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旭川地方裁判所 平成20年(行ウ)9号 判決 2009年9月08日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告が原告に対し平成20年8月21日付けでなした土壌汚染対策法第3条第2項の通知に基づく同法第3条第1項の規定による土壌汚染状況の調査及び報告を義務付ける旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第2事案の概要

本件は、被告から、平成20年8月21日付けで土壌汚染対策法(以下「土対法」という。)3条2項に基づく通知(以下「本件通知」という。)を受けた原告が、本件通知は行政処分に当たるところ、①本件通知の際に行政手続法(以下「行手法」という。)所定の弁明の機会が付与されていないこと、②本件通知は土対法の解釈を誤ってなされたものであること、③本件通知の根拠となる土対法3条は憲法29条に違反していることなどを理由として本件通知の違法性を主張し、その取消しを求める抗告訴訟(以下「本件訴え」という。)を提起した事案である。

1  争いのない事実等(証拠を摘示した部分を除き、争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告は、旭川市内に住所を有し、旭川市<以下省略>(登記簿上の所在地番は、旭川市<以下省略>所在の土地(以下「本件土地」という。)を所有する者である。

イ 被告は、中核市である地方公共団体である。

(公知の事実)

(2)  訴外株式会社a社による本件土地の占有等

ア 訴外株式会社b社(以下「訴外b社」という。)は、平成18年3月1日当時、本件土地上に特定有害物質であるテトラクロロエチレンを使用する有害物質使用特定施設である洗たく業の用に供する洗浄施設を設置し、本件土地を占有していたところ、同日、綜合クリーニング業部門等を訴外「株式会社a社」(以下「訴外a社」という。)として会社分割した。(甲4の1、2)

イ 訴外a社は、同日以降、平成19年11月30日ころまで、上記洗たく業の用に供する洗浄施設を使用し、本件土地を占有していた。

(弁論の全趣旨)

ウ 被告は、平成20年4月17日、上記特定施設の廃止を確認した。(甲22)

(3)  本件通知(甲1、弁論の全趣旨)

被告は、原告に対し、平成20年8月21日、同日付け旭環対第433号「有害物質使用特定施設の使用廃止等について(通知)」と題する書面(以下「本件通知書」という。)により本件通知を行い、原告は、同日ころ、本件通知書を受け取った。

本件通知書には、「土壌汚染対策法第3条第2項に基づき、次のとおり通知します。これにより、同法第3条第1項の規定による土壌汚染状況調査の義務が生じましたので、下記に示す期限までに土壌汚染対策状況調査結果報告書を提出してください。」などの記載がある。

なお、被告は、本件通知に際して、原告に対して、弁明の機会を付与する旨の書面による通知(行手法30条)をしていない。

(4)  関係法令の抜粋

ア 土対法の抜粋

(使用が廃止された有害物質使用特定施設に係る工場又は事業場の敷地であった土地の調査)

第3条 使用が廃止された有害物質使用特定施設(水質汚濁防止法(昭和45年法律第138号)第2条第2項に規定する特定施設(次項において単に「特定施設」という。)であって、同条第2項第1号に規定する物質(特定有害物質であるものに限る。)をその施設において製造し、使用し、又は処理するものをいう。以下同じ。)に係る工場又は事業場の敷地であった土地の所有者、管理者又は占有者(以下「所有者等」という。)であって、当該有害物質使用特定施設を設置していたもの又は次項の規定により都道府県知事から通知を受けたものは、環境省令で定めるところにより、当該土地の土壌の特定有害物質による汚染の状況について、環境大臣が指定する者に環境省令で定める方法により調査させて、その結果を都道府県知事に報告しなければならない。ただし、環境省令で定めるところにより、当該土地について予定されている利用の方法からみて土壌の特定有害物質による汚染により人の健康に係る被害が生ずるおそれがない旨の都道府県知事の確認を受けたときは、この限りでない。

2  都道府県知事は、水質汚濁防止法第10条の規定による特定施設(有害物質使用特定施設であるものに限る。)の使用の廃止の届出を受けた場合その他有害物質使用特定施設の使用が廃止されたことを知った場合において、当該有害物質使用特定施設を設置していた者以外に当該土地の所有者等があるときは、環境省令で定めるところにより、当該土地の所有者等に対し、当該有害物質使用特定施設の使用が廃止された旨その他の環境省令で定める事項を通知するものとする。

