新潟地方裁判所長岡支部 昭和53年(ワ)207号 判決
原告 株式会社 今町スチール
右代表者代表取締役 鈴木正司
右訴訟代理人弁護士 畑七起
同 神山博之
被告 国
右代表者法務大臣 秦野章
右指定代理人 江藤正也
<ほか五名>
被告 田伏尚武
右訴訟代理人弁護士 坂上富男
同 坂上勝男
主文
一 被告らは各自原告に対し金一五五万七、〇〇〇円およびこれに対する昭和五二年九月二八日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。
事実
一 求める判決
(一) 原告
1 被告らは各自原告に対し金一、五〇〇万円およびこれに対する昭和五二年九月二八日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言申立。
(二) 被告国
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言。
(三) 被告田伏
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
二 主張
(一) 原告
「請求原因」
1 被告田伏は原告に対する債務名義(長岡簡易裁判所昭和五二年(ロ)第一九一号仮執行宣言付支払命令)に基づく有体動産の強制執行を新潟地方裁判所長岡支部執行官小倉広次(以下、小倉執行官と略称)に委任し、同執行官は昭和五二年八月二九日、原告所有の別紙物件目録記載の物件(以下、本件物件と略称)を差押え、同目録(1)ないし(5)の各物件をそれぞれ五万円(合計二五万円)と評価のうえ、同年九月二七日の競売期日において、被告田伏に代金合計七万五、〇〇〇円で競落を許可し、原告はその所有権を失った。
2 本件強制執行が行われた昭和五二年八月、九月当時における本件物件の適正価額は合計二、〇六二万円であった。
3 小倉執行官は本件物件の差押および競売に当っては、適正な価額に評価し、適正な価額で競売をすべきであるのに、これを怠り、本件物件が高価物もしくはこれに準ずる物であるにも拘らず、鑑定人に評価をさせず、前記のように評価を誤ったうえ、著るしい低額で競売をなしたものである。
4 被告田伏は本件物件の差押に際し、小倉執行官に対し、本件物件はスクラップ同様の無価値物であると述べ、その評価を誤らしめたものである。
5 本件物件に対する強制執行がなされた当時、小倉執行官は被告国の公権力の行使に当る公務員であり、本件物件の強制執行は、その職務上なされたものである。
6 原告は小倉執行官、被告田伏の不法行為により本件物件の適正な価額二、〇六二万円から競落代金七万五、〇〇〇円を控除した二、〇五四万五、〇〇〇円の損害を蒙った。
7 よって原告は被告国に対しては国家賠償法一条一項に基づき、被告田伏に対しては民法七〇九条に基づき、右損害二、〇五四万五、〇〇〇円のうち金一、五〇〇万円およびこれに対する不法行為の日(本件競売期日)の翌日である昭和五二年九月二八日以降右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
(二) 被告国
「請求原因に対する認否」
その1は認める。
その2は否認する。本件物件を現状有姿のままで他に移動することは不可能であり、また解体して移動するにも多大の費用が必要であるから、本件物件の経済的価値はスクラップ価値と同程度のものに過ぎなかった。
その3は否認する。
その5は認める。
その6は否認する。
(三) 被告田伏
「請求原因に対する認否」
その1は認める。
その2は否認する。被告田伏は本件物件を競落後、これを訴外マルイ工業株式会社(以下、訴外マルイ工業と略称)に賃貸したが、訴外マルイ工業は一、〇〇〇万円をこえる多大の費用を投じてこれを修理した。これからしても、本件物件は差押、競売当時、スクラップ同様のものであったというべきである。
その4、6は否認する。
(四) 被告国
「過失相殺などの主張」
