平成22年1月以降の基本給は月額15万5000円に改定された。
ウ 所定労働時間
1日8時間
始業時刻8時、終業時刻17時、休憩時間12時から13時の間の1時間
エ 所定休日
月休9日(ただし、2月は月休8日)のシフト制
(3) 原告らの被告に対する時間外労働賃金及び時間外かつ深夜労働賃金は、次のとおりである。
ア 平成21年12月まで
(ア) 通常労働時間の賃金
原告らの基本給月額14万円、所定労働時間月172時間であるから、通常労働時間の賃金は1時間814円である。
(イ) 時間外労働賃金
原告らの22時までの時間外労働賃金は割増率25%であるから1時間1018円である。
(ウ) 時間外かつ深夜労働賃金
原告らの22時以降の時間外労働等賃金は割増率50%であるから1時間1221円である。
イ 平成22年1月以降
(ア) 通常労働時間の賃金
原告らの基本給月額15万5000円、所定労働時間月172時間であるから、通常労働時間の賃金は1時間901円である。
(イ) 時間外労働賃金
原告らの22時までの時間外労働賃金は割増率25%であるから1時間1126円である。
(ウ) 時間外かつ深夜労働賃金
原告らの22時以降の時間外労働等賃金は割増率50%であるから1時間1352円である。
(4) 被告から、原告X1は別紙1―1<省略>「割増賃金遅延損害金等計算書」(原告X1)の、原告X2は別紙1―2<省略>「割増賃金遅延損害金等計算書」(原告X2)の各「年月日」「残業代支払額」欄記載のとおり、時間外労働等賃金の支払を受けた。
第3当事者の主張
1 原告らの主張
(1) 原告らは、次のとおり時間外労働等に従事した。
ア 大浴場に関する業務
(ア) 本件マンションには男女それぞれの大浴場(以下「本件大浴場」という。)が設けられており、その営業日及び営業時間は次の別紙2―1<省略>「X1 日別労働時間一覧表」記載のとおりであった。
a 始業時刻欄に「6:00」とある日 8時30分から営業開始
b 終業時刻欄に「21:00」とある日 20時に営業終了
c 終業時刻欄に「22:00」とある日 21時に営業終了
d 終業時刻欄に「23:00」とある日 22時に営業終了
(イ) 原告らは、別紙2―1<省略>「X1 日別労働時間一覧表」及び別紙2―2<省略>「X2 日別労働時間一覧表」各記載のとおり、本件大浴場の営業時間が8時30分からの日には、営業開始準備のため6時から業務に従事し、その営業終了が20時、21時及び22時の日には、閉業準備のため営業終業時刻の1時間後まで業務に従事していた。また、原告らにおいては、本件大浴場営業時間内はいつ本件大浴場に異常が発生しても対応できるよう、管理人室に設置された防災監視盤及び監視盤を常に監視していた。具体的には、次のとおりである。
a 営業時間が8時30分からの日
6時に1階管理人室内にあるボイラーの点火スイッチを押してボイラーを点火し、そのおよそ30分後に2階機械諸室でボイラーの点火状況や循環ポンプの漏水を確認し、7時30分から8時ころに本件大浴場で湯温を測定して調整していた。このため、6時から8時まで時間外労働を行った。
b 営業終了が20時、21時及び22時の日
営業終了時刻である20時、21時又は22時から各1時間後まで、ボイラーの消火、水風呂のバルブ締め、逆洗切替バルブ点検(4分程度)、脱衣カゴの整頓、洗面台の拭き掃除、トイレ汚物の確認、浴室内における風呂桶・椅子・シャンプーなどの整理等を行っていたほか、しばしば脱衣所内で小便をされたり、浴槽内で大便をされたりすることがあったため、小便の対応や大便の場合は全かん水して対応した。このため、17時から終了時刻である20時、21時又は22時から各1時間後まで時間外労働等を行った。
イ 除雪作業
