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旭川地方裁判所 平成20年(行ウ)5号 判決 2011年10月04日

原告

甲野花子

同訴訟代理人弁護士

伊東秀子

同(第3事件を除く。)

小西政広

被告

東神楽町

同代表者町長

川野恵子

同訴訟代理人弁護士

佐々木泉顕

下矢洋貴

同(第3事件を除く。)

沼上剛人

石橋洋太

山口千日

同(第3事件のみ。)

福田友洋

山田敬之

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  原告が、被告の公務員たる地位を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、500万円及びこれに対する平成21年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、4093万8563円及びうち3660万4131円に対する平成23年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告は、原告に対し、平成23年8月1日から本判決確定まで、毎月末日限り、1月ないし3月及び11月は47万5440円、4月、5月、7月ないし10月は43万9400円、6月は129万8475円、12月は140万2337円をそれぞれ支払え。

第2事案の概要

本件は、被告の職員であった原告が、スーパーで窃盗をしたこと等を理由に被告町長から平成18年8月10日付けで受けた懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)は、認定に重大な誤りがあるため無効であり、仮に無効でないとしても、社会通念上著しく妥当性を欠いた過酷な処分であるとともに、公正原則及び平等原則に反し、適正手続を欠いたものであって、違法であると主張して、第1事件は、本件処分が無効であることを前提として、被告の公務員たる地位を確認することを求めた実質的当事者訴訟(取消訴訟として訴えが提起されたが、上記のとおり交換的に変更された。)、第2事件は、被告の公権力の行使に当たる公務員たる町長が、その職務を行うについて、無効又は違法な本件処分をした結果、原告が損害を被ったとして、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料500万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年7月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案、第3事件は、本件処分が無効であり、原告が、被告の公務員たる地位を有することを前提として、本件処分日である平成18年8月11日から平成23年7月末日までの未払給料及び手当等の合計3660万4131円並びにこれに対する各支払期日の翌日から同月末日までの遅延損害金の合計433万4432円及び同年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金に加え、同日から本判決確定に至るまで、毎月末日限り、給料、扶養手当及び住居手当として月額合計43万9400円、期末・勤勉手当として6月に85万9075円、12月に92万6897円並びに寒冷地手当として11月ないし翌年3月にそれぞれ3万6040円の各支払を求めた事案である。

1  前提事実(証拠を摘示した事実を除き、当事者間に争いのない事実又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。以下、摘示した証拠はいずれも第1事件で提出されたものである。)

(1)  当事者等

原告は、昭和53年4月1日、被告に採用され、平成13年4月1日、被告a委員会へ出向し、平成17年4月1日からは同委員会事務局主査として勤務していた者である。なお、平成18年7月24日から総務課主査として町部局に異動となった。

(2)  原告の逮捕

原告は、平成18年7月16日、旭川市所在のb店(以下「本件店舗」という。)において、食料品10点(総額6800円相当)の代金を支払わず退店したとして、警備員に取り押さえられ、通報によって駆け付けた旭川東警察署員に窃盗の現行犯として逮捕された(以下、本件店舗での原告の行為を「本件行為」という。)。

(3)  本件処分

被告町長は、平成18年8月10日、以下の処分理由により、地方公務員法29条1項3号に基づき、懲戒免職処分(本件処分)をし、同日、原告に対し、処分説明書を交付した(乙13、24)。

「平成18年7月16日、b店(旭川市<以下省略>)において、食料品10点(総額6,800円相当)を代金を払わず退店したため、警備員に取り押さえられ、通報によって駆けつけた旭川東警察署員に窃盗の現行犯として逮捕された。また、この件については、翌日の新聞報道により、既に公知の事実となっている。

以上の事実により、地方公務員法第33条第1項に規定する公務員としての信用を失墜させ、本町にとって著しく不名誉な事態をおこしたので、上記のとおり処分する。」

(4)  審査請求

原告は、平成18年10月3日、c支庁管内町村公平委員会(以下「公平委員会」という。)に対し、本件処分を不服として審査請求をしたが、公平委員会は、平成19年10月19日、本件処分を承認する旨の裁決をした。そこで、原告は、平成20年3月28日、公平委員会に対し、上記裁決を不服として再審請求をしたが、公平委員会は、同年4月8日、同請求を却下した。

2  本件の争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  本件処分が違法又は無効か。

【原告の主張】

本件処分は、次のとおり、処分理由についての重大な認定の誤りがあり、重大かつ明白な瑕疵があるから違法無効である。仮に、それのみでは本件処分が違法無効といえないとしても、上記認定の誤りに加え、本件処分は、非違行為との均衡を失し、社会通念上著しく妥当性を欠いた過酷な処分であること、公正原則及び平等原則にも反すること、懲戒免職処分に要求される適正手続を欠いていたことからすれば、違法無効である。

ア 本件処分の処分理由について

本件処分の処分理由は、①本件行為が窃盗罪に該当すること、②本件行為の直後、原告が現行犯逮捕されその旨新聞報道されたことが、被告の名誉を傷つけたことである。

(ア) 処分理由①について

原告は、本件行為当日、朝から持病の頭痛(下垂体腫瘍の残存による片頭痛及び月経関連片頭痛の合併症)がひどかったが、ガソリンスタンドからの帰途、喉の渇きを覚えて本件店舗にジュース等を買いに立ち寄ったところ、店内で頭痛と吐き気が一層強くなったため、自車へ戻って早く横になりたいと思い、意識がもうろうとした状態のまま、未精算の商品が入ったカートを押して店員のいるレジのある出入口から外へ出てしまった。原告は、自車の駐車場所近くまで歩いてきたとき、本件店舗の警備員に呼び止められて氏名、住所等を詰問されたが、突然強い不安感に襲われ、冷静に対応しなかったため、警察官が出動する騒ぎとなった。そのため、原告は、ますます不安に駆られて警察官の質問にも答えず、警察官が本人確認のために渡すように促したバッグを握って離さず叫び暴れる状況で、いわゆるパニック症状を呈したため、現行犯逮捕されるに至ったものである。なお、原告がカートに入れていた商品は、当日直ちに本件店舗に返還されている。

