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新潟地方裁判所長岡支部 昭和42年(ワ)112号 判決 1968年4月11日

原告

岡田富美子

右代理人

荒井尚男

被告

朴洙鉉

ほか一名

右両名代理人

河野曄二

主文

一、被告朴洙鉉は原告に対し金一、三九〇、四〇〇円および昭和四二年四月二八日から支払済に至るまで年五分の割合による金銭の支払をせよ。

二、原告の被告朴洙鉉に対するその余の請求および被告李範洛に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用のうち原告と被告朴洙鉉との間に生じた分の三分の二は原告の負担としその余は被告朴洙鉉の負担とし、原告と被告李範洛の間に生じた部分は原告の負担とする。

四、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは連帯して原告に対し金三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年四月二八日より支払済に至るまで年五分の割合による金銭の支払をせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、仮執行宣言の申立

第二、請求の趣旨に対する被告らの答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第三、請求原因

一、事故の発生

昭和四一年八月三日午前六時一五分頃、新潟県南蒲原郡中之島村大字大口五五二五番地先路上において、被告朴洙鉉の運転する普通乗用車新5そ二二五六号(以下被告車という。)と原告の運転する軽四輪自動車(以下原告車という。)とが接触し、そのため原告は負傷した。

二、被告朴の責任

原告は前記のとおり原告車を運転して見附市今町方面から長岡市方面に向けて進行していたものであるが、本件事故現場にさしかかつた際、対向方面から被告車を運転して進行して来た被告朴が同じ方向に進行中の大型自動車の右側を追い越すに当り、反対方向からの交通および前車の前方の交通に十分注意して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、反対方向からの交通を確認しないで漫然時速六〇キロメートルで追越をした過失により、被告車と原告車が正面衝突して本件事故が発生したものである。従つて被告朴は本件事故に基く後記損害を賠償する義務がある。

三、被告李範洛の責任

被告李は被告車を所有してこれを自己のため運行の用に供していたものであるから被告車の運行によつて生じた本件事故に基く後記損害を賠償する義務がある。

四、損害

(一)  入院治療費等

原告は本件事故により左大腿骨々折、肋骨六本骨折および両手両足に創傷の傷害を受けたため、事故後直ちに長岡市の中央綜合病院に入院し、昭和四一年一二月一日まで同病院で治療を受け、その間左記(1)ないし(4)のとおり治療費その他入院治療に伴う諸費用を支払つた。従つて原告は本件事故により左記合計金五〇一、八五〇円の損害を受けたというべきである。

(1) 入院治療費金三七〇、〇〇〇円

(2) 運搬謝礼金九、〇〇〇円

これは本件事故直後、原告を事故現場から前記病院まで運搬してくれた訴外堀幸蔵、同古西昇、同南場忠明に対する謝礼金六、〇〇〇円および贈答品代金三、〇〇〇である。

(3) 献血謝礼金二、七〇〇円

これは前記病院で原告が手術を受けるに際し、献血をしてくれた訴外石塚義雄、同中川外久治、同奈良場利勝および同武内竹之助に対する謝礼金の合計である。

(4) 附添人費用金一二〇、一五〇円

これは附添人の日当報酬を金一、〇〇〇円とした前記入院期間の附添費金八九、〇〇〇円、附添人の食費一日当り金二八〇円とした同期間中の食費金二四、九二〇円および附添人の寝具借賃一日当り金七〇円の同期間中の寝具借賃金六、二三〇円の合計である。なお、附添には原告の実母の訴外岡田シズおよび実姉の訴外山崎富貴子が当つたものであるが、近親者の附添といえども前記各金額は当然本件事故による損害である。

(二)  代替車費用

原告は、原告車が本件事故により破損して使用不能となつたため、訴外加藤車輛販売工場より昭和四一年八月四日から同年九月二日までの三〇日間原告車に代わる自動車を借り受けその賃借料である金六〇、〇〇〇円を支払つたので同額の損害を受けた。

(三)  得べかりし利益

(1) 原告は、本件事故当時、見附市にある訴外太田屋料理店こと太田美津江方に勤務し月額金二〇、〇〇〇円の収入を得ていたものであるが、本件事故により昭和四一年八月四日から昭和四二年三月三一日までの間休業のやむなきに至つたため、この間の給料合計金一五七、四一五円の得べかりし利益を失い同額の損害を受けた。

