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新潟簡易裁判所 昭和37年(ろ)114号 判決 1962年12月10日

被告人 横田八千代

大四・一一・二九生 簡易料理店営業

大井二三代

大一三・三・一六生 無職

主文

被告人両名を各罰金四、〇〇〇円に処する。

被告人等において、右罰金を納めることができないときは、金二五〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

理由

(事実)

一、被告人横田八千代は、

新潟県西堀前通五番町において簡易料理店「ほろよい」を営む者であるが、大井二三代が新潟県公安委員会の許可を受けていないことを知りながら、昭和三六年三、四月頃新潟市西堀通一番町七七〇番地の右大井二三代方において同人に対し簡易料理店の営業を営むことをすすめ、よつて右大井をして昭和三六年五月一日頃より昭和三七年三月七日頃までの間、右「ほろよい」において簡易料理店の営業を営ませ、以て右大井の無許可営業を教唆したものである。

二、被告人大井二三代は、

新潟県公安委員会の許可を受けないで、昭和三六年五月一日頃から昭和三七年三月七日頃までの間、新潟市西堀前通五番町所在簡易料理店「ほろよい」(営業名義人横田八千代)において、簡易料理店の営業を営んだものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

判示一の事実につき

風俗営業等取締法第二条第一項、第七条第一項、刑法第六一条第一項、第一八条。

判示二の事実につき

風俗営業等取締法第二条第一項、第七条第一項、刑法第一八条。

被告人横田八千代に対する主たる訴因は、

被告人は、新潟市西堀前通五番町において、簡易料理店「ほろよい」を営む者であるが、自己名義をもつて他人に営業をさせてはならないのに、昭和三六年五月一日頃より昭和三七年三月七日頃までの間、大井二三代をして、前記営業所において、自己名義をもつて簡易料理店の営業を営ませたものであるというにあつて、罰条として、風俗営業等取締法第三条、同第七条第二項、昭和三四年三月二四日新潟県条例第四号新潟県風俗営業等取締法施行条例第五条、同第二二条を示している。

そこで、本件記録によると、被告人横田八千代が、新潟市西堀前通五番町において、簡易料理店「ほろよい」を営む者であること、昭和三六年五月一日頃から昭和三七年三月七日頃までの間、自己名義で大井二三代をして、同所において簡易料理店の営業を営ませたことはこれを認めるに十分である。また、検察官が示した罰条の、新潟県条例第五条には、風俗営業を営もうとする者の許可申請手続を、同第二二条には「営業者は自己の名義をもつて、他人に営業を営ませてはならない」旨それぞれ規定していることは、同条例によつて明らかである。

よつて、被告人横田八千代の前記所為が、風俗営業等取締法による処罰の対象になるかどうかを検討する。

風俗営業等取締法(以下単に法とよぶ)は、風俗犯罪その他善良の風俗を害する行為の行われることを防止し、社会公共の秩序を維持することを目的として制定されたものであり、そして法は、その制定前における、この種の規制は、もつぱら旧庁府県令によつて行われていたこと、及びその営業は、地方的にそれぞれの特殊事情があるのでこれに即応した取締を必要とするため、これに対する規制も、都道府県の施行条例(以下単に条例とよぶ)による方が実情に即すると考えられたことによつて、その実体的な規制を都道府県の条例に委ねたものであるとされている。

しかし、都道府県に委ねられたといつても、都道府県が条例によつて定めることができる規制は、法に明文をもつてする委任規定がある場合に限られ、しかも、その定めは法の目的の範囲をこえることができないものであることは当然である。

ところで、法はその第二条において、営業の許可について、都道府県が条例で定めるところによつて、都道府県公安委員会の許可を受けなければならないと規定し、また、その第三条において、営業の場所、営業の時間及び営業所の構造設備等について、善良の風俗を害する行為を防止するために必要な制限を都道府県が条例で定めることができる旨を規定している。これが法が明文をもつてした委任規定で、法にはそれ以外に条例に規制を委任した規定はない。

そして、被告人横田八千代の本件名義貸の所為は、営もうとする場合でないから、検察官が罰条中にかかげなかつた法第二条の委任規定とは無関係であることは勿論、検察官が罰条としてかかげた、条例第五条にもあたらないことは明らかである。それならば、残る委任規定の法第三条によつて、果して名義貸禁止の条例を定めることができるであろうか、即ち、この禁止を定めた新潟県条例第二二条は、法の委任規定に基いたものということができるであろうか。

