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旭川地方裁判所 平成10年(ワ)256号 判決 2001年2月22日

原告

押川裕之

被告

今西衛

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇五三万一四八二円及びこれに対する平成九年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金四〇六一万一五一六円及びこれに対する平成九年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 平成九年三月三日午後五時一〇分ころ

(二) 場所 旭川市四条通一五丁目四一〇番地

(三) 加害車両 普通貨物自動車(旭四四ぬ四〇五三)

右運転者 被告

(四) 被害車両 普通乗用自動車(札幌三三つ・三八九)

右運転者 原告

(五) 事故態様 被害車両が、交差点手前で停止中に、後続車である加害車両が被害車両の左後方を走行中のバスの右側面に衝突し、その後、被害車両の後部に追突した。

2  被告の責任原因

被告は、右交通事故(以下「本件事故」という。)当時、加害車両を自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

3  原告の受傷及び後遺障害

(一) 原告は、本件事故により、頸椎損傷によるバレー・リュー症候群、両調節衰弱の障害を負い、次のとおり通院を余儀なくされた。

(1) 医療法人恵生会吉田整形外科内科クリニック(以下「吉田整形外科」という。)

平成九年三月七日から平成一〇年二月二八日まで

(診断名)頸椎損傷

(2) 松井眼科医院

平成九年四月一四日から平成一〇年二月二七日まで

(診断名)両調節衰弱

(3) 旭川赤十字病院

平成九年八月二〇日から同月二八日まで

(診断名)調節衰弱、頸椎損傷

(二) 原告は、右通院治療にもかかわらず、現在次のとおりの後遺障害を残しており、後記(1)及び(2)の後遺障害を併せて自賠法施行令二条後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)八級に該当する。

(1) 頸椎損傷によるバレー・リュー症候群 等級表九級一〇号に該当

(2) 両調節衰弱(左目の調節が著しく低下することによる一眼の眼球に著しい調節機能障害) 等級表一二級一号に該当

4  損害

(一) 治療費 二〇三万五〇八二円

(二) 休業損害 三二五万九〇一四円

原告は、本件事故前は健康で株式会社つかだに勤務し、給与として平成八年六月一日から同年一二年三一日までの六カ月間で一三五万六〇〇〇円(一年間で二七一万二〇〇〇円)、賞与として一年間に五六万五〇〇〇円を得ていたが、本件事故により、就労が不能となり、平成九年三月三一日に退職し、その後も就職できない状態にある。したがって、平成九年三月三日から症状固定日の平成一〇年二月二八日までの三六三日間、休業を余儀なくされ、三二五万九〇一四円の休業損害を被った。

(計算式)(少数点以下は切り捨てる。)

(二七一万二〇〇〇+五六万五〇〇〇)÷三六五×三六三

(三) 後遺障害による逸失利益 二九二〇万九九九七円

原告は、本件事故当時年収として三二五万九〇一四円を得ていたが、前記後遺障害により労働能力を四五パーセント喪失したところ、本件事故にあわなければ症状固定時の三二歳から六七歳までの三五年間働くことができたはずであったから、年五分の割合による中間利息を控除して後遺症による逸失利益の症状固定時の現価を求めると合計二九二〇万九九九七円となる。

(計算式)

三二五万九〇一五×一九・九一七四×〇・四五

(四) 慰謝料

(1) 通院慰謝料 一四〇万円

原告は、本件事故により、平成九年三月七日から現在に至るまで通院治療を余儀なくされた。右事情によれば、通院慰謝料として、一四〇万円が相当である。

(2) 後遺障害慰謝料 七七〇万円

後遺症による精神的苦痛に対する慰謝料としては七七〇万円が相当である。

(五) 損害の填補 五七三万五九八二円

(六) 弁護士費用 二七四万三四〇五円

原告は、原告訴訟代理人に対し本訴の提起追行を委任し、着手金及び報酬をあわせて二七四万三四〇五円を第一審勝訴判決時に支払うことを約しているので、同額の損害を被った。

5  よって、原告は、被告に対し、自賠法三条による損害賠償請求権に基づき四〇六一万一五一六円及びこれに対する本件事故発生の日である平成九年三月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1及び2は認める。

