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旭川地方裁判所 平成21年(わ)72号 判決 2010年4月12日

主文

被告人を懲役8年に処する。

未決勾留日数中300日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,Aと共謀の上,平成21年3月28日午後7時30分ころから午後8時10分ころまでの間,北海道稚内市ab丁目c番d号被告人方において,Aの長男であるB(当時4歳)に対し,その頭部から冷水をかけた上,冷水を張った浴槽内にBをうつ伏せにした状態で,その後頭部を上から手で押さえ付けて水没させるなどの暴行を加え,Bに溺水による低酸素血症等の傷害を負わせ,よって,同月29日午前5時32分ころ,同市ef丁目g番h号G病院において,Bを前記傷害による遷延性窒息により死亡させた。

(証拠)

省略

(争点に対する判断)

第1争点

検察官は,被告人とAが共謀して,平成21年3月28日午後7時30分ころから午後8時10分ころまでの間,Bに暴行を加えたものであるところ,その態様は,Aが,Bを浴室に連れて行き,浴槽に冷水を入れ,被告人が,浴槽内に立っているBに冷水のシャワーをかけ,そして,うつ伏せに倒し,約5秒間,冷水を張った浴槽内に沈め,その後同じように約5秒間,約10秒間と計3回にわたり冷水の中に沈め,さらに,被告人及びAがそれぞれBに冷水のシャワーをかけるなどの暴行を加えた旨主張する。

これに対し,弁護人は,AがBを浴室に連れて行き,浴槽に水を入れ,被告人が浴槽内に立っているBをうつ伏せに倒し,約5秒間,水の中に沈めたことはあるが,それは遅くとも午後6時前のことであり,当日,それ以外に被告人がBに暴行を加えた事実はなく,午後7時30分ころから午後8時10分ころまでの間は寝ていたもので,検察官の主張する暴行には一切関与していない旨主張する。

そこで,本件の争点は,被告人が,検察官の主張する前記暴行に関与したかどうかである。

第2前提事実

関係各証拠によれば,犯行に至る経緯及び犯行当日の状況について,以下の事実を認めることができる。

1  犯行に至る経緯

(1) 被告人とAは,平成20年11月上旬に知り合い,交際を始めた。Aは,同年12月上旬から,いずれもAの実子であるC(平成**年**月**日生),B(平成**年**月**日生),D(平成**年**月**日生)及びE(平成**年**月**日生)を連れて被告人宅を訪れるようになり,平成21年1月上旬から,4人の子供たちと共に被告人方で暮らし始めた。

(2) 被告人は,子供たちが被告人宅を訪れるようになったころから,しつけのためという理由で,Aと共に,子供たちをクローゼットや布団ケースに入れるなどしていたが,徐々に,パンツ一枚で外に出したり,冷水のシャワーをかけたり,冷水を張った浴槽に沈めるなどの行為に及ぶようになった。

2  犯行当日,すなわち平成21年3月28日の状況等

(1) 被告人は,平成21年3月28日午後4時過ぎころ,仕事場から帰宅し,居間で焼酎を飲んだり,台所で夕食の仕度をするなどした。その後,被告人,A及び4人の子供たちは,居間で一緒に夕食をとった。

(2) その後,Aは,子供たちに冷水のシャワーをかけたり,冷水を張った浴槽に沈めようと思い,B,D,Eの3人を浴室に連れて行き,それぞれ服を脱がせて浴槽の中に立たせ,浴槽に水を入れた。

間もなくして,被告人も浴室に行き,Bを約5秒間浴槽内の冷水に沈めた。

(3) 被告人は,午後8時10分ころ,浴槽内に倒れているBを発見し,心臓マッサージや人工呼吸などの蘇生措置を行った。Aは,同12分,119番通報し,同37分,BはG病院に搬送された。

