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旭川地方裁判所 平成15年(わ)103号 判決 2004年1月29日

主文

被告人を懲役3年に処する。

この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

第1被告人は,平成15年3月20日午後10時10分ころ,a市b株式会社A敷地内において,通行中のB(当時21歳)に対し,強いてわいせつな行為をしようと企て,やにわにその背後から同女に抱きつき,その口を手で塞ぎ,その場に同女を押し倒して,同女の顔面,頭部,腰部等を多数回足蹴にするなどの暴行を加えて,その反抗を抑圧した上,着衣の上から同女の胸部,陰部等を手指で弄び,もって,強いてわいせつな行為をし,その際,前記一連の暴行により,同女に対し,全治まで約2週間を要する鼻骨骨折等の傷害を負わせた。

第2被告人は,前記日時場所において,前記一連の暴行後,前記Bから金品を強取することを企て,前記一連の暴行により反抗を抑圧された同女に対し,その右腕に掛かっているショルダーバッグを無理矢理引っ張る暴行を加えて,同女所有または管理にかかる現金約1584円及び財布等27点在中の前記ショルダーバッグ1個(時価合計3万5000円相当)を奪い取って,これを強取した。

(証拠)

(省略)

(争点に対する判断)

判示第2の事実に関し,検察官は,被告人が被害者の所持するショルダーバッグを奪取する犯意を生じたのは,被告人が被害者を多数回足蹴にするなどしている途中であったので,強盗罪が成立するのは明らかである旨主張し,弁護人は,被告人がそのショルダーバッグに気付いたのは判示第1の暴行の途中であるが,これを奪取する犯意が生じたのは,判示第1の犯行の暴行が終了した後,被告人が現場を立ち去る際であって,奪取の犯意を生じた後は,被害者の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行,脅迫がなされていないから,強盗罪ではなく窃盗罪が成立するに過ぎないと主張するので,この点について以下検討することとする。

関係各証拠によれば,(1)被告人は,夜道を歩いていた被害者の跡をつけ,被害者が照明設備もなく人気のない資材置き場に歩いて行くや,わいせつ目的でその背後から襲いかかって押し倒し,さらに横臥状態になった被害者に対して,顔面,頭部,腰部などを多数回足蹴にしたり手拳で殴打したりするなどの暴行を加えたこと,(2)被害者は,前記(1)の暴行により抵抗することが困難な状態になっていたこと,(3)被告人は,そのような状態で横臥していた被害者からその右腕に掛かっていたショルダーバッグに手をかけたこと,(4)その際,被害者が同バッグを盗られないように右腕を曲げるなどして引っ張ったので,被告人は,両手で同バッグを持ち綱引きをするようにして同バッグを無理矢理引っ張って取り上げたこと,(5)被告人が被害者からショルダーバッグを盗取した際には,被害者を足蹴にしたり殴打したりする暴行は加えていないことがそれぞれ認められる。

被告人は,ショルダーバッグを奪取しようとする犯意の発生時期について,捜査段階の検察官に対する供述や当公判廷における供述では,前記(1)の暴行中に被告人が転倒した際に同バッグの存在が偶々目に入ったので,これを奪取しようなどと考えた旨述べており,これは前記検察官の主張と合致する。しかしながら,被告人は,捜査段階の警察官に対する供述では,「女を襲ってのエッチを諦め,その場から逃げようとした時,倒れている女がバックを持っているのが目についたので,そのバックを無理矢理女の手から,奪って逃げてきているのです。」などと前記(1)の暴行が終了して逃走する際であったかのように述べたり,これとは異なり「マンコと尻を触っている時,女が右手の腕に掛けていたバックが突然目に入り,その中に沢山お金があると思ったので,女が持っていたバックを奪ったのです。」などと被害者に対して判示第1の事実のわいせつ行為をしている最中であったかのように述べたりもしており,必ずしも一貫していない。さらに,当公判廷においてさえ,前記ショルダーバッグが目についたのは「逃げる前」であり,「ついでにと思って」同バッグを盗ったなどと前記公判供述と異なり前記(1)の暴行が終了して逃走する際であるかのようにも受け取れる供述もしている。このように,前記ショルダーバッグ奪取の犯意発生時期についての供述は変遷しているが,その変遷理由について合理的な説明はされていないこと,被告人の変遷している各供述の内容はいずれも著しく不自然不合理であるとも言えないこと,被告人が同バッグに手をかけるまでは,同バッグを奪取する犯意を推認させるような言葉も発していないことなどからすると,前記(1)の暴行中に転倒した際に同バッグが目に入ったので,その際にこれを奪い取ろうと考えたなどという被告人の供述だけが唯一信用できるものであると言うことは困難である。そうすると,被告人のその供述を唯一の支えとする前記(1)の暴行の途中で奪取の犯意を生じたという事実は認定できない。但し,被告人が前記(1)の暴行が終了した後同バッグに手をかけ,被害者と引っ張り合いをした末に前記ショルダーバッグを奪取したという経過からすると,同バッグに手をかけるという行為に出た際に同バッグを奪取する犯意を抱いていたことだけは明らかである。

