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新潟地方裁判所高田支部 昭和46年(ワ)1号 判決 1972年8月03日

原告

中野勲

ほか一名

被告

合名会社町田商店

主文

一  被告は、原告中野勲に対し金二、〇九〇、〇〇〇円および内金一、九〇〇、〇〇〇円に対する昭和四六年一月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、原告中野富美子に対し金一、九一〇、〇〇〇円および内金一、七四〇、〇〇〇円に対する昭和四六年一月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は、原告中野勲に対し、金四三二万円および内金三九三万円に対する昭和四六年一月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、原告中野富美子に対し、金四一〇万円および内金三七三万円に対する昭和四六年一月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言の申立。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第三請求原因

一(一)  原告ら夫婦の子である訴外中野尚(以下被害者という)は、昭和四五年九月一五日午前九時四五分ころ、新潟県直江津市(現上越市)西本町四丁目先路上において、被告の従業員である訴外金弘錫の運転する被告所有のライトバン(新4ーす679・・・以下事故車という)に衝突され、直ちに新潟労災病院に収容されたが、同日午後八時五分ころ死亡した。

(二)  被害者は、右事故当日、事故現場の道路反対側にある笠原理髪店へ調髪に行きそれが終つたので帰宅しようとして道路を横断し、北方向に向つて道路の左端を歩行していたところ、被害者に対向して道路右側部分を北から南に向つて進行してきた事故車の右前部に激しく衝突され、はねとばされたものである。

二  被告は、本件事故車の所有者であり、事故車を自己の運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条によつて本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  被告は原告らに対し、本件事故にもとづく損害賠償として左記の金額を支払うべき責任がある。

(一)  被害者の逸失利益

被害者尚は昭和三四年三月二五日生れであり、本件事故当時満一一才であつた。厚生省大臣官房統計調査部編第一二回生命表によると一一才の男子の平均余命は五八・八二年であり、被害者は当時健康な男子であつたから右平均余命の範囲内で六三才迄就労可能と考えられる。そして、被害者はその家庭環境からして少くとも高校は卒業するものと考えるのが妥当であるから、一八才から就労するとして六三才までの四五年間を就労期間とみるべきである。

ところで、昭和四五年の労働大臣官房労働統計調査部編「賃金センサス賃金構造基本統計調査報告」によると、男子新制高校卒者の平均賃金は一カ月六四、四〇〇円であり、その他に年間特別に支給される金員は二〇三、九〇〇円である。年収にすると合計九七六、七〇〇円となる。ところで、右年収から生活費としてその二分の一を控除すると年間純益は四八八、三五〇円となる。

そこで、右純益を基礎に一八才から六三才までの四五年分の総収入を一一才の時点で取得するものとしてホフマン式計算法で中間利息を控除して計算すると、被害者の逸失利益は八四七万円となる(一万円以下は切りすて以下同じ)。

従つて、被害者の相続人である原告両名は右被害者の逸失利益を各二分の一づつ、すなわち四二三万づつ相続により取得したものである。

(二)  原告らの慰藉料

原告中野勲は昭和四年一月一一日生れで本件事故当時四一才であり、原告中野富美子は昭和七年一二月一四日生れで本件事故当時は三七才であつた。原告両名は昭和三二年一一月二日結婚し、昭和三四年三月二五日に長男である被害者尚をもうけ、つづいて昭和三八年五月一七日長女美和子をもうけた。原告中野勲は現在新潟県頸城林業事務所の治山課長をしており、原告中野富美子は中学校教諭をしている。原告らは、原告中野勲の両親を含め家族六名同居して肩書住居地において平穏な生活を送つていた。被害者は事故当時新潟大学附属高田小学校六年に在学しており、学業成績も良く、原告両名はその将来に期待をかけていたものであり、本件事故により被害者を失つた原告らの精神的苦痛は極めて大きいものである。これを金額に表示すれば原告らの慰藉料は各自二〇〇万円が相当である。

