新潟地方裁判所長岡支部 昭和56年(ワ)117号 判決 1982年11月09日
原告 兼古セン
右訴訟代理人弁護士 荒井尚男
被告 松沢春喜
右訴訟代理人弁護士 金田善尚
主文
一 被告は原告に対し二二五万二、〇五二円およびこれに対する昭和五六年一月七日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求は棄却する。
三 訴訟費用は一〇分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一、第三項は仮に執行することができる。
事実
一 求める判決
(一) 原告
1 被告は原告に対し二四五万三、六八七円およびこれに対する昭和五六年一月七日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
(二) 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
二 主張
(一) 原告
「請求原因」
1 事故の発生
被告は昭和五六年一月六日、訴外有限会社大宗建工(以下、大宗建工と略称)に新潟県栃尾市金沢二丁目一番一〇号に在る被告経営の料理屋春喜屋の屋根の雪おろしを注文し、大宗建工の従業員訴外鎌田勇(以下、鎌田と略称)ほか一名が雪おろし作業に従事中、同日午前一〇時頃、鎌田が投下した雪塊が春喜屋東横の道路を通行中であった原告に当り、原告は頭部打撲、頸部捻挫の傷を負った。
2 責任根拠
被告には大宗建工に対する雪おろしの注文または指図につき過失(投下した雪塊が通行人に当ることは容易に予想されるのであるから、道路に縄を張ったり、見張り人をおいたりして事故を防止するよう大宗建工に命じたり、これを守らない場合には仕事を中止させるなどの注意義務を怠る。)がある。
3 損害
(1) 治療費 二〇万一、八一〇円
(2) 診断書代 二、〇〇〇円
(3) 入院雑費 二万三、〇〇〇円
(4) 交通費 二万五、七五〇円
(5) 逸失利益 四〇万円
原告は呉服店を営むかたわら、主婦として家事に従事し、一箇月最低一〇万円の収入をえ、またはうることができたが、前記負傷のため、昭和五六年一月六日から少くとも四箇月間、全く働くことができなかった。
(6) 慰謝料 一五〇万円
(7) 弁護士費用 四〇万円
4 よって原告は被告に対し前記損害合計二五五万二、五六〇円から被告が支払ずみの九万八、八七三円を控除した残額二四五万三、六八七円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和五六年一月七日以降右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する。
(二) 被告
「請求原因に対する認否」
その1は認める。その2は否認する。その3のうち治療費(吉田外科病院に入院中のもの)九万八、八七三円は認めるが、その余は否認する。
「過失相殺」
本件事故の発生については原告にも過失(作業員に自分の通行を知らせるか、雪に当らない場所を選んで通行すべきなのにこれを怠る。)がある。
(三) 原告
「過失相殺の主張に対する認否」
否認する。
三 証拠《省略》
理由
一 請求原因1は当事者間に争いがない。
二 以下、請求原因2について検討する。
《証拠省略》によると
1 被告経営の料理屋春喜屋の建物は陸屋根造三階建で、地面から屋根までの高さは約一〇メートルあり、昭和五六年一月当時の屋根の積雪量は約一・五メートルであった。
2 右建物の北側には、巾三メートルの空地をへだてて、幅員三・九メートルの道路が東西に走り、建物の東側には、巾〇・九メートルの空地をへだてて、幅員一・九メートルの小路(原告はこの小路で本件事故に遭った。)があり、この小路の東西側および南奥には人家がある。
3 昭和五六年一月六日、大宗建工から派遣されて春喜屋の屋根の雪おろしに従事した鎌田および訴外木間稔は、主としてスノーダンプを用いて雪おろしをなしたが、このスノーダンプによって一回に投下される雪塊の重さは平均五キログラム前後であった。
4 前記のように、春喜屋の北側および東側に道路があるほか、その西側にも道路があり、その南側は約一メートルの空地をへだてて隣家があるため、屋根の雪は道路に投下せざるをえなかった。
5 昭和五五年一二月二四日現在における新潟県下の雪おろしによる死者は三名、負傷者は一名で、昭和五六年一月一〇日、栃尾市は同市広報紙で、道路に雪をおろす場合は補助者を置くよう市民に注意をうながし、同年同月二五日、隣接の長岡市も同様注意を市民に呼びかけた。
6 当日の雪おろし作業開始前、被告は鎌田らに極力建物側に雪をおろすように注意しただけで、ほかには作業の終了までの間、何らの注意、指示もしなかった。
7 鎌田らは二名とも屋根にあがって雪おろしをなし、道路には見張りのためなどの補助者をおいたりはしなかった
ことがそれぞれ認められる。
そして右認定事実からすると、原告が通行中本件事故に遭った春喜屋東側の小路は狭い道路であり、ここに前記高さの屋根から前記重さの雪塊が投下されれば、それが通行人に当って事故が発生することは容易に予想できたといわざるをえないから(もともと道路への雪の投下は、交通上の障害となり、また通行人に危険であるから、原則としては避けるべきであるが、本件の場合のように、道路に雪を投下せざるをえない場合には)、雪おろし作業に従事する者が自ら事故を防ぐ措置をとるべきは勿論のこと、雪おろしを注文した者も、本件のように作業員が二名以上の場合は、うち一名を地上に置き、投下された雪を整理するかたわら、通行人に対する見張りをするように指示すべきであると思われる。
