新潟地方裁判所長岡支部 平成9年(ワ)92号 判決 2000年3月30日
原告
オンヨネ株式会社
右代表者代表取締役
恩田米一
右訴訟代理人弁護士
高野毅
被告
株式会社ヤギ
右代表者代表取締役
八木茂夫
右訴訟代理人弁護士
田中恒朗
右同
西川茂
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対して、一億六九三四万九〇三八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(平成九年六月一〇日)から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、スキーウェアの製造を主たる業とする原告が、スキーウェアの材料である裏地を被告に発注したが、被告が納期に遅れたためウェア全体の製造が遅延し、納入先である販売業者から買受契約を解除されるなどして総額一億八五五九万三三一一円の損害を被ったとして、債務不履行に基づき、右損害額の一部である一億六九三四万九〇三八円及び遅延損害金の賠償を被告に求めた事案である。
二 前提事実
以下の事実は当事者間に争いがないか又は摘示の証拠若しくは弁論の全趣旨により明らかに認められる。なお、争いのない事実及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実については、敢えてその旨を記載していない。
1 原告は、スキーウェアの製造及び販売を主たる業とする会社であり、被告は、繊維製品及びその原料の輸出入及び売買を主たる業として営む会社である。
2 原告が行っているスキーウェア製造の過程は以下のとおりである。
すなわち、原告はどの様な製品を作るかの基本方針を決め、その方針に基づいてデザインをデザイナーに発注し、そのデザインに基づいて必要な材料を決定して国内材料メーカーに発注する。材料が納入されると、主として中国の縫製工場にこれらを輸出・送付して縫製を行いスキーウェアとして完成し、国内に輸入して小売業者に販売する。スキーウェアの製造には、表地、裏地及びアクセサリー(ファスナー、ボタン、バックルなど)などの各種材料が必要であり、一着の材料数が約一五〇、発注先が三〇ないし四〇社に及ぶこともある(証人G、甲五)。
3 被告はスキーウェアの材料の内、裏地を原告に供給していた。その契約形態は概要別紙チャート図記載のとおりである。
すなわち、被告は原告から注文を受けて生地であるナイロンタフタを染色した上で原告に引き渡すものである。右注文は、生地の規格並びに染色及び加工の方法を指定して行われる(チャート図①)。被告はナイロンタフタの生機(「きばた」、染色及び加工前の生地)を生産者(主として訴外東レ株式会社、以下「東レ」という)から購入し(チャート図②)、この生機を染工場(訴外川俣精練株式会社及び訴外株式会社長谷川染工所、以下「川俣精練」及び「長谷川染工」という)に直接出荷させ(チャート図③)、被告から染工場に染色及び加工を依頼し(チャート図④)、染色及び加工済みのナイロンタフタを染工場から被告が依頼した梱包場に出荷させ(チャート図⑤)、輸出用の梱包をした上で原告の代理人たる訴外伊藤忠商事株式会社(以下「伊藤忠」という)の指定する港(主として神戸港)の保税倉庫に送付させて引き渡して(これを「GO/DOWN」という、チャート図⑥)契約の履行を完了する。被告は、生機の購入先、染工場、梱包業者に対してそれぞれ代価を支払い、原告・被告・伊藤忠三者の取決めにより商品代金を原告の代理人である伊藤忠に請求しその支払いを受ける(チャート図⑦)。伊藤忠は被告から引渡しを受けた裏地を中国の縫製工場に送付し、同地で縫製してスキーウェアとして完成の上国内に輸入し、原告が国内の小売業者に卸売りすることとなる(乙四三)。
4 原告と被告の取引は昭和四七年ころから始まり、昭和六〇年一〇月ころから平成八年六月ころまでは、被告東京支店の訴外A(以下「A」という)が原告との取引の担当者であった(乙四一)。