(2) 原告は本件事故による受傷のため、その労働能力が減少し少なくとも金一六〇、〇〇〇円の得べかりし利益を失い、同額の損失を受けた。

すなわち、原告は昭和四二年四月一日より太田屋に勤務したが後遣症による激痛、鈍痛、疼痛のため休むことが多く、同年一〇月一〇日退職を余儀なくされた。このように本件事故による受傷は今後とも労働能力に影響を受けることが明らかである。また左大腿骨々折による左膝関節屈曲制限は担当医師の適切な手術と治療によりこの障害はほぼ除去されたけれども、昭和四二年一〇月一一日に髄内釘を抜いた後も疼痛、鈍痛は依然として残つており、完治の見込は立つていない。そしてこのようにいつまでも続く疼痛は後遣症として労働基準法施行規則所定の身体障害等級表第一四級の「局部に神経症状を残すもの」に該当し、労働能力喪失率表によればこの労働能力喪失率は一〇〇分の五となる。原告は事故当時満二三歳の健康な女子であつたからその就労可能年数は四〇年である。そこで原告が訴外太田屋から得ていた月額金二〇、〇〇〇円を基準とし、これに前記四〇年を積算し、これより中間利息年五分をホフマン式計算方法により控除すれば、

となるから、原告は同額の損害を受けたというべきである。

(四)  慰藉料

(1) 原告は本件事故による受傷のため長期間に亘つて二度も入院治療を受け、多大の肉体的苦痛を蒙つた上、今なお疼痛、鈍痛にさいなまれ、また昭和四二年一〇月には勤務先も退職のやむなきに至り、また、両手両足に創傷、瘢痕が生じケロイド体質により醜状が残り、夏になればこの醜状が露出し、未婚妙令の女性として堪え難い苦痛である。それのみならず、本件受傷による疼痛鈍痛およびケロイド体質による両手両足の醜状のため今後通常人と同様の仕事に従事し得るか否か、また通常人の如く結婚し得るか否かも甚だ疑問である。

(2) 以上の如く原告の蒙つた精神的損害は筆舌に尽し難い程甚大である上、将来に亘つて永続することが予測されるものであつてこれを金銭に見積るときは金三、〇〇〇、〇〇〇円を下ることはない。

(五)  弁護士費用

以上のとおり被告らは各自原告に対し本件事故に基く損害賠償債務を負つているところ、被告らはこれを任意に履行しないので、原告はこの請求のため弁護士荒井尚男に対し訴訟提起を委任し、その手数料として、金一〇〇、〇〇〇円を昭和四二年四月一五日に同弁護士に支払い同額の損害を受けた。

五、よつて、原告は被告らに対し前記四項の(一)ないし(五)の合計金三、九七九、二六五円のうち金三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四二年四月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

第四、請求原因に対する答弁

一、請求原因一項の事実は認める。

二、同二項の事実は認める。

三、同三項の事実のうち、被告車が被告朴の所有であることは認めるが、その余は否認する。すなわち、被告李は当時東京方面に長期出張中であり、この間を利用して被告車を訴外新潟日産モーター株式会社に鍵をそえて修理に出していたものであるところ、たまたまこれを知つていた被告朴が勝手に右訴外会社より被告車を持ち出して運転し、本件事故を惹起したものである。従つて、運行供用者責任はむしろ右訴外会社にあるというべきであつて、被告李は本件事故当時何ら被告車を支配、保有していたものではない。

四、(一) 同四項(一)の事実のうち原告が本件事故により大腿骨々折の傷害を受けたこと、事故後直ちに原告主張の病院に入院し、その主張の期間右病院で治療を受けたことは認めるが、その余は不知。

なお、「記」の各項目についての認否は次のとおりである。

(1)  認める。

(2)  不知

かりに原告主張の支出があつたとしても、これは原告の感謝の念を表明する手段として支出されたものであつて、これを被告らに負担させるのは不当である。また、贈答品代の金三、〇〇〇円はともかく、謝礼金六、〇〇〇は通常の儀礼の範囲を超えているものというべきである。

(3)  不知

(4)  のうち、

附添費金八九、〇〇〇円および附添人食費金二四、九二〇円については否認、附添人寝具借賃金六、二三〇円については不知。

原告が自陳するとおり、原告の附添には原告の実母と姉が当つたのであるから、これらの附添が有償である筈がない。

(二) 同(二)の事実は否認する。

原告車は、原告の兄訴外岡田謙治の所有であり、かつ平素は同人の使用に供せられていたものであつて、代車の必要は右訴外人にあつたとしても、入院中の原告が必要とする訳はないのであるから、代替車費用を原告の損害として請求するのは不当である。