以上のとおり、原告は、窃盗の故意及び不法領得の意思がないまま、本件行為に及んだものであって、本件行為につき窃盗罪は成立しないにもかかわらず、被告は、窃盗行為を認定して本件処分の処分理由にしているのであるから、重大な認定の誤りがある。

そして、本件店舗には実損害は生じていないことからも、本件行為の態様と結果の悪質性は著しく低い。

また、原告は、本件行為時、上記持病により清明な意識状態になかった可能性が高いと診断されており、本件行為時の原告の責任能力に問題があり、本件行為は、その原因及び動機において非難可能性が著しく低い。

(イ) 処分理由②について

原告は、現行犯逮捕されたものの、その2日目には釈放され、その後は取調べを受けることなく、嫌疑不十分ないし可罰性なしとして不起訴処分となった。新聞報道については、地方版の最下段の18行という非常に小さな取扱いで、本人が容疑を否認していて、犯罪の成否については留保付きの報道であった。

イ 本件処分が過酷であること

上記ア(ア)のとおり、本件行為の態様等の悪質性及び非難可能性は著しく低いにもかかわらず、被告は、原告の本件行為時の精神身体状況及び責任能力についての医学的、法律的検討をしないまま、本件行為を窃盗行為と断定した。

また、上記ア(イ)のとおり、原告が逮捕後釈放されたことや、新聞報道が非常に小さな取扱いであり、犯罪の成否につき留保付きであったにもかかわらず、被告は、外形的事実だけを殊更に重視して、信用と名誉を傷つけられたとして、本件処分を行った。

さらに、本件行為は、原告の職務との関連性は皆無であって、被告の職務の公正さを疑わせる要素はないこと、本件行為により、他の職務への影響は全く生じていないこと、本件行為以前、原告には公私ともに非違行為を行ったことはなく、28年間真面目に勤務してきたこと、原告は、本件行為について反省し、謝罪文を提出するなどしていることなど、原告に有利な事情がある。

以上によれば、被告が行った本件処分は、実質的にみて明らかに非違行為との均衡を失し、社会通念上著しく妥当性を欠いた過酷な処分である。

ウ 本件処分の公正原則及び平等原則違反

平成12年、被告職員のAが、住民検診の検診料を1年以上にわたって会計課に納付せず、1年後に事実が発覚したため、149万8800円を弁償したという事案(以下「A事案」という。)があったが、被告は、Aを戒告処分に付している。

Aの上記行為は、明らかに他の公務員の規範意識や責任感及び倫理観を希薄化させ、公務に対する住民の信頼を失わせるものであった。

Aに対する上記処分と本件処分を比較対照した場合、本件処分が、地方公務員法上の公正原則(同法27条1項)及び平等原則(同法13条)に違反するものであったことは明らかである。

また、他の自治体における類似事例(公務員の窃盗行為に対して不起訴処分がされたという事例)においては、いずれも停職処分がされており、それらとの比較においても、本件処分は、公正原則及び平等原則に反するものである。

エ 本件処分における適正手続の欠缺

行政処分であっても、行政処分により制限を受ける権利利益の内容・性質・制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容・程度・緊急性等を総合衡量し、憲法31条所定の法定手続の保障が及ぶと解されている。特に、懲戒免職処分は、被処分者にとって、身分を失わされ、退職金の支給も受けられないという甚大な不利益を被るものであって、職業選択の自由(憲法22条)や個人の尊厳(憲法13条)など、憲法上の人権を著しく侵害するものであるから、告知・聴聞の機会を設けるべきであって、具体的には、被処分者に対し、少なくとも非違行為について積極的に質問を行って、それにつき弁明させ、反論の機会を与えるべきである。

被告は、平成18年7月26日、原告に対して刑事事件についての聴聞を行っているが、原告が、意識障害等のため本件行為に及んだのであって、窃盗の故意がなかったことを告げ、診断書を提出したのに、これを受理せず、非違行為自体や原告の精神身体状態について詳しく問うことなくわずか13分で聴聞を終了しており、その上、自主退職を勧奨しているのであって、被処分者に対する弁明や反論の機会の確保という手続保障において、著しく相当性を欠いたものである。

【被告の主張】

ア 行政処分たる懲戒処分が、当然無効となるのは、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大かつ明白な誤認があると認められる場合に限られる。

また、処分権者は、地方公務員法29条に基づき、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができ、その判断は、懲戒権者の裁量に任されている。懲戒権者が裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならない。

被告が懲戒処分を行うに際しては、人事院から提示された指針に従っているところ、同指針は、懲戒権者が考慮すべき事項として、①非違行為の動機、態様及び結果、②故意又は過失の度合い、③非違行為を行った職員の職責、それと非違行為との関係、④他の職員及び社会に与える影響、⑤過去の非違行為の有無のほか、日頃の勤務態度や非違行為後の対応等も含め総合考慮することとし、懲戒処分の標準例として、公金又は官物以外の窃盗をした職員に対して免職又は停職とすることを掲げている。

イ 本件処分については、まず、原告が、地方公務員として公共の利益のために勤務し、職務の内外を問わず率先して法令を遵守し、その職の信用を傷つけたり、職員全体の不名誉となるような行為をしたりしてはならない立場にあったにもかかわらず、本件行為を行い、現行犯逮捕されたのであって、かかる原告の行為は、公務員としてあるまじき行為であり、被告職員全体の不名誉となる非違行為であって、「職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない」とする地方公務員法33条に違反するものであり、同法29条1項1号の懲戒事由に該当するほか、「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」として同項3号の懲戒事由にも該当する。