3  都道府県知事は、第1項に規定する者が同項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をしたときは、政令で定めるところにより、その者に対し、その報告を行い、又はその報告の内容を是正すべきことを命ずることができる。

(措置命令)

第7条 都道府県知事は、土壌の特定有害物質による汚染により、人の健康に係る被害が生じ、又は生ずるおそれがあるものとして政令で定める基準に該当する指定区域内の土地があると認めるときは、政令で定めるところにより、その被害を防止するため必要な限度において、当該土地の所有者等に対し、相当の期限を定めて、当該汚染の除去、当該汚染の拡散の防止その他必要な措置(以下「汚染の除去等の措置」という。)を講ずべきことを命ずることができる。ただし、当該土地の所有者等以外の者の行為によって当該土地の土壌の特定有害物質による汚染が生じたことが明らかな場合であって、その行為をした者(相続、合併又は分割によりその地位を承継した者を含む。以下同じ。)に汚染の除去等の措置を講じさせることが相当であると認められ、かつ、これを講じさせることについて当該土地の所有者等に異議がないときは、この限りでない。

2 前項ただし書の場合においては、都道府県知事は、政令で定めるところにより、その被害を防止するため必要な限度において、その行為をした者に対し、相当の期限を定めて、汚染の除去等の措置を講ずべきことを命ずることができる。

3 第4条第2項の規定は、都道府県知事が前2項の規定により汚染の除去等の措置を講ずべきことを命じようとする場合について準用する。この場合において、同条第2項中「当該調査等」及び「当該調査」とあるのは、「当該汚染の除去等の措置」と読み替えるものとする。

4  第1項、第2項又は前項において読み替えて準用する第4条第2項の規定によって講ずべき汚染の除去等の措置の実施に関する技術的基準は、環境省令で定める。

(汚染の除去等の措置に要した費用の請求)

第8条 前条第1項の命令を受けた土地の所有者等は、当該土地の土壌の特定有害物質による汚染が当該土地の所有者等以外の者の行為によるものであるときは、その行為をした者に対し、当該命令に係る汚染の除去等の措置に要した費用を請求することができる。ただし、その行為をした者が既に当該汚染の除去等の措置に要する費用を負担し、又は負担したものとみなされるときは、この限りでない。

2 前項に規定する請求権は、当該汚染の除去等の措置を講じ、かつ、その行為をした者を知った時から三年間行わないときは、時効によって消滅する。当該汚染の除去等の措置を講じた時から二十年を経過したときも、同様とする。

イ 土壌汚染対策法施行令の抜粋

(政令で定める市の長による事務の処理)

第10条 法に規定する都道府県知事の権限に属する事務は、地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の19第1項に規定する指定都市の長、同法第252条の22第1項に規定する中核市の長及び同法第252条の26の3第1項に規定する特例市の長並びに福島市、市川市、松戸市、市原市、八王子市、町田市、藤沢市及び徳島市の長(以下この条において「指定都市の長等」という。)が行うこととする。この場合においては、法中都道府県知事に関する規定は、指定都市の長等に関する規定として指定都市の長等に適用があるものとする。

ウ 環境基本法の抜粋

(原因者負担)

第37条 国及び地方公共団体は、公害又は自然環境の保全上の支障(以下この条において「公害等に係る支障」という。)を防止するために国若しくは地方公共団体又はこれらに準ずる者(以下この条において「公的事業主体」という。)により実施されることが公害等に係る支障の迅速な防止の必要性、事業の規模その他の事情を勘案して必要かつ適切であると認められる事業が公的事業主体により実施される場合において、その事業の必要を生じさせた者の活動により生ずる公害等に係る支障の程度及びその活動がその公害等に係る支障の原因となると認められる程度を勘案してその事業の必要を生じさせた者にその事業の実施に要する費用を負担させることが適当であると認められるものについて、その事業の必要を生じさせた者にその事業の必要を生じさせた限度においてその事業の実施に要する費用の全部又は一部を適正かつ公平に負担させるために必要な措置を講ずるものとする。

エ 土壌汚染対策法施行規則の抜枠

(有害物質使用特定施設の使用の廃止等の通知)

