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旭川地方裁判所 平成18年(ワ)67号 判決 2007年12月26日

原告

A野太郎

同訴訟代理人弁護士

足立敬太

被告

増毛町

同代表者町長

石崎大輔

同訴訟代理人弁護士

佐々木泉顕

中原猛

沼上剛人

村山敬樹

主文

一  被告は、原告に対し、一一四二万三一四二円及び内金一一三三万〇〇一九円に対する平成一七年一二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二八四六万一二五五円及び内金二〇〇万円に対する平成一六年二月二三日から、内金二六二四万五五三九円に対する平成一七年一二月一〇日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告の管理する流雪溝付近の河川において除雪作業をしていた際に、突然に発生した急激な水流に流される事故に遭遇し、低体温症による四肢末梢神経障害の後遺障害を負うなどしたが、同事故が発生したのは、被告において除雪作業により生じる危険を回避するための適切な措置を講じていなかったことが原因であるなどとして、被告に対し、不法行為(国家賠償法一条一項)、債務不履行(安全配慮義務違反)又は国家賠償法二条一項に基づき損害賠償請求をするとともに、本件訴訟の中で、被告が虚偽の主張や改ざん等をした証拠を提出したことは、訴訟法上の信義誠実の原則に違反するとして、被告に対し、不法行為(国家賠償法一条一項)に基づき損害賠償請求をし、併せて遅延損害金の支払を求めている事案である。

二  前提事実(証拠等を摘示した部分を除き、当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告は、平成一五年一二月八日ないし一〇日から、株式会社B山(以下「B山社」という。)に雇用されていた者である。

イ 被告は、増毛町流雪溝(以下「本件流雪溝」という。)を管理する地方公共団体である。

ウ B山社は、増毛町内で、土木建築業等を営む株式会社であり、被告から、後記のとおり平成一五年度の本件流雪溝の管理業務(以下「本件業務」という」の委託を受けた。

エ 原告は、B山社の従業員として本件業務に従事していた。

(2)  本件流雪溝

本件流雪溝は、増毛町の町民が排雪した雪を下流の日本海に流出させるために設置されたものであって、Aルート(一八四六メートル)とBルート(一〇四七メートル)によって構成され、流雪の水源として付近を流れる河川である永寿川を利用していた。本件流雪溝の設置状況は、別紙図面のとおりであり、Aルート、Bルートは、それぞれ同図面記載Aルート取水堰、Bルート取水堰の部分の取水口(Aルートの取水口がBルートの取水口よりも上流に位置する。)から永寿川の流水を取り込み、導水管を経て、流雪溝に通した上、流末排水路を経て、日本海に排出させる構造となっていた。

(3)  本件業務の概要

ア 本件管理委託契約

被告は、平成一五年一一月二六日、B山社との間で、本件業務をB山社に委託する旨の契約(以下「本件管理委託契約」という。)を締結した。

イ 本件業務の内容

(ア) 本件業務は、本件流雪溝の有効利用を図ることを目的としており、本件流雪溝に関連する各施設を巡視し、同施設の点検、流水(流速)の確認、利用者に対する投雪指導、異常時の被告に対する連絡等を行うことを主な内容としていた。また、巡回者であるB山社の従業員は、本件流雪溝の管理状況について、管理日誌を作成し、被告に提出することとなっていた。

なお、本件業務の内容には、取水口付近の導水管内の着氷除去も含まれていたが、永寿川内での除雪は、本件管理委託契約の契約書上は明示されていなかった。

(イ) 本件業務に関する一日の作業の基本的な流れは、以下のとおりである。

① 午前六時

巡回者(二名)は、午前六時に本件流雪溝のAルート取水口付近の小屋に集合し、小屋の周囲の除雪や同取水口の着氷雪除去を行う。

② 午前六時三〇分から午前八時二五分まで

午前六時三〇分にAルートの取水口が自動的に開く。そのころ、巡回者は、上記小屋に入り、流量計で流量を確認した後、Aルートの流末に行って流末まで水が流れることを確認する。

巡回者は、Aルートの流末までの流水を確認した後、Aルート取水口に戻るが、その間に増毛町民への投雪指導や本件流雪溝の管理(着氷雪の除去等)をする。Aルート取水口に戻ると、再び流量を確認した後、再度、Aルートの流末に行って流水を確認する。このような往復を午前八時二五分にAルート取水口が自動的に閉じられるまで、おおむね五回から八回程度繰り返す。

なお、その間にBルート取水口付近の小屋の周囲の除雪や同取水口の着氷雪除去を行う。

③ 午前八時二五分から午前九時四五分まで

午前八時二五分にAルートの取水口が自動的に閉じ、Bルートの取水口が自動的に開く。そのころ、巡回者は、Bルート取水口付近の小屋に入り、流量計で流量を確認した後、Bルートの流末に行って流末まで水が流れることを確認する。その後、Bルート取水口が自動的に閉じる午前九時四五分まで、Aルートの管理と同様、Bルート取水口と流末との間を往復し、投雪指導等を繰り返す。

④ 午前九時四五分

Bルートの取水口が自動的に閉じる。巡回者は、Bルート取水口付近の小屋の周囲の見回りをした後、Bルート流末まで行って流水が止まるのを確認して、いったん作業を終了する。

⑤ 午前一一時五〇分から午後三時一五分まで

巡回者は、再びAルート取水口付近の小屋に集合する。その後、午後零時五分にAルート取水口が自動的に開き、午後三時一五分にBルート取水口が自動的に閉じるまで、①ないし④と同様の作業を行う。Bルート取水口が自動的に閉じた後に確認作業を終えたら、当日の業務は終了する。

⑥ 当日の巡回者のうちの責任者が管理日誌を作成する。本件業務の責任者であるC川松夫(以下「C川」という。)以外の者が管理日誌を作成した場合は、C川にこれを渡し、C川は、月に一度、月末までにまとめて被告に提出していた。

ウ 本件業務内容の引継ぎ

本件管理委託契約を締結するに当たり、B山社に対して本件業務の具体的内容を説明したのは被告ではなく、平成一三年度に本件業務を行った増毛土建株式会社(以下「増毛土建」という。)の担当者であった。C川は、B山社の従業員に対し、増毛土建の担当者から引継ぎを受けた内容を説明した。

(4)  本件事故前における永寿川内での除雪作業及び管理日誌の記載内容

原告を含むB山社の従業員は、以下のとおり、少なくとも平成一五年一二月二七日、平成一六年一月一四日の二回にわたり、永寿川内での除雪作業を行い、管理日誌を作成して、被告に提出している。

ア 平成一五年一二月二七日

(ア) 巡回者であるB山社の従業員は、午前中にBルートの取水口付近に雪が堆積していたことから、被告職員とともに、永寿川内に堆積していた雪を除雪することになった。この作業に加わったB山社従業員は、原告、C川、D原竹夫及びE田梅夫であり、被告職員は、被告建設課管理係長A田春夫(以下「A田係長」という。)、被告建設水道課技師B野夏夫(以下「B野技師」という。)ほか一名であった。

(イ) 同日の管理日誌(甲一九、乙イ一)には、「流雪溝利用状況」欄に「BルートAM投雪中止」、「特記事項」欄に「Bルート取水口雪堆積、AM中に除去」などの記載がある。

イ 平成一六年一月一四日

原告を含むB山社の従業員は、平成一六年一月一四日にも、永寿川内に堆積していた雪を除雪する作業を行った。

同日の管理日誌(甲一九、乙イ一)には、「流雪溝利用状況」欄に「時間外投雪多数」、「巡回記録」欄の「導水状況」欄に「Bルート取水口雪がつまる。当日中に除去」、同「特記事項」欄に「PM8:00~10:30まで永寿川雪投」などの記載がある。また、除雪のために第一取水堰及び第二取水堰(Aルート取水堰及びBルート取水堰)の各ゲートを操作した旨記載がある。

(5)  本件事故の発生

下記のとおり、本件流雪溝のBルート取水口付近(以下「本件事故現場」という。)において原告及びC川(以下「原告ら」という。)が水流に飲み込まれ、永寿川下流を経て日本海まで流される事故(本件事故」という。)が発生した。

ア 事故の日時 平成一六年二月二三日午前八時四五分ころ

イ 事故の場所 増毛町(永寿川河口内Bルート取水口付近)

