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旭川地方裁判所 平成11年(ワ)324号 判決 2001年12月04日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告Aに対して4190万9398円、原告Bに対して4029万6335円及びこれらに対する平成11年6月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、被告経営の病院に入院中、夕食として提供された「白玉もち」をのどに詰まらせて窒息し、その後死亡したCの父母である原告らが、Cの死亡は同病院医師らの過失によるものであるとして、同医師らの使用者である被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を請求した事案である。

1  前提事実(証拠を摘示した部分を除き、争いがない。)

(1) 当事者

ア 原告らは、平成8年12月22日に当時22歳で死亡したC(昭和49年4月23日生まれ)の父母である(甲1)。

イ 被告は、総合病院旭川厚生病院(以下「被告病院」という。)を経営する法人である。

(2) 被告病院への入院

Cは、通院していたD神経科の担当医師から被告病院を紹介され、平成8年11月19日、被告との間で診療契約を締結し、精神分裂病の疑いとの診断を受けて、同月22日、被告病院精神神経科に入院した。

(3) 投薬

Cは、被告病院に入院以降、抗精神病剤セレネース(甲8の1、乙1)や精神神経安定剤レボトミン(甲8の5、乙2)等を処方されて服用していた。

(4) 本件の経緯

Cは、平成8年12月6日午後6時過ぎころ、被告病院で夕食として提供された「白玉もち」(商品名。もち米とでんぷんを材料とするだんご状のもちで、直径約2センチメートル、重さ約7グラムである。以下「白玉だんご」という。)の入った澄まし汁を摂取した際、白玉だんごをのどに詰まらせて窒息状態となり、呼吸及び心臓が停止した状態となった(以下「本件事故」という。甲7の222、乙4、同10の1、2)。

白玉だんごは、平成8年12月6日午後6時50分ころ除去され、Cは、同日午後7時10分ころ、集中治療室に搬送されて治療を受けたが(甲7、乙4)、本件事故により、低酸素による全脳梗塞となり、同月22日、急性腎不全により死亡した(乙3の8)。

(5) 相続

原告らは、Cの死亡により、同人の権利義務を2分の1ずつ相続した。

(6) 請求

原告らは、平成11年6月17日、被告に対し、書面で損害賠償を請求した。

2  原告らの主張

(1) 被告病院医師らの過失

ア 診療契約等

被告は、Cと診療契約を締結したことにより、同人の入院治療中の身体の安全を確保し、必要な処置を遅滞なく実施する義務を負うところ、Cは、次のとおり、被告の被用者ないし補助者である被告病院医師らの過失により、全脳梗塞状態及び自発呼吸停止状態に陥り、その後急性腎不全により死亡した。

イ 白玉だんごの提供

Cは、被告病院において、平成8年11月22日から同年12月6日の本件事故までの間に、いずれも嚥下障害という重大な副作用を有するセレネース、レボトミン、ウインタミンを投与され、このため、ろれつが回らず、足下がふらつくなどしていた。本件事故当日も午後2時30分ころ、原告Bが持参した燻製玉子を食べた際、むせそうになるなど嚥下困難の状態にあったのであり、このことを被告病院医師らにおいても認識していたのであるから、誤嚥事故の発生を回避するため、Cに対し、のどに詰まる危険性の高い白玉だんごを提供するべきではなかった。

にもかかわらず、被告病院医師らは、白玉だんごを夕食に提供したのであり、これは過失というべきである。

ウ 食事の際の監視

Cは、本件事故当時、上記イのとおり、嚥下困難の状態にあったのであるから、被告病院医師らは、誤嚥事故の発生を回避し、事故発生時に適切な対応をするため、食事の際、Cを十分に監視する義務を負っていたというべきである。特にのどに詰まる危険性の高い白玉だんごを提供していたのであるから、より事故の発生に注意すべきであった。

にもかからわず、被告病院医師らは、これを怠り、Cを十分に監視することなく漫然と白玉だんごを食べさせたのであるから、この点についても過失がある。

エ 本件事故後の処置

(ア) Cは、本件事故により、白玉だんごを気道に詰まらせて呼吸不能となり、気管内に換気用のチューブを挿管しても気道が確保できなかったのであるから、被告病院医師らは、直ちに、開口した上、白玉だんごを押し込まないように注意しながら、鉗子(マギール鉗子、ケリー鉗子)を用い、咽頭にある白玉だんごを除去し、気道を確保すべきであった。