原告X1は、平成21年12月から平成22年3月までの期間及び同年12月から平成23年3月までの期間、本件マンションには消雪ホースが3本設置されていたものの、それのみでは除雪効果が十分でないため、概ね5cm以上の積雪があった日の翌日は除雪作業が必要となった。そこで、6時ころから本件マンション出入口、駐車場出入口及び南側避難経路部分の除雪を行い、当日の天候を見ながら8時以降も消雪ポンプの切替えや本件マンション屋根部分等の除雪作業をし、降雪量の多い日は17時以降に時間を捻出して行っていた(ただし、本件大浴場営業日との重複日は一方を除く。)。
ウ 具体的な時間外労働等の時間
原告らが平成21年8月11日から平成23年9月10日までの間に行った上記ア及びイに係る時間外労働等の時間は、原告X1については別紙2―1<省略>「X1 日別労働時間一覧表」、原告X2については別紙2―2<省略>「X2 日別労働時間一覧表」記載のとおりである。
(2) 原告らは、平成23年10月、被告に係る時間外労働等の賃金の支払を求めて小出労働基準監督署にあっせんの申立てをした後、被告に対し、平成21年9月11日以降の時間外労働等の賃金の支払を催告し、本訴の訴状を平成24年1月24日に新潟地方裁判所長岡支部で提出したから、本訴請求債権のうち平成21年9月11日から平成22年1月24日以前に支給日が到来している分について、消滅時効が中断している。
(3) 原告らは、被告に対し、時間外労働等の賃金額に賃金支払期日の翌日である毎月26日から支払済みまで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金請求権を有していたところ、前記第2の2(4)記載のとおり被告から時間外労働等の賃金として支払を受けたから、これを原告X1は別紙1―1<省略>「割増賃金遅延損害金等計算書」(原告X1)のとおり、原告X2は別紙1―2<省略>「割増賃金遅延損害金等計算書」(原告X2)のとおり、先に遅延損害金に、残額を元金に充当した。
(4) よって、原告らは、被告に対し、次のとおり支払を求める。
ア 原告X1は、雇用契約に基づく時間外労働等の賃金請求権に基づき、賃金206万3530円及び退職日現在の未払遅延損害金1万9661円の合計208万3191円並びに賃金206万3530円に対する退職日の翌日である平成24年1月15日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律所定の年14.6%の割合による遅延損害金の支払を、また、労働基準法114条に基づく付加金請求権に基づき、賃金206万3530円と同額の付加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 原告X2は、雇用契約に基づく時間外労働等の賃金請求権に基づき、賃金168万7193円及び退職日現在の未払遅延損害金8597円の合計169万5790円並びに賃金168万7193円に対する退職日の翌日である平成23年12月19日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律所定の年14.6%の割合による遅延損害金の支払を、また、労働基準法114条に基づく付加金請求権に基づき、賃金168万7193円と同額の付加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告の主張
(1) 原告らが、その主張のとおり時間外労働等に従事したことは否認する。
ア 大浴場に関する業務
(ア) 本件マンションに本件大浴場が設置されており、その営業日及び営業時間が原告ら主張のとおりであることは認める。
(イ) 本件大浴場営業日に、原告らがその主張のとおり時間外労働等に従事したことは否認する。具体的には、次のとおりである。なお、本件大浴場営業時間において、原告らがいつ大浴場に異常が発生しても対応できるよう、管理人室に設置された防災監視盤及び監視盤を常に監視している必要はなく、被告は、当該監視を指示したことはない。また、被告は、平成23年3月11日に発生した東日本大震災の影響により停電が予定されていた同月16日及び18日の本件大浴場の営業を中止した。したがって、原告らは当該各日に本件大浴場の業務をしていない。
