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新潟地方裁判所高田支部 平成13年(カ)1号 判決 2003年2月25日

再審原告

新潟地方検察庁高田支部検察官検事

酒井治幸

再審原告補助参加人

同訴訟代理人弁護士

伊東幸人

宮崎明雄

大谷隼夫

大塚勝

松阪健治

無津呂幸憲

再審被告

B子

同訴訟代理人弁護士

山口邦明

主文

一  新潟地方裁判所高田支部が平成八年一月二五日に言い渡した平成七年(タ)第七号母子関係存在確認請求事件の判決を取り消す。

二  第一項記載の事件における再審被告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一項記載の事件及び再審事件を通じて、再審被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  再審事件(以下「本件再審事件」という。)

(1)  再審原告

ア 主文第一項と同旨

(2)  再審被告

イ 再審請求を棄却する。

二  主文第一項記載の事件(以下「本案事件」という。)

(1)  再審被告(本案事件原告)

再審被告が本籍《省略》、A子(昭和四年一二月二日生、平成七年二月六日死亡)の子であることを確認する。

(2)  再審原告(本案事件被告)

主文第二項と同旨

第二事案の概要

本件再審事件は、再審被告が亡A子の子であることを確認した確定判決(主文第一項記載の判決。以下「本件本案判決」という。)について、再審原告が、再審被告に対し、本案事件の証人となったF子の虚偽の陳述が同判決の証拠となったと主張して、再審の訴えを提起したものである。

本件本案判決については、平成一五年一月一〇日、当庁において、再審開始決定がなされ、同決定は確定した。

一  証拠上容易に認められる事実(なお、証拠は、特に掲記しない限りは、本案事件の証拠番号である。)

(1)  本件本案判決前の戸籍には、再審被告が、《住所省略》において、母C子(明治四二年八月九日生。昭和六二年四月二五日死亡。以下「C子」という。)の子(父の欄は空欄)として、昭和二五年七月二日出生した旨記載がある。

(2)  A子(本籍《省略》。昭和四年一二月二日生、平成七年二月六日死亡。以下「A子」という。)は、戸籍上は、GとH子の長女であり、昭和一〇年にI(本籍《省略》、明治三一年一二月一〇日生、昭和二一年一〇月一三日死亡、以下「I」という。)と養子縁組をした旨記載されている。

(3)  Iは、A子のほか、J(昭和七年三月二一日生、以下「J」という。)と昭和八年に、D(昭和八年四月一日生、結婚後D、以下「D」という。)と昭和一五年にそれぞれ養子縁組をしている。

(4)  C子は、父Kと母L子の長女であったところ、大正九年にMとN子の養女となり、E(昭和一〇年一月一日生、以下「E」という。)を養子としている。

(5)  IとC子は内縁関係にあり、二人とも歯科医で、《住所省略》で歯科医を開業していた。両名は、A子、J、D、Eと一緒に生活をしていた。

C子は、A子、D及びEの実母であり、D及びEは、A子の兄弟である。また、F子は、C子の実妹である。

(6)  A子は、府立第四高女に入学し、明治大学の法科に進んだが、退学して助産婦となり、昭和二四年ころ、産婦人科に勤務し、その後、日本医大を卒業し医師となり、昭和四八年一月に再審原告補助参加人と結婚した。

(7)  再審被告は、C子に育てられ、昭和四八年六月にOと結婚したが、A子は、再審被告の結婚、出産の費用を負担した。

二  争点

再審被告がA子の子であるかが争点であり、再審被告は、昭和二五年ころ、A子が某病院の医師と関係し、再審被告を懐妊したものの、未婚であったためC子の自宅で出産し、C子がA子の将来を考えてC子の子として出生届をしたと主張する。

これに対して、再審原告は、本件本案判決が母子関係を認定した証拠であるF子の証言は偽証であり、再審被告とA子のDNA型を対比して分析した結果に照らせば、両者の間に母子関係は存在しないと主張する。

第三裁判所の判断

一  本件再審事件では、虎の門病院がA子のものとして保管していた病理組織標本(標本番号七九一六四五―二、九四〇三三〇六―三D等)と再審被告の血液のDNA鑑定を採用した。

