新潟家庭裁判所長岡支部 昭和46年(家)2298号 審判
〔主文〕本件申立を却下する。
〔理由〕申立人は申立人の名「昭信」を「源昭」と変更することを許可する旨の審判を求め、その申立の理由として「申立人は僧籍に入ることとなつたので本件申立に及んだ」旨述べた。
よつて審按するに、真言宗智山派管長大僧正谷村善智作成の度牒証明書、宗教法人「○○寺」規則謄本、申立人の戸籍謄本、参考人畠山恵昭並びに申立人本人審問の結果によれば次の事実が認られる。
1 申立人の父「恵昭」は高校教諭を兼ねて真言宗智山派○○寺の住職をしており、母「有子」は家庭の主婦で宗教活動には従事していないこと。申立人は四人兄弟の長男で、その名「昭信」はあきのぶと呼称されているものであるが、将来は父同様教諭の職に就きたいと考えており、且、父の希望どおりに父の後継者として上記○○寺の住職になろうと思つていること。しかるところ、申立人は昭和四六年七月四日同寺道場で得度して同年八月二日度牒を授与され、僧名「源昭」を許与されたこと。
2 しかしながら、申立人は現在高校(普通科)二年生(一六歳)で学業生活を送つているものであり、日常仏事にたずさわることは殆どなく、上記の如く得度して度牒を授与されたとはいえ、その意義についても必らずしも十分な理解をし得ておらず、まして自己の宗派の教義に通暁してこれに帰依している状況にあるとはいえず、その得度あるいは度牒なるものは申立人にとつて単に形式だけで実質を伴つていないこと。なお申立人は高校卒業後は宗教関係の大学に進学して勉学するつもりでいること。
以上の事実によれば、申立人が将来僧職を希望し、得度して度牒を授与されているものながら、当面の日常生活において、その名「昭信」を僧名「源昭」に戸籍上改変しなければ困るというような事情はまず認められず、しかも、申立人が今後僧侶と呼ばれるにふさわしいよう宗教上の研鑚修行を積む予定であつても、現在若年の申立人が将来いかなる方方に精神的発展を遂げるかは断定し得ず、僧侶の職を望まなくなるに至ることもあり得ることであつて、この点からしても、現在の段階で申立人の名を変更をするのは早計というべきである。
してみると、申立人の本件名の変更許可の申立は戸籍法一〇七条二項に所謂「正当な事由」を認めるに足る事情がないものといわざるを得ない。
よつて、本件申立はこれを却下することとし、主文のとおり審判する。
(谷口彰)