a 営業時間が8時30分からの日
被告は、原告らに対し、本件大浴場営業日については営業開始の2時間程度前に管理人室内にあるボイラーの点火スイッチを押して点火作業を行い、モニターで点火を確認することを業務として指示し、原告らはこれを行っていた。しかし、ボイラーの点火作業は点火スイッチを押すだけであり、その後は自動制御システムで管理することになっていて、機械諸室でボイラーの点火状況を確認したり循環ポンプに漏水のないことを確認したりする必要はなく、仮に機械諸室で点火状況等を確認するとしても1階管理人室と2階機械諸室を往復するには3分とかからない。本件大浴場で湯温を測定して調整することは管理人として当然の業務をしていたにすぎないところ、原告らがこれを勤務時間外にしていたとの証明はない。そして、原告らは、上記業務として指示された作業をしていた以外には物理的・時間的に一切の拘束を受けていない。
b 営業終了が20時、21時及び22時の日
被告は、原告らに対し、本件大浴場営業日については営業時間終了後にボイラーの点火スイッチを切って消火するとともに本件大浴場を巡回して設備の異常がないかを点検し、逆洗切替バルブの稼働を点検し(4分程度)、消灯と施錠を行うことを業務として指示し、原告らはこれを行っていた。しかし、それらの業務は、原告らが更に本件大浴場を巡回した際に簡単な片付け作業を行ったとしても、全体で15分もあれば完了する簡単な作業である。また、被告は、本件大浴場の脱衣所内でしばしば小便をされたり、浴槽内で大便をされたりしたことがあったことを把握していないが、あったとして例外的に発生した事象にすぎない。ところで、被告は、当該業務を原告ら両名が行うことを指示してはおらず、一方が行えば足りるものである。そして、17時から本件大浴場の営業終了までの時間は、原告らは自由に過ごし、管理人として行うべき業務はなく、物理的・時間的にも一切の拘束を受けていない。
なお、本件大浴場の日常清掃業務は被告が原告らと別に採用した清掃員が行っていた。
イ 除雪作業
原告X1が6時から除雪作業に従事していたことはない。また、本件マンションでは、通路に水を流して積雪を溶かしており、5cm程度の積雪で早朝から除雪作業が必要となるものではない。そもそも、被告は、原告X1に対し、除雪作業を早朝から行うことを指示しておらず、管理組合からも求められていない上、勤務時間内に作業をすれば足りる。なお、特に積雪量が多い場合には、被告は、必要に応じて本件マンションに人員を派遣して除雪作業に当たらせることもあった。以上から、仮に原告X1が早朝から除雪作業に従事したことがあったとしても、原告X1の独自の判断に基づいて除雪作業を早めに終わらせ、勤務時間を前倒しにしていたというほかない。
(2) 原告らは本訴の訴状を平成24年1月24日に新潟地方裁判所長岡支部で提出したから、本訴請求債権のうち、それから2年前の平成22年1月24日以前に支給日が到来している分は、労働基準法115条に定める2年間の時効により消滅している。よって、被告は、上記消滅時効を援用する。
(3) 被告は、原告X1に対しては別紙1―1<省略>「割増賃金遅延損害金等計算書」(原告X1)の、原告X2に対しては別紙1―2<省略>「割増賃金遅延損害金等計算書」(原告X2)の各「残業代支払額」欄記載のとおり、時間外労働等賃金の支払をした。そして、これは、従前1月当たり10時間程度の時間外労働等があるものとして賃金を支払っていたが、平成23年9月、原告らが主張する時間外労働等のうち、本件大浴場が営業する日のうち、営業時間が8時30分からの日は早朝にボイラーの点火作業等のため1回当たり15分の時間外労働があるものとして、営業終了が20時、21時及び22時の日は本件大浴場の終了後にその巡回・施錠等に必要な時間として1日当たり30分の時間外労働等があるものとして、また、平成23年2月4日の高置水槽減水時対応6時間、同年3月12日東日本大震災対応6時間を加えて、平成21年10月分まで遡って精算し賃金を支払ったもので、被告には、これを超えて支払うべき賃金はない。