しかしながら、被告病院医師らは、本件事故発生後、Cを廊下のベッドに仰向けに寝かせ、換気のされていないチューブを口に入れたまま放置し、また、当直医であったEは、のどに異物が詰まった場合の処置について格別特殊な知識、技法を要するものではないにもかかわらず、鉗子の用意ができなかったことから、ピンセットを使用してこれを除去しようとして果たせず、結局、知らせを受けて駆けつけた被告病院麻酔科医師Fがこれを除去したのは、本件事故の発生から約50分後である。

(イ) なお、被告病院医師らは、上記(ア)の方法により白玉だんごを除去できない場合には、一定の危険が伴うとしても、気管切開を行ってこれを除去する処置、気管チューブを挿管してこれを一方の気管支に押し込み、他方の肺による換気を図る処置、そして、トラヘルパー(気管に穿刺し、気管内に留置して喀痰の吸引を行うための経皮的気管穿刺針)又は注射針を使用して強制換気を図る処置(輪状甲状靱帯(膜、軟骨)穿刺)などにより、気道を確保すべきであるが、被告病院医師らは、そのいずれの処置も行わなかった。

被告は、専門医ではないE医師が気管切開、輪状甲状靱帯穿刺等の処置を行うことは、かえって危険である旨主張するが、そうであるならば、E医師は、本件事故発生後、直ちに被告病院内にいた他の医師に連絡を取り、その応援を求めるべきあって(実際、F医師には連絡がとれている。)、これをしなかったこと自体過失というべきである。

(2) 損害

ア Cの損害

(ア) 逸失利益   4014万0064円(四捨五入)

平成8年賃金センサス高卒女子の年収320万7100円から生活費を3割控除し、就労可能年数46年(死亡時22歳から67歳まで)のライプニッツ係数(17・880)を乗じた額

(イ) 慰謝料           2000万円

イ 原告ら固有の損害

(ア) 原告Aの損害    計647万9875円

a 慰謝料           500万円

b 葬儀代       147万9875円

(イ) 原告Bの慰謝料        500万円

ウ 弁護士費用

(ア) 原告A        535万9491円

(イ) 原告B        522万6303円

(3) まとめ

よって、原告らは、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、原告Aについては4190万9398円、原告Bについては4029万6335円及びこれらに対する請求の日の翌日である平成11年6月18日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  被告の主張

(1) 被告病院医師らの過失について

ア 白玉だんごの提供

(ア) 白玉だんごは、従前から被告病院において、時々汁物の実として利用されていたもので、これまでに患者の誤嚥事故の原因となったことはなく、本件事故当日も多数の患者が白玉だんごを食べているが、誤嚥事故は発生していない。Cが、誤嚥事故をおこしやすい小児や老人ではなく22歳の成人で、自力で食事を摂取する能力が十分にあることを考えても、白玉だんごがのどに詰まる危険性の高いものとはいえない。

(イ) また、セレネースやレボトミンに錐体外路症状の一つである嚥下困難の副作用はあるものの、これは重大なものではないし、これらを投与している場合に、もちやだんごの摂取が禁止されるわけでもない。なお、Cに投与されていたセレネース等の量は、一般的なもので、特に多量ではないし、副作用である錐体外路症状を予防するため、ビペリデン等も併用されていた。

実際、Cは、筋強剛、嚥下障害などの錐体外路系の副作用や嚥下困難の徴候を示したことはないし、日頃の食物摂取状況にも問題はなく、本件事故当日も、原告ら主張の嚥下困難、目がうつろ、ろれつが回らない等の症状は示していなかった。

(ウ) 本件事故の原因は、むしろ、Cが立って歩きながら食事をしたことにあり、被告病院医師らが、本件事故の発生を予見することは困難であり、同人らにおいて白玉だんごを提供したことに過失はない。

イ 食事の際の監視

被告病院では、患者が食事をする際には、頻繁に看護職員が見回るようにしており、本件事故の際にも、看護職員がすぐ傍らで観察していたのであって、監視を怠った過失はない。

