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新潟家庭裁判所 平成18年(少)337号 決定 2006年10月10日

少年

A (平成○.○.○生)

主文

1  平成18年(少)第337号触法(傷害)保護事件について

少年を児童自立支援施設に送致する。

2  平成18年(少)第338号強制的措置許可申請事件について

本件を新潟県○○児童相談所長に送致する。

少年に対し,平成18年10月16日から向こう2年間に,通算して180日間を限度として,強制的措置をとることができる。

理由

第1平成18年(少)第337号触法(傷害)保護事件について

【非行事実】

少年は,平成18年9月3日午後9時50分ころ,○○市○○町×番××号にある自宅2階勉強部屋において,少年の母親であるB(当時44歳)に対し,金属バットで同人の頭部等を数回殴打し,よって,同人に対し,加療約1か月間を要する頭部打撲,頭部挫創,両手打撲の傷害を負わせた。

【法令の適用】

少年法3条1項2号(刑法204条)

【処遇決定の理由】

1  本件は,少年が,再三注意を受けるなどしてかねてから疎ましく思っていた少年の母親を金属バットで殴打したという事案である。

2  関係各証拠によれば,以下のとおりの事実が認められる。

(1) 少年の成育歴

少年は平成○年○月○日に出生し,現住所地において,両親や,父方の祖父母,父方の伯母と同居していた。

少年の父方祖母は,少年が小さいときから,少年の要求するままに好きな物を与え続けていた。そして,少年の両親が少年を叱っても,少年は常に父方祖母に庇護され続けていた。そのような状況が,少年が小学三,四年生になるまで続いたが,平成16年初旬ころ,父方祖母と伯母が別居し,少年との交渉がほとんどなくなった。

少年が小学校6年生であった平成17年1月及び2月に,少年は家出をし,保護された。少年は,この時期学校でいじめに遭っていた旨述べている。

少年は平成17年4月に中学校に入学したが,学校の勉強は十分理解できず,親しい友人も作れず,学校と部活動以外の時間は自室で延々ゲームに興じる日々を過ごしていた。

(2) 本件に至る経緯及び非行状況

平成17年以降,少年の学業成績が低迷していたこともあり,少年の母親は少年に対し,勉強するように繰り返し指導したが,少年はこれを聞き入れず,前記のとおりの生活を続けていた。少年は,母親からの指導に対し不満を持っていたが,指導に対して表立って反抗することができず,鬱屈した気持ちを募らせていた。

平成18年9月3日,少年の父母は外出しており,少年は一人で自宅にいて,自室でゲームをしていた。そして,同日16時ころ,少年は両親と一緒に買い物に行き,その後食事をして,自室に戻った。同日夜,少年は金属バットを用意し,少年の母親が自室に来るのを待ち伏せていた。そして,同日21時50分ころ,少年の母親が来たことから,少年は母親の後方から頭部を金属バットで数回殴打していたが,母親の声に気付いた父親が来たので,少年は家から逃げ出し,近くの公園に向かったが,すぐに保護された。

(3) 本件後の少年の状況

少年は保護された後,児童相談所の一時保護所に移動させられたが,そこでは週末にはゲームに興じることが可能であったり,好意を抱いた女子児童がいたりしたこともあって,少年はそこでの生活に執着するようになった。少年は,調査官に対しても,一時保護所に自分の身柄を戻してほしい旨再三供述している。少年は母親について,まだ殺したい旨繰り返し述べており,本件非行について後悔はない旨述べている。また,少年は学校の教師に対しても強い拒絶反応を示しており,絶対に会いたくない旨述べている。

3  鑑別結果報告書,少年調査票及び審判の結果等によれば,少年の性格等については以下のとおりであると認められる。

少年は相手の感情や意図,その場の雰囲気や状況等を読みとる力が弱く,対人場面で適切な行動がとれない結果,注意や指導を受けることが多いが,相手の意図を十分理解できずに,被害的な受け止め方をしやすく,不安や不適応感を募らせやすい。祖母の甘やかしな養育態度もあり,未熟な自己中心性が修正されず,苦手なことや嫌なことは避けるようになり,勉強についても苦手意識を強めるばかりで自信は身に付かずにいる。親しい友人も作れないことから孤立感や被害感を抱いており,日常生活ではつまらなさを強く感じている。

少年の思考には柔軟性が乏しく,叱責にさらされ続けても,不満の解消手段がなく,面と向かって反発することもできず,その不満は溜め込まれる一方である。

少年については,診察した児童精神科医により,広汎性発達障害の疑いなどが指摘されている。

4  以上の諸事情を前提として,少年の処遇について検討する。

(1) 少年は,かねてから母親より勉強するようにとの指導を繰り返し受けており,それに対して不満を募らせる中で,自らの母親に対して,金属バットでその頭部を何回も殴打するという行為に及んだものであり,その行為は,状況によってはより重大な結果にもつながりかねなかった,非常に危険なものである。また,生活態度を注意されたというだけでそのような危険な行為に及んだということには大きな飛躍があり,少年の感情統制に大きな問題があるといわざるを得ない。そして,少年は事件後も事件を振り返ることをほぼ拒絶しているのであって,自らの行為の重大性や,そのような行為に至った自分の心情を認識することは,全くできていない。それだけでなく,少年は自分の居心地のよかった一時保護所での生活を取り戻すことへの執着に終始しており,少年自身が現在置かれている立場を理解することもできていないといえる。

