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旭川地方裁判所 平成11年(ワ)155号 判決 2002年3月12日

原告

甲野春子

同訴訟代理人弁護士

秀嶋ゆかり

内田信也

近藤明日子

上記秀島ゆかり訴訟復代理人弁護士

中村元弥

被告

乙野太郎

同訴訟代理人弁護士

千葉健夫

林孝幸

主文

1  被告は,原告に対し,金957万9509円及び内金857万9509円に対する平成11年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを4分し,その3を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,3990万2473円及び内金3790万2473円に対する平成11年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,医科大学医学部看護学科の学生であった原告が,同学部医学科の学生であった被告から性的暴力を受け,心的外傷後ストレス障害を負ったなどとして,不法行為に基づき損害賠償を請求した事案である。

1  前提事実(特に証拠を摘示した部分以外,争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告(昭和51年生まれ)は,平成10年3月17日,○○県内の短期大学を卒業し,同年4月15日付けで看護婦免許を取得した者であるが,保健婦の資格を得るため,同月,旭川医科大学(以下「旭川医大」という。)医学部看護学科3年に編入学し,平成11年4月当時,同学科4年に在学していた(甲52,57,58)。

原告は,家族の問題や進路等に対する不安から,平成11年2月ころに睡眠導入剤を処方されたことがあるほかは,通常の学生生活を送っており,旭川医大編入学後も,予備校講師や家庭教師などのアルバイトをしていた(甲4,39,51)。

なお,原告には,上記短大在学中から交際を続けている男性(○○県内の大学を卒業後,現在医師となっている。以下「交際相手」という。)があり,平成11年4月ころには,互いに結婚を前提とするようになっていた(甲26)。

イ 他方,被告は,旭川市内の高校を卒業後,旭川医大医学部医学科に入学し,平成11年4月当時,同学科6年に在学していた。

(2)  本件の経緯

ア 原告は,旭川医大医学部看護学科に編入学後の平成10年4月ころ,旭川医大ピクニック同好会の先輩である丙野次郎(以下「丙野」という。)に誘われ,旭川市内の神楽岡公園で行われた花見会に参加し,同じくこれに参加していた被告と知り合った。

その後は,特に被告と会話する機会もなかったが,原告は,平成11年1月,丙野らから飲食の誘いを受け(結局,飲食はしていない。),丙野が帰宅した後,同人と一緒に来ていた被告と,その自動車(以下「被告車」という。)内で2人だけで話すことになった。その際,原告が,母親の病気(精神疾患)や父親の解雇,さらには,一緒に北海道に来た交際相手との結婚などの悩みを打ち明け,これに被告が助言したりしたことから,その後も,被告に,電話などで,進路や交際相手との結婚について相談するようになり,原告は,平成11年2月28日ころには,被告に対し,被告からの電話がうれしかったこと,原告が長電話をして申し訳ないこと,相変わらず両親のことで悩んでいること,被告の育ちが良く身近に感じたこと,そして,居酒屋などあまり緊張しないところで会えたらと思い,楽しみにしていることなどを記載した手紙を出すなどしている(甲7,乙1,2の1及び2,同3,4,原告本人,被告本人)。

なお,原告は,平成11年3月中旬ころ,書店で偶然,被告と会った際,被告に対し,交際相手と一緒に△△の学会に行けることになったなどと報告している(甲21,乙1,原告本人,被告本人)。

イ 原告は,平成11年3月から4月にかけて帰省し,両親から,北海道内での就職や交際相手との結婚の許しを得,旭川市に戻った後の同月12日午後9時過ぎころ,被告に電話を掛けた。その際,被告が旭川医大の会合に招かれて飲食中であったことから,原告は,「おかげさまで,道内に残ることができます」などと,簡単な報告をするに止め,後で電話を掛け直す旨の被告の申し出も断ったのであるが,翌13日午前零時過ぎころ,会合を終えた被告から電話があり,話の続きをしたいとして,外出の誘いを受けた(甲7,乙1,乙3,原告本人,被告本人)。

風邪気味で既に就寝していた原告は,被告の誘いを断ったものの,被告が直ぐに原告の自宅まで被告車で迎えに行くと言ったことから,結局,その誘いに応じることにし,ジャケット,ロングスカート,コート等を着用して,原告自宅前まで来ていた被告車助手席に乗車した(甲7,20,乙1,原告本人,被告本人)。

