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旭川地方裁判所 平成17年(レ)1号 判決 2005年10月04日

平成17年(レ)第1号,同第3号 不当利得返還等請求控訴,同附帯控訴事件

(原審・紋別簡易裁判所平成16年(ハ)第40号)

東京都品川区東品川2丁目3番14号

控訴人(附帯被控訴人・第1審被告,以下「控訴人」という。)

CFJ株式会社

代表者代表取締役

●●●

訴訟代理人支配人

●●●

北海道●●●

被控訴人(附帯控訴人・第1審原告,以下「被控訴人」という。)

●●●

訴訟代理人弁護士

亀井真紀

主文

1  本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とし,附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1申立て

1  控訴の趣旨

(1)  原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決中,被控訴人の敗訴部分を取り消す。

(2)  控訴人は,被控訴人に対し,50万8413円及びこれに対する平成17年9月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも控訴人の負担とする。

第2事案の概要

本件は,被控訴人が,貸金業者である控訴人に対し,両名間の金銭消費貸借契約について,控訴人が上記契約の当初からの取引履歴を開示しなかったことが不法行為に当たるとして,慰謝料46万2194円及び弁護士費用4万6219円の合計50万8413円の損害賠償を求めた事案である。

原審は,被控訴人の請求のうち,慰謝料15万円及び弁護士費用3万円を認容したが,控訴人は,これを不服として控訴し,被控訴人も敗訴部分につき附帯控訴した。

1  前提事実(証拠を摘示した部分を除き,当事者間に争いがない。)

(1)  控訴人は,貸金業を営む貸金業者である。

(2)  控訴人は,平成7年6月ころ,被控訴人に対し,金銭を貸し付けた。その後,控訴人と被控訴人の間で,平成16年3月ころまで,控訴人が金銭を貸し付け,被控訴人が弁済することが繰り返し行われた。

(3)  上記の各貸付けの約定利率は,いずれも利息制限法1条1項所定の制限利率を超過している。

(4)  被控訴人から債務整理を依頼された亀井真紀弁護士は,平成16年4月7日付け通知書により,控訴人に対し,被控訴人の代理人となる旨通知するとともに,被控訴人の負債状況を早急に把握し,任意整理ないし破産申立ての検討をするため,本件貸付けの全取引履歴を同封の債権調査票に記入するよう付記した上,控訴人と被控訴人との間の全部の取引履歴を開示するよう要請した(甲8)。しかし,控訴人は,同月30日,平成10年3月26日以降の取引履歴だけを開示し,被控訴人の方から和解案を提示するよう求める通知書を送付した。

(5)  被控訴人は,上記代理人弁護士を通じて,平成16年5月10日付け及び同年6月28日付けの各債権再調査依頼書により,全取引履歴の開示を重ねて要請した(甲1,2)が,控訴人は,これに応じなかった。

(6)  被控訴人は,同年8月17日,本件訴訟を提起した。

(7)  控訴人は,本件訴訟の第1審において,被控訴人との間の全部の取引履歴を開示した。

2  本件の争点と当事者の主張

本件の争点は,被控訴人から取引履歴の開示を求められた場合,控訴人はこれを開示する義務を負い,取引履歴の全部を開示しない場合には不法行為に基づく損害賠償の責めを負うか否かである。

(1)  被控訴人の主張

ア 取引履歴開示義務と不法行為責任について

(ア) 金融庁事務ガイドライン3-2-3(現在の3-2-7)は,「債務者,保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から,帳簿の記載事項のうち,当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること」としており,貸金業者は,債務者等から取引履歴の開示を求められたときは,上記ガイドラインに基づき,これを開示する法的義務を負う。

(イ) また,控訴人は,以下の理由により,全部の取引履歴を開示する信義則上の義務を負う。

① 貸金業者と借主との間で,包括契約に基づき長期間にわたって貸付けと弁済が多数回繰り返されている場合,借主が借入れ及び弁済に関する記録を保存しておくことは著しく困難である。そこで,借主が,貸金業者との間の取引履歴やこれに基づき利息制限法1条1項所定の制限利息に引き直して計算した債務額ないし過払金額を正確に知るためには,貸金業者から全取引履歴を開示してもらうほかない。

② 貸金業者は,業務として,顧客との契約に関する情報をコンピュータ上で管理・保存しているので,取引履歴を開示することは容易である。

③ 多重債務に陥った借主が債務整理をする場合は,自己破産の申立てをするか任意整理をするかなど,その整理の方針を決定するため,早期に債務総額を確定させる必要がある。

④ 任意整理が可能である場合に,一部の貸金業者の不開示により債務総額が多大であると判断し,自己破産を選択せざるを得なくなることは他の債権者にとっても最悪の事態であるが,控訴人による一部の取引履歴の開示によっては,被控訴人に50万2342円の債務が残っていたことになり,これを前提とすれば,被控訴人は,自己破産の申立てを選択せざるを得なかった。

