新潟地方裁判所高田支部 平成9年(ワ)49号 判決 1998年3月25日
原告
杉田正明
ほか一名
被告
富士火災海上保険株式会社
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告らに対し、二六〇〇万円及びこれに対する平成九年五月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自動車総合保険(PAP)の他車運転危険担保特約に基づき、保険金の支払を求めた事案である。
一 当事者間に争いがない事実及び証拠上明らかに認められる事実
1 原告杉田寛(以下「原告寛」という。)は、平成六年三月一六日、登録を抹消された自動車(抹消前の自動車登録番号「長岡五六む五〇七一」車名ニッサンスカイライン、以下「本件自動車」という。)を同年四月一〇日ころから、所有者柳沢祐樹から預かっていた。(乙一四、一八、二二、二四)
2 交通事故の発生(以下「本件事故」という。当事者間に争いがない。)
日時 平成六年五月五日午後一一時一〇分ころ
場所 上越市大字下源入一一二番地一先国道一八号線上
事故の発生 原告寛は、本件自動車を運転し、交通取締業務に従事していた警察官三野原正之(以下「三野原」という。)及び同松井俊隆(以下「松井」という。)に衝突し負傷させた。
3 原告寛の責任
原告寛は、三野原及び松井に対し、民法七〇九条に基づき、その被った損害を賠償すべき責任がある。(当事者間に争いがない。)
4 三野原、松井及び地方公務員災害補償基金の被った損害
(一) 三野原(甲六)
(1) 三野原は、本件事故により、左大腿切断の重症を負い、平成六年五月五日から平成七年二月一日まで入院加療をし、さらに、同日から同年一二月三一日まで通院加療をした。また、右受傷は後遺障害第四級と判定された。
(2) 三野原は、治療費、通院交通費、諸経費、義足代として合計八二〇万八九〇〇円、入院雑費二一万八四〇〇円、休業補償費一一五万〇二六四円、入通院慰謝料二六三万二八〇〇円、後遺障害慰謝料六八七万円、逸失利益八五一一万九四五九円の損害(合計一億〇四一九万九八二三円)を被ったと主張し、地方公務員災害補償基金から八二〇万八九〇〇円、自動車損害賠償責任保険から二〇〇九万円、障害基礎年金から一六〇万八六〇〇円の支払(合計二九九〇万七五〇〇円)を受けたから、差引七四二九万二三二三円につき原告寛に支払義務があると主張した。
(二) 松井(甲六)
(1) 松井は、本件事故により、後遺障害第一二級に認定された左外傷後受形性股関節症等の障害を負い、平成六年五月五日から平成六年九月一〇日まで入院加療をし、さらに、同日から平成七年一〇月一九日まで通院加療をした。
(2) 松井は、治療費、通院交通費、諸雑費として合計三〇八万七六五六円、入院雑費一〇万三二〇〇円、休業補償費四三万〇五〇〇円、近親者看護料三二万五六〇〇円、入院通院慰謝料一五四万三七五〇円、後遺障害慰謝料九二万円、逸失利益一七四七万八四四〇円の損害(合計二三八八万九一四六円)を被ったと主張し、地方公務員災害補償基金から三〇八万七六五六円、自動車損害賠償責任保険から三四四万円の支払(合計六五二万七六五六円)を受けたから、差引一七三六万一四九〇円につき原告寛に支払義務があると主張した。
(三) 地方公務員災害補償基金(甲六)
地方公務員災害補償基金は、地方公務員災害補償法に基づき、原告寛に対し、三野原に支払った八二〇万八九〇〇円及び松井に支払った三〇八万七六五六円(合計一一二九万六五五六円)につき求償金請求権があると主張した。
5 示談
(一) 原告らは、平成六年八月二六日、三野原及び松井に対し、それぞれ本件交通事故に損害賠償金の内金として一〇〇万円を支払った。(甲七の1ないし4)
(二) 原告ら、平成九年四月八日、三野原に対し一七三五万二〇〇〇円、松井に対し五七七万三六八〇円、地方公務員災害補償基金に対し八七万四三二〇円を支払う旨示談し、同月一〇日、右示談金を全額支払った。(甲八、九の1ないし3)