2(一)  同3(一)のうち、原告が頸椎損傷によるバレー・リュー症候群、両調節衰弱を受傷したこと及び原告は平成九年三月七日から、吉田整形外科において、同年四月一四日から松井眼科医院において、それぞれ治療を受けたことは認めるが、その余は知らない。

(二)  同(二)の原告の後遺症の程度、等級は争う。

(1) バレー・リュー症候群による自律神経症状の遺残は肯定できるが、原告の調節障害は、外傷性神経症などの心因性障害に起因するものであり、これは事故に起因する障害とは認め難い。

バレー・リュー症候群の一症状として調節機能障害を発症することがあるが、その発生機序は調節機能をつかさどる毛様体筋が自律神経により支配されるため、バレー・リュー症候群により自律神経失調の影響を受けやすいことによる。このような機序による眼症状であれば、受傷後六か月以後次第に軽快し、一年程度で自然治癒するのが通常であり、時間の経過とともに症状が憎悪することは考え難い。しかるに、原告の調節力は、受傷後一年を経過した平成一〇年春ころより次第に悪化している。

また、原告は、平成一〇年に入り、著しく視力が低下しているが、右視力障害が事故直後から生ずる事故に起因する器質的視力障害であるならば、視覚伝導路に損傷が認められるのが通常であるところ、原告においては眼部及び頭部に他覚的異常は認められない。また、右視力の低下が事故に起因するものならば、視力障害は事故直後から生ずるはずであるところ、受傷後一年を経過した平成一〇年ころから低下している。したがって、本件は、事故以外の要因を考えなければ理解できない経過である。

(2) 原告の後遺症は自賠責保険により、後遺障害等級第一二級一二号の事前認定を受けている。また、一眼の調節機能障害は、バレー・リュー症候群の中の一症状であって、独立して後遺障害等級が認定されるものではない。

本件は、物損中破の追突事故であり、急性期においても入院治療は要しておらず、他覚所見や画像上の異常所見が乏しいわりに、通院は長期化して最終的に愁訴を残したケースである。等級において、頸椎、頸髄由来の九級以上の神経障害の等級が考慮されるのは、通常は頸椎部での脊髄や神経根障害を裏付ける神経学的異常所見及びそれと整合性のある画像所見がある場合であるところ、本件においては、就労に支障を生じることを裏づける他覚的な所見が資料中にはなく、他面、バレー・リュー徴候は他覚的にとらえがたく、右遺残症状が現実に就労に支障をきたすか否かは不明であることを考慮すると、一二級一二号の認定は理解できるものの、九級と判断する資料はない。そして、労働能力喪失率に関しては、遺残症状の程度からみて労働能力喪失率は一二級に相当する分を適用すべきものである。長期的にみて、生活動作への支障は数年の経過で軽減していく可能性がある。

3  同4のうち、(一)及び(五)は認めるが、その余は争う。

三  被告の抗弁(心因的要因の寄与による減額)

本件事故と原告の後遺障害との間に相当因果関係が認められるとしても、右後遺障害は、精神的ストレスと原告が本件事故前から有していた心因的要因が大きく寄与して発生したものであり、被害者側に右のような要因のない通常の場合であれば、後遺障害は生じなかったものである。したがって、民法七二二条二項を類推適用し、右事情を斟酌して損害賠償額の減額がなされるべきである。

原告は、被告側の損害保険会社の担当者の対応の悪さが原告の症状を悪化させたほか、充分な治療を受ける機会が妨げられたなどと主張しているが、右担当者には強圧的な言動などはないし、治療を受ける機会を妨げたことはない。

四  抗弁に対する原告の答弁

被害者の心因的要因が寄与して後遺障害が発生しているとき、民法七二二条二項を類推適用して損害賠償額の減額がなされるべきであるとしても、本件においては、被告及びその代理人である損害保険会社の担当者の原告に対する事故直後からの態度、応対が劣悪であったため、原告は精神的打撃を受け、不満が募ったことに起因して症状が悪化したものである。

よって、心因的要因が存在することをもって、損害額を減額するのは公平ではない。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりである。

理由

第一  請求原因1及び2は、当事者間に争いはない。

第二  同3(原告の受傷及び後遺障害)について判断する。

一  原告の受傷、症状及び治療経過並びに後遺障害の有無及び後遺障害と本件事故との因果関係について検討するに、証拠(甲一、二、四、六、九、乙二、三、一七ないし二九、四〇、五三、五五、原告本人の供述)によれば、次の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