平成八年度の原被告間の裏地取引は、前年度である平成七年の秋に、Aと原告の担当者との間で翌平成八年度分の大まかな年間発注計画を打ち合せるとともに、翌年度分の裏地のメートル当たりの単価を確定したが、基本契約書は取り交わされていない。その単価は、T―190が82.40円、T―190Cが一〇二円、T―210が一〇五円、T―210Cが一二〇円と定められた(乙四各号証、乙四一)。なお、品番の「T―190」とは、一平方インチ当たりの糸数一九〇本のナイロンタフタを意味しており、「T―190C」とはT―190のコーティング(防水加工)タイプを意味する。「T―210」及び「T―210C」の意味も同様である(証人G)。
平成八年度に入ってからの現実の発注は前年度同様原告が必要な都度発注書(乙四各号証)を被告に送付して行われた。同一品番について同一機会に複数の発注書が送付されてくることもあった。被告は、発注書が送付されると、品番ごとに染工場である川俣精練及び長谷川染工に対して加工依頼書を送付するとともに、生機メーカーに生機を染工場に送るように指示するが、原告発注の大部分を占めるT―190については、被告と生機メーカーの間で、予め年間発注予想量を基に長期契約を結び毎月一定数量を染工場に送るよう取り決めていたので、原告からの個々の発注に対応した生機の手配を行う必要はなかった。なお、Aは原告との取引につき、配置換えに伴い平成八年四月ころから後任の訴外K(以下「K」という)及び訴外S(以下「S」という)に引き継ぎ、同年六月をもって引継ぎを終了したので、同年七月以降発注分については、主としてK及びSが担当者として原告と対応した(乙四一ないし四三)。
5 平成八年八月八日から同年九月一九日までに原告が被告に発注した裏地の発注記号、品番、数量、発注日付、「希望納期」、納品数量、納品(GO/DOWN)日付及び各発注についての染工場は、別表1記載のとおりである(乙四の一ないし二九、甲二二の六、七、以下「本件各契約」という)。右期間内の発注につき発注日から実際の納品までに要した日数は、同表延日数欄記載のとおりであるが、いずれの発注についても、納品日は原告が提示した「希望納期」から同表「遅延日数」欄記載の日数分遅れている。
三 争点
1 原告が本件各契約の発注の際に被告に提示した「希望納期」は納品の確定期限(民法四一二条一項)か。
(被告の主張)
原告が提示する「希望納期」とは、原告が被告に発注する裏地を他の材料と共に中国において縫製加工し完成したスキーウェアを国内に再送荷させて国内で所定の時期に販売するために必要妥当な期間から逆算される一定の幅をもった期間の初日として示されるものに過ぎない。「希望納期」が発注後三〇日前後とされていれば、特段の支障がない限りは「希望納期」までに納品(GO/DOWN)できるが、六月から九月までの染工場の繁忙期には、他社との競合による順番待ちのために「希望納期」より遅れて納品となる可能性がある。実際、平成七年七月に原告からなされた約四一万メートルの発注については、「希望納期」は三〇日ないし三五日とされていたが、原被告各担当者の打ち合せ協議により、種類数量毎に分割して具体的納期を別に定め、一部は先行発注分の裏地を使用することにより、二ケ月にわたって処理することができたのである。すなわち、「希望納期」は、被告が最大限尊重するが、それにより得ない特段の事情のあるときは双方の担当者の間で「具体的納期」を協議決定して行うことになるのが「希望納期」の性質であり、その意味で、民法四一二条所定の確定期限ではなく、履行の目安として定められた文字通りの「希望納期」に過ぎない。
(原告の主張)
原告の発注書の記載は「希望納期」とあるが、右発注量の記載日時は、他の材料納入業者と同様に「確定納期」であり、過去においても右納期が相当の幅をもって運用されたことなどない。原告がスキーウェアを完成させるにはすべての材料が中国への送付時に揃っている必要があり、材料一つの納入遅延がスキーウェア縫製完成の遅延になるのであるから、原告が提示した納期の遅延を認めることはあり得ない。原告が指定する三〇日前後の納期は染工場の処理能力からしても十分余裕を持った指定であり、また、染工場の繁忙期も原告は十分理解の上大量の先行発注を行っていたのである。実際、平成六年、七年及び同八年五月発注分まではほぼ原告の指定した納期通りに納入されており、一〇日以上の納期遅延が発生したのは平成八年六月発注分以降である。本件各契約についての大幅な納期遅延の原因は、平成八年六月以降原告の担当者が交代し納期厳守の必要性について無理解な担当者に代わったことが原因である。
2 「希望納期」が確定期限であった場合、被告が「希望納期」に遅れて納品したことにつき被告には帰責事由が認められるか(この場合帰責事由なきことが被告の抗弁となる)。