ウ 原告は,被告車内で,北海道内での就職のことなどを話したが,被告は,行き先を明確に答えることもなく,被告車を走行させ,ほどなく,周囲は畑で,近くに人家もない旭川市××町付近の道路脇(以下「本件現場」という。)に被告車を停車させた(甲7,32,の2及び3,同33,乙3,原告本人,被告本人,弁論の全趣旨)。

2  原告の主張

(1)  不法行為

被告は,平成11年4月13日午前零時30分過ぎころ,本件現場に停車させた被告車内において,原告の必死の拒絶にもかかわらず,恐怖で抵抗できないことに乗じて,原告の顔を引き寄せ,上半身を密着させて接吻し,原告に馬乗りになって全身を押さえつけ,助手席のシートを倒して原告の身体の上に全体重をかけて乗りかかり,原告の着用していたシャツに手を入れて胸部を触り,乳頭を吸い,あるいは,スカートの裾をまくり,タイツや下着の中に手を入れ,原告の陰部に指を入れるなどした上,自己の男性器を無理やり原告に握らせてその手を上下させ,さらには,原告の頭を両手で押さえ,原告の顔を被告の男性器に押しつけ,これを口に含ませて,その口腔内で射精するなどした(以下「本件行為」という。)。

これは,原告の性的自由を侵害する行為であり,不法行為に該当する。

(2)  損害 合計3990万2473円

ア 本件行為自体の慰謝料 1000万円

原告は,信頼する先輩である被告から,深夜,人気のない本件現場に停車した被告車内で,突如,性交渉を求められ,これを拒絶すると,今度は口淫を強要されたのであり,その恐怖感,屈辱感は計り知れず,その精神的苦痛は甚大である。その精神的苦痛に対する慰謝料は1000万円が相当である。

イ 後遺障害

原告は,上記アのとおり,本件行為により,甚大な精神的苦痛を受け,重度の心的外傷後ストレス障害(以下「PTSD」という。)を発症した。

原告は,このため,本件行為後,強い抑うつ状態にあり,意欲低下,解離症状,不安状態,フラッシュバック状態が持続し,通学もできなくなり,かろうじて旭川医大は卒業したものの,保健婦の資格を取得することもできず,軽易な労務や日常生活を送るのが精一杯という状態である。

(ア) 逸失利益 1290万2473円

原告の後遺障害は,後遺障害別等級表第7級4号(労働能力喪失率56パーセント)に該当するところ,この症状は,今後少なくとも10年間は継続すると考えられる。

298万3700円(大卒女性労働者賃金センサス)×56パーセント(労働能力喪失率)×7.722(10年に対応するライプニッツ係数)

(イ) 慰謝料 1500万円

労働能力喪失期間を10年としても,原告の精神的苦痛は一生慰謝されることはなく,希望の仕事に就くことも困難であることからすると,後遺障害による慰謝料は1500万円が相当である。

ウ 弁護士費用 200万円

よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求として,3990万2473円及び内金3790万2473万円に対する不法行為の日である平成11年4月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  被告の主張について

被告が,原告に接吻したこと,その胸や陰部を触ったこと,原告の口腔内で射精したことなどは認めるが,これらは原告の合意の上の行為である。

本件は,被告に対し,少なからず好意を抱いていた原告が,深夜,被告車内において,被告から抱擁,接吻などの行動を示され,これを受け入れているうちに性交渉を求められるに至り,これを拒んだものの,口淫には応じたというものであり,本件行為は,原告の意思に反するものではない。

(2) 損害について

ア  上記(1)のとおり,本件行為は原告の意思に反するものではないから,「心的外傷」自体が存在しない。しかも,原告は,本件行為の状況を極めて詳細かつ整然と述べているのであって,心的外傷を受けた者について,通常問題となる「トラウマ周辺期の解離」は認められないのであるから,重度のPTSDが発症したとは考えられない。

イ  なお,原告に,その主張するような障害が生じているとしても,これは,本件行為を容認したものの,その後,強い後悔の念に駆られた結果であるし,もともと,PTSDの前提となる心的外傷の発生については個人差が大きく,精神的脆弱性,遺伝的資質,環境要因等の個人の固有の事情によるところが大きいのであるから,その損害については,被告に予見可能性がないものといえる。

第3  当裁判所の判断

1  本件行為の経過について

(1)  証拠(甲2,4,5,7,19ないし27の2,同32の1ないし3,同33,39,45,50,51,乙1ないし8,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件行為の経過について,次の事実を認めることができる。

ア 原告は,平成11年4月13日午前零時過ぎころ,被告の誘いを受けて,被告車の助手席に乗車したのであるが,原告が話し掛けたにもかかわらず,被告は,これにほとんど応対することなく,同車を走行させて本件現場に至った。