二  まず、上記病理組織標本に関しては、以下の事実が認められる。

上記病理組織標本は、虎の門病院が保管していたものであるが、これらは、A子が同病院ないし同病院分院に入院していた、昭和五四年五月二三日、左聴神経鞘腫後頭下開頭腫瘍全摘術を受けた際に同人から採取したもの(標本番号七九一六四五。なお、標本番号に付された枝番号は摘出した組織の一部をスライスして標本にした各場所を意味しており、枝番号に続いて記載されているアルファベット等は、スライスした標本に染色を施してあることを意味する。)及び同じく平成六年四月二八日、転移性脳腫瘍の手術を受けた際、同人から採取したもの(標本番号九四〇三三〇六)として保管されていたものである。そして、前記第二、一(5)で認定したとおり、A子は、D及びEと兄弟であるところ、上記鑑定によれば、上記病理組織標本とDが両親を同じくする(以下「同胞」という。)確率は九九・九八九九パーセント、一方の親を同じくする(以下「半同胞」という。)確率は九九・七九四五パーセントであり、上記病理組織標本とEが同胞である確率は、九九・九九九七パーセント、半同胞である確率は、九九・九六三二パーセントであって、上記病理組織標本とD及びEとの関係は、同胞である確率も半同胞である確率もいずれも高い値を示した。

以上のとおりの上記病理組織標本の採取の経緯並びにA子の兄弟であるD及びEと同標本が同胞ないし半同胞である確率が高いことに照らせば、上記病理組織標本はA子のものであると認められる。

三  次に前記鑑定によれば、以下の事実が認められる。

(1)  人の細胞の核の中には遺伝情報を伝えるデオキシリボ核酸(DNA)が存在している。DNAは長い二重らせん構造を持ち、四種類の塩基、すなわちアデニン、シトシン、グアニン、チミンの文字列(塩基配列)で遺伝情報を表している。それらの塩基は相補対、すなわち、一方の塩基がアデニンの場合はもう一方の塩基はチミン、同様に一方がシトシンの場合はもう一方はグアニンとなる対を形成している。DNAの断片の長さは対になっている塩基の数(塩基対)で表される。一つの細胞には父からの三〇億、母からの三〇億、合わせて六〇億の塩基対が含まれており、二三対、四六個の染色体にまとめられている。

生物を構成する基本単位(三〇億の塩基対)の遺伝情報をゲノムと呼び、現在ヒトゲノムの情報はほぼ全て解読されている。このうち、血液型のように個人で違いが見られる部分を検出し、個人識別や親子鑑定が行われている。

(2)  前記鑑定では、前記病理組織標本(標本番号七九一六四五―二、九四〇三三〇六―三D)及び再審被告の血液からDNAを抽出し、数百塩基対以下の短い断片をpolymerase chain reaction(PCR)と呼ばれる方法で増幅して、short tandem repeat(STR)の型の検査を行った。

STRは、ゲノムの非コード領域(遺伝子としての発現していない部分で全体の九五パーセント程度を占める)に主に分布している二ないし六塩基の反復配列である。STRの型は、この配列単位の反復数(「アリル」という。)で表される。このアリルが父からのDNAと母からのDNAによって違っている場合があり、それらが血液型のように遺伝するので、個人識別や親子鑑定に利用されている。

母と子であれば、突然変異のない限り、STRの型(二つのアリルの組み合わせで示される。)は、少なくとも一つのアリルを共有する。母子鑑定では、通常、二ローカス(ローカスとはゲノムの中であるまとまりのある領域をいう。)以上でSTRの型に矛盾(一つのアリルも共有していない。)が見られれば、親子関係は否定される。

(3)  前記病理組織標本と再審被告のそれぞれのSTRの型は、型判定のできた一七ローカス中、三ローカスにおいて、一つのアリルも共有していない。

以上の鑑定結果に照らせば、上記病理組織標本と再審被告の間の母子関係は否定される。

四  以上の事実からすれば、再審被告がA子の子であるとは認められない。

五  前記四の判断に対し、本案事件において、C子の妹である証人F子は、再審被告とA子の母子関係に関し、次のとおり陳述した。昭和二五年七月二日(再審被告が出生した日)、C子からA子に子供が産まれたという話を聞いた、C子からどうしようかと言われたので、子供の籍も入れなければいけないのだから、あなたの子供にしなさいと言った、再審被告の母はA子である。さらに、本案事件においてA子の弟である証人Eは、昭和六〇年ころ、C子から再審被告はA子の子であると聞いた旨を陳述している。しかし、上記各陳述部分は、前記鑑定結果に照らし、採用できない。

また、第二、一(7)で認定のとおり、A子は、再審被告の結婚、出産費用を負担しているが、再審被告が、A子の年の離れた妹として育ってきたこと(証人D、前記第二、一(1)、(2)、(5))に照らせば、前記四の判断を覆すものではない。

その外に前記四の判断を覆すに足る証拠及び事実はない。

六  よって、再審原告の再審請求は理由があるので本件本案判決を取り消し、本案事件における再審被告の再審原告に対する請求は、理由がないのでこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 松葉佐隆之)

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