ウ 事故遭遇者 原告ら

エ 事故態様 積雪によって永寿川内の水がせき止められ、Bルート取水口から十分な取水ができなかったため、原告らが、永寿川内においてBルート取水口付近から上流側にかけての除雪作業(以下「本件除雪作業」という。)を行ったところ、突然に発生した急激な水流に飲み込まれ、永寿川下流を経て日本海まで流された。

オ 事故の結果 上記事故により、C川は死亡し、原告は一命をとりとめたが、下記の傷害及びこれによる後遺障害を負った。

カ 原告の傷害及び後遺障害の内容 原告は、本件事故後、留萌市立病院において、低体温症による末梢神経障害と診断された。原告は、同病院で治療を受けた後、医療法人澤泉病院(以下「澤泉病院」という。)において、平成一六年三月二二日から同年六月三〇日まで入院治療を受け、更に同年七月一日から平成一七年六月三〇日まで通院治療(実日数二八八日)を受けた。

原告の症状は、平成一七年六月三〇日をもって固定し、低体温症による四肢末梢神経障害(両前腕から手指にかけてと両下腿から足にかけてのしびれ感及び疼痛、両腸骨から大腿前面にかけての感覚消失等)の後遺障害が残った。

(6)  本件事故後の事情

ア 原告は、本件事故後、本件事故に関連して以下の金員を受領した。その支払状況は別紙治療費明細及び別紙労災補償明細のとおりである。

(ア) 留萌労働基準監督署支払分

① 治療費 四〇九万三六一二円

② 休業補償保険給付 一五四万六六五〇円

③ 休業補償特別支給金 五一万五五五〇円

④ 障害補償保険給付 一一七万〇七五〇円

⑤ 障害補償特別支給金 二九万〇〇〇〇円

⑥ 療養補償給付(移送費) 四〇万五九六四円

(イ) B山社支払分 一九六万一五五〇円

イ 本件訴訟の経緯

(ア) 原告は、平成一七年一二月九日、本件事故について、被告及びB山社に対し、損害賠償を求めて本件訴訟を提起した。

(イ) 原告は、平成一八年六月八日、被告が書証として提出した平成一五年度の管理日誌(乙イ一、以下「本件管理日誌」という。)の記載内容が、B山社従業員らが作成した管理日誌の記載内容と異なっており、改ざんのおそれが高いなどとして、被告の所持する管理日誌及び被告が本件業務に関して作成した一切の書類等の検証等を求める証拠保全の申立てをし、同月一三日、証拠保全決定がなされ、同月一九日、証拠保全としての検証(以下「本件証拠保全」という。)が実施された。

(ウ) 原告とB山社との間には、平成一九年一〇月二日の第一一回弁論準備手続期日において、B山社が原告に解決金として三〇〇万円を支払うこと(ただし、支払は分割によるもので、支払時期は平成一九年一〇月末日以降である。)を主な内容とする和解が成立した。

第三本件の争点

一  被告の責任原因の有無

(1)  不法行為又は債務不履行に基づく責任の有無

(2)  国家賠償法二条一項に基づく責任の有無

二  被告の訴訟行為の不法行為該当性

三  原告の損害

四  過失相殺の有無及び過失割合

五  損益相殺の充当関係

第四争点に関する当事者の主張の概要

一  被告の責任原因の有無(争点一)

(1)  不法行為又は債務不履行に基づく責任の有無

ア 不法行為責任の有無について

(原告の主張)

(ア) 被告は、原告が従前から永寿川内での除雪作業を行っており、かつ、同作業中に河川の水が突然大量に流れ出す危険性が高いことを認識していたのであるから、流水の危険を察知するための監視者を置いたり、流水により作業担当者が流されないようにするための命綱を付けさせたりするなどの措置を講ずべき義務を負っていた。

それにもかかわらず、被告は、これらの措置を講ずることなく、漫然と原告らに本件除雪作業をさせた過失がある。

被告は、上記過失により、本件事故を発生させ、原告に損害を生じさせたのであるから、原告に対し、不法行為に基づき損害賠償責任を負う。

(イ) 被告の主張に対する反論

① 本件業務の中には、永寿川内での除雪作業が含まれていないという主張について

大量の積雪のために永寿川の流れがせき止められた場合に、増毛町民が本件流雪溝に一斉に投雪を行うと、本件流雪溝内の雪が溶けずに残って、溝内の水があふれ出す危険がある。そのため、被告は、B山社に対し、本件業務の一環として永寿川内での除雪作業をさせていた。

原告は、本件事故前の平成一五年一二月二七日と平成一六年一月一四日にも永寿川内で除雪作業を行っており、そのうち、平成一五年一二月二七日の作業時には、被告職員も協力している。

原告らB山社従業員は、本件業務の一環として、これらの除雪作業に従事したのであって、ボランティアや業務外の作業として行ったものではない。

また、佐々木建設運輸株式会社(以下「佐々木建設運輸」という。)が永寿川で除雪作業をしていたのは、本件事故現場より相当上流の場所においてであって、本件流雪溝付近での除雪作業はしていない。

② 被告が原告らに永寿川内での除雪作業をさせていないという主張について

本件除雪作業は、被告の指示によって行われたものである。

なお、A田係長が、C川に対し、永寿川内で除雪作業をしないように注意をしたという事実はないし、原告は、B山社から、そのような注意を受けたこともない。

(被告の主張)

以下の事実にかんがみれば、被告には、原告主張の過失はない。したがって、被告は、原告に対し、不法行為責任を負わない。

(ア) 本件業務の中には、永寿川内での除雪作業は含まれていない。

すなわち、被告は、永寿川の管理者ではないから、管理行為に当たる除雪作業を行うことは原則としてなく、したがって、被告が、B山社に対し、永寿川内の除雪作業を委託することはあり得ない。

確かに、管理日誌の中には、除雪等のために転倒ゲートを操作した旨の記載があるが、被告は、B山社やその従業員に対し、転倒ゲートを操作して取水口やその付近の除雪や着氷の除去をすることを指示したことはないから、管理日誌の記載をもって、被告が、B山社に対し、永寿川内での除雪業務を委託したということはできない。

なお、被告は、永寿川内での除雪作業が必要となる場合には、重機を有する佐々木建設運輸に除雪を依頼していた。

(イ) 被告は、原告らに永寿川内での除雪作業をさせていない。

すなわら、上記(ア)記載のとおり、本件業務の中に永寿川内での除雪作業は含まれていないから、被告が、原告らB山社の従業員に対し、除雪作業の指示を出すことはあり得ないし、これを黙認したこともない。このことは、A田係長が、本件事故以前に、C川に対し、永寿川内での除雪作業をしないように注意していたことからも明らかである。

また、C川は、本件事故当日、被告職員に連絡をする前から本件除雪作業を始めており、被告職員が、原告らに対し、本件除雪作業を指示した事実もない。

イ 債務不履行責任の有無について

(原告の主張)

(ア) 本件管理委託契約に関しては、①B山社の従業員である巡回者は、本件流雪溝に異常が発生した時は、被告に対して直接連絡をすることとされていたこと、②本件流雪溝の管理状況に関する報告は、被告が作成した管理日誌の定型用紙に巡回者が記載し、B山社の上司らの確認を経ることなく、被告に提出されていたこと、③平成一五年一二月二七日に行われた除雪作業は、B山社の代表者であるB山秋夫(以下「B山代表者」という。)の関与のないまま、被告職員とB山社の従業員との協議に基づいて行われたこと、④本件流雪溝の投雪禁止措置について、巡回者から報告を受けた被告職員が一次的に決定していたことなどの諸事情があり、さらに、A田係長が、本件業務の責任者であるC川に注意をすれば、C川からB山社に連絡されると認識していたことをも考慮すると、被告は、直接、B山社の従業員に対し、本件業務の一環として、永寿川内での除雪作業を行わせていたというべきである。

(イ) 以上によれば、被告は、原告に対する安全配慮義務を負うところ、上記(1)ア(ア)において主張した事実は、被告の安全配慮義務違反及びこの点についての被告の過失を基礎付けるものである。よって、被告は、原告に対し、債務不履行に基づき損害賠償責任を負う。

(被告の主張)

被告と原告との間には雇用関係は存在せず、原告は、もっぱら、B山社内部におけるC川の指示の下に本件業務を行っていた。また、被告がB山社に代わって本件業務について原告に直接指示命令を行ったこともない。