かりに小倉執行官に過失が存したとしても、原告は執行手続上の救済手続をとらなかったのであるから、その蒙った損害につき被告国に対し国家賠償の請求をすることはできず(最高裁昭和五七年二月二三日第三小法廷判決民集三六巻二号一五四頁)、また原告は本件物件の差押、競売に際し異議、意見を述べたりせず、執行手続上の救済措置もとっていないから、損害額の決定につき原告の右過失が斟酌されるべきである。
(五) 被告田伏
「過失相殺の主張」
本件物件の差押、競売に関し、原告には被告国主張のような過失がある。
「相殺の主張」
1 被告田伏は原告に対し昭和五一年七月、新潟県見附市柳橋町字千刈三二七番八の土地および同地上建物(工場)を賃料一か月三〇万円で賃貸した。
2 よって被告田伏は本訴(昭和五八年五月二三日の第二一回口頭弁論期日)において、右賃料債権のうち昭和五二年六月分二〇万円、同年七ないし九月分九〇万円(合計一一〇万円)と原告の本訴請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をなした。
(六) 原告
「被告国の過失相殺などの主張に対する認否」
否認する。
「被告田伏の過失相殺の主張に対する認否」
否認する。
「被告田伏の相殺の抗弁に対する認否」
その1は認める。
三 証拠《省略》
理由
一 請求原因1は当事者間に争いがない(なお《証拠省略》によると、本件物件のうち別紙物件目録(1)の装置の競落代価は三万円、同目録(2)の装置の競落代価は二万円、同目録(3)、(4)の装置の競落代価は各一万円、同目録(5)の装置の競落代価は五、〇〇〇円(合計七万五、〇〇〇円)であったことが認められる。)。
二 以下、請求原因2について検討する。
《証拠省略》によると、
1 本件物件はスチール製機械類の塗装、乾燥用機械およびこれに附帯する一連の装置であるが、原告は、昭和五一年四月、これら装置を訴外静電機工業株式会社から代金総額二、〇〇〇万円(但しこの代金のなかには配線工事費なども含まれている。)で買受け、同年六月、本件執行場所(新潟県見附市柳橋町に在る被告田伏所有、原告賃借の工場建物)に据付け、それ以来、昭和五二年四月頃までこれを使用していた。
2 本件物件の耐用年数は、少くとも六、七年位であるが、本件強制執行が行われた昭和五二年八月、九月当時、別紙物件目録(4)、(5)の各装置の解体、再組立、再使用は、経済的にみて不可能であり、かりに解体して売却したとしても、解体などの費用を控除すると、収支相償う程度(従って右(4)、(5)の各装置の交換価値は零にひとしいもの)であった。
3 しかし右時点において、別紙物件目録(1)ないし(3)の装置は、いずれもこれを解体して、他に運び、再組立して、再使用することは(物理的にも、経済的にも)可能であり、同目録(1)の装置の解体、再組立後の価額は一〇二万円位であるが、解体、運搬、再組立、修理などの費用約三〇万円がかかり(従って(1)の装置の解体前の交換価値は七二万円位とみられる。)、同目録(2)の装置の解体、再組立後の価額は一六五万円位であるが、これにも前同費用約三八万円がかかり(従って(2)の装置の解体前の交換価値は一二七万円位とみられる。)、同目録(3)の装置の解体、再組立後の価額は八五万円位であるが、これにも前同費用約一七万円がかかる(従って(3)の装置の解体前の交換価値は六八万円位とみられる)。
ことが認められ(る。)《証拠判断省略》(なお《証拠省略》によると、訴外マルイ工業は昭和五三年一月、被告田伏から本件物件をその設置建物とともに賃借したが、本件物件の改造、修理などの費用として合計一、一〇四万〇、九三九円を支出したことが認められる。
しかし《証拠省略》によると、従来、原告は本件物件を高さ八〇〇ミリメートル、幅五〇〇ミリメートル、奥行五二〇ミリメートルの閲覧記帳器の塗装用に使っていたが、訴外マルイ工業は高さ一、八〇〇ミリメートル、幅一、〇〇〇ミリメートル、奥行五〇〇ミリメートルのロッカーなどの塗装用に本件物件を使用するため(従来のものでは間口などが小さくて収容できなかった。)、大々的な改造を必要とし、主としてそれに伴う費用として前記金額の支出を必要としたことが認められるから、右認定の事実は前記認定判断を左右するものではない。)。