6 保険契約
原告寛の父原告杉田正明(以下「原告正明」という。)は、平成六年三月一七日、被告と自動車総合保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。右契約は、保険期間は平成六年三月一七日から平成七年三月一七日午後四時まで、被保険自動車は自家用乗用車、初年度登録昭和六二年五月、登録番号長岡五六も八七七〇、ニッサンスカイライン、被保険者杉田寛、対人賠償一名につき無制限という内容であり、他車運転危険担保特約があった。(当事者間に争いがない。)
二 争点
1 他車運転危険担保特約の適用の有無
(一) 原告らの主張
他車運転危険担保特約二条所定の「用途、車種」の区別は、<1>自動車総合保険普通保険約款には道路運送車両法の定めるところにより定められていることを示す文言、又は示唆する文言がないこと、<2>車検切れの車を他車運転危険担保特約において免責させるのであれば、その旨の明らかにする規定を置きさえすれば、極めて容易に免責させることができるはずである、<3>「用途、車種」については、道路運送車両法とは別途に一般的な認識があることからすると、本件自動車は、他車運転危険担保特約二条の「他の自動車」に該当するというべきである。
本件自動車が自動車でないなら、自賠責保険も支払われなかったはずである。
(二) 被告の主張
他車運転危険担保特約の対象となる自動車は「その用途及び車種が自家用普通乗用車、自家用小型乗用車、自家用軽四輪乗用車、自家用小型貨物車、自家用軽四輪貨物車」の五種でなければならない。右用途及び車種の区別は、道路運送車両法の定めるところによって登録をし、当該自動車につき登録番号を得ることによってはじめて決まるものである。しかるに、本件自動車は、本件事故の前の平成六年三月一六日に抹消登録がなされていたのであるから、本件事故当時、「他の自動車」に該当しない。
原告らは、本件事故について、自動車損害賠償責任保険による保険金が支払われたことをもって、他車運転危険担保特約に基づき、原告らに保険金を支払うべきであると主張するが、自動車損害賠償責任保険は、登録前の自動車に付保されるものであるのに対し、任意保険は道路運送車両法に基づく登録した自動車について付保されるものであり、他車運転危険担保特約二条においても、「他の自動車」は「自家用普通乗用車」等五種と限定して、登録後の自動車であることを要件としているのであるから、自動車損害賠償責任保険と同一に解することはできない。
2 故意による免責
(一) 被告の主張
他車運転危険担保特約三条一項は、「当会社は、記名被保険者、その配偶者または記名被保険者の同居の親族が、自ら運転者として運転中…の他の自動車を被保険自動車とみなして、被保険自動車の保険契約の条件に従い、普通保険約款賠償責任条項…を適用します」と定めて、右特約においては、自動車総合保険普通保険約款第一章の賠償責任条項に従って、填補責任を負う旨定めているが、右賠償責任条項七条一項二号によると、記名被保険者以外の被保険者(賠償責任条項三条一項により、記名被保険者の同居の親族は被保険者とされる)の故意によって生じた損害は填補しない旨を定めている。
ところが、記名被保険者である原告正明の同居の親族である長男原告寛は、柳沢佑樹から借り受けた本件自動車を運転して暴走行為をしているうちに、警察のパトカーに追跡され、警察による暴走族取締中の検問を突破するために、取締中の警察官に自車を衝突させて傷害を与えることを認識しながら、かりに、右認識がなかったとしても、衝突して傷害を負わせるかもしれないことを認識しながら、それも仕方がないとの意思をもって時速約六〇キロメートルの高速度で検問を突破した。そして、その際、検問中の警察官二名に衝突して傷害を負わせて賠償責任を負い、損害を被ったのであるが、右損害は故意、少なくとも未必の故意によって生じたものであるから右約款により被告は填補責任を負わない。
(二) 原告らの主張