「希望納期」が確定期限でないとした場合でも、被告は、本件各契約につき「希望納期」に遅れて納品したことにより債務不履行責任を負うか(この場合被告に債務不履行があることが原告の請求原因となる)。
(被告の主張)
ナイロン素材は日本においては従来スポーツウェアでの需要が中心であったが、平成八年度においては、一般衣料分野での急激なナイロン需要が発生する世界的な「ナイロンブーム」が発生し、同年六、七月頃には国内染色工場にもその影響が及び、主たる染工場である川俣精練の処理能力もそのころには飽和状態となり、被告の原告に対する納期遅れは避けられないところとなった。被告担当者は、ナイロンブーム初期において、原告担当者にその実状を説明し、「希望納期」及びその挽回可能な期間内の受注完了が困難である旨を告げ、染工場からの工期の回答を待って実行可能な納期を原告との間でその都度決定するしかない旨申し入れ、その上で、被告担当者は原告の担当者である訴外G(以下「G」という)と折衝を重ねるとともに、川俣精練や長谷川染工への納期繰り上げ交渉を行い、可能な限り早期の納品に努力し、最終的には本件各契約につき別表1記載の納品日付を各確定納期として双方合意し、右合意のとおり納品したものである。
なお、被告は原告に対して、本件各契約の発注前に、本件各契約の直前の各発注につき相当程度納期が遅れる見込みである旨告知しているにも関わらず、原告は本件各契約につき従来通りの期間での「希望納期」を指定し続け、被告がこれに遅れる納品日を回答したにも関わらず被告回答の納品日を不可として発注を取りやめたことはなく、「希望納期」に遅れて納品された裏地を原告は異議無く受領している。このことからも、原告は本件各契約につき別表1記載程度の納期の遅れは承致の上で発注したものといえる。
(原告の主張)
一般的な現象として平成八年度に被告が主張するナイロンブームが発生したことは認める。しかし、平成八年七月度発注分までは、ナイロンブームによる納期遅延の問題は発生しておらず、被告担当者からもナイロンブームが被告の納期に与える具体的影響について何の説明もなかった。したがって、原告は本件各契約中最初の発注である平成八年八月度分の発注を行ったものである。しかしながら、被告から何ら具体的説明がないまま同月発注分から納期遅延が始まったのである。以上によれば、本件各契約における納期遅延は、ナイロンブームによる不可抗力の結果ではなく、染工場への工期短縮の交渉や分割納品など被告が納期遅延を回復するためになすべき努力を果たさなかったため生じたものである。
また、原告は被告による納期遅延を承諾したことはなく、被告担当者の「努力中、後報」、「交渉中」といった報告を信頼して納期遅延が回復されると考えていたものである。
3 被告の別表1記載の各納品が原告に対する債務不履行責任を発生させるとした場合、原告はこれによりいかなる損害を被ったか。右損害は右債務不履行と相当因果関係を有するか。
(原告の主張)
原告はスキーウァエアの製造につき、自社ブランド販売とOEM(注文者のブランドによる製造)の比率を半々にしてきた。OEMは、利益率は低いものの注文先が商品を全量買い取ってくれるため、売れ残った場合の損失は注文先が負担することとなるが、注文先が指示した納期、数量及び品質が履行できなければ買取契約を解除されることになる。
本件各契約の対象である裏地はOEM契約による納入を予定していたスキーウェアの材料であり、被告による納期遅延が原因で、原告は注文先が指示した納期を徒過せざるを得なくなり、その結果、原告はOEM契約を解除されて製品を納入できなくなり(○○堂)又は買取契約から委託販売に変更された(スポーツ用品量販店)。製品を納入できなくなった分はもちろんのこと、委託販売に変更になって売れ残った製品も、原告が結局不良在庫として抱えることになる。右不良在庫は結局損失覚悟で原価を下回る値引販売をせざるを得ない。
本件各契約の対象である裏地を用いて製造されたスキーウェアの不良在庫分を平成八年一二月一五日から同一一年四月三〇日までの間に値引販売したことによる処分損及び同一一年四月三〇日現在の残存不良在庫を単価五〇〇円で投売りした場合の予想売却損を合計すると、一億六五五九万三三一一円となる。また、右不良在庫を原告自身で保管せざるを得なくなったことによる経費、具体的には保管料、運賃、人件費は、平成九年五月一日から同一一年四月三〇日までの間に限っても少なくとも二〇〇〇万円は下らない。以上合計する損害額は一億八五五九万三三一一円となる。
