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旭川地方裁判所 平成10年(ワ)105号 判決 2001年1月30日

原告 A野春子(以下「原告春子」という。)

原告兼原告春子法定代理人親権者父 A野太郎(以下「原告太郎」という。)

原告兼原告春子法定代理人親権者母 A野はな子(以下「原告はな子」という。)

右三名訴訟代理人弁護士 内田信也

同 秀嶋ゆかり

同 高橋司

同 西村依子

被告 旭川市(以下「被告市」という。)

右代表者市長 菅原功一

右訴訟代理人弁護士 古田渉

右指定代理人 葛西輝夫

同 長谷川明彦

同 鳥本弘昭

同 鈴木義幸

被告 北海道(以下「被告道」という。)

右代表者知事 堀達也

右訴訟代理人弁護士 太田三夫

右指定代理人 山田寿雄

同 本間佳美

同 佐藤晴行

同 早川哲也

主文

一  被告らは、原告A野春子に対し、連帯して、金一七〇万円及びこれに対する平成八年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、連帯して、原告A野太郎及び原告A野はな子に対し、それぞれ金一五万円及び右各金員に対する平成八年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その一を被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告春子に対し、連帯して、金三三一〇万円及びこれに対する平成八年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、連帯して、原告太郎及び原告はな子に対し、それぞれ金五六〇万円及びこれらに対する平成八年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、公立中学校在学中に男子生徒複数名から学校の内外で強制わいせつ行為を受け続け、最終的には下校時間帯の学校トイレ内で強姦の被害に遭ったという原告春子並びにその両親である原告太郎及び原告はな子が、右中学校の教諭らには生徒間の性的暴力を未然に防止すべき安全配慮義務を怠った過失がある上、右性的暴力判明後にも保護者に対する真実解明報告義務を怠った過失がある旨主張し、右教諭らが勤務していた被告市に対しては国家賠償法一条一項に基づき、右教諭らの給与等の費用を負担していた被告道に対しては同法三条一項に基づき、それぞれ慰謝料の支払を求めたという事案であり、中心的争点は、(一)平成八年六月の段階で教諭らに生徒間の性的暴力を防止すべき安全配慮義務を怠った過失があったかどうか、(二)平成八年一二月二四日の学校内強姦事件判明後の教諭らに保護者に対して口淫の被害を報告すべき義務を怠った過失があったかどうか、(三)原告らの慰謝料の金額(加害生徒らから受領した合計八六〇万円の示談金によっても補てんされない損害があるかどうか、右報告義務違反について別個の慰謝料請求権を保護者に認めるかどうか)である。

一  (前提事実)

以下の各事実は、証拠を括弧書きで摘示した部分を除き、当事者間に争いがない。

1  原告ら

(一) 原告春子は、平成六年四月一日に旭川市立●●中学校(以下「本件中学校」という。)へ入学し、平成九年三月三一日に同中学校を卒業した。

(二) 原告太郎は原告春子の父であり、原告はな子は原告春子の母である。

2  被告ら

(一) 被告市は、本件中学校を設置管理しているが、同中学校には平成八年一二月当時、学校長である春山春男、教頭である夏山夏男(以下「夏山教頭」という。)、原告春子(三年一組)の担任である秋山秋男教諭(以下「秋山教諭」という。)、他学級(三年三組)の担任である冬山冬男教諭(以下「冬山教諭」という。)、原告春子の所属する●●●部の顧問である東山東子教諭(以下「東山教諭」という。後に東岡に改姓。)ら二〇名の教職員が勤務していた。

(二) 被告道は、市町村立学校職員給与負担法第一条に基づき、右教諭らの給与等の費用を負担していた。

3  本件学校内強姦事件の発生

平成八年一二月二四日、本件中学校の二階男子トイレ内において、原告春子がA川A男ら六名の男子生徒から監禁され口淫を強制されたり、強姦されるという事件が発生した(以下「本件学校内強姦事件」という。)。

4  加害生徒らの継続的性暴力の発覚

右本件学校内強姦事件の発覚を契機として関係生徒らに対する事情聴取が行われた結果、原告春子(三年一組)は、相当以前より同学年の中学三年男子生徒らから集団で性的暴力を受け続けていたことが判明した。右男子生徒らとは、A川A男(三年三組)、B川B男(三組)、C川C男(一組)、D川D男(一組)、E川E男(二組)、F川F男(二組)、G川G男(一組)、H川H男(二組)、I川I男(三組)、J川J男(三組)、K川K男(三組)ら一一名であった(以下、右加害生徒の全員又はその内当該加害行為をした数名を指して「加害生徒ら」という。)。旭川家庭裁判所は、右加害生徒らの内三名に少年院送致決定、六名に試験観察処分、一名に保護観察処分をした。

5  加害生徒らとの示談

原告春子は、その法定代理人親権者である原告太郎及び原告はな子から委任を受けた成川毅弁護士を代理人として、平成九年一月二三日から同年三月三一日までの間、加害生徒ら一一名(内四名の代理人弁護士は八重樫和裕)との間で、加害生徒らの原告春子に対する本件学校内強姦事件及びその他の強制わいせつ事件等について、順次示談を成立させ、平成一〇年一二月までに、慰謝料として合計八六〇万円を受領した。

二  (原告らの主張)

1  原告春子の受けた継続的な性的暴力等

(一) 中学一年二学期以降の性的いたずら等

原告春子は、中学一年(平成六年)の二学期ころから、他の複数の女子生徒と同様に、加害生徒らから、本件中学校の廊下ですれ違いざまに服の上から胸やお尻を触られるなどの性的いたずらを受けた。

(二) 中学二年夏ころの美術準備室での性的暴力

原告春子は、A男、B男から美術準備室(一年一組)に呼び出され、同所において、A男から座椅子に座らせられ、ブラジャーのホックをはずされて胸を触られ、着ていたジャージを下げられ、パンティーの上から陰部を触られた。

(三) 中学二年秋ころの二年三組空き教室での性的暴力

原告春子は、中学二年(平成七年)秋ころ、B男、A男他五、六名に二年三組空き教室に呼ばれ、服の上から胸を触られたり、ジャージの上から陰部付近を触られた。その際、他の女子生徒がその様子を見ていて秋山教諭に言いつけたため、B男らは秋山教諭から注意を受けた。

(四) 中学二年秋ころの一年一組教室での性的暴力

原告春子は、中学二年(平成七年)秋ころに本件中学校教諭らによる研究会が開催された日、下校直前にB男から呼び止められ、本件中学校二階の一年一組教室内に連れ込まれた上、B男、A男の二人から身体を教室の壁に押し付けられて胸等を触られた。その際、二年三組の担任であった冬山教諭が教室前の廊下を通りかかったため、A男は、掃除箱の中に原告春子を押し込め、自らもロッカーの陰に隠れようとしたが、教室後ろ側から入ってきた冬山教諭に見つかり、「何やってるのよ。早く帰れ。」などと注意された。また、原告春子が掃除箱から出て来たため、冬山教諭は、「なぜそんなところにいるのか。」と聞いたのみでそれ以上の指導をせず、「変なことするなよ。」と言って立ち去った。

(五) 中学二年冬の生徒会室での秋山教諭に対する相談(一回目)

原告春子は、中学二年(平成七年)の冬ころ、A谷A子、B谷B子、C谷C子と共に、生徒会室において、秋山教諭に対し、A子がD谷D子にいじめられていることを相談した後に、原告春子がA男、B男、D男、G男、C男らから胸やお尻を触られている旨を訴えた。これに対し、秋山教諭は、「よしわかった。ちゃんと言っておくから。」と言った。

(六) 中学三年四、五月ころの特別活動室での性的暴力及び秋山教諭への相談(二回目)

原告春子は、中学三年(平成八年)の四、五月ころ、B男、A男及びC男らにより、特別活動室において、教室の廊下側の壁に身体を押さえ付けられ、立ったままジャージのズボンを下ろされた上、下着の中に手を入れられ、お尻等を触られた。

この際、原告春子の危険を察知したB子及びC子から連絡を受けて右特別室に駆け付けた東山教諭は、性的暴力を受ける直前の原告春子から何度も大声で助けを求められたが、加害生徒らに対し、「あなた達、早く出て行きなさい。」と注意したにとどまり、逆に加害生徒らから「東子、帰れ、帰れ。」などと手拍子を取りながらのいわゆる帰れコールを受けると、それ以上の指導をすることなくその場を立ち去った。その後も、東山教諭は、右特別活動室前の廊下を何度も行き来し、廊下と教室の間の窓から教室内をそっと覗き込むように窓に顔を寄せたが、他に何もしないまま立ち去った。

自力で右特別活動室から逃れた原告春子は、荷物を取るため音楽室に戻った際、「どうしたの。」と声をかけてきた東山教諭に対し、同級生のB子及びC子がいる前で、特別活動室でジャージのズボンを下ろされてお尻を触られたことなどを説明した。それにもかかわらず、東山教諭は、「そのことは、担任の先生に言いなさい。」と言うばかりで、原告春子の訴えに耳を傾けることもなく、加害生徒らへの指導もしなかった。

そこで、原告春子は、B子及びC子に伴われて職員室に行き、同所において、担任の秋山教諭に対し、特別活動室での性的被害を説明すると、秋山教諭から「またあいつらか。わかった。帰っていいよ。」と言われた。間もなく、秋山教諭は、校内放送でB男、A男、C男を職員室に呼び出し、原告春子に対する性的暴力の内容を紙に書かせて注意し、後日、廊下において、加害生徒らに注意しておいた旨を原告春子に告げた。

(七) 中学三年五月ころの男子トイレ内への鞄隠匿等

さらに、原告春子は、中学三年(平成八年)五月ころ、加害生徒らから何度も鞄を奪われた上、本件中学校男子トイレ内に鞄を投げ込まれ、やむなく鞄を取りに入ったところ、胸やお尻を触られてしまった。

右のとおり原告春子が鞄を男子トイレ内に投げ込まれていることは、同級生のB子、C子が見ていて、これを秋山教諭に報告していた。

(八) 中学三年五月末ころのスーパートイレでの性的暴力

しかし、右相談以後、原告春子はA男から、「お前ちくったべ。」と言われ、激しい性的暴力を受けるようになった。すなわち、原告春子は、中学三年(平成八年)五月末ころ、A男、B男らからスーパー●●旭川店(以下「スーパー」という。)の身障者用トイレ内に連れ込まれ、同トイレ内で、A男、B男から押し倒されてズボンを脱がされ、陰部を触られたり、性器の中に指を入れられ、A男から口淫を強制され、精液をかけられた。

(九) 中学三年六月ころのスーパー被害の秋山教諭への相談(三回目)

原告春子は、中学三年(平成八年)の六月ころ、精神的にも限界に達し、意を決して、秋山教諭に右スーパーでの被害を訴えた。その際、原告春子は、秋山教諭からの質問に対し、加害者としてA男、B男、D男、C男、G男という特定の名前を挙げた。すると、秋山教諭が、「また、あいつらか。」と言った。さらに、原告春子は、秋山教諭の質問に応じて、他にも被害に遭っている女子生徒としてE子、A子、F子の名前を挙げた。最後に原告春子は、加害生徒らの仕返しが怖かったため、「男子生徒に私が先生に相談したことを言わないで。」と頼んだ。