ウ 本件事故後の処置

(ア) 気道内異物除去は、特殊な手技で、適確かつ迅速に行うことが要求され、習熟が不可欠の処置であって、専門外の医師がこれを行うのは困難である。

本件事故発生当時の担当医師は放射線科のE医師であり、もともと専門外の同医師が気道内異物除去の処置をすることは困難であったが、時間に余裕がなかったことから、自ら白玉だんごの除去を試みている。結果的に白玉だんごの除去は困難を極めたが、これは、白玉だんごが気管内の除去し難い場所に落ちてしまったからであって、E医師の処置に不適切な点はない。

いずれにしても、本件事故当時、看護職員、医師を集めて、サクション、静脈ルート確保、心電図モニター装着、心臓マッサージ、酸素投与、挿管など、最善の処置を行っており、Cを放置した事実はない。

(イ) 原告ら主張の気管切開、輪状甲状靭帯穿刺等の処置は、危険性が高く、まして専門外の医師がこのような切開、穿刺などの危険な手技を行うことは、それ自体、患者の生命に危険を及ぼすもので、相当な処置とはいえない。

なお、E医師がトラヘルパーを用意できなかったとしても、本件事故が精神神経科で発生したことからすると、これはやむを得ない。また、仮にトラヘルパーが用意できたとしても、自発呼吸のない状態においては、専門外の医師では実施するのが困難なジェット換気法を行わなければ効果がない。しかも、上部気道が完全に閉塞している場合にジェット換気法が行われると、送気された酸素がどこにも逃げることができず、肺が過剰に加圧された状態となり、肺破裂が惹起されるところ、本件の場合、上部気道が異物で完全閉塞していた可能性が高かったから、検査でこれが否定されるまではジェット換気法を実施すべきではない。

したがって、この点について過失があったということはできない。なお、麻酔科のF医師は、本件事故発生時には手術中であり、連絡を受けても直ちに精神科に駆けつけることはできなかった。

(2) 損害について

原告らの主張する損害については争う。

Cは、精神分裂病に罹患し労働能力を失っていたから、労働能力(労働可能性)の存在を前提とする逸失利益は存在しない。

4  争点

本件の主たる争点は、<1>事故の危険性の高い白玉だんごをCに提供したこと、<2>食事の際の監視状況及び<3>本件事故後の処置に係る被告病院医師らの過失の有無並びに<4>損害額である。

第3争点に対する判断

1  証拠(甲2、同3、同7の1ないし287、同8の1ないし8、同9ないし12、同16ないし18、乙1ないし16の3、同18ないし20、証人G、証人E、原告B、原告A)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 被告病院

ア 被告病院は、呼吸器外科、耳鼻科、麻酔科などを擁する総合病院(ベッド数500床)であり、Cが入院していた7階西棟だけでも、当時、50名前後の患者が入院していた。

イ 被告病院においては、午後5時30分から午前8時30分まで、1名の医師が当直業務を行うことになっていたが、当該当直医の専門分野外の患者の急変等があった場合は、原則として応急処置のみを行うこととし、当該患者の担当医を呼び出すこととされていた。

(2) Cの病状

ア Cは、平成7年4月から歯科医院に歯科衛生士として勤務していたが、平成8年10月ころから精神状態が不安定となり、同月19日、過呼吸、不眠、不穏な言動、幻覚等の症状を示すに至ったため、勤務先医院を退職するとともに、同月21日からD神経科で通院治療を受けるようになった。

その後、Cは、平成8年11月18日夜、面識のない他人の自宅を突然訪問するなどの奇異な行動をして警察に保護され、上記D神経科の担当医師の紹介で、同月19日、被告病院を受診した。

イ Cは、被告病院のH医師から、精神分裂病の疑いとの診断を受け、同医師の勧めで、平成8年11月22日、被告病院に入院した。

Cは、被告病院において、精神分裂病の治療のため、抗精神病剤(セレネース、ウインタミン)及び精神神経安定剤(レボトミン)等の投与を受けていたが、Cの症状は収まらず、保護室に入れられたり、平成8年11月24日からは、病室を相部屋から施錠のできる個室に移されるなどした。しかし、上記抗精神病剤等の投与量を数倍に増やしたこともあって、徐々にその症状は軽減し、平成8年12月6日から、病室の閉鎖も、午前9時から午後5時までにつき、解除されるに至った。

なお、上記の薬剤は、いずれも嚥下障害の副作用が出現するとされているもので、被告病院は、これに対処するため、アキネトン(ビペリデン)を投与していたが、抗精神病剤等の増量に伴い、この薬剤の投与量も増やしている。

