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旭川地方裁判所 平成23年(レ)45号 判決 2012年1月31日

主文

1  控訴人の控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は,被控訴人に対し,9万3160円及びうち8万2400円に対する平成23年2月1日から,うち1万0760円に対する平成23年10月1日からそれぞれ支払済みの日が属する月の前月(支払済みの日が偶数月に属する場合)又は前々月(支払済みの日が奇数月に属する場合)の末日まで,2か月当たり2パーセントの割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用(附帯控訴費用を含む。)は,第1,2審を通じ,これを5分し,その4を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

3  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴及び附帯控訴の趣旨

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

控訴人は,被控訴人に対し,10万9900円及びうち9万9140円に対する平成23年2月1日から,うち1万0760円に対する平成23年10月1日からそれぞれ支払済みの日が属する月の前月(支払済みの日が偶数月に属する場合)又は前々月(支払済みの日が奇数月に属する場合)の末日まで,2か月当たり2パーセントの割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用(控訴費用,附帯控訴費用も含む。)は,第1,2審とも控訴人の負担とする。

(3)  仮執行宣言

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人が,控訴人に対し,放送受信契約(以下「受信契約」という。)に基づき,原審においては,平成16年12月1日から平成22年11月30日までの放送受信料(以下「受信料」という。)合計9万9140円及びこれに対する支払督促の送達の日である平成23年1月25日が属する期(毎年4月1日から2か月ずつを各期とし,1年は第1期ないし第6期から成る。)の直後の期の初日である平成23年2月1日から,支払済みの日の属する期の直前の期の末日まで約定の2か月当たり2パーセントの割合による遅延損害金の支払を,当審においては,附帯控訴の上,請求を拡張し,原審での請求に加えて,平成22年12月1日から平成23年7月31日までの受信料合計1万0760円及びこれに対する附帯控訴状の送達の日である平成23年9月20日が属する期の直後の期の初日である平成23年10月1日から,支払済みの日の属する期の直前の期の末日まで約定の2か月当たり2パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決が,被控訴人の請求を全部認容したところ,控訴人は,原判決を不服として控訴した。これに対し,被控訴人は,当審において,上記のとおり,附帯控訴の上,請求を拡張した。

2  前提事実(証拠等を摘示した部分を除き,当事者間に争いがない。)

(1)  被控訴人は,放送法(以下,平成22年法律第65号による改正[平成23年6月30日施行]前の放送法を「旧法」,同改正後の放送法を「新法」といい,改正の前後を区別しない場合は単に「放送法」という。)に基づいて設置された法人であり,総務大臣の認可を受けて,日本放送協会放送受信規約(同規約は,平成19年4月1日規約改正[同年10月1日施行],平成20年4月1日規約改正[同年10月1日施行],平成22年11月10日規約改正[同年12月1日施行],平成23年6月14日規約改正[同年7月1日施行]など,数次にわたり改正されているが,以下,特に断りのない限り,改正の前後を問わず「規約」という。)を定めている(甲2,4,弁論の全趣旨)。

(2)  被控訴人と控訴人は,平成15年3月19日,カラーの放送受信契約を締結し(以下「本件受信契約」という。),平成16年12月1日現在の契約内容は次のとおりである(甲1,4,弁論の全趣旨)。

ア 名称  カラー契約

イ 支払区分  口座振替。ただし,口座振替の指定日において受信料額を振り替えることができなかったときは,当該請求期間以降分について,訪問集金による受信料額を訪問集金により支払う。

ウ 支払方法  毎年4月1日から2か月ずつを1期とし,毎期末限り,支払う。

エ 料金  口座振替の場合,月額1345円

訪問集金の場合,月額1395円

オ 延滞利息  控訴人が受信料の支払を3期分以上延滞したときは,1期当たり2パーセントの割合で計算した延滞利息を支払う。

(3)  その後,規約改正により,本件受信契約の契約内容の一部が次のとおり変更された(甲2,弁論の全趣旨)。

ア 名称  地上契約(平成19年4月1日規約改正により,カラー契約と普通契約が統合された上,名称が「地上契約」に変更された。同年10月1日施行)

イ 支払区分  訪問集金は廃止された。(平成20年4月1日規約改正,同年10月1日施行)

ウ 料金  月額1345円(平成20年4月1日規約改正,同年10月1日施行)

(4)  控訴人は,平成16年12月1日以降の受信料を支払わない(弁論の全趣旨)。

(5)  被控訴人は,平成23年1月22日,控訴人に対し,本件受信契約に基づき,平成16年12月1日から平成22年11月30日までの受信料合計9万9140円及びその遅延損害金の支払を求めて,旭川簡易裁判所に支払督促の申立てをした。