しかし、秋山教諭は、加害生徒らから事情を聴取することもなく、クラスの帰りの会において、「女性の体にタッチすることはセクハラだ。セクハラはやめろ。」などと一般的な注意をしたにすぎなかった。

その後、原告春子は、B男から、「おまえ、ちくったべ。今度覚えてろ。みんなでやるからな。まわすからな。」などと脅された。

(一〇) 中学三年六月末の公園での性的暴力

原告春子は、中学三年(平成八年)の六月末ころ、加害生徒七名からスーパー男子トイレで胸を触られた上、本件中学校近くの公園において、加害生徒ら八名から口淫を強制された。

(一一) 中学三年七月のスーパーでの性的暴力未遂と目撃保護者からの通報

原告春子は、中学三年(平成八年)の七月末ころ、加害生徒らからスーパーのトイレに連れて行かれそうになったが、偶然に同級生G谷G子の母親が通りかかり、加害生徒らに注意してくれたため、被害に遭わずに済んだ。その後、原告春子は、秋山教諭に職員室に呼ばれ、「地域の人から連絡があったんだけど。うちのジャージを来ていた男子生徒と女子生徒がもめていたけれども、それは原告春子か。」などと聞かれた。

(一二) 中学三年の八月中旬ころの●●●下での性的暴力

原告春子は、中学三年(平成八年)の八月中旬ころ、●●●下にある加害生徒らの「基地」に連れ込まれ、口淫を強制された。その際、原告春子は、B男、A男から強姦されそうになったが、抵抗したため、強姦を免れた。

(一三) 中学三年の一〇月三一日の校舎内男子トイレ内での性的暴力

原告春子は、中学三年(平成八年)の一〇月三一日、本件中学校内男子トイレ内において、B男ら五名の加害生徒らから口淫を強制された。

(一四) 中学三年の一一月八日ころのスーパー女子トイレでの性的暴力

原告春子は、中学三年(平成八年)の一一月八日ころ、C男、H男からスーパー二階の女子トイレ内に無理やり連れ込まれ、口淫を強制された。

(一五) 中学三年の一一月一九日の第一美術室での性的暴力

原告春子は、中学三年(平成八年)の一一月一九日、本件中学校第一美術室において、A男、B男ら四名から口淫を強制され、性器に指を入れられた。右事件の際、東山教諭は、第一美術室に隣接する音楽室に人影を見つけ、同僚の西山教諭と共に音楽室に隠れていたB男、J男、I男の加害生徒ら三名を発見したが、それは原告春子が隣の美術室でA男から性的暴力を受けている最中であったから、右B男ら三名を追及すれば、隣の美術室にいた原告春子を救出することができたはずであった。

(一六) 中学三年秋からの「シャブシャブ」等の呼称によるからかい

原告春子は、中学三年(平成八年)の秋頃より、加害生徒らから、「シャブシャブ」等という呼称でからかわれ、秋山教諭らもこの事実を認識していた。

(一七) 中学三年の一二月七日のL川宅での強姦

原告春子は、中学三年(平成八年)の一二月七日、同級生のL川L男宅に呼び出され、そこにいたA男から強姦された。

2  中学三年の一二月二四日の本件学校内強姦事件

(一) 原告春子は、中学三年(平成八年)の一二月二四日午後四時ころ、H谷H子と一緒に下校し始めた際、G男、D男、C男に呼び戻され、雪山に何度も投げ飛ばされるなどの暴力を受けて無理やり本件中学校一階生徒用玄関まで連れ戻され、同所で、A男、B男らに囲まれた。その際、生徒用玄関にいた南山教諭が「早く帰れ。」などと加害生徒らに下校を注意していたので、原告春子は隙を見て一旦外へ走って逃げたが、結局A男に追いつかまれてしまい、再度生徒用玄関まで引っ張って行かれ、加害生徒らに取り囲まれた。

(二) その際、原告春子は、生徒用玄関前の廊下を通りかかった東山教諭から「何かあったの。」と尋ねられだが、A男から「何でもないって言えや。お前本当にやるぞ。」などと脅されたため、一瞬「何でもないです。」と答えてしまった。すると、東山教諭がその場から向きを変えて離れようとしたため、原告春子は、咄嗟に、まだ至近距離にある東山教諭にむかって「東山先生、助けて。」と大声で叫んだが、東山教諭はこれに気づかない振りをして職員室の方へ立ち去り、途中の廊下で中学二年の女子生徒二名と立ち話を始め、その目線を原告春子の方向に向けていた。

(三) その後、原告春子は、加害生徒らにより腕を捕まれて引っ張られ、右一階玄関前廊下から二階男子トイレ内に無理やり引きずり込まれた上、同所において、同日午後五時ころまで監禁され、その間、右監禁及び暴行等によって反抗できない状態において、B男、A男、C男、D男、E男、F男ら六名の男子生徒により、胸やお尻を触られたり、口淫を強制され、その内B男からは強姦されるに至った。

3  平成八年六月時点での安全配慮義務違反

(一) 安全配慮義務の根拠及び内容

公立中学校の支配管理者的立場にある被告市には、生徒に対し、学校生活及びこれと密接に関連する生活場面において、他の生徒から生命、身体、精神、財産、貞操等への違法な侵害が加えられないように配慮すべき注意義務(安全配慮義務)がある。

すなわち、本件中学校教諭らは、生徒やその家族から具体的な「いじめ」(性的暴力)の申告を受けた場合はもちろんのこと、そのような具体的な申告を受けない場合でも、一般的に「いじめ」が人目の付かない場所で行われ、被害者も仕返しを恐れるあまり被害申告をせず、被害の事実を否定することさえあるという実情に照らすと、学校教育の場及びこれと密接に関連する生活場面において生徒の様子をきめ細かく観察し、「いじめ」の存在がうかがわれるときには、関係生徒及び保護者らより事情を聴取してその実態を調査し、表面的な判定で一過性のものと決めつけたりせずに、その実態に応じた適切な措置を取るべき義務がある。教諭らの義務を分析すると、①いじめの全容を解明する義務、②被害生徒をいじめから保護する義務、③いじめの事実を被害生徒の保護者に報告する義務、④いじめをやめさせるための教育的指導を行う義務があるといえる。

(二) 平成八年六月時点で性的暴力防止の安全配慮義務を怠った過失

(1) ところで、加害生徒らは、中学一年時(平成六年)から学習活動に専念できない傾向を見せ、中学二年時(平成七年)からグループ化し、中学三年(平成八年)になると、本件中学校の内外で、喫煙、けんかなどの問題行動を頻発させていた。そのため、本件中学校教諭らは、中学二年時から加害生徒らを「問題グループ」と認識し、加害生徒らを題材とした事例研究を行ったり、加害生徒ら及びその家庭に対して一定の注意や指導を行っていた。

(2) 他方、原告春子は、前記のとおり、中学一年時から既に他の女子生徒と共に加害生徒らより性的いたずらを受けていた。そして、冬山教諭は、中学二年(平成七年)の秋ころ、原告春子が一年一組の教室においてB男らから胸やお尻を触られているときに廊下を通りがかり、「変なことするなよ。」と加害生徒らを注意していた。また、東山教諭は、中学三年(平成八年)の四、五月ころ、特別活動室においてわいせつ行為を受ける直前の原告春子から助けを求められたのに、加害生徒らに対し、「あなた達、早く出て行きなさい。」と注意したにとどまり、わいせつ行為終了後にも原告春子からその内容を聞いていた。さらに、秋山教諭は、平成七年度の冬ころと平成八年四、五月ころ、平成八年六月ころの三度にわたって原告春子から加害生徒らによる性的被害を訴えられ、特別活動室(平成八年四、五月ころ)での被害直後には加害生徒らを職員室に呼び出してわいせつ行為の内容を文書に記載させていたほか、原告春子が中学二年か三年のころ加害生徒らより鞄を男子トイレへ隠匿されている旨を他の女子生徒から聞いたり、平成八年七月ころには、本件中学校の他の生徒の保護者から、スーパーで原告春子が男子生徒数名ともめていたとの連絡を受けていた。

(3) これらの事情によれば、本件中学校教諭らは、遅くとも平成八年六月には、原告春子が問題ブループであった加害生徒らから本件中学校の内外においてわいせつ行為を繰り返し受け、その被害が洋服の上から胸等を触られるに止まらず、ジャージを下げて直接陰部を触られるといった深刻な性的被害に発展していることを十分に認識し、又はこれを予見することができた。また、一般的に被害生徒がいじめを教師に訴えること自体が少なく、特に思春期の女子生徒が異性の男性教諭に性的被害を訴えること自体が相当に差恥心を伴う行為であることに照らすと、原告春子が男性の秋山教諭に性的被害を訴えた背景には深刻な性的被害があるかもしれないと予見すべきであった。

(4) したがって、本件教諭らとしては、遅くとも平成八年六月の時点において、原告春子及び加害生徒らの状況をきめ細かく観察し、その動向を把握し、学校全体の問題としてこれに対処し、各教諭間で情報収集・情報交換をしたり、職員会議等で意見交換をしたり、校内の見回りを強化する等の適切な対応策を講じるべき義務があったほか、加害者及び被害者の保護者らに報告をすべき義務があった。

(5) そうであるのに、本件中学校教諭らの対応は、極めて不十分であった。すなわち、秋山教諭は、平成八年六月に原告春子から性的被害に関する三度目の訴えを受けていたにもかかわらず、「女性の体にタッチすることはセクハラだ。セクハラはやめろ。」などと一般的な注意を自分の学級の帰りの会において言ったにすぎず、原告春子や加害生徒らから性的被害の具体的内容を確認することもなく、原告春子や加害生徒らの保護者らに対して報告することもなく、学校全体で被害拡大の防止態勢を取るために必要な他の教諭らへの連絡、報告、協議等をしなかった。したがって、本件中学校教諭らには、平成八年六月の段階で安全配慮義務を怠った過失がある。右過失の結果、本件中学校教諭らは、平成八年六月ころから同年一二月二四日までの間、原告春子に対する五度の口淫、二度の強姦を含む八回にわたる悲惨な性的暴力の発生を防止することができなかった。

4  平成八年一二月二四日時点での真実解明報告義務違反

(一) 平成八年一二月二四日の保護者に対する真実解明報告義務違反

(1) 保護者が学校教育法三九条一項の就学義務の履行として子女を中学校に入学させている以上、学校内の情報の収集能力が高く、当該学校の支配管理者的立場に立っている被告市は、安全配慮義務の一内容として、被害生徒の保護者に対して、学校内で発生した性的被害の全容を解明し、これを報告すべき義務がある。

(2) したがって、本件中学校の教諭らは、平成八年一二月二四日の本件学校内強姦事件判明後、学校で調べた限りの事実経過に基づいて、被害者原告春子の両親である原告太郎及び原告はな子(以下「原告太郎ら」という。)に対して事件の全容を報告する義務があった。

(3) そうであるのに、夏山教頭と秋山教諭は、本件学校内強姦事件判明当時の午後六時四五分ころ原告春子を自宅に送り届けた際、口淫の被害をすでに把握していたにもかかわらず、原告太郎らに対し、胸やお尻を触られたとのみ説明し、口淫の被害を報告しなかった。

(4) また、秋山教諭らは、右同日午後九時三〇分以降、本件中学校において加害生徒らとその親らが集合した時点においても、すでに加害生徒らからの事情聴取に基づいて、性的暴力一覧表を作成し、多数回の口淫等の被害を把握していたにもかかわらず、原告太郎らに対し、それを報告しなかった。