ほかに前記認定を覆すに足りる証拠はない。
従って本件強制執行が行われた昭和五二年八月、九月当時における本件物件の適正価額は(別紙物件目録(1)の装置は七二万円、同目録(2)の装置は一二七万円、同目録(3)の装置は六八万円、同目録(4)、(5)の各装置は無価値であるところから)合計二六七万円である、とみることができる。
三 以下、請求原因3について検討する。
《証拠省略》によると、
1 小倉執行官は昭和五二年八月二五日、被告田伏から本件債務名義(執行債権額五〇万六、三五〇円)に基づく有体動産強制執行の申立を受け、同年同月二九日、新潟県見附市今町四丁目七番三号の原告事務所において事務用品四点(評価額合計三七万円)を差押え(但し昭和五二年九月二七日、この物件に対する執行申立は取下げられた。)、更に同執行官は右同日(八月二九日)、本件執行場所に赴き、本件物件の追加差押をなしたが、この差押には原告の従業員訴外田中博が立会った。
2 本件物件の差押に際し、立会人の訴外田中は、その価額について何ら意見を述べず、右差押に同行した執行債権者の被告田伏は、本件物件は購入するには何千万円もかかったが、今は解体するほかはなく、無価値に近い、という趣旨のことを述べ、小倉執行官も、本件物件は解体してスクラップとして売却するほかはない、と考え、別紙物件目録(1)ないし(5)の各装置のスクラップとしての価額を各五万円(合計二五万円)と判断、評価し、追加差押調書にその旨を記載した。
3 本件物件の競売は昭和五二年九月二七日、前記執行場所で行われたが、それには原告側からの出頭者はなく、競買人の出頭もなかったので、小倉執行官は、被告田伏の別紙物件目録(1)の装置を三万円、同目録(2)の装置を二万円、同目録(3)、(4)の装置を各一万円、同目録(5)の装置を五、〇〇〇円(合計七万五、〇〇〇円)で買受ける旨の申出を容れ、その競落を許可した。
4 小倉執行官は昭和三〇年に任命されたが、本件物件のような装置に対する強制執行の経験は全く有していなかった
ことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
有体動産に対する強制執行においては、超過差押が禁止されているから(改正前民訴法五六四条二項)、執行官は差押物の評価をしなければならず、この評価額は差押調書に記載され(廃止前執行官手続規則二六条三号)、競落代価の決定をも事実上、左右するものであるから、差押物の評価は執行債権者、債務者の利害に大きくかかわる。
従って執行官は差押物の評価に当っては、差押物が高価物である場合はもとより、差押物がこれに準ずる物である場合、そうでなくても、自ら評価が困難、不能な場合には、評価のための鑑定人を選任するなどして、差押物の適正な価額(時価)の把握に努めなければならず(改正前民訴法五七三条、廃止前執行官手続規則三二条参照)、また競売の実施に当っても、執行官は適正価額による売却に努力しなければならないことはいうまでもない(評価および競落代価が時価を基準とすべきものであることは、実価以下による金銀物の競売、相場以下による有価証券の換価が原則として禁止されているところからも明らかである。改正前民訴法五八〇条、五八一条参照)。
ところが、前記認定によれば、本件物件はその購入価額は約二、〇〇〇万円に近い高価な装置であり(また弁論の全趣旨よりすればその現価の把握は必ずしも容易ではないことが認められる。)、しかも小倉執行官はこのような装置については強制執行の経験を全く有していなかったのであるから、その差押に当っては、適当な鑑定人を選任してその評価をなさしめるのが妥当であったと思われるにも拘らず、同執行官がそのような措置をとらず、本件物件を装置としては交換価値のない、スクラップ同様のものと即断して自ら評価をなしたことは前記認定のとおりであるから、スクラップと同視しても不当ではない別紙物件目録(4)、(5)の装置を除く、同目録(1)ないし(3)の装置についての同執行官の評価(およびこれに支配された結果としての被告田伏への競落許可)は著るしく低額で不当であるばかりではなく、その評価に当り前記の措置をとらなかった点において、不注意であった、といわざるをえない。