イ 被告は,本件現場に被告車を停車すると,ヘッドライトを消し,原告の両手を握って,「大変だったね」,「かわいい」などと言い,原告に馬乗りになって接吻し,助手席のシートを倒し,仰向けになった原告の上に覆い被さった。原告は,身動きもできずに,「離れてください」,「嫌だ」などと言って拒絶したが,被告は,「嫌がらないで」,「じたばたしないで」,「ここで嫌がらなければ強制にはならないんだから」,「本当は嫌じゃないんでしょう」などと言いながら,原告の身体を触るなどした。

ウ 被告は,原告に馬乗りになったまま,「1回くらいセックスしたっていいじゃん」などと言って性交渉を求めたが,原告が「どうしても嫌です,やめてください」と繰り返し拒絶したことから,今度は「口でしてよ」などと口淫を求めるようになった。

原告は,これに対しても,「絶対嫌」「お願いだから離れてください」などと拒絶していたが,被告は,ズボンを脱ぎ,被告の男性器を原告の手に握らせて上下させ,さらに「口でしてよ」などと言って,助手席に仰向けになるのと同時に,原告の両肩と頭を押して,被告の足下に跪かせ,被告の男性器を原告の口に含ませて口淫をさせた。

エ 被告は,射精後,原告が精液を手に吐いたのを見て,ティッシュペーパーを差し出し,被告車を発進させた後も,助手席の下に跪いた姿勢のままの原告に座り直すよう指示したが,原告が「自分はもう死ぬしかない」,「首をつって死にます」などと自殺をほのめかすような発言をしたことから,「俺を脅す気,気でも狂ったの」,「君もここにいたからいけない」,「共犯だよ」,「世の中には言わなくてもいいこともある」,「これを言ったら婚約者との結婚も壊れるよ」などと言い,原告の「永遠に医大の周りを走ってください」,「ずっと走ってください」などの求めに応じて,旭川医大のキャンパスを2回ほど回った後,飲酒による酔いもあって,平成11年4月13日午前2時ころ,原告を自宅付近まで送り届けて帰宅した。

(2)  これに対し,被告は,本件行為は原告の意思に反するものではない旨主張し,次のとおり供述する。

ア 被告は,原告の態度やその手紙の内容から,同人に好意を持たれていると考えていたところ,平成11年4月13日午前零時過ぎころ,景色の良い本件現場に行こうと,原告を被告車の助手席に乗せて走行し,本件現場に到着後,原告と会話するうち気持ちが昂揚し,被告が原告の肩に手を回したところ,原告が抵抗せず頭を被告の方に寄せてきたことから,唇や胸に接吻したり,シャツに手を入れて胸に触るなどし,さらに,助手席のシートを倒して,席を移動し,原告の陰部を触るなどして,性交渉を求めたが,「セックスは駄目」と断られたので,原告の手を自己の男性器に導くと,原告は,自らこれを握って手を動かし始めた。

イ 被告は,原告に対し,口淫を求めたところ,同人が頷いたことから,承諾してくれたものと考えて,助手席の上に仰向けになり,原告も,自ら被告の足元に跪いて口淫を始めたのであり,その口腔内に射精する際も,原告が「うん」と言ったように聞こえた。

ウ 被告は,本件行為後,運転席に戻り,着衣を整えた上で被告車を発進させたが,原告が,「まだ帰りたくない」,「もうちょっと話していたいんで,車走らせてくれませんか」と言ったことから,旭川医大のキャンパスを2回ほど回った後,原告を自宅に送り届けて帰宅した。

(3)  確かに,原告は,平成11年1月に丙野らから飲食に誘われた際,丙野が帰宅した後も,被告車内に留まり,被告に対し,両親についての悩みや,交際相手のことなどを打ち明けているのであるし,その後も,被告と電話で何回か会話を交わして相談に応じてもらい,「昨日は電話うれしかったです。夜遅くまで,すごく話しちゃって申し訳なかったです」,「被告はすごい育ちの良い人だなあ,と思いました」,「居酒屋さんとか,あまり緊張しない所がうれしいです」,「楽しみにしています」などと,被告に対する信頼や好意の窺われる手紙(乙2の1)を出していることも認められる。また,被告は,原告に性交渉を拒絶されると,直ぐにこれを断念し,無理にこれに及ぼうとはしていないし,少なくとも,本件行為時,被告は,原告に対し,脅迫的な言辞を弄したり,殴る蹴るの暴行を加えたわけでもない。