(二) 関係者に性的被害の重大性を認識させる義務違反

また、被告市は、右真実解明報告義務の一内容として、被害発生後の被害者を保護するため、本件の性的暴力をクラスで報告し、討議したり、PTAに報告するなどして、性的暴力ないし性的いじめの重大さを生徒や父母に十分認識させるべき義務があった。そうであるのに、被告市がその義務を怠った結果、被害情報が隠ぺいされ、関係者に本件被害の重大性が十分認識されなかったため、被害者であるはずの原告らが地域社会から孤立化させられることになった。

5  損害

(一) 原告春子の慰謝料 三〇〇〇万円

本件は、特定の男子生徒集団が特定の女子生徒を標的にして、すれ違いざまに身体に接触するといった段階から陰部への直接接触という段階を経て、口淫の強制及び強姦へと性的暴力を激化させていったものであり、長期にわたる「性的いじめ」を本質とする事件である。長期にわたって性的隷属状態に置かれた原告春子の苦悩、恐怖には想像を絶するものがあり、原告春子は、①性的暴力自体による人格的損害のほかに、②継続的ないじめによる人格的損害を受けた。さらに、原告春子は、③被告市が前記のとおり本件学校内強姦事件発生後の真実解明報告義務を怠った結果、被害情報が隠蔽され、関係者に本件被害の重大性の認識が充分に徹底されず、被害者であるはずの原告らが地域社会から孤立化させられることとなり、一層深い心の傷を負った。この損害は、加害生徒らの性的暴力によって発生した損害とは別個の損害である。

右の各損害は、交通事故の後遺障害等級一級に相当するから、原告春子の慰謝料としては合計して三〇〇〇万円が相当である。

なお、本件学校内強姦事件が発覚するまで原告春子がその両親にも被害を訴えることができなかったという点は、性的暴力の被害であるがゆえの特質と捉えるべきであり、この点を重視すべきでない。被告ら訴訟代理人らが原告春子の「落ち度」を論ずること自体が原告春子にセカンドレイプという二次的被害を与えるものであって、許されない。

(二) 原告太郎及び原告はな子の慰謝料 各五〇〇万円

(1) 原告太郎らは、本件中学校の教諭らの過失により、就学義務を履行して入学させた最愛の娘が中学校内で強姦されるという前代未聞の事態に遭遇し、多大な精神的苦痛を受けた。したがって、原告太郎らは、原告春子の死亡にも比肩すべき精神的苦痛を被ったものであり、近親者固有の慰謝料としては四〇〇万円が相当である。

(2) また、本件学校内強姦事件発覚後も、本件中学校の教諭らは口淫の被害を知りながらこれを原告太郎らに報告しなかったという別個の不法行為を行い、原告太郎らは多大な精神的苦痛を受けた。また、本件中学校教諭らは関係者に本件被害の重大性を充分に認識させなかったため、原告太郎らが地域社会から孤立化し、精神的に甚大な被害を被った。これらの教諭らの別個の違法行為に対する慰謝料としては、一〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用 四三〇万円

原告らは、本件訴訟の提起及び遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任し、着手金として各一〇万円(合計三〇万円)を支払うと共に、成功報酬として各請求額の一割を支払う旨約束した。

(四) 加害生徒らから受領した示談金八六〇万円

原告らは、加害生徒らから示談金合計八六〇万円を受領しているが、それは性的暴力による原告春子の人格的損害の一部をてん補したものに過ぎず、未てん補の損害がある。また、前記真実解明報告義務違反による原告らの各損害は性的暴力による損害とは別個のものであり、示談金によっては何らてん補されていない。

よって、被告市に対しては国家賠償法一条一項に基づき、被告道に対しては国家賠償法三条一項に基づき、原告春子は右損害金三三一〇万円、原告太郎及び原告はな子は各損害金五六〇万円並びに各原告とも右各損害金に対する不法行為の日である平成八年一二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  (被告らの主張)

1  継続的な性的暴力と教諭らの認識について

(一) 中学一年の性的いたずらについて

本件中学校教諭らは、原告ら主張のような性的いたずらがあったことを知らない。

(二) 中学二年秋ころの性的被害について

原告春子が中学二年(平成七年)の秋ころに一年一組教室内で性的暴力を受けたことは知らないし、冬山教諭が右現場を目撃した事実もない。ただし、冬山教諭は、平成六年度に一度、また、平成七年度の研究会以外の日に一度、加害生徒らと原告春子が放課後の教室等に一緒にいるのを見て指導したことがあったが、いずれも、いかがわしい行為は見受けられず、原告春子からも何の訴えもなかったので、加害生徒ら及び原告春子を退室させ、下校を促した。

(三) 中学二年冬の生徒会室での相談について

秋山教諭が平成七年冬に生徒会室で原告春子から性的被害を相談された事実はない。確かに秋山教諭は、中学二年(平成七年度)の冬ころ、原告春子、A子、B子及びC子らと数回生徒会室で話をしたことはあるが、その内容は、平成七年一〇月に行われた生徒会の選挙において生徒会長に選出されたD子の日常の行動や態度に対する抗議や相談であり、性的被害の訴えは一切なかった。

(四) 中学三年四、五月ころの特別活動室の性的被害について

原告らの主張する平成八年四、五月ころの特別活動室における性的被害は知らない。東山教諭がB子から連絡を受けて駆けつけたとか、右わいせつ行為を目撃しながら加害生徒らに注意をしなかったという事実はないし、その後に性的被害の相談を受けたという事実もない。秋山教諭についても、同様に、そのころ、原告春子らから加害生徒らによる性的暴力の相談を受けたことはなく、職員室で加害生徒らに対して指導をしたこともない。

ただし、東山教諭は、平成八年四月ころ、放課後に音楽室で困った様子で話していた原告春子とC子ら数名の女子生徒を見かけて話しかけたことはあるが、その内容は、原告春子が同級生のD子から体育館に呼び出されて困っているという内容であったため、担任の秋山教諭に相談するように指導した。右の件については、秋山教諭も、職員室で原告春子と数人の女子生徒の相談を受けたことから、原告春子らに対し、体育館に行ってD子本人から呼び出した理由を聞いてくるように指示した。

(五) 中学三年六月のスーパーでの被害に関する相談について

秋山教諭は、平成八年六月初旬の放課後、一人で職員室に来た原告春子から「四月に札幌へ転校した男子同級生の写真と手紙を見せてやるからという理由で男子生徒から呼び出されたが、その男子生徒からいやらしいことをされた。」旨笑いながら相談された。秋山教諭が、加害男子生徒の名前を尋ねると、B男やA男らであり、場所はスーパーとのことであった。また、秋山教諭は、原告春子から、三年一組の他の男子生徒(G男、D男、C男、M川M男)がクラスの女子生徒の胸やお尻を触っている旨を聞いたため、原告春子に対し、調査した上で男子生徒に対して指導する旨述べた。

秋山教諭は、スーパーが人の出入りの多い場所であり、また、原告春子が笑いながら相談に来たことから、被害内容も大したことがないと考え、その後に、養護教諭に三年一組の女子生徒から同様の訴えがないかどうかを尋ねたが、そのような訴えはないとのことであった上、二、三日間、三年一組の男子生徒の様子を観察したものの具体的な事実を確認することができなかったことから、数日後、三年一組の帰りの会において、女子生徒の体を触るなどしている男子生徒がいるようだが、それはセクハラになること、他人の厭がることはしないようにすることなどを注意した。その後、原告春子から同様の被害の訴えはなく、特に変わった様子もなかった。

(六) 中学三年の一〇月三一日の校舎内男子トイレでの性的暴力について

原告春子が中学三年(平成八年)の一〇月三一日本件中学校内男子トイレにおいてB男ら五名から口淫を強制されたことは、事後の調査によって初めて認識したが、その詳細は知らない。

(七) 中学三年の一一月一九日の美術室での性的暴力について

原告春子が中学三年(平成八年)の一一月一九日美術室でB男ら四名から口淫を強制されたことは、事後の調査によって認識した。確かに、東山教諭及び西山教諭が、美術室に隣接する音楽室に隠れていたB男、J男及びI男の三名を発見して指導したこともあったが、その場に原告春子らは見当たらず、放課後に三人で遊んでいたことを謝っていた右B男らをそれ以上に追及して、隣の美術室にいた原告春子らを発見することは困難であった。

(八) 「シャブシャブ」等の呼称によるからかいについて

原告春子が加害生徒らから「シャブシャブ」等の呼称でからかわれていたことは、事後の調査で原告春子から聞いて初めて知った。

(九) 学校外でのその他の性的暴力について

原告春子が平成八年六月以降に学校外においても加害生徒らから性的暴力を受けていたことは事後の調査によって知ったが、その詳細は知らない。

2  中学三年の一二月二四日の本件学校内強姦事件について

(一) 平成八年一二月二四日に本件学校内強姦事件が発生したことは認める。

(二) 東山教諭は、授業終了後、何度か一階生徒玄関前の廊下を通ったが、原告春子を見かけたのは、午後五時ころに職員室から音楽室に戻る際、右玄関前の階段の壁際に当時二年生(原告春子の一学年下)のI谷I子と二人で居るところを見たのが最初であり、それ以前に原告春子を見てはいないし、会話を交わしたこともない。したがって、東山教諭が、加害生徒らに取り囲まれている原告春子を見たとか、原告春子及び加害生徒らと間近に対面して会話をしたとか、原告春子の助けを求める声を聞いたのにこれを無視して立ち去ったという事実はない。

3  平成八年六月時点の安全配慮義務違反について

(一) 学校教諭らは、具体的な状況下で、「いじめ」(性的暴力)の予見可能性がある範囲内で、これを防止すべき具体的な安全配慮義務を負うに過ぎない。そして、一般的に「いじめ」(性的暴力)が陰湿で隠微なものであるため被害生徒からの申告がない限り教諭らがその実態を把握することは容易ではないことや、中学生ともなれば被害者も被害を訴えるなどして自己を防衛する能力を当然に備えているとみられることに照らすと、既に把握された一定の事実だけからみても重大かつ深刻な「いじめ」が推認されるときでない限り、生徒やその家族からの具体的な申告を受けたときに初めて教諭らにおいて「いじめ」等の存在を認識予見することが可能となり、その具体的な防止義務を負うに至るものといえる。

(二) 本件中学校教諭らは、平成七年一一月(第二学年二学期)の生徒指導研究会事例発表において、加害生徒らのグループ行動化の懸案等について全教職員で話合いを行い、また、加害生徒ら七名が中心となった喫煙事件、加害生徒らが官公庁庁舎の屋上に上った事件、加害生徒ら二名によるバイク窃盗事件等の問題行動について、常に家庭との連絡を取って指導を行っていたほか、服装の乱れ、生徒玄関前や二階水飲み場前での「たまり」などについても粘り強く指導を行っていた。しかし、本件中学校教諭らは、性的な問題行動については把握していなかった。

(三) 他方、原告春子に関しては、本件中学校の教諭らは、加害生徒らから性的暴力を受けている現場を目撃したり、原告春子やその家族から性的被害を訴えられたりしたこともなかった。原告春子の秋山教諭に対する平成八年六月の訴えについても、笑いながらの真剣なものではなかったことなどから、重大な性的暴力の存在を予見することは困難であった。