(4) Bは,翌29日午前5時32分ころ,前記病院において,溺水による遷延性窒息により死亡した。

第3被告人の本件暴行への関与の有無

1  A供述の内容

Aは,公判廷で,犯行状況について,概ね次のような供述をする。

(1) 私は,被告人や子供たちと一緒に,午後5時30分過ぎから,居間の食卓で夕食を食べ始めた。しかし,B,D,Eらは,食べるのが遅かったので,食事に時間がかかっていた。私は,食事の途中,ずっと食卓に座っているのではなく,台所に行ってフライパンを洗うなどしていた。

(2) 私は,午後7時過ぎ,Eがまだご飯を食べ終わっていなかったので,Eにご飯を食べさせていたが,被告人との間で,Eがご飯を全部食べたかどうかについて口論となり,被告人から,髪を引っ張られ,脇腹を一回殴られた。

(3) 私は,何で殴られなければいけないんだろうと思い,被告人に対し,苛立ちを募らせたが,被告人に刃向ってもかなわないので,子供たちに怒りをぶつけようと思い,いつも一緒に虐待を加えていたD,E,Bの3人に対し,浴室に連れて行って,冷水のシャワーをかけたり,冷水を張った浴槽に沈めようと決意した。

(4) そこで,私は,午後7時30分過ぎ,E,B,Dの順に浴室へ連れて行き,それぞれ全裸にした上,浴槽の中に入れた。そして,冷水を浴槽にため始めたが,いつもと同じように被告人と一緒に3人の子供たちを冷水に沈めようと思った。そこで,私が居間に戻れば,被告人が浴室に行くだろうと考え,被告人を促すために居間に戻ったところ,被告人が浴室に行ったので,私も後を追うようにして浴室に行った。

(5) 浴室に行くと,被告人が,すでに子供たちにシャワーをかけていたらしく,子供たちの体がぬれていた。被告人は,浴槽の水がたまると,まず,D,Eをそれぞれ仰向けの状態でおでこを右手で押さえて浴槽の冷水の中に沈めた。次に,被告人は,Bの左腕を左手でつかみ,回転させるようにしてうつ伏せの状態にし,その後,左腕で太ももをつかみ,右手で後頭部を押さえて沈めた。その際,Bが,被告人の服がぬれるほど,強く暴れたので,5秒ほどして浴槽の栓が抜けた。そのため,被告人はBを沈めるのをいったん止めた。そのとき,Bは,真っ赤な顔をして,はあはあと息をしていた。被告人は,自ら浴槽に栓をした後,同様にBをうつ伏せの状態で沈め始めた。Bは,1回目よりも抵抗が弱まっていたと思うが,暴れており,5秒ほどして再び栓が抜けたため,被告人は,Bを沈めるのを止めた。その際,Bは,立って震えた状態で,顔色も1回目のときより赤みがとれており,1回目よりも苦しそうに見えた。私は,被告人が「栓すれ」と命じたので,急いで栓をしたところ,被告人は,再びBを沈めた。2回目と3回目の間には1分ほどの間隔があった。被告人は,Bを10秒ほど沈めており,私は,被告人が酒に酔って感覚がまひしてしまったかなと感じつつも,被告人と一緒にやっているかのような気持ちで,楽しむ気持ち半分かわいそうな気持ち半分で見ていた。10秒ほど沈められたBは,1回目や2回目に沈められた際よりもはるかに力が衰えていて,あまり暴れることもなく,沈められた後の顔色は青白く,うめき声を出しながら,浴槽のバーにつかまって立っていた。さらに,被告人は,冷水のシャワーを子供たちにかけ始め,私も,被告人から手渡されたシャワーを子供たちにかけた。

(6) その後,被告人は,私にDとEを浴槽から上げて体を洗ってやれと言って,居間に戻った。私は,DとEに暖かいシャワーをかけ,頭と体を洗った後,居間に連れて行って服を着させた。被告人は,Dに服を着せた後,浴室に行ったところ,浴槽の中に倒れているBを発見した。

2  A供述の信用性

(1) 本件は,A以外に目撃者がおらず,Aの供述が被告人と犯行を結びつける唯一の証拠であるところ,共犯者であるAには,自己の刑事責任を軽くするため,被告人を引っ張り込んだり,責任を転嫁したりする一般的な危険性がある。そのため,A供述の信用性については,慎重に吟味する必要がある。