したがって、被告は、原告に対し、安全配慮義務を負わない。

(2)  国家賠償法二条一項に基づく責任の有無

(原告の主張)

本件流雪溝には、以下のような瑕疵があり、かかる瑕疵は公の営造物の設置又は管理の瑕疵に当たるから、被告は、原告に対し、国家賠償法二条一項に基づき損害賠償責任を負う。

ア 本件流雪溝については、大雪の際に、水流がせき止められた永寿川に入って危険な除雪作業を行わなければ、本件流雪溝への水源供給を確保することができず、排雪を日本海まで流すという本来の機能を発揮できないという安全管理上の構造的欠陥が存在した。

イ 被告は、大雪のために本件流雪溝が詰まることは十分に予測することができたのであるから、巡回員の報告を受けた上で、適宜、町民に対して防災無線等の手段で緊急の投雪制限の告知をするための放送態勢、人員配置、安全管理マニュアルを整備しておくべきであったところ、被告は、これらの整備を怠った。

ウ 被告は、大量降雪時において、原告ら巡回員の報告を聞いた際、①どのような手順で除雪作業の危険性を判断するのか、②どのような場合に除雪作業を実施しなければならないと判断すべきなのか、③除雪作業を実施する場合には、十分な人員が確保されているかどうかなどを作業現場で確認し、安全性が確認されるまでは作業を実施させないことなどを取り決めた安全管理マニュアルを整備しておくべきであったところ、被告は、これらの整備を怠った。

(被告の主張)

被告が主張する瑕疵は、以下のとおり、いずれも国家賠償法二条一項の規定する瑕疵に当たらない。

ア 本件流雪溝と同様の流雪溝は北海道内においても四〇箇所以上設置されているところ、河川から水を取り入れるという性質上、気象条件によっては、大量の雪が河川内に堆積したり、着氷したりすることなどにより、流雪溝を使用することができなくなることもあるのであって、これは、流雪溝自体が有する機能上の限界というべきであり、これをもって、本件流雪溝に構造上の瑕疵があるとはいえない。

イ 被告は、本件流雪溝の供用を開始した平成三年度以降、組織している管理責任者の連絡網を整備し、緊急時の流雪溝利用者への連絡体制を構築しており、管理業務委託者のパトロール、被告建設課職員による利用者全戸に対する巡回等により本件流雪溝への投雪禁止を周知していた。また、本件流雪溝を使用することができなくなる場合については、本件流雪溝の供用時間内で早急に利用中止を伝える場合には、各地域の流雪溝管理責任者に連絡し、又は被告職員やB山社従業員が利用者に直接中止を伝える態勢がとられ、急を要しない場合には、防災無線により増毛町民に対して本件流雪溝の利用中止を伝えることとされていた。実際にも、本件事故後には、流雪溝の利用中止を被告職員が直接増毛町民に伝えているし、原告らから永寿川への投雪の禁止・制限を増毛町民に呼びかけてほしいとの要望があった際にも、その都度、被告職員が該当する町民に注意をして対応している。

ウ 本件業務の内容には永寿川内での除雪作業が含まれておらず、被告が、B山社又はその従業員に対し、除雪作業を指示したという事実もないから、被告には、河川内での除雪作業を前提とする安全管理マニュアルを整備すべき義務はなかった。

二  被告の訴訟行為の不法行為該当性(争点二)

(原告の主張)

(1) 被告の以下の訴訟行為は、訴訟法上の信義誠実の原則に違反し、原告に対する故意又は重過失による不法行為を構成するところ、原告が被った精神的苦痛を慰謝するために相当な慰謝料は二〇〇万円を下らない。なお、かかる不法行為に基づく損害賠償債権についての遅延損害金の発生日は、本件訴訟が本件事故を不法行為としてその損害賠償債権を実現させるための訴訟であることからすれば、本件事故による不法行為に基づく損害賠償債権と同一である。

ア 永寿川の除雪をB山社以外の業者に依頼していたという虚偽の主張をしたこと

(ア) 被告は、永寿川での除雪作業をB山社以外の業者に依頼したと主張し、その証拠として、平成一五年度増毛町流雪溝管理経費予算内訳書(乙イ六の一)を提出した。しかしながら、本件証拠保全の結果、上記書証は、予算計上段階で作成された書面であり、これとは別に実際の支出状況、決算額について記載した「平成一五年度増毛町流雪溝管理経費決算内訳書」(本件証拠保全に係る検証調書別紙三・一五四頁)が被告によって作成、保管されていたこと、この書類には、平成一五年に被告が重機を使用する除雪作業をB山社以外の業者に委託し、委託料を支払った事実は記載されていなかったことが判明した。

(イ) また、本件証拠保全の結果、被告が「平成一三年度 増毛町流雪溝管理経費決算内訳書」(本件証拠保全に係る検証調書別紙三・三七三頁)、「平成一四年度 増毛町流雪溝管理経費決算内訳書」(本件証拠保全に係る検証調書別紙三・二五三頁)及び「平成一六年度 増毛町流雪溝管理経費決算内訳書」(本件証拠保全に係る検証調書別紙三・一四頁)を作成、所持していたこと、これらの書類にもB山社以外の業者に除雪を委託し、委託料を支払った事実は記載されていなかったことが判明した。しかしながら、被告は、上記各書類を書証として提出することをせず、他方で、「例年被告の他の業者に委託していた」、「取水口付近の永寿川の除雪は、必ず、業者と契約締結した上行っていたのであり、必要な重機がない管理委託業者であるB山社に、永寿川の除雪を依頼することはあり得ない。」と主張した。

イ 永寿川内での除雪作業の回数及び同作業の禁止の指示に関する虚偽の主張をしたこと

被告は、永寿川内での除雪作業が行われたのは、平成一五年一二月二七日の一度だけであり、その際には、C川に対し、今後、同様の作業を禁止する旨の指示をしたと主張した。

しかしながら、被告が提出した平成一五年度の管理日誌(乙イ一)には、平成一六年一月一四日及び同一五日の二度にわたり永寿川で除雪作業を行ったという記載がある。また、本件証拠保全の結果、被告が、B山社において本件事故に関し労働基準監督署に提出した回答書(本件証拠保全に係る検証調書別紙三・一〇五頁、一一二頁)を所持しており、同書面には、被告職員が二度にわたり除雪作業に立ち会っていた旨記載があることが判明したところ、この点について、被告から事実と異なるとして、B山社に対し申入れをした形跡やB山社が労働基準監督署に対して回答の訂正を申し出た形跡はなく、それどころか、被告が所持していた上記回答書の回答部分はペンで書かれた線で丸く囲まれており、被告が重大な関心を抱いていたことをうかがわせる。

ウ 改ざん又はねつ造した証拠を提出したこと

被告が提出した本件管理日誌は、改ざん又はねつ造されている。

すなわち、本件管理日誌の「管理責任者」欄はC川の記名がなされているのに対し、平成一三年度及び平成一四年度の管理日誌の同欄は、いずれも作成者の署名がなされている上、平成一四年度にC川が記載した管理日誌の管理責任者欄の署名と本件管理日誌の同欄の署名とではその筆跡が異なっている。また、被告が北海道留萌土木現業所に提出した平成一五年一二月一日から平成一六年二月二二日までの管理日誌の写し(甲一九)と本件管理日誌とを比較すると取水量に関する記載が全て異なっている。北海道留萌土木現業所が被告から管理日誌を受領したのは、平成一八年四月であり、本件管理日誌が書証として提出された時期の直前であることから、C川以外の者による改ざんであることは明らかである。さらに、本件管理日誌は、平成一六年一月一四日、同一五日、同二九日、同二月一日のゲート操作の時間の記載がないが、これらの日はいずれも除雪作業が行われ、作業員が永寿川に下りていることからすれば、この点は真相を隠蔽するための工作であると考えられる。このほか、本件管理日誌の「流雪溝利用状況」欄には「時間外投雪多数」という記載がみられるが、原告らは、被告から、「利用者なし」、「利用者少数」又は「利用者多数」のみを記載するように指示されていたものであるから、そのような記載をするとは考えられない。

仮に本件管理日誌の改ざん又はねつ造が被告以外の者によって行われたとしても、被告が毎日の管理日誌の提出を受け、その記載内容について複数の職員が決裁していたことなどからすれば、被告において改ざん又はねつ造に気付くことは容易であった。