第13条 法第3条第2項の通知は、有害物質使用特定施設の使用が廃止された際の土地の所有者等(当該土地の所有者等から土地に関する権利を譲り受けた者その他の新たに土地の所有者等となった者が同条第1項の調査を行うことについて、当該土地の所有者等及び当該新たに土地の所有者等となった者が合意している場合にあっては、当該新たに土地の所有者等となった者)に対して行うものとする。

(有害物質使用特定施設の使用の廃止等に関し通知すべき事項)

第14条 法第3条第2項の環境省令で定める事項は、次のとおりとする。

1 使用が廃止された有害物質使用特定施設の種類、設置場所及び廃止年月日並びに当該有害物質使用特定施設において製造され、使用され、又は処理されていた特定有害物質の種類

2 工場又は事業場の名称及び当該工場又は事業場の敷地であった土地の所在地

3 同条第1項の報告を行うべき期限

(5) 本件訴えの提起

原告は、平成20年11月14日、当庁に本件訴えを提起した。(顕著な事実)

2 争点に関する当事者の主張

(1) 本件通知の行政処分性の有無(本案前の争点)

【被告の主張】

ア 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条2項にいう「処分」とは、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される。

この点、土対法3条1項所定の原告に対する「当該土地の土壌の特定有害物質による汚染の状況について、環境大臣が指定する者に環境省令で定める方法により調査させて、その結界を都道府県知事に報告しなければならない」義務(以下「汚染状況調査報告義務」という。)は、有害物質使用特定施設の使用の廃止を契機として土地の所有者等自身が当然に行うべきものであって、行政庁から一定の作為を求められて行うものではない。すなわち、同条2項の通知は、施設設置者と土地の所有者等が異なる場合には、土地の所有者等が当該調査の義務の発生を当然には知ることができないおそれがあること等から、行政庁が土地の所有者等に対し、有害物質使用特定施設の使用が廃止された旨等の事実を通知することを規定したものであって、本件通知は、土地の所有者等に対して土壌汚染状況調査報告義務が発生したことを連絡し、知らしめる事実上の行為に過ぎない。

さらに、行政庁は、土対法3条2項の規定に基づき土地の所有者等に通知することが義務付けられているものであり、通知の要否について行政庁の意思が介在する余地はなく、行政庁自体が新たな法的効果を形成しようとするものではない。

したがって、本件通知は、行政処分性を有しない。

イ 土対法3条3項においては同条1項に基づく報告をしない者等に対し、報告等を命ずることができる旨規定し、同法38条においては同命令に反した者に対する罰則を規定している。

つまり、原告は、本件通知により、本件土地につき調査を行う必要性が生じるものの、仮にこれに従わない場合は、同法3条3項の手続に移行し、原告はその時点で同項の規定による命令の効力を争うことができるのであって、あくまでも本件通知は、当該命令に至る過程の中間行為である。また、原告は、当該命令の効力を争うとしても、現在負っている調査義務以外のものが付加されるものでもなく、本件通知の効力を争わなければ回復しがたい損害を被るものでもない。

このように、土対法は、土壌汚染状況調査義務に係る取消訴訟は、本件通知に対してではなく、同法3条3項の規定による命令に対して提起されることを予定している。

ウ 行訴法3条2項の「処分」は行手法2条2号の「処分」と同義と解されるところ、同号の「処分」の解釈において、「行政庁の作為(指示)に従わない場合に、改めて、同一内容の作為又は不作為を求める命令をすることができることとされている当該指示」は、「処分」性を有しないと解されているが、「行政庁の求めに従わない、あるいは応じない場合に、罰則による制裁を課しうるもの」については、「処分」性が認められると解されている。

上記イのとおりの土対法の規定ぶりからは、同法3条3項の命令が行手法2条2号の「処分」であって、本件通知は同号の「処分」ではないと解するべきである。

したがって、本件通知は、行政処分性を有しない。

エ 土対法3条2項の通知を受けたものと同じく同条1項の調査報告義務を負っている「所有者等であって、当該有害物質使用特定施設を設置していたもの」に対しては処分という概念は存在しない。そうすると、仮に上記通知を受けたものについて、通知を処分であるとするならば、同一の義務が生じるにもかかわらず、通知を受けたものと当該設置していたものとの間に出訴機会に相違が生じることとなり、平等の原則に反する。