(3) 本件事故の経緯

ア G准看護士は、平成8年12月6日午後6時10分ころ、病室にいたCに、夕食(澄まし汁の中に白玉だんごが入っていた。)を渡して、食事をするように指示し、その数分後、再び、Cの様子を見てみると、同人が、夕食の膳を手に持ち、口に食物を入れたままで病室入口付近に立っていたことから、「行儀が悪いから座って食べたら」などと声を掛けたところ、Cは、口中の食物を飲み込み、直ぐに胸を叩きながら、「詰まった」と言い出した。

G准看護士は、即座にCの背中を叩き(背部叩打法)、異物を除去しようとしたが、Cは少量の食物を吐き出しただけで、鼻から出血し、顔色も蒼白となってきたことから、大声で他の看護職員に応援を求め、上記の背部叩打法、吸引器による吸引(チューブを鼻孔から入れて吸引する。)、ハイムリック法(仰臥位の患者の胸部を圧迫し、胸腔内の呼気圧で異物を咽頭から口腔に押し出す方法)を試みたものの、異物は除去されず、さらに、心臓マッサージを継続しながら、固く閉じられていたCの口を開口器で開け、吸引器で吸引するなどしたが、やはり異物を除去することはできなかった。

イ 他方、看護職員から連絡を受けた当直医のE医師(放射線科)は、業務を中断して、当日午後6時15分ころ、Cの病室に駆けつけ(なお、麻酔科のF医師にも連絡されたが、同人は直腸癌の手術の麻酔管理を行っている最中で、病室に駆けつけることはできなかった。)、Cが精神分裂病の投薬治療等を受けていたこと、異物は夕食の白玉だんごと思われることなどを聞いた上、指で異物を除去しようとしたが、顎関節の硬直が著しく、開口器を使用しても十分な開口が得られなかったため除去できず、ハイムリック法を実施してもさしたる効果は得られなかった。

そこで、今度は喉頭鏡及び鉗子を使用して異物除去を試みようと、当日午後6時16分ころ、Cをベッドに移動させるとともに、看護職員に喉頭鏡、マギール鉗子、アンビューバッグの用意を指示した。

結局、マギール鉗子の用意はできなかったが、間もなく喉頭鏡と長摂子(長さ約25センチメートルのピンセット)の用意ができたので、E医師は、当日午後6時17分ころ、これらを使用して異物除去を試みた。

しかし、このときも、喉頭付近にある白い異物を確認することはできたものの、十分な開口が得られず、歯や舌が障害となって、異物を除去することはできなかった。

そこで、E医師は、気道確保のため、さらには、気管に異物がある場合でも、これを挿管チューブで左右いずれかの気管支に押し込めば、片肺の換気を確保することができるとの考えから、気管内挿管を試みたが(なお、E医師は、気管穿刺の実施の可能性も考えて、トラヘルパーの有無を確認したが、看護職員がこれを知らず、その有無を確認することはできなかった。)、やはり、顎関節の硬直が著しく、開口器を使用しても十分な開口が得られなかったため、挿管チューブを喉頭(声門)部に到達させることさえできず、3回目にようやく口腔の奥に挿管することができたものの、食道側に挿管チューブが進入していることが分かり、気管内挿管も断念せざるを得なかった。

このようなことから、E医師は、当日午後6時22分ころ、看護職員に対し、挿管手技に習熟した麻酔科医あるいは外科医を呼ぶように指示した。

ウ 連絡を受けたF医師は、担当していた手術がちょうど終了したことから、当日午後6時25分ころ、Cの病室に駆けつけ、E医師に替わり、気管内挿管を試みた。

このときは、1回目で気管内に挿管することができたものの、送気自体は、抵抗が強くてできなかったことから、F医師は、気管の奥に異物があると考え、挿管チューブの中に吸引用チューブを入れて吸引を試みたが、何も吸引されず、Cは、当日午後6時27分ころには、心停止状態となるに至った。

その後も、F医師らの処置は続き、当日午後6時45分ころ、病室が狭く、処置し難いことから、同医師の指示で、Cを廊下のベッドに移し、ベッドごと広い病室に移してから、同医師は、当日午後6時50分ころ、異物の状況を確認するため、看護職員に気管支ファイバーの用意を指示するとともに、挿管チューブを引き抜いたところ、その先端に白玉だんごが付着して出てきた。

