大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

旭川地方裁判所 平成10年(ヨ)56号 決定 1999年1月26日

債権者

有限会社旭川専門自動車学園

右代表者代表取締役

井野隆則

右代理人弁護士

高崎暢

高崎裕子

竹中雅史

大川秀史

近藤伸生

債務者

社団法人北海道自動車教習所協会

右代表者理事

天坂満雄

右代理人弁護士

前田尚一

主文

一  債権者の本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由

第一  債権者の申立ての趣旨

一  債権者が債務者の会員の地位にあることを仮に定める。

二  申立費用は債務者の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、債務者の会員として自動車教習所を営業していた債権者が、債務者の会員から除名する旨の決議(以下、「本件処分」という。)をした債務者に対し、本件処分の無効を主張し、債務者の会員たる地位保全を求めている事案であり、中心的争点は、(一)債権者は、本件処分により営業損害を受けているか(本件申立ての被保全権利として、債権者に営業上の損害が生じているか、本件仮処分申立ての利益があるか。)、(二)本件における債権者の各行為は、債務者定款一〇条に定める除名事由としての「この法人の会員としての義務に違反したとき」(二号)及び「この法人の名誉を傷つけ、又はこの法人の目的に反する行為をしたとき」(三号)に該当するか、(三)本件処分は一般市民法秩序と直接関係を有しない団体内部の問題にとどまるものであり、裁判所の司法審査が及ばないものか、(四)本件において、保全の必要性が認められるかにある。

一  前提事実

1  債権者は、道路交通法九九条一項の指定教習所に該当しない指定外教習所として、肩書地において、自動車大型二種、普通二種及び同一種の自動車運転免許取得のための自動車教習所を営業している。

2  債務者は、会員相互の緊密な連絡強調において、交通安全に寄与することを目的とするとともに、届出自動車学校全体の地位の向上を目指し、北海道知事の許可を得て、昭和四七年八月五日、民法三四条に基づき設立された公益法人であり、届出自動車教習所等を会員として組織されており(会員数五二校)、道内には旭川を含め六支部が設置されている。

債務者が設置している旭川支部は、平成九年五月においては、次の七自動車教習所をもって組織されており、支部長は山口敏光であった。

① 共立自動車教習所(代表者山口敏光)

② 株式会社旭川自動車教習所(代表者亡渡部弘之)

③ 有限会社北交自動車学園(代表者中島邦弘)

④ 常磐自動車学園(代表者石田功)

⑤ 株式会社北海道自動車学園(代表者菊池義則、同年九月五日に廃業)

⑥ 有限会社旭川専門自動車学園(代表者債権者)

⑦ 有限会社山添自動車学園(代表者山添信男)

その後、②及び⑤は廃業し、⑧森田淳司(以下、「森田」という。)が平成九年一〇月七日、有限会社旭教ドライビングスクールを設立したため、平成一〇年五月現在における旭川支部は、①、③、④、⑥、⑦及び⑧の六自動車教習所をもって組織されている。

3  債務者の定款一〇条は、次のとおり規定している。

「会員は、次の各号の一に該当するときは、総会の決議を経て会長がこれを除名することができる。

① 会費を一年以上滞納したとき

② この法人の会員としての義務に違反したとき

③ この法人の名誉を傷つけ、又はこの法人の目的に反する行為をしたとき」

また、債務者の定款一一条は、「会員は除名された場合には、会員たる資格を失うものとする。」と規定し、債務者運営規則六条本文は、「会員を除名しなければならない事実が発生したときは、理事会に諮り総会に報告しなければならない。」と規定している。

4  債務者は、平成一〇年四月二三日に開催された理事会において債権者を除名するのが相当であるとの結論を出し、同年五月一六日に開催した臨時総会において、債権者には、債務者定款一〇条二号、三号に該当する除名事由があるものとして、定款一〇条、運営規則六条に基づき、債務者の会員から除名する旨の決議をした。

二  争点に関する双方の主張

1  争点1(営業損害の発生の有無・被保全権利の存否)

(一) 債権者

債権者は、本件処分により、次のような不利益を受けている。

(1) 指定車両を確保できないことによる不利益

道路交通法施行規則二四条は、「運転免許試験における自動車等の運転について必要な技能についての試験(以下、「技能試験」という、)においては、公安委員会が提供し、又は指定した自動車を使用する」と規定するが、公安委員会は技能試験において使用する自動車(以下、「試験車」という。)をすべて所有していないため、公安委員会が指定した自動車(以下、「指定車両」という。)により、技能試験を実施するに際し必要な試験車の台数を確保している。

そして、道路交通法施行細則(昭和四七年一一月二〇日北海道公安委員会規則第一一号の二一条の七)は、試験車を確保するとともにその管理を適正かつ確実に実施するため、「公安委員会は、民法(明治二十九年法律第八十九号)第三四条の規定により設立された法人であって、技能試験に使用する自動車の管理を適正かつ確実に実施することができると認められるものとして、あらかじめ指定する者(以下、「指定試験車管理機関」という。)が管理する自動車について、施行規則第二四条第六項の規定による試験車の指定を行うものとする。」と規定し、あらかじめ指定試験車管理機関を指定しており、右細則に基づいて、北海道公安委員会は、債務者を指定試験車管理機関と指定し、債務者の旭川支部が旭川運転免許試験場において、指定試験車の管理を担当している。そして、債務者の会員のみが右車両の利用が許されている。