(被告の主張)

被告が虚偽の主張、証拠の改ざん又はねつ造をしたという事実はない。

ア 被告は、永寿川内での除雪が必要なときに増毛町内のB山社以外の業者に除雪の委託をしていると主張したのであって、当該委託について毎年予算計上していたし、必要があったときには予算が執行され、必要がなかったときには予算が執行されなかったにすぎない。

イ 原告は、平成一六年一月一四日及び同一五日にも永寿川内で除雪作業を行った旨主張し、本件管理日誌の記載及び被告B山社が労働基準監督署長に提出した回答書の記載をその根拠とするが、労働基準監督署に提出した回答書には被告は関与していないし、その記載内容について、原告は、永寿川内での除雪と永寿川の外からの住民による除雪とを混同している。また、A田係長がC川に対し、永寿川内での除雪作業の禁止を伝えたのは事実である。

ウ 本件管理日誌の巡回者氏名が訂正されていることは認めるが、巡回者の氏名を訂正したのは被告ではない。また、巡回者氏名以外の記載については取水量を除き訂正されていない。

本件管理日誌と被告が北海道留萌土木現業所に提出した管理日誌との間で「取水量」欄の記載が異なる理由は以下のとおりである。

すなわち、本件流雪溝は北海道が管理する河川である永寿川からの取水を行っているところ、本件流雪溝の所有者である国、北海道及び被告の三者は、北海道から本件流雪溝に必要な取水量の水利権許可を受けた。しかしながら、本件流雪溝を供用するには、上記許可当時の水利権水量では少なかったため、当初から許可水量を超える取水量で運用していた。そして、被告は、水利使用規則によって、毎日の取水量を月ごとに北海道留萌土木現業所長に報告しなければならなかったため、本件流雪溝の供用開始時から、毎日の取水量の報告を事実と異なり、許可取水量の範囲内で報告していた。したがって、本件管理日誌の「取水量」欄の記載が北海道留萌土木現業所に提出したものと異なることは、本件訴訟とは無関係である。

三  原告の損害(争点三)

(原告の主張)

(1) 原告の治療経過及び症状固定

ア 原告は、本件事故により、澤泉病院において、低体温症による四肢末梢神経障害と診断され、平成一六年三月二二日から同年六月三〇日まで同病院に入院し、同年七月一日から平成一七年六月三〇日まで同病院に通院した。

イ 原告の症状は、平成一七年六月三〇日に固定し、低体温症により、両前腕から両手指、両下腿から両足にしびれ感、疼痛が残存(特に左下腿から左足の症状が顕著)し、また、両腸骨から両大腿前面の感覚消失が残存しており、これは、不可逆性の血管、神経の変性が生じているものとみられるところであって、これらの後遺障害は、労働者災害補償保険法施行規則別表第一の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)一一級に相当する。

(2) 原告の損害

ア 本件事故による症状固定前の損害

(ア) 入院雑費 一九万三五〇〇円

入院日数一二九日、一日当たりの入院雑費一五〇〇円として算出した。

(イ) 通院交通費 一三万一六五七円

通院日数二八八日、原告の自宅から澤泉病院まで往復三二キロメートル、自動車の燃費を一リットルにつき七キロメートル、軽油購入代金を一リットルにつき一〇〇円として算出した。

(ウ) 休業損害(本件事故当日から症状固定日まで) 三三八万〇一一〇円

基礎収入を二四九万七四五〇円(本件事故の前年度所得)、休業期間四九四日(本件事故から症状固定日まで)として算出した。

(エ) 入通院慰謝料 二六〇万円

入院期間四か月、通院期間一二か月の慰謝料としては二六〇万円が相当である。

イ 本件事故による症状固定後の損害

(ア) 後遺障害逸失利益 一四七八万〇九四七円

基礎収入を平成一五年賃金センサスによる産業計全労働者全年齢平均の収入額である四八八万一一〇〇円とし、労働能力喪失率二〇パーセント(後遺障害等級第一一級に該当)とライプニッツ係数一五・一四一を乗じて算出した。

(イ) 後遺障害慰謝料 四二〇万円

ウ 被告の不法行為となる訴訟行為についての慰謝料 二〇〇万円

エ 弁護士費用 三七五万円

原告代理人は、通常では行われることのない訴訟係属後の証拠保全手続を申し立てるとともに、同手続によって明らかとなった被告が所持していた証拠に基づいて被告の主張を論破するに足りる有効な主張を行い、原告を訴訟上極めて有利な方向に導いたものであるから、弁護士報酬として本件の損害賠償額総額(約二五〇〇万円)の一五パーセントの請求権を有し、被告において、その賠償責任を負う。

オ なお、治療費四〇九万三六一二円、病院関係費(診断書料、病状照会に対する意見書料及び休業補償請求書証明書料)一万六〇〇〇円については、いずれも、その全額につき労働者災害保障保険(以下「労災保険」という。)によって支払われている。

(被告の主張)

原告の被った損害については、全て知らない。

仮に、原告の損害が認められるとしても、休業損害の算定の基礎となる日額は五二五〇円が相当であるから、休業損害の総額は、この金額に四九四日を乗じた二五九万三五〇〇円が相当である。

後遺障害による逸失利益について、基礎収入額は、症状固定時が三八歳であるから、現実の収入額である前年度の年収二四九万七四五〇円によるべきである。

また、原告の障害が「局部の頑固な神経症状」であるとすれば、原告の労働能力喪失期間は、五年又は一〇年が相当である。よって、仮に、同期間を一〇年として計算したとしても、原告の逸失利益は、基礎収入額二四九万七四五〇円に労働能力喪失率二〇パーセントとライプニッツ係数七・七二二を乗じた三八五万七〇六一円が相当である。

四  本件事故による損害についての過失相殺の有無及び過失割合(争点四)

(被告の主張)

原告らは、永寿川が雪氷により閉塞された状況下にあり、しかも、午前八時三〇分ころには、Bルートの取水口よりも上流部にあるAルートの取水口が自動的に閉鎖されることになっていたにもかかわらず、Bルート取水口付近の転倒ゲートを倒したままで除雪作業をしたものであり、したがって、原告らは、永寿川の河水がAルートに流れなくなり、その分増加した河水がBルートの上流から流れ込む危険性を予測することができた。また、原告らは、いずれも成人であり、判断能力や適応能力にも問題はなかった。それにもかかわらず、原告らは、業務外の本件除雪作業を行うに当たり、被告に連絡し、指示を仰ぐこともなく、漫然と業務外である本件除雪作業を行い、本件事故を発生させたものであって、その対応には極めて重大な落ち度があった。

したがって、仮に被告に落ち度があったとしても、これは、原告の重大な落ち度に比して、取るに足らない軽微なものである。

(原告の主張)

以下の事情にかんがみれば、本件において過失相殺をすることは許されない。

(1) 原告は、永寿川内での除雪作業の危険性について、被告及びB山社のいずれからも説明を受けたことはない。仮に、被告及びB山社がC川に対して永寿川内での除雪を禁止していたとしても、C川から原告に伝えられた事実はないから、被害者側の過失として考慮すべきではない。

原告が、取水堰のゲートが定時に自動的に開閉することとその時刻を知っていることは認めるが、被告から本件流雪溝の基本的な機能について説明を受けたことがなく、また、ゲートを倒して作業することが危険であること、ゲートを倒した場合の具体的水量、Aルートが閉鎖された場合の増加水量などについても教えられたことはない。また、Aルートが閉鎖すると水量が増えると一般的にいえるとしても、当時は、吹雪ですぐに雪が積もり、何度も除雪を行わなければならない程度に水の流れの悪い状況であったのだから、Aルートが閉じたからといって直ちに下流の水量が劇的に増したということはあり得ない。

(2) 永寿川内での除雪作業は、被告の指示等によって行われており、これによって利益を得るのは、原告らではなく、被告である。

(3) 仮に、被告が主張するように、被告において、C川に注意をしていたとしても、被告は、永寿川内での除雪作業が危険であると認識していたにもかかわらず、除雪を禁止させたことをB山社に伝えず、B山社の他の従業員にも伝えなかったことによって、本件事故を発生させたものである。

五  本件事故による損害についての損益相殺の充当関係(争点五)