エ 白玉だんごが排出された後は換気が可能となり、Cは、当日午後6時53分ころ、心拍等も回復したが(心拍数約110回、血圧150mmHg)、低酸素による全脳梗塞となり、集中治療室での治療にもかかわらず、平成8年12月20日ころから急性腎不全の状態となって、同月22日、死亡した。

2  被告病院医師らの過失について

(1) 白玉だんごの提供

Cに、精神病の治療等のため投与されていたセレネース、レボトミン、ウインタミン等の薬剤には、嚥下障害の副作用があるとされているところ、これらの薬剤の投与量は、上記1の(2)のイのとおり、Cの入院した平成8年11月22日以降、数倍に増量されたというのであるし、被告病院において、同月28日、同月29日及び同年12月2日に、Cから、ろれつが回らない旨の訴えを受けたり、その状態を直接確認したりしたこと、本件事故当日、原告BがCと面会した際にも、同人のろれつは回っておらず、薫製玉子を食べようとしてむせそうになったことが認められるのであるから(甲7の143、194、乙4の13、42、原告B)、そもそも、Cに白玉だんごを提供するべきではなかったと考えることもでき、現に、被告病院においては、本件事故後、患者に白玉だんごを提供するのを止めているのである(証人G)。

しかしながら、直径約2センチメートルの白玉だんごが、他の食品と比較して特に誤嚥事故発生の危険が高いものというのは困難である。現に、白玉だんごは、従前から、被告病院の給食に使用されており、平成8年当時も、月に二、三回の割合で使用され、C自身も、平成8年11月27日に白玉だんごを食べているのであるが、誤嚥事故は発生していないし(甲7の237、238、乙4の3、証人G)、被告病院としても、嚥下障害の副作用の発現を考慮し、当該副作用を抑制する薬剤の投与量も増量していたのである。

本件事故は、Cが、口腔内の白玉だんごを一気に飲み込もうとしたことによるものというべきであり、白玉だんごを同人に提供したことについて、被告病院医師らに過失があるとはいえない。

(2) 食事の際の監視

上記(1)のとおり、白玉だんご自体が、特に誤嚥事故発生の危険が高いものということはできないし、それまで、Cの食事の摂取状況に著しい異常があったわけでもないのであるから(乙4の2、3)、被告病院医師らに、Cの食事の状況を、常に監視すべき注意義務があるとまではいえない。

少なくとも、G准看護士は、Cに夕食を渡した後も、同人の様子を見に戻っており、本件事故発生時も、背部叩打法、ハイムリック法等の処置を試みているほか、直ちに他の看護職員等に応援を求めるなどしているのであって、この点について、被告病院医師らに過失があるとはいえない。

(3) 本件事故後の処置

ア 被告病院医師らは、入院患者であるCの生命身体の安全に配慮すべき義務を負うものであるところ、本件において、白玉だんごを除去できたのは、本件事故発生から約40分後であるから、この点についての過失の有無が問題となる。

イ(ア) ところで、一般に、本件のように異物が喉に詰まった場合、背部叩打法、ハイムリック法が有効とされているほか(甲10、同12)、鼻孔又は口腔から挿入した吸引チューブによる吸引(甲11)、手指、あるいは、マギール鉗子、ケリー鉗子等により、異物の除去等の処置を行うものとされている(甲9、同10)。

(イ) この点、本件においては、本件事故発生直後から、G准看護士が、医師及び他の看護職員に応援を求めるとともに、自ら背部叩打法、ハイムリック法による異物の除去を試みており、連絡を受けて駆けつけたE医師も、異物除去は専門外ではあるものの、気管内挿管等に習熟している麻酔科のF医師が駆けつけるまで、同様に背部叩打法、ハイムリック法による異物の除去を試みたほか、吸引器による吸引や手指、さらには長摂子による異物の除去を試みているのであって、被告病院医師らの対応に不備があったとは言い難い。

なお、本件事故当時、結局、異物除去に通常使用されるマギール鉗子の用意ができず、上記1の(3)のイのとおり、E医師は、代わりに長摂子を使用しているのであるが、その時点では、Cの顎関節の硬直が著しく、開口器でも十分な開口が得られなかったというのであるから、このような状況下でマギール鉗子を使用しても、容易に白玉だんごを除去することはできなかったものと考えられ(証人E)、マギール鉗子の用意ができなかったこと自体を過失ということはできない。