1  本件事故の態様

本件事故は、被害車両が、交差点手前で停止していたところ、後続車である加害車両が被害車両の左後方を走行中のバスの右側面に衝突し、さらに被害車両の後部に追突したが、右事故当時の路面は凍結しており、被告はブレーキをかけないで、原告車両に追突した(甲一、九)。

2  中島病院における診断治療

原告は、本件による受傷後の平成九年三月三日午後五時三〇分ころ、医療法人中島病院において診察を受け、「頸椎捻挫、腹部圧迫絞創、右膝部打撲症。向後三週間の通院加療を要」するとの診断を受け、右同日及び翌四日、注射投薬などの治療を受けた(甲二、乙一七)。

同病院長の医師の中島芳雄の四月四日付診断書の症状経過及び治療欄には「左頸部痛、右膝部痛、悪心をみてXP検査等にて特に異常なき頭書の病名で」という記載がある(乙二)。

3  吉田整形外科における診断治療

(一) 原告は、その後、転院して、平成九年三月七日から平成一〇年二月二八日まで吉田整形外科に通院して治療を受けた。原告が、右期間、同病院で通院治療を受けたことは当事者間に争いがない。

同病院医師の吉田英次(以下「吉田医師」という。)の平成九年四月八日付診断書には、「初診時頸椎可動域制限を高度に認め、両僧帽筋痛、右上肢シビレ感、右膝前面疼痛を訴えた。X線にて骨傷を認めないが、バレ・リュー症状を認めた。」という記載がある(乙三)。

そして、同医師は、三月七日の初診時から薬物療法、理学療法を施行し、薬物療法として、非ステロイド系鎮痛消炎剤、痙縮・筋緊張治療剤、自律神経調整薬、胃腸薬を投与し、理学療法として温熱、低周波治療等を行った(甲六、乙一八ないし二九)。

(二) 右治療期間の吉田整形外科のカルテに現われた原告の主たる症状及び主治医の所見は、以下のとおりである(乙四〇の四ないし二一)。

平成九年三月七日「吐気あり、吐気なし、頸部の緊張、僧帽筋の緊張、知覚低下と知覚過敏、膝蓋部痛、バレー・ルー症候群+」、三月八日「頸部の倦怠感+、頭痛+」、三月一四日「吐気+、頭痛+」、三月一九日「吐気、倦怠感」、四月一四日「左目がボッーとしてぼやける。」、五月二日「寒くなると調子悪い、左眼調節障害」六月七日「頭痛+、頸部痛+」、六月二三日「バレー・ルーの症状、左目の視力があわない、眼精疲労、吐気+」、七月一二日「耳鳴り、目まい-、眼精疲労+、頭痛+、もやもや感+、バレー・ルーの症状+」、八月二日「症状不安定、眼精疲労+」、八月五日「左側眼症状+、眼精疲労+」、八月九日「左側眼症状+、頭痛+、バレー・ルーはよくなっていない」、八月一四日「耳なり・不脈・頭痛+」、九月一八日「頭痛+、頸部痛、フラフラ感+、耳鳴り+」、一〇月一四日「吐き気、頭が割れる感じ+、顔面蒼白、四肢末梢冷感+、交感神経過敏状態+」、一〇月二八日「小康状態、リーゼ効果あり、光の過剰反応+、眼科左調節障害」、一一月二二日「バレー・ルー症状は変化なし、症状は残存状態、眼症状も残存」、平成一〇年一月二七日「GOTS(大後頭三叉神経症候群)+」、二月二七日「症状固定」

(三) 吉田医師作成の平成九年五月一七日付治療経過に関する担当医所見(回答)には、「バレー・ルー型〇、左視力障害調節障害があり、症状は軽度ではない、現実には就労は不能と認められる、現在の患者の症状は急性期に比べ症状はやや軽快したが、交感神経系の障害が残存している」という趣旨の記載がある(乙四〇の三七、四〇の三八)。

