新潟家庭裁判所 昭和42年(か)3235号 審判 1967年12月26日
申立人 大木ミヨコ(仮名)
相手方 谷口好男(仮名)
主文
相手方は、申立人に対し離婚に伴う財産分与として別紙目録記載の各不動産を分与し、新潟県知事の許可を条件として右各不動産について財産分与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
理由
一 申立人の申立
相手方は申立人に対し離婚に伴う財産分与として相手方所有名義の不動産(田)五九五〇・四一平方メートル(六反)を分与すること。
二 相手方の申立
相手方は申立人に対し離婚に伴う財産分与として金一五〇万円を分与する。
三 当裁判所の認定した事実関係
(一) 申立人と相手方とは元夫婦であつたところ、昭和四二年九月二五日申立人から相手方に対し離婚等調停の申立がなされ(当庁昭和四二年(家イ)第二九四号離婚等調停事件)、三回にわたり期日が重ねられた末、同年一一月一〇日申立人と相手方は調停により離婚する、当事者間の子のうち参男明(昭和二三年九月一四日生)の親権者は相手方とし、次女直子(昭和二七年一二月一七日生)の親権者は申立人とする旨の調停が成立した。
ただ、離婚に伴う財産分与については当事者双方の合意が成立しなかつたので、当裁判所の審判を受けることとし、同月一三日申立人から本審判の申立がなされたものである。
(二) 〔離婚に至るまでの経緯〕
申立人と相手方は昭和一三年八月一日婚姻した(届出は同年九月一九日)夫婦であり、婚姻中男三人女二人の子をもうけた。相手方は農家の長男であつた関係上、婚姻後申立人は相手方と共に農耕に従事したが、相手方が昭和一八年一二月三〇日戦時下旧陸軍の召集を受けて、申立人ら家族のもとを離れ、昭和二二年一一月いわゆるシベリヤの抑留生活から帰宅するまでの間、引き続き申立人は相手方の母親および弟らと共同して農耕にたずさわつてきた。相手方は復員による帰宅後、数年間は申立人と共に農業に従事したが、部落の消防団長に就任するようになつてからは次第に、農耕作業はこれを殆ど申立人に委せ、右公職や保険の外交員をしながら、傍申立人に協力するという程度で、家業としての農業は申立人が中心に働いてこれを維持していくという状態となつていた。
ところで、相手方は、部落内の公職に就くようになつてから、宴会の席に出る機会も次第に多くなり、偶々昭和二八年頃宴席で知りあつた芸者榎本ナツと交際し始めるや、急速に親密な関係を結ぶようになり、当初は家族にはこれを極力秘していた。ところが、昭和三〇年頃申立人がこれを知るにおよんで当事者は事ある毎に口論し、果ては暴力沙汰に及んだことも少くなく、夫婦仲は急激に悪化していつた。それにもかかわらず、相手方は、榎本ナツとの関係を積極的に清算しようとせず、現状のまま放置したばかりでなく、申立人に対し相手方と榎本ナツとの関係を肯認するよう要求する態度にさえ出た。そのうち、申立人は、相手方と榎本ナツとの間の子秀子(昭和三五年七月一五日生)が生れたことを聞知するに及び、申立人および相手方の兄弟にはかつて、事態の改善方を依頼したが、これらの人々の協力にもかかわらず、相手方の態度が優柔不断であることおよび榎本ナツと同人の親族の意向が相手方との関係を絶つことに極力反対したため結局何らの解決の糸口も見出し得ぬまま交渉は打ちきられた。
こうして推移するうちに、偶々昭和四二年九月三日夜、申立人と相手方とが激しい口論を交わしたところ、申立人は相手方から暴行を受け、身の危険を感じたため、急遽実家へ逃げ帰り、以後相手方と離婚するまで別居することとなつた。
(三) 〔当事者の財産関係〕
