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新潟地方裁判所高田支部 昭和39年(ワ)16号 判決 1966年10月29日

原告 選定当事者 小森末吉 外一名

被告 国

訴訟代理人 岸野祥一 外六名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)<省略>

(原告の請求原因)

一、被告は直江津市大字砂山地内を起点とする国道十八号線工事を施行したが同工事の一環である新井市大字姫川原地内の道路工事の結果同地内に居住する原告および原告選定者(以下、単に原告または原告等という)の住居敷地と道路面との間に高低差を生じさせそのため道路面より低い敷地となつた原告はその住居敷地から道路えの出入り通行のため敷地盤の盛土と居住建物の浮上げと基礎の嵩上工事をせねばならず、路面より高い敷地となつた原告もこれに応ずる工事を必要とすることになつた。そして原告等の工事費は別紙のとおりであるが、この費用は右被告の工事によつて生じた損害であるからその支払を求めるため本訴におよんだ。

二、被告が右のような道路工事(以下本件工事という)を施工するまでの経緯およびその結果原告等の被つた損害は次のとおりである。すなわち、

(一)  昭和三十六年十二月二十六日新井市役所において被告代理人北陸地方建設局高田工事事務所長吉田某外二名の係官と原告小森、横山外二名の者は新国道対策協議会発足の挨拶のため会見した。席上吉田所長はこの四名を代表者と認め連絡や事前協議をするから相互の信頼感で新国道の促進をしたいとのことで喜んで協力の約を交した。次いで昭和三十七年二月二十日新井市役所において前記吉田所長から前記代表委員四名に対し新井市長、同助役、同土木課長および地区選出市会議員三名立会のもとに路線の発表があり「道路の両端につける歩道は巾各一・五米として車道より九センチ高くするがそれでも現在ある道路の路面より高くしない設計である」と道路横断面設計図を示して説明したので大字姫川原国道関係者は諒承したものであり、ここに国と該当区民との間に新路面を旧路面より高くしない旨の契約が結ばれた。そして、現工事事務所長宍戸文英も就任後右設計を再確認し、また昭和三十七年七月姫川原小学校での説明会でもこの設計を認めた。然るに同年十二月二十六日大字姫川原正念寺での補償説明会では高田工事事務所長が「歩道を一段高くすることをやめて車道と歩道の境界は柵で区切る」と説明したため紛糾し、昭和三十八年一月二十九日原告小森は新井市役所において高田工事事務所の担当課長に対し「歩道は一段高くしないで当初の設計より路面を九センチ低く施工し得るから機械力による砂礫の入替等により路面を可及的に低く保ち、住宅の移築の空地のない国道東側の人々の通行に支障ないように」と任意を喚起した。

(二)  にも拘らず、被告は、昭和三十八年十一月国道東側の側溝工事を開始すると、原告等住居地先に到る手前から当初の設計よりも多く盛土して徐々に高くし、原告塚田正義、塚田公一、岩野正一、坪木ツキ、小森末吉、白石初太郎、江口金次郎、坪太正造らの敷地脇の路面はその側溝擁壁天端が住居敷地より最低二十七糎から最高四十九糎も高くしてしまつたため、同原告等の敷地は排水不能となり、豪雨の際には便槽および住居床面に湛水するようになつたので、右原告等九名は雨水の湛水および屋内便槽えの浸水を避けるため敷地の盛土と併せて建物の浮上げによる基礎の嵩上げ工事を必要とするに至り、一方、高島久雄および小島辰蔵の敷地は路面の切土によつて道路東側側溝すれすれに住宅入口が路面よりも四十糧高い所に位置し、住宅の背後部が市道に囲まれているので人間らしい歩行で国道に出入りするには住宅の改造工事を実施する外に途がなくなつた。

(三)  原告等主張の要営繕内容すなわち、損害はおおよそ原告提出の第二準備書面ならびに第四準備書面の七記載のとおりであるからこれを末尾に添付して引用する(なお、原告はここに主張の金額を、昭和四十一年九月十九日の口頭弁論において、工事費等の値上りを理由に前記請求の趣旨どおりの金額に訂正して請求を拡張した)。