上記支払督促事件は控訴人の異議の申立てにより訴訟に移行し,旭川簡易裁判所は,被控訴人の請求を認容する判決をしたところ,控訴人は,原判決を不服として控訴した。これに対し,被控訴人は,当審において,附帯控訴の上,請求を拡張した。(顕著な事実)

(6)  控訴人は,被控訴人に対し,本件受信契約に基づく受信料債権(以下「本件受信料債権」という。)について,平成23年3月29日の原審の口頭弁論期日において,民法174条2号の消滅時効(1年)を,同年5月31日の原審の口頭弁論期日において,民法173条1号及び2号の消滅時効(2年)を,同年11月22日の本件口頭弁論期日において,民法169条及び商法522条の消滅時効(5年)を援用するとの意思表示をした(顕著な事実)。

3  争点

(1)  本件受信契約の無効

(2)  本件受信契約の解約による終了

(3)  消滅時効の成否

4  争点に関する各当事者の主張

(1)  本件受信契約の無効(争点(1))

(控訴人の主張)

ア 民法1条2項,旧法1条[新法1条],憲法21条及び国民主権原理違反

旧法32条1項(新法64条1項)は「協会(日本放送協会)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は,協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と規定している。同規定は,そもそも知る権利の侵害であり,憲法21条に反する上,上記規定が,放送法に基づき締結される受信契約は,私法上の契約であっても,被控訴人は放送事業の顧客である受信設備を設置した者(視聴者)に対して一切の債務を負わないという意味であれば,契約当事者間の信義則(民法1条2項)に反し,ひいては,放送法の基本理念たる放送の最大限普及,放送による表現の自由の確保,放送の民主主義への貢献(旧法1条[新法1条])に反し,憲法21条及び国民主権原理に反する。

イ 憲法19条違反

旧法32条1項(新法64条1項)は,受信設備を設置した者に被控訴人との契約締結を強制することを意味するから,憲法19条に違反する。

(被控訴人の主張)

ア 民法1条2項,旧法1条[新法1条],憲法21条及び国民主権原理違反について

旧法32条(新法64条)及び規約9条は,受信契約の締結及び被控訴人の放送を受信できる受信機を廃止しない間の受信料の支払を義務付けるだけであって,受信料の支払義務は,控訴人が,被控訴人の放送を視聴したか否かにかかわらず生じるものである。被控訴人が放送する番組の視聴を強制するものではないし,一般放送事業者が放送する番組の視聴を禁止するものでもない(東京高裁平成22年6月29日判決[甲5])。また,旧法32条1項(新法64条1項)の規定は同法1条の目的・原則を達成するための体制の一端として定められたものであって,もとより民主主義に資するものとして合理性を有している。

したがって,控訴人の主張は失当である。

イ 憲法19条違反について

憲法19条で保障される内心とは,特定の歴史観,世界観等の人格形成に関わる内心を指すものであって,放送法で定められた受信料の支払を回避したい,受信契約の締結を回避したい等の内心がこれに含まれないことは明らかである(前掲東京高裁平成22年6月29日判決・その上告審である最高裁第三小法廷上告棄却及び上告不受理決定[甲6]参照)。また,控訴人には,受信設備を設置しないことによって,受信契約を締結しない自由があるところ,控訴人はその自由な意思に基づいて受信契約を締結したものである。

したがって,控訴人の主張は失当である。

(2)  本件受信契約の解約による終了(争点(2))

(控訴人の主張)

ア 受信契約の内容は,被控訴人が提供する放送を受信する対価として受信料を支払うというものであり,この内容について,被控訴人と消費者(受信設備設置者)間の合意が認められる。また,受信設備を設置するか否かは消費者の自由意思に任されており,解約も一定の要件を満たすことで可能とされていることも考え合わせれば,控訴人との受信契約は,当事者双方の合意によって成立する契約であることが確認される。したがって,受信契約には,消費者契約法の適用がある。

イ 平成20年改正前の規約9条は「放送受信契約者が受信機を廃止することにより,放送受信契約を要しないこととなったときは,放送受信章を添えて,直ちに,その旨を放送局に届け出なければならない。」と規定している。同規定は,受信契約の解約の方法を著しく制限し,消費者の利益を一方的に害する条項であるから,消費者契約法10条に反し無効である。