そして、①本件行為の態様は、高額な商品の入ったカートの上にスーパーのレジ袋をかぶせて、既に会計を済ませたかのように装い、レジのない出入口から退店するというものであって、極めて巧妙かつ悪質であること、行為後の態様も、警備員に対して住所、氏名を言わず、弁済の申し出もせず、警察官に対しても、住所、氏名を秘匿し、窃盗容疑を否認し、所持品検査に際しては叫び暴れ出した結果逮捕されるなど悪質であること、②原告が逮捕後に容疑を認めたことや本件処分前に被告に提出した陳述書の内容からすれば、原告には確定的な窃盗の故意及び不法領得の意思があったこと、③原告は、被告a委員会事務局主査という指導的立場の下、農地の売買及び賃借等に関する事務手続等に従事しており、住民に対して強い責任を負うべき立場にあったこと、④本件行為の翌日に新聞報道されたことにより、本件行為が住民に広く知れ渡ることになり、他の職員及び社会に与える影響は大きかったこと、⑤原告は、本件処分前に本件店舗に謝罪に行っておらず、また、逮捕後も当初容疑を否認するなど、本件行為を真摯に反省する態度になく、本件行為後の対応は極めて不誠実であったことからすれば、懲戒処分として本件処分を選択したことは、被告町長の裁量の範囲内であったといえる。

また、被告総務課長が身柄引受人となり、原告が釈放されるに際し、釈放となった経緯につき警察から説明を受けたこと、被告総務課長の指示に基づき、原告は、顛末書を作成して提出したこと、被告は、聴聞手続において、原告に事実確認をした上で、その意見を聴取したことなどからすれば、本件処分を行うに際しては、原告に十分な弁明の機会を与えているのであって、本件処分に至る手続は適正であった。

ウ 以上によれば、本件処分は、適正妥当なものであり、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合には該当しないし、ましてや、懲戒処分が当然無効となる処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大かつ明白な誤認があると認められる場合に該当しないことは明らかであるから、違法でも無効でもない。

なお、原告は、公正原則及び平等原則違反を主張するが、A事案は、職員の公金管理に不手際があったため、戒告処分がされたものであって、その事案内容に比し、その処分が軽いとはいえない。また、原告が挙げる他の自治体の例は、処分の考慮要素について不明な点が多く、単純に比較する原告の主張は失当である。

(2)  原告の損害額

【原告の主張】

上記(1)のとおり、本件処分は違法であり、被告町長の行為は不法行為に該当するところ、原告は、本件処分によって、職を追われ、生活の糧を失い、かつ世間の好奇の目にさらされ、著しい精神的苦痛を被ったのであり、その苦痛を慰謝するには、500万円が相当である。

【被告の主張】

否認ないし争う。

(3)  未払の給料及び手当等の額

【原告の主張】

上記(1)のとおり、本件処分は無効であり、原告は、被告の職員たる地位を有する者であるが、被告は、平成18年8月11日以降、原告に対して給料及び手当等を支払っていない。

同日から平成23年7月末日までの基本給、扶養手当、住宅手当、期末・勤勉手当及び寒冷地手当の額は、別紙1「原告X「給与等一覧」」の「給料」、「扶養手当」、「住宅手当」、「期末勤勉手当」、「寒冷地手当」の各欄記載のとおりであり、上記給料及び手当等に対する各支払日から平成23年7月末日までの遅延損害金の額は、同別紙の「遅延損害金」欄記載のとおりである。

【被告の主張】

否認ないし争う。

なお、平成21年12月以降の基本給及び期末・勤勉手当の額に誤りがあり、同月から平成23年7月までの基本給及び期末・勤勉手当の額は、正しくは、別紙2「原告X「給与等一覧」」の「給料」及び「期末勤勉手当」の各欄記載のとおりである。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(本件処分が違法又は無効か。)について

(1)  前記前提事実、後記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 本件店舗等の状況

本件店舗は、南北に短く、東西に長い長方形の2階建の建物で、1階東側に食料品売場、同中央部に靴等も売られている衣料品売場があり、同西側にはb店と別にd店が営業している。食料品売場の南側にb店のレジがあり、その近くに南向きに出入口(以下「本件店舗南東口」という。)がある。そのレジから西に向かうと書店等があり、更に西のd店の南側に南向きに出入口(以下「本件店舗南西口」という。)がある。本件店舗の南側敷地には、南東側の辺が短く、南西側の辺が長い三角形の駐車場があり、本件店舗南東口付近、同南西口付近、上記駐車場の南側角付近にそれぞれ駐車場出入口がある。(乙10の1ないし14)

イ 原告逮捕までの経緯

(ア) 原告は、平成18年7月16日、朝から頭痛がひどかったため、ロキソプロフェン錠を合計2錠服用して寝ていたところ、少し体調が良くなった。原告は、午後1時ころ、昼食を取らないままテルロン錠を服用し、給油のため自ら自動車を運転してガソリンスタンドへ行ったが、その帰り道、朝から食事を取っていなかったため、喉が渇いて果物が食べたくなり、本件店舗に立ち寄った。原告は、本件店舗の南側敷地にある駐車場の南側角の出入口付近に自車を駐車させた。(甲4、8、乙9、10の1、原告本人)