(三)  葬儀費用

原告中野勲は被害者の死亡により、その葬儀費用として五〇万円を超える出資をしたが、そのうち二〇万円を本件事故による損害賠償として請求する。

(四)  原告らは自賠責保険により各自二五〇万円受領しているので、右各損害額からこれを控除すると、被告は原告中野勲に対し三九三万円、同中野富美子に対し三七三万円をそれぞれ支払うべき義務がある。

(五)  弁護士費用

被告は、原告らに対し右損害賠償につき全く支払をしないため、原告らは本訴提起を弁護士に依頼し、その弁護士費用として各請求金額の一〇%を支払う約束となつている(原告中野勲は三九万円、同中野富美子は三七万円。)これら弁護士費用は、本件事故による損害と認められるから被告に支払義務がある。

四  よつて原告中野勲は被告に対し四三二万円および内三九三万円に対する本件不法行為後である昭和四六年一月二〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告中野富美子は被告に対し四一〇万円および内三七三万円に対する同じく昭和四六年一月二〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

第四請求原因に対する答弁

一  請求原因一の(一)の事実は認める 同(二)は否認する。

二  同二の事実は認める。

三  同三のうち、原告らが自賠責保険により各自二五〇万円受領したとの点を認め、その余はすべて争う。

第五抗弁

一  事故車の運転手である訴外金弘錫は、事故車の運行に関し注意を怠らなかつたし事故車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたものであり、本件事故は被害者の過失により発生したものである。

本件事故は、訴外金弘錫が事故車を運転して直江津市(現上越市)西本町四丁目七番一八号先丁字路にさしかかつたので、速力を緩めて進行していたところ、たまたま左方から右丁字路を右折中の普通貨物自動車があり、右自動車の運転手が一時停止をして訴外金弘錫に対し、先に進行するように合図したので金が事故車を進行させたところ、突然一時停止中の右貨物自動車の横から被害者が飛び出し、金がこれをとつさに発見して急制動をかけ警笛をならしたが間に合わず、衝突したものであつて、事故車の運転手である訴外金弘錫において到底避けることのできなかつたものであり、被害者の飛び出しという一方的過失によつて発生したものである。

二  かりに、訴外金弘錫に過失ありとしても、被害者には、横断歩道でないところを、停車中の自動車の横から進行する自動車にも注意せず、突然飛び出した点に重大なる過失があり、その過失の比率を検討すれば九〇%は被害者の過失であるから、その比率において過失相殺すべきである。

第六抗弁に対する答弁

一  抗弁事実をすべて否認する。

二  本件事故は請求原因一の(二)において主張したとおり、被害者が北に向つて道路の左側を歩行している時に対向して進行して来た訴外金弘錫の運転する事故車に衝突されたものであつて、訴外金が前方に停車していた右折車輛を避けるため道路の右側一杯を進行し、しかも右折車輛の方にのみ注意を奪われ、訴外金から見て道路右側にいた被害者の発見が遅れたため、被害者に事故車を衝突させてしまつたものである。

従つて、本件事故は訴外金の前方不注視のため、および本件のような狭い交差点でしかも右折車が約一メートルも道路に車頭を出している状況下では徐行したり、左右を十分に確認すべき注意義務があつたのに、それを怠り、時速約三〇キロメートルのスピードで進行したため発生したものであつて、訴外金の一方的過失によるものというべきである。

第七証拠〔略〕

理由

一  (交通事故の発生)

請求原因第一項(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  (被告の責任)

(一)  (運行供用者について)

請求原因第二項の事実は当事者間に争いがない。

(二)  (免責の抗弁について)