以上は、被告の納期遅延によりOEM生産者であった原告に通常発生するものと考えられる損害であり、被告は民法四一六条一項によりこれを賠償すべきである。仮に右損害が特別の事情によって生じた損害であったとしても、被告は、原告のスキーウェア販売がOEM生産中心であり、被告が納期を遅延すれば原告の商品も納期遅延になりその結果前述したような売れ残りによる損失が原告に生じるであろうことを知っていたものであるから、右損害賠償義務を免れない(民法四一六条二項)。
なお、本訴提起当時の請求金額一億六九三四万九〇三八円と右損害額合計一億八五五九万三三一一円との差額一六二四万四二七三円については経費相当分二〇〇〇万円から減額し、経費分については三七五万五七二七円のみ一部請求し、当初の請求金額を維持するものである。
(被告の主張)
本件各契約の対象となっている裏地を用いて製造したスキーウェアの中には、明らかに原告の自社ブランドである「オンヨネリスク」品が含まれており、これについて当初から原告が売れ残りのリスクを負担しなければならなかったものであり、売れ残りは売れ行き不振となる損害に過ぎなかったものであるから、その損害を被告が負担すべき理由はない。
また、原告がOEM契約であると主張する分についても契約書が存在せず、原告が主張するような買取条件付のOEM生産であったとは認められない。
さらに、仮にOEM対象品が含まれていたとしても、被告は原告がOEM契約向けの生産を行っていることは知っていたが、原被告間の裏地取引のうちどの発注分がOEM向けであるのかは原告から知らされておらず知ることもできなかった。また、納入の遅れによりOEM対象品が買取条件から委託条件になるなどの原告のOEM契約の内容も知らずまた知り得なかったものである。
また、○○堂納入分については、平成八年七月一九日に注文を受けながら既にナイロンブームによる納期遅延の影響が顕著に現れていたにも関わらず最後の発注分が同年八月末までずれ込んでいる。とすれば、原告は少なくとも○○堂分については仮に当初はOEM対象品だったとしても納期に間に合わないであろうことは承知の上で被告に発注したものであり、その責任を被告に転嫁することは許されない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(「希望納期」の意味)について
1 原告と被告の取引形態は、前記認定のとおり、前年度に大まかな年間発注送量及び品番ごとの単価を決定しておき、当該年度においては、原告から発注を受ける度に被告が染工場に加工依頼を出して生機を染色して原告に引き渡すものであり、原告から発注を受けるまで被告としてはいかなる品番の裏地がいかなる量発注されてくるか予想ができない(証人S、同K)。被告が扱うナイロンタフタの品番は前記認定のとおりT―190、T―190C、T―210、T―210Cの4種類であるが、そのうちもっとも取扱量の多いのが川俣精練に加工依頼するT―190である。被告はT―190の染色につき川俣精練につき約一〇万メートルのスペース(被告のために染色する一月当たりのナイロンタフタの量)を有しているが、川俣精練は被告の外にも顧客がおり、注文が競合したときには、原則として先着順に染色加工を行っていくこととなる(乙三八、証人S)。そして、川俣精練のみならず長谷川染工への加工依頼についても、被告からの逐次の加工依頼に対して指示された納期に納品できるかどうかは、その時の仕事の繁閑次第であり、忙しくて指定通りに仕上げられない場合には双方で協議の上で具体的な納期を決定していくこととされていた(乙三七、三八、四〇の二、四二、四三)。したがって、被告の月当たりの発注量が前記スペースを大幅に上回ったり、あるいは競合注文が一時的に激増したような時には、染色加工が遅延することも当然予想される事態であり、だからこそ、突然の需要により納期どおりに納品できない危険に備え原告が被告の依頼に応じて先行発注をして備蓄を持っていたものである(証人A第一回、同G、乙四一)。