上記事実認定に関し、原告は、同日はロキソプロフェン錠を起床直後に1錠、その1時間後に2錠の合計3錠服用したと供述している(乙9)。しかしながら、原告は、陳述書(甲4)において、ロキソプロフェン錠を2錠服用したと供述しているところ、同陳述書は本件行為から3日後の記憶が保持されているうちに作成されたものとして信用性が高いと考えられること、原告は同薬剤の続けての服用は身体によくないと分かりながら服用した(甲8)というのであるから、増量して服用したとは考え難いことからすると、原告はロキソプロフェン錠を合計2錠服用したものと認められ、これに反する原告の供述は採用できない。

(イ) 原告は、本件店舗に入って5分ないし10分ほどで体調の悪化を感じたが、1階東側の食料品売場において、カートのかごにみかん、トマトジュース、カットメロン、水ようかんギフト等10点(総額6800円相当)を入れた後、子供に頼まれていた靴を見るため1階中央部にある衣料品売場北側奥にある靴売り場に移動し、その後、原告は、持参した本件店舗のレジ袋をカートの商品の上に広げて置いた。原告は、早く自車に戻ってみかんが食べたくなったが、上記食料品売場の南側のb店のレジが込んでおり、また遠かったため、未精算の商品の入ったカートを押したまま、本件店舗南西口から出て、同出入口から約70メートル離れた駐車場の自車の駐車場所の方へ移動した。(甲4、8、20、乙5、9、10の1、原告本人)

上記で掲げた書証のうち、本件店舗の平成18年当時の店長であるB(以下「B店長」という。)作成の供述書(乙5)については、B店長が直接体験した部分については十分に信用できる上、警備員が本件店舗内の原告の行動状況を目撃した部分についてはB店長が警備員から聴取した結果を記載したものであり伝聞であることがうかがわれるけれども、本件行為日当日の原告の行動状況については、原告の供述にも合致していることからすると、十分に信用できるものというべきである。他方、同供述書中の本件行為日の1週間前の原告の行動状況に関する部分は、被害状況についての客観的裏付けもないからそのままの形で採用することはできない。

上記事実認定に関し、原告は、レジ袋を取り出したか否か及びその理由につき、レジ袋を取り出した記憶はないが、可能性はある、吐き気がひどかったので、レジ袋で口を覆ったのかもしれないと供述する(乙9、原告本人)。原告の供述によっても、原告が予め吐瀉物を入れる袋を用意しなければならないほどの強い吐き気を催していたとは認められない上、原告の供述によれば、体調不良により本件店舗外に出ることを決めた後は、原告はカートを押したまま、まっすぐに自車の駐車場所の方へ移動したというものであり、レジ袋を口で覆いながらカートを押すという行為は不自然であり、この点の原告の供述は採用できない。

(ウ) 原告は、自車の駐車場所まで移動したところで、本件店舗の警備員に呼び止められて、事務所で事情を聴かれたが、住所、氏名を言わなかったため、警察に通報された。

原告は、駆け付けた旭川東警察署員に対しても、住所、氏名等を言わず、窃盗の容疑についても否認した。原告が、警察官が本人確認のために渡すように促したバッグを握って離さず、叫び暴れた。警察官は、原告を現行犯逮捕した。なお、未精算の商品はその場で本件店舗に返還された。(甲4、8、原告本人)

ウ 原告逮捕後の経緯

(ア) 平成18年7月17日、読売新聞の地方版に、以下の内容の新聞記事が掲載された(乙7)。

「e町職員を万引きで逮捕

旭川東署は16日、c・e町<以下省略>、同町職員X容疑者(48)を盗みの現行犯で逮捕した。

X容疑者は同日午後1時半ごろ、旭川市内のスーパーで、水ようかんや缶入りトマトジュース、カットメロンなど食料品10点(総額約6800円相当)を買い物用のカートに入れたまま、代金を支払わず退店したため、店員に取り押さえられた。調べに対し、同容疑者は容疑を否認しているという。」

(イ) 原告は、逮捕後に窃盗容疑を認め、平成18年7月18日、釈放された。被告の当時の総務課長であったC(以下「C課長」という。)が身柄引受人となり、原告を警察署まで迎えに行った。(争いのない事実)

エ 本件処分に至る経緯

(ア) 原告は、平成18年7月19日、当時の被告町長であったD(以下「D町長」という。)に面談して謝罪をし、本件行為の経過を記した陳述書(甲4)を提出した。

同陳述書には、本件行為の経緯について、「早く車まで戻りみかんが食べたくなり、レジが込んでいたし、遠いので行くのが辛く、近くの出入り口からそのまま出で(ママ)しまった」との記載がある。(甲4、争いのない事実)

(イ) 原告は、同月20日、当時の被告助役であったE(以下「E助役」という。)に対し、謝罪をした(争いのない事実)。

(ウ) 被告は、同日、B店長から、本件行為の有無につき、事情を聴取したところ、同店長は、大要、原告が、みかんやトマトジュース等の商品をカートに載せ、衣料品売場の方に向かい、人目に付かないところで自分で持ってきた生協のレジ袋を取り出し、商品の上に広げて載せ、本件店舗南西口から出て行った、原告の自車のところで、警備員が取り押さえ、警察に通報した、その際、警備員及び警察官が原告に氏名等を確認したが、原告は答えなかった、原告は、容疑を否認し、「私は精神科に通院している」、「お金が心配だったので、車に確かめに行った」等の主張をしていた、氏名を言わず、容疑も否認しているため、警察官が身元確認等のためにバックを調べようとしたところ、原告はバックを握って放さず、叫んで暴れ出したため、逮捕された旨述べた。なお、同店長は、同年8月1日、被告に対し、上記のとおり述べたことに間違いない旨の書面を提出した。(乙5、26)