(原告の主張)

医療機関に直接支払われた金員以外の労災補償金、仮払金等の既払金は発生済みの遅延損害金に当然充当され、その残部が損害賠償債権元本に充当される。

(被告の主張)

本件において支払われた労災給付金は、休業損害元金の内金及び後遺障害による逸失利益の元金の内金として支払われているものであり、当該損害費目に充当されるものであって、この点は、損害名目を限定しない自賠責保険金や遺族年金とは異なる。

第五争点に対する判断

一  被告の責任原因の有無(争点一)について

(1)  上記前提事実のほか、《証拠省略》によれば、次の各事実を認めることができる。

ア 本件流雪溝の構造及び大量積雪時の対応

本件流雪溝は、冬期間中は、Aルート、Bルートの各導水管内に設置された電磁バルブ(バタフライ弁)の時間制御による自動開閉によって、永寿川からの通水が行われていたほか、Aルート、Bルートの各取水口下流側には、通称「転倒ゲート」と呼ばれる油圧式可動ゲート(以下「転倒ゲート」という。)が設置されており、同ゲートは、通常は起立した状態で永寿川の水位を上げる機能を果たしていたが、河川上流部からの結氷塊の流出等で閉塞した堰を解放する必要がある場合などには、手動操作によりこれを転倒させることもあった。

なお、永寿川の水位は、転倒ゲートを上げた状態では約一メートル四〇センチメートルであるが、転倒ゲートを倒すと、数十センチメートルになる。また、Aルートの取水量は、一時間当たり七二〇立方メートル程度であった。

ところで、本件流雪溝に関しては、大量の積雪のために永寿川の流れがせき止められた場合に、増毛町民が本件流雪溝に一斉に投雪を行うと、本件流雪溝内の雪が溶けずに残って、溝内の水があふれ出す危険があった。実際にも、年に数回程度、大量の降雪のために本件流雪溝が使用できなくなる事態が生じ、その場合には、被告において、本件流雪溝の使用を中止するか否かの判断を行い、各地域ごとの本件流雪溝の管理責任者に連絡網を利用して伝達したり、被告職員が利用者に直接中止を伝えたりするなどの措置を講じていた。

他方、B山社の従業員においても、このような事態に対応するため、前記認定のとおり、少なくとも本件事故前の平成一五年一二月二七日と平成一六年一月一四日に永寿川内で除雪作業を行っており、そのうち、平成一五年一二月二七日の作業時には、被告職員も協力していた。

イ 本件事故前における永寿川内での除雪作業

(ア) 平成一五年一二月二七日

C川は、平成一五年一二月二七日午前中にBルート取水口に雪が堆積していたため、被告職員(B野技師)に現場に来るように連絡した。C川は、その頃、永寿川内で除雪作業を開始した。

B山社従業員のうち、この除雪作業に加わった者は、原告、C川、D原竹夫及びE田梅夫であった。また、C川から連絡を受けて、同作業に加わった被告職員は、A田係長、B野技師ほか一名であった。

同作業は、永寿川の中で除雪作業をする者二名と堆積した雪の上に立って雪を崩す者二名などに分かれて行われた。永寿川の中に入ったのは、C川とB野技師であり、両名は、作業着(いわゆるつなぎ)を着て河川内に入った。

ある程度雪を切り崩した後、上流部にあるAルートの転倒ゲートを倒し、水流を強くして雪を下流に流した。

なお、A田係長をはじめとする被告関係者が、上記除雪作業に際し、作業従事者に命綱の装着等の安全措置を講じるよう指示したことはなかった。

(イ) 平成一六年一月一四日

C川又はE田梅夫は、平成一六年一月一四日、午後八時ころ、当日の降雪量が多かったため、翌日の業務に備えて永寿川内で除雪作業を行うこととし、D原竹夫を加えた三名で作業を行った。

C川は、同日の管理日誌の巡回記録欄の導水状況欄に「Bルート取水口雪がつまる。当日中に除去」、同特記事項欄に「PM8:00~10:30まで永寿川雪投」と記載するとともに、除雪のために第一取水堰及び第二取水堰(Aルート取水堰及びBルート取水堰)の各ゲートを操作した旨記載した。

ウ 本件事故及び当日の原告らの行動

(ア) 原告は、平成一六年二月二三日午前五時四〇分ころ、自宅を出て、Bルート取水口に赴いた。原告が直接Bルート取水口に向かったのは、同日の天候が猛吹雪であったため、これまでの経験から、Bルート取水口が積雪により塞がっていると推測したからであった。

原告がBルート取水口に到着すると、原告の予想どおり、永寿川の取水口付近に雪が堆積していた。原告は、積雪を下流に流すため、転倒ゲートを転倒させた。これにより積雪が下流へと流れたので、原告は、転倒ゲートを元に戻した。

その後、原告は、午前六時三〇分ころ、Aルート取水口に赴いた。Aルート取水口付近も積雪があったことから、これを除雪して永寿川に流した。原告は、Aルート取水口が開いた後、積雪が流水によって流れるのを確認した。その作業中である午前六時五〇分ころ、C川が原告の携帯電話機に電話をかけ、原告にBルート取水口まで迎えに来るように依頼した。

(イ) 原告は、午前七時過ぎころにBルート取水口に到着すると、C川は永寿川内に堆積した雪を長い棒で押して流そうとしていた。しかし、雪が流れなかったことから、原告は、再度転倒ゲートを倒して雪を流した。

原告らは、午前七時一〇分ころ、Aルート取水口に行き、本件流雪溝への取水量を確認した後、Aルート流末までの巡回を行った。その際、本件流雪溝内に雪が詰まり、流末に流水が来ないという問題も生じたが、その後改善した。

(ウ) 原告らは、午前七時四五分ころ、再びBルート取水口に到着したところ、再度、永寿川内に雪が堆積していた。原告は、転倒ゲートを倒して積雪を流そうと試みたが、雪は流れなかった。C川は、原告に対し、C川がBルート取水口に残り、水が流れるようにするので、原告はAルートを巡回するようにと指示した。

(エ) 原告は、Aルートを巡回した後、C川が残ったBルート取水口付近に戻った。

C川は、永寿川の中に入り、堆積した雪を崩して下流に流す作業をしていた。原告は、午前八時過ぎころ、被告に連絡するため、C川に携帯電話機を渡したところ、C川は、B野技師に連絡し、「今作業をしていますが流雪溝Bルートのところの雪がすごいので、ちょっと見に来てください。」と伝えた。

原告は、本件除雪作業のために作業着に着替えた後、永寿川の中に入り、C川と一緒に本件除雪作業を行った。積雪は、原告の胸部付近に達しており、積雪を崩して流した箇所の水位は、短靴を浸す程度であった。

(オ) その後、原告らは、Bルート取水口付近の除雪を終えたが、河水が十分に流れて来なかったため、更に、上流の除雪を行った。

午前八時四五分ころ、上流から大量の水流が急激に押し寄せてきたため、原告らは、この水流に飲み込まれ、永寿川下流の日本海まで流された。

原告は、救急隊員によって救助されたが、C川は死亡した。

(2)  本件事故の原因

上記認定の事実及び証人C山の証言によれば、本件事故は、Bルート取水口付近の永寿川内に大量の積雪があったことから、原告らにおいて、本件除雪作業を行った際、Bルートの転倒ゲートを倒して作業を行ったところ、Aルートの取水口が自動閉鎖されたために相当量の流水がAルートに流れずに永寿川に流れ込んだことやこれとも相まって永寿川上流の積雪が一気に崩れるなどしたことにより、Bルート取水口付近の流水量が急激に増加する一方、転倒ゲートが倒されていたために、これが急激な水流となって一気に下流に向けて流れたことにより発生したものと認めるのが相当である。

この点に関し、A田係長の証言中には、①導水管に入るために一度河川内に入るのは、転倒ゲートを倒しているので、水位は非常に浅いから水に流される危険性はないとする部分や②Aルートの取水口が自動的に閉鎖されたために永寿川を流れる水量が増加することを考慮しても、短時間で大きな波が押し寄せた可能性はないから、本件事故の原因は分からないとする部分がある。