ところで、これまで、個人受験者は、技能試験において指定車両を使用して受験しているが、右使用に際して特段の支障は生じていない。しかし、債権者の教習生が受験申請する場合は、個人受験者と比較したとき、受験者数が相違するうえ、債務者が指定車両の使用について協力しないときは、債権者は試験車の確保ができず、教習生が受験できなくなるという不利益を受けることになる。これは、自動車教習所の営業上、死活問題というべきものである。

指定車両はいずれも各教習所の所有車であるから、各指定車両ごとに各教習所が調整手配をしているのであって、試験当日に受験生が受験できないことがこれまでないのも、前日に受験者数を把握したうえで人数制限を行い、各教習所ごとに人数を減ずるという処理を行っているからである。

(2) 指定車両を使用できないことによる不利益

債権者らの指定外教習所は、指定教習所と比較して、より短期間でより低廉安価で運転免許が取得できることを宣伝文句とし、これを存在意義として、短期合格のための指導をしているが、右営業活動において根幹となるものが指定車両制度である。すなわち、指定車両制度とは、受験生が技能試験の際に、在籍している教習所が所有する指定車両を使用して受験できるというものである。そして、各教習所は、受験生が使い慣れた車両で技能試験に受験できることを前提条件として生徒を募集しているのであって、債権者のように指定車両制度の特典を受けられない教習所にあっては、右特典を享受する教習所との間に営業競争上、不利益が生ずることは明らかである。

しかるところ、債権者は本件処分により、平成一〇年六月二日、旭川方面公安委員会から、債権者が所有していた指定車両を返納する旨の通知を受け、右指定車両制度の特典を受けることができなくなった。その結果、債権者の教習生は、これまで使い慣れた債権者のバス、特殊車両を使用して受験することはできなくなった。このように教習生が使い慣れた債権者の車両を使用して受験できなくなることは、短期にかつ廉価に技能試験の合格できることを営業目的とする債権者からすれば極めて重要な意味を持つ。

(3) 受験申請上の不利益

受験者の実技ないし学科受験の申請は、債務者協会を通じて、いわゆる団体扱いとして一括して公安委員会に申請する形態を採用している。しかし、債権者の教習生は本件処分により直接試験場に出向いて個別に受験申請をしなくてはならないという不利益を受ける。

(4) 生徒数減少に伴う減収

債権者の受講生の大半は、大型車両、牽引車両などの指定車両について運転免許を取得することをその目的としているものであり、平成九年四月以降、翌一〇年五月にまでの総入学者数一八一人のうち四一パーセントの七五人が前記指定車両制度が適用されている車種の免許の取得を希望している者である。かかる状況のもと、債権者が本件処分を受けたことにより、債権者においては指定車両制度が適用されないとの風評が流布したことにより、債権者の教習所への入学者は、前年同時期と比較して四〇パーセント、大型車両、牽引車両等の入学者においては、六六パーセント減少したばかりか、多数の者が退校あるいは転校するに至っている。本件処分に伴い、債権者が他に営んでいた車検代行への申込みもなくなるなど、大幅な減収が生じている。

このような営業損害は、本件処分により債権者の所有する車両を技能試験において使用できなくなったという不利益から起因するものである。

(二) 債務者

(1) 指定車両を確保できないことにより不利益

指定車両は公安委員会が行う技能試験に用いられるものであって、債務者が指定試験車管理機関に指定されているからといって、債務者会員のみが指定車両を使用できるという特権を与えられるわけではない。

すなわち、試験車両については、個人又は特定の届出自動車教習所が手配するものではなく、公安委員会が技能試験の前日に事前手配しているものであり、債権者の教習生につき試験当日に試験車の手配がつかないということはない。債権者が希望すれば、現実的に指定車両を使用できる状態にあり、指定車両の利用が債務者の会員のみに限られるというのは、全く誤りであるというほかない。

また、道路交通法一一二条一項は、免許等に関する手数料を定めているが、道路交通法施行令(昭和三五年一〇月一一日政令第二七〇号)四三条は、公安委員会が自動車を提供した場合の手数料の額を定めているところ、債務者が管理する試験車の使用料についても、同条に定める手数料と同額とし、整備管理者は、右試験車の使用料を受験者から納付を受けるものとしている(社団法人北海道自動車教習所協会試験車管理規程一二条)。

このように受験者が所定の使用料を納付さえすれば、その技能試験に指定車両を使用することができるのである。

(2) 指定車両を使用できないことによる不利益

債務者は、公益法人として公安委員会から指定試験車管理機関としての指定を受け、届出自動車教習所全体の地位の向上を目指しているものであり、個々の自動車教習所の個別具体的な経済的利益の追求ないし確保を直接の目的とするものではない。債務者の業界団体としての役割は、指定試験車管理機関として公安委員会が保有していない試験車両を提供することにより、当該地域において、右試験車両の技能試験を実施できるようにし、右試験に関する教習を行っている届出自動車教習所全体がその業域を十分に確保するという点に尽きるものである。

確かに、公安委員会が保有する試験車以外で受験者が使用する試験車は、受験者が在籍している教習所が所有している指定試験車であるが、これは債務者が指定試験車管理機関として公安委員会から指定されている結果、右公安委員会からの要請に応じ試験車を手配する便宜から生じたものである。したがって、教習生が使い慣れた債権者の車両を使用して受験できるということは、右指定にかかる事実上の反射的利益にすぎないものであって、法的保護に値する利益ではない。そもそも、技能試験において、教習において用いられた車両と同一の車両を使用できるかどうかによって、技能試験の合格率に差異が生ずることは到底考えられない。