〔証拠略〕を綜合すると、次の事実が認められる。

訴外金弘錫は、本件事故当日、被告会社の業務として衣類を被告会社の販売先へ配達したのち、被告会社へ帰るべく本件事故車を運転していたが、国道は車が混んでいたため、本件事故のあつた道路(通称国体道路)に入り、午前九時四〇分ころ、同道路を北方から南方へ向けて時速約四〇キロメートルで進行していた。同道路は、幅員が約五メートルであり付近は人家が密集しており、当時降雨のため訴外金はウインド・ワイパーを使用して運転しており、あまり見通しのよい状態ではなかつた。訴外金は、右のように事故車を運転して上越市(当時直江津市)西本町四丁目先路上を進行中、前方に、右道路と交差する左側道路(丁字路となつている)から事故車の方に向つて右折しようとしていた普通貨物自動車(運転手中川清二)のあるのを発見し、速度を落し車を道路や右側によせながら右丁字路に近づいたところ、右貨物自動車は、その前部をやや右に向けて国体道路(事故車の進行していた道路)に約一メートル位つき出した形で一時停車をしその運転者である訴外中川清二が訴外金に手で先に進行通過するよう合図をしたため、訴外金は、右中川の方を見ながらこれに対し会釈を交すと同時に、(前方左右を充分確認することなく)すぐアクセルをふかして車を道路右側(西側)によせながら(右普通貨物自動車の前を)速度を時速約三〇キロメートルにあげて進行しはじめた。ところが、そのころ丁度被害者が右道路の東側(事故車からみて左側)にある笠原理髪店で理髪を終えて同店前の雁木の下に出たうえ、自宅に帰るべく、右折態勢のまま一時停止中の前記普通貨物自動車の左側(約三メートル)を、東から西に向つて(すなわち事故車からみて左側から右側に)、やや小走りに、手を頭の上にのせて横断中であつたが、訴外金は前記のとおり、先に進行通過するよう合図していた前記中川清二の方に気をとられ道路を横断する歩行者などないものと軽信して前方をよくたしかめないまま、(早く同所を通過しようとして)アクセルをふかしスピードを時速約三〇キロメートルにあげて進行通過しようとしたため、前記普通貨物自動車の南側を横断しようとする被害者に気ずかず、直前においてはじめて被害者に気づいて警笛を鳴らし、ブレーキを踏んだが間に合わず、事故車の前部中央右寄りの部分に被害者を衝突させてしまつた。(なお、証人海老要省の証言中には、被害者が道路の西側にいたのを目撃したような供述部分があるが、同証人は被害者が理髪店を出てからの行動をすべて目撃していたわけではなく、しかも、右供述部分によつても被害者が横断の途中でなかつたことが明確なわけではないから、右認定を妨げる証拠とはならないものと考える。)

右認定の事実によれば、訴外金は、右折態勢にあつた前記普通貨物自動車に気をとられたため、前方を確認すべき義務を怠つたことが明らかであり、また、同所は人家が密集しており事故車は降雨のため当時ウインド・ワイパーを使用していてあまり見通しのよい状態ではなく、しかも、右普通貨物自動車がその前部を道路に約一メートルつき出している状況下においてその前を(道路の右側)通過して進行するのであるから、当然(歩行者の有無等を確認するため)徐行等をすべき義務があるものと認められるにもかかわらず、これを怠り、横断の歩行者などないものと軽信して時速約三〇キロメートルの速度で進行した点に、訴外金に過失があることは明らかである。

従つて、被告の免責の抗弁は他の点について判断するまでもなく、認められないところである。

三  (被害者の過失)

他方、前記認定の事実によれば、被害者にも、同所を走行する自動車の有無を充分確認することなく、前記普通貨物自動車の横(約三メートル)を小走りに横断しようとした点に、過失があるものと認められる。しかし、訴外金の前記過失と対比すれば、被害者の過失割合は約二割程度と認めるのが相当である。

四  (損害)

(一)  (被害者の逸失利益)

〔証拠略〕によると、被害者は昭和三四年三月二五日生れであり、本件事故当時満一一才であつたことが認められる。そして〔証拠略〕によつて認められる被害者の健康状態、家庭環境等に鑑みると、被害者は本件事故に遭遇しなければ、少なくとも高校を卒業するものと考えられ、高校卒業後満六〇才ころまでの四二年間は十分に稼働しえたものと推認することができる。