そして,控訴人は,被控訴人に対し,平成16年2月ころ,受信契約の解約の意思表示を行ったから,本件受信契約は終了している。

(被控訴人の主張)

消費者契約法11条2項は,個別法が消費者契約法に優先して適用されることを規定しており,その趣旨は,民法及び商法以外の個別法の私法規定の中に,消費者契約法の規定に抵触するものがあることを前提として,個別法が当該業種の取引の特性や実情,契約当事者の利益等を踏まえた上で取引の適正化を図る点にある。

受信契約の締結を義務付ける旧法32条(新法64条)は,放送法の構造と立法趣旨の下に定められたものであって,もとより合理性のある規定であり,かつ,旧法32条(新法64条)と同趣旨の下で定められた規約9条も,あらかじめ総務大臣の認可を受け,一般に周知される等の手続も経たものであって(旧法32条3項[新法64条3項],規約15条),旧法32条(新法64条)及び規約9条が消費者契約法11条2項にいう「民法及び商法以外の他の法律に別段の定めがある」場合に当たる。したがって,旧法32条(新法64条)及び規約9条は,当事者間でこれと異なる合意をすることを禁止する強行規定と解されるものであることからすれば,そもそも,旧法32条(新法64条)及び規約9条と異なる契約を締結することができない場合であって,消費者契約法10条が適用され得る余地はないというべきである(前掲東京高裁平成22年6月29日判決参照。なお,前記諸事情を考慮すれば,旧法32条(新法64条)及び規約9条が,控訴人の主張する消費者契約法10条の「民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に当たらない。)。

(3)  消滅時効の成否(争点(3))

(控訴人の主張)

ア 受信料債権の法的性質について

受信契約の内容は,被控訴人が提供する放送を受信する対価として受信料を支払うというものであり,他のインターネットの有料動画配信契約等の私法上の契約と同様である。したがって,受信契約は私法上の契約である。

仮に,行政法上の契約であっても,民法の時効の規定が除外されることにはならず,個別法が時効期間を定め,又は民法の時効の規定を排除するものでない限り,民法の時効の規定が適用される。現に水道契約は,行政法上の契約であるものの,短期消滅時効が適用されている(東京高裁平成13年5月22日判決・判例体系[最高裁平成15年10月10日第二小法廷上告不受理決定]参照)。

被控訴人は,国又は地方公共団体とは別個の法人格であるから,当然に会計法30条や地方自治法236条は適用されない。また,放送法において,受信料の時効期間について何ら定めておらず,かつ,時効期間を定めていないからといって民法の時効の規定を排除する趣旨であるとは解しがたい。

以上によれば,消滅時効期間については,一般法たる民法の適用又は準用がされるというべきである。

イ 消滅時効期間について

(ア) 本件受信料債権は,民法174条2号の「自己の労力の提供・・・を業とする者の・・・供給した物の代価に係る債権」に当たるから,消滅時効期間は1年である。

(イ) 本件受信料債権は,民法173条1号の「生産者・・・が売却した・・・商品の代価に係る債権」に当たるから,消滅時効期間は2年である(電気料債権につき大審院昭和12年6月29日判決・民集16巻1014頁,前掲東京高裁平成13年5月22日判決[最高裁平成15年10月10日第二小法廷上告不受理決定]参照)。

(ウ) 本件受信料債権は,民法173条2号の「自己の技能を用い,注文を受けて,物を製作・・・することを業とする者の仕事に関する債権」に当たるから,消滅時効期間は2年である。

(エ) 本件受信料債権は,民法169条の「年又はこれより短い時期によって定めた金銭・・・の給付を目的とする債権」(以下「定期給付債権」という。)に当たるから,消滅時効期間は5年である。

(オ) 被控訴人による放送サービスの提供は「他人のためにする製造・・・に関する行為」(商法502条2号)に当たり営業的商行為である。

また,被控訴人は商行為をすることを業とする商人(商法4条1項)であり,仮にそうでなくとも公法人が行う商行為については,商法2条が適用される。

したがって,本件受信料債権は,商法522条の「商行為によって生じた債権」に当たるから,消滅時効期間は5年である。

(被控訴人の主張)

ア 受信料債権の法的性質について

受信料債権は,対価性のない特殊な負担金という法的性質を有するものである。

イ 消滅時効期間について

(ア) 民法173条,174条について

上記のとおりの受信料債権の法的性質からとすると,受信料債権は,労働・商品等の代価を内容とする民法174条2号,同法173条1号及び2号の債権とは法的性質を異にする。また,受信料債権は,文言上も民法174条2号,同法173条1号,同法173条2号のいずれにも当たらない。