(3) 受験申請上の不利益

受験者の受験申請について、債務者の会員である自動車教習所の教習生は、債務者を通じて一括してなされているが、前記各法令から明らかなように、債務者が指定試験車管理機関であることから公安委員会から特別の法的権限を付与されて事前かつ団体での申請を行っているものではない。

債権者は届出自動車学校である以上、みずからその教習生の受験申請を取りまとめて直接試験場に、事前かつ団体で申請することができるはずであり、債権者がとりまとめて受験申請することを公安委員会が拒否することはない。現に、北海道警察旭川方面本部免許課においては、債権者についても受験申請を一括して受理しており、協会に所属する教習所と協会に所属しない教習所との間で技能試験の受験申請方法についての取扱いに相違はない。

よって、債権者は受験申請に関し何らの不利益を負うことはない。

(4) 生徒数減少に伴う減収

債権者の主張するところの生徒数の減少は、本件処分に伴って生じたものか、経済状況によるものか、債権者の営業努力に起因するものか、本件処分と営業損害との因果関係は明らかになっていない。債権者の教習生が、教習の際に使用したときと同じ車両を技能試験において使用できるかどうかによって、教習所の営業成績に影響が及ぶということはない。

2  争点2(除名事由の存否)

(一) 債務者

(1) 定款一〇条二号は、除名事由として、「この法人の会員としての義務に違反したとき」を挙げているが、右会員としての義務には、①会員は、定款に定められた個々の義務、②定款に定められた事項を遵守し、債務者の目的を実現していくために公正に活動していくべき義務のほか、③所属支部の活動においては、支部規則に定められた事項を遵守し、公正かつ円滑に支部を運営していくべき義務を含むと解される。

また、同条三号は、「この法人の名誉を傷つけ、又はこの法人の目的に反する行為をしたとき」と規定するが、これは、非違行為が債務者の公益法人としての社会的評価を低下させ、法人としての活動を阻害するものをいうと解される。

(2) 本件における債権者の各行為は、次の述べるとおり、定款一〇条二号及び三号所定の除名事由に該当するものである。

① 緊急総会開催、山口敏光及び森田の除名並びに役員の選任

ⅰ 手続違反

平成九年一〇月二八日午後四時五〇分ころ、支部長の山口敏光(以下、「山口支部長」という。)と森田が、支部事務所に赴いたところ、山添信男(以下、「山添」という。)が、同日午後五時三〇分ころ、「昨日調査した結果から、緊急総会に切り替える必要がある。」旨発言し、債権者も「公安委員会旭川運転免許試験場の水野教習係長も森田の行為については不正をしたと言っている。」、「山口支部長も監督責任がある。」等と述べて山口支部長と森田らに対し、責任の追及を始めた。その際、山口支部長は、事実を確認して不正が認められた場合には、相応の責任を負う旨を述べたものの、結局、その場で事を決しようとする債権者らに押し切られる形となった。そして、債権者は山口支部長と森田を会員扱いしない旨発言し、同席していた中島邦弘(以下、「中島」という。)と石田功(以下、「石田」という。)もこれに同調した(以下、債権者、山添、中島及び石田を「債権者ら」という。)。その後、債権者らは、山口支部長と森田を無視して役員の選任を始め、山添を支部長に選任し、山口支部長と森田が退席した後には、債権者を副支部長に、中島を書記・会計に、石田を監査役に選任する旨の決議をするに至った。

ところで、社団法人北海道自動車教習所協会旭川支部会則(以下、「旭川支部会則」という。)には、次のような定めがある。

(総会の招集)

第九条 本協会の会議は総会、役員会、及び月例会とし支部長がこれを招集する。

2  総会は、年一回の定時総会及び臨時総会とする。

(除名)

第一九条 本協会の会員が次の各号の一に該当するときは総会において三分の二以上の同意により、これを除名することができる。

(1) 名義貸し、又はそれに類似するような行為をしたとき

(2) 教習車両をみだりに他の目的に使用し、金銭的な恩恵を受けたとき

(3) 本協会の目的遂行に反する行為のあるとき

(4) 本協会の秩序を乱す行為のあるとき

(5) 会費納入期日を履行しないとき

(6) 協会行事の出席義務をいつも履行しないとき

(7) その他会員として適当でないと認められたとき

2  役員会は除名者に対し、決議の前に弁明する機会を与えなければならない。」

すなわち、旭川支部会則によれば、除名は総会の決議においてなされなければならないものとされ、総会は支部長がなすものとされているが、債権者が臨時総会と称しているものは右の手続を経ていない。

もし真に山口支部長及び森田に対し責任を追及すべき事柄があったのであれば、債権者らが旭川支部の支部長である山口支部長に臨時総会の開催を求めれば足りることである。

ところが、債権者らはこれを行わなかったばかりか、山口支部長に対して会議の開催さえも連絡しておらず、招集通知さえもなされていない。しかも、定款三条は、「この法人は、理事会の議決を経て必要の地に支部を置くことができる。支部長は本会理事会をもってこれにあてる。」旨規定しているのであり、支部長は債務者の総会において選任された理事があたるから、理事に選任されていない山添が支部長に選任されることは定款違反である。

ⅱ 山口支部長及び森田の除名事由の不存在

もとより、山口支部長及び森田には、旭川支部会則に定める除名事由に該当する事実はない。

森田が特定教習終了の際に以前勤務していた北海道自動車学園名の押し出し印を使用したのは、森田が右学園廃業後短期間のうちに独立開業したことから、発注していた自分の教習所名の押し出し印が届いていなかったため、暫定的に右学園名の印をそのまま使用したという事情に基づく。そして、右押し出し印の使用に関しては、公安委員会からは、その後に責任を問われたり、指導を受けたことはない。