【原告の主張】

ア 本件通知は、汚染状況報告義務の発生根拠となっている。また、原告は、同義務に反すれば、土対法3条3項により、被告から報告命令が発せられることになり、それでもなお調査・報告を行わなかった場合、同法38条により、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金の行政刑罰を受ける立場に置かれている。そうすると、本件通知は、原告に対して、直接権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められている行為である。

したがって、本件通知は、上記被告の主張のイ、ウに反論するまでもなく、行政処分性を有する。

イ 被告の主張エに対する反論

被告は、土対法3条2項に基づく通知が処分であるとすると、有害物質使用特定施設を設置していた者と有害物質使用特定施設を設置せず通知を受けた者との間に出訴機会の差異が生じ、公平の原則に反する旨主張する。しかし、被通知者には通知後に調査報告義務が発生するのであるから、それぞれ異なるのは必然であり、公平の原則に反するとはいえない。

(2) 弁明の機会付与を欠いた違法の有無(本案の争点)

【原告の主張】

本件通知は原告に対する不利益処分に該当するところ、被告は、原告に対して、行手法13条1項2号に基づき、弁明の機会を付与すべきである。しかし、被告は、原告に対して、弁明の機会を付与する旨の書面による通知(行手法30条)をしていない。

したがって、本件処分には、弁明の機会付与を欠いた違法がある。

なお、本件通知は、原告に対する十分な事情聴取と掘削権原に関する意見調整の機会を与えられないまま行われたものであり、適正手続を保障する憲法31条にも違反する。

【被告の主張】

本件通知は、前記(1)の被告の主張のとおり、行政処分性を有せず、不利益処分ではないから、弁明の機会の付与は不要である。なお、原告は、あたかも本件通知が不意打ちであるかのように主張するが、被告は、再三にわたり原告との協議を行っている。

(3) 土対法3条の解釈を誤った違法の有無(本案の争点)

【原告の主張】

ア(ア) 土対法3条1項によって、第一次的に調査報告義務を課せられるのは、その土地上に有害物質使用特定施設を設置していた者であり、有害物質使用特定施設を設置していない者が調査報告義務を課せられるのは、設置者自身が行方不明である等やむを得ない事由がある場合に限られると解するべきである。

なぜなら、①土対法7条1項ただし書及び同条2項の趣旨が、環境基本法37条にいう原因者負担原則の現れと考えられるところ、これとの整合性を図る必要があり、②土対法3条1項及び2項において、有害物質使用特定施設を設置していない所有者等に対する調査報告義務の課し方が明らかに補充的であるからである。また、このように解釈しなければ、後記(4)のように土対法3条が違憲となってしまうからである。

(イ) 本件においては、訴外b社及び訴外a社が、本件土地上で有害物質使用特定施設であるクリーニング工場を設置し、業務を行っていたのであるから、土対法3条1項の「所有者等」に含まれる「占有者」に当たる。すなわち、土壌汚染状況調査報告義務を負うのは、原告ではなく、訴外b社又は訴外a社である。

したがって、本件通知には土対法3条の解釈を誤った違法がある。

イ 被告の主張に対する反論

被告は、土対法3条1項の「所有者等」に含まれる占有者について、土地の掘削等に関する権原が賃貸借契約において定められていることを要する旨主張する。しかし、この解釈は、条文に規定されていない条件を付加して、汚染について何ら帰責性がない所有者に調査報告義務を課すことになるから、土対法の趣旨を逸脱した解釈であり、妥当でない。

【被告の主張】

ア 土壌汚染状況調査の実施主体は、土地の状態に責任を有する「土地の所有者等」である。そして、土壌汚染状況調査は土地の掘削等を伴うから、その実施主体である「所有者等」は、土地の掘削等に関する権原を有する者である必要があり、通常、所有者がこれに当たる。なお、「土地の所有者等」に管理者及び占有者が含められたのは、賃貸借契約において、土地の掘削等を行うことも含め使用等の権原をすべて賃借人が有する旨定められている場合などが想定されていたからであり、かかる場合には、賃借人たる管理者又は占有者が上記実施主体となる。