しかしながら、前記認定の本件除雪作業を含む除雪作業の内容のほか、本件流雪溝や転倒ゲートの構造、Aルートの取水量、冬期間に大量の積雪があった場合の河川の水流の状況等にかんがみれば、本件事故は、上記認定の原因によって生じたものと認めるのが相当であり、この認定に反する上記証拠中の部分は採用することができないし、これ以外の原因により本件事故が発生したことをうかがわせる証拠もない。

(3)  不法行為に基づく責任の有無

以上の事実を前提として、被告が、原告に対して、不法行為責任を負うか否かを検討する。

ア この点に関し、まず、原告らB山社従業員が永寿川内での除雪作業を行うことについての被告の認識及び対応について検討する。

(ア) この点に関しては、まず、前記認定のとおり、平成一五年一二月二七日にも、本件除雪作業と同様の除雪作業が行われているところ、その際には、被告職員が作業自体に協力していたことが認められる。

(イ) 次に、被告は、A田係長が、平成一五年一二月二七日の除雪作業後、C川に対し、作業が危険であることを理由に同作業をしないように注意した旨主張し、A田係長もこの主張に沿う証言をする。また、B山代表者も、平成一六年一月ころ、C川に対し、同様の注意をした旨供述する。

しかしながら、上記一(1)イ(イ)記載のとおり、C川は、①平成一六年一月一四日にも、他の二名のB山社従業員と永寿川の中で同様の除雪作業を行っていること、②同日付の本件管理日誌の「特記事項」欄には、午後八時から同一〇時三〇分までの間、永寿川で除雪作業(「雪投」)をした旨の記載があることが認められる。

また、前記認定のとおり、永寿川の中での除雪作業が、流れがある川の中に入って堆積した雪を取り除くことを内容とするものであることのほか、本件流雪溝の構造、冬期間に大量の積雪があった場合の河川の水流の状況等にかんがみれば、同作業が重労働であるのみならず、生命・身体の危険も伴う作業であることは容易に推測されるものというべきである。

そうだとすると、仮に、被告の担当者又は原告代表者から、平成一六年一月一四日より前に永寿川内での除雪作業を禁止されていたとすれば、本件業務を委託された会社の従業員にすぎず、本件流雪溝の管理についてそれ以上の特別な利害関係を有しないC川らB山社の従業員が、致えてこのような危険を伴う除雪作業をするとは考え難い。

また、A田係長の証言を前提とすれば、C川は、被告の指示に反して、除雪作業を行ったことになるところ、そうだとすれば、C川が、被告に提出する管理日誌に、除雪作業を行った旨記載することも不自然である。

さらに、A田係長は当法廷において、①導水管に入るために一度河川内に入るのは、転倒ゲートを倒しているので、水位は非常に浅いから水に流される危険性はないとの証言や②Aルートの取水口が自動的に閉鎖されたために永寿川を流れる水量が増加することを考慮しても、短時間で大きな波が押し寄せた可能性はないから、本件事故の原因は分からないとの証言をしていることが認められる。これらの証言に加え、A田係長は、上記除雪作業に際し、作業従事者に命綱の装着等の安全措置を講じるよう指示していないことをも合わせ考慮すると、同人が永寿川内での除雪作業を危険であると考えていたこと自体についても疑問が残るといわざるを得ない。

同様に、B山代表者の供述についても、同供述中に、C川に対し業務外にもかかわらず除雪作業をした理由を問い質すこともなかったとしている部分、永寿川の中で除雪作業をすることの危険性について説明した内容を全く覚えていないとしている部分が存することなどにかんがみれば、その供述内容は不自然であるといわざるを得ない。

(ウ) また、前記認定のとおり、本件業務の内容に導水管内の着氷除去が含まれていたものと認められるところ、これは、導水管内に氷が大量に付着すると、永寿川からの取水が十分にできなくなるために本件業務に含むとされていたものと推認される。そうすると、被告は、巡回者であるB山社の従業員に対し、本件流雪溝の流水量を測定するだけでなく、本件流雪溝に適切な流水量を確保することをも期待していたことがうかがわれ、適切な流水量を確保するため、被告が、B山社の従業員に対し、水源である永寿川内の除雪作業をすることを期待していたとみることも必ずしも不合理であるとはいえない。

(エ) 一方、被告は、永寿川の管理責任者は北海道であって、永寿川内の除雪を被告が業者に行わせるのは、緊急時に限られており、そのような際には、佐々木建設運輸に依頼していた旨主張し、これを裏付ける書証(乙イ一〇、一一、一五から一七まで)を提出する。

しかしながら、①A田係長は、年に数回程度は大量の降雪のために本件流雪溝が使用できなくなる旨証言しているところ、被告は、平成一五年には、業者に対して永寿川内の除雪を依頼していないこと(争いがない)、②本件流雪溝の使用ができない事態が生じたときは、基本的には、A田係長が本件流雪溝の使用を中止するか否かの判断をし、各地域ごとの本件流雪溝の管理責任者への連絡網を利用したり、被告職員が利用者に直接中止を伝えることにしていたことがそれぞれ認められる一方、③A田係長が、C川に対し、積雪によって本件流雪溝に取水できないときには、他の業者が重機を用いて除雪することになっていると述べたことについてはこれを認めるに足りる証拠がなく、これらの点にかんがみると、被告は、本件流雪溝への取水が積雪のため困難となった場合に常に重機を用いた除雪を依頼していたものではなかったことがうかがわれる。

他方で、増毛町民が排雪した構内の雪を日本海まで流すという本件流雪溝の設置目的に照らすと、本来、積雪量が多いときほど、利用者である増毛町民は、本件流雪溝への排雪を望み、本件流雪溝の管理者である被告及びその担当職員としても、できる限り、本件流雪溝が使用中止となる事態を避けたいと望むことが通常であると思われる。そうだとすると、被告は、積雪によって永寿川に雪が堆積し、本件流雪溝に十分な取水が確保できないときは、永寿川内での除雪作業を行って、本件流雪溝が使用中止となる事態を避けようとしたと考えることも不自然とはいえないのであって、重機を用いるほどの積雪量でなく、人力によってこれを解消することが可能である場合には、それを本件業務の巡回者であるB山社の従業員らにおいて除雪することを期待していたとみることも、必ずしも不合理とはいえない。

(オ) 加えて、上記平成一六年一月一四日の除雪作業に関する業務日誌が被告に提出されているにもかかわらず、被告において、改めて除雪作業の危険性について説明したり、同作業を禁止したりするなどの措置をとった形跡はうかがわれない。

イ 以上の諸点にかんがみれば、被告は、本件管理委託契約の受託者であるB山社の従業員らに対し、本件業務を遂行する過程において、同業務の一環として、又は本件業務と密接に関連する作業として、永寿川内での除雪作業を行うことに関し、少なくとも、これを認識した上で、あえて作業の実施を禁ずることなく、これを行うことを認容していたものと認めるのが相当である。そして、このような被告の対応は、実質的に見て、被告がB山社ないしその従業員に対し、上記のような趣旨の作業を行うことを指示していたのと同視できるものというべきである。

また、前記認定の除雪作業の内容のほか、本件流雪溝の構造、冬期間に大量の積雪があった場合の河川の水流の状況等にかんがみれば、同作業は作業中に水流に飲み込まれるおそれがあるなど、他の業務に比して重大な危険を伴うものであることは容易に推測できるものというべきであり、被告としては、原告らが同作業を行わないように原告ら又はB山社に指示するなどの措置を講じ、あるいは、仮に原告らが同作業を行うのであれば、作業従事者の生命、身体の安全を図るための措置を自ら講じ又はB山社をして講じさせるべき不法行為法上の注意義務を負っていたものというべきであるところ、上記諸点にかんがみれば、被告においてこれらの措置を十全に尽くしたとは認められず、被告は、上記注意義務に違反して、漫然と原告らに対して本件除雪作業を行わせたものと認めるのが相当である。

以上によれば、被告は、本件事故について不法行為責任を負い、その余の責任原因について判断するまでもなく、本件事故によって原告が被った損害を賠償する義務を負うものと認められる。

二  訴訟上の不法行為の成否について(争点二)