(2) Bの解剖を行った医師であるFは,公判廷において,Bの死因,解剖の結果及び考えうる暴行内容等について供述している。そこで,F医師の供述とAの供述が整合するか検討する。

ア F医師の供述の概要は,以下のとおりである。

(ア) 解剖時のBの左胸腔に100ミリリットル,右胸腔に75ミリリットルの水がたまっていたが,Bの顔を10秒程度水に押し付けただけでも,幼児の場合は息止めが難しい場合があるので,これくらいの量の水を吸い込んで死に至ることはあり得る。また,Bが,5秒間顔を水に沈められ,いったん顔を水から出した後,再び5秒間顔を水に沈められ,いったん顔を水から出した後,再び10秒間顔を水に沈められるという場合,Bが前記程度の水を吸い込んで死に至ることはあり得る。このことは2回目と3回目の水没行為の間が1分間程度空いていたとしても異ならない。解剖したBの遺体からは,水没時間がどのくらいだったかということまでは分からない。

(イ) Bが,胸腔内に前記の量の水を吸い込んだ状態であっても,数分間であれば,けいれんしつつも,浴槽のバーにつかまって立っていることはあり得る。即座に意識を失うというのではなく,数分間かかって意識消失に至るというのが一般的である。また,けいれんしていることについては,医療関係者でないとそれがけいれんとは分からない可能性がある。

(ウ) 解剖したBの遺体からは,Bの死因は遷延性窒息であり,Bが,水を吸い込んで,窒息状態になった後,数分間もしくは十数分間内に蘇生措置が講じられたため,数時間生き延びた後に亡くなったということが分かる。Bが水を吸い込んだ後,一,二時間経過してから蘇生措置が講じられたということはあり得ない。

イ F医師は,自ら行った解剖結果及び医師としての専門的知見に基づき,具体的かつ詳細にBの死因等について説明を加えており,その内容は合理的なものである。また,その供述態度も,予断や偏見を持っていると疑わせる事情もなく,中立的な立場から,専門家としての意見を述べていることがうかがわれる。よって,F医師の供述は信用できる。

ウ F医師の供述によれば,Aの供述する3回の水没行為やその直後のBの状況は,医学的に見て,何ら不自然なものではなく,Bの死因と矛盾しない。また,午後7時30分過ぎに3人の子供たちを浴室に連れて行き,冷水を浴槽に張り,D,E,Bの順に浴槽の冷水に沈め,冷水のシャワーをかけた後,DやEを風呂から出していたところ,午後8時10分ころ,被告人が浴槽で倒れているBを発見したので,心臓マッサージや人工呼吸などの蘇生措置を講じた旨のA供述は,Bが水を吸い込んで窒息状態になってから,数分間もしくは十数分間内に蘇生措置が講じられたというF医師の供述内容と整合するものである。したがって,Aの供述は,F医師の供述と矛盾するところはなく,むしろ整合するものといえる。

エ 弁護人は,Aが,本件水没行為後にBは咳をしていなかった旨の供述をしているが,F医師が,子供の場合,気管に水が入ったら咳をするのが自然であると供述していることと矛盾する旨主張する。しかし,F医師は,子供の体力によって咳の程度も様々で,咳をしなくとも気管に水が入っていないとは言えない旨の供述もしており,Aの供述がF医師の供述と矛盾するとまではいえない。

(3) 次に,本件犯行では,被告人とA以外に目撃者がいないことから,仮に,Aが被告人を引っ張り込んだり,責任を転嫁したりするのであれば,Aは,本件犯行を行ったのは被告人であり,自分は関与していない旨供述することも可能である。にもかかわらず,Aは,自らの関与を認めているばかりか,むしろ,被告人に殴られて苛立った気持ちを3人の子供たちにぶつけるため,3人の子供たちを自ら浴室に連れて行き,浴槽に水を入れて,水に沈めるための準備をして,犯行のきっかけを積極的に作ったこと,被告人が子供たちを水に沈めている間,かわいそうな気持ちが半分と,ちょっと楽しんでいる気持ちが半分あったこと,Bを沈めている途中で浴槽の栓が抜けたので,自ら栓をしたこと,3回の水没行為後,3人の子供たちに冷水のシャワーをかけたことなど,A自身が本件犯行に積極的に関与していたことをうかがわせるようなAにとって相当程度不利益な事実についても供述している。