なお、被告は、時間外労働等の賃金を精算して支払ったのであるから、この金員は時間外労働等の賃金元金に充当されるべきで、原告らが先に遅延損害金に充当することはできないというべきである。
第4当裁判所の判断
1 前提事実に証拠<省略>及び弁論の全趣旨を併せると、次の事実が認められる。
(1) 被告は、本件マンションの管理組合から、リゾートマンションといわれる本件マンションの管理業務の委託を受けていた。なお、本件マンションは、鉄骨鉄筋コンクリート造9階建で全部で131室あるが、年間を通して利用されているのは15室程度で、内10室程度を被告が社宅として使用しているため、それを除くと5室程度である。もっとも、冬期のスキーシーズン、ゴールデンウィーク、夏休み期間には利用者は増えるが、冬期のスキーシーズンにおける正月とか週末でもせいぜい20室増える程度であった。
(2) 原告らは、夫婦であり、平成19年12月17日、被告から、本件マンションの1階に設けられた管理員室に住み込んで管理する住込管理員とし、勤務時間を8時から17時までとするなど前提事実記載(第2の2(2))の内容で雇用され、同日から勤務を開始した。
本件マンションは、被告の管理部が置かれた中里事業所から離れており、被告が原告らの業務を直接管理したり監視していたわけではなく、被告は、原告らに対し、業務日報を日々作成し、これを勤務時間内に被告に対しファックス送信するよう指示していた。もっとも、原告らは、①被告に対し、本件大浴場営業開始時刻を8時30分としていた平成22年7月4日、内容を給湯室ボイラー不着火として、6時30分に機械諸室にて復旧作業をして運転再開、8時5分に湯温の上昇を確認できないため機械諸室にて復旧作業をして運転再開、業者立会の下で指導いただきたいなどと報告し〔書証<省略>〕、②マンション利用者に対し、平成23年10月22日18時6分頃、オーナーから浴場給湯設備に不具合を生じたとの連絡を受けたが、19時頃まで共用部の給湯を利用できなかったことをお詫びする旨の書面を作成して明示し〔書証<省略>〕、③ボイラー業者に対し、同月29日、風呂営業時に原告X2がボイラーを作動させたが、温まらず、原告X1に見てもらったところガスバーナーのスイッチがオフになっていた旨の書面を作成して送付したりした〔書証<省略>〕ことがあったが、事前に残業申請をしたことはなかったばかりか、業務日報には平成23年9月11日以前においては勤務時間を「8:00~17:00」、業務内容を「フロント、共用部清掃、大浴場清掃、除雪作業」等と記載したものの、時間外労働時間やその具体的な業務を記載して報告をしたことはなく〔書証<省略>〕、労働基準監督署に連絡した頃の同年9月17日から勤務時間を「8:00~23:00」、業務内容を「フロント、共用部清掃、22:00~浴場営業停止作業(男、女)」とか「6:00~8:00」、業務内容を「ボイラー着火(執務室にて)、ボイラー正常動作確認(設置場所にて)、循環ポンプ作動」等と記載して時間外労働等を行っているとする報告をするようになった〔書証<省略>〕ため、その間、被告は、原告らと話合いを行いながら、大浴場の点検・清掃、ボイラーのスイッチのオン・オフについて時間外労働等となる可能性がある作業はしないように指示した。しかし、その後、原告らは自宅から本件マンションに通勤するようになり、有給休暇を取得するなどした後、原告X2は平成23年12月18日に、原告X1は平成24年1月14日に、それぞれ被告を自己都合退職した。
(3) 本件マンションには2階に本件大浴場が設けられており、その営業日及び営業時間は次の別紙2―1<省略>「X1 日別労働時間一覧表」記載のとおりであった。
ア 始業時刻欄に「6:00」とある日 8時30分から営業開始
イ 終業時刻欄に「21:00」とある日 20時に営業終了
ウ 終業時刻欄に「22:00」とある日 21時に営業終了
エ 終業時刻欄に「23:00」とある日 22時に営業終了