ⅲ 以上のように、債務者らの行為は、山口支部長らを支部運営から排除したうえ、新役員の選任をし、旭川支部の運営を事実上その支配下に置いたものである。

よって、債権者らの行為は、定款または支部規則に定められた事項に反して、公正かつ円滑に支部を運営する義務に反したものというべく、定款一〇条二号の除名事由に該当する。

② 事務職員の解雇

旭川支部の従業員を解雇するためには、会員の意思を統一し、又は少なくとも役員会の決定が必要であるところ(支部規則一四条三号)、債権者と山添は、右手続を行うことなく、支部の事務職員藤原美香(以下、「藤原」という。)を解雇することとし、平成九年一一月二五日ころ、支部長名で、同人に対し、同年一二月二五日をもって解雇する旨の予告を行い、もって、事実上同日以降藤原が旭川支部事務所で勤務することができないようにした。当時、旭川支部の会員間においては、事務職員につき経費節減の観点からパート化等の議論がなされていたが、いまだ最終結論に至らない状況にあった。

しかし、債権者らは正当な解雇理由がないにもかかわらず藤原を解雇したものである。また、山添は、そもそも支部長でないから、旭川支部の支部長の権限を行使することはできないはずである。

加えて旭川支部は右解雇につき労働基準監督署から是正勧告を受けたのであり、これにより、債務者の公益法人としての社会的評価は低下した。

以上の行為は、定款一〇条二号及び三号の除名事由に該当する。

③ 事務所の移転

旭川支部の事務所を移転するためには、会員の意思を統一し、又は少なくとも役員会の決定が必要であるところ(支部規則一四条三号)、債権者らは、平成九年一二月初旬、当初予定していなかった有限会社山添自動車学園(以下、「山添自動車学園」という。)の事務所内に支部事務所を移転し、支部長山添信男名で、同月二五日付け文書を以てその旨を債務者に通知した。

このように債権者らは、山口支部長らを排除したままその意思を問うこともなく、支部事務所を移転したのであって、かかる債権者らの行為は、定款一〇条二号の除名事由に該当する。

④ 支部長名を僭称した文書の作成、配付等

山添は、支部長に有効に選任されたものではないし、また選任される資格がないにもかかわらず、債権者らは、旭川支部支部長山添信男名を僭称した文書を作成、配付するほか、旭川支部長山添信男名の名刺を作成して配付し、また同名で年賀状を発送するなどした。このような債権者らの行為は、支部規則に違反するばかりか、支部長名を僭称して文書等を配付することは、旭川支部において、正常な運営がなされていないことを外部に公表するに等しいものであり、債務者の社会的評価を低下させ、法人としての活動を阻害するものであり、定款一〇条二号及び三号の除名事由に該当する。

⑤ 支部運営の混乱

ⅰ 債権者らは、同年一〇月三〇日、山口支部長及び森田に対し、支部会員ではないという理由に基づき、支部会員に販売していた教材、原簿等の料金を一方的に値上げする旨を通知し、また、同年一一月六日には、会員ではないという理由で協会費の受取りを拒否したうえ、既払分の協会費については返納するので領収書を返すように通告するなどの嫌がらせを行った。

ⅱ 債権者らは、債務者会長である天坂満雄(以下、「会長」という。)に対し、同年一〇月三一日付けの「山口、森田両氏を旭川支部会員として認められないことが決議されました」と記載した文書を送付し、あたかも正当に臨時総会が開催され、新役員が選任されたかのように報告し、事実上、旭川支部の運営を行い続け、前記②及び③記載のとおり、事務職員を解雇したり、事務所を移転するなどした。

ⅲ そこで、債務者側は、事実の確認と事態の収拾を図るため、支部会員に対し支部会議を開催することを求めるとともに、債務者支部長会議を招集したところ、債権者らは、会長に対し、翌一一月一七日付けの自分たちの行為を承認することを求める文書を送付し、また、債務者支部長や上部団体である全自協副会長に対し、右支部会議の開催に反対する文書や支部長会議開催に異議を唱える旨の文書を送付するなどした。

ⅳ 債務者は、協会として今後の対応を決定する必要があると判断したことから、同年一一月二〇日、正副会長会議を開催し、右会議において会長が混乱の収拾を試みることになった。

そこで、会長は同月二一日、山添と面談して事態の早期解決を企図して説得を行い、同日に行われた支部会議では、債権者らに対し支部を正常化するよう要請し、同年一二月一〇日にも、正常な支部運営をなすよう要請した。

ⅴ しかるに、債権者らは、同月二五日、山口支部長及び森田を会員に復帰させる旨の決議を行ったものの、山添を支部長とする役員体制の維持を図り、右山添名義で平成一〇年一月二二日には「緊急旭川支部会議開催(通知)」と題する文書を送付するなどし、新役員を前提として文書等の送付を行わないようとの会長の要請に応えることはなかった。そして、債権者らは、そのころから山口支部長らに対し、「旭川支部名義銀行口座無断使用について」と題する文書等を送付するなど嫌がらせを始めるに至った。

そこで、債務者の平成九年一二月一六日に開催された理事会は、自主的な事態の解決は困難であると判断し、債権者、山添自動車学園(山添)及び北交自動車学園(中島)の除名を検討したものの、慎重を期するため、平成一〇年四月一日に債権者らに弁明する機会を付与した。