また、平成一〇年二月二八日付自賠責保険後遺障害診断書(甲四)には、「傷病名『頸椎損傷(バレー・リュー症候群)』。自覚症状『頭痛、眼痛、顔面疼痛、両僧帽筋疼痛、耳鳴り、吐気、嘔吐』。障害『X線にて骨傷はなく、反射異常、知覚障害、筋力低下はない。しかしながら、気温気候の外的環境因子の変化による交感神経の過敏症状(四肢冷汗、嘔吐、頻脈)及び大後頭三叉神経症候群(GOTS)の頑固な神経症状が残存している。』。」という趣旨の記載がある。

(四) 同医師は、平成一〇年二月二八日、「バレー・リュー症状は慢性難治化し、症状はほぼ固定している。」として、症状固定の診断をした(甲四)。

4  松井眼科医院における診断治療

(一) 原告は、吉田医師による治療とは別に、吉田医師から以前治療を受けたことのある松井眼科医院を紹介され、右松井医院に平成九年四月一四日から平成一〇年二月二七日まで通院して治療を受けた(原告が右期間同病院で通院治療を受けたことは当事者間に争いがない。)(乙四〇の三五、五五の二)。

(二) 同病院医師の松井正明(以下「松井医師」という。)の平成九年一一月二一日付及び同一〇年三月一八日付の各診断書には、「傷病名『頸椎損傷、左調節衰弱』、症状の経過など『追突事故後約二週目ころより眼がぼやけるとの事で受診す。初診時、視力右視力(一・五×コンタクトレンズ)、左視力(一・二×コンタクトレンズ)で良好なるも、調節力右六・六D(ジオプトリー、以下「D」で総称する。)、左視力三・六Dで左眼調節力が著しく低下していた。以後外来通院にて薬物治療継続しているが好転しない。』」という記載がある(乙五三、五四)。

(三) 右治療期間の松井眼科医院のカルテに現われた原告の主たる症状は、以下のとおりである(乙五五の一ないし一六)。

(1) 平成九年四月一四日「視力、右一・五、左一・二、左眼ぼける、調節力右六・六D、左三・六D」

(2) 同年五月三〇日「視力、右一・二、左一・〇、調節力右六・三D、左三・三D」

(3) 同年八月一一日「視力、右一・〇、左〇・六、調節力右四・五D、左三・五D」

(4) 同年一二月一五日「視力、右〇・五、左〇・四、調節力右五・三D、左四・三D」

(5) 平成一〇年二月二七日「視力、右〇・七、左〇・二、調節力右五・〇D、左三・五D」

(6) 同年六月一九日「視力、右〇・六、左〇・五、調節力右四・七D、左一・八D」

(7) 同年八月七日「視力、右〇・三、左〇・一、調節力右四・五D、左三・八D」

(8) 同年一一月五日「視力右〇・四、左〇・二、調節力右四・八D、左一・九D」

(9) 同年一二月七日「視力右〇・〇七、左〇・一、調節力右三・四D、左一・一D」

(四) 右カルテにおける調節力の数値の変化を検討するに、本件事故後においては、左眼の調節力は、ことに(6)の平成一〇年六月一九日から一時回復しているものの、次第に低下し、左右の調節力の均衡が損なわれている。

(五) 松井医師作成の旭川赤十字病院に対する平成九年八月一二日付依頼書には、「本年三月三日追突事故、頸椎損傷の診断で四月一四日当方受診。主訴はかすみ、ぼやけでした。初診時矯正視力右一・五、左一・二、調節力右六・六D、左三・六Dで他に眼疾なく、頸椎損傷からきた調節衰弱であろうと云う事で頸の方が良くなれば次第に好転するだろうと期待して治療中でした。その後一向に快方に向かわず、近々自賠責保険を告げられ、一度精査を希望されております。」という趣旨の記載がある(乙五六の三)。

また、松井医師作成の平成一〇年二月二七日付自賠責保険後遺障害診断書には、「傷病名『両調節衰弱』。自覚症状『視力低下、眼痛』との記載があり、同医師は、平成一〇年二月二七日に症状固定であると診断している(甲五)。

5  旭川赤十字病院における診察治療

(一) 原告は、前記のとおり、松井眼科医院において治療を続けるなか、平成九年八月一二日、松井医師から旭川赤十字病院を紹介され、平成九年八月二〇日から同月二八日まで旭川赤十字病院に通院して治療を受けた(乙五六の一ないし九)。

