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新潟家庭裁判所 昭和44年(少ハ)2号 決定 1969年4月10日

本人 T・J(昭二四・三・六生)

主文

本件収容継続申請を却下する。

理由

一、本件申請の要旨

東京医療少年院長梶村洋一は少年院法第一一条第二項に基づき、在院生T・J(以下本人と言う。)について、本人が少年院に送致されたときより一年間経過した昭和四四年五月一七日より六か月間の収容継続を申請し、その理由とするところは、

一、処遇経過

本人は、昭和四三年五月一七日医療少年院送致決定を受け、同月二二日東京医療少年院に入院し二級の下に編入され、同月三一日予科編入、同年一〇月一七日秩父学園(以下学園と言う。)に更送され、爾後農耕、王冠加工、畜産などの併用作業を科されており、同年一一月一日に二級の上、昭和四四年二月一日一級の下にそれぞれ進級し、同年五月一日には一級の上に進級の予定である。

二、心身の状況

身体状況には特に欠陥はないけれども、知能は魯鈍級精神薄弱(鈴木ビネ式I、Q、五〇)で、性格は、温良であるが反面人の言うなりになり誘惑され易く、また抑制力に乏しく感情欲求のおもむくままに無思慮、衝動的な行動に走りやすい点があり、劣等感が強く抱いている。

三、成績

入院当初は悪ふざけ、弱者に対し意地悪が多かつたが、秩父学園(以下単に学園と言う。)に更送されたのちは漸次成績向上し、(イ)作業面では、学園で四か月余上記一に記載の作業をしているが、一応指示されたことには熱心に従事し、現在は畜産当番(鶏、豚等の飼育)をしているが、帰住先で厩務員をしていたところから動物に対して興味を持つて作業している。(ロ)学科面では、低知能のため習得能力に欠けるが意欲は十分あり、算数では小学校一年程度で辛うじて一位の加算および時計の見方がやつとできるようになり、国語では当初は平仮名も僅かに一部だけ理解できる程度であつたが、現在は小学校一年程度に達し脱字はあるが一応文章を綴ることができるにいたつた。(ハ)運動面では、不器用ではあるがなんとかできるようになつたものの、応用的な運動は不得手である。

四、受入環境

退院後は義兄金○寅○方で厩務員として働らくことを予定されているが、受入態勢は良く、また本人は馬の手入・調教の技術には特に優れておるとのことであり、金○方からは早期帰住を求める申出を受けている。

五、意見

院内生活は逐次向上し、受入態勢については一応可能と思料される。しかしながら現段階では上記の成績からみて学科面および職業補導面についてなお一層の教育を施し、集団生活により規則正しい習慣を身につけさせ、社会生活に順応できるよう指導する必要があるとともに、出院後も引続き相当期間保護司等による強力な指導援助が望まれるが、本人が送致されたのち一年間で退院させることは上記のとおり矯正教育効果不充分であり、六か月間収容を継続し適当な時期に仮退院させることが効果的であるというにある。

二、当裁判所が認める主要な事実

本人、法務教官渡辺善枝、同祓川広美および佐藤トヨの各供述、家庭裁判所調査官日下雪夫作成の調査報告書ならびに一件記録を綜合すると以下の事実が認められる。

(一)  処遇経過

一、本人は、昭和四三年五月二二日東京医療少年院(以下本院という。)に収容され、約三か月半経つた同年八月三一日事故を起している。在院生の一人が他の三名より暴行を受けた時に、本人も被害者の前頭部に三回頭突きをしたという事案である。本人自身に格別このようなことをする理由があつた訳ではなく、本人としては仲間がふざけているのでつい自分もやつてしまつたと受取つておる程度のことであり、このことで同年九月二日訓戒処分を受け、その結果処遇段階二級下から二級上への進級が一か月おくれ、事故がなければ四か月の期間で足りるところ五か月間となり、同年一一月一日になつて進級している。しかしこれ以後少年には反則事故は見られない。

二、少年は本院に収容後四か月余にして秩父学園に更送された。この更送は、保安上不安のないもの、勢力の弱いもの、やや処遇の容易なもの、ということを基準にして本院在院者中から厳選されるもので、本院収容から更送までの期間は、通常三ないし四か月である。

三、学科教育の面では、収容された当時は読み書きが殆どできなかつたが、現在では平仮名の読み書きができるようになり、学園に来てからこれまでに母宛一六回、金○宛四回の通信をしており、誤脱字を免れないが、ともかく自力で文字により意思を陳べることができるようになつた。本人がこの域に達しえたのは、学園の教官が本人の能力を考慮して、学習意欲の見られなかつた本人に、鏡など身辺の事物の名称を書かせるといつた適切な方法をとつたことと、このような指導のもとに学習への意欲を抱き本人自身が、学園職員の言葉をかりれば、涙ぐましいまでの努力をした(このことは教科全般についてそうである。)ことによるものである。最近は学習意欲も持続しかつ高い。本人自身も学習の有益であることを体感し、これからも学習を継続するとの意欲を固めている。

計算能力の点では、現在では簡単な二桁の加減算ができるようになつた。本院収容前には時計の時間を読みとることができず、当時の少年の職業生活上支障になつていたのであるが、学園の適切な指導例えば時計の文字盤の模型を渡しての教育といつた方法により、時間を読みとることが可能となつた。しかし、時計の文字盤が一〇時四五分を指しているときに、もしもその時計が一〇分進ましてあつたとすれば現在何時か、といつた問には即答に困難を感じているようである。