三、(一) 本訴請求原因は、(イ)前記二の(一)記載の、原告等と国との間の契約にもとずく債務の不履行、すなわち、被告は路面頂点の削るべきところを盛土したり、低い地点で盛土すべきところを切土した違法があるので、そのような工事によつて受けた損害賠償請求であるが、(ロ)被告が施行した前記道路改修工事は前述の経緯に徴し、国家賠償法第二条の不法行為(故意の不法工事)にも該当するので、同条による損害賠償を求めるものである。

(請求原因事実に対する被告の認否)

一、第一項について、被告が新井市大字姫川原地区内において国道第十八号線の道路改良工事(姫川原第三道路工事)を行い、そのため原告等の住居敷地と道路面との間に若干の高低差の生じたことは認めるがその余は争う。

二、第二項の(一)について、昭和三十六年十二月二十六日新井市役所において吉田所長等が区民に対して本件道路工事の計画の説明を行つたこと、原告小森が姫川原の国道対策協議会の代表委員となり、高田工事事務所がそれを認識して同人と交渉をしたこと、昭和三十七年二月二十日新井市役所において原告等主張のような者の立会のもとに本件道路工事計画の第二回説明会が行なわれ、その際事務所側が本件道路の標準断面図(甲第二号証)によつて道路の設計を示し、道路の両側に一段高い歩道を、またその外端に側溝を設けることを示し、これについて地元側の意見を聞いたこと、昭和三十七年十二月二十六日本件道路工事の説明会が行なわれたことは認めるがその余は争う。

三、第二項の(二)について

本件道路工事は昭和三十八年九月二十二日着工され、同三十九年一月十四日舗装工事を残して一応完了したが、その際道路東側の敷地の一部は新路面東側の側溝擁壁天端との間に若干の高低差(その差は敷地が従来の路面より高くなつたものの最高が三十八センチ、逆に低くなつたものの最高が二十五センチ)を生じたことは認める。右高低差により、これをそのままにすれば排水不良の敷地ができることになるが、高田工事事務所ではそのことを右工事にあたつて予め考慮し、側溝の敷地側擁壁等に穴をうがつて敷地の水を側溝に流入させるように措置しているから決して原告等主張のような排水不能の事実は生じていない。また、新道路面と敷地との間に段差のあることによる出入上の不便については階段または架け橋等を設けるような補償措置を必要とするものと考えられるが、原告主張のような大規模の工事を必要とする状況は無い。

(被告の主張)

本件補償請求権は未だ具体的に成立していないから、原告等の本件給付請求は理由がなく、また、もし原告等が本件訴によつて右請求権の具体的確定を求めるという趣旨であれば、それは法定の手続に違反するものであつて不適法である。その理由は次のとおりである。

原告等は本件訴において国道の改築により損害を受けたものとしてその補償金の支払を請求されているが、仮りに原告等にその主張のような損害が発生したとしても、道路の改築に伴う損失はいわゆる適法行為による損失であつて、これが補償関係は一に道路法第七十条の規律に従うべきものである。しかるところ、同条第三項は、補償の問題については、先ず「道路管理者と損失を受けた者とが協議しなければならない」ものと定め、また同条第四項には「右協議が成立しない場合においては、道路管理者又は損失を受けた者は、政令で定めるところにより、収用委員会に土地収用法第九十四条の規定による裁決を申請することができる」ものと定めており、その法意とするところは、ここに右補償請求の手続を明らかにするとともに、これが請求はもつぱら右所定の手続によつてこれをしなければならないものとするにあると考える。故に、

(一)  補償の要否の内容等は右協議(公法上の補償契約)-裁決-判決という一連の手続によつて具体的に確定されるものであるとともに、それが右手続によつて確定されるまでは具体的補償請求権は成立しないものであると考えられるところ、原告主張の本件補償については目下なお当事者間において協議中であるから、原告等には未だ給付請求の基となるその主張のような具体的補償請求権が発生していないことが明らかである。

(二)  また、具体的補償請求権の確定はもつぱら右所定の手続によらなければならないものである関係上、直接訴によつてその確定を求めることは許されないので、もし原告等が本件訴によつて補償の要否、内容等を審理し、もつて具体的補償請求権を確定することを求めるものであるとすれば、それは法定の手続、手順に違背するものであつて不適法たるを免れない。