本件において、被告が原告に対し本件通知をしたのは、訴外b社等が土対法3条1項の「土地の所有者等」に当たらず、原告が同条2項の規定に該当する、「有害物質使用特定施設を設置していた者以外」の「所有者等」であるからである。

すなわち、原告と訴外b社との間の賃貸借契約には、契約書が存在しないのであるから、当然、土地の掘削等に関する取り決めはなされておらず、訴外b社ないしa社は本件土地の掘削等に関する権原を有しないというべきである。したがって、本件通知に土対法3条の解釈を誤った違法はない。

イ 原告の主張に対する反論

(ア) 土対法7条は、同条1項において、土地の所有者等に対して、汚染の除去等の措置を講ずべきことを命ずることができる旨、同条ただし書において、汚染の原因が土地の所有者等以外の者の行為によることが明らかであって、行為者に汚染の除去等の措置を講じさせることが相当であると認められ、かつ、これを講じさせることについて土地の所有者等に異議がない場合に限って、汚染原因者に汚染の除去等の措置を講ずべきことを命ずることができる旨規定しているところ、このような規定ぶりからは、同法7条における汚染の除去等の措置の実施主体が、原則として、「土地の所有者等」であることは明らかである。

また、環境基本法における「原因者負担の原則」とは、費用負担に関するものであり、実施主体に関するものではない上、土対法3条の調査は、汚染原因者が判明していない段階で、汚染の発見のために行うものであり、かつ、状態責任を問うものであるから、上記原則は妥当しない。

(イ) 土対法3条1項は、有害物質使用「特定施設を設置していたもの又は次項の規定により都道府県知事から通知を受けたもの」と規定しているところ、このような規定ぶりからは、有害物質使用特定施設を設置していたものと通知を受けたものとの間に優先劣後の関係があるとは解されない。

(4) 土対法3条の憲法適合性の有無(本案の争点)

【原告の主張】

ア 土対法の立法目的は、「土壌汚染対策の実施を図ることによる国民の健康の保護」にあり(土対法1条)、これ自体は正当である。

しかし、汚染状況調査の目的を実現するためには、所有者等に対して、「汚染原因者又は国若しくは公共団体(又は一次的調査義務が課された有害物質使用特定施設設置者)が、当該土地に立ち入って、土壌を掘削し、採取することを受け入れる義務」を課せば足りるのであり、これを超えて、賃借人が有害物質使用特定施設を設置した土地の賃貸人に過ぎない所有者に対して、汚染原因者が明確であるにもかかわらず、過大な費用負担と行政刑罰の威嚇を伴う調査報告義務を課すことには、必要性も合理性もない。また、土対法の成立は平成14年であるところ、本件土地に関する賃貸借契約が締結された昭和39年以前において、原告は、土壌汚染状況調査報告義務の負担を予定して事前求償の合意をする等の財産的負担の子防措置を執ることが不可能であった上、その後も予防措置等を執りようがなかった。そうすると、上記の費用負担等は、原告に対して特別の犠牲を強いるものであって、補償が必要になるところ、そのような規定はない。

したがって、土対法3条は、憲法29条に反している。

イ 被告の主張に対する反論

被告は、警察法上の状態責任を有しているから、所有者等が土壌汚染状況調査を行わせる必要がある旨主張する。しかし、状態責任を負うのは、社会生活、国民の健康被害に対する危険が発生しているか、若しくはその危険が差し迫った状態であることが必要であるところ、本件において、そのような状態は発生していない。

【被告の主張】

ア 土対法の立法事実としては、人の健康被害防止の必要性だけではなく、土壌の特定有害物質による汚染状況の把握の必要性も存在ずる。また、憲法29条2項は、財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定める旨規定しているところ、土壌汚染状況調査は、土地が人の健康に対して危険な状態を生じさせているかを把握する行為であり、危険な状態を支配している者である所有者等が危険の発生を防止する責任(いわゆる警察法上の状態責任)を有しているのであるから、土地の所有者として受忍すべき限度の範囲内のものである。

確かに、汚染原因者として蓋然性が高い者等が所有者等の承諾を得て調査を行う手法も考えられなくはないが、汚染が判明した場合には人の健康に係る被害を防止するために早急に対策を講じる必要があること等を考慮すると、土壌汚染状況調査の実効性を高めるためには、確実に存在する所有者等をその実施主体とするのが最も合理的である。