加えて,被告人とAは,犯行当時,出会ってから4か月程度しか経過していなかったとはいえ,Aは被告人方で同居し,その後も両者の関係が悪化したという事情は認められず,そのころ両者で交わされたメールの内容などによれば,本件犯行前のAと被告人の信頼関係は良好であったといえ,公判廷においても,Aが被告人に対して嫌悪もしくは憎悪の情といった悪感情を示す様子もなく,むしろ本件犯行に関し被告人よりも自分の方が責任は重いなどと供述している。これらのことからすると,Aには,あえて無実の被告人を傷害致死という重い罪に引っ張り込む強い動機があるとは認め難い。

(4) そして,Aの犯行状況についての供述は,全体的に具体的かつ詳細なもので,体験した事実をありのままに述べたことを優にうかがわせるような臨場感や迫真性にも富んでいる。もっとも,Aが単独で本件犯行を行った場合であっても,犯行状況について,具体的かつ迫真性のある供述はできるとも考えられる。しかし,Aは,1回目の水没行為でBが暴れたときの水しぶきによって被告人の服がぬれていたことや本件水没行為のあと冷水をかける際に被告人からシャワーを手渡されたことなど,被告人が犯行現場にいなければ供述し得ない役割分担等についても具体的で迫真性に富んだ供述をしている。さらに,Aは,被告人の後を追うように浴室に行ったとき,子供たちがぬれていたので,被告人は多分シャワーをかけていたと思うけれども,被告人がシャワーをかけているのは見ていないと述べるなど,見ていることと見ていないことを区別して供述している。

(5) これに対し,弁護人は,Aの供述がCの供述と矛盾すること,Aの供述に変遷が見られること,本件犯行前の状況について,Aの供述と携帯電話のメールの内容が合致しないこと及びAの供述が不合理なことなどから,Aの供述は信用できないと主張するので,以下検討する。

ア Cの供述について

(ア) Cは,期日外尋問において,被告人が,AとBが浴室に行ってから,救急車が来る少し前にAに起こされるまで,子供たちが寝る部屋で寝ていたと供述する。この供述は,被告人が犯行に関与していたというAの供述と大きく食い違う。そこで,Cの供述の信用性について検討する。

(イ) 被告人が,事件直後にCに対し,AがBを発見し,Aが寝ている被告人を起こしに来たことにしないとAが悪くなる旨の話を何回もしたことについては,被告人自身が供述しているところである。そうすると,Cは当時6歳であり,一般的に刷り込みや誘導,暗示の影響を受けやすい年齢であるから,その供述の信用性は慎重に検討すべきである。

被告人は,Cにとって3か月以上もの間一緒に暮らし,生活の面倒を見てくれていた人である上,被告人がCに話している内容は,実母を守るためだというものであるから,Cが,被告人に迎合し,母親のためであると考え,被告人の言われたとおり事実とは異なる供述を繰り返すことは十分考えられる。また,被告人は,犯行時,居間のソファーで寝ていたと供述するのに対し,Cは,被告人が子供部屋で寝ていたと供述しており,Cの供述は寝ていた場所という重要な点について,被告人供述と大きく異なっている。しかも,被告人が寝ていたというCの供述は,具体性に乏しいこと,Cが犯行時の状況について,大半は,分からない,覚えていないなどと供述しているにもかかわらず,被告人が寝ていたという点に限って,明確に供述していることをあわせて考えると,Cが正しい記憶に基づいて供述しているかどうか甚だ疑問である。したがって,Cの供述は信用することができず,Aの供述の信用性に,影響を与えるものではない。