(1)  虚偽の主張をしたことを根拠とする請求について

ア(ア) この点に関し、原告は、まず、永寿川内の除雪作業をB山社以外の業者に依頼した事実はないのに、かかる事実があるかのように被告が主張したことを挙げる。

(イ) 確かに、被告は、本件訴訟において、①永寿川の水を本件流雪溝に取水するため、永寿川の除雪を業者に依頼することとし、取水口付近の除雪のための予算を組んでいたこと、②永寿川内の除雪が必要なときは、例年、B山社以外の他の業者に委託していたこと、③平成一五年度には、永寿川で除雪作業が実施されたことはなく、被告は、除雪作業を業者に委託したことはなかったことなどを主張していること(平成一八年五月一二日付け被告第二準備書面)が認められる。

(ウ) しかしながら、他方で、この点に関しては、以下の事実が認められる。

① 被告は、本件訴訟において、原告が被告の訴訟行為が不法行為を構成するとして訴えを変更した後、平成一四年度と平成一六年度には佐々木建設運輸が永寿川内での除雪作業を行ったと主張し(平成一八年一〇月二四日付け被告第七準備書面四頁)、同社が平成一五年三月三一日発行した御請求書(控)(乙イ一〇。「品名」欄に「永寿川維持」と記載されている。)及び平成一七年二月二八日に発行した御請求書(控)(乙イ一一。「発地」欄に「流雪溝」、「品名」欄に「排雪」と記載されている。)を書証として提出している。

② 「平成一三年度 増毛町流雪溝管理経費決算内訳書」(本件証拠保全に係る検証調書別紙三・三七三頁)、「平成一四年度 増毛町流雪溝管理経費決算内訳書」(本件証拠保全に係る検証調書別紙三・二五三頁)及び「平成一六年度 増毛町流雪溝管理経費決算内訳書」(本件証拠保全に係る検証調書別紙三・一四頁)には、重機利用による除雪費用が計上されていない。

③ 「平成一五年度 増毛町流雪溝管理経費予算内訳書」(乙イ六の一)のほか、被告において、永寿川内での除雪を重機で行うことを委託した場合、その費用を支出するには、増毛町流雪溝管理経費予算内訳書の「使用料及び賃借料」から行うことができるほか、本件流雪溝管理経費とは別途、河川管理費や道路維持費の中の除雪費によって支出することができる。

(エ) 上記(ウ)の認定事実を前提として、原告が虚偽であるとする被告の主張をみてみると、被告は、永寿川内での除雪について予算を計上しており、除雪が必要なときに業者にその委託をしたということを主張しているにとどまるのであって、毎年度、除雪作業を他の業者に委託したとまでは主張していないし、被告が重機による除雪費用を委託したとする平成一四年度及び平成一六年度の増毛町流雪溝管理経費決算内訳書には、その費用の支出が計上されていないものの、永寿川又は本件流雪溝付近の除雪をうかがわせる佐々木建設運輸が作成した請求書が提出されていることや、被告においては他に河川管理費や道路維持費の中の除雪費によってもその費用の支出をすることが可能であることなどからすれば、上記の被告の主張が直ちに虚偽であるとまでは認められない。

したがって、上記の被告の主張が、原告に対する不法行為を構成するとは認められない。

イ 次に、原告は、被告が、永寿川内での除雪作業は平成一五年一二月二七日の一回のみであり、その際には、C川に対し、今後、同様の作業を行わないように伝えたと主張したことを挙げる。

しかしながら、原告が本件管理日誌の記載から永寿川内での除雪が行われたことが明らかであるとする平成一六年一月一四日と同一五日については、本件に顕れた全証拠をみても、被告職員が同作業に関与したことはうかがわれないし、①本件管理委託契約に関する書面に永寿川内での除雪の記載がないこと、②被告の担当の職員の中には、C川や原告を含むB山社従業員に対して除雪を指示したことはなく、むしろこれを禁止した旨述べている者があることなどの事情が認められることからすれば、上記の被告の主張が、原告に対する不法行為を構成するとまではいえない。

(2)  改ざん又はねつ造した証拠を提出したことを根拠とする請求について

ア 原告は、被告が提出した管理日誌(乙イ一)は、改ざん又はねつ造されているものであると主張し、当事者間に争いのない事実及び証拠(乙イ一)並びに弁論の全趣旨によれば、本件管理日誌は、本来存在した巡回者氏名欄が削除され、管理責任者として記載されていたC川の署名が同人の記名に変更されていることが認められる。

しかしながら、B山代表者の尋問結果及び弁論の全趣旨によれば、本件管理日誌に上記の変更を加えたのは、被告ではなくB山社であること、変更された内容をみても、原告が、本件訴訟との関係で、何らかの不利益を受けるような内容のものではないことが認められる。

イ また、証拠(甲一九、乙イ一、証人A田)によれば、①本件管理日誌の「取水量」欄の各記載は、被告が北海道留萌土木現業所に提出した平成一五年度の管理日誌(甲一九)の同欄の記載内容と異なること、②この記載内容の変更は、被告の担当者が行っていたことが認められる。

しかしながら、他方で、弁論の全趣旨によれば、被告において、本件流雪溝の供用開始時から、毎日の取水量を月ごとに北海道留萌土木現業所長に報告する際、毎日の取水量の報告を事実と異なり、許可取水量の範囲内で報告するために、本件管理日誌の内容を変更していたものと認められる。

以上によれば、内容に変更が加えられた本件管理日誌が提出されたことにより、原告が、本件訴訟との関係で何らかの不利益を受けたとまでは認めることができず、したがって、上記管理日誌を証拠として提出したことが原告に対する不法行為を構成するとまではいえない。

なお、被告が本件訴訟で提出した管理日誌の記載内容と原告らが本件業務をした際に記載していた管理日誌の記載内容には、このほかにも若干の相違がみられるが、それは、有意な相違とはいえず、この点も原告に対する不法行為を構成するものとはいえない。

三  原告の損害について(争点三)

(1)  上記前提事実及び《証拠省略》によれば、原告は、本件事故により、以下の傷害及び後遺障害を被ったことが認められる。

ア 原告は、本件事故後、低体温症による末梢神経障害と診断され、留萌市立病院に入院した後、澤泉病院に転院し、平成一六年三月二二日から同年六月三〇日まで同病院に入院し、同年七月一日から平成一七年六月三〇日まで同病院に通院した(実日数二八八日)。

イ 原告の症状は、平成一七年六月三〇日、固定した。

ウ 原告には、症状固定後も、末梢神経障害として、両前腕から両手指、両下腿から両足にしびれ感、疼痛が残存(特に左下腿から左足の症状が顕著)し、また、両腸骨から両大腿前面の感覚消失が残存しており、これは、不可逆性の血管、神経の変性が生じているものとみられる。また、運動機能障害として、左足による片脚立位困難、動揺性歩行がみられる上、平成一七年六月二二日に計測した結果では、握力について右手が一三キログラム、左手が一一キログラムと有意な低下がみられる。

(2)  上記傷害及び後遺障害を前提とすると、本件事故により原告が受けた損害の額は、以下のとおりであると認められる。

ア 入院雑費 一九万三五〇〇円

原告は、澤泉病院に一二九日入院したことが認められ、一日当たりの入院雑費としては一五〇〇円が相当であるから、上記期間の合計額は一九万三五〇〇円となる。

イ 通院交通費 一三万一六五七円

一日当たりの通院交通費を、原告の自宅から澤泉病院までの距離を往復で約三二キロメートル、自動車の燃費を一リットルにつき七キロメートル、軽油購入代金を一リットルにつき一〇〇円として算出し、これに通院日数二八八日を乗じて算出すると、一三万一六五七円となる。

ウ 休業損害 三三八万〇一一〇円

被告は、休業損害の日額について、五二五〇円が相当である旨主張するところ、これは、要するに、労災保険によって原告に支払われた休業補償給付の日額と同額とすべきであるとする趣旨と解される。

しかしながら、休業損害は、事故から症状固定日までに被害者に生じた収入減をいうところ、原告の収入及び就労の状況、年齢その他本件に顕れた諸事情を考慮すると、本件においては、原告の本件事故の前年度所得である二四九万七四五〇円を基礎収入として算出すべきであり、この基礎収入の日額に本件事故から症状固定日までの日数(四九四日)を乗じた三三八万〇一一〇円を休業損害として認めることが相当である。