(三) 同(三)の事実のうち、

(1)  は否認する。原告は本件事故当時無職の筈である。

(2)  のうち、原告が本件事故当時満二三歳であつたことは認め、原告のその後の勤務状況は不知、その余は否認する。

原告主張の左大腿骨々折による左膝関節屈曲制限の後遣症という点については、昭和四一年一〇月二二日当時、既に正常人とほとんど変らない位に快癒しているものである。すなわち、平正人の屈曲角度は、平均一四〇度ないし一四五度であるところ、原告は事故後三ケ月を経ない前記日時において既に一三五度の屈曲をなし得る状態にまでなり、更に昭和四一年一二月一三日には最大屈曲が可能となつた。また、原告は昭和四二年一〇月一二日に髄内釘を抜いた結果痛みも解消し、左大腿骨々折による後遣症は完治している。

(四) 同(四)の事実のうち、

(1)  は不知。

(2)  のうち、原告が昭和四二年一〇月に勤務先を退職したことは不知、その他の事実は否認する。

被告朴に慰藉料支払義務のあることは認めるが、原告の請求は常軌を逸したものであつて、到底これを認めることはできない。

(五) 同(五)の事実は不知。

五、請求原因五項のうち、原告がその主張の如く保険金および傷病給付金の支払を受けたことは認め、その他は争う。

第五、被告らの抗弁(被告李については損害賠償義務が認められた場合の仮定的抗弁)

一、過失相殺

仮りに原告主張の左膝関節屈曲制限の後遣症が存続するとしても、それは原告が治療を懈怠したことによるものであるから、損害の増大については原告に過失があつたものというべく、損害額の算定につき斟酌さるべきである。

二、損益相殺

(一)  原告は、本件事故に基く損害賠償として、自動車損害賠償保険から既に金四五〇、〇〇〇円を受け取つているものであるから、右金額は当然損害額から控除さるべきものである。

(二)  仮りに本件事故当時、原告が訴外太田美津江との間に雇傭契約を締結しており、原告に逸失利益があるとしても、原告は本件事故により働けないでいた間に、三条公共職業安定所より左記の通り合計金八二、八〇〇円の傷病給付金の給付を受けた。

受給年月日

受給額

昭和四一年九月六日

金一二、八八〇円

同年一〇月七日

金一三、八〇〇円

同年一一月八日

金一四、二六〇円

同年一二月八日

金一三、八〇〇円

昭和四二年一月一二日

金一四、二六〇円

同年二月一〇日

金一三、八〇〇円

合計

金八二、八〇〇円

(三)  右(一)(二)の金銭は損害賠償額から控除されるべきである。

第六、抗弁に対する原告の答弁

抗弁一項の事実は否認し、同二項(一)ないし(三)は認める。なお、被告らが抗弁二項で主張の自動車損害賠償保険金四五〇、〇〇〇円については、原告はこれを請求の原因四項の(一)の(1)入院治療費に金三七〇、〇〇〇円および同(4)附添人費用に金八〇、〇〇〇円をそれぞれ充当した。

第七、被告らの主張

自動車損害賠償保険金四五〇、〇〇〇円のうち、金三七〇、〇〇〇円を入院治療費に充当したことは認めるが、金八〇、〇〇〇円を附添人費用に充当したことは争う。

第八、証拠<略>

理由

一請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

二同二項の事実も当事者間に争いがないから、被告朴は本件事故により原告が受けた損害を賠償する義務がある。

三次に被告李の責任について検討する。

同被告が被告車を本件事故当時所有していたことは当事者間に争いがない。従つて特別の事情のない限り、同被告は、本件事故当時被告車を自己のために運行の用に供していたものと推定される。