イ A供述の変遷について

(ア) Aが本件犯行を自白するまでの変遷について

確かに,Aは,逮捕された当初,Bは浴室で溺れた,被告人は寝ていたと供述をしていたが,その翌日には,警察官に対し,被告人がBを浴槽に張った冷水に沈め,自分は見ていただけであると供述を変遷させ,さらに,その後,A自身も本件犯行に関わっていると供述をさらに変遷させている。しかし,当初,自分をかばおうとして,前記のような虚偽の供述をしていたAが,このままだとBが浮かばれないと思い,被告人の関与のみならず,自分の関与を認めるに至ったという変遷の理由は,理解できる。したがって,当該変遷をもって,Aの供述の信用性に影響を与えるとはいえない。

(イ) 犯行時及び犯行後の状況についての変遷について

確かに,Aの供述には,Bが沈められた際の顔色,被告人がBを沈めていた時間,2回目に沈めた時と3回目に沈めた時の間隔に変遷が認められ,さらに,犯行後,Dに服を着せたのが誰であるか,Bが嘔吐物を吐き出した際に人工呼吸をしていたのが誰であるかについて,変遷が認められる。しかし,被告人を引っ張り込んだり,責任を転嫁するという観点からすると,Aが,これらの点について虚偽の供述を行う必要性が乏しいといえるから,これらの点の変遷は,A供述の信用性に大きな影響を及ぼす変遷とはいえない。

ウ メール交信内容との不整合について

確かに,Aの被告人に対するメールの中には,「Bはいらない」,「Bをぼこぼこにした」など,AがBに対して虐待行為をしていたことをうかがわせるものが存在し,そのようなメールにつき,被告人の気を引くために送ったもので積極的に虐待をしていたわけではないという趣旨のAの説明は必ずしも納得できるものではない。しかし,Aが一人でBに対し冷水を張った浴槽に沈めるなどの暴行を行ったこともあるということは,A自身も認めるところであり,前記メールの内容が,Aの供述の信用性に影響を及ぼすとはいえない。

エ A供述の合理性について

(ア) 弁護人は,犯行のあった日の夕食の時間が2時間もかかっており,その間子供たちが正座していたとするのは不合理である旨主張するが,なかなか食事を食べないBに対して食事を食べさせるため,食事の時間が2時間かかっていたとしても不合理とまではいえない。

(イ) 弁護人は,Aは被告人に苛立ちを感じていたのであるから,Aが3人の子供を浴室に連れて行った後,被告人を浴室に行くよう促し共同して本件水没行為を行うため,一度居間に戻った旨の供述は,不自然,不合理である旨主張する。しかし,本件以前に,Aが準備をして,被告人が後から行って,一緒に子供たちに対し冷水のシャワーをかけたり冷水を張った浴槽に沈めるなどの暴行を行ったことがあるというのは,被告人も供述するところである。そうすると,Aが,被告人への苛立ちを子供たちにぶつけようと思い,これまでのように,被告人と一緒に子供たちに冷水のシャワーをかけたり,冷水を張った浴槽に沈めようと思い,被告人を浴室に行くよう促すため,一度居間に戻ったとしても,不自然,不合理とまではいえない。

(6) 小括

以上によれば,Aの供述は,F医師の供述と整合し,本件犯行に関わっていたという自らの不利な事実を含む具体的かつ詳細で,臨場感や迫真性に富むものであり,Aには,被告人を巻き込むほどの強い動機もうかがわれない。一方で,争点との関係において,Aの供述の信用性を疑わせるほどの事情も認められない。したがって,被告人がBに対する暴行に関与していた旨のAの供述は高い信用性を肯定し得るものといえる。

