旭川地方裁判所 平成16年(わ)73号 判決 2005年1月31日
主文
被告人を懲役2年10月に処する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,平成15年4月23日午後10時25分ころ,北海道a市b町付近の最高速度が40キロメートル毎時と指定されている左方に湾曲し,かつ,降雨のため路面が湿潤している道路において,その進行を制御することが困難な時速約100キロメートルの高速度で普通乗用自動車を走行させたことにより,自車を道路の湾曲に応じて進行させることができず,横滑りしながら道路右斜め前方の路外草地上に暴走させた上,自車左側面部を同所に設置された街路灯の支柱に衝突させ,よって,自車助手席に同乗していたA(当時19歳)に対し,脾破裂,肺挫傷の傷害を負わせ,同月24日午前5時6分ころ,c市d町B病院において,同人を前記傷害に基づく出血性ショックにより死亡させた。
(証拠)
(省略)
(法令の適用)
罰条 刑法208条の2第1項後段,前段(致死)(刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に、裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)
(量刑の理由)
本件は,被告人が雨の降る夜間にa市内で被害者1名を助手席に同乗させて普通乗用自動車を運転中,湾曲し,路面が湿潤している道路において,自車を進行制御が困難な高速度で走行させたため,自車を道路の湾曲に応じて進行させることができずに路外に暴走させて街路灯の支柱に衝突させ,被害者を死亡させたという危険運転致死の事案である。
被告人は,平成14年に普通自動車の運転免許を取得したが,その後実際に路上を運転した回数は少なく,運転技術も未熟であった。しかし,本件当夜,被告人は,購入した自動車が納入されると,任意保険加入の手続を終えていないのに,念願の車が手に入った嬉しさから早速被害者を含めた友人3名を乗せてa市内にある自宅から車を乗り出し,c市内のガソリンスタンドまで給油しに行った。そして帰宅後,被告人は,更に運転したいと思い,a市郊外の「e峠」にドライブに行くことを決め,被告人の自動車と友人の自動車の2台に分乗し,同峠に向かった。被告人は,先発した友人の自動車の姿が見えないため,これに追い付こうなどと考えて,本件の如き運転行為に及んでおり,そのような短絡的な動機に酌量の余地はない。なお,検察官は,本件に至る経緯や動機について,被告人が,愛読していた漫画の主人公の影響を受け,高速度走行を極端に好む危険な性癖を有していること,本件時にもあらかじめ峠道で高速度走行を行う意図で車を乗り出し,漫画と現実世界を混同して高速度走行の快楽にのめり込んで本件に至ったことを指摘するが,そのような見方は必ずしも適切ではないと思われる。すなわち,被告人は,本件時に高速度走行をした理由について,一貫して先発した友人の車に追いつくために先を急いだ旨供述しているところ,前記友人らの供述内容に照らしても被告人の同供述には特段不合理な点はなく,むしろ,被告人がこれまで高速度走行を繰り返していた事実は窺えないこと,本件前に前記友人らから高速度走行を注意された際には素直に減速していたことなども考慮すると,被告人に検察官が指摘するような性癖があったことが明らかであるとまでは言い難い。また,被告人が登場人物が高速度走行を競う内容の漫画を愛読していたり,その主題歌を車内で聴いていたというだけで,本件時に同漫画の世界そのままに峠道での高速度走行など挑戦的な運転をしようという明確な意図を有していたとも認定し難い。本件の場合,事故の原因として重視されるべきなのは,被告人が自己の運転経験の乏しさや状況判断の甘さについての自覚を著しく欠き,本件当時,降雨で路面が湿潤しており,自車がスタッドレスタイヤを装着したままであることや前方にカーブがあることを認識していたにもかかわらず,さしたる恐怖感や危機感を覚えることすらなく,前を走っていた軽自動車が遅いと感じてアクセルを踏めるだけ踏んで加速して追い越し,更にそのまま加速を続け,指定速度の2倍以上の速度で本件の現場近くのカーブに進入したという無謀さ,高速度走行の孕む危険性に対する認識の甚だしい甘さ,他者の生命身体に対する配慮や責任感の希薄さにあったものとみられる。この点においてこそ被告人は極めて厳しい非難を受けて然るべきである。