四、職業補導の面についてみると、本院ではダンボール科に属し、学園に移つて当初は王冠加工と農耕をやつて来たが、処遇段階一級の下に進級した昭和四四年二月一日からは畜産科に属し、本人自身動物好きでもあり興味をもつてことにあたり、このことは学園の認めるところとなり、昭和四四年三月一日には積極的且つ真面目であつて成績最優秀なものとして実科賞を受け、本人もこれを喜び勤労への意欲を向上させている。

五、体育指導の点では、本人もその面白さを理解しつつあり、器用さは認められないものの、その努力には見るべきものがある。

六、生活指導の面では(一)他の院生から馬鹿にされる、例えば「学科ができない。」などと言われるとかつとなる点が見られるが、こういつた面で興奮しやすいところは逐次減退しつつあり、本人も具体的に生活に即して「辛抱強くなつた。」ことを述べており、改善には見るべきものがある。学園内においては在園生に対する職員の指導が行届くこともあつて、園生間で喧嘩にまで発展することは見られない。最近の事例としては、一か月程前に同室者から「勉強もろくにできないくせに。」といわれ激しくその者と口論したことがあつたが、事の起りは本人には潔癖なところがあり、たまたまその同室者の衣類が汚れているのを見て「汚れているから洗え。」と注意したことによるものである。(二)既に昭和四四年二月から園外の作業もやつており園外補導など仮退院準備も実質上行われている。(三)一般に生活指導面では取上げるほどの問題はなく、学園としてはそれだけ指導の手がかりをつかみがたい実情にある。

七、本件収容継続が認められた場合の処遇については、一級上の期間が通常約四か月間であり、その間に学科教育および学力向上に伴う劣等感の除去に努めつつ規則正しい生活態度を固めさせる一方、本人に対する保護観察を考慮し、五、六月に仮退院の申請をし、八月上旬ころに仮退院させることを予定している。

(二)  帰住先と職業など

本人の資質から見て、収容前に従事してきた厩務員としての仕事以外に適職は差当り見出されないところ、母および姉とその夫とも本人が帰住し、収容前と同様厩務員としてその義兄方に働らくことを熱望し、手不足な状態にありながらも本人の帰住を期待して他からの厩務員の斡旋をことわり、かつての監督の不充分だつたことを反省し今後の監督の方策をあれこれと講じながら待つていること、帰住の期日が遷延すれば本人が厩務員として働らく機会を失いかねない状態にあること、母は健康が勝れず本人の監督は主として上記の義兄夫婦に委ねざるをえないことが認められる。

三、当裁判所の判断

本人の犯罪的傾向が矯正されたか否かについては、先ず、さきに医療少年院送致決定にあたり考慮された点、すなわち魯鈍級の知能水準にあり性格もそれに見合つた幼稚未熟な点が主たる問題点として検討されるべきである。上記在園中の経過によると、学科教育においては未だ教育の余地があり、生活指導の面においても劣等感を除去し、持続性を身につけさせ、また事態に処して適切な行動をとりうるよう適応能力を向上させることが、本人のために必要と考えられる。しかしながら以下に述べる諸事情を考慮すると、本人について完全に犯罪的傾向が矯正されたものとは言えないとしても、収容継続してまで矯正教育を行わなければならない程度の犯罪的傾向はないものと言うべきである。

すなわち、本人が収容後間もなく反則事故を起しているが、本人としては「ふざけた」程度のこととして理解していたようであり、在院中という状態に対する理解にも欠けているものの、その後事故はなく経過し次第に反則行為についても理解を深め自制心を強めていること、学習成果を挙げることは社会適応の重要な手段であることもとよりであるけれども、学園において目標とする成果を挙げえたにしても一般人との較差はおおいがたく、学習成果の向上もあくまでも社会適応の一手段に止まること、したがつて退院後の生活環境を考慮し当該環境への適応を具体的に検討すべきところ、本人が将来義兄方において厩務員として働くことは本人は勿論母および義兄夫婦も切望し、受入対策を講じており、本人への期待も大きく、若し時機を失すれば本人が厩務員として働くことを不可能あるいはすくなくとも著しく困難になるおそれがあること、本人は収容されて後殊に更送の後は学科教育、職業補導および生活指導の面において、その能力に制約されその成果は絶対的には大きなものではないにしても本人の目覚しい努力により注目すべき進歩をみせていること、学園における生活指導面では学園側がこれと言つた決め手といつたものをつかみにくい実状であつて(学園内適応と学園外適応との関連に思いをいたすべきである。)、今後格段の指導方針も予定しておらないし、これまでに既に本人が処遇段階一級上の在園生と共に園外作業に従事しておるなど仮退院準備としてなされるべき事柄を行つてきていることなどがそれぞれ認められるのであるから、本人に認められる更生への意欲の持続を母および義兄夫婦らの適切な指導に期待し、施設外適応への円滑な移行を図り、これらの人々の理解の中で、既に成人に達した本人が健全な生活を築き上げて行くことを期待すべきものと思料する。

四、以上の理由により、本人を継続して収容することを認めるべきではないので、主文のとおり決定する。

(裁判官 斎藤清六)

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