(エ) 原告は、同年7月26日午前9時から13分間、E助役、C課長、F主査により行われた事情聴取に出席した。

まず、原告は、E助役に対し、f大学医学部附属病院(以下「医大病院」という。)精神科作成の同月25日付け診断書を提出し、同診断書には、原告の病名として「抑うつ状態(パニック障害疑い)」「向後約3カ月の外来治療を要す」「H18年7月26日~H18年8月31日まで自宅療養が必要であり労務は不能と判断する。」等が記戦されていたが、本件行為及びそれによる逮捕との関係についての記載はなかった(乙2の1及び2)。

E助役は、上記ウ(ア)の新聞記事を朗読し、被告側で確認した範囲では原告が窃盗容疑を認めたということを前提に、事実確認をしたところ、原告は、「時々パニック的な障害が出ることから、どうすることも出来ない状態になってしまい、自分でこうしたいと思ってやっているわけではないが新聞記事のような事実を作ってしまったことは事実である」旨答えた。

そして、E助役が、原告に対し、最後に言っでおきたいことがあれば言うように促したところ、原告は、病気があって診断書をもらってきたこと、本件行為により迷惑をかけ反省していることを述べた。

さらに、E助役は、原告に対し、今後の身の振り方について尋ねるとともに、処分は相当厳しいものになること、懲戒免職になれば退職金が支給されないことから、自主退職も考えた方がよいことを告げ、処分辞令交付の日程について伝えて、事情聴取を終わらせた。(乙1)

(オ) 原告は、同年8月7日、父親とともにE助役宅を訪問し、E助役と面談した。

(カ) 被告の賞罰及び賠償審査委員会は、原告に対して告知・聴聞の機会を与えないまま、同年7月28日に第1回期日、同年8月8日に第2回期日を開催し、被告に対し、原告の懲戒処分について答申した。

オ 本件処分

被告町長は、平成18年8月10日、本件処分をし、同日、原告に対し、処分説明書を交付した。

カ 本件処分後の経緯

(ア) 原告は、平成18年8月30日、本件行為に係る窃盗被疑事件について不起訴処分となった(甲25)。

(イ) 原告は、同年10月3日、G弁護士を代理人として、c支庁管内町村公平委員会に対し、本件処分につき、審査請求をしたが、同公平委員会は、口頭審理を4回行った上で、平成19年10月19日、本件処分を承認するとの裁決をした(甲13、23、乙8、9)。

(ウ) 原告は、平成20年3月28日、c支庁管内町村公平委員会に対し、同公平委員会の不利益処分についての不服申立てに関する規則14条に基づき、本件処分を承認するとの上記裁決に対する再審請求をしたが、同公平委員会は、同年4月8日、上記再審請求を却下するとの裁決をした(甲14、15、乙21)。

キ 原告の病歴

(ア) 原告は、平成14年3月15日、医大病院脳神経外科に入院し、同年4月15日、プロラクチン産出性下垂体腺腫摘出術を受けた(甲1、7)。

原告は、同手術後、抑うつ状態のため、医大病院脳神経外科に入院中の同年6月13日から平成15年3月25日まで、医大病院精神神経科を受診して治療を受けた。上記治療経過において、当初医大病院脳神経外科担当医らに対する攻撃的感情を強く表明し、その後一部被害的な解釈も認められたが一方で考えすぎかも知れないと述べるなど、不十分ながらも病識も認められたところ、平成14年9月13日、本人の希望により加療を一旦終えている。同年11月26日、情動不安定となり、再受診し、再度薬物療法、精神療法を開始し、そのころ、同科担当医に対する強い怒りを表出していたが、平成15年3月25日に治療を中断した。(甲6、44の1及び2)

原告は、同月31日、医大病院脳神経外科を退院し、職場復帰したが、その後もプロラクチン産出性下垂体腺腫術後高プロラクチン血症のため、同科に通院して投薬を受けており、時折頭痛を訴えていた。原告が処方されていたテルロン錠は、副作用として頭痛、吐き気、幻覚等があり、ロキソプロフェン錠は、副作用として頭痛、吐き気等のほか、意識レベル低下等の神経系障害が報告されている。(甲1ないし3、27の1ないし5)

(イ) 原告は、平成18年2月21日、頭痛、意識もうろう、吐き気の症状を訴えて、医大病院を受診し、脳CT画像では原因となり得る所見を認めることはできなかったが、ロキソプロフェン錠5回分等の投薬を受けた(甲1、10、11)。

(ウ) 原告は、平成18年6月22日、医大病院脳神経外科を受診し、テルロン錠1日2回分と、頭痛時に服用するためのロキソプロフェン錠の処方を受けた(甲9)。

(エ) 原告は、釈放後の平成18年7月19日、通常どおり勤務し、勤務時間中に前記のとおりD町長に謝罪をし、同月20日、通常どおり出勤し、勤務時間中に前記のとおりE助役に謝罪したが、同日以降、原告は処分が決まるまで自宅待機することとなった。(争いのない事実、原告本人)

(オ) 原告は、平成18年7月25日から同年8月22日までの間に9回、抑うつ状態のため、医大病院精神神経科に通院して治療を受け、その間過呼吸、動悸などの症状が出現したが、治療が一時中断した。原告は、同年12月21日、抑うつ感、全身倦怠、食欲不振を訴えて再診し、平成19年1月末まで数回受診したが、治療が再び中断した。同年11月16日、再度上記症状が出現し、以後、原告は定期的に同病院精神神経科に通院している。

なお、平成22年3月9日現在で、上記症状等のため、原告の就労は困難な状態である。(甲6、12、44の1及び2)

(カ) 神経内科医であるH医師(以下「H医師」という。)が原告への問診及び画像診断等の結果に基づき作成した診療情報提供書(甲32)によれば、H医師は、原告の平成22年10月8日現在の頭痛は、月経関連偏頭痛と脳下垂体腫瘍による偏頭痛様頭痛の両方が関連しており、頭痛には相当の痛みが出現し、頭痛による意識消失あるいは過換気によるもうろう状態と考えられる旨診断した。(甲32)