3  被告人の弁解供述

被告人は,公判廷で概ね次のような弁解供述をしている。

(1) 私は,平成21年3月28日,Aや子供たちと一緒に,午後5時前には,夕食を食べ始めた。私は,会社の話などをしていたが,Bが,ご飯を飲み込まないでくちゃくちゃやっていたので,Bを怒った。その後,私は,Aとの間で,Eがご飯を全部食べたか否かについて口論となり,Aの手を引っ張って座らせ,「なんでそういう言い方するのよ」などと言うと,Aは,謝った。その後,Aは,Bに対して,「てめぇ,ちゃんと食え」などと言いながらBの後ろに回り,Bの頭を足蹴りした。その後,連れて行った順番は定かでないものの,Aは,Bの襟首をつかんでBを浴室に連れて行き,D,Eも浴室に連れて行った。

(2) 私は,浴室からシャワーの音が聞こえたので,Aが子供たちにシャワーをかけていることは分かったが,Aが子供たちを連れて行ってから五,六分たったころ,Aがやりすぎているのではないか心配になり,様子を見るため浴室に行った。Aは,子供たちにシャワーをかけていたが,私が浴室に行くとシャワーをかけるのを止めた。私は,BがDやEの後ろに隠れている様子を見て,Bが悪くてみんなやられているのに,妹たちをかばわないで自分だけ逃げていることに腹を立て,Bをうつ伏せに倒し,冷水を張った浴槽に5秒ほど沈めた。その後,手を添えてBを立たせ,「分かったか,はいは」などと言うと,Bは片手を挙げて「はい」と口に出して答え,目をこするように顔を両手でぬぐっていた。私がBを沈めた時間は,遅くとも午後6時ごろだった。

(3) 私は,Aに,DやEを浴槽から上げてやるよう言って,一人で居間に戻った。焼酎を2口ほど飲んだ後,居間のソファーで寝てしまった。目をつぶって横になり,うとうとしている時,子供たちが浴室から出てきたという感じは受けなかったが,浴室のほうから,Bの「あっ,あっ」という声が聞こえてきた。また,Aが浴室から居間に移動してきたような音が聞こえたり,気配を感じたことはなかった。

(4) 私は,ふと目を覚ますと,DとEが居間のストーブの前にいて,Aが,DかEのいずれか一方の足をさすっていた。私は,Bがいないことに気が付き,Aがまた浴室に置いてきたのかと思い,浴室に行ってみると,仰向けに沈んでいるBを見つけた。急いでAを呼ぶとともに,Bを引き上げて,人工呼吸や心臓マッサージを行った。

(5) 私は,Aに救急車を呼ぶようにと言ったところ,Aに,なんと言えばいいのかと聞かれ,「下の双子を風呂から上げて,着替えさせているうちにBが沈んだってことにしないと,お前が悪くなるぞ。」と言った。そして,救急車が来るまでの間,Aに対し,「お前が見つけて,俺を起こしに来たってことにしないとお前が悪くなるぞ。」などと言った。さらに,AがBに付き添って救急車に乗った後,私は,Cに対し,私は寝ていて,AがBを見つけて,Aが私を起こしに来たと言わないとAが悪くなる趣旨の内容を三,四回ほど繰り返し伝え,Cに覚えさせた。

4  被告人供述の信用性

(1) 被告人は,冷水に沈めた後のBの様子について,捜査段階の平成21年4月5日ころ,検察官に対し,ぐったりしていて,分かったかと言ったら黙ってうなずいただけだったと,引き上げたときの様子やうなずき方など,ジェスチャーしながら供述したが,同月11日ころには,検察官に対し,「はい」と口に出して答え,片手を挙げ,さらに,目をこするように顔を両手でぬぐっていたと供述を変遷させている。被告人は,変遷理由について,思い出したからと説明するが,Bを沈めた後の様子は,被告人が意識のある状態のBを見た最後の様子であり,記憶にも残りやすいと考えられることや,当初から検察官の前で,Bの様子をジェスチャーして見せていたことからすれば,その後,Bが元気な様子であった方向に,その供述を変遷させたことについて,合理的な説明がされているとはいえない。

(2) 被告人は,逮捕時の弁解録取のみならず勾留質問においても,被告人の認識とは1時間半以上も異なる犯行時刻の読み聞かせを受けているにもかかわらず,それについて否定していない。被告人の供述どおり,被告人がBを冷水に沈めた後,長時間寝ていたのであれば,弁解録取や勾留質問の際,この時間帯には寝ていたと話すのが普通であると思われるが,そのような弁解をしていないのは,不自然である。