したがって、土対法は、憲法29条に反しない。

イ 原告の主張に対する反論

原告の主張は、汚染原因者が明確となっていることを前提としているが、土壌汚染状況調査は、当該土地が汚染されているか否かを調査するものであって、調査を行っていない時点で、汚染されているかどうかは不明であり、汚染原因者は判明していないのであるから、失当である。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件通知の行政処分性の有無)について

(1)  本件の関係法令を通覧すると、土対法は、都道府県知事等が、有害物質使用特定施設の使用廃止を知った場合に、当該有害物質使用特定施設を設置していた者以外の当該土地の所有者等に対し、当該有害物質使用特定施設の使用が廃止された旨その他の環境省令で定める事項を通知することとする(3条2項、同法施行令10条)一方で、有害物質使用特定施設を自ら設置していない所有者等にあっては、同条2項に基づく通知を受けたものが、当該土地の土壌の特定有害物質による汚染の状況について、環境大臣が指定する者に環境省令で定める方法により調査させて、その結果を都道府県知事に報告しなければならないとし(3条1項)、同条2項に基づく通知を受けた者が任意に調査報告義務を履行しないときは、都道府県知事等がこれを履行するよう命令を発することができ(同条3項)、さらに同命令を受けた者が履行しないときは、刑罰を科す旨規定している(38条)。

(2)  このように、土対法が所有者等に土壌汚染調査報告義務を課することとした趣旨は、土壌の特定有害物質による汚染の状況の調査をするためには土地の掘削等に関する権原が必要となり、そのような権原を有する者に対する処分でなければ実効性に欠けること、土地について掘削権原等の支配権を有する所有者等には、土壌汚染を除去する社会的責任があること、土地所有者等を確定することは登記簿等によれば困難ではないことなどにあるところ、同法3条にいう「所有者等」は、当該土地の掘削等に関する権原を有する者に限られ、土対法は、土地所有者等を調査の義務者としており、汚染原因者やその他の汚染に関与した者を第一次的な対策義務者としておらず、特定有害物質を使用等する施設の使用の廃止時に土地の所有者等に調査の義務を課していると解される。

そして、同条2項は、有害物質使用特定施設の設置者と土地の所有者等とが異なる場合には、都道府県知事が、有害物質使用特定施設の使用が廃止されたことを知り、その上で、当該有害物質使用特定施設を設置した者以外の者である通知の名あて人が当該土地の掘削権原を有する土地所有者等に該当する旨の判断をなし、同法施行規則14条の規定する事項である、当該有害物質使用特定施設の使用が廃止されたことのほか、同施設の設置された土地の所在、同法3条1項の調査報告義務の期限等の告知も併せて行うこととしている。このように、同項が有害物質使用特定施設を自ら設置していない当該土地の所有者等に対してのみ通知をなす旨規定した趣旨は、当該土地の所有者等が、当該土地上の有害物質使用特定施設を自ら設置しておらず、その廃止及び調査報告義務の発生を当然には知り得ないことから、所有者等に対し、当該施設の使用の廃止されたこと等を知らしめることにある。このような同通知に至る手続にかんがみれば、同通知は、通知の名あて人が「当該有害物質使用特定施設を設置しいてた者以外」の「当該土地の所有者等」に該当すると認める旨の都道府県知事等の判断の結果とともに、当該有害物質使用特定施設の使用が廃止されたこと等を告知するものであって、土対法は、同通知により、上記通知の名あて人が同法に基づき当該土地の土壌汚染状況調査報告を行うことを期待していうものであると解される。そうすると、同通知は、いわゆる観念の通知とみるべきものであるが、もともと法律の規定に根拠を有するものであるから、行政庁のなす行政行為である。

(3)  他方、土対法は、同条3項の命令により、土地所有者等に対し、義務履行を命じることとしているところ、同命令は、都道府県知事等の判断に基づき、刑罰による威嚇の下、同条1項に基づく調査報告義務を負っている名あて人に対して義務履行を命ずるものであって、同命令の発令に当たっては、都道府県知事等により、名あて人が同条1項に規定する「所有者等」に該当するか否か、すなわち、当該土地の掘削等に関する権原を有するか否かの判断のみならず、当該具体的状況下において名あて人が当該土地の汚染状況を調査報告することにつき期待可能性があるか否かの最終的な判断も行われるものと解される。