しかしながら,被告人が前記ショルダーバッグを奪取する犯意を抱いたのが,前記(1)の暴行終了後であるとしても,被害者が前記(1)の暴行により反抗を抑圧された状態にあったことは明らかであるところ,被害者が反抗抑圧状態にあるときにその所持品を奪取する犯意を生じた場合に強盗罪が成立するためには,財物奪取の犯意を生じた後に新たな暴行,脅迫がなされることが必要であるけれども,その暴行,脅迫は,それ自体が反抗を抑圧するに足りる程度のものであることまでは要せず,自己が強制わいせつなどの先行行為によって作り上げた反抗抑圧状態を維持継続するに足りる程度のものであれば足りるというべきである。これを,本件についてみると,被告人が前記ショルダーバッグを奪取する犯意を生じたとき,被害者は前記(1)の暴行により反抗を抑圧された状態にあったのであり,このような状態にある被害者の右肘に掛かった同バッグを無理矢理盗るべく,両手で掴んだ同バッグを被害者と引っ張り合ったことが認められ,先行行為に当たる前記(1)の暴行が,夜間,人気のない暗い場所で,相当執拗かつ強烈に加えられたものであったことからすると,ショルダーバッグを引っ張り合うという程度の挙動であっても,仮にこれに抵抗をすれば更なる暴行を受けるものと思わせることも十分あり得るから,被害者の反抗抑圧状態を維持継続するに足りるものであったというべきであり,強盗罪における暴行に該当するものと考えるべきである。

したがって,判示第2のとおり強盗罪が成立することとなり,弁護人の前記主張は採用することはできない。

(法令の適用)

罰       条

第1の行為         刑法181条,176条前段

第2の行為         刑法236条1項

刑 種 の 選 択

第1の罪          有期懲役刑

併合罪の処理       刑法45条前段,47条本文,10条(重い第2の罪の刑に刑法14条の制限内で法定の加重)

酌  量  減  軽    刑法66条,71条,68条3号

刑 の 執 行 猶 予  刑法25条1項

訴訟費用の負担      刑訴法181条1項本文

(量刑の理由)

本件は,被告人が夜間,列車から降りて通行中の女性を見掛け,強いてわいせつな行為をしようと企て,犯行の機会を窺いながら,その跡をつけて行き,人気のない暗い場所で暴行を加えてその反抗を抑圧した上,わいせつな行為に及び,その際,傷害を負わせたという強制わいせつ致傷1件及びこの強制わいせつ致傷の犯行後,犯行抑圧状態にある同女に対し,さらに暴行を加えて同女の金品を奪い取ったという強盗1件の事案である。

被告人は,本件各犯行当時,a市内のc駅付近のマンションの一室で知的障害者の仲間と一緒に生活していたものである。被告人は,本件犯行当日,前記マンションの別室で他の同居人らとともに夕食を摂った後,テレビを視聴していたが,午後10時ころ,一緒に居た者らの一人からアクション映画のビデオを見たいと言われて,自室にビデオテープを取りに行くために外へ出た。そのとき,c駅に列車が到着したのを目にすると,「女が降りてこないかな。女が降りて来たら,ついて行って,暗闇に入ったら,襲ってやろう。」などと考えた。被告人はいつの間にかビデオテープを取りに行くことを忘れてしまい,そのまま同列車を見ていると,複数の男性のほかに被害者が降車することを確認した。被告人は,被害者の跡をつけ,犯行現場付近にさしかかると,周囲が暗闇であるし,人気もないと感じたので女性を襲いやすいなどと考えて,被害者の背後から被害者のところに駆け寄り,判示各犯行に及んだ。