実際、平成六年から平成八年の五月発注分までを見ると、ほぼ原告が提示している「希望納期」よりも早めに納品(GO/DOWN)がなされているが(甲二二の二ないし五)、本件各契約の前年である平成七年度には、七月に四〇万メートルを超える発注が原告からなされ、右発注分の一部に半月から一ケ月程度の日数の「希望納期」からの遅延が生じている。この時は、先行発注分(備蓄分)を充てたり、一つの注文を分割して、染め上がったものから逐次納品することにより遅れを最小限度に抑えることができている。
2 以上に加えて、原告が被告に提示する「希望納期」は、染工場の繁閑に関係なくほぼ機械的に一ケ月(お盆休みを挟む場合には若干の日数を加算)の期間であり、その期間の決定に当たり原被告間に事前の相談はなされていないことをも併せ考えるならば(証人K、甲二二の二以下、乙三六、四三)、いかなる場合にも「希望納期」通りに被告が納品すべき法的義務を被告に負わせることは過大な要求であり、右「希望納期」は、被告の債務履行についての「確定期限」と考えるべきではなく、個々の発注ごとに事情が許す限り右期限までに納品する目安の期日と考えるのが相当である。
3 ただし、被告担当者も、被告が原告に供給する裏地がスキーウェアの材料であり季節性の高いその商品特性から原告の納期希望に対しては最大限配慮しなければならないことは認識し(証人A第一、二回、同S、同K)、しかも平成八年五月発注分までは前述した平成七年七月発注分を除いて実際にほぼ「希望納期」通りに納品が行われてきていることからすれば(甲二二の一ないし五)、「希望納期」が単なる努力目標ではなく、原被告間で一定の法的拘束力を有することは認められる。しかし、原告の希望通りに納品できない特段の事情がある場合には、被告が最大限の努力をすることを前提に、希望納期におくれたからといって直ちに被告が債務不履行責任を負うことにはならないと解すべきである。これまでほぼ希望納期通りに納品がなされたことにより原告が希望納期までに納品が行われることを強く期待していたことは認められるが(証人G)、その期待は右の限度で法的に保護されるものと考えるべきである。実際、原告の担当者であるGは、平成八年六月二四日発注分(希望納期同年七月二四日)については、納期の遅れを認識していたがその程度の遅れであれば挽回可能と考えて特別に問題視はしていない(実際の納品日は同年八月三日及び同月七日で一〇日及び一四日の遅れ、証人G、甲二二の五)ことからすれば、「希望納期」の拘束力については、一定の例外がそもそも含意されていたと考えるのが相当である。
二 争点2(「希望納期」が確定期限でなかった場合の被告の債務不履行責任)について
1 本件各契約については、前記認定のとおり、すべての発注につき「希望納期」から遅れて納品がなされており、その遅延の程度は次のとおりである。なお、当初は一回の発注につき後日分割納品がなされたものについては、最後の納品日付で算定した。
二一日〜三〇日間 一八件
三一日〜四〇日間 七件
四一日〜五〇日間 三件
五一日〜六〇日間 〇件
六一日〜七〇日間 一件
2 以下摘示の証拠によれば、右のような「希望納期」からの遅延が発生した原因及びこれに対する被告及び原告の対応状況は以下のとおりであると認められる。
(一) 平成八年度において、被告が原告の提示する希望納期どおりに納品できない状態が恒常的になったのは、本件各契約の発注以前の平成八年六月一一日発注分(同年第20次発注分)以降である。平成八年六月一一日から本件各契約の直前である同年八月一日までに原告が被告に発注した裏地の発注記号、品番、数量、発注日付、「希望納期」、納品数量、納品(CO/DOWN)日付及び各発注についての染工場は、別表2記載のとおりであり(甲二二の五、六)、これらのほぼすべての発注につき、程度の差はあれ、実際の納品日が原告が提示する約一ケ月の「希望納期」から遅延している。
(二) このような恒常的納品遅延の原因は、前年度から繊維業界に発生した世界的な「ナイロンブーム」にあった。すなわち、従来は、資材やスポーツ衣料の素材であったナイロンが婦人服などの一般衣料の分野で注目され始め、ナイロン生地に対する需要が逼迫する事態が生じた。原告が被告に発注していた生地はスキーウェア裏地用の薄物のナイロンタフタであり、これ自体は一般衣料向け素材と競合しないが、ナイロンブームの影響で主として一般衣料の表地として使用される厚物のナイロンツイル及びナイロンサテンの需要が増大し、その生機の染色はタフタとほぼ同一の工場で行われるため、ツイル及びサテンの染色依頼が染工場に殺到すると染色につき被告が依頼するタフタと競合状態が生じることになる(乙二五、四二、四三)。