しかし、<証拠略>によれば次の事実を認めることができる。

本件事故当時被告朴は朝銀新潟信用組合の預金係見習であり、被告李は同信用組合の常務理事であつた。被告李は被告車を通勤用に使用していた。そして、同被告は、稀に同信用組合所有の二台の自動車が二台とも使用されているとき、営業部長の訴外李愚坤に頼まれ、同組合の営業のために同人に被告車を貸したことはあつたが、被告朴に貸したことはなかつた。同信用組合の従業員は約七名であり運転手として勤務している者はおらず、そのため被告朴は集金のためしばしば同信用組合の自動車を運転したが、被告車は被告李の私用のため同被告に命じられて稀に運転したことがあるだけであつた。被告李は、昭和四一年七月一九日から同年八月二五日までの間神奈川県や東京都方面に同信用組合の用事で出張していたが、出張直前訴外新潟日産モーターの工場に被告車の修理を依頼し、ふだん自分が所持している鍵を前記李愚坤に預け、右李愚坤は同工場へ被告車を鍵をつけて修理のため引渡した。被告朴は長岡市で行われた長岡祭を見物するため、同年八月二日夕方被告李や李愚坤に無断で新潟日産モーターに行き被告車を受取り、友人の訴外申寅雄を同乗させて被告車を運転して長岡市に行き、翌朝また被告車を運転して帰る途中本件事故を惹起した。被告李や訴外李愚坤はもし被告朴からこのような被告車の使用の許可を求められても許可しなかつたのであろうし、被告朴もそれを知つていたため無断で被告車を運転したのであり、同日朝前記信用組合に帰り、被告車を被告李が同信用組合が通常駐車しておく場所に置き、李愚坤に対して新潟日産モーターから同日受取つて来たと報告するつもりであつた。

以上の諸事実から考察すると、被告車は被告朴により短時日のうちに被告李に返還されることが予定されていたから、被告車は本件事故当時被告李の支配下にあつたものと認められるが、被告李にとつて被告朴が被告車を運転することは全く予定されていなかつたから被告李に運行の利益が客観的外形的にも帰属するとはいえない。

(原告が援用する最高裁判所昭和三九年二月一一日第三小法廷判決民集一八巻二号三一五頁は自動車の所有者と運転者との関係および所有者の自動車の管理状況が本件と本質的に異るので本件に適切ではない。なお、東京高等裁判所昭和三六年一二月二五日判決、交通事故による不法行為に関する下民集昭和三六年七五一頁参照)

そうすると、被告李は、本件事故当事被告車を自己のために運行の用に供していたとはいえないから、本件事故により原告の受けた損害を賠償する義務はない。

四損害

(一)  入院治療費等

(1)  入院治療費

原告が本件事故により左大腿骨々折の傷害を受け、事故後直ちに長岡市中央綜合病院に入院し、昭和四一年一二月一日まで同病院で治療を受け、その入院治療費として金三七〇、〇〇〇円を必要としたことは当事者間に争いがない。なお、<証拠略>によれば、原告は本件事故により左大腿骨々折の他頭部外傷、右第三、四、五、六肋骨骨折、両手両足外傷等の傷害を受けたと認められる。

(2)  運搬謝礼金

次に、<証拠略>によれば、原告は、原告を事故直後事故の現場から前記病院に運搬してくれた訴外堀勇蔵、同古西昇、同南場忠相に対しそれぞれ一、〇〇〇円相当の菓子と現金二、〇〇〇円を贈つたことを認めることができる。原告は本件事故により前記の如き重傷を負い、また証人山崎富貴子および同倉田和夫の証言によつて認められるように事故現場で多量の出血とともに意識を失つていたのであり、これらの事実を考慮すると、この額は必ずしも不相当とは認められない。

(3)  献血謝礼金

<証拠略>によれば、原告は中央綜合病院で手術を受けるに際し輸血が必要であり、そのため血液を提供してくれた訴外石塚義雄、同中川外久治、同奈良場利勝に対しそれぞれ金八一〇円、同訴外人らを同病院まで運んだ自動車の運転手の訴外武内竹之助に対し金二七〇円を謝礼として支払つたことを認めることができる。

(4)  附添人費用

<証拠略>によれば、原告が前記病院に入院中の昭和四〇年八月三日から同年一〇月三一日までの間毎日、原告の母の訴外岡田シズ或は原告の姉の訴外山崎富貴子が泊り込みで附添をしたことを認めることができる。そして、同各証言によつて認められるように附添人の通常の日給は金一、〇〇〇円、食費一日二八〇円(朝食金八〇円、昼、夜食各金一〇〇円)、寝具の借賃は一日金七〇円であるから、岡田シズおよび山崎富貴子の附添により生じた損害は、その一人分の昭和四〇年八月三日から同年一〇月三一日までの合計九〇日分の金一二一、五〇〇円と認められる。なお附添が原告の実母や実姉によつてなされたことは、右の損害の認定を何ら妨げるものではない。

(二)  代替車費用

原告主張の損害が原告に生じたと認めるべき証拠はない。かえつて、<証拠略>によれば、本件事故により原告車が破損したため代替車を訴外株式会社加藤車輛販売整備工場から借りるに要した費用は原告の父親の損害と認めることができる。