(四) ところで、性的被害の訴えは精神的に最も安らぎを得られるはずの家庭において最初にされ、しかも同性である母親に対してされるのが自然であろうが、原告春子は家族に対して何らの被害申告もしていなかった。母親の原告はな子も、男子生徒から来る頻繁な電話に疑問を抱いていたが、それを原告春子に問い質していなかった。このように最も身近にいて原告春子のサインをキャッチすることができたであろうはずの原告太郎ら両親が娘の性的被害を予見することができなかったというのであるから、原告春子以外にも多数の生徒を抱えていた秋山教諭が平成八年六月にたった一度の訴えを受けたのみで本件学校内強姦事件の発生を予見することは困難であった。したがって、秋山教諭らには安全配慮義務違反の過失がない。

4  平成八年一二月二四日の真実解明義務違反について

(一) 真実解明報告義務の不存在

(1) 本件学校内強姦事件直後の原告春子は、養護教諭に対して口淫の被害を認めていたが、それ以上のことはされてないと話していたのであるから、本件中学校教諭らが事件直後で動揺している原告春子をさらに問いつめて強姦の被害を告白させ、これを保護者に報告すべき義務があったものとはいえない。

(2) 原告らは、性的被害をクラスで報告し、討議したり、PTAに報告して性的被害の重大性を関係者に認識させる義務があったと主張するが、そのようなことを行えば原告春子に対して、原告らが再三指摘している二次被害を与えることが明らかであるから、そのような義務はない。

(二) 真実解明報告義務違反の不存在

仮に真実解明報告義務が存在するとしても、被告市は、本件学校内強姦事件判明直後から関係生徒達への事情調査を精力的に実施していた。ところが、同月二六日に旭川中央警察署から関係生徒らを調査しないようにとの指示を受けたため、やむなく事実解明を中止した。その後も、少年審判が開始されて処分が決定され、また、原告らと加害生徒らとの示談が完了したため、被告市は、事実調査を差し控えていた。被告らは、原告らから本訴提起を受けて初めて、被告としての防御権を行使するため、関係生徒らから再び事情聴取を行い、聞取り書を作成し提出したが、これは、原告らが求める真実解明報告義務を果たしたものである。原告らは一方で全容解明義務を主張しながら他方で都合の悪い事実の公表をしないように求めており、矛盾している。

(三) 夏山教頭らが被害当日に原告春子を自宅に送った際、保護者に原告春子が口淫の被害を述べていることを報告しなかったのは、その時点では加害生徒らからの事情聴取が未了であったからである。

(四) また、本件中学校教諭らが、加害生徒らからの事情聴取によって口淫強要等の事実を確認した当日夜に原告太郎らへ右の被害を説明しなかったのは、原告太郎らが、集合した加害生徒の保護者らをにらみつけ、加害生徒らの五分刈り及び加害事実の内申書への記載を要求して「強姦・暴力・強迫事件」と題する文書を配布した上、北山教諭から強姦という表現について質問されても、「触れることも強姦だ。そんなことも分からぬか。」などと激昂し、その場を仕切っていたため、とても途中で口を挟んで一覧表に基づく被害を説明するような雰囲気ではなかったからである。

5  損害

(一) 原告春子が本件性的暴力によって専門的治療を要する程の心理的な後遺症障害を負ったと認めることはできない。原告春子の性的被害は自動車損害賠償保障法にいう後遺障害等級一級が適用されるようなものではない。また、性的被害を受けた者の両親について、固有の慰謝料請求権は発生しない。

(二) 仮に原告ら主張のような損害賠償責任があるとしても、原告ら(当時の代理人弁護士成川毅)は加害生徒ら一一名(内四名の代理人弁護士八重樫和裕)から本件に関する示談金として総額八六〇万円を受領しており、その額からして、右示談は、原告らの被った全ての損害の補てんを企図して締結されたことが明らかであり、客観的に見ても、右示談金額は、通常の性的被害に対する実務上の損害賠償額を超えている。特に、本件においては、被害者が中学三年生として被害回避能力を有していたのにその回避努力を怠ったこと、保護者にも加害生徒らからの頻繁な電話に疑問を抱きつつもこれを黙認し、原告春子の被害に気付かなかったという過失があること、保護者は授業参観や学校行事参加の機会も少なく、平成八年一〇月には秋山教諭からの家庭訪問の申し出を断っていたこと等を考慮すれば、右示談金額は原告春子の全損害を償うに足りる額である。

なお、原告らは、原告春子の落ち度を指摘すること自体がセカンドレイプとして許されないと指摘し、原告春子の人権や名誉のみを声高に主張するが、性的暴力の現場を目撃したり何度も性的被害の相談を受けたのにこれを無視し続けたなどと名指しで非難されている三教諭の名誉は、それが真実でなかったとした場合、どう理解されるのであろうか。被告らは、訴えられた立場において、原告らの落ち度も含めてすべての知り得た事実を主張して防禦する権利を有する。

(三) また、原告太郎らについても、仮に固有の慰謝料請求権が発生したとしても、原告春子の法定代理人親権者として示談に関与していた経過や保護者にも過失があることからすると、原告太郎らに固有の精神的苦痛も含めた一切の損害が右示談によって補てんされたものと認められる。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所が認定した事実経過

前記前提事実のほか、《証拠省略》によれば、本件の事実経過は、次のとおりである。

1  本件中学校の状況等

(一) 被告市が設置管理している本件中学校は、被告市の●●●●に位置し、平成八年一二月二四日時点の生徒数は、次のとおりであった。

(省略)

(二) 本件中学校の教諭数は、平成八年一二月二四日当時、学校長である春山春男、夏山教頭及び教諭一八名の合計二〇名であり、次のとおり、原告春子の担任であった秋山教諭、他学級の担任であった冬山教諭及び原告春子が所属していた●●●部顧問であった東山教諭が国家賠償法一条にいう公権力の行使にあたる公務員として本件中学校に勤務していた。

(1) 秋山教諭(平成五年四月一日着任・数学担当・教員歴約二六年)

(平成七年度)原告春子の所属していた二年一組担任(学年主任)

(平成八年度)原告春子の所属していた三年一組担任

(2) 冬山教諭(平成六年四月一日新任・英語担当、バレー部顧問、教員歴約二年九か月)

(平成七年度)二年三組担任

(平成八年度)三年三組担任

(3) 東山教諭(平成八年四月一日着任・音楽担当、原告春子の属していた●●●部顧問、教員歴約三年九か月)

(平成八年度)二年三組副担任

(三) 被告道は、市町村立学校職員給与負担法一条に基づき、本件中学校の教諭らの給与等の費用を負担しているから、国家賠償法三条一項によれば、右教諭らの故意過失による国家賠償責任について、本件中学校を設置管理している被告市とともに、責任を負う立場にある。

2  加害生徒らの問題行動と、教諭らによる指導状況

(一) 加害生徒らの集団による問題行動

加害生徒らは、中学一年時(平成六年)から学習活動に専念できない傾向を見せ、中学二年(平成七年)の二学期ころからはA男、B男らを中心として「●●●●」というグループを作り、休み時間や放課後に二階の水飲み場付近にたむろするなど集団で行動するようになり、平成七年四月にはD男、G男が万引き事件を起こし、C男が恐喝の被害にあった。中学三年(平成八年)の四月になると、加害生徒らによる集団喫煙事件が発生し、同年七月には加害生徒らのうち数名が部活動を引退したことから放課後や休み時間に本件中学校の玄関前や水飲み場にたむろしたり、規律に反してジャージズボンを下げたり、ズボン裾のチャックを開けるなどし、教諭らより頻繁に指導を受けていた。また、①平成八年八月四日ころには本件中学校のグランド横で他校生に対する威圧行為を行った事件、②同年九月にはA男、B男、I男、J男、C男ら九名が官公庁庁舎の屋上に上って騒いだ事件、③同月二四日ころにはA男が学校前でバイクに乗車した事件、④同年一〇月中旬ころには、加害生徒らがスーパー付近で他校生をからかって暴力を振るった事件、⑤同年一一月九日ころにはA男、B男がバイク窃盗をした事件がそれぞれ発生し、加害生徒らによる集団的な問題行動が多発していった(《証拠省略》)。

(二) 教諭らによる加害生徒らへの指導状況

他方、秋山教諭らは、加害生徒らの集団化が目立ったことから、二学年担当教諭ら以外の教諭らにも問題を認識してもらうため、中学二年(平成七年)の二学期(一一月)の事例研究会において、加害生徒らの集団化を取り上げて報告し、集団的非行は時に暴走化する危険があることからこの集団を解散させることを基本方針とすることにした。また、冬山教諭も、朝の会において、B男、A男による女子生徒に対する「いじめ」について報告したことがあった。

秋山教諭らは、●●●●グループの集団解消に向けて、根負けしないように二階の水飲み場や帰りの玄関でのたむろ等に対する指導を行うこととし、中学三年(平成八年)四月から五月の家庭訪問では保護者に相談したり、集団化しないように本人を説得したりしていた。また、冬山教諭は、中学三年時、A男に対し、女子生徒の胸を触ったことで二、三回注意指導をしたり、喫煙事件やバイクに乗った事件でA男に反省文を書かせたり、バイク乗車事件等でA男、B男らの保護者を学校に呼んで指導したり、A男宅に家庭訪問に行ったりした。

3  原告春子の中学一年時の性的被害等

原告春子は、中学一年(平成六年)のころから、A男、B男らからすれ違いざまに胸やお尻を触られたり、ほうきの先で胸を突かれるなどの性的被害を受けていた。

4  原告春子の中学二年時の性的被害等

(一) 中学二年夏の美術準備室での最初の性的被害

原告春子は、中学二年(平成七年)の夏ころ、B男及びA男から美術準備室に呼び出され、二人に押し倒されて馬乗りになられ、泣き叫んで抵抗したものの平手で頭部を殴打され、「うるせえ、泣くな。」などと怒鳴られながら、下着の上から胸や陰部を触られた。このとき、原告春子は、それ以前に他の女子がA男やB男らから身体を触られたという噂を聞いたことがあり、どうして自分が被害に遭うのかと思ったが、帰り際に「ちくるなよ。ちくったら今のことをみんなにばらすぞ。」などとA男らから脅され、この被害を誰かに相談すると、A男らから仕返しされるのが怖かったほか、この被害を皆に知られて無視されるのではないかと恐れたため、誰にも相談することができず、「これ以上なにもなければいい。早く忘れよう。」と思った(原告春子は、捜査段階等において右出来事を中学一年夏の出来事と供述しているが、前後の経過からみて、中学二年夏の出来事であったと認める。)。

(二) 中学二年夏の準備室でのその後の性的被害

しかし、その後も、原告春子は、A男らから性的被害を受けることとなり、同じく中学二年(平成七年)の夏ころ、A男、B男から美術準備室に呼び出され、教室内の長椅子に押し倒され、ブラジャーのホックをはずされて胸を触られ、ジャージズボンを下げられて下着の上から陰部を触られた。このとき、美術室内に入ってきた女子生徒のJ谷J子が「何しているの。」と声をかけてきたものの、A男から口止めされたため、そのまま立ち去った。