(ウ) 以上のとおり,控訴人には,被控訴人との間の全部の取引履歴を開示する義務があり,これを履行しないことは不法行為に当たるから,被控訴人に生じた損害を賠償すべき義務がある。

イ 損害について

被控訴人は,取引履歴の一部しか開示しないという控訴人の行為により,弁護士に債務整理を依頼しながらも,その方針を確定できない不安な日々を過ごし,精神的苦痛を被ったものであり,その慰謝料は50万円を下らないところ,本訴では,その一部である46万2194円を請求する。

また,控訴人の不法行為と被控訴人の本件訴訟による弁護士費用の負担との間には相当因果関係があり,その金額は,上記慰謝料額の約1割に当たる4万6219円が相当である。

ウ 請求のまとめ

よって,被控訴人は,控訴人に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,50万8413円及びこれに対する不法行為の後である平成16年9月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)  控訴人の主張

ア 取引履歴開示義務と不法行為責任について

(ア) 控訴人は,顧客の取引履歴をコンピュータや書類による記録において保管・保存しているが,これまで多数の消費者金融会社と合併したり,債権譲渡を受けたりしており,合併・債権譲渡の前後において取引履歴の記録媒体が異なることがある。そのため,別の媒体に保管される記録が存在するにもかかわらず,控訴人は,一部の取引履歴を全部のものと認識して開示する場合もないわけではない。

また,被控訴人の指摘するガイドラインは,取引履歴の開示について法的義務を定めたものではないし,他に貸金業者に対して取引履歴の開示義務を規定する法令はない。

したがって,控訴人には,被控訴人に対する取引履歴開示義務はなく,それにもかかわらず,かえって一部にせよ進んで開示をしたのであって,控訴人の行為に違法性はない。

(イ) 最高裁判所平成17年7月19日第三小法廷判決(以下「平成17年最高裁判決」という。)は,貸金業者について,信義則上,保存している業務帳簿に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負う旨を判示したが,仮にこの論旨によった場合でも,本件で控訴人が一部開示しなかったことには,① 最高裁判決以前において,控訴人には,取引履歴の開示義務を負っているとの認識がなかったこと,② 顧客からの取引履歴開示要求に応じるには,相応の時間と費用がかかること,③ 営利を目的とする株式会社である控訴人が,取引履歴開示義務が法令上明確な規定を欠くにもかかわらず,顧客の開示要求に応じた結果,費用が増加したり過払金返還請求をめぐる紛争が多発ずるなどして控訴人に損失を生じさせれば,控訴人の経営陣が控訴人の株主から責任を追及されることになること,といった特段の事情が存するから,控訴人は取引履歴開示義務を負っていなかった。

(ウ) 控訴人が一部開示した取引履歴に基づいて利息制限法1条1項所定の制限利息に引き直して計算すれば,被控訴人は,約定の貸付残高約150万円が約50万円に減少することを容易に確認できるのであって,その結果,被控訴人の債務総額が約300万円ではなく約200万円であると把握できたのであるから,自己破産を選択せざるを得なかったとはいえないはずである。

加えて,任意整理の交渉は債権者ごとに個別に行うのが通常であり,正確な取引履歴を把握しなくとも破産や民事再生の申立てを行うことは可能であるから,控訴人が一部の取引履歴を開示しなかったために債務整理の方針が立てられないということはないはずである。

したがって,控訴人が取引履歴の全部を開示しなかったことにさほどの違法性はないというべきである。

(エ) 以上によれば,控訴人には被控訴人に対する取引履歴開示義務を負っておらず,全部の取引履歴を開示しなかったことが不法行為になることはない。

イ 損害について

(ア) 上記のとおり,控訴人が一部の取引履歴を開示しなかったことにより被控訴人が債務整理の方針を確定できないことはない。また,弁護士に債務整理を依頼する多重債務者は,弁護士の介入により多数の債権者による督促がなくなったことにより,その依頼の目的の大半を達成したも同然であり,その後の処理は弁護士任せにする場合がほとんどであるから,控訴人による取引履歴の一部不開示により被控訴人が不安な日々を過ごしたとは考え難い。

したがって,被控訴人には精神的損害は生じておらず,仮に生じたとしても微々たるものというべきである。

(イ) また,控訴人が全部の取引履歴の開示に応じたとしても,直ちに被控訴人の要求どおりに過払金を返還するものではないこと,権利者は自己の権利実現のために相応の努力をしなければならず,訴訟提起は何ら特別視・被害視されるべき行為ではないこと,控訴人が取引履歴を一部開示しなかったことにより被控訴人が弁護士に委任したのではないこと,被控訴人が弁護士に依頼せずに訴訟提起することも可能であったことからすれば,控訴人が取引履歴の一部を開示しなかったことと被控訴人が弁護士に委任して本件訴訟を提起したこととの間には,相当因果関係は認められない。