ⅵ ところが、債権者は、その後会長個人を攻撃するようになり、同月四日、全自協懲罰委員会委員長らに対し、「(社)全国自運転教育協会会員、天坂満雄、山口敏光、森田淳司、除名提訴」と題する文書を送付し、このことを債務者会員に伝える文書を送付し、さらに、同月八日ころには、「二一世紀に向けて今こそ改革の時」と題する文書を債務者各支部の支部長宛に送付するなどして、会長の追い落としを謀るに至った。

そこで、債務者は、同月二三日に開催された理事会において、債権者については除名することが相当であるとの結論に至り、臨時総会を同年五月一六日に開催することにし、右総会の招集手続を行った。

ⅶ このような状況の下、債権者は、同年四月二四日開催された債務者の通常総会において、会場内の机上に、「衝撃ニュース」と題する文書を置いた。右文書は、債務者とはおよそ関りのない会長個人に対する誹謗中傷を内容とするものであった。

ⅷ そこで、債務者は、以上の経緯に照らし、同年五月一六日臨時総会において、債務者を除名する決議をしたものである。

(3) 旭川支部は、債務者の支部である以上、債務者からの支部運営の正常化の要請に応ずる必要があるところ、債権者らは、右要請を無視し、債権者らが主張する役員構成のもとで、支部の運営を続けたものであり、以上一連の債権者の行為は、会員の義務に違反するものであり、定款一〇条二号の除名事由に該当する。

(二) 債権者

債務者の主張するところの除名事由は、いずれも事実に反する。

(1) 緊急総会開催、山口支部長及び森田の除名並びに役員の選任

① 平成九年一〇月二八日に開催された旭川支部の臨時総会は、支部会員全員が出席した会議において、森田による押し出し印の不正使用を協議するため、出席者全員の同意を得て、臨時総会に移行することを確認したうえで開催されたものであって、手続に違反はない。

支部会則六条によれば、支部長は、支部総会において選任される旨規定しているのであり、定款三条は、支部総会において支部長として選任された者は協会の理事会構成員とすることが組織を統一するうえで望ましいとの解釈によるものであって、右定款をもって理事ではない者をして支部長とすることはできないものと解釈すべきではない。

② また、山口支部長及び森田には、次のとおり、支部を適正に運営せず、混乱を招いた責任がある。

森田は、共立自動車教習所、旭川自動車教習所、北交自動車学園及び債権者の四教習所から委託されていた特定教習、学科講習及び運転適性検査の日時を守らなかったことから、受講生から苦情が出ていた。

また、従前、支部は事務経費を節減するために山添の事務所の一部を借りることにしていたが、山口支部長は、突然右案を撤回し、債権者の教習所事務所の敷地内にプレハブ建物を建てることを提案するに至った。

さらに、森田が開業するに際し、山口支部長は、支部内における新規入会として取り扱う旨の協議内容を反故にし、名義変更として取り扱い、債務者にその旨の虚偽の報告をしている。

このように山口支部長らは、支部の運営に混乱を招いている。

③ 山口支部長は、右臨時総会の席上、「責任を取る」旨発言しているのであって、役職を降りる点については異論を述べていない。そして、新役員の選出も出席者の全員の同意のもとでなされたものである。このように、債権者は前記支部総会決議に基づき副支部長に就任したものであり、山口支部長及び森田らを支部運営から排除した事実はない。

(2) 事務職員の解雇

山添は事務職員の藤原に対し解雇予告などしていない。当時、山口支部長は、事務所経費の削減のためパート化を提案していたが、右提案を聞いた藤原が一方的に有給休暇届けを提出し、出勤しなくなったものである。

本件では、本件処分を受けた債権者が右解雇にどのように関与したのかが重要であるところ、債務者はその具体的な行為を明確にしていない。

(3) 事務所の移転

支部臨時総会で選任された債権者を含む新役員の意思のもとに、支部事務所を移転させたのは事実である。しかし、債権者は、右移転当時、副支部長に就任しており、山添と中島及び石田らによる支部における役員会での話し合いにより事務所の移転を決定した。

(4) 支部長名を僭称した文書の作成、配付等

配付文書の原案作成・最終確認・発信は、すべて山添が執り行っていたものであり、他方、債権者は、文書化の作業に携わったに過ぎない。

(5) 支部運営の混乱

債務者の要請を無視した事実はない。債権者は、債務者の要請を受領している。

債権者が「衝撃ニュース」、「二一世紀へ向け今こそ改革の時」及び「除名提訴」等と題する文書を配付したのは、債務者会員としての内部的な意見表明にすぎず、不特定多数に向けられたものではない。

3  争点3(裁量権の濫用・団体内部における自律的解決の範囲の逸脱の有無)

(一) 債務者

債務者は、公益法人として、届出自動車学校全体の地位の向上を目指しているものであって、個々の届出自動車学校の個別具体的な経済的利益の追求ないし確保を直接の目的とするものではない。債務者は、一支部である旭川支部の正常化を図るとともに、自律的団体の秩序、利益を維持するための措置をとってきたものであって、支部活動に対し不当な介入をしていない。

債務者としては、団体としてできる限り除名処分を回避する方向の努力をしたにもかかわらず、債権者は債務者の要請に応えることなく、役員体制を維持しようとしたことから、やむなく本件処分に付したものである。会員に対する懲戒処分として行われる除名処分については、除名事由の決定、該当性の有無等の判断は、原則として、債務者の裁量に委ねられているのであって、本件においては、裁量権に逸脱は認められない。