(三) 中学二年秋の二年三組隣の空き教室での性的被害

原告春子は、中学二年(平成七年)の秋ころ、B男から、原告が好きだという噂のあった男子生徒(●●)が原告春子に手紙を渡したいと言っている旨の嘘をつかれて二年三組の隣の空き教室に呼び出され、加害生徒ら五、六人から、服の上より胸を触られたり、ジャージズボンの上から股を触られた。その際、これを目撃した他の女子生徒が本件中学校の教諭に言いつけたため、B男は、教諭から説教された。

(四) 中学二年秋の一年一組教室での性的被害

原告春子は、同じく中学二年(平成七年)の秋ころ、下校時にB男から呼び止められ、本件中学校二階の一年一組教室内に連れ込まれた上、A男により、ジャージの上から胸や陰部を触られた。その際、当時二年三組の担任であった冬山教諭が右教室前の廊下を偶然に通りかかったことから、慌てたA男により原告春子は掃除箱内に閉じこめられた。しかし、冬山教諭は、右教室に入ってきて、A男に対し「何してるんだ。」と言ったところ、A男は何でもない旨弁解し、丁度掃除箱から出てきた原告春子も「何でもないです。」などとその場を取り繕った返事をしたため、冬山教諭は「変なことするなよ。」などと注意して立ち去った。なお、この際、冬山教諭がわいせつ行為自体を目撃したと認めることはできない。)。

(五) 中学二年冬の秋山教諭に対する一度目の被害相談

原告春子は、中学二年(平成七年)の冬ころ、生徒会室において、秋山教諭に対し、A子、B子及びC子と一緒に、同学年のD子がA子をいじめていること等を相談し、秋山教諭からは「あいつは言っても聞かない。みんなでいじめてやればいいんだべ。」などと言われた。その話の最後に、日頃から原告春子の性的被害を察知していたB子が原告春子に対し、「言いなよ。」と、この機会に性的被害を担任教諭に打ち明けることを促したため、原告春子は、A男、B男、D男より廊下や教室で身体を触られている旨を告げると、秋山教諭は下を向きながら分かったと言い、詳しい被害内容を聞かなかった。

5  中学三年時の四月から六月までの性的被害等

(一) 男子トイレ内への原告春子の鞄の隠匿

原告春子は、中学三年(平成八年)の夏までの間に、加害生徒らに鞄を男子トイレ内に入れられたことが二、三回あり、やむなく自分で男子トイレ内に鞄を取りに入って加害生徒らから身体を触られたこともあった(原告春子供述四九頁以下)。秋山教諭は、平成八年五月ころ、原告春子が鞄を男子トイレに入れられて帰れなくなり困っている旨をB子及びC子から聞き、男子トイレに駆けつけたが、そのときすでに鞄がなかったため、その件で後に原告春子に確認することはなかった。しかし、秋山教諭は、鞄を隠したと聞いたC男及びG男を翌日呼び出し、「女子の持ち物を男子トイレに入れるなんて非常識だ。今後同じことをしたら親に連絡する。」などと指導した。

(二) 中学三年四、五月ころの特別活動室での性的被害及び秋山教諭に対する二度目の被害相談

(1) 原告春子は、中学三年(平成八年)の四月か五月ころ、特別活動室において、B男、A男、C男、F男、D男、G男らから、胸を触られたり、廊下側の壁に立たされたままジャージズボンを下ろされ、下着の中に手を入れられて陰部を触られるなどした。

(2) その際、原告春子が特別教室に無理やり連れて行かれるのを見ていたB子及びC子が東山教諭を伴って右特別室に入って来たが、それに事前に気付いた加害生徒らは、東山教諭に対して「何でもないです。」などと言ってその場を取り繕った上、逆に「東子、帰れ、帰れ。」などと手拍子を取りながらいわゆる「帰れコール」をして東山教諭をからかった。そこで、東山教諭は、加害生徒らに対し、早く教室から出ていくようにと注意し、その場を立ち去った。その後も、東山教諭は、右特別活動室前の廊下を何度か行き来した(なお、東山教諭が原告春子の性的被害を目撃したり、原告春子の助けを呼ぶ大声を聞いたのにこれを無視した旨の原告らの主張事実は、これを認めることができない。)。

(3) 右特別活動室から逃れた原告春子は、音楽室に戻った際、B子やC子から事情を聞かれた上、東山教諭からも「どうしたの。」と声をかけられたため、B子らが、触られたか嫌がらせを受けたらしい旨を少し説明すると、東山教諭は、担任の秋山教諭に言うようにと述べた。

(4) そこで、原告春子は、B子及びC子に伴われて職員室前まで行き、他の生徒に被害の詳細を知られたくなかったために一人で職員室に入り、担任の秋山教諭に対し、A男やB男らに身体を触られた旨を説明すると、秋山教諭から「またあいつらか。どうもならんな。叱っとくから。よし、分かった。」と言われたのみで、詳しい性的被害の内容も確認されなかった。そして、後日、原告春子は、廊下ですれ違った秋山教諭から、「紙に書かせて叱っといたから。」と告げられた。

(三) 中学三年五月末のスーパーでの性的暴力

原告春子は、中学三年(平成八年)の五月末(二八日か三〇日)ころ、自宅にいたところをA男に渡したいものがあるから来てほしいと電話で呼び出され、本件中学校近くにあるスーパーの一階身体障害者用便所内に連れ込まれ、内鍵をかけられた時点で「助けて。」と大声で叫ぶと、A男及びB男から、「うるせー」と怒鳴られて両手で胸付近をど突かれ、思い切り仰向けに倒された上、馬乗りになられて頭部を殴られ、「言うことを聞かないと殺すぞ。」などと脅され、無理やり胸や陰部を直接触られた上、初めて陰茎の口淫を強要されて顔面に射精され、さらには性器の中にまで指を入れられるなどの激しい性的暴力を受け、大声で泣き続けた。右被害後、原告春子は、「この事誰にもしゃべるなよ。言ったら殺すぞ。」などと強く口止めされた。激しいショックを受けて帰宅した原告春子は、下着を取り替えるときに、生理でもないのに下着に血がにじんでいるのを見た。

右の激しい性的暴力の後に帰宅したB男は、親の顔をまともに見ることが出来ず、「大変なことをしてしまった。明日原告春子が学校に来なかったらどうしよう。親や先生にばれたら何て言い訳しよう。」などと思い悩み、その日は夜も心配で眠ることができなかった。しかし、翌日も原告春子が登校し、教諭らから何の注意も受けなかったため、A男とB男は、原告春子が恥ずかしくて性的被害を誰にも相談できないのだと安心し、それ以降、「原告春子なら絶対誰にも言わない。あいつなら俺達の言うことを聞くから。」などと他の加害生徒らに言いふらし、原告春子への集団的な性的暴力を激しくさせていった。

(四) 中学三年六月下旬のスーパー及び●●公園での事件

原告春子は、中学三年(平成八年)の六月下旬ころ、A男に電話で呼び出され、スーパーの一階身体障害者用便所において、A男、B男、J男、I男、D男、C男、G男から、泣き叫んで抵抗しても「うるせー」と怒鳴られて頭部を殴られ、上半身を裸にされた上、全員に胸を触られ、さらに引き続いて、本件中学校近くにある●●公園において、K男を加えた八名から、無理やり胸を触られ、K男を除く七名から順次口淫を強要され、口内に射精された。

(五) 中学三年六月の秋山教諭に対する三度目の被害相談

原告春子は、性的被害を誰にも相談できず、心理的にも限界に達したことから、担任の秋山教諭に相談することとした。原告春子が相談相手として担任を選んだのは、養護教諭については以前に不登校のK子やB子が相談した事柄が全て他生徒に広まったことがあり、自分の性的被害も養護教諭に相談すると他生徒に知られてしまうのではないかと怖れたからであった。そして、原告春子は、中学三年(平成八年)六月の放課後、意を決して一人で職員室に行き、担任の秋山教諭に対し、男子生徒より身体を触られている旨を話した。そして、原告春子は、秋山教諭からの質問に応じて、加害生徒としてB男、A男らの名前を挙げ、被害場所はスーパーであり、他にもE谷E子やA子らクラスの女子生徒数名が三年一組のD男ら男子生徒から学校内で胸やお尻を触られている旨を話し、最後には自分が相談したことを内緒にしておいてほしいと頼んだ。しかし、右相談の際、原告春子は、直接に胸や陰部を触られたことや、口淫を強制されている事実については、恥ずかしさや、他生徒に知られるのが怖かったことなどから、秋山教諭に話さなかった。右相談に対し、秋山教諭は、「よし、分かった。」などと述べ、加害生徒らに対する指導を約束したが、被害場所がスーパーであると聞いたことなどから服の上からお尻や胸にタッチする程度のものだと勝手に理解し、わいせつ被害の詳細な状況を原告春子に尋ねなかった。また、秋山教諭は、原告春子から名前の出た男子生徒本人やクラスの他の女子生徒に確認することもなく、他クラスの教諭らに連絡や報告もしなかった。もっとも、秋山教諭は、養護教諭に対しては、原告春子の相談を秘したまま一組の女子で男子生徒に体を触られたなどと訴えている生徒がいるかどうか尋ね、それはいないとの返事を同教諭から受けたことや、二、三日の間、名前の挙がった男子生徒らの様子を観察したが具体的な事実を確認することができなかったことから、数日後、三年一組の帰りの会において、「クラスの中で女子の体にタッチしている男子がいるようだけど、それは、セクハラと言って、いま、社会問題になっていることと同じだ。人の嫌がることは二度とするな。」などと、学級の生徒全体を対象として指導したのみで右相談に対する対応を終わらせてしまい、それ以降は原告春子に対してその後の被害の有無を確認することさえしなかった。

6  中学三年七月以降の性的暴力等

(一) 秋山教諭への相談に対する加害生徒らの反応

右のとおり、原告春子は、秋山教諭に三度目の被害相談をしたが、セクハラをするなという一般的な注意がされただけで指導が終わったため、その後にA男らから「ちくったべ。覚えてろよ。」などと言われ、以下のとおり、かえって図に乗った加害生徒らから激しい性的暴力を受けるようになった。

(二) 平成八年八月一三日等の●●●下の空き家での性的暴力

原告春子は、中学三年(平成八年)の八月一三日午後二時四〇分ころ、B男からの嘘の電話で自宅から呼び出され、本件中学校近くの●●●下の空き家において、G男、D男、B男、H男、A男らから、平手で頭部を叩かれた上、口淫を強要され、A男からは性交を強要されそうになったが、激しく抵抗すると、「それはやばいんでないか。」と誰かが言ったため、強姦を免れた。そして、ジャンケンで決められたJ男の順番のときに原告春子があまりにも激しく泣いたのでJ男が口淫の強要を諦め、その隙に原告春子は逃げ出し、J男及びC男らからの口淫強要を免れた。原告春子は、その日は本当に死にたいくらい辛く悲しい思いで一杯となり、一晩中泣いていた。その後も、原告春子は、右●●●下の空き家において、加害生徒らから、三、四回くらい口淫等を強要された。

(三) 中学三年七月下旬の他生徒保護者から本件中学校への通報

平成八年七月末ころ、本件中学校の教諭は、本件中学校のG子という生徒の母親から、本件中学校のジャージを着た男子生徒数名と女子生徒がスーパーでもめていたので声をかけたところ男子生徒が逃げていった旨の連絡を受けた。これを聞いた秋山教諭は、三学年の他の担任教諭らと相談するとともに、原告春子からスーパーでの被害の相談を受けていたことを思い出し、原告春子を職員室に呼び出して尋ねた。これに対し、原告春子は、実際にスーパーで加害生徒らから性的暴力を受けそうになった際にG子の母親に助けてもらって性的被害に遭わなくて済んだということがあったものの、前回の秋山教諭への被害相談後も一向に被害がなくならず、かえって仕返しによって被害が激しくなっていたことから教師不信となり、心当たりはないと返事をした。