証拠<省略>

理由

一、原告主張の、原告等と国との間に、本件道路工事につき、新路面を旧路面より高くしない旨の契約が結ばれたとの事実は、これを認めることができない。証拠によれば、原告がその請求原因二(一)において主張するような高田工事事務所長等から原告等を含む地元住民に対する道路工事計画の説明がなされ、地元側の意見がきかれ、その協力を要請されたことは認められる(この点は被告においてもおおむね争わないところである)けれども、新道路面を旧道路面より高くしないことを確約したことまでは認定するに不十分であるばかりでなく、仮りにこの点が認められるとしても、この事実をもつて原告主張のように、被告と住民との間の工事契約とみることは困難であり、右説明会等において被告側からなされた工事内容の説明等は道路工事に利害関係を有する沿道住民の理解と協力を求めた事実行為にすぎないとみるべきである。原告等主張の国との契約を前提とする債務不履行を原因とする請求はその理由がない。

二、次に、被告の本件工事が原告等に対する不法行為を形成するという原告の主張について考えると、全証拠(検証の結果を含む)を綜合しても、本件工事が、道路新設の際施工者にその遵守が要求される道路法、道路構造令に定められた道路の構造、その技術的基準に違反し、これを逸脱したものと認めることはできず、したがつて、不法行為とみることはできない。ただ、工事の開始前からその進行中にわたり、回を重ねて沿道住民から損害を少くするよう工事の設計ないし施工方を強く要望されていたのに、これを取り上げず、一方的に施工してその結果住民に損害を与えた(本件においては、このように認定することは証拠上かなり疑問であるが、仮りにそうだとし、かつ、工事と損害との間に因果関係が認められるとした場合)とすれば、工事は形式的には一応適法でも、このような工事は実質的には違法であると解せられないかが問題になるが、国が工事の施行に当り、住民とその工事内容についての要望に関し協議を重ねねばならない法律上の義務はなく、工事自体が前記法令その他の遵守すべき規定にしたがつて施工された以上、それはやはり適法な行為と認めるほかなく(もつとも、極端な場合には不法行為の成立することはあり得るとしても、本件はそれには当らない)その施工の結果、もし、損害が発生すれば、それは講学上いわゆる適法行為による損失補償の問題となるにすぎず、不法行為責任を問うことはできないといわねばならない。したがつて、原告の主張が国の故意による不法行為のみを主張するのであれば、この点ですでに本件請求は失当である。そこで、そのいわんとする真意が、国の施工した道路工事が適切でなかつたために生じた個人の損害の補償を求めるというにあると解した場合を考えてみると、この場合は、あるいは右に述べた適法行為の損失補償の問題となり、あるいは場合によつて国家賠償法第二条の問題とも考え得るのであるが、いずれにしても道路法、土地収用法の規定に定められた出訴前の手続を経由することが必要と解せられる。すなわち、右道路法等が定めた手続は本件のように、道路の機能を十分に発揮させるべき要請上、従前の形状を変更した結果、隣接住民に不都合を生じた場合にはそのような不都合が終局的なものになることを防ぐため、事情の理解に富む専門機関によつてまず紛争の解決をはかつた、簡便で合理的な方法であると認むべきであるから本件工事が適法行為と認められる場合は勿論、仮りに国家賠償法第二条の責任があるような場合であつても、同法第五条によつて、裁判所に出訴する前に、まず、前記道路法等の規定にしたがつた手続をとつて紛争の解決をはかるべきであり、これらの手続を経由せずに、ただちに裁判所に出訴することは不適法といわざるを得ない。原告主張の、被告側工事事務所の協議拒否の事実が、仮りにそのとおりだとしても、土地収用委員会による紛争解決を経由せずにただちに裁判所に出訴し得べき理由とはならない。

三、以上、要するに本件は適法行為による損失補償の問題として解決されるべき事実関係であり、かつ、その解決は前記特別法に定められた手続を履践すべきものと認められるところ、原告等の本訴請求はこれを経ていないことその主張自体から明らかであるから失当として棄却を免れないものである。

四、そこで、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐野昭一)

第二準備書面、第四準備書面<省略>

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