相手方は現在その所有名義の資産として、(イ)田八、七四三・八〇平方メートル(八反八畝五歩)(ロ)畑六九四・二一平方メートル(七畝〇〇歩)(ハ)雑種地二九〇・九〇平方メートル(二畝二八歩)(ニ)原野八七九・三三平方メートル(八畝二六歩)(ホ)宅地三一四・〇四平方メートル(九五坪)(ヘ)建物〔居宅〕一六九・五八平方メートル(五一坪三〇)(ト)建物〔店舗〕六七・七六平方メートル(二〇坪五〇)がある。
このほか、相手方には農地(田)一一、一〇七・四平方メートル(一町一反二畝)があつたが(相手方の所有農地のうち約七、九三三・八八平方メートル(約八反)は自作農創設特別措置法により取得したものである)、昭和二七年頃一九八三平方メートル(二反)(売却価格不明)を、昭和三七年頃二九七五平方メートル(三反)を代価一〇〇万円で、昭和三八年頃二一八一平方メートル(二反二畝)を代価四〇万円で、昭和三九年頃二九七五平方メートル(三反)を代価二四〇万円で、昭和四一年には九九一平方メートル(一反)を代価六五万円でそれぞれ処分した。処分の理由としては食肉店舗建設資金、借財返還、事業の運転資金のためと相手方は称するが、後記のとおりその代金の使途の一部には疑問のものもある。
相手方には負債として合計約二〇〇万円の借財がある。
他方、申立人の側には現在その所有名義の資産はないが、婚姻に際して申立人から相手方に贈与した農地および申立人の親戚から申立人が贈与を受けてこれを相手方の名義とした農地をあわせると約一九八三平方メートル(二反)となり、○○市○○大字○○の○○○○番の○と○○○○番の二筆がそれであると申立人は供述する。しかし右供述はこれを認めるに足りる証拠がないのでたやすく肯認し難い。ただ、相手方もその所有する農地のうちには申立人の主張するような経緯で田約九九一平方メートルが相手方の所有名義となつていることを認める旨供述しているので、特定はできないが、相手方名義の田のうち何れかの九九一平方メートル(一反)余は実質的には申立人の所有に属するというべきである。
(四) 〔当事者の生活関係〕
申立人は、現在借家(賃料月五、〇〇〇円)住いであり、飲食店の手伝をしながら月額一万五、〇〇〇円の収入を得、次女直子(当一四年)を養育している。家計の不足は長男照夫から月額一万円の援助をうけてこれを補つている。
相手方は、肩書住所において実母を扶養し、参男明とともに昭和三九年暮に開業した食肉店を経営している。右営業から生ずる月平均の売上高は約四〇万円である。
他方前記の相手方所有にかかる農地は今年まで申立人が主体となつてこれを耕作してきたものであるが、右食肉店を経営するようになつてからは、屡々いわゆる委託耕作に出されており、相手方所有の農地は相手方にとつて実質的には本来の生産手段としての機能を失いつつある。
なお、相手方が榎本ナツとの交渉が生じてから今日に至るまでの間一〇年以上経過していることに鑑みると、相手方は申立人および家族には知らせたくないような相当多額の費消をしていることが想像されるが、しかし、これを確認し得る明らかな資料はない。ただ判明しているものとしては、昭和三〇年頃料理店「○○」から約二〇万円の飲食代金の請求を受けたことがあること、昭和二八年頃榎本ナツが芸妓見習中援助資金として一〇万円、ナツが秀子を分娩した際三万円をそれぞれ支出したこと、ならびに右秀子のために加入した子供保険の為の月額金二、二〇〇円の保険料を現在継続支出中であることが認められるにとどまる。
以上の事実は、昭和四二年(家イ)第二九四号離婚等調停事件記録の調停事件経過表、戸籍謄本、右事件についての当裁判所調査官青木一男の調査報告書、当裁判所の大木博、谷口照夫、谷口明、遠藤三津子(第一、二回共)篠崎国栄、榎本ナツ、金子真一、谷口シマ、申立人(第一、二回共)および相手方に対する各審問の結果、申立人の提出にかかる各戸籍謄本、各登記簿謄本、新潟市長渡辺浩太郎作成の各固定資産課税台帳登載証明書ならびに当裁判所書記官坂詰義二作成の電話聴取報告書を総合してこれを認める。