被告人は,単に女性と「エッチ」をしたいなどと考えてその性欲の赴くままに判示第1の犯行に及んだものであり,そのような犯行動機は,女性の人格を著しく冒涜し,女性の性的自由を蹂躙する自己中心的かつ短絡的なものであり,酌量の余地は全くない。被告人は,夜間,列車から降りてきた被害者を見掛けると跡をつけ,被害者がコンビニエンスストアに入るとその後から同店に入店して怪しまれないようにチューインガムを買いに来た振りをしたり,被害者が人気のない暗い場所に歩いていくのを見計らって判示第1の犯行に及ぶという犯行態様や突然被害者の後ろから抱きついて胸を掴み,押し倒し,被害者が助けを求めて泣き叫ぶと黙らせるためにその頭部,腰部などに対して多数回足蹴にしたり手拳で殴打するなどし,その間に複数回被害者の陰部や臀部などに触れるというような犯行態様は,卑劣,陰湿,執拗,巧妙かつ強烈であって悪質極まりない。被害者は,被告人の暴行により手術を必要とするほどの鼻骨骨折を負っただけでなく,腕や腰にも暫く痣が残るという傷害を負わされており,暗闇で突然襲われた被害者が抱いた恐怖感や衝撃も計り知れない。判示第1の犯行の結果は重大である。更に被告人は,「お金はたくさんあった方がいいので,ついでにお金を取ろう」などという金銭欲しさから判示第2の犯行にも及んでおり,このような利欲的な犯行動機も自己中心的かつ短絡的であり,酌量の余地がないことはいうまでもない。被害者は,たまたま列車から降りてきたところを被告人に見掛けられたというだけで突然凶行に遭っており,被害者には何ら責められるべき点はなく,前記の如き傷害を負わされたり,強い恐怖や衝撃を抱かせられたことも併せ考えると,被害者の受けた肉体的精神的苦痛が大きかったことは容易に推察できる。被告人には本件各犯行以前にも,金銭を盗取したことや,複数回女性に対して性的悪戯をすべく跡をつけたが,相手が暗い場所に行かなかったためにその行為を断念していたこともあったことが窺われ,さほどの抵抗感もなく本件各犯行を敢行していることからすると,被告人の規範意識は不十分で,再犯の可能性があることも否定することはできない。被告人の刑事責任は相当に重い。

しかしながら,本件各犯行については格別の計画性が窺われないこと,被告人は被害者との間で,本件各犯行について,治療費,慰謝料等の損害賠償として50万円を支払う旨の示談をし,支払い済みであること,被害者とその両親は被告人に対して宥恕の意思を示していること,判示第2の犯行に係る被害品については現金以外の物は既に被害者に仮還付され,現金についても押収され,判示第2の犯行について経済的損害はないこと,被告人は捜査段階から本件各犯行を認め,被告人なりに反省している様子が見えること,既に被告人には社会復帰した後の居住先及び稼働先が整っている様子であり,今後も父母を始め,被告人を指導監督する者の協力が得られる見込みであること,被告人には軽度精神遅滞があり,その程度は,責任能力に影響を与えるほどのものではないが,本件各犯行を容易に敢行してしまったことに少なからず影響していることが否定できないこと,前科前歴のないこと,その他被告人の年齢,身柄拘束期間など被告人のために酌むべき諸事情がある。そこで,酌量減軽の上,主文掲記の刑を科すとともに,今回に限り,その刑の執行を猶予し,社会内において,更生の機会を与えるのを相当と認める。

(求刑 懲役5年)

(裁判長裁判官 井口実 裁判官 瀬川裕香子 裁判官 岡田紀彦)

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