(キ) 精神科医師であるI(以下「I医師」という。)が、H医師の診断情報提供書を含む他病院の診断書や投薬内容等のほか、本件行為から約4年後に行った原告への問診及び原告の夫からの聞き取り内容を基に作成した意見書(甲33、42)には、「スーパーマーケットの売り場で痛みが増強し、その後に不安感と過呼吸の症状が続いたようです。過呼吸が意識朦朧となるまで続いたのかどうかは定かではありませんが、(中略)清明な意識状態ではなかった可能性が強いと考えます。(中略)代金を支払わずに退店したという行動が、このような意識状態で行われたのならば、責任能力については、疑問の余地があると思われます。」、「患者さんは堂々とカートを押したままお金を払わずに店外に出たというのですから、誰が見てもすぐに盗みと判る行為を行っていたものであり、この行為からは意識が突然朦朧状態に陥って自己の行為を認識できないまま代金を支払わずにカートを押してレジを通過したもの、と推察されるからです。(中略)司法精神医学的に見るならば、突発的な事理弁識能力を欠いた状況にあったと思料されます。」と記載されている。

ク 人事院の懲戒処分の指針

人事院が作成した懲戒処分の指針(以下「本件指針」という。)では、代表的事例にっいての標準的な処分量定が掲げられており、公務外非行関係として他人の財物を窃取した場合は、免職又は停職とする旨示されている。

そして、具体的量定の決定に当たっては、①非違行為の動機、態様及び結果、②故意又は過失の度合い、③非違行為を行った職員の職責、それと非違行為との関係、④他の職員及び社会に与える影響、⑤過去の非違行為の有無のほか、日頃の勤務態度や非違行為後の対応等も含め総合考慮する旨示されている。(乙4)

(2)  まず、原告は、本件処分に重大な認定の誤りがあると主張することから、処分理由の有無について検討する。

ア 前提事実(3)によれば、本件処分は、原告が窃盗の犯罪行為を行って現行犯逮捕され、その事実が新聞報道され、広く知られたことをもって処分の理由とするものであるところ、原告は、本件行為時に窃盗の故意及び不法領得の意思はなく、責任能力に問題があった旨主張し、処分理由の基礎となる窃盗の犯罪行為の成立を争っている。そこで、窃盗の故意及び不法領得の意思の有無並びに本件行為時の責任能力の有無について、被告の認定に誤りがあったか否かが問題となる。

イ 上記(1)イによれば、原告は、本件店舗の売場内において、カートの上の未精算の商品の上に持参したレジ袋を広げて置いた上、本件店舗中央部にある衣料品売場から自車の駐車場所への最短経路であるレジの近くの本件店舗南東口ではなく、レジが近くになく、自車の駐車場所からより遠い本件店舗南西口から退店し、未精算の商品の入ったカートを押したまま、自車の駐車場所まで移動しており、その動機は、早く自車に戻ってみかんが食べたくなったが、レジが込んでおり、また遠かったためである。

そうすると、原告には、精算をしないまま商品を店外に持ち出し、自己が占有することを認識していたといえ、窃盗の故意すなわち構成要件該当事実に対する認識があり、また、未精算の商品であるみかんを食べるつもりであったのであるから、不法領得の意思すなわち他人の物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思があったことが優に認められる。

ウ さらに、これらの事情に加え、原告は、自分で自動車を運転して本件店舗に行ったこと、本件店舗内で、子供に靴を頼まれていたことを思い出し、靴売り場へ向かっていること、原告本人尋問において、レジが込んでいたことや自車の駐車場所の方向等はいずれも認識していた、また、本件店舗から外に出ると少し気持ちがよくなったなどと供述しており、本件行為の前後の経緯を記憶に基づき一応説明していること、商品の入ったカートを押したまま、本件店舗内から自車の駐車場所まで、相当の距離があるにもかかわらず、途中で倒れたりうずくまったりすることなく移動していることなどからすれば、本件行為時の原告の責任能力には、何ら問題がなかったことが認められる。

エ この点、原告は、本件行為時、激しい頭痛と吐き気があり、意識がもうろうとしており、無意識のまま商品を持ち出した旨主張し、それに沿う供述をする一方で、本件行為前に服用したテルロン錠やロキソプロフェン錠の副作用により、意識障害が生じた旨主張し、これに沿う証拠(甲2、3、27の1ないし5)を提出する。また、原告は、最終的には、脳下垂体腫瘍による片頭痛様頭痛及び月経関連偏頭痛を原因とする強い頭痛又は過呼吸により清明な意識状態ではなかったとして、本件行為時、責任能力がなかった旨主張し(最終準備書面)、これに沿うI医師作成に係る意見書(甲33、42)を提出する。

しかし、上記イ、ウで指摘した各事実に加え、本件店舗の外で少し気持ちがよくなったと供述するにもかかわらず、そのまま未精算の商品が入ったカートを押して駐車場所への移動を継続していること、警傭員や警察官に対し、体調不良を訴えることなく抵抗していること、警備員から声をかけられて我に返り、会計を済ませていないことに気付き驚いたと供述するものの、その場では謝罪、精算等をしていないこと、原告が釈放直後に提出した陳述書(甲4)には、早く車まで戻ってみかんが食べたくなり、そのまま本件店舗を出たことが、公平委員会への不服申立書(甲13)には、一刻も早く自車に戻りたいとの心理で本件店舗を出たことが記されていることなどを併せ考慮すると、本件行為時において、ある程度の頭痛及び吐き気があったとしても、本件行為時、意識がもうろうとしており、無意識のまま商品を持ち出した旨の原告の上記供述は採用できない。