(二) 同病院医師藤尾直樹(以下「藤井医師」という。)の平成九年一〇月三日付診断書には、「傷病名『調節衰弱、頸椎損傷』、症状の経過等『九年三月三日追突事故にて頸椎損傷、かすみ、ぼやけ、着明感を主訴に松井眼科受診、加療受けていたが、症状改善なく精査目的にて当科紹介、当科にても調節力の減少認める。眼球、眼位、眼球運動には異常は認めないようである。現在松井先生の所に通院中』、主たる検査所見『調節力の減少』」という記載がある(乙五六の一〇)。

(三) そして、藤尾医師は、平成九年九月一〇日付けで、脳外科外来担当医師に対し、患者診察依頼書を作成しているが、右依頼書の中には「視力右〇・〇七(一・二)、左〇・〇五(一・〇)、結膜充血以外所見はありませんが、着明感極めて強く診察も思うようにできません。…眼球運動障害はないようです。MRI撮影いたしましたが神経学的に御高診御指導の程お願い致します。」との記載がある(乙五六の一一)。

二  以上に認定した本件事故の態様、事故後における治療経過及び症状によれば、原告は、本件事故直後には、頸椎捻挫、腹部圧迫絞創、右膝打撲傷について治療を受け、事故後においては、頭痛、眼痛、顔面疼痛、両僧帽筋疼痛、耳鳴り、吐気、嘔吐及び視力低下、調節衰弱、眼痛などの症状がみられることが認められる。これらの症状は、多種にわたっているが、先に認定した事実及び鑑定の結果によれば、本件事故を誘因として、原告はバレー・リュー症候群の後遺症が生じ、さらに右症候群によく伴う眼症状として調節障害が生じていることが認められ、平成一〇年二月二七日に調節障害、同月二八日にバレー・リュー症候群について、それぞれ症状固定の診断を受け、後遺障害として持続していることが認められる。

もっとも、被告は、原告の調節障害について、調節機能をつかさどる毛様体筋がバレー・リュー症候群により影響を受けることがあるが、右のような機序による眼症状であれば、受傷後六か月以後次第に軽快し、一年程度で自然治癒するのが通常であるところ、本件においては、調節力が受傷後一年を経過した平成一〇年春ころより次第に悪化し、時間の経過とともに症状が憎悪していることからすると、右調節障害は外傷性神経症などの心因性障害に起因するものであると主張する。

しかしながら、先に認定のとおり、原告の前記症状が本件事故を契機として発現したことは明らかであり、バレー・リュー症候群を契機とし、そこに心因的要因が影響して症状が発現するということは稀ではないことを経験則上認めることができるから、原告の前記症状は、本件事故による受傷と心因的要素とが競合して発症したものと認めるのが相当である。そうすると、原告の症状は、主要な機能検査(視力検査や調節機能検査)が被検者の応答に依存する自覚的検査であり、他覚的な医学所見が伴っていない神経症状であるものの、そのことから直ちに本件事故との因果関係を否定することは相当ではないというべきである。

三  原告の後遺障害の程度

1  鑑定人塩野寛の原告の症状などに関する鑑定意見は、次のとおりである。

(一) 原告の労働能力は後遺症により服することができる労務が相当程度制限されるとするのが妥当である。大後頭神経と三叉神経領域の異常知覚と自律神経症状が残存しているとの根拠については客観的証拠はなく、現在ある症状は、むしろ軽減する可能性を示している。スパーリングテストは陰性であり、反射異常、知覚鈍麻、筋力低下はない。

(二) 原告の後遺症の継続期間

バレー・リュー症候群で説明される症状は心因性の影響が強く、交感神経支配を受けている部位にそれぞれ症状が出ている。バレー・リュー症候群は医学的に他覚所見がないため、患者の自覚症状によることもあって、将来どの程度の期間継続するかは患者本人によるところが大である。吉田整形外科で一次的にリーゼ(ベンゾジアゼピン系薬物)を使用して症状が改善していることからもそれが窺える。整形外科のみならず精神神経科、心療内科の治療を受けると数年内に症状が軽減するか治療するものと考える。