ところで、〔証拠略〕によると、昭和四五年度において、男子の新制高校卒の労働者の平均賃金は一カ月六四、四〇〇円であり、その他に年間二〇三、九〇〇円の賞与等が特別に支給されていることが統計的に認められる。従つて右によれば、被害者が高校を卒業後(満一八才とみる)満六〇才までの四二年間の各一年間の所得金額は、九七六、七〇〇円と推認するのが妥当である。(もつとも厳格に考えれば、被害者は高校卒業後の初任給は右の額より少ないものであろうし、その後逐次昇給し、ある時期に右の額を超える金額の所得を受けるに至るものとして算定するのが、現在の社会常識に合致するであろう。しかし、そもそも未就労児の逸失利益の算定は本来的に不確定な要素を非常に多く包含するものであつて、右算定方式も必ずしも絶対的に正しいものとはいえないものであるから、前記のように平均年間所得を稼働可能年数を通じて所得するものとする算定方式も、総じてみればあながち経験則に反するものとはいえないものと考える。)

ところで、被害者の生活費としては右四二年間を通じて右収入の五割とみるのが相当であるのでこれを控除し、これら数値に基き、これら純収入を被害者が満一一才の時点で取得するものとしてライプニツツ式計算法(年毎複式)で中間利息(年五分)を控除して計算すると被害者の逸失利益額は六、〇四六、八九六円となる。(原告らはホフマン式計算法で計算することを主張しているが、当裁判所は右のようにライプニツツ式計算法によるのが妥当であると考える。)

計算方式

976,700×0.5=488,350

488,350×(18.1687((年5分)49年の係数)-5.7864((年5分)7年の係数))=6,046,896(円未満切り捨て)

ところで、被害者は事故当時満一一才であつたから右就労に至るまでの間(すなわち満一八才まで)の七年間、被害者の両親である原告らの養育を受けるものと認められるので、被害者の逸失利益額から右生活費(養育費)相当額を控除するのが公平の見地からみて妥当であると解されるところ、右七年間の生活費としては、総額七〇〇、〇〇〇円とみるのが相当である。そこでこれを前記逸失利益額から控除すると、その価額は五、三四六、八九六円となる。原告らが被害者の両親であることは当事者間に争いがなく、被害者には他の相続人がなかつたことが明らかであるから、原告らは右金額の各二分の一づつを被害者の死亡により取得したものと認められる。(原告ら各自二、六七三、四四八円づつ)

(二)  (原告らの慰藉料)

前記認定のような本件事故の態様や過失の程度、〔証拠略〕により認められる原告ら家庭の家族構成、生活環境、被害者の生育状況、その他諸般の事情を彼此参酌すると、原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は各二、〇〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。

(三)  (葬儀費用)

〔証拠略〕によると、原告中野勲は被害者の葬儀費用として五〇〇、〇〇〇円を超える金額を支出したことを窺知できるが、そのうち二〇〇、〇〇〇円の限度において本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが妥当である。

(四)  (損害の填補)

原告らが自賠責保険金各二、五〇〇、〇〇〇円を受領済であることは当事者間に争いがないから、これを以上原告各自の前記損害額から控除する。

(以上、計算すると、原告中野勲の損害額は二、三七三、四四八円、原告中野富美子の損害額は二、一七三、四四八円となる。)

(五)  (過失相殺)

本件事故の発生については被害者にも過失のあつたものと認められること、被害者の過失割合は約二割と認めるのが相当であることは前記三において記したとおりである。そこで被害者の右過失を斟酌すると、原告らが被告に対し請求しうべき損害額は、原告中野勲については一、九〇〇、〇〇〇円、原告中野富美子については一、七四〇、〇〇〇円となるものと認められる。

(六)  (弁護士費用)

前記諸事情、本訴の認容額、その他本訴に現われた一切の事情を考慮すれば、原告ら請求の弁護士費用のうち原告中野勲に対し一九〇、〇〇〇円、原告中野富美子に対し一七〇、〇〇〇円の限度において、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

五  (結論)

よつて、原告らの本訴請求は、原告中野勲につき二、〇九〇、〇〇〇円およびうち弁護士費用を除いた一、九〇〇、〇〇〇円に対する事故発生の後である昭和四六年一月二〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告中野富美子につき一、九一〇、〇〇〇円およびうち弁護士費用を除いた一、七四〇、〇〇〇円に対する同じく昭和四六年一月二〇日から支払ずみに至るまで前同様年五分の割合による遅延損害金の、それぞれ支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森本雄司)

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