四 当裁判所の判断
(一) 前記認定のとおり、当事者らの婚姻関係が破綻した原因は相手方の不貞にあり、相手方がその責任を負うべきことはいうまでもない。なるほど、申立人の側においても相手方を困惑せしめる行動のあつたことは窺えないではないが、これはすべて、相手方の不貞から発したことであり、無理からぬものとしてさほど非難すべきではあるまい。相手方と榎本ナツとの関係が生ずるまでは、当事者らの家庭内は平和だつたのであり、当事者双方ともに何ら問題とすべき点はなかつたのである。しかるに相手方の不倫行為は当事者間の関係はもとより、その子供らをも不安のどん底に陥れ、家庭を破壊させるに至つた。無論、相手方においても事態の改善につき心労したことではあろうけれども、相手方自身が解決のために払つた努力としてみるべきものは何もない。さらに、相手方は申立人と離婚した現在、榎本ナツを後妻として迎えるべき意向をすら有するものと推認し得るのである。
他方、申立人の現在の生活関係は前記認定のとおり、援助を要する状態であり、同人のこれまでの相手方との約三〇年間にわたる婚姻生活の終局としてはまことに同情に値するものがある。
以上により、婚姻中申立人が相手方の資産の増殖およびその維持上果した貢献の度合、離婚するに至つた原因、現在および将来の生活の保障等を考慮すると、配偶者の法定相続分に鑑みて相手方はその有する資産の三分の一程度を申立人に分与すべきが相当であると考える。
(二) そこで分与すべき範囲につき検討するに、現在相手方所有の資産は前記のとおり農地と建物であるところ、建物は居住用と営業用店舗であるから、これを以て現物分与とすることは妥当でないから、残るところ、申立人の希望するとおり農地を分与することが相当であるか否かということになる。この点については、先ず申立人の側で農業経営の能力があるのかという疑問がある。しかしながら、申立人はこれまで長年月にわたり、相手方の農地を耕作してきた実績があること、今後、農業経営者である申立人の実弟大木博の協力を得られること(申立人が従来相手方のもとで農耕を継続することのできたことについては右大木博の協力を無視できないものと認められる)、申立人は分与さるべき農地の近辺に居住し、かつ、将来も居住を定め得ることにより十分可能であると認める。次に、農地を申立人に分与すれば相手方の生活手段を奪うことにならぬかという問題がある。しかし、前記認定のとおり、相手方にとつてその所有農地はもはや生産手段としての意味を失いつつあり、しかも、過去一〇年内に約一ヘクタールにおよぶ農地が相手方により処分されていることおよび相手方の職業経歴に鑑みると、相手方はもはや農業経営者としての資格を自ら徐々に放棄しつつあるものと認めざるを得ないので、右反論は採るを得ない。また、相手方の家産を失うことについての感情的利益の保護についても、前述の理由と同様、その保護すべき理由は乏しいといわざるを得ない。
よつて、申立人については農地を分与することとするが、その範囲につき検討するに、前記各固定資産課税台帳登載証明書によると、相手方所有の全固定資産の評価額合計の三分の一に相当する農地の面積は約七、〇〇〇平方メートルと認められるところ、前記のとおり、相手方には現在、負債が約二〇〇万円あるから、叙上の諸事情を総合し、申立人に分与すべき農地は約五、〇〇〇平方メートルとし、その特定については別紙目録記載の各農地の範囲とする。而して相手方は申立人に対し右財産分与にかかる不動産についてそれぞれ県知事の許可を条件として所有権移転登記手続をしなければならない。
よつて、参与員青木松男および同二見賤の意見を聴いたうえ主文のとおり審判する次第である。
(家事審判官 山下薫)
別紙編略