ところで、法第三条は、風俗営業の場所、営業時間及び営業所の設備構造だけに限らず、この種の営業について、当該営業名義人の当該営業をなすについて、その態様に関し善良の風俗を害する行為を防止するために必要な制限を、条例をもつて定めることができる旨を規定した趣旨と解されるから、当該名義人の行為であつても、それが当該営業をなすについての態様に関しない事項の制限は、法第三条の規定を根拠として、条例をもつて定めることはできないものと解しなければならない。従つて、善良の風俗を害する行為というも、右の趣旨との関係において、考察を加えなければならないことはいうまでもない。

そして、名義貸は、たとえ一時的にせよ、実質上名義借人が営業を営み、名義貸人が営業を営まないことにするのであるから、それは、当該営業名義人が当該営業を営むについての態様に関する事項ではないというべく、また、名義貸は、その性質上、営業の許可と規範的価値において異ならない位重要性をもつものと認められ、殊に、それは各地方に存する特殊事情ではないから、これについての規制を、条例をもつて定めることを、法が委任したと見ることは困難である。

勿論、委任規定は、法の目的及び法の制定趣旨にそつて、合目的的にその内容範囲を解釈しなければならないことはいうまでもないが、法令上何等の根拠もないのに、単に行政上の取締の困難や便宜のために、また、将来善良の風俗を害する行為を誘発する危険性をはらんでいるとかいうことのために、これを拡張して解釈することは許されない。かつて、深夜喫茶取締条例でさえも、これが制定の可否につき、改正前の法との関係で問題とされながらも、消極的であつたことは、法の制定当時は、これを取締の対象として考えていなかつたことによるためであることから見ても、名義貸についてもこれと同様にいい得ると思う。このように見てくると、名義貸禁止を定めた条例の規定は、法による委任の範囲を逸脱したものといわなければならない。

むしろ、名義貸が前記のように規範的価値において、重要な性質をもつていること、それが各地方による特殊事情でないことなどを考え合せると、質屋営業法、古物営業法等が、これを法自体に規定したことが十分にうなづくことができ、この点からしても、法第三条は、名義貸の禁止まで条例で定めることを委任したものと解することができない。

このことは立法技術の巧拙ということによつて片付け得る問題ではない、また、風俗営業は許可を受けた者が自ら営業を営む建て前であることについては異論はなく、そして、新潟県の外にもなお、新潟県と同一内容の名義貸禁止の条例をもつ道、県があるとしても、更らに、他にその条例に基いてなされた有罪裁判例があるとしても、そのことによつて名義貸禁止の条例が適法有効であるとすることにはならない。従つて、前記新潟県条例第二二条の規定は無効であるという外はないから、被告人を法第七条第二項によつて処罰することはできない。

なお、念のため付け加えると、それならば、都道府県がその自治権に基いて、風俗営業につき名義貸禁止の条例を定めることができるかというと、もともと、都道府県が自治権に基いて条例を定めることができる範囲と限界は、憲法第九四条、地方自治法第一四条第一項、同法第二条第二項によつて明らかであるように、条例をもつて定めようとする事務が、都道府県の事務であり、しかも、法律の範囲内で、法令に違反しない限度においてのみ許されるのである。従つて、また都道府県の事務であつても、これを国が国の事務として取り上げ、これについて法律を制定した場合は、特にその法律によつて委任権限を与えられない限り、原則的には、その事務については、もはや条例を制定することができないことになるのである。

そうすると、風俗営業等取締法は、もともと地方公共団体の事務とした、地方自治法第二条第三項第七号の風俗じゆん化に関する事項を、国が国の事務として取り上げて制定した法律であると解されるから、都道府県としては、もはやこの事務についての条例を定めることはできないことになる。従つて、新潟県条例における名義貸禁止の定めが、自治立法権に基く自治立法であるとするならば、これまた無効であるといわなければならない。

以上のとおりであるから、被告人横田八千代に対する主たる訴因にかかげた公訴事実は、罪とならないから無罪の言渡をすべきであるが、予備的に追加された判示事実について有罪の言渡をしたのであるから、特に主文において無罪の言渡をしない。

(裁判官 櫛谷国太郎)

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