(三)  得べかりし利益

(1)  原告が訴外太田美津江から得られた筈の利益

<証拠略>によれば、原告は昭和四一年八月一日に料理屋を営む訴外太田美津江に会計事務の事務員として雇われ、同月四日から勤務することになつており、一か月の本給は金二〇、〇〇〇円で、同年八月は四日から働いても本給の金二〇、〇〇〇円全額を得られる筈であつたことおよび本件事故のため原告は同月四日から昭和四二年三月三一日まで太田美津江方で働くことができず、従つて右報酬を得られなかつたことを認めることができる。従つてこの間の原告の得べかりし利得は金一六〇、〇〇〇円と認めることができる。

(2)  労働能力の減少により喪失した利益

<証拠略>によれば、本件事故による受傷に起因する労働能力の減少により原告が喪失した利益は、原告主張のとおり金一六〇、〇〇〇円と認めることができる。(但し、就労可能年数は、政府の自動車損害賠償保障事業査定基準(昭和三九年二月一日実施)中の就労可能年数とホフマン式計算による係数表による。)なお、屈曲制限のないことと痛みのあることは別問題であることが<証拠略>により認められるから、原告の左足に現在屈曲制限のないことは、右認定を妨げるものではない。

(四)  慰藉料

原告が本件事故により受けた傷害の内容、入院期間は(一)(1)に述べたとおりである。そして原告は入院日より三日間意識がなく、酸素吸入を受け、昭和四一年八月一八日に大腿骨々折の手術を受けて髄内釘を挿入され、同年一〇月五日までギブスを装着し、昭和四一年一二月一日中央綜合病院を退院後も昭和四二年三月末日まで自宅で療養を続けなければならず、同年一〇月一一日までの間六回同病院に通院し、同日には同病院に再入院して髄内釘を除去するための手術を受けたこと、およびその他に原告が慰藉料請求の根拠として請求原因四項(四)(1)で主張する事実は、<証拠略>により認めることができる。従つて原告が本件事故により受けた精神的損害は極めて大きいものと認められる。そして、当事者間に争いのない請求原因二項の事実によれば本件事故が被告朴の重大な過失により惹起されたと認められる。これらの事情を綜合すると原告の慰藉料として金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(五)  弁護士費用

<証拠略>によれば、原告の被告朴に対する本件事故に基く損害の賠償を求める新津簡易裁判所(ノ)第二八号調停事件において、原告の金一、六二八、四五〇円の請求に対し、同被告は被告李が被告車について加入していた任意保険の保険金(当時保険金が出るかどうかも確定していなかつた。)の他一カ月金五、〇〇〇円ずつ合計金一〇〇、〇〇〇円を支払うとの案を出したので、調停が不成立になり、原告は弁護士の訴外荒井尚男に委任して、金一〇〇、〇〇〇円を支払い、本訴提起に至つたものと認めることができる。そして前記の如く本件事故が被告朴の重大な過失により生じたことを考えあわせると、同被告は原告の損害賠償の支払いを極めて不当に拒絶したものと認めることができ、このような場合は原告が被告朴に対し本件訴訟提起のために弁護士荒井尚男に支払うべき相当な費用は、本件事故に基く損害と認めるべきである。そして被告朴に対する本訴の内容からみて、金一〇〇、〇〇〇円は相当な額と認められる。

(六)  以上(一)(1)ないし(4)、(三)(1)(2)、(四)、(五)の合計は金一、九二三、二〇〇円となり、原告は同額の損害を受けたと認められる。そして原告が自動車損害賠償保障法に基く保険金四五〇、〇〇〇円および労働者災害補償保険法に基く傷病給付金八二、八〇〇円を受領していることは当事者間に争いがないから、これを差引くと金一、三九〇、四〇〇円となる。

なお、当裁判所は、一つの不法行為によつて生ずる損害賠償請求権は一個と考えるものであり、損害の費目毎に別個の損害賠償請求権があるとは考えないので、(東京地方裁判所昭和四二年一〇月一八日判決、判例時報四九六号一五頁参照)、(一)の(4)および(三)の(1)に認定した額は原告の主張する額より多いけれどもそれらの請求を認容して差支えなく、また原告が受領した自動車損害賠償責任保険の保険金の充当関係についての原、被告の主張は意味がない。

五過失相殺の抗弁について

本件全証拠によつても被告朴主張の事実を認定することはできないから、過失相殺の抗弁は援用できない。

六そうすると、被告朴は原告に対し金一、三九〇、四〇〇円およびこれに対する原告の請求の範囲内で本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四二年四月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金を支払う義務がある。

よつて原告の被告朴に対する請求を右の限度で認容し、その他の部分および被告李に対する請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。(菅野孝久)

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