しかしながら,被告の供述によっても,原告が,本件行為について明確に合意ないし承諾をしたものとはいえないし,本件行為までに,原告と被告が直接会って,2人だけで話したのは1回のみであること,原告には結婚予定の交際相手があり,被告に持ちかけた相談の内容は,主に当の交際相手との結婚に係るものであったこと,しかも,原告は,本件行為の直前に,交際相手との結婚や北海道内での就職の許しを両親から得たことを,被告にわざわざ報告していることからすると,たとえ,原告が,被告を信頼し,親しく相談を持ちかけ,好意的な態度を示していたからといって,原告に,先輩後輩の関係を超えて被告と交際する意思がなかったことは明らかであり,このような原告が,被告の供述するように,その求めに対し,拒絶もせず,自ら積極的にこれに応じるとは到底考えられない。

確かに,原告は,被告から性交渉などを求められても,被告車内から脱出しようとはしておらず,かえって,本件行為後,被告に「医大の周りを走ってください」,「ずっと走ってください」などと言って,旭川医大のキャンパスを周回するなどしている上,原告の意思に反して,狭い被告車内で体勢を入れ替えたり,口淫をさせること自体,物理的に困難と考えられるのであるが,本件行為が,深夜,全く人気のない場所に停車した被告車内で敢行され,被告が,原告の上に乗りかかるような姿勢をとっていたこと,そして,原告が,信頼していた先輩から,突如,性的関係を求められたことにより,驚愕し,ぼう然としていたことを考えると,上記の事情を考慮しても,本件行為が原告の意思に反するものではないとは認められない。

原告が,本件行為後の平成11年4月13日午後6時ころ,交際相手に電話し,その留守番電話に「あなたに人間として,婚約者として,申し訳ないことをしてしまったので,おわびします。もう生きていけないので,申し訳なかった」などと録音していること,同日夜,旭川医大医学部医学科の友人(男性)に対し,被告から深夜呼び出され,車内で乱暴された旨,電話で話したのを始め,複数の友人に本件を打ち明けていること,同月19日に,自ら自宅近くの交番に赴き,警察官に対し,本件行為のてん末を申告し,同月23日には,旭川方面旭川東警察署に被害届を提出していること,さらに,同月26日に,旭川医大教務部長及び教授に,被告を訴え出て,同年5月31日には,弁護士を介して,被告を告訴していることからすると(甲21,22,23,26,51,原告本人,弁論の全趣旨),原告が,交際相手に対する悔悟の念等から虚偽の供述をしているとは考えられないし,そもそも,原告に,ことさら虚偽の供述をしてまで,本訴を遂行するような動機を見い出すこともできないのであって,必死に拒絶した旨の原告の供述は基本的に信用できるというべきである。

これに対し,被告は,本件現場が,少なくとも深夜景色を楽しむような場所ではないのに,当該現場に行ったのは景色が良いからとしたり,本件行為の後,原告に話し掛けたり,電話を掛けたりもしていないのに,原告に対し好意を持っていたとするのであって,その供述を採用することは困難である。

2  損害

(1)  後遺障害

ア 証拠(甲2,4,7,24,26,39,44の1及び2,同50,51,証人早苗麻子,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告の本件行為後の状況について,次の事実を認めることができる。

(ア) 原告は,本件後1週間は,女性の友人に付き添ってもらうなどして旭川医大に通学していたが,その後,徐々に通学が困難となった(原告本人)。

原告は,それでも,レポートの提出等によって残りの単位を取得し,平成12年3月,旭川医大医学部看護学科を卒業したものの,他人との身体的接触に抵抗があることから,希望していた保健婦の資格を取得することもできず,その他の職にも就いていない(甲56,原告本人)。

(イ) また,原告は,平成11年4月20日以降,被告に対する恐怖や怒り,憎しみ,自分自身に対する嫌悪感,入眠困難などから,旭川医大保健管理センターの武井明医師(以下「武井医師」という。)の診察を受けるようになった(甲2,4,原告本人)。

原告は,武井医師に対し,勉強に対する興味の喪失,人に会いたくないなどを訴えたほか,旭川医大での教官や職員の対応に対する不満を訴え,平成11年6月ころには,冷静に会話ができるようになったものの,離人症や現実感の消失については,特に変化のない状態が続いた(甲2)。

(ウ) 原告は,平成11年5月27日以降,北仁会石橋病院精神科の早苗麻子医師(同医師は,平成12年3月の萌クリニックを開業後も,原告の診察を継続している。以下「早苗医師」という。)の診察を受けている(甲39,50,51,証人早苗麻子,原告本人)。