また、一般市民社会の中にあってこれとは別個に自律的法規範を有する特殊な部分社会における法律上の係争のごときは、それが一般市民法秩序と直接関係を有しない内部的問題にとどまる限り、その自主的、自律的解決にゆだねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象にはならないところ、債務者は、自律的な法規範を有する団体であり、本件処分は、一般市民法秩序と直接関係のない債務者の内部的地位に関する不利益を与えるにとどまるものであるから、債権者が裁判所に対し、右処分の効力を争い、会員としての地位を確認することを求めることはできないと解するのが相当である。

さらに、債務者は、債権者のみを狙い撃ちにして本件処分を付したものではない。債務者は、当初、山添及び中島についても除名が相当と判断していたが、右同人らは、いずれも債務者及び山口支部長に対し一連の行動を反省する態度を示すなどの事情があったことから、処分が保留されたものである。

(二) 債権者

債権者はこれまで会員として債務者の運営方法につき問題点を指摘したり、改善点を提言するなどして、債務者の運営の民主化に取り組んできた。本件は、こうした債権者の行動を快く思っていなかった債務者が、山口支部長らが除名されたことを契機にして、恣意的に債権者を狙い打ちして除名処分に付したというものであり、到底公正なものとはいえない。

また、本件処分は、債権者に対し、前記二1(一)記載のとおり、受験申請において試験車を手配し、かつ、その教習生が自己の所有する指定車両を使用して受験できるという営業活動の根幹に関わる重要な利益を侵害するもので、本件処分は一般市民法秩序と直接関係のある不利益を与えるものである。

4  争点4(保全の必要性)

(一) 債権者

債権者は、債務者会員の地位にあってはじめて円滑な営業活動をなしうる。債権者は、本件処分により、前記二1(一)記載のとおりの不利益を受けるのであり、事実上自動車教習所の存立が不可能になる。

債権者の教習所には、現在、普通一種の教習生三四名、普通二種の教習生二名、大型二種の教習生二一名がいるが、本件処分の後、右教習生のうち普通一種の教習生一〇名、普通二種の教習生五名が退学を申し出て、さらに、普通一種の教習生四名、普通二種の教習生五名、大型二種の教習生一名が本件事態を早急に解決しないと退学すると言ってきており、現教習生の半数が退学する事態になりかねず、今後退学者は増える可能性も大きく、教習所存亡の危機的状況にある。

(二) 債務者

本件申立ては、前記二1(二)記載のとおり、仮処分申立ての利益を欠くばかりか、保全の必要性も認められない。

第三  当裁判所の判断

一  本件仮処分の被保全権利たる営業損害の存否についての疎明の有無について検討する。

1  前提事実のほか、本件疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 債権者は、昭和六一年一一月六日、道路交通法九九条一項の指定教習所に該当しない指定外教習所として設立され、肩書地において、大型乗用自動車(大型二種用)、普通二種及び同一種の自動車運転免許取得のための自動車教習所を営業しているものである。債権者における教習の態勢は、平成九年九月中旬ころまでの間は、株式会社北海道自動車学園から練習コースを借受けて運転教習を行い、学科教習については、当時、右自動車学校の従業員であった森田に委託して行っていたが、右北海道自動車学園が廃業したため、練習コースが使用できなくなったことから、同年一〇月三一日ころから、自動車運転練習コースを所有する山添自動車学園から賃借して運転教習を行い(甲三八)、学科教習については、森田に委託して行っている(乙五四)。

ところで、本件処分を受ける以前の債権者の経営状態は、平成九年九月九日及び同月一八日に手形不渡りを出したため、銀行取引停止処分を受けており、当時の負債総額は約二〇〇〇万円にのぼるなど、業績は芳しいものではなかった。このように経営が行き詰まった原因は、競合激化からジリ貧状態となり資金繰りが悪化していたところ、安易な資金調達に走ったため、支えきれなかったことによるものと指摘されている(乙五六)。

(二) 債務者は、会員相互の緊密な連絡協調において、交通安全に寄与することを目的とするとともに、届出自動車学校全体の地位の向上を目指し、北海道知事の認可を得て、昭和四七年七月二七日、民法三四条に基づき設立された公益法人であり、届出自動車教習所等を会員として組織されており(会員数五二校)、道内には旭川を含め六支部が設置されているが、旭川支部においては、本件処分時においては、六自動車教習所をもって組織されていた(前提事実、甲三、四)。

(三) 自動車運転免許を取得するための自動車教習所には、指定教習所と指定外教習所の二種類があり、指定教習所の場合には、右指定教習所の法定の運転教習の単位を取得すれば、公安委員会が実施するところの運転免許試験場での技能試験が免除されることから、学科試験に合格すれば運転免許を取得できる。他方、債権者を含む指定外教習所においては、当該教習所の運転教習などを受けたうえ、技能試験に合格したうえ、学科試験に合格してはじめて自動車運転免許を取得できるものである。しかしながら、指定外教習所においては、指定教習所とは異なり、技能試験に合格さえできれば、法定の運転教習の単位を習得する必要がなく、少ない時間と費用で運転免許を取得できるという利点がある(甲三八)。そして、平成九年中の旭川方面管内の技能試験(実技検定)の受験者総数七五〇七名のうち、債務者に加入している教習所の教習生の受験者数は七四九四名に及んでいる(調査嘱託)。

(四) 道路交通法施行規則二四条は、技能試験においては、「公安委員会が提供し、又は指定した自動車を使用する」と規定しているところ、北海道以外の都道府県の運転免許試験場では、公安委員会が保有する試験車を使用して技能試験が実施されているが、北海道においては、公安委員会は右試験車のすべてを保有していないため、技能試験を実施するに際しては、後記のとおり、指定車両によって試験車の台数を確保している状況にある(審尋の結果、甲八四)。