被告は、原告らに対し、本件大浴場営業日については営業開始の2時間30分程度前の6時頃に1階管理人室内にあるボイラーの点火スイッチを押して点火作業を行い、モニターで点火を確認することを業務として指示し、原告らはこれを行っていた。そして、ボイラーの点火作業は点火スイッチを押すだけであり、その後は自動制御システムで管理することになっていたが、少なくとも原告X1は、2階機械諸室に設けられたボイラーに赴いて点火状況を確認したりしたこともあったところ、それをしても管理員室と機械諸室を往復するのに3分とかからなかった。なお、少なくとも原告X1は、本件大浴場で湯温を測定して調整することもしていたが、これを8時より前の勤務時間外にしていたかは証明がない。そして、原告らは、上記の作業をしていたが、それ以外の時間は物理的・時間的に一切の拘束を受けていなかった。
また、被告は、原告らに対し、本件大浴場営業日については営業時間終了後にボイラーの点火スイッチを切って消火するとともに本件大浴場を巡回して設備の異常がないかを点検し、消灯と施錠を行うことを業務として指示し、原告らはこれを行っていたが、当該業務は原告らの一方が行えば足りる程度の作業であった。さらに、原告らは、本件大浴場を巡回した際に簡単な片付け作業を行っていたものの、本件大浴場の日常清掃業務は被告が原告らと別に採用した清掃員が行っていたため、被告は原告らに業務として指示したことはなく、原告らが行う片付け作業と前記指示していた業務作業を併せても全体で15分もあれば完了することができる程度であった。原告らは逆洗切替バルブの稼働の点検を4分程度したと主張するが、その稼働は開始時刻が自動で設定されていたとみられることから、特に稼働の点検を被告が指示していたとまでは認め難い。なお、被告は、平成23年3月11日に発生した東日本大震災の影響により停電が予定されていた同月16日及び18日の本件大浴場の営業を中止した〔書証<省略>〕。したがって、原告らは当該各日に本件大浴場の業務をしていない。
なお、原告らが本件マンションに雇用される際、前任者から引き継いだ湯沢事業所業務マニュアルのうち(不定期)とされた部分〔書証<省略>〕には、ボイラーの点火・消火、本件大浴場や除雪に関する業務が記載されているが、その作業時間帯の記載はない。また、原告X1が平成21年1月10日から平成23年10月30日までの間に作成した設備管理日常点検チェックシート〔書証<省略>〕には、ボイラーの点検項目が記載されているが、その作業時間帯の記載はない。さらに、原告X1が被告に提出した平成20年7月17日付け「浴場営業に伴う各設備点検、設定変更について」と題する書面〔書証<省略>〕には、本件大浴場の勤務時間内の作業内容のほか、濾過器プログラムタイマーの夜間設定時刻が記載されているが、実際にすべき作業時刻の記載はない。
ところで、原告らが主張する本件大浴場の脱衣所内で小便をされたことがあったことの証明はなく、その主張する浴槽内で大便をされたりしたことはあったが、極めて例外的に発生したことがあったにすぎない上、それがいつあったかを明らかにする証拠はない。また、管理人室には防災監視盤及び監視盤が設置されていたが、これを常に監視している必要はなく、被告が原告らに対し当該監視を指示したことを明らかにする証拠はない。
そして、17時から本件大浴場の営業終了までの時間は、原告らは自由に過ごすことができ、管理人として行うことを指示された業務はなく、物理的・時間的に一切の拘束を受けていなかった。
(4) 本件マンションが所在する湯沢町は、冬期の12月から翌年3月までの期間は雪深い地域にあり、降雪時には自動車の出入り等のため除雪が必要となる場合も多かった。そのため、被告は、本件マンションに消雪ホースを3本設置して、雪を溶かすことに使用していた〔書証<省略>〕ほか、原告らに対し、本件マンションの管理業務として、本件マンション出入口、駐車場出入口及び南側避難経路部分等の除雪をするよう指示し、原告らは除雪業務に従事していたが、8時前に従事したこともあった。