2  原告の後遺障害の等級及び労働能力喪失期間についての判断

(一) 原告の後遺障害の等級について検討するに、前記鑑定の結果のほか、吉田整形外科の後遺障害診断書(甲四)の原告の自覚症状欄には、「頭痛、眼痛、顔面疼痛、両僧帽筋疼痛、耳鳴り、嘔気、嘔吐」とあり、他覚的所見欄には、「交感神経の過敏症状、大後頭神経三叉神経症候群の頑固な神経症状が残存している」旨の記載があり、右病院の吉田医師は、平成一一年六月二三日付けの回答書(甲一四)において、「自律神経系の症状はいろいろな治療法でも軽快することなく、残存している。疼痛以外に自律神経症状を伴うことで労働能力は一般人と比較し、相当程度喪失している状態と考えられる。」とし、原告の労働能力喪失の程度は、神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるものに該当すると回答していること、また、平成一一年二月一五日付けの松井正明医師作成の回答書(甲一二)には、「昨年(平成一〇年)一二月の検査値では、視覚正常者を前提とした労働はむずかしいと思います」旨の記載があること、さらに、原告の供述によれば、原告は現在においても、頭痛と吐き気が残存しているため通院して治療を続け、強い光線を受けると左眼が一瞬見えなくなるほか、左右の眼の調節力が釣り合わないため頭が回るような感覚に陥っていること、左眼は細かい字に焦点が合いにくいため細かい作業を行うについて不都合が生じ、自動車の運転にも支障があることなどの事実が認められること(原告供述一八頁)などを考慮すると、原告の後遺障害は自賠法施行令別表第九級一〇号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当するものと認めることが相当である。

(二) この点に関し、原告は、後遺障害の程度として、バレー・リュー症候群については等級表第九級一〇号に、調節障害を独立した等級としたうえ第一二級一号に該当するものとし、併合等級第八級に該当する旨主張するが、鑑定の結果によれば、調節障害はバレー・リュー症候群に伴う眼症状として生ずるものであることが認められるから、調節障害を独立の後遺障害等級として認めることはできない。

よって、原告の主張は採用できない。

(三) 一方、被告においても、後遺障害等級に関し、本件は、急性期においても入院治療は要しておらず、他覚所見や画像上の異常所見が乏しいわりに、通院は長期化して最終的に愁訴を残しており、バレー・リュー症候群による自律神経症状の遺残症状が現実に就労に支障をきたすか否かは不明であるから、一二級一二号の後遺障害等級(局部に頑固な神経症状を残すもの)を特に否定する根拠はない旨主張する。

しかし、前記認定の事故後における治療経過、症状からすると、原告にバレー・リュー症候群による自律神経症状の後遺障害が残存することは否定できず、前記鑑定の結果及び吉田医師作成の回答書(甲一四)における「自律神経系の症状はいろいろな治療法でも軽減することはなく、残存している。疼痛以外に自律神経症状を伴うことで労働能力は一般人と比較し相当程度喪失している状態と考えられる。」旨の所見等を総合すると、原告の後遺障害は等級表第九級一〇号に該当するとするのが相当である。

(四) そして、バレー・リュー症候群及び両調節衰弱による労働能力喪失期間は、後記のとおり、原告の後遺症の程度、意見書(乙六一)及び鑑定意見を総合考慮して、その労働能力は症状固定時から八年にわたって三五パーセント喪失したと認めるのが相当である。

四  原告の症状と心因的要素との関係及び寄与度減額(抗弁)

1  バレー・リュー症候群とは、主に車両の追突事故によって生じた自律神経の一つである交感神経の障害であって、項、頸部筋肉群の損傷、頸椎靭帯の損傷、頸椎椎間板の損傷、頸椎の損傷の際にみられるが、他覚的所見が見られることは少なく、頭重、頭痛、目眩、耳鳴り、吐き気、眼精疲労、流涙、咽頭部や喉頭部の違和感などの自律神経失調症状を示すものである(甲六、一三)。そのバレー・リュー症候群は、一次性(外傷性)とその後に心因性ストレスが主因となって発現する二次性(心因性)に分類することもでき、ストレス因子としては、持続する痛み、一次性バレー・リュー症候群による自律神経症状、保険会社や加害者との賠償トラブル、家庭・職場のストレス等が考えられる(甲一三)。

2  ところで、身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害が加害行為のみによって通常発生する程度を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について加害行為前から存在した被害者の疾患や心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、損害賠償額を定めるにあたり、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができる。