現実に、川俣精練及び長谷川染工においては、平成八年六月ころから同年一〇、一一月ころにかけてツイル及びサテンの染色依頼が殺到し、染色加工の仕上がりが遅れるようになり、その影響が被告から染色依頼をされるタフタにも及ぶようになった。ナイロンブームは結局一過性のものに終わったが、ブームが丁度原告のスキーウェア用のナイロンタフタの需要時期と重なったため、別表2記載のとおり納品の恒常的遅延が生じるようになったものである。川俣精練の平成七年及び同年八年の受注状況を比較すると、年間受注量では平成八年は前年に比較してかえって減少しているが、別表1及び2に対応する六月ないし九月の四ケ月間の受注状況を見ると、表地であるツイル及びサテンの受注が前年に比較して大幅に増加しており、ある注文主においては四ケ月で二倍以上、二〇万メートル以上(甲三五のE社)増えている。ツイル及びサテンについては、タフタに比べて生地が厚いため染色に要する時間はタフタの約二倍を要するため、大まかに言うとツイル及びサテンの受注増加はタフタに換算すると加工手間にして二倍の受注増を意味することになる(甲三五、乙三五、三七、三八、四〇の二、四二、四三、証人S、同K)。
(三) 原告の担当者及び被告の担当者ともナイロンブームの到来事態については、平成八年六月以前から気付いていたが(証人G、同A第一回、同S、同K)、被告の担当者であるS及びKがナイロンブームが染色加工の予定に影響を及ぼしており何らかの対策を講じなければならないと考え始めたのは、同年七月中旬ころであった(証人S、同K、乙四二、四三)。
Sは、平成八年七月一八日の段階で、染工場との交渉の結果、Gに対して、20次発注のT―210C(同年六月一一日発注、同年七月一一日「希望納期」)の納品日が同年七月二三日に繰り下がること、24次発注のT―210C及びT―190C(同年七月五日発注、同年八月五日「希望納期」)の納品日が現段階では決定できず「後報」となること、同じく24次発注のT―190(同年七月五日発注、同年八月五日「希望納期」)についても同年八月一二日、八月三一日、九月六日の分割納品になることといった、「希望納期」との関係で納品が遅れることについてのスケジュールを書面で伝えている(別表2及び乙六)。
その上で、Kは、同年七月二三日に、原告会社を訪問して、課長であるG及び原告会社の訴外N部長(以下「N」という)と打ち合せを行った。その席でKは、右両名に対して、ナイロンブームによる染色工場が混み合っていることを説明するとともに、直前に長谷川染工から回答のあった納期予定に基づき、原告との間で具体的に納品スケジュールの調整を行っている。例えば、前述した24次発注のT―190C及びT―210Cについては、長谷川染工から納期が八月末から九月初旬になるとの回答を得て両名に打診したが、Gは納得せずに八月一九日又は同月二二日までに納品するよう要望されている(乙一六、乙四五の一ないし三、証人K)。
(四) その後も、Sは頻繁に染工場に納期予定を照会の上、その結果をGにファクシミリで送信し、具体的な納期、すなわち「希望納期」からどれくらいの遅れで納品できるかを報告し、電話で納期の折衝を行っている(乙七ないし一三)。例えば、平成八年八月二一日付けファクシミリ文書(乙八)について見ると、前述した24次発注のT―190C及びT―210Cにつき、同年九月六日か同月七日の納品予定を伝えたところ、Gから最悪でも九月五日納品(希望納期の一ケ月後)を要望され、最終的には被告が「努力」して(乙九)希望通り同年九月五日に納品を完了している(別表2)。他の発注についても、右各ファクシミリ文書において「努力中」または「交渉中」と記載されている納期予定については、実際にはこれより遅れて納品されたものもあるが、逆に早く納品されたものもある(別表1及び2)。Gは、右「希望納期」からの遅れ及び被告から報告された納品スケジュールについて明示の承諾を与えてはおらず、また、逆にSもGから納期を早めるようにと要望されこれに無条件に応じたわけではないが、原告は、被告に対する裏地発注をキャンセルして全部を国内又は海外の業者に振り替えるということをすることもなく発注を継続し、発注した裏地についてはすべて「希望納期」には遅れながらも、原告に納品されている(別表1、2、甲二二各号証)(以上(四)全体につき証人S、同G)。