しかし、被告が原告らに対し降雪量等に応じて8時前にも除雪作業に従事するよう業務として指示していたかを明らかにする証拠はなく、また、原告らが8時前に除雪作業に従事した日が具体的にいつであったのかを認めるに足りる証拠もない。
2 以上の認定事実に基づいて、原告らが時間外労働等をしたか否かについて検討する。
(1) 労働基準法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、この労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであり、原告らが被告により明示又は黙示に指示されたと認められる業務に現実に従事した時間に限り、時間外労働等をしたものと認められることになる(最高裁平成12年3月9日判決・民集54巻3号801頁、最高裁平成19年10月19日判決・民集61巻7号2555頁参照)。
(2) 原告らは、本件大浴場営業日に時間外労働等をしたと主張するので、この点について検討する。
ア 営業時間が8時30分からの日
原告らは、被告から、本件大浴場営業日については営業開始の2時間30分程度前の6時頃に1階管理人室内にあるボイラーの点火スイッチを押して点火作業を行い、モニターで点火を確認することを業務として指示され、これを行っていたほか、少なくとも原告X1は、2階機械諸室に設けられたボイラーに赴いて点火状況を確認したり、本件大浴場で湯温を測定して調整することもしていたが、ボイラーの点火状況の確認については被告に指示されていたことを明らかにする証拠はなく、本件大浴場での湯温の測定及び調整については、これを8時より前にしていたことやこれを8時前にすることを被告に指示されていたことを明らかにする証拠はない上、被告は時間外労働等について紛争となった後の平成23年9月以降に原告らに対し時間外労働等となる可能性がある作業はしないように指示したことをも考慮すると、原告らがボイラーの点火状況の確認や本件大浴場の湯温の測定及び調整作業を被告から指示を受けて時間外労働をしていたとまでいえるかは疑問が残るというほかない。ただし、原告X1は、被告に対し、平成22年7月4日、ボイラーが点火しなかったため6時30分から8時5分に機械諸室にて復旧作業をするなどして対応したところ、現にボイラーが点火しなかったことを確認した場合に、これに対応することは被告も黙示的に指示していたと認めるのが相当である。
そして、原告らは、上記の指示された作業をしていた以外の時間は物理的・時間的に一切の拘束を受けていなかったのであるから、営業時間8時30分から本件大浴場を営業する日の8時より前の時間については、上記の指示された作業をしていた時間についてのみ時間外労働をしたと認めることができるというほかない。
イ 営業終了が20時、21時及び22時の日
被告は、原告らに対し、本件大浴場営業日については営業時間終了後にボイラーの点火スイッチを切って消火するとともに本件大浴場を巡回して設備の異常がないかを点検し、消灯と施錠を行うことを業務として指示し、原告らはこれを行っていた。ただし、被告は、平成23年3月11日に発生した東日本大震災の影響により停電が予定されていた平成23年3月16日及び18日の本件大浴場の営業を中止したから、原告らが当該各日に本件大浴場の業務をしたことはなかった。
これに対し、本件大浴場の日常清掃業務は被告が原告らと別に採用した清掃員が行っていた上、被告が原告らに業務として指示したことはなかったことにかんがみると、原告らが本件大浴場を巡回した際に簡単な片付け作業を行ったとしても、それを原告らが被告から黙示的に指示されていたと認めることはできないし、逆洗切替バルブの稼働の点検を4分程度したとすることも、その稼働は開始時刻が自動で設定されていたとみられることから、特に稼働の点検を被告が指示していたとまでは認め難く、このことに、被告は時間外労働等について紛争となった後の平成23年9月以降に原告らに対し時間外労働等となる可能性がある作業はしないように指示したことをも考慮すると、原告らが上記作業を被告から指示を受けて時間外労働をしていたとまでいえるかは疑問が残るというほかない。また、本件大浴場の脱衣所内で小便をされたことがあったことの証明はなく、浴槽内で大便をされたりしたことはあったが、極めて例外的に発生したことがあったにすぎない上、それがいつあったかを明らかにする証拠はない。また、管理人室には防災監視盤及び監視盤が設置されていたが、これを常に監視している必要はなく、被告が原告らに対し当該監視を指示したことを明らかにする証拠はない。