また、当初、Cの咽頭付近で白玉だんごが確認されているのに、これがF医師により除去されたときには気管内に入っていたことからすると、E医師が、気管内挿管の際、咽頭付近の白玉だんごを誤って奥に押し込んだ可能性も考えられないではないが、同医師は、そもそも、咽頭部に挿管チューブを到達させることさえできず、3回目にようやく奥まで進入させた際も、当該チューブは食道側に進入したというのであって、このような状況にかんがみると、E医師の処置により、咽頭付近にあった白玉だんごが気管内に押し込まれたとは考え難い。

(ウ) もっとも、E医師に替わって処置に当たった麻酔科のF医師は、1回目で気管内挿管を行い、実際に、白玉だんごを除去したのであるから、E医師の処置については、なお検討を要するところである。

特に、F医師が当初から処置に当たっていれば、より早期に気管内挿管が実施できたとも考えられ、この点についてのE医師の処置の当否が問題であるが、上記(ア)及び(イ)のとおり、E医師の行った処置は、異物除去の手技として一般的なものであるし、F医師も気管内挿管に成功したとはいえ、結局、送気自体はできず、気管支ファイバーで異物の状況を確認するため、挿管チューブを引き抜いたところ、偶然、白玉だんごが付着して排出されたというにすぎないのであるから、たとえ、気管内挿管等に習熟した医師が担当したとしても、同医師において、迅速に有効な処置を実施できたかは疑問である。

(エ) したがって、被告病院医師らに、白玉だんごの除去について過失があったとはいえない。

ウ 原告らは、異物の除去ができないのであれば、被告病院医師らは、気道を確保するため、気管内挿管を行い、場合によっては輪状甲状靱帯穿刺等、あるいは気管切開等を行うべきであったと主張する。

しかしながら、E医師らが、繰り返し気管内挿管を試みたものの、困難であったことは上記1の(3)のとおりであるし、気道確保のための方法として、輪状甲状靱帯穿刺(局所麻酔の上、トラヘルパー等を輪状甲状靱帯に穿刺し、チューブを留置して行う気道確保の方法)、気管切開等の手技があり、E医師も、その可能性を考えてトラヘルパーの有無を確認してはいるものの、これらは、いずれも専門的な技術と設備を要する外科的処置である上、特に、輪状甲状靱帯穿刺については、他の方法で気道を確保するまでの応急処置であるだけでなく、穿刺の位置を誤ると、効果がないばかりか、出血等の重大な結果を招来することがあるというのであって(甲9、同11、同12、同17、乙11)、白玉だんごの位置が判明しなかった本件において、輪状甲状靱帯穿刺や気管切開を行わなかったことに過失があるとはいえないし、被告は、このような緊急の事態に備えて、常に被告病院に専門医を待機させておくべきであったともいえないから、この点についても過失があるとはいえない。

なお、気道にある異物の除去ができない場合、挿管チューブを挿入して異物を一方の気管支に押し込み、他方の肺で呼吸、換気できるようにする方法もあり(甲9)、E医師も、これを試みようとしているのであるが、上記1の(3)のとおり、本件においては気管内挿管自体が困難であったというのであるし、これが同医師において、気管内挿管に習熟していなかったことによるものであったとしても、他の医師であれば現に異物を一方の気管支に押し込むことが可能であったと認めるに足りる証拠もないから、上記の方法により気道を確保していないからといって、これを過失ということはできない。

したがって、気道確保等についても、被告病院医師らに過失があったとはいえない。

エ 原告らは、さらに、被告病院医師らは、白玉だんごを喉に詰まらせたCを、当日午後6時25分ころから午後6時45分ころまでの間、同病院西病棟7階の詰め所前のベッドの上に、口に挿管チューブを入れたまま、放置していた旨主張し、原告Bもこれに沿う供述をする(甲18、原告B)。

しかしながら、原告Bより遅れて当日午後6時35分ころに被告病院に到着した原告Aは、Cがベッドに放置されている様子を見ていないのであるし(原告A)、そもそも、いくら動揺していたとはいえ、原告Bにおいて、Cが面前で放置されているのを認識しながら、被告病院医師らに抗議することもなく、被告病院7階ホールに佇んでいた(原告A、原告B)というのは不自然であって、上記の原告Bの供述を採用することはできず、この点についての原告らの主張には理由がない。

3  結論

以上によれば、原告らの請求は理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森冨義明 裁判官 桃崎剛 裁判官 斉藤充洋)

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