(四) 中学三年夏ころのI子への性的被害の告白

原告春子は、中学三年(平成八年)の夏ころ、●●●部では一番仲の良かった後輩I子に対し、A男らより「いじめ」を受けており、電話で呼び出されて身体にいたずらをされた旨話した。

(五) 秋山教諭の原告春子に対する家庭訪問の申し出

平成八年一〇月ころ、秋山教諭は、原告春子が公立高校入学を希望しているのに最近は成績が低下して無気力であることから、自宅を家庭訪問しようと考え、母親の都合を聞いて来てほしいと原告春子に伝えたところ、数日後に原告春子から「家庭教師がついているから心配しないで。」などと言われ、家庭訪問を取りやめた。

(六) 中学三年一〇月三一日の学校内男子トイレでの性的暴力

原告春子は、中学三年(平成八年)の一〇月三一日放課後に本件中学校の男子トイレ内で加害生徒らから口淫を強要された。

(七) 中学三年の一一月八日のスーパー二階女子トイレでの性的暴力

原告春子は、中学三年(平成八年)の一一月八日、スーパー二階女子トイレにおいて、加害生徒らから口淫を強要された。

(八) 中学三年の一一月一九日の第一美術室での性的暴力

原告春子は、中学三年(平成八年)の一一月一九日午後三時過ぎころ、教諭らの研究会のために早く帰宅していたところ、B男から電話で本件中学校へ呼び出され、A男及びI男によって連れ込まれた本件中学校二階第一美術室において、B男、J男、I男から、頭部を殴られた上、「しゃぶらないと殺すぞ。逃げるなよ。逃げたら殺すぞ。絶対言うなよ。」などと脅されながら口淫を強要されたが、後の順番のA男から口淫を強要されている最中に、隣の音楽準備室で遊んでいたB男らの人影が、音楽室の点検に来た東山教諭に目撃され、B男らが東山教諭及び応援で来た西山教諭に発見された。B男らは、職員室で右教諭らから何故音楽準備室にいたのかと追及されたが、ただひたすら謝ってその場をしのいだため、原告春子への性的暴力を咎められることもなく、そのまま帰宅することができた。隣の美術準備室にいたA男も、B男らが教諭らに発見されたことに気付き、原告春子に帰宅するように命令し、二人とも教諭らには気づかれないまま帰宅した。

(九)「シャブシャブ」等の呼称によるからかい

原告春子は、中学三年(平成八年)の一一月ころには、本件中学校の廊下等で、「シャブシャブ。ヤリマン。シャウエッセン。」などとからかわれ、言葉によるいじめも受けていた(なお、右事実を秋山教諭らが認識していたと認めるに足りる証拠はない。)。

(一〇) 平成八年一二月七日のL川L男宅での強姦

原告春子は、中学三年(平成八年)の一二月七日、友人になりすまして電話をしてきたA男に騙されてL川L男宅へ行き、同人の母親に挨拶して同人宅二階に上がったが、同所において、A男から頭部を二回位殴られ、泣き叫んで抵抗したものの口淫を強要され、最終的には強姦され、「絶対この事言うなよ。言ったらただじゃすまないからな。」と強く口止めされた。右の被害後、原告春子は、一刻も早くその場を立ち去りたかったため階下に降りたが、一階にはL男の母親がいたため、帰るときの礼儀として、「お邪魔しました。」と挨拶し、事情を知らない同女は「気をつけて帰ってね。」と言った。

(一一) 中学三年(平成八年)夏以降の原告春子の精神状態等

原告春子は、中学三年(平成八年)夏以降、激しい性的暴力により、誰かに話さないともうやっていけない位心が辛くなっていき、毎日のように何時話そうか、誰に話そうかなどと思い悩み、夜も眠れなくなっていた。しかし、他方で、原告春子は、相談しても以前と同じように注意しただけで終わってしまい、かえって仕返しが激しくなるだけではないだろうかとか、相談すると皆に知られてしまうのではないかなどと心配し、中学生活が終われば今までのような辛いことがなくなるからずっと我慢しようかなどとも考え、地獄のような毎日を送っていた。

この頃、父である原告太郎は、原告春子が床についたときにその顔を見ると涙がこぼれてたことが二、三回あったため、「どうしたの。」と聞いたところ、原告春子から「何でもないよ。」と言われ、原告春子の右苦悩に気づくことができなかった。また、母である原告はな子も、男子生徒らから頻繁に電話がかかってきていることや、原告春子が布団の中で泣いていた様子を見て、不審に思っていたが、原告春子の性的被害や苦悩には気づくことができなかった。

7  中学三年(平成八年)一二月二四日の本件学校内強姦事件

(一) 原告春子は、中学三年(平成八年)の一二月二四日午後三時一五分ころ、本件中学校の生徒用玄関から同級の女子生徒H子と共に下校したところ、午後三時三〇分ころ、下校途中の路上で、C男、D男、G男から「担任教諭が冬休みの学習計画表を提出していないことで呼んでいる。」などと言われ、本件中学校へ戻った。その際、一緒に下校していたH子は、右呼び戻しに疑問を感じたものの、D男から「帰れ。」と言われ、同人らが学校内で有名な不良集団であったことから、恐ろしくてそのままに帰宅した。原告春子は、戻る途中でG男から「氷がいいか。バチがいいか。」(陰部に挿入する意味)と言われ、騙されたことに気づき、咄嗟に逃げようとしたが、G男らから雪の積もった路上に突き飛ばされるなどし、無理やり本件中学校の生徒用玄関まで連れ戻された。

(二) 右生徒用玄関には、A男、F男、E男、H男、B男、J男及びI男らが原告春子を待ち受けていたが、右玄関付近にいた南山教諭及び冬山教諭が加害生徒らに対し、「お前ら帰れ。」と下校指導をしていたため、原告春子は、その場にいた女子生徒J子に対し、「いっしょに帰ろう。」などと話しかけた上、隙を見ていきなり学校外へ走って逃げたところ、追いかけてきたA男に数十メートル先で捕まってしまい、再び雪の中に何度か倒されるなどして無理やり本件中学校の生徒用玄関に連れ戻された。その途中、原告春子の後を追ってきたJ子に出会って助けを求めたが、同女は、A男から「お前関係ないから帰れ。何もしないから。ただプレゼント渡すだけだから帰れ。」などと言われたため、立ち去った。

(三) 原告春子が再び生徒用玄関に連れ戻されたときには、すでに南山教諭らの姿はなかったが、東山教諭が玄関前廊下を通りかかり、加害生徒らに取り囲まれていた原告春子に対し「どうしたの。」と声をかけてきた。しかし、原告春子は、A男から「ちくったら、お前、覚えておけよ。」などと脅されたため、咄嗟に「何でもないです。」などと答えてしまった。そこで、東山教諭はそのまま職員室の方に歩いて行き、途中の廊下で●●●部の二学年の女子生徒二人に呼び止められ、立ち話を始めた。その後、A男は、他の加害生徒に玄関前の廊下の様子を尋ね、東山教諭がいる旨を聞いたが、原告春子を二階の男子トイレに向けて引っ張り始めた。その際、原告春子は、行き先が二階男子トイレであると聞かされたことから性的暴力を受けることを確信し、思い直して、まだ廊下にいた東山教諭に対し、「助けて。」と声を出したが、東山教諭はその声に気付かない様子であった(なお、東山教諭が原告春子の助けを求める声に気付いていた旨の原告らの主張事実については、下校時間帯の玄関付近には多数の生徒がおり、東山教諭が二人の女生徒と立ち話をしていたことに照らすと、東山教諭が話に夢中になっていて原告春子の声に気付かなかったなどの可能性もあるから、右原告ら主張の事実を認めることはできない。)。

(四) さらに、原告春子は、A男から二階トイレへ引っ張って行かれる途中、階段の踊場において、●●●部で一番仲の良かった後輩の女子生徒I子に出会ったため、「助けて。先生呼んで。」と泣きながら助けを求めたが、同女は、B男らから「先生に言うなよ。あっちへ行け。何でもないから。」などと言われ、立ち去った。

(五) そして、原告春子は、そのまま二階に連れて行かれ、男子トイレ前の廊下でも嫌だと泣きながら座り込んで抵抗したが、A男に無理やり男子トイレ内に連れ込まれ、大便用洋式トイレ内に閉じこめられた。原告春子は、最初にジャンケンで一番勝って右トイレ内に入ってきたE男から口淫を命令されたが、泣きながら抵抗すると、E男は、「泣いているから一番はいいわ。俺、後にするわ。」と言って右洋式トイレを出ていった。しかし、原告春子は、次に入ってきたB男から無理やり口淫を強要された上、「やめて。それだけはやめて。」と必死に抵抗したにもかかわらず、強姦されてしまい、その後も、別の大便用トイレ内でD男、C男、A男、E男から、順次、胸や陰部を触られた上、口淫を強要され、最後にはF男から「俺のだけやんなかったら、いじめだべや。」などと怒鳴られて口淫を強要された。

右被害の途中、原告春子を心配したI子は、二階男子トイレ内の様子を窺ったが、トイレ前にいたD男から、「このこと、絶対誰にも言うなよ。」などと強く口止めされた。

(六) 原告春子は、右性的暴力を受けた後、泣きながら男子トイレを出て、I子の教室を訪れ、同女に対し、下を向いて泣きながら、加害生徒らから口淫を強要されたことを打ち明け、I子からは「さっき助けられなくて御免なさい。」などと謝ってもらい、二人で帰る途中の階段踊場で泣いていたところ、本件中学校の北山教諭に声をかけられた。

8  本件学校内強姦事件発生後の調査報告経過等

(一) 養護教諭による原告春子からの事情聴取

原告春子らに声をかけた北山教諭は、原告春子が男子トイレ内で男子生徒らからいたずらされたらしいと聞いたため、原告春子が話しやすいように、女性である養護教諭から放送スタジオ内で事情聴取をしてもらうことにした。右スタジオ内においては、先に口淫の被害を聞いていたI子が被害直後の精神的衝撃等で口の重い原告春子に対して被害を先生に打ち明けるように積極的に誘導したこともあって、養護教諭が、原告春子から、同女が男子トイレ内で加害生徒らによって身体を触られた上口淫を強要されたことや、それ以上のことはされなかった旨を聴取した。その際、養護教諭は、原告春子から「家の人に言うんですか? 今回お父さんには言わないで、もう一度こんなことがあったら言うのはだめですか。」と聞かれたが、このような事実は両親に話さなければならないと指導した。