本件事故は、故意による人身事故ではない、本件事故は、各種に違反の未に業務上過失傷害という犯罪行為を招来した結果であり、その過失の程度は大きい。しかしながら、自動車総合保険普通保険約款第一章賠償責任条項、第二章自損事故条項を対比すると、酒酔い運転、犯罪行為、自殺行為、無免許運転等により招来した結果であっても対人賠償では免責されないことは明らかであり、このことは、他車運転危険担保特約においても、固有の免責条項を除外するほかは、同一に解すべきである。
3 権利の濫用に関する被告の主張
商法六四一条は、保険者は、公益上の理由、公序良俗違反、信義則等の見地から、悪意又は重大な過失によって生じた損害を填補しないと定め、被保険者は、公益保護の見地、保険者と被保険者間の衡平の観点、被保険者が守るべき信義誠実の要請等を理由として、損害の発生の防止義務を負うとされている。
原告寛の運転していた本件自動車は法律上運行の用に供しえないものであったこと、運転目的の法律に違反するものであったこと、衝突直前において、警察官の停止命令を無視し、故意に、かりに故意が認められないとしても、衝突の危険性が極めて高いのに、あえて高速度で検問を突破して警察官二名に衝突させて傷害を負わせたものであり、原告らが、本件保険金請求をするのは権利濫用である。
第三争点に対する判断
一 他車運転危険担保特約の適用の有無
1 平成五年四月改定の自動車総合保険普通保険約款の他車運転危険担保特約二条によると、「他の自動車」とは、「記名被保険者、その配偶者または記名被保険者の同居の親族が所有する自動車…以外の自動車であって、その用途および車種が自家用普通乗用車、自家用小型乗用車、自家用軽四輪乗用車、自家用小型貨物車または自家用軽四輪貨物車であるものをいいます。ただし、記名被保険者、その配偶者または記名被保険者の同居の親族が常時使用する自動車を除きます。」と規定されている。
右「用途、車種」につき、自動車総合保険普通保険約款には、その定義規定はないが、「用途、車種」という文言は、第五章車両条項五条(損害額の決定)、第六章一般条項四条一項一号(通知義務)、六条一項(被保険自動車の入替)、被保険自動車の入替における自動担保特約一条一項等にも使用され、損害額の決定及び事故発生の危険性の判断並びに保険料率の設定をする重要な指標となっていると認められる。(甲二、乙三一、証人伊藤)
2 ところで、わが国の自動車に関する法制は、道路運送車両法、道路交通法、自動車損害賠償保障法等により規律されているが、この中で、道路運送車両法は、道路運送車両に関し、所有権の公証を行い、安全性の確保及び公害の防止並びに整備についての技術の向上を図り、あわせて自動車の整備事業の健全な発達に資することを目的とするものであり、自動車の登録、整備及び検査の制度を設けて、運行の用に供する自動車について、その安全かつ適正な使用を期し、かつ、個々の自動車の情報の把握を行っている。このように、道路運送車両法は、道路運送車両の安全性の確保を目的とする基本法であり、自動車の大きさ及び構造並びにに原動機の種類等を基準に自動車の普通自動車、小型自動車、軽自動車等の車種区分を定め(同法三条、同法施行規則二条及び別表第一)、登録及び検査において、右車種区分及び自家用又は事業用の用途に対応した規制及び公示をしており(同法八条、九条、同法施行規則一一条、自動車登録規則一三条、同法五八条、同法施行規則三五条の三、同法五九条、六一条等)、事故の危険性の判断をする上で、客観的、明確な基準を提供している。このことからすると、自動車総合保険普通保険約款に使用される「用途、車種」という文言は、原則として、道路運送車両法の規定に基づくものと解するのが相当である。被告が配付していた自動車総合保険の契約のしおりの中には、「用途とは、自家用、営業用(事業用)の自動車の使用形態の区別を意味し、車種とは、普通乗用車、小型乗用車、小型貨物車、小型ダンプカー、バスなどの自動車の種類の区別を意味します。なお、用途・車種の区分は、原則として登録番号標または車両番号標の分類番号および塗色に基づき弊社が定める区分によるものとなります。」との用語の説明があるものがあることも(乙三一)、このことを裏付けるものと考えられる。