(2) 少年は父方祖母に甘やかされて幼少期を過ごしてきたことから,自らの欲求を抑えながら,両親の指導に従ったり,友人などと人間関係を築いて生活する力が養成されることなくこれまで生活してきている。そして,祖母の庇護がなくなって両親の指導に直接向き合わざるを得なくなり,また学校でも授業内容や友人関係に適応できなくなる中で,鬱屈した感情を自らの中に溜め込んだまま,発散することができなかったものである。このように,少年は社会性や問題対処能力,感情統制能力を大きく欠いたまま現在に至っており,そのことが本件の大きな要因となっているといえる。

(3) 前記のような事情から,少年は幼少期に少年の両親と十分な感情的交流を持っておらず,両親に対しては専ら「怖い。」という意識しか持てていないのであって,その指導を受け入れて従う状況にはない。少年は母親に対する敵意を捨てようとしない状況であって,現状では少年に母親と向き合わせることは困難であるし,また自分の息子からこのような被害を受けた母親に,すぐに少年と向き合って効果的な指導をするよう期待することは酷である。少年の父親も,現時点では少年の心を開かせるための方策を有していない。

また,少年は学校の教師に対しても拒絶の感情を示すばかりで,その指導助言は全く届かない状況である。

5  以上のことからすると,少年の有する問題は重大である。そして,現状のまま少年を家庭に戻しても,適切な指導によってそれらの問題点を解消することは期待できないばかりか,少年が適応力を欠いたまま周囲と摩擦を起こし,再度重大な事態が生じる可能性も否定できない。したがって,少年については,現在の環境から一度切り離し,児童自立支援施設という受容的な環境の下で,専門家による指導・支援を受けながら安定した生活を送らせ,自分以外の人間と心がふれあう体験を重ね,他者の心情に対する共感を少しずつ高めていき,家族など自分を思ってくれる人の大切さを理解させ,人と信頼関係を築いていく力を醸成することで,その問題点を時間をかけて解消し,少年が今後摩擦なく家庭に帰り,社会に戻るのを支援していく必要がある。したがって,今回は少年を児童自立支援施設に送致するのが相当である。

第2平成18年(少)第338号強制的措置許可申請事件について

【申請の趣旨】

少年は,感情を言語化することや他者の感情を理解する力に乏しく,自分の意思や行動を妨げられたり,周囲から指摘を受け続けると感情を抱えきれず,衝動的に行動化することがあり,行動の予測がとりにくい。この特性から,児童自立支援施設入所後,生活場面や他者との関係の中で欲求不満が生じた場合,不測の事故が発生したり,触法行為に及んだりする危険がある。

よって,そのような事態に対処し,少年に適合した自立支援計画を提供するために,通算180日間を限度とした強制的措置を求める。

【当裁判所の判断】

一件記録によって認められる前記第1で記載した諸事実や,鑑別結果通知書や少年調査票等によって認められる少年の性格,家庭環境等に照らすと,前記のとおりの諸事情に加え,少年の欲求統制能力が非常に不足しており,また少年が一時保護所での気楽な生活に執着していることが認められる。そうすると,少年が児童自立支援施設入所に対して,強い拒絶反応を示すおそれが高いと認められる。

また,前記のとおり少年の感情統制能力も非常に乏しく,施設で生活する中でも,困難に直面した場合,自らの感情を暴発させ,自分及び周囲を危険にさらすような行為に及ぶ可能性も相当程度認められる。

そうすると,少年については児童自立支援施設において安定した生活を送らせるのが相当であることについては前記のとおりであるところ,開放的処遇のみによっては少年に対して適切に対処できない事態が生じる可能性が高く,その場合には強制的措置をとる必要があると認められる。

そして,少年に欲求統制や感情統制を身に付けさせるまでには相当の時間を要することが明らかであり,それまでには強制的措置をもって対処しなければならない状況が少なからぬ回数訪れることが予測されることから,少年及び周囲への危険を防止しつつ,少年について適切な教育効果を得るためには,強制的措置を行える期間を,ある程度長期間にわたって確保した上で処遇に臨む必要があると認められる。

これらの事情に加え,児童相談所からの電話聴取書によれば,少年が入所する予定となっている児童自立支援施設においては約1年半の処遇計画を用意しており,教育の状況次第ではその期間が延長される可能性もあること,同施設が少年を受け入れる態勢を確保できるのが平成18年10月16日になる見込みであること等の事情が認められ,これらの事情をも考慮すると,その強制的措置は,平成18年10月16日から向こう2年間の間に180日間を限度とするのが相当である。

第3結語

よって,平成18年(少)第337号触法(傷害)保護事件については少年法24条1項2号を適用して,主文第1項のとおり決定し,平成18年(少)第338号強制的措置許可申請事件については,少年法23条1項,18条2項,少年審判規則23条を適用して,主文第2項のとおり決定する。

(裁判官 長島銀哉)

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