(二) 夏山教頭らが原告春子を自宅に送った際の保護者に対する説明

秋山教諭は、養護教諭から右聴取内容を聞き、「なんで誰かに言わなかったんだ。」と聞くと、他の教諭から「原告春子は先生に言ったと言っているよ。」と聞かされ、初めて六月に相談されていた件を思い出した。その後、時間が遅くなっていたので、秋山教諭は、とりあえず原告はな子に対し、原告春子の帰宅が遅くなる旨の電話連絡をした。そうすると、午後六時三〇分ころ原告はな子から本件中学校に電話があり、帰宅が遅れる理由を尋ねてきたため、秋山教諭は、男子生徒との性的なトラブルがある旨説明したところ、原告はな子から、そういうことであれば自宅で事情を聞いてほしいと言われた。そこで、夏山教頭と秋山教諭が同日午後六時四五分ころ、原告春子を自宅に送り届けたが、その際、既に口淫の被害を知っていたにもかかわらず、原告はな子に対しては、単に男子生徒数名から胸やお尻を触られたとのみ説明し、途中で激怒しながら帰宅した原告太郎に対しても、右同様に胸やお尻を触られた程度であると説明し、口淫の被害を報告しなかった。その際、秋山教諭は、原告はな子から「学校ではどういう対応を考えていますか。」などと聞かれ、「警察に行くなり、何なりして下さって結構です。覚悟していますから。」などと述べた。

(三) 教諭らによる加害生徒らからの事情聴取

本件中学校教諭らは、右同日午後六時ころ、学校内にいたC男及びI男から事情聴取をした結果、男子生徒一二名が原告春子に口淫を強要するなどしていた事実を確認し、直ちにその加害生徒らを本件中学校に招集することとし、午後七時ころから加害生徒らより事情聴取を開始し、原告春子に対する性的暴力の日時・内容等を記載した性的暴力一覧表(甲六三の資料1)を作成した。

(四) 本件中学校教諭らによる関係保護者らへの説明

本件中学校教諭らは、右性的暴力一覧表に基づいて、同日午後九時一五分ころから、呼び出した加害生徒らの保護者に対し、原告春子に対する継続的な性的暴力の内容を説明した。

その後、同日午後九時三〇分ころ、原告太郎らが本件中学校を訪れ、

「生徒全員が三学期より五分刈りにし、内申書には事実をすべて記載し、もし不履行があった場合はいかなる処分を受けても一切の異議を申し立てない。」旨を記載した「少女強姦、脅迫、暴行事件」と題する協定書を持参し、教諭ら及び加害生徒保護者らに対し、署名押印を求め、教頭に対しては不在で連絡の取れない学校長から一任されたものとして署名押印するよう求めた。これに対し、その段階では強姦の事実を知らなかった南山教諭が「強姦」という表現について難色を示すと、原告太郎から「大勢の前で身体を触るのも強姦と同じである。」などと言われた。また、南山教諭が内申書への記載について加害生徒らの将来にかかわるとして消極意見を述べたが、原告太郎からは「いやなら署名しなくてもよい。」などと突き放された。その結果、最終的には、同席していた冬山教諭が真っ先に右協定書に署名押印し、それ以降、秋山教諭、北山教諭、南山教諭、夏山教頭ら及び加害生徒らの保護者全員が右協定書に署名押印した。右文書作成後、秋山教諭は、帰り際の原告太郎らから、「実際には内申書に今回の件を記載しなくてもよいが、両親の心を知りたいから署名してもらった。坊主頭にする約束は、子供への戒めとするため守ってほしい。」などと言われ、何度も頭を下げた。このとき、原告太郎らは、これで加害生徒らは二度と原告春子にわいせつ行為をしないだろうと思い、保護者としては、右協定書の作成によってこの事件を終わらせるつもりであった。しかし、夏山教頭らは、原告太郎らが口淫という重大な性的被害を知らないまま右協定書によって事件を終わらせる様子であることを察知していながら、かつ、自分らは既に加害生徒らからの事情聴取によって加害行為の内容が服の上から胸やお尻を触る程度にとどまらず、複数回にわたって口淫を強要するまでに発展していたことを知っていながら、右事実を原告太郎らに報告しなかった。

(五) 原告太郎の本件中学校に対する強姦被害判明の連絡

原告太郎及び原告はな子は、同日午後一一時三〇分ころに帰宅したが、帰宅後、長男及び次男から「今の子供達が何もないという事の方が不思議な気がする。もしかしたら、それ以上のことがあったのではないか。」と言われ、長男らに対し、原告春子から本当の事を聞いて欲しいと頼んだところ、強姦されていた事実が判明した。そのため、原告太郎は、激怒し、二五日午前〇時三〇分ころから、夏山教頭、秋山、北山、冬山、南山の各教諭ら宅に順次電話をかけ、強姦の被害が判明したから先の協定書は白紙徹回する旨告げるとともに、教諭らの事実調査が不足していると激しく抗議した。また、原告太郎は、同日午前一時ころのほか、午前四時ころにも小平学校長と電話で話をし、小平校長からは男子生徒らの内申書には事実を書くとの返事をもらった。

(六) 原告太郎らによる警察署への届出

原告太郎は、平成八年一二月二五日昼ころ、右事件への対応を専門家に任せようと考えて弁護士に相談したところ、「これは単なるいじめではないから直ちに警察に行くように。」と助言されたため、同日午後、旭川中央警察署に対し、原告春子が加害生徒らから強姦等をされた旨を申告した。

(七) 本件中学校の教諭らは、右二五日付けで新たに性的暴力一覧表(甲六三の一五頁)を作成し、本件中学校を訪れた原告太郎らにこれを提示し、同日午後九時三〇分ころ、加害生徒及びその保護者同席のもと、同人の求めにより、これを読み上げた。そのときに初めて原告太郎らは、複数回にわたって口淫を強要されていた事実を知った。

(八) 警察署からの調査中止要請

本件中学校は、一二月二六日に旭川方面旭川中央警察署から、学校による調査を中止して捜査に協力するようにとの指示を受けたため、学校側による調査を中止した。

(九) 秋山教諭の定年前退職

秋山教諭は、本件訴訟係属後の平成一一年一一月一七日、個人的な理由により本件中学校を退職し、現在は無職である。

二  平成八年六月時点の安全配慮義務違反の過失について

1  教諭らの安全配慮義務の内容について

(一) 本件中学校の教諭らは、学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係における生徒の安全の確保に配慮すべき義務があり、特に他の生徒の加害行為により生徒の生命、身体、精神、財産等に被害が及ぶような具体的なおそれがある場合には、予見可能性がある範囲内で、そのような被害の発生を防止するため、その事案に応じた適切な措置を講ずべき義務を負う。

(二) そして、本件中学校の教諭らは、性的被害がその性質上人目に付かないように行われ、被害生徒も羞恥心や報復への恐怖等から性的被害を申告せず、又は申告しても深刻な性的被害の一部しか話さないことがあると推測されることに鑑みると、生徒から具体的な性的被害の訴えを受けたり、又は生徒から性的被害を少しでも匂わせるような訴えを受けた場合には、事案に応じて、適切な対応をすべき義務がある。

右の対応義務を具体的に言えば、教諭らは、当該事案の事情に応じて、(1)被害生徒又は関係者から詳しい事情を聴取し、その内容を教職員全体に報告すると同時に、他の教諭らからも性的被害に関する情報を収集し、学校内における性的被害の実態をできる限り調査すべき義務がある。また、(2)教諭らは、被害生徒の保護者に対し、被害申告を受けた時点で直ちに被害の事実を報告すべき義務を負う。なぜなら、保護者は、右報告を端緒として、子女に性的被害の内容を確認したり、その性的被害によっては適切な医療措置を受けさせたり、心理的衝撃から自傷行為等の不幸な事故を起こさすことのないように子女の経過を観察したり、新たな被害を避けるために加害者らへの厳正な捜査を求めたりすることが可能になるからである。さらに、(3)教諭らは、非行の程度によっては、加害生徒の保護者に対しても右加害行為を報告し、親権者による加害生徒への強力な指導を要請すべきである。なぜなら、子供が他の子供に加害行為をしないように注意指導することは第一次的に親権者が家庭教育において行うべきものであって、学校教諭に全てが委ねられるべきものではない上、加害生徒の親権者としても自分の子女の非行化傾向を早期に矯正する機会を与えられるべきだからである。そして、(4)教諭らは、前記実態解明の結果を踏まえて、教職員全体で又は保護者らとも一体となって、被害生徒を報復等から保護しながら加害生徒への教育指導を徹底すべき義務がある。

2  本件における結果防止の予見可能性の有無について

ところで、特定の教諭に具体的な安全配慮義務を課するためには、当該教諭について防止対象行為の予見可能性があったことを要する。

そこで、本件における本件学校内強姦事件等の予見可能性の有無を検討するに、前記認定のとおり、秋山教諭は、(1)中学二年(平成七年)の冬ころ、生徒会室において、B子、C子らからD子の件で相談を受けた後に、原告春子から、A男、B男、D男より廊下や教室で身体を触られている旨を聴取しており、(2)平成八年五月ころには、原告春子が鞄を男子トイレに入れられて困っている旨をB子らから聞き及んでおり、(3)平成八年四、五月ころには、原告春子から、特別活動室でA男やB男らに身体を触られた旨の訴えを受けており、(4)平成八年六月にも一人で職員室に来た原告春子から、A男らによりスーパーで身体を触られ、他の女子生徒らもD男らクラスの男子生徒より身体を触られている旨の相談を受けていた。そして、原告春子が名前を挙げた加害生徒らは、いずれも秋山教諭らが毎日のように注意指導をしていた「●●●●」という非行集団に属する生徒達であり、集団的な非行傾向のある生徒達は時として暴走化する危険をはらんでいるから、秋山教諭らは、右集団を解消する方向で指導をしていた。

このような原告春子からの学校内での被害の度重なる訴え及び加害男子生徒らの集団的な非行化傾向に照らすと、秋山教諭としては、少なくとも平成八年六月のスーパーでの被害の相談を受けた段階で、たとえ秋山教諭が理解したように服の上から身体を触るといった性的行為にとどまっていたとしても、これをこのまま放置しておけばいずれ本件学校内強姦事件等のような深刻な性的暴力事件等に発展するかもしれないと予見することが可能であった。

3  秋山教諭に課せられた具体的な安全配慮義務

したがって、秋山教諭としては、少なくとも平成八年六月のスーパーでの被害の相談を受けた段階で、(1)原告春子からわいせつ行為の状況を詳細に聴取するほか、加害男子生徒や、学校内で同様の性的被害を受けているという他の女子生徒らからも詳しい事情を聴取し、その内容を三学年の他の担任教諭らの他、教職員全体に報告すると同時に、他の教諭らからも右性的被害に関する情報を収集し、学校内におけるわいせつ行為の実態をできる限り解明すべき義務があった。また、(2)秋山教諭には、被害申告を受けた時点で直ちに被害の事実を保護者である原告太郎らに報告し、被害者の保護者が適切な対応策を取る端緒を与えるべきであった。さらに、(3)秋山教諭は、加害生徒らの保護者に対しても右加害行為を報告し、親権者による加害生徒への強力な指導を要請すべきであった。そして、(4)秋山教諭は、前記実態解明の結果を踏まえて、教職員全体で又は保護者らと一体となって、原告春子を加害生徒らによる報復から保護しながら、加害生徒らへの指導を強化徹底すべきであった。