3  これを、本件についてみると、平成一一年二月一五日付けの松井医師作成の回答書(甲一二)には、「視力及び調節衰弱の経過から心因的要素が関与している可能性は否定出来ません。…頸椎損傷の患者さんのほとんどは約半年で次第に軽快していっておりますが、原告(押川氏)の例ではむしろ次第に悪化し自賠責から社保に移行した一〇年春ころより、その傾向が強い様に思います。」との記載があり、また、藤尾医師は、平成九年九月一〇日付けの脳外科医師に対する患者診察依頼書・御返事・御連絡において、「外斜位を認めますが、眼球運動障害はないようです。MRI撮影いたしましたが神経学的に御高診御指導の程お願い致します。」と記載しており(乙五六の一一)、右文書には、それぞれ原告の症状に心因的要因が影響していること窺わせる記載がある。また、鑑定人塩野寛は、原告の後遺症についての心因的要因の寄与に関し、「心因的要因はかなり寄与している。原告に医学的客観的所見がないのにかかわらず症状が長引き、特に眼症状はむしろ悪化している。医者やその治療に対する心因反応ではない。加害者や保険会社との関係の悪化がかなり症状悪化に加担しているものと考える。」とし、続けて、原告の後遺症に対する心因的要因の寄与の程度については、「六ないし七割程度であり、その程度は低く見積もっても五割は確実にこえるものと考える。」旨の鑑定意見を述べていること、加えて、原告は、加害者や保険会社に対し強い不満を訴えていること(原告供述二七ないし二九頁)からすると、原告の症状の発現には、本件事故による受傷のほか、本件事故以後の生活史の中でのさまざまなストレスによる精神的不安定、とりわけ本件事故をめぐる賠償及び保険問題が解決されないことについての不満、焦燥感などの心因的要素が強く影響していることを認めることができる。そして、かかる心因性の影響は、前記のとおり、損害額を定めるにあたって考慮に値するものというべきであり、右事情を考慮すると、本件事故に起因して発生した原告の損害の四〇パーセントを控除して、六〇パーセントを被告に負担させるのが相当である。

4  もっとも、原告は本件後遺障害が心因的要因により影響されていることを争い、これに副った供述をし(二九頁)、また、吉田医師も回答書(甲一四)において、「心因的要因が関与している印象はありません。」と回答しているなど、前記認定に対する反対証拠もある。しかし、原告の症状は多彩であり、かつ難治化、長期化しているが、客観的、他覚的所見は乏しいこと、また、原告側と吉田医師との間には人的つながりが認められること(吉田医師の松井眼科病院に対する診療情報提供書、乙四〇の三五)、さらに、医師としては、患者との信頼関係維持のため、患者からの愁訴がある限り治療に応じなければならず、患者に対し心因的要因が影響している旨の所見を示すことは通常ありえないことなどの事情を考慮すると、本件において、吉田医師の所見に従うことは相当ではないというべきである。

5  また、原告は、本件は、加害者側の不誠実な態度に起因して原告の症状が悪化したものであるから、心因的要因が存在することをもって損害額を減額することは相当ではない旨主張するので、この点について検討するに、たしかに、本件においては、加害者及びその損害保険担当者には、原告に対し不誠実な態度があった事実を窺うことができるが(甲一七、一八、原告供述二七頁)、原告の治療経緯によれば、右担当者によって原告の治療が妨げられたことはないこと(乙二ないし一四)、また、医療費の支払いも滞りなく行われていること(乙六二)、さらに、被告は、原告に対し、平成一〇年一〇月七日、損害の内入金として三〇〇万円を支払っていること(当事者間に争いのない事実)からすると、加害者側の不誠実な態度のみによって原告の症状が悪化したものと認めることはできない。そして、鑑定の結果、松井医師作成の回答書(甲一二)及び弁論の全趣旨に照らすと、原告の症状は、右加害者側の不誠実な態度ばかりではなく、本件事故自体からくる心労、本件事故以後の生活史の中での日常生活上あるいは社会的ストレスや被害者意識、個人の性格、精神状態、家族、友人を含めた人間関係などが病像に影響を及ぼしている可能性を否定できないから、損害の公平な分担という損害賠償の理念に照らし、これらの事情を斟酌して減額したうえ、その限度において損害賠償を認めるのが相当というべきである。