(3) F医師の供述によれば,Bの死因となる水没行為は,蘇生措置のとられる数分もしくは十数分前に行われたと認められる。被告人が浴槽内に倒れているBを見つけて蘇生措置を施していたのが午後8時10分ころのことであるから,被告人の供述を前提にすると,午後6時ころ,被告人がBを一度浴槽の冷水に沈めた後,被告人が寝ていた約2時間もの間,Aが,浴室でBに対する虐待を続けていたか,あるいは,Aが,Bを一度浴室から出したものの,何らかの理由で再び浴室へ連れて行き,冷水を張った浴槽内に沈めるなどの暴行を再開したことになる。しかし,3月下旬の稚内市内の気候を考えると,2時間にわたって,冷水を張った浴槽内で暴行が振るわれ続けていたとは考え難い。また,約2時間の間に,Aが,一度浴室から出したBをもう一度浴槽に張った冷水に沈めるなどの行為に及ぶ何らかの事情が生じたとも考えにくい。仮に,冷水に再び沈めるようなことがあったとすると,AがBを怒るなど何らかのきっかけがあったはずであるが,居間のソファーで寝ていた被告人が,そのような状況下で目覚めることもなかったというのも不自然である。また,被告人は,前記のとおり,Bを冷水を張った浴槽に沈めた後,ソファーで眠り,ふと目を覚ますとBの姿が見えなかったことから,AがBをまた浴室に置いてきたのかと思い,Bの様子を見に浴室に行ってみたところ,浴槽に沈んでいるBを見つけたなどと供述するが,約2時間も寝ていた被告人が,目を覚ますやなぜBが浴室にいると思ったのか不自然であるし,被告人が目を覚ましたのが,Bが水を吸い込んでから,たまたま数分ないし十数分の間ということについても,直ちに納得できるものではない。

(4) 被告人は,Aをかばうため,A及びCに対し,AがBを見つけて,被告人を起こしに来たことにするようにと指示をしたというのである。しかし,仮に,被告人がふと目が覚めたというのが事実であれば,Bを事故死に見せかけるため,わざわざAが被告人を起こしたことにする必要はないのであって,あえて被告人が前記のような指示をしたことは,不自然である。しかも,被告人は,Cに対し,被告人が寝ていたとの点についても指示をしており,被告人が寝ていたのであれば指示する必要もない部分についてまで指示をしているのは不自然である。

なお,被告人の犯行時において寝ていた旨の供述はCの供述と一致するものであるが,前記のとおり,被告人が寝ていたとのCの供述は信用できないから,Cの供述と一致していることをもって,被告人の供述が信用できるとはいえない。

(5) 被告人は,Aの子供たちに対する虐待について心配していた趣旨の供述をし,犯行当日についても,Aが虐待しすぎていないか心配になって浴室に様子を見に行った趣旨の供述をしているが,本件犯行前,児童相談所の面談に際し相談する機会があったにもかかわらず,この点については,なんら相談していない。また,Bのおでこのあざができた理由について,BとDがけんかしたと詳細に供述しているにもかかわらず,2月中旬以降,保育園に報告されているDの受傷の原因については,分からない,記憶にないなどと供述している。仮に,被告人がAの子供たちに対する虐待を心配していたのであれば,相談する絶好の機会に相談をしないのは不自然であるし,けんかをしてできた傷については覚えているにもかかわらず,虐待を心配していたのであれば,もっとも関心を示すはずのDの傷等の理由について,明確に覚えていないというのは不自然である。そうすると,被告人が供述する子供の虐待についての話は全体として信用することができない。

(6) したがって,被告人の供述には,不自然で不合理な点が多数見られ,寝ていたので本件には一切関与していないという被告人の弁解供述は,信用することができない。

5  結論

以上の次第であり,Aの前記供述は,その信用性が高いと言うことができるのに対し,被告人の前記弁解供述は信用することができず,Aの供述によれば,被告人が検察官の主張する暴行に関与していたこと,すなわち,被告人がAと共謀して,本件当日の午後7時30分ころから午後8時10分ころまでの間,Bに対して,判示の暴行を加えたことを認めることができる。