また,被控訴人代理人は,被控訴人から債務整理の依頼を受任した時点で成功報酬を除いた報酬を受領しているはずであり,成功報酬は本件訴訟で被控訴人が得た利得の中から被控訴人代理人に支払うべきものであるから,弁護士費用について控訴人が負担する義務はない。

第3当裁判所の判断

1  取引履歴開示義務と不法行為の成否について

(1)  貸金業の規制等に関する法律は,罰則をもって貸金業者に業務帳簿の作成・備付け義務を課すことによって,貸金業の適正な運営を確保して貸金業者から貸付けを受ける債務者の利益の保護を図るとともに,貸金業者と債務者との間の貸付けに関する紛争の発生を未然に防止し又は生じた紛争を速やかに解決することを図ろうとしているところ,そのような同法の趣旨に加え,債務内容を正確に把握できないことによって被る債務者の不利益の大きさと貸金業者が保存している業務帳簿に基づいて債務内容を開示することの容易さとの利益衡量によれば,貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示請求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,同法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿に基づいて取引履歴の開示をすべき義務を負っており,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである(平成17年最高裁判決参照)。

これを本件について検討すると,前記前提事実によれば,被控訴人代理人が控訴人と被控訴人との間の全部の取引履歴の開示を要求したのに対し,控訴人は,平成10年3月26日以降の取引に限定して開示したにすぎず,その後被控訴人代理人による2度にわたる全取引履歴の開示要求にも応じることはなく,本訴が提起されて初めて全取引履歴の開示をしたのである。このような全部の取引履歴の開示に至る経緯に照らせば,控訴人に合併等の事情に伴い開示に困難さが生じていたことを考慮してもなお,控訴人は,被控訴人に対する取引履歴開示義務を尽くしたということはできない。

なお,控訴人は,被控訴人の要求に応じて取引履歴の一部を開示したことが違法性を阻却ないし減弱させるかのような主張をしているが,被控訴人にしてみれば,取引履歴の一部が開示されただけでは,結局のところ,控訴人との間の現在の法律関係について把握することができないのであって,債務整理の方針決定等に寄与しないという点では取引履歴を一切開示しないことと大きな違いはないというべきであり,取引履歴開示義務違反による違法性にいささかも影響を及ぼさないというべきである。したがって,控訴人の上記主張は失当といわざるを得ない。

(2)  ところで,控訴人は,平成17年最高裁判決以前には控訴人に取引履歴開示義務の認識がなかったなどの特段の事情があるので,信義則上の開示義務を負わない旨主張する。しかしながら,貸金業者が債務者からの取引履歴の開示要求に対して開示義務を負わないこととなる特段の事情とは,前述のとおり,債務者の開示請求が濫用にわたるものと認められる場合など,債務者と貸金業者との間に存する具体的事情に照らし,開示によって得られる債務者の利益と開示をすることによって失われる貸金業者の利益とを比較したとき,後者の方が明らかに大きく,貸金業者に開示を強いることが酷に失する場合に限られる,そうすると,控訴人の主張する各事情は,上記のような特段の事情に当たらないことは明らかであって,控訴人の上記主張は採用することができない。

さらに,控訴人は,控訴人による取引履歴の一部を開示しないことにより被控訴人の債務整理の方針が立てられない状況にはなかったとも主張するが,上記(1)で述べたとおり,正確な債務内容を把握できなければ,債務整理の方針決定に支障を及ぼすことは明らかであって,仮に任意整理を行うとの方針を決定できたとしても,個別の弁済計画の判断に支障を及ぼすことは明らかである。したがって,控訴人の上記主張もまた失当である。

(3)  以上の検討によれば,控訴人が被控訴人との取引履歴の全部を開示せず,その一部を開示したにとどまることは,取引履歴開示義務違反として不法行為となるものというべきであり,これによって被控訴人が被った損害について賠償すべき責任がある。

2  被控訴人の損害について

(1)  控訴人の取引履歴開示義務違反によって被控訴人が被った精神的損害についてみると,本件における取引履歴の開示に関する交渉経過,本訴提起前に控訴人が開示した取引履歴の内容,控訴人が全取引履歴について開示した時期,控訴人が当初一部開示した取引履歴に基づいて利息制限法1条1項所定の制限利息に引き直して計算して得られる残債務額と全取引履歴について同様の利息計算をして得られる残債務額との差額等,本件に現れた諸般の事情を総合考慮すれば,被控訴人は,控訴人の上記義務違反の結果,債務整理の方針等が決定できず本訴の提起にやむなきに至ったことにより相当の精神的苦痛を受けたものと認めるのが相当である。そして,その苦痛を慰謝するには15万円が相当であるとした原審の判断が不当ということはできない。

(2)  また,上記の経過に照らせば,被控訴人に生じた弁護士費用は,控訴人の不法行為との相当因果関係があることは明らかであって,その額についても,これを3万円とした原審の判断は,事案の難易,請求額,認容された額,その他の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものというべきである。

3  結論

以上の次第であるから,本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸日出夫 裁判官 餘多分宏聡 裁判官 川﨑直也)

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