4  秋山教諭の安全配慮義務違反の過失

そうであるのに、(1)秋山教諭は、平成八年六月のスーパーでの被害に関する相談を受けてから以降も、原告春子に具体的な被害状況を詳しく聴取せず、加害生徒ら及び他の同様の被害を受けているという女生徒らからも性的被害の状況を全く聴取せず、原告春子の受けていた性的被害の実態を解明すべき義務を怠った。この点について、秋山教諭は、被害場所がスーパーという大勢の客がいる場所であり、原告春子がにやにや笑いながら相談に来たので、服の上からタッチする程度のものであると理解したと弁解するが、スーパーであってもそれがトイレ内等の人目に付かない場所であれば、深刻な性的被害が潜んでいる可能性もあり、原告春子が一人でわざわざ職員室に相談しに来たことの意味や、性的被害の相談時の女性の笑みは被害の軽微さを示すものではなく、羞恥心の表れにすぎないと理解することもできたことに照らすと、秋山教諭の右判断は不適切であった。また、(2)秋山教諭は、原告春子が性的被害を訴えたことを保護者である原告はな子らに連絡せず、保護者への報告義務を怠った。さらに、(3)秋山教諭は、加害生徒らの保護者に対しても右加害行為を報告せず、加害生徒の保護者への報告・指導要請義務を怠った。また、(4)秋山教諭は、原告春子の性的被害の相談について、加害生徒は他クラスの生徒であると聞いたのにその担任教諭に何ら連絡せず、職員朝会、学年会又は職員会議などにも報告しなかった。そして、秋山教諭は、養護教諭に対して女子生徒から身体を触られたという訴えがなかったかどうかを確認してクラスの男子生徒の様子を二、三日見ていたにすぎず、最終的には、クラスの帰りの会において、学級全体に対し、女子生徒の身体を触ることがセクハラになるなどと一般的な注意をしただけで終わらせ、その後は原告春子に新たな被害を受けていないかどうかを確認しなかった。

したがって、秋山教諭には、安全配慮義務違反の過失がある。

5  過失と結果との因果関係

また、秋山教諭の右過失がなければ、原告春子は、平成八年六月の相談以降、日時を明確にできる分だけでも学校内での口淫強要二回、学校外での口淫強要二回、友人宅での強姦一回、学校内での口淫強要・強姦一回といった悲惨な性的暴力を受けなかったであろうと認められる。

したがって、被告らには、右過失によって生じた原告春子の損害を賠償すべき責任がある。

なお、右性的暴力による被害のうち、スーパー、●●●下空き家及びL川L男宅における被害は、いずれも学校外で発生したものであるが、右各場所での性的暴力は同じ加害生徒らによって学校内での継続的な性的暴力の影響下において敢行されたものであって、本件の事実関係においては学校内の性的暴力と一体となるものである。したがって、右スーパー等の被害は、学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係における事故として、損害賠償の対象になるものと認める。

三  平成八年一二月二四日の真実解明報告義務違反の違法行為について

1  保護者に対する真実解明報告義務について

前記のとおり、学校教諭らには、安全配慮義務の一内容として、学校内で発生した性的被害等の実態をできる限り調査し、右被害の内容を保護者に報告すべき義務がある。

2  一二月二四日の原告ら宅での真実解明義務違反について

(一) 一二月二四日に原告春子を送り届けた際の報告義務違反

夏山教頭らは、本件学校内強姦事件が発生した平成八年一二月二四日の午後六時四五分ころ原告春子を自宅に送り届けた際、すでに口淫強要の被害を認識していたのであるから、原告太郎らに対し、右口淫の被害を報告すべき義務があったのに、単に胸やお尻を触られたとのみ説明し、口淫の被害を隠した。

なお、右の説明の際、原告太郎が激怒していたことは夏山教頭らの報告義務を免除するに足りるものではない。また、加害生徒らからの事情聴取が未了であった点も、その旨の留保を付けて報告すれば足りることであるから、口淫の被害を全く報告しなかったことを正当化するものではない。

(二) 一二月二四日の学校内で協定書を作成する時の報告義務違反

また、夏山教頭らは、右同日午後九時三〇分以降、原告太郎らから協定書に署名押印を求められた際、すでに加害生徒らからの事情聴取によって集団的な口淫強要等が繰り返されていたことを十分に認識しており、かつ、右原告太郎らが右口淫の被害を知らないまま前記協定書記載の処分(加害生徒の頭髪の五分刈り及び内申書への記載)をもってこの事件を終わらせるつもりであることを察知していたのであるから、直ちに右口淫の事実を原告太郎らに説明し、それでもなお協定書記載の処分だけで事件を済ませてもよいのかどうかを確認すべき義務があったというべきである。そうであるのに、夏山教頭らは、右報告義務を怠り、右口淫の被害を原告太郎らに隠したまま右協定書に署名押印したものであるから、過失がある。

(三) 関係者に性的被害の重大性を認識させる義務について

原告らは、「被告市には、本件の性的暴力をクラスで報告し、討議したり、PTAに報告するなどして、性的暴力ないし性的いじめの重大さを生徒や父母らに十分認識させるべき義務があった。それがされていれば本来被害者であるはずの原告らが加害者でみるかのように見られて地域社会で孤立化することはなかった。」旨主張するが、それを行うと実際には二次的被害が発生し、原告春子のプライバシー・名誉を侵害するおそれがあるから、被告市にそのような義務を認めることはできない。

四  原告らの損害

1  性的暴力事件に関する原告春子の慰謝料額について

(一) 本件は、非行化傾向のある特定の男子生徒らが集団で特定の女子生徒を標的にして、衣服の上から身体を触るといった段階から胸や陰部を衣服の下から直接触るという段階を経て、集団による口淫の強要及び強姦へと性的暴力を激化させ、最終的には教諭らや生徒多数がいる時間帯の学校トイレ内において被害女生徒を監禁した上、集団で口淫強要及び強姦に及んだという前代未聞の悲惨な事件であり、長期間にわたる集団的な性的虐待(いじめ)を本質とする事案である。加害生徒らは、頭部を殴打するといった肉体的暴力や「殺すぞ。」といった激しい脅迫のほか、思春期の女子生徒が性的羞恥心等から被害を他の人々に話せないでいることにつけ込んで、同女を精神的にも隷属させ、その人格を著しく蹂躙するような性的虐待を学校の内外で長期間にわたって集団で加え続けたものであるから、これによって受けた原告春子の精神的苦痛には想像を絶するものがあり、思春期の悲惨な体験が同女に残し続けるであろう心の痛みには相当深刻なものがあろうと推察される。また、原告春子は担任教諭に対して羞恥心を抑えて何度も深刻な性的被害を匂わせる相談をしたのにこれに気付いてもらえず、一層激しい性的暴力を受け続けたのであるから、本来は尊敬すべき教師に対して不幸にも不信感や恨みを持たざるを得なくなったというのも十分にこれを理解することができ、性的虐待の体験によって現在でも男性との会話を避ける傾向にあることなどを併せ考えると、原告春子の受けた心の傷は誠に深い。

したがって、原告春子の右精神的苦痛に対する慰謝料の金額としては、一〇〇〇万円が相当である。

(二) なお、被告らは、原告春子には中学生として相応の判断能力が備わっていたのに両親等に被害を訴えていなかったのであるから落ち度がある旨主張するが、それは前記認定によれば、思春期にある女子生徒の性的羞恥心や、深刻な性的被害を周囲の人々に知られてしまった場合に生ずるかもしれない学校や家庭内での孤立感・疎外感に対する恐怖、報復を異常に怖れるいじめの被害生徒の心理、担任教諭に相談しても事態が好転しなかったことによる無力感、一五歳という年齢からくる判断能力の未熟さ、性的暴力の影響による判断能力の低下等が複雑に絡み合った結果であろうと推察されるから、右の落ち度を重要視することは相当ではない。また、被告らは、保護者である原告太郎らの監督不十分の過失を主張するが、それは原告春子の損害額を減額する事情とはならない。さらに、原告春子は、本件の被害後も不登校等に陥ることなく、本件中学校及び高等学校を卒業し、現在はほぼ普通の社会生活を送っているが、それは本人の努力及び周囲の暖かい支えによるものと推測されるから、右各卒業の事実等をもって原告春子の精神的苦痛が深刻なものでなかったと言うことはできない。

(三) 原告春子は、原告太郎らを法定代理人として、加害生徒らより示談金合計八六〇万円を受領しているから、これを前記慰謝料一〇〇〇万円から控除した残額一四〇万円が現在の損害額である。

2  性的暴力事件に関する原告太郎らの近親者固有の慰謝料について

原告太郎らは、秋山教諭の平成八年六月時点での安全配慮義務違反の過失により、最愛の娘が学校内で強姦されるという事態に遭遇し、多大な精神的苦痛を被ったものと認められる。しかし、原告春子の死亡にも比肩すべき精神的苦痛を被ったとまで認めることはできないから、性的暴力による精神的苦痛については原告太郎らに固有の慰謝料請求権を認めることができない。

3  一二月二四日の夏山教頭らの報告義務違反に関する原告太郎の慰謝料

前記のとおり、夏山教頭らは、一二月二四日に集団的な口淫強要等を認識しており、かつ、原告太郎らが右口淫の被害を知らないまま協定書記載の頭髪五分刈り等で事件を終わらせるつもりであることを察知していたのに、右口淫強要の被害の報告義務を怠った。

ところで、仮に右協定書作成後に原告春子の兄弟が今時の中学生がトイレ内で服の上から触るだけで済むであろうかと疑問に思って原告春子から強姦の被害を聞き出すということをしていなければ、本件学校内強姦事件がどのように推移していたのであろうかが問題である。前記認定の事実経過からすると、原告春子がそのまま羞恥心等から被害を両親らに申告することができず、本件中学校の夏山教頭らも教育委員会等へ口淫の件を報告せず、加害生徒及びその保護者らも右口淫等の事実を秘密にし、結局は、長期間にわたる集団的な口淫強要等の本件性的暴力事件が、協定書に従って加害生徒らを五分刈りにした程度で闇に葬り去られていた危険性があったものと認められる。右の危険性が潜んでいたことを考慮すると、夏山教頭らが一二月二四日に二度にわたって口淫の被害を原告太郎らへ報告しなかったことは、独自に損害賠償の対象となるような重大な違法行為であり、これによって受けた原告太郎らの精神的苦痛について慰謝料損害賠償請求権を認めるのが相当である。もっとも、右報告義務違反があっても原告太郎らが性的暴力の内容を娘の原告春子から聴取することは可能であり、現に原告太郎らは原告春子から強姦の被害を後に聞き出したのであるから、右報告義務違反による慰謝料の金額としては、原告太郎及び原告はな子について、それぞれ一〇万円と認める。

なお、前記加害生徒らから受領した示談金が原告太郎らに対する右報告義務違反による損害をも補てんする趣旨であると認めることはできない。

4  原告らの弁護士費用

本件訴訟の内容、訴訟活動の経過、その他の事情等に鑑みると、本件訴訟に伴う弁護士費用のうち原告らが被告らに対して損害賠償請求することができる弁護士費用としては、原告春子について三〇万円、原告太郎及び原告はな子について各五万円が相当である。

よって、被告市は国家賠償法一条一項に基づき、被告道は国家賠償法三条一項に基づき、原告春子に対しては右損害金一七〇万円、原告太郎及び原告はな子に対しては各損害金一五万円並びに右各損害金に対する不法行為の日である平成八年一二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払義務がある。

五  結論

以上によれば、原告春子の請求は、損害金一七〇万円及びこれに対する平成八年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告太郎及び原告はな子の各請求は、各損害金一五万円及び右各損害金に対する平成八年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、それらの各限度で認容することとし、その余の請求は理由がないからいずれも棄却する。仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 片岡武 齊藤充洋)

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