よって、原告の主張は採用することはできない。

第三  そこで、同4(原告の損害)について判断する(認容計算額については円未満を切り捨てる。)。

一  治療費 二〇三万五〇八二円(当事者間に争いはない)

二  休業損害 三二五万九〇一四円

証拠(甲四、五、八、原告供述)によれば、原告は、本件事故前は株式会社つかだに勤務し、給与として平成八年六月一日から同年一二年三一日までの六カ月間で一三五万六〇〇〇円(一年間で二七一万二〇〇〇円)、賞与として一年間に五六万五〇〇〇円、年収として三二七万七〇〇〇円を得ていたこと(甲八、原告供述三、四頁)、原告は、本件事故による受傷のため、就労が不能となり、平成九年三月三一日に退職しその後も就職できないこと、右就労できない状態のもと平成一〇年二月二八日には症状固定の診断がされたこと(甲四、五)等を認めることができる。そうすると、原告は、本件事故日の平成九年三月三日から症状固定日の平成一〇年二月二八日までの三六三日間、一日あたり八九七八円の割合による合計三二五万九〇一四円の休業損害を被ったと認めるのが相当である。

(計算式)(少数点以下は切り捨てる。)

(二七一万二〇〇〇+五六万五〇〇〇)÷三六五×三六三=三二五万九〇一四円

三  傷害慰謝料 一四〇万円

原告の傷害の内容、程度、通院期間、通院実日数、治療経過等の諸事情に照らし、原告が本件事故によって被った傷害に対する慰謝料としては一四〇万円が相当である。

四  後遺障害による逸失利益 四四二万三三六八円

前記認定事実によれば、原告の後遺障害は等級表第九級一〇号に該当するところ、労働能力喪失期間については、本件訴訟の鑑定結果によれば、原告が整形外科のみならず精神神経科、心療内科の治療を受けると数年内に症状が軽減するか治療するとしているが、原告は現在においてもバレー・リュー症候群による神経症的荷重の状態にあり、集中力が持続できず、そのため長い時間連続して仕事をすることについて不安感があることを訴えていること(原告供述二二、二三頁)、左目調節機能に障害があること(原告供述一八頁)を認めることができるから、その労働能力は症状固定時から八年にわたって三五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

したがって、事故前年度の年収三二五万九〇一四円を基礎にして、ライプニッツ方式により中間利息を控除して(係数六・四六三二)逸失利益を算出した七三七万二二八〇円が相当である。

しかしながら、前記記載のとおり、原告の症状には心因的要素が影響しているものと考えられるから、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、前記逸失利益の七三七万二二八〇円のうち四〇パーセントを減額するのが相当であり、したがって、後遺障害による逸失利益として、四四二万三三六八円をもって相当と認める。

五  後遺障害による慰謝料 四二〇万円

前記認定事実によれば、原告の症状に照らすと、原告の後遺障害が等級表第九級一〇号に該当するものと判断でき、その他、本件事故の態様、加害者及びその保険会社の原告に対する誠意のない対応によって相応の精神的苦痛を受けている事情(甲一一、一七、一八、原告供述二七ないし二九頁)などの本件訴訟に現れた諸般の事情を総合考慮すると、本件事故に起因して発生した原告の後遺障害による慰謝料としては七〇〇万円が相当である。

しかしながら、原告の症状には、前記四と同様に、心因的要素が影響しているものと考えられるから、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、慰謝料額の七〇〇万円のうち四〇パーセントを減額するのが相当であり、したがって、後遺障害慰謝料として、四二〇万円をもって相当と認める。

六  合計

以上認定の原告の損害額の合計額は、一五三一万七四六四円となる。

七  原告の損害のまとめ

1  既払金控除後の損害残額

そして、原告が五七三万五八九二円の弁済を受けたことは当事者間に争いがないから、これを控除した残額は、九五八万一四八二円になる。

2  弁護士費用

本件事案の内容など一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は、九五万円と認めるのが相当である。

3  まとめ

右1と2を加えると、一〇五三万一四八二円となる。

第四  結論

以上によれば、原告の請求は、損害金一〇五三万一四八二円及びこれに対する不法行為(本件事故)の日である平成九年三月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

よって、主文のとおり、判決する。

(裁判官 片岡武)

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