新潟家庭裁判所 昭和34年(家)484号 審判 1959年4月15日
申立人 川上タケ(仮名)
利害関係人 加瀬匡(仮名)
主文
下記戸籍訂正を許可する。
一、除籍の表示新潟県○○○郡○○町大字○○三〇二〇番地戸主加瀬吉蔵の除かれた戸籍(昭和五年一一月二五日除籍)中、
「二男佐平」の記載全部を消除すること
二、本籍前同所同番地加瀬匡の戸籍中、
除籍者「弟佐平」の記載全部を消除すること。
三、除籍の表示前同所三〇四〇番地加瀬佐平の除かれた戸籍(昭和二三年八月二四日除籍)は、この戸籍編製の錯誤を理由として消除する手続をすること。
理由
本件調査の結果によれば、以下のことが認められる。
一、昭和二一年一月一八日ソ連収容所で死亡した加瀬佐平(大正一四年一月一日生)は戸籍上加瀬吉蔵およびトキの二男として記載されているが、事実は申立人が分娩した子である。
二、申立人は小山善太および加瀬ミヨの長女で、ミヨが善太と離婚後加瀬竹男(昭和一三年九月二日死亡)と再婚したので同人方で成人したものであるが、大正一三年中婚姻外の子を懐胎し、翌大正一四年一月一日竹男の当時の住所たる○○○郡○○町大字○○通称○○町で男子を分娩し、佐平と命名した。
そこで竹男はその子がいわゆる私生子になることを心配し、自己とミヨとの間の子として届出をしようかと考えたが、もしそのようにすると自己の長男正一が大正四年に死亡して他に男子がなかつたため、佐平が家督相続人になつてしまうこととなり、また現にミヨは出産間近(七日後の同年一月八日に二男栄二が誕生した。)であつたため、とうていミヨの子としての届出をすることができず困却していた。このとき遠縁にあたるという加瀬吉蔵が聞いて同情して、これを引きうけ、同年一月七日自己の二男として出生届をした結果、上記のような戸籍の記載となつたものである。
三、タケは佐平を分娩後自己の手許を離さず大正一四年一二月川上清市の後妻(大正一五年七月二八日婚姻届出)となつたさい佐平をともない、その後清市との間に数人の子をもうけたが、佐平は同家で成人し、昭和二〇年一月同家から見送られて出征し昭和二一年一月一八日時刻不詳シベリヤビロビジヤン地区ビラカン収容所で死亡(昭和二二年一一月一八日新潟県知事報告)したものであるが、その生前自己の姓が加瀬であることについては連れ子であつたために母の実家の姓を名のつていたものと本人は了解し、また周囲の者も真相を知る二三の者以外はそのように思つていた。
四、なお加瀬吉蔵は昭和五年四月二六日死亡し、トキも昭和一五年一一月一二日死亡し、佐平は戸籍上、吉蔵の長男匡を戸主とする戸籍に移記されていたが、その籍をはずす意味合いから佐平出征後の昭和二〇年二月一八日分家届が提出され、申立人の本籍と同番地に単身分家した戸籍の記載となつたものである。
以上の事実関係のもとにおいては、加瀬佐平は、加瀬吉蔵およびトキの子ではなく、申立人の分娩した子であることが明らかである。ところで出生届によつて戸籍上嫡出子として記載されている者がすでに死亡し、かつ、その者に配偶者も直系卑属もない場合においては、戸籍の記載にもとづく親子関係その他の親族関係の存在しないことを裁判上確認することによりその戸籍を訂正するという方法がとれないものであることはもちろんであるが、ここに考えなければならないことは事実親子でないものは死亡した後も親子ではないということ、上記のように裁判で親族関係の不存在をとりあつかわないということはこれによつて死亡者とその戸籍上の親族との間に親族関係が存在したこととなるものではないということであつて、もしそうであるとするならばその不存在なることに利害関係をもつ者は適法な手続によつて、これに反する主張をすることが許されなければならない。しかして、本件において申立人は加瀬佐平を分娩した母であつて、その出生の届出をすべき義務がありかつその権利を有するものであるが、すでにその子が他人の子として出生届が提出され戸籍に記載された以上、その記載が消除されなければ真実の出生届が受理されがたい関係にあるので、申立人はその戸籍記載が消除されることに利害関係をもつものであり、その救済を求める目的と内容は戸籍手続上の問題である。
元来戸籍というものは人の身分関係を登録し、これを公証するものであつて、正当な手続によつて登録された戸籍の記載はその実体たる身分関係を証明するに強い力があるものである。されば戸籍の記載が真実に合致しないためこれを訂正しようとする場合に、もしその訂正事項が人の身分関係に重大な影響があるものに該当するときは、単なる戸籍訂正の方法で処理すべきものではなく、その実体たる身分関係の存否等の確認裁判を経てこれを行うべきものとされる相当の理由がある。しかしながら、このように戸籍と実体関係とは密接不離の関係にあるとはいえ、もともと戸籍の記載は戸籍法の定める形式的な手続によつてなされるものであるから、手続としては適式でありながら、実体関係に合致しない戸籍の記載となる場合がないとは保証し得ないものであつて、ここに戸籍法の手続上の問題のみによつて戸籍と実体との不一致が起り得る可能性があるものといわなければならない。
しかして戸籍の届出人がその届出をするにあたり、届出手続上の錯誤によつて真実に相違する届出書を作成した場合はもとより、真実の届出義務者でない者が届出義務者なりとして真実に相違する届出書を作成した場合に起る戸籍と実体との不一致はいずれも戸籍法上の届出手続に由来するものであり、これをもつてただちにそのあらゆる場合に戸籍の記載どおりの実体関係が形式上形成されるものとはいえないものである。
本件の場合のように単に戸籍面だけの依頼を受けた者が他人の子を自己の嫡出子として虚偽の出生届をした場合にあつては、その届出には戸籍に記載されたとおりの身分関係を発生せしめる実体的な効力はないものであるのみならず、戸籍の記載にもとづく形式外観は出生子の社会生活にまつたく欠如するものであるから、このような戸籍の記載を消除するとしても消除前の記載による身分関係に影響を生ずるという実質はまつたく存在しないものというべく、敢えて実体関係についての裁判を必要とする根拠にとぼしいものといわなければならない。殊に本件においては出生子はすでに死亡し戸籍の記載による身分関係自体もすでに過去の法律関係となり、今後将来の問題として形式的にも戸籍の記載にもとづく社会関係が発生する余地のないものであるから、このような戸籍の記載を消除することは、正に戸籍訂正によつて処理し得る事案であるといわなければならない。
しからば上記利害関係を持つ申立人がした本件戸籍訂正の申立は適法というべく、当裁判所はその理由段階において佐平と戸籍上の父母との親子関係の有無を判断したうえ、戸籍法第一一三条により申立人の求める戸籍消除の趣旨を認容することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 野本三千雄)