3 ところで、保険契約は、保険契約者の告知した保険者が測定した保険の目的物の危険について、右危険に見合う保険料を保険契約者が支払うことにより、保険保護の提供を受けることを原理とするものであるところ、他車運転危険担保特約は、記名被保険者等が一時的に他人の自動車を借用してこれを運転した場合において、割増保険料の負担を保険契約者に負担させることも、他人の自動車を告知することもなく、これを自動的に拡張担保しようとするものであり、他車運転危険担保特約二条が「用途、車種」により他車の限定をしたのは、右限定された場合には、被保険自動車について想定された危険の範囲に含まれると評価することができるとしたものと解される。
4 しかして、本件自動車は、平成六年三月一六日に抹消登録されたことは前記のとおりであるところ、右抹消は、道路運送車両法一六条による抹消登録であり、自動車損害賠償責任保険の期間は、同年六月二五日までであり、自動車検査証の有効期間は同年六月二四日までであったことを認めることができる。(甲一一、乙二五)
道路運送車両法一六条による抹消は、同法一五条の抹消が、自動車の効用喪失又は同一性の喪失など自動車の物理的変化の結果必要とされる手続であるのに対し、使用可能な自動車を運行の用に供することを一時的に中断する場合の手続で、再度運行の用に供することも予定されているものである。しかしながら、再度運行の用に供するためには、新規の検査を受けて登録をすることが必要であり、このように新規の検査も登録もされていない自動車は、道路運送車両法に基づき自家用なのか営業用なのかを判断をすることはできないと考えられる。また、登録を抹消された自動車は、事故発生の危険性の判断をすることができず、自動車保険における料率算定の基礎資料に入らないものであると認めることができる(証人伊藤)。
以上説示したところからすると、本件自動車は、他車運転危険担保特約二条の「他の自動車」に該当しないと解さざるを得ないと思虜される。
なお、原告らは、「用途、車種」については、道路運送車両法とは別途に一般的な認識がある旨主張するが、他車運転危険担保特約が、他人の自動車につき、「用途、車種」を限定した趣旨に照らすと、一般的な「用途、車種」により他車運転危険担保特約二条の「他の自動車」に該当するか否かを判断するのは相当ではないと考えられる。
また、車検切れの車が他車運転危険担保特約において免責させるのであれば、その旨の明言規定を置きさえすれば、極めて容易に免責させることができるはずであるとの点については、免責条項に記載されているのは、典型的に自動車保険に組み込まれているような危険性であり、敢えて免責規定で説明をする事項ではないので規定されていないものと認めることができる(証人伊藤)。このことは、一般条項六条で、被保険自動車が廃車され、一定の場合に、新たに取得した自動車に保険契約が適用されることが規定されているが、廃車した自動車については、当然、保険契約が適用されないことを予定されていることからも明らかである。
さらに、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険による給付がなされたことは前記のとおりであるが、自動車損害賠償保障法二〇条の二第一項四号、同法施行規則五条の二第一項は、登録自動車が道路運送車両法一六条の抹消登録を受けたときは、責任保険の保険契約者は解除することができると規定され、抹消登録は責任保険の解除事由となっているにすぎないことに照らすと、自動車損害賠償保障法の給付がなされたことを理由に、本件自動車について、他車運転危険担保特約二条の「他の自動車」に該当すると認めることは相当ではない。
二 以上によると、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がないので棄却することとする。
(裁判官 菅原崇)