そして、薬剤に関する上記各証拠によっても、原告が服用した上記薬剤によって発生する副作用の頻度、程度は明らかではない上、上記(1)キによれば、原告は、平成14年の手術以降数年にわたり上記薬剤の処方を受けていたところ、本件行為時までに副作用があったとは認められないことからすれば、上記証拠をもって、本件行為時に上記薬剤による副作用が生じたとは認められず、これに関する原告の上記主張は採用することができない。

また、原告は釈放直後から通常勤務に復帰することが可能な状態にあったことからすると、平成18年7月25日以降、精神神経科に受診し「抑うつ状態(パニック障害疑い)」と診断された症状が本件行為時から連続性をもって継続していたとは認め難い上、仮に、本件行為時に同疾病があったとしても、上記で認定した本件行為時の原告の行動状況に照らせば、同疾病が原告の責任能力に直ちに影響を及ぼすものとは認められない。

また、H医師の診断は、本件行為から約4年後に原告の問診及び画像診断の結果から平成22年10月8日ころ現在の頭痛の原因について診断しているものにすぎないから、採用できない。さらに、上記(1)キ(キ)のとおり、I医師の意見書は、H医師の診療情報提供書を含む他病院の診断書や投薬内容等のほか、本件行為から約4年後に原告の問診及びその夫からの聞き取りを行い、その内容を基に、本件行為時の原告の責任能力等について推測するに過ぎず、I医師は、本件行為時又はその前後の原告の状態を診察したわけではない。そして、上記意見書(甲42)は、カートの商品の上に持参したレジ袋を広げて置いたことなどの本件の事実経過等を十分考慮していない上、上記(1)イ(イ)のとおり、実際は原告がレジ前を通過せずに本件店舗南西口から退店しているにもかかわらず、原告が代金を支払わずにカートを押してレジを通過したといった事実を前提にしている。これらによれば、上記意見書を直ちに採用できないのであって、これに基づく原告の上記主張は採用することができない。

オ よって、本件行為時、原告に窃盗の故意及び不法領得の意思が認められ、責任能力に問題がながったとの被告の認定に誤りはなく、原告が本件処分の処分理由の前提となる窃盗の犯罪行為をしたことが認められる。そして、この事実が、公務員としての職の信用を傷つけ、職員の職全体の不名誉となるような行為の禁止規定に違反し(地方公務員法29条1項1号、33条)、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合(同法29条1項3号)に当たることは明らかであるから、原告には、地方公務員法に定められた懲戒事由があるといえる。

カ 以上のとおり、本件処分に認定の誤りはないから、それを理由として本件処分が無効である旨の原告の上記主張は、採用することができない。

(3)  次に、原告は、上記(2)の処分理由について懲戒免職処分とされたものであるが、地方公務員について地方公務員法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか及び懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されており、懲戒権者が同裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきであり(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)、当該処分が外形的に存在する以上、少なくとも当該処分が違法でなければ、当然無効となりえない。

本件についてみるに、被告は、本件指針に則って本件処分をした旨主張する。

本件指針の内容は上記(1)クのとおり、種々の事情を総合考慮した上で、公務外非行として他人の財物を窃取した場合は、免職又は停職とするものであるところ、上記種類の非行は、公務外に行われたとしても、故意に基づく犯罪行為であって強い非難に値し、これが公表されれば、公務に対する信用を害する程度も高いといえるから、本件指針自体は、懲戒基準として社会観念上著しく妥当を欠くものとは認められず、本件指針に則っている限りにおいては、社会観念上著しく妥当を欠くこととならない。

そこで、被告が本件処分を行ったことが、本件指針に則っているかどうかが問題となる。

まず、本件指針が挙げる具体的量定の決定に当たっての考慮要素ごとに検討するに、上記(1)イ(イ)、同(ウ)のとおり、①本件行為の動機は、原告が体調不良であったところ、未精算の商品であるみかんを早く食べたくなったが、レジが混雑していたため、早く車に戻ろうとしたことにあり、本件行為の態様は、スーパーのカートのかごに代金合計額6000円余に及ぶ来精算の商品を入れたまま、店外に持ち出すというものであり、本件行為の結果は、商品はその場で返還されているものの弁償等はされていないことからすると、上記(1)ウ(イ)、同カ(ア)のとおり、原告が逮捕後に容疑を認めて釈放され、最終的には不起訴処分となったことを踏まえても、その動機に情状酌量の余地は乏しく、万引き事案としてはその態様は悪質で、結果は軽微とはいえない。また、上記(2)のとおり、②原告には窃盗の故意及び不法領得の意思があったことが認められる。次に、前記前提事実、上記(1)ウ(ア)のとおり、③原告の職責は、a委員会事務局の主査であり、それと窃盗行為という公務外の非違行為との関係は必ずしも強いとはいえないが、④本件行為及びそれを否認した上での現行犯逮捕の事実が新聞報道されたことから、他の職員及び社会に与える影響は大きかったといえる。しかし、⑤原告には、過去に非違行為があったとは認められず、また、日頃の勤務態度にも問題があったとは認められない。他方、上記(1)イ(ウ)、同ウ(ア)のとおり、⑥本件行為後の対応として、原告は、通報により駆け付けた旭川東警察署員に対して、住所、氏名を言わず、窃盗の容疑を否認し、警察官が本人確認のためバッグの検査をしようとしたところ抵抗して暴れたため、現行犯逮捕されたものであり、上記のとおり、本件行為時の責任能力に何ら問題はなかったものと認められることからすると、逮捕時の原告の態度は、非違行為後の対応として芳しくないものといえる。なお、証拠(甲20)によれば、原告が初めて本件店舗に謝罪に行ったのは本件行為から約8か月後の平成19年3月であることが認められ、原告は本件処分までに謝罪をしていないし、また、不起訴処分は平成18年8月30日にされており、同月10日の本件処分時には原告は未だ不起訴処分となっていない。