そこで、公安委員会は、右試験車を確保するとともにその管理を適正かつ確実に実施するため、技能試験に使用する自動車の管理を適正かつ確実に実施できるものと認められる公益法人を指定試験車管理機関と指定しているところ(道路交通法施行細則二一条の七、甲六六)、債務者が、平成二年一一月二一日、旭川方面公安委員会に対し、指定試験車管理機関指定申出書を提出したことから(甲六八、八枚目)、平成三年一月一一日、債務者を右指定試験車管理機関に指定し(甲六八、一二枚目)、右指定を受けた債務者は、技能試験車の管理を徹底するために、「社団法人北海道自動車教習所協会試験車管理規程」を制定し、債務者の支部ごとに支部長を管理責任者に充てて、支部の試験車の使用及び保守管理について総括的な責任を負わせることとし、旭川運転免許試験場における指定試験車の管理については旭川支部が担当している(甲六八、一ないし七枚目)。

旭川方面公安委員会は、現在のところ、債務者の外に、社団法人旭川方面交通安全協会を指定試験車管理機関と指定しているが、同公安委員会は、右二者以外に新たに公益法人が設立された場合であっても、当該法人の目的等を審査して、当該法人が民法三四条により設立された法人であって、技能試験に使用する自動車の管理を適正かつ確実に実施できるという要件を充足していれば、道路交通法施行細則二一条の七の指定試験車管理機関として指定を行うことも可能である旨回答している(調査嘱託)。

(五) ところで、旭川方面公安委員会は、運転技能試験において使用する試験車として普通乗用自動車及び大型自動二輪車を五台保有しているものの、大型乗用自動車、大型貨物自動車、大型特殊自動車、普通自動二輪車、小型自動二輪車及び牽引用自動車は保有していないため、指定試験車管理機関である債務者からは、大型乗用自動車(大型バス)、大型貨物自動車、大型特殊自動車及び牽引自動車(甲六八)を、同機関である社団法人旭川方面交通安全協会からは、普通乗用自動車三台、大型自動二輪車一台、普通自動二輪車二台及び小型自動二輪車一台を試験車として提供を受け、使用しているが(調査嘱託)、公安委員会の保有しない試験車を使用して技能試験を行う場合においては、受験者はその在籍している教習所が所有している指定試験車を使用している(調査嘱託)。

そして、債権者は、平成九年六月三日、旭川方面公安委員会から、債権者が所有している大型乗用自動車を大型二種免許に係る技能試験車として指定する旨の通知を受けていた(甲三六)。

(六) しかるに、債権者は、債務者から本件処分を受けたことから、平成一〇年六月二日、債務者の会員資格を喪失したことを理由に、債権者の所有する大型乗用自動車について指定車両の指定書を返納する旨の通知を受け、また、旭川方面公安委員会からも右同日、指定書の返納が求められた(甲三七、六七)。その結果、債権者の教習生は、債権者の所有していた指定車両を使用して受験することができなくなった。そして、債権者は、本件処分後、山添自動車学園の援助を受けて教習所としての営業を続けている。

2(一) 地位保全の仮処分で保全しようとする権利ないし利益の具体的内容は、原則として、賃金請求権に限られるものというべく、本件のように営業上の損害賠償請求権を保全するために地位保全の仮処分がなされる場合には、被保全権利の疎明が必要であるほか、保全の必要性として、地位を保全しておかなければ回復し難い著しい損害を生ずるか否かにより判断されるべきところ、債権者は、本件仮処分の被保全権利として、本件処分により債権者が会員としての地位を失うことによって、次のような不利益、すなわち、①指定車両を確保することができず、また、②使い慣れた指定車両を使用して技能試験を受けることができなくなり、さらに、③受験申請においても個別申請を余儀なくされるという各不利益を被っており、右不利益に起因して④生徒数が減少し、営業上の損害が発生している旨主張しているので、まず、本件処分により債権者の主張するような不利益が生ずるか否かについて検討する。

(1) 指定車両を確保できないことによる不利益について

債権者は、本件処分により、債務者が指定車両の使用について協力しないときは、債権者の教習生は、試験車を確保できないため受験できなくなるという不利益を受ける旨主張するが、証拠(調査嘱託、審尋の結果)によれば、技能試験は事前申請の手続をとっており、公安委員会は、指定試験車管理機関である債務者らに対し、技能試験の前日、休日の場合は前々日に受験者数に応じて試験車を事前に手配しているのであって、試験当日に試験車の手配がつかないことはないこと、債務者としては、公安委員会から事前に試験車を手配する旨の要請があった場合には、右要請に応じて債務者内部において調整して試験車を提供するものとされており、このことは個人受験生のほか、債権者の場合であっても同様であること(審尋の結果)が認められるから、指定車両の利用は債務者会員のみに限られているものではない。

したがって、債権者の教習所において教習を受けた者が、技能試験の受験申請をしたにもかかわらず、試験車を使用できないということは生じないものというべく、債権者の主張は採用することはできない。

(2) 指定車両を使用できないことによる不利益について

① 債権者は、本件処分により、受験生はその在籍している教習所が所有する指定車両を使用して技能試験を受験できるという指定車両制度の特典が失われる旨主張するが、債務者の業界団体としての役割は、指定試験車管理機関として公安委員会が保有していない試験車両を提供することにより、当該地域において、右試験車両の技能試験を実施できるようにし、右試験に関する教習を行っている届出自動車教習所全体がその業域を十分に確保するという点にあるものと認められること(審尋の結果)、また、旭川方面公安委員会が債権者の所有している大型乗用自動車について、大型二種免許に係る技能試験車として指定する通知書によれば、試験車両の使用者は、債務者たる「社団法人北海道自動車教習所協会」と明記され、債権者個人が使用者とはなっていないこと(甲三六)を考慮すると、指定車両制度は、個々の自動車教習所の個別具体的な経済的利益の追求ないし確保を直接の目的とするものではないものと解される。