そして、17時から本件大浴場の営業終了までの時間は、原告らは自由に過ごすことができ、管理人として行うことを指示された業務はなく、物理的・時間的に一切の拘束を受けていなかったのであるから、17時から本件大浴場の営業終了までの時間については、上記の指示された作業をしていた時間についてのみ時間外労働をしたと認めることができるというほかない。
(3) 原告X1は、平成21年12月から平成22年3月までの期間及び同年12月から平成23年3月までの期間、業務として8時前に、降雪量の多い日は17時以降も除雪作業をしたと主張するので、この点について検討する。
原告らが、被告から本件マンションの管理業務として、本件マンション出入口、駐車場出入口及び南側避難経路部分等の除雪をするよう指示され、8時前あるいは降雪量の多い日は17時以降も除雪業務に従事したことがあったが、被告が原告らに対し降雪量等に応じて8時前ないし17時以降に除雪作業に従事するよう業務として指示していたかについては、その必要性と共に当該指示していたことを明らかにする証拠はなく、また、原告らが8時前あるいは17時以降に除雪作業に従事した日が具体的にいつであったのかを認めるに足りる証拠もない。そうすると、原告X1が被告の業務として8時前あるいは17時以降に除雪作業をしたと認めることはできないというべきである。
3 以上によれば、原告らは、本件大浴場営業日において、被告に業務として指示されて、営業開始が8時30分の日は6時30分頃から1階管理人室内にあるボイラーの点火スイッチを押す点火作業及びモニターで点火を確認する作業を15分以内とみられる短時間、営業終了が20時、21時ないし22時である日はその後ボイラーの点火スイッチを切って消火するとともに本件大浴場を巡回して設備の異常がないかを点検し、消灯と施錠を行う作業を30分以内とみられる短時間それぞれしていたことが認められる。なお、原告X1は、平成22年7月4日、ボイラーが点火しなかったため6時30分から8時5分に機械諸室にて復旧作業をするなどし、6時30分から8時まで時間外労働をしたところ、本訴においてこの時間外労働に係る賃金を請求しているとはいえない。
4 被告は、平成23年9月までに、原告X1に対しては別紙1―1<省略>「割増賃金遅延損害金等計算書」のとおり、原告X2に対しては別紙1―2<省略>「割増賃金遅延損害金等計算書」の各「残業代支払額」欄記載のとおり、原告らが主張する時間外労働等のうち、本件大浴場が営業する日については、朝方にボイラーの点火作業等のため1回当たり15分の時間外労働があるものとして、本件大浴場の終了後はその巡回・施錠等に必要な時間として1日当たり30分の時間外労働等があるものとして、また、平成23年2月4日の高置水槽減水時対応6時間、同年3月12日東日本大震災対応6時間を加えて、平成21年10月分まで遡って精算して賃金を支払ったところ、この支払額は、原告らが請求する平成21年8月11日から平成23年9月10日までの賃金支給日に支給すべき時間外労働等の時間及び賃金額(更には遅延損害金)に見合うものといえる。
そうすると、原告らには被告に対する時間外賃金等の請求権は存在せず、したがって付加金請求権も存在しないということができる。
5 よって、原告らの請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 納谷肇)
(別紙<省略>)