以上の要素を総合考慮するに、原告が体調不良であったこと、被害品がその場で返還されていること、逮捕後ほどなくして、原告が容疑を認め釈放されたこと、原告にはそれまで非違行為がなく、日頃の勤務態度にも問題がなかったこと、非違行為が公務外であったことなどの原告に有利な情状は認められるけれども、他方で、その動機、態様及び結果において当該非違行為は悪質であり、非違行為後の対応も芳しくなく、他の職員及び社会に与えた影響は大きかったことからすれば、停職処分ではなく免職処分を選択することが明らかに過重であるとまではいえない。

したがって、本件処分は、本件指針に則っているものであり、社会観念上著しく妥当を欠くとはいえず、裁量権の逸脱、濫用があるということはできない。

(4)  次に、原告は、窃盗の非違行為につきいずれも停職処分となった処分事例(甲43の1ないし5)やA事案と比較すると、本件処分は公正原則及び平等原則違反である旨主張するが、そもそも、上記(3)のとおり、本件処分は本件指針に則ったものであり、不公正であるとは認められないことに加え、窃盗(万引き)の非違行為につき免職処分となった処分事例(乙6の1、2)もある上、上記各処分事例は、処分理由となった窃盗行為及び刑事処分の内容以外には、停職処分との判断に至った具体的事情が何ら明らかではなく、同事例において停職処分にとどまっていることをもって、直ちに処分の不均衡があると認めることはできない。

また、A事案との比較においては、原告は、A事案が公金横領事案であった旨の書証(甲5、29ないし31)を提出するものの、被告が提出するこれと相反する書証(乙3、18、27、28)によれば、原告提出証拠をもって、A事案が単なる過誤ないし懈怠にとどまらずに公金横領事案であったと直ちに認めることはできず、原告の主張は、その前提を欠く。

以上のとおり、公正原則及び平等原則違反との原告の主張は、採用することはできない。

(5)  さらに、原告は、憲法31条の適正手続が保障されていなかった本件処分は、違法又は無効である旨主張する。

被告条例であるe町行政手続条例3条3号は、職員又は職員であった者に対してその職務又は身分に関してされる処分につき、事前の告知・聴聞手続等を定めている同条例第3章を適用しない旨定めており(乙12)、また、地方公務員法及び同法29条4項に基づいて定められた被告条例である職員の懲戒の手続及び効果に関する条例(甲17)には、懲戒権者が懲戒処分をするに当たって、被処分者に対し、事前に告知・聴聞の手続をとるべきことを定めた規定は存在しない。

しかしながら、地方公務員法27条1項が、地方公務員に対する懲戒処分の公正を定めていることに照らすと、懲戒処分の中でも、被処分者の地方公務員としての身分そのものに重大な不利益を及ぼす懲戒免職処分については、とりわけ処分の基礎となる事実の認定等について被処分者の実体上の権利の保護に欠けることのないよう、適正、公正な手続を履践することが要求されているというべきである。かかる観点からすると、懲戒免職処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず、弁明の機会を与えなかった場合には、裁量権の逸脱があるものとして当該懲戒免職処分が違法となるというべきである。

これを本件についてみるに、原告の主張するとおり、本件行為について故意及び不法領得の意思がなく、又は、責任能力に問題があったのであれば、被告が、本件行為を処分の理由とすること及び懲戒処分の選択に当たっては、医師に病状を照会するなどして、慎重な判断が必要であったといえるが、上記(2)のとおり、本件行為につき故意及び不法領得の意思を認めることができ、また、責任能力にも問題がなかった上、原告は、上記(1)エのとおり、D町長との面談、経緯を記した陳述書の提出、E助役との面談、同助役による事情聴取、診断書の提出などをしており、賞罰及び賠償審査委員会での告知・聴聞の機会は与えられなかったものの、本件行為及びそれによる現行犯逮捕並びにその結果として新聞報道があったことが処分の対象となっていることを告知された上で、自己の言い分を述べる機会は十分に与えられていたというべきである。そして、原告は、それらの機会において、本件行為時の体調不良について言及していたものの、事実経過について警察等に説明できており、その説明ができていたとの事実からは、本件行為時に無意識という状態にあったことはうかがわれないこと、本件行為に及んだのは「みかんが食べたくな」ったためであると述べており、その動機は了解可能であること、提出した精神科医師作成の診断書にも、「抑うつ状態(パニック障害疑い)」とあるにとどまり、本件行為等との関連性についての記載はなく、本件行為時における責任能力等に問題があったとはうかがわれないことなどからすれば、被告において、原告からの聴取、陳述書及び診断書の受領等以上に、医師に対し病状を照会する等の必要があったとはいえず、原告の本件行為時の体調が本件処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず、その点につき弁明の機会を与えなかった場合に該当するとはいえない。

以上によれば、被告には、懲戒処分に当たっての手続保障に関する裁量権の逸脱があるとはいえないから、本件処分は違法であるとはいえず、ましてや当然無効であるとはいえない。

2  上記1のとおり、本件処分は違法ないし無効とはいえないから、本件処分が違法であることを前提とする国家賠償請求並びに本件処分が無効であることを前提とする公務員たる地位確認請求及び未払給料等の請求は、いずれもその前提を欠く。よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の鵠求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田口治美 裁判官 田中寛明 德光絢子)

(別紙1)原告X「給与等一覧」<省略>

(別紙2)原告X「給与等一覧」<省略>

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