四 以下、請求原因4について検討する。
被告田伏が昭和五二年八月二九日、本件物件の差押に際し、小倉執行官に対し、本件物件は解体するよりほかはなく、無価値に近い、という趣旨のことを述べたことは前記認定のとおりであり、また同被告が同年九月二七日、本件物件を総額七万五、〇〇〇円で競落したことは当事者間に争いがない(その個別の競落代価は前記認定のとおりである。)。
尤も同被告が本件物件の(購入価額はともかく)差押当時における価額を正しく知っていたことまでを認めるに足りる証拠はないが、他方、被告田伏尚武本人尋問の結果によると、被告田伏は昭和四三年頃から自動車修理業の一環として自動車塗装をも業としていたことが認められるから、同被告は塗装装置である本件物件についても若干の知識を有する者と思われていたと推測される。
ところで有体動産の差押に際しては、何人もみだりに執行官の差押物評価を誤らせるような言動をとってはならぬことはいうまでもない。
従って前記のような小倉執行官の無経験、被告田伏の職業に照らすと、小倉執行官の前記判断、評価にある程度の影響を与えたとみるよりほかない被告田伏の前記発言は、別紙物件目録(1)ないし(3)の装置に関する限り、誤っており、不当であるばかりか、軽率なものであり、これにつき同被告は過失の責任を免れない。
五 請求原因5は当事者間に争いがない。
六 昭和五二年八月、九月当時における本件物件の適正価額は合計二六七万円であったとみうること前記のとおりであるから、原告は本件物件の競売により、右価額から競落代金七万五、〇〇〇円を控除した二五九万五、〇〇〇円の損害を蒙ったことになる。
七 しかし本件物件の差押に際し、原告側からはその従業員訴外田中博しか立会わず、同人は本件物件の価額について何ら意見を述べなかったこと前記認定のとおりであり、また証人小倉広次の証言によると、本件物件の競売に際し、小倉執行官は原告事務所に赴き、競売に立会うよう求めたが、「立会うのは厭だ。」と立会を拒絶されたことが認められる。
もし本件物件の差押に際し、原告がその価額について意見を述べ、あるいは鑑定人の選任を求め、また競売にも積極的に関与し、場合によっては特別の方法による換価(改正前民訴法五八五条)を求めるなどしたとすれば、損害の発生は、相当程度、阻止できたのではないかと思われる。
従って公正上、損害額の決定につき原告の右放任的態度を斟酌すべきであるから、前記二五九万五、〇〇〇円の六割(一五五万七、〇〇〇円)をもって、被告らが賠償すべき原告の損害ということにする。
八 なお被告国は、原告は執行手続上の救済手段をとらなかったから被告国に対し国家賠償の請求をすることができない、と主張するが、本件のような競売物件の極端な低額評価、売却に関しては、被害者側が執行手続上の救済手続を怠ったからといって、国が賠償責任を全く免れるとは思われず、それは過失相殺によって処理すべき事柄と解するのが相当である(被告国が引用の判例は競売物件の実体法上の権利関係を問題とすべき事案に関するものであり、本件とは事案を異にする。)。
九 また被告田伏は賃料債権による相殺を主張するが、不法行為によって生じた債権を受働債権とする相殺は許されないから(民法五〇九条)、右主張は失当であり、採用することができない。
一〇 そうすると原告の本訴請求は一五五万七、〇〇〇円およびこれに対する不法行為の日(競売期日)の翌日である昭和五二年九月二八日以降右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める範囲において理由があることになるから、これを認容し、その余の部分は失当ということになるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する(なお仮執行宣言を付すのは相当でないので、これを付さない。)。
(裁判官 上杉晴一郎)
<以下省略>