原告は,旭川医大を卒業後,交際相手と同居を始めたこともあって,当初の恐怖感,孤立無援感,睡眠障害,無気力,集中困難,離人感等の症状は徐々に軽減し,部屋の片づけや,食事の用事,簡単な掃除,洗濯などの日常の家事をすることができるようになったほか,近くのスーパーマーケットに買い物に行くなどの外出もできるようになったが,依然として,不眠,無気力,無関心,集中困難などの症状や他者との身体的な接触に抵抗があるなどの対人関係の問題は持続し,現在も,1,2週間に1度の割合で通院を続け,早苗医師による抗うつ薬,睡眠誘導剤,制吐剤,胃薬等の薬物療法や,精神療法,集団療法による治療を受けている(甲26,39,51,証人早苗麻子,原告本人)。

イ  原告は,上記1において認定したとおり,性的被害により,強い衝撃を受け,そのため本件行為時においても,感情を喪失して「自分が壊れた」ような気分に襲われ(原告本人),本件行為後も自殺をほのめかしたり,旭川医大のキャンパスを周回するように求めるなど不可解な行動を示しているのであるし,その後も「半透明のゼリーみたいな所に入って,そこから皆を見ている」感覚に襲われるとともに(甲39),被告に対する恐怖や無気力,無力感を呈し,本件行為から2年以上経過した現在もなお吐き気,おう吐が続き,交際相手を含め他者との接触が困難で,結局,希望していた保健婦の職に就くこともできなくなり,日常生活にも支障が生じているのであって(甲39,証人早苗麻子,原告本人),これらのことから,武井医師がPTSDと診断し,早苗医師もDSM―Ⅳ(アメリカ精神医学会用語統計委員会・精神疾患の分類統計マニュアル第4版)及びICD―10(国際疾病分類)に基づき,原告をPTSDと診断したことは相当と考えられる(甲2,4,24,39,44の1及び2,証人早苗麻子)。原告の症状が,被告の主張するように,強い後悔の念に駆られた結果ということはできない。

なお,被告は,原告が本件行為の状況を極めて詳細かつ整然と述べているとして,「トラウマ周辺期の解離」が認められない旨主張するが,本件行為時,原告に,いわゆる「解離」症状が生じていたことは上記のとおりであるし,状況を記憶していることと,解離症状の発生とが相容れないものとも思われないのであって,被告の主張を採用することはできない。

ウ  そして,本件行為後,徐々に軽減した点もあるとはいえ,2年以上を経過した現在において,なお上記イの症状は持続し,原告の社会生活や就労に重大な支障を招来しており,抗うつ薬,睡眠誘導剤,制吐剤,胃薬等の薬物療法や,精神療法,集団療法による治療が続けられ,その予後について確たる判断ができる状態にもないことからすれば,早苗医師が原告の後遺障害は後遺障害別等級表7級に相当し,少なくとも10年以内の回復は困難(甲44の1及び2,証人早苗麻子)と判断していること自体,首肯できないものではない。

しかしながら,何が心的外傷となり得るかはともかく,当該心的外傷によって発症する後遺障害の程度について,個人差が少なからず存在することは否定し得ないこと,そして,原告が,本件行為後の学内での対応にも怒りや不満を示しており,これがPTSDをさらに増悪させた可能性もまた否定し得ないことからすると(甲2,証人早苗麻子),被告において,上記のような重度の後遺障害の発生を予見し得たとは考えられない本件においては,被告の賠償すべき損害賠償額(後遺傷害による逸失利益)を労働能喪失率35パーセント,喪失期間5年の範囲で認めるのが相当である。

そうすると,平成11年大卒女性労働者賃金センサスによれば,その基礎収入は302万2200円となるから,これに労働能力喪失率(35パーセント),5年に対応するライプニッツ係数(4.3294)を乗じた457万9509円(1円未満切下げ)となる。

(2)  慰謝料

本件行為の態様,上記(1)の後遺障害の状況からすると,その行為自体及び後遺障害に伴う慰謝料は,合計400万円と認めるのが相当である。

(3)  弁護士費用

本件事案の内容や訴訟遂行の難易などを考慮すれば,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,100万円と認めるのが相当である。

3  結論

以上によれば,原告の請求は,主文第1項記載の限度で理由があるから,これを認容し,その余の請求は棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・森冨義明,裁判官・桃崎剛,裁判官・齊藤充洋)

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