エ 入通院慰謝料 二六〇万円

原告の入通院期間、受傷の部位及び程度その他本件に顕れた諸事情を総合して検討すると、原告に対しては、二六〇万円の入通院慰謝料を認めることが相当である。

オ 後遺障害による逸失利益 七五六万二七七八円

(ア) 基礎収入について

原告は、後遺障害による逸失利益を算出するに際し、原告の基礎収入を平成一五年賃金センサスによる産業計全労働者全年齢平均の収入額に当たる四八八万一一〇〇円とすべきである旨主張する。しかし、症状固定時における原告の年齢(三八歳)や原告が本件事故の年度又は前年度と同様の仕事を行い、同程度の給与所得を得る予定であったことからすれば、後遺障害の逸失利益の算定に当たっては、原告の基礎収入を二四九万七四五〇円として算出することが相当であると認める。

(イ) 後遺障害等級について

原告の後遺障害は、四肢のしびれ感及び疼痛の残存、両腸骨から両大腿前面の感覚消失、左足による片脚立位困難、両手の握力の有意な低下、歩行の動揺などであり、これらの症状にかんがみると、複数箇所における局所の頑固な神経症状があると認められ、その後遺障害等級は第一一級と認めるのが相当である。

(ウ) 労働能力喪失期間について

被告は、原告の障害が「局部の頑固な神経症状」であるとすれば、その労働能力喪失期間として五年ないし一〇年が相当であると主張する。

しかしながら、原告の障害の症状としては、上記認定のとおり、しびれ感及び疼痛にとどまらず、運動機能障害もみられること、主治医が原告の後遺障害の回復見込みについて「一年六ヶ月に渡る治療にもかかわらず残存している現在の症状については、回復の見込はありません。」と述べていること、原告の症状が症状固定後に有意に緩解しているとは認めるに足りないことからすれば、労働能力喪失期間としては、症状固定時である三八歳から労働可能期間である六七歳までの二九年間とするのが相当である。

(エ) 結論

以上の(ア)から(ウ)までで検討したとおり、後遺障害による逸失利益は、原告の基礎収入額である二四九万七四五〇円に、後遺障害等級一一級相当の労働能力喪失率二〇パーセント、労働能力喪失期間を二九年とした場合のライプニッツ係数一五・一四一を乗じて算出した七五六万二七七八円となる。

カ 後遺障害慰謝料 四二〇万円

原告の受けた後遺障害は、上記オのとおり、後遺障害等級第一一級に該当するものであることその他本件に顕れた諸事情を考慮すると、原告に対しては、四二〇万円の後遺障害慰謝料を認めるのが相当である。

キ 損害額合計

以上によれば、本件事故による原告の損害額は、上記アないしカの総額である一八〇六万八〇四五円と認めるのが相当である。

四  過失相殺について(争点四)

(1)  これまでに認定した事実によれば、原告は、本件除雪作業に際し、Bルートの転倒ゲートを倒していたこと、本件除雪作業を行っているBルートよりも上流部にあるAルートの取水口が作業の開始時からほどなくして自動的に閉鎖されることを知っていたことがそれぞれ認められる。そして、この場合には、転倒ゲートを倒すと、水流の勢いが増し、また、Aルートの取水口が閉鎖すると、それによって永寿川から同取水口に導入されていた河水が導入されなくなるので、その分永寿川内の水量が増加する関係にあるものと考えられる。

また、冬期間に積雪等の障害物によって河水がせき止められて水量が減っている場合には、河水等によりその障害物が移動することによって、それまでせき止められていた河水が一気に下流へと流れ出すことがあり得ることは想像に難くない。

これに加え、原告らは、被告職員に現場に来るように伝えていたのであるから、同職員らが現場に来てから、見張りを置くなどの安全対策を講じた上で除雪作業を行うことは可能であったと考えられるところ、原告らは、被告職員の到着を待つことなく、また、上流部の状況を確認する見張りを置くこともせずに除雪作業を開始したことが認められる。

以上の諸点にかんがみれば、本件事故の発生については、原告にも過失があったものと認められる。

(2)  他方、前記認定の被告の過失の態様に加え、被告が本件流雪溝の管理者であり、本件除雪作業の危険性についても専門的見地から判断し、この点を説明するとともに適切な措置を講ずることが容易に可能な立場にあったのに対し、原告は、本件業務の委託を受けた会社の従業員に過ぎなかったことなども勘案すると、本件事故の発生についての原告の過失が被告の過失に比して大きいとは認められない。

そうすると、上記のとおり、原告には、本件事故につき過失があることは否定できないが、上記の事情にかんがみれば、原告の過失が本件事故に寄与した割合としては二割と認めることが相当である。

(3)  したがって、本件事故による原告の損害総額(治療費、病院関係費及び弁護士費用を除く。)は、上記三キの金額から二割を控除した一四四五万四四三六円である。そして、弁護士費用としては、本件における訴訟活動の難易度や認容額等を考慮し、相当因果関係のある損害として一五〇万円を認めるのが相当である。

五  損害の填補について(争点五)

(1)  労災保険による休業補償給付及び障害補償給付は、その給付の性質上、民事上の財産的損害のうち、消極的損害いわゆる逸失利益のみを補填する関係にあり、積極的損害や精神的損害(慰謝料)を補填する関係にはないというべきである(最高裁判所昭和六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二〇二頁参照)。

また、被告の損害賠償債務は、これを不法行為に基づくものとみれば、本件事故の日に発生し、かつ、何らの催告を要することなく、遅滞に陥ったものというべきである(最高裁判所昭和三七年九月四日第三小法廷判決・民集一六巻九号一八三四頁参照)。そして、労災保険による休業補償給付及び障害補償給付によって填補される損害(休業損害及び後遺障害による逸失利益)についても、本件事故時から上記各給付の支払日までの間の遅延損害金が既に発生していたのであるから、各給付金によって支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは、遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものといえる(最高裁判所平成一六年一二月二〇日第二小法廷判決・判例タイムズ一一七三号一五四頁参照)。ただし、本件のように、事故によって被害を受けた労働者にも過失があるときは損害額から過失割合による減額をし、その残額の元金及び遅延損害金に労災保険給付の価額を充当することになる(最高裁判所平成元年四月一一日第三小法廷判決・民集四三巻四号二〇九頁参照)。

ところで、原告は、本件について給付された労災保険による休業補償給付及び障害補償給付について、休業損害及び後遺障害による逸失利益の遅延損害金のみならず、入院雑費等の積極的損害や慰謝料の遅延損害金についても充当した上で、休業損害及び後遺障害による逸失利益の遅延損害金の元金に充当すべき旨主張しているが、上記のとおり、上記各給付は、積極的損害や精神的損害を補填する関係にはないことから、過失割合による減額後の休業損害及び後遺障害による逸失利益の遅延損害金に充当した後、その余は同元金に充当すべきである。

(2)  また、療養補償給付については、同様に、治療関係費及び入院雑費に填補されるべき性質の補償給付であるというべきであるところ、原告は、同給付のうち、治療関係費として支給された分について治療費として充当しているのみで、移送費として支給された分については、消極的損害の元金及び損害金にも充当すべき旨主張しているが、移送費を含む療養補償給付は、過失割合による減額後の治療関係費、入院雑費及び通院交通費の元金及び損害金のみに充当されるというべきである。

そして、本件において、原告の被った治療関係費、入院雑費及び通院交通費の損害合計は三五四万七八一五円(治療費四〇九万三六一二円、病院関係費一万六〇〇〇円、入院雑費一九万三五〇〇円、通院交通費一三万一六五七円の合計額から二割を控除した金額。)であり、支給された療養補償給付は四五一万五五七六円であるから、上記損害の元金及び遅延損害金は填補されたというべきである。なお、上記損害合計額を上回る療養補償給付の部分については、他の消極的損害に填補されるべき性質のものではないから、損害の填補として控除しない。

(3)  以上によれば、労災保険給付等の支給金及びB山社により支払われた弁済金の充当関係は、別紙充当計算表記載のとおりとなる。なお、原告は、B山社から弁済金の一部として七六万一五五〇円を三回に分けて受領していることが認められるが、その支払日が明らかでないため、全て元金に充当することとする。

したがって、本件事故について、被告は、原告に対し、平成一七年一二月九日現在において、一一四二万三一四二円(元金一一三三万〇〇一九円)の損害賠償義務を負う。

六  結論

以上によれば、原告の請求は、主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井之彦 裁判官 富澤賢一郎 川﨑直也)

別紙 図面《省略》

別紙 治療費明細《省略》

別紙 労災補償明細《省略》

別紙 充当計算表《省略》

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