(五) その間、SはKと相談の上、川俣精練の部長級の担当者を被告東京支店に呼ぶなど頻繁に染工場と接触して納期を早める交渉をしたり、川俣精練が公官庁の需要で忙しくなる九月発注分からは本来川俣精練の担当であるT―190についても長谷川染工に加工依頼先を変更したり、結果的には効を奏さなかったが黒色のT―190についてスリップ止め工程を省略して工期を短縮できないか検討するため自費で検査機関に試験用生地を持ち込むなど、できるだけ原告の「希望納期」からあまり遅れずに納品できるための措置を講じている(乙一七、四〇の二、四二、四三、証人K、同S)。
3 以上認定によれば、本件各契約において別表1記載のとおり納品日が「希望納期」から遅延した主たる原因は折からのナイロンブームといういわば不可抗力であるというべきであり、原告の提示する「希望納期」が染工場の繁閑の制約を受けざるを得ないという意味で納期の目安にとどまることを前提とする限り、被告の担当者であるSらは、そのような状況のもとで原告担当者であるGらと頻繁に連絡を取り合いながら、「希望納期」からの遅れを少しでも解消すべく善良な管理者としての義務を果たして別表1記載のとおり納品を了したものと認められる。
原告の担当者であるGは、主観的には「希望納期」を確定期限と考えており納期の遅れを容認しておらずあくまで「納期に遅れた」ものであると認識して被告との折衝に臨み被告担当者の対応にはけっして満足していなかったと認められるが(証人G)、結局のところ、約四ケ月にわたる交渉の間、「希望納期」に遅れたことを理由に契約を全面的にキャンセルするとか、原告が要求する納期に遅れた場合には他に発注先を振り替えると通告するなどの措置を講じることなく、被告に対して早期の納品を要求するにとどまり、「希望納期」に遅れた裏地をすべて受領している。その間、裏地の遅れにより、中国の縫製工場で生産が混乱する(甲一〇ないし一四)などのトラブルが生じているが、被告担当者がGからその事実を知らされた上で納品の督促をされた事実は認められず、また、原告が主張する○○堂とのOEM契約の事実及びその内容についても、被告担当者がこれを知らされた事実は認められない。
原告は、Gが川俣精練の工場を訪れて納期が早まったことを理由に被告が納期遅延防止対策を怠った旨主張するが、右納期が早まったのは、Gが遠路わざわざ工場を訪れたことによる一回限りの儀礼的措置というべきであり(証人S、乙四〇の二)、右納期繰り上げの事実のみをもって被告担当者が早期納品の努力を怠っていたものということはできない。また、原告は、被告が裏地を中国に運ぶための航空運賃を負担したことをもって、納期遅延が自らの責任であることを認めた旨主張するが、これは、結果的に納品が「希望納期」に遅れたことにつき、長年の原告との取引関係を考慮した上で被告がとった措置であり、これをもって被告が債務不履行の事実を自認したということはできない(証人K)。
なお、本件各契約の前年度である平成七年七月においては、前記認定のとおり、原告からの四〇万メートル以上の発注に対して、当時の担当者であるAが備蓄の取崩しや分割納付により「希望納期」からの遅れを最小限度にとどめているが、この前例をナイロンブームという外的障害があった平成八年度にあてはめて後任者であるSやKの対応に善良な管理者としての義務違反があったと言うことはできない。かかる状況のもとで被告があらゆる犠牲を払えば原告が満足する納期に納品することが絶対に不可能であったとは断言はできないが、原告は被告にとって重要な取引先であったとはいえ複数の取引先の一つに過ぎず、私企業の法的義務としてかかる対応を被告に要求することはできない。
4 以上によれば、本件各契約につき別表1記載の「希望納期」からの遅延があったことにつき原告がこれを容認していたとは言えないが、本件各契約における「希望納期」の意味づけ及び被告担当者らの早期納品に向けての努力にかんがみるならば、被告に債務不履行があったということはできない。
三 結論
以上によれば、その余の点(争点3)につき判断するまでもなく原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官住友隆行)
別表1、2<省略>