ところが被告がこのような指示をしなかったことは前記認定のとおりであるから、この点に関し被告には過失があったというべきである。
三 以上、請求原因3について検討する。
(1) 治療費のうち吉田外科病院入院中の九万八、八七三円については当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、原告は本件事故で負った頭部打撲、頸部捻挫を治療のため昭和五六年一月八日から同年同月二八日までの間、名倉堂病院に通院して治療費一万五、一〇〇円を支払い、同年一月二二日には厚生連中央綜合病院で治療を受けて治療費三三六円を支払い、同年一月一四日から同年一月二八日まで吉田外科病院に通院、同年一月二八日、同病院に入院、同年二月一九日、同病院を退院した後も同年五月末頃まで通院治療を受けたが、同病院への通院治療費は総額六万五、八六六円であることが認められる。
従って入通院治療費合計額は一八万〇、一七五円となるが、右以上の治療費を認めるに足りる証拠はない。
(2) 《証拠省略》によると、原告は吉田外科病院から前記負傷につき診断書の交付を受けるため、二、〇〇〇円を支出したことが認められる。
(3) 原告が吉田外科病院に二三日間入院したことは前記のとおりであり、入院中の雑費は一日当り一、〇〇〇円とみるべきであるから、入院雑費は総額二万三、〇〇〇円となる。
(4) 《証拠省略》によると、原告は昭和五六年五月末頃まで少くとも二七日吉田外科病院に通院したこと、栃尾市に住む原告は長岡駅までバスを利用したが、バスの往復料金は六〇〇円(従ってバス料金総額は一万六、二〇〇円となる。)であること、原告は自宅からバス停留所まで、および長岡駅から吉田外科病院までタクシーを利用することがあり、総額一万六、一五〇円のタクシー料金を支払ったことが認められる。
従って右金額の範囲内である原告主張の交通費二万五、七五〇円は全額是認できる。
(5) 《証拠省略》によると、原告は本件事故前、夫とともに呉服店を営むかたわら、主婦として家事に従事していたが、本件事故による負傷のため、事故当日から昭和五六年五月末日頃まで就労できなかったこと、原告(大正一一年五月一七日生)と同年齢の女子労働者は統計(賃金センサス)上、一年間に一五四万三、六〇〇円の収入をうることができることが認められるから、原告は本件事故に遭った昭和五六年一月六日から同年五月末日までの一四六日間に、一五四万三、六〇〇円に三六五分の一四六を乗じた金額(六一万七、四四〇円)のうべかりし利益を失ったことになる。
従って右金額の範囲内である原告主張の逸失利益四〇万円は全額是認できる。
(6) 前記認定の入通院の日数および原告本人尋問の結果によれば、原告は現在でも前記負傷の後遺症として時々、頭部、肩が痛むことがあることが認められることを考慮すると、慰謝料の額は一五〇万円が相当である。
(7) 右(1)ないし(6)の是認すべき損害合計額(二一三万〇、九二五円)よりすれば、弁護士費用は、その約一割である二二万円の範囲で是認する。
四 以下、被告の過失相殺の主張について検討する。
《証拠省略》によると、
1 昭和五六年一月六日午前一〇時頃、原告は知人方に赴くため(小雪が降っていたので傘をさし)、前記春喜屋の東側の小路を北から南に通行しようと、その小路の入口にさしかかったとき、春喜屋の屋根で一人の男(この男は屋根の北東側で雪おろしをしていた訴外木間稔であり、屋根の南東側で雪おろしをしていた鎌田の姿は見えなかった。)が雪おろしをしているのを認めたので足をとめ、雪塊が小路に落ちるのを待ち、それが落ちた後、次の雪塊が落ちてくる間に屋根の下を通過しようとして、足を早めて小路を約一一メートル南に進んだとき、鎌田が投下した雪塊が傘に当り、その衝撃が手から肩に伝った。
2 鎌田はその頃、屋根の南東側でスノーダンプを使って雪を小路に投下していたが、雪が道路上に落ちているので通行人側で気づいてくれる、と思い、殆んど人の通行に注意を払わずに雪をおろしていた。
3 同人はその点の不注意で過失傷害罪に問われ、長岡簡易裁判所で罰金三万円(略式命令)に処せられ、この刑は確定した
ことが認められ、右認定事実および前記被告の注文、指図上の過失をあわせ考えると、本件事故の発生につき原告には損害額の決定につき斟酌すべき程の過失はなかった、というのが妥当である。
五 そうすると原告の本訴請求は前記損害合計二三五万〇、九二五円から被告が支払ずみの九万八、八七三円を控除した残額二二五万二、〇五二円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和五六年一月七日以降右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において正当であるということになるから、右部分を認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 上杉晴一郎)