確かに、公安委員会がその保有する試験車以外の車両で技能試験を実施する場合には、受験者は、その在籍している教習所が所有している指定試験車により受験しているが(調査嘱託)、このように受験生がその在籍している教習所の所有する指定車両を使用して技能試験を受験できるものとされてきたのも、債務者が公益法人として指定試験車管理機関として公安委員会から指定されている結果、公安委員会からの試験車両の手配の要請に応じつつも、債務者内部間における各教習所の便宜を考慮して実施されてきたという経緯によるものと解しうる。

そして、仮に、もし債権者の主張するように、指定車両制度が債務者会員たる地位と結びつき、常に受験者は、その在籍している教習所が所有している指定試験車により受験できるという特典が認められているものとするならば、各教習所は技能試験に使用する同一車種の試験車をすべて保有することになると思われるが、このことは債務者の設立目的及び前記の業界における役割並びに債務者会員の事業規模に照らすと実際的なものではない。

また、甲六八の九ないし一一枚目によれば、公安委員会は、債務者からの平成二年一一月二一日付けの試験車指定の申請に基づいて、指定車両一覧表に掲げられている各車両を試験車に指定しているが、大型貨物自動車については、債務者会員のうち二教習所が二台を提供し、試験車の指定を受けているにすぎないのであって、債務者会員がすべて試験車を提供しているわけではないから、右大型貨物自動車については、教習生はその在籍している教習所が所有する車両を常に使用して技能試験を受験できることが予定されているものではない。

さらに、技能試験において使用される普通乗用自動車、自動二輪車などの他の試験車についても、各教習所が運転教習において使用している車と車種、構造などがすべて同一であるとは考え難い。そうすると、債権者の主張する自己の所有する自動車を指定車両として使用して受験できるという利益は、すべての試験車に当てはまるものとは言い得ない。

加えて、債権者の主張を前提とすると、債務者会員間の指定車両の保有及び使用方法についての紛争の防止あるいは調整を図るために、会員資格あるいは運営方法につき、何らかの試験車の保有あるいは使用方法に関する規定があっても然るべきところ、債務者定款(乙一)、債務者運営規則(乙一)及び旭川支部の会則(甲一)には、なんらその旨を窺わせるような規定は認められない。

以上の事情を考慮すれば、指定車両制度は、受験生の在籍している教習所がその所有する指定車両を使用して技能試験を受験できるということを制度の根幹として予定しているものとは言い得ないのであって、たとえこれまでの教習生が使い慣れた教習所の車両を使用して受験できるという状況にあったとしても、このことは、指定車両を債務者内部において便宜的に運用してきたことから生ずる反射的な利益にすぎず、教習で用いられた車両と同じ車両を技能試験において使用できるということは、債務者会員たる地位にあることによって保証されるものではなく、会員たる地位との結びつきは希薄なものと言わざるをえない。

② 次に、債権者は、受講生が使い慣れた車両で技能試験に受験できることを前提条件として、生徒を募集している旨主張するが、証拠(乙五六、六枚目、乙六四の二)によれば、債権者は、「普通車から大型二種まで教習いたします。」などと宣伝しているにすぎず、また、NTTのタウンページの広告においても、「早い・安い・確実」を大きく掲げ、トラック、バス、トレーラ、ショベルの車種及び車型を示したうえ、「場内試験だけで免許が取得できます。」などと宣伝公告しているにすぎず、債権者の主張するような、債権者の教習所において教習すれば、債権者の所有する指定車両を技能試験において使用できる旨の特典があるとの記載は何ら認められない。これらの事情に照らすと、債権者は、受講生が使い慣れた車両で技能試験に受験できることを前提条件に生徒を募集しているとの主張は認めることはできない。

③ したがって、債権者の疎明をもってしては、本件処分が債権者の指定車両を使用できないという不利益を生じさせるものとは認めることはできない。

(3) 受験申請上の不利益について

債権者は、本件処分により、債権者の教習生は債務者を通じた一括申請ができず、直接試験場に出向いて個別に受験申請をしなくてはならないという不利益を受ける旨主張するので、この点について検討するに、調査嘱託によれば、受験者の申請は、個人受験者を除き、協会又は届出自動車教習所毎に一括して申請を受理していることが認められるから、債権者の主張は採用することはできない。

よって、債権者は受験申請に関し何らの不利益を負うことはない。

(二)  次に、債権者は、本件処分により、債権者の教習所への入学者が減少したばかりか、多数の者が退校するに至り、大幅な減収が生じている旨主張するので、この点について付言するに、前記のとおり、本件処分そのものが、債権者に対し債権者の主張するような各不利益を生じさせているものとは認められないから、債権者の疎明をもってしては、本件処分と右処分に伴う不利益から起因するとされる営業損害との間には、因果関係を認めることはできない。したがって、債権者の生徒数減少に伴う減収の点について判断するまでもなく、債権者の主張は採用することはできない。

二  結論

よって、本件仮処分の申立ては、被保全権利の疎明がないことに帰するからその余の点について判断するまでもなく、これを却下することとし、主文のとおり、決定する。

(裁判官片岡武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例