被害者は,短期大学卒業後は福祉関係の仕事をして子供や老人の役に立ちたいという夢があったにもかかわらず,本件によってそのような夢を何ら果たすことなく19歳という若年で突然その生命を終焉させられるに至った。被害者の無念は察するに余りあり,本件による結果は極めて重大である。前記のとおり,被告人が任意保険の加入手続を終える前に本件事故を起こしたために,自動車損害賠償責任保険から約3000万円が被害者側に支払われたほかには十分な被害弁償ないし慰謝の措置が講じられておらず,その具体的な見込みも立っていない。そのほか被告人が弔問に訪れた際の言動,被害者の医療費等の支払等についての遺族に対する対応等に適切さを欠いた点があったことも考慮すると,最愛の家族を奪われた遺族が捜査段階から被告人の厳罰を望み,当公判廷における意見陳述においても,被告人に対し,峻烈な処罰感情を露わにしているのも当然のことである。前記のような本件に至る経緯,本件の原因や態様に加え,被告人には,シートベルト装着義務違反など比較的軽微とはいえ,本件以前の約3年間に既に3件の交通違反歴があることからすると,被告人の交通法規に対する遵法意識はそもそも甘すぎたと評価せざるを得ない。人命を軽視した無謀な運転による悲惨な人身事故が少なからず発生している中で,悪質かつ危険な運転行為により人を死傷させた者に対する罰則を強化し,事案の実態に即した適切な処罰を行うために危険運転致死傷罪が創設された趣旨に鑑みると,このような事犯に対しては厳しい態度で臨むことが社会から強く要請されており,前記のとおり,本件が道路状況を無視した無謀運転というまさに危険運転致死罪の適用が予定された典型的な類型の1つに当てはまることからしても,このような社会的要請や同様の反社会性の強い危険な運転行為に対する一般予防の見地にも十分配慮すべきである。そうすると,弁護人が指摘する被告人にとって酌むべき諸事情を最大限考慮しても,縷々述べたような被告人の刑事責任の重さや同種事案に対する量刑傾向に鑑みると,被告人に対し刑の執行を猶予するのは本件の量刑としては軽すぎるといわざるを得ず,被告人を実刑に処するのが相当である。
とはいえ,被害者は,被告人が本件直前に高速度で一般国道を走行した際にも同乗し,その後再び自らの意思で被告人運転の自動車に乗車したもので,加害者と無関係な歩行者や対向車の乗員が加害者の危険な運転行為により死亡させられたような事案とは自ずから異なる評価をするのが相当であること,被告人は,本件後,被害者宅を弔問に訪れたり,拒絶はされたものの被害者の遺族らに対して一定の被害弁償の申し出をしたことがあるなど不十分ながらも謝罪のための行動をしていること,本件公判開始後は,被害者の遺族の意見陳述等を通じて遅ればせながらこれまでの遺族に対する対応の至らなさやそのような自己の言動により遺族を一層深く傷付けてしまったことなどに気付くに至り,被告人なりに反省を深めている様子も見られること,在籍していた短期大学を退学するに至っていること,被告人の母親が当公判廷に証人として出廷し,被告人を監督していくことを誓っていること,前記交通違反歴を除き前科前歴がなく,今回初めて服役することとなること,被告人は本件当時,少年であったことなど被告人に有利に斟酌すべき諸事情も認められる。
これらの諸事情に加え,本件から1年9か月程度が経過した中で,被害者側に対する対応は別として,その間の社会内における被告人の素行について問題があったとは窺われないことなどをも考慮し,被告人に対しては主文掲記の刑に止めるのを相当と認める。
(求刑 懲役5年)
(裁判長裁判官 井口実 裁判官 餘多分亜紀 裁判官 岡田紀彦)
<以下省略>