(4)  ところで、このよかうに、複数の行為からなる一連の手続を通じて、結果として名あて人の法律上の地位に対して影響が及ぶ場合において、どの段階で処分性を認めるかは、その行為を根拠付ける法規がどの段階で当該行為の効力を争わせることとしているかについての解釈により決せられると解される。

これを本件についてみると、上記(2)の土対法3条2項が有害物質使用特定施設を自ら設置していない当該土地の所有者等に対してのみ通知をなす旨規定した趣旨等からすれば、同条1項の調査報告義務を本来的に基礎付ける要件は、あくまでも当該土地の「所有者等」であることであり、土地所有者等が特定有害物質を使用等する施設の使用の廃止時に当然に同義務を負担することとなるところ、同条2項の「通知」は、上記施設の廃止及び調査報告義務の発生を当然には知り得ない土地所有者等に対し、当該施設の使用の廃止されたこと等を知らしめるためのものであり、同義務の始期及び期限を定めるための要件であると解するのが相当である。

そして、同通知を受けた者は、同条2項の通知がされただけでは同条1項の汚染状況調査報告義務の履行を強制されることはないのであるから、土対法は、同通知により、通知の名あて人が同法に基づき調査報告義務を任意に履行することを期待するにとどまるものであり、同条3項の命令を受けることによって初めて、同義務の履行を法的に命ぜられ、刑罰による履行の強制を受けることになる。

また、同条2項の通知を受けずに同条3項の命令を受けた者は、同命令以降の手続において、「当該土地の所有者等であって、」「当該有害物質使用特定施設を設置していたもの」に該当するか否かの判断に加え、当該状況下において当該者が調査報告を行うことにつき期待可能性があるか否かについての判断を争うことができると解されるが、同条2項の通知を受け、同条3項の命令を受けた者も、これと同様に、当該状況下において当該者が調査報告を行うことにつき期待可能性があるか否かの判断のみならず、同一の主体である都道府県知事によって同通知に示された同条1項に規定する「当該土地の所有者等」に該当するか否かの判断も併せ争うことは可能であって、同通知がなされた段階での訴えの提起を認めなければ、裁判を受ける権利を奪うことになるものではない。

(5)  以上のような同条2項の通知の趣旨及び法的効果と土地所有者等の調査報告義務を具体化した土対法の諸規定に照らすと、土地所有者等が調査報告義務の履行を刑罰をもって強制されるという法的効力が確定的に発生し、都道府県知事等による調査報告義務の実質的な要件の充足又は不充足の最終的な判断がなされるのは、同条3項の命令の発令時である上、同条2項の通知の名あて人が、通知を受けた段階では、「当該有害物質使用特定施設を設置していた者以外」の「当該土地の所有者等」に該当するか否か等についての都道府県知事等の判断を争い、これに対する抗告訴訟により、同条1項の汚染状況調査報告義務の覆滅を図ることができないとしても、同条3項の命令が発せられるのを待った上で、これについて裁判所の審判を求めることによって救済を受けることが可能であることからすれば、土対法は、一連の手続において、同命令が発せられた段階で行政処分性を認めて同命令の効果を争わせることとし、同通知を行政事件訴訟の対象から除外することとしているものと解するのが相当である。

以上によれば、本件通知に行政処分性が認められるとする原告の主張は、採用することができない。

なお、本件通知には、「土壌汚染対策法第3条第2項に基づき、次のとおり通知します。これにより、同法第3条第1項の規定による土壌汚染状況調査の義務が生じましたので、下記に示す期限までに土壌汚染状況調査結果報告書を提出してください。」との記載があるが、これは、土対法3条1項の規定に基づく調査報告義務について、本件通知の到達が同義務の始期であること及び同法施行規則14条3号の規定により通知すべき事項である報告期限を示したものにすぎないと解することができるから、かかる記載をもって、本件通知に行政処分性を認めることはできない。

2  結論

よって、本件訴えは、その余の点を判断するまでもなく、不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担について行訴法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 湯川浩昭 裁判官 田中寛明 谷地伸之)

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