(法令の適用)

1  罰条  刑法60条,205条

2  未決勾留日数の算入  刑法21条

3  訴訟費用の不負担  刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の事情)

1  本件は,被告人が,同棲相手の女性と共謀の上,女性の子供である当時4歳の児童に対し,冷水を張った浴槽内に3度にわたり水没させるなどの暴行を加え,その結果,遷延性窒息により死亡させたという傷害致死の事案である。

2  本件では,特に次の事情を考慮した。

(1)  犯行態様は,被告人らが,Bに対し,裸にして頭から冷水のシャワーをかけた上,極めて低温の冷水を張った浴槽内にうつ伏せに倒し,必死に抵抗するBの頭や太もも付近を手で押さえ付け,水中に5秒ないし10秒程度沈め,そして,Bが息切れをしてかなり苦しそうな様子を見せて,次第にその抵抗が弱まっていたにもかかわらず,このような行為を連続して3度も繰り返し,その後もぐったりしたBの身体に,冷水のシャワーをかけたというものである。十分な抵抗もできないわずか4歳のBに対し,一方的かつ執拗に暴行を加えた残酷で陰惨な犯行である。

(2)  被告人らは,本件犯行の約三,四か月前から,子供らをクローゼットや布団ケースに閉じ込めることを始め,次第に内容をエスカレートさせ,平手や拳で殴打したり,冷水のシャワーをかけたり,冷水を張った浴槽に沈めるなどの虐待行為を繰り返し行うようになった結果,本件犯行に至っている。この点,被告人は,Aが子供たちを虐待することを心配していたが,被告人が加えた暴行はしつけの範囲という認識だった旨の供述をする。しかし,前記のとおり,Aの虐待について児童相談所に相談していないことや子供たちのけがについて関心を示していたとは考えられないことからすると,被告人が子供たちの虐待を心配していた旨の供述は信用できないし,被告人の暴行がしつけの範囲内とは到底いえない。本件犯行は,常習的な虐待行為の一環であり,一過性の偶発的な犯行ではない。

(3)  被告人は,Bを押さえ付けて,冷水を張った浴槽に沈める行為を繰り返すなど,Bの死に直接つながる行為を行っており,その責任は重大である。

(4)  Bの生命が奪われたという結果は重大である。Bは,本来は自分を守ってくれるはずの母親とその内縁の夫である被告人から理不尽な暴行を受けて,わずか4歳でその尊い生命と将来の無限の可能性を奪われた。Bの感じたであろう無念さ,身体的苦痛,恐怖感は察するに余りある。

(5)  被告人は,Bを冷水の張った浴槽に沈めた理由について説明していないが,何ら非のないBを沈めることに許される事情などないのであって,動機に酌量の余地はない。

(6)  Bの祖母らBの成長を楽しみにしてきた者たちにとって,被告人らの手によって,突然Bの命が奪われたことによる失望感は計り知れない。

(7)  被告人は,本件犯行が行われていた時間は寝ていたなどと不合理な弁解を繰り返しており,反省の情は認められない。

(8)  他方で,被告人は,Bが浴槽内で倒れているのを発見した際,直ちに救護措置を行うなど,被告人が懸命にBを救助している。

(9)  被告人には前科前歴がなく,これまでまじめに働いている。

(10)  なお,本件犯行が社会に与えた影響は大きく,一般予防の観点を無視することもできないものの,これまでに挙げた各事情に比べれば,量刑上,特に重視して考慮すべき事情ということはできない。

3  そこで,これらの事情を総合考慮し,被告人に対し,懲役8年の刑が相当であると判断した。

(求刑 懲役10年)

(裁判官 小谷岳央)

裁判長裁判官河村俊哉,裁判官豊田哲也は各転補のため,署名押印することができない。裁判官 小谷岳央

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