(イ) 民法169条について

a 民法169条の立法趣旨

民法169条は,「年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権」(定期給付債権)について5年の短期消滅時効を規定する。

その立法趣旨は,①弁済がないと直ちに債権者に支障が生ずる債権であるから速やかに弁済されるのが通常であること,②通常それほど多額でないため受領証の保存が怠られがちであって後日の弁済の証明が困難であること,③定期金は長年放置された後に突然支払の請求をされると多額になってしまうため債権者の懈怠に対して特に債務者を困窮から保護する必要があることと解されている。

しかし,受信料債権については,①ないし③の立法趣旨はいずれも当てはまらない。

b 受信料債権については,民法168条1項所定の基本権たる定期金債権は存在しないから,民法169条は適用されない。

すなわち,受信機を設置した者が旧法32条1項(新法64条1項)に定める契約締結義務に基づき放送受信契約を締結した場合,当該契約は受信機設置の日から成立し,受信料債権は受信機設置の月から発生するとされるものである。このように受信料債権の発生は受信機の設置の事実に起因するものであって,受信料を定期的に給付することを目的とする基本権たる定期金債権に起因して発生するものではない。

c 民法168条1項の適用を認めた場合の実質的な不都合性

そもそも民法168条1項が定期金債権について第1回目の弁済期から20年間での時効消滅を認めたのは,長く続く定期金について最後の弁済期まで時効を進行させないのは,不当とされたからである。

仮に,受信契約によって発生する基本権が民法168条1項の「定期金の債権」に該当するとした場合,当該基本権は第1回目の弁済期から20年間行使しないときに消滅することになる。

しかしながら,被控訴人との間で受信契約を締結することが,被控訴人の放送を受信することができる受信設備を設置した者の法的義務とされ(旧法32条1項[新法64条1項]),あらかじめ総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ受信料を免除することはできず(旧法32条1項[新法64条2項]),被控訴人の平成23年度の収支予算,事業計画及び資金計画が承認された際には,「公平負担の観点からも,契約の締結と受信料の収納が確保」されるようにとの衆議院の附帯決議がされているとおり,受信料については,国民・視聴者の公平負担が強く求められており,20年間行使されないことにより基本権が時効消滅することを認めるのは妥当ではなく,否定されるべきである。

d 永小作料債権および賃借料債権との相違点

なお,例外的に,基本権につき民法168条1項の適用を否定されつつ,支分権につき民法169条が適用されると解されている債権として,永小作料債権及び賃借料債権を挙げることができる。

しかし,これらの債権について上記のような解釈が認められるのは,仮に,基本権の消滅を認めてしまうと,永小作権については,無償の永小作権となってしまい,物権法定主義(民法175条)に反すること,賃借料債権については,無償の賃借権となってしまい,賃借料債権が発生することが契約の要素となっている賃貸借契約の概念と矛盾してしまうことといった,形式的な理由によるものである。

受信料債権については,永小作料債権及び賃借料債権に関する議論に見られるような形式的な理由は見出し難く,このような例外的な解釈をする前提を欠いている。

e 上記のとおり,民法169条を含む短期消滅時効制度については,その適用範囲はできるだけ狭く解すべきである。

特に,受信契約に基づく受信料は,対価性のない特殊な負担金という性質を持つとされる,他に例のない極めて特異な法的性質を有するものであり,その受信料に関する債権も,定期給付債権の典型とされる賃借料債権や給料債権等とは全く異なる法的性質を有する債権であるから,定期給付債権とは認められないと解すべきである。

受信料債権について,あえて定期給付債権に該当するとして短期消滅時効を認めるべき合理的な理由や必要性は何ら存在しないばかりか,短期消滅時効を認めることは受信料の公平負担を阻害する弊害も危惧される。

f 以上によれば,受信料債権には,民法169条は適用されない。

(ウ) 商法522条について

被控訴人の放送等業務の遂行は,商法502条が定める営業的商行為には当たらない。

また,被控訴人は,営利を目的として業務を行うものではないから,商法4条1項の商行為をすることを業とする商人には該当しない。さらに,被控訴人の放送等業務の遂行は商行為ではないから,商法2条の規定に基づいて商法が適用されることはない。

したがって,受信料債権は,商行為によって生じた債権ではないから,商法522条が適用される余地はない。

第3当裁判所の判断

1  受信契約及び受信料債権の法的性質

争点についての判断をする前提として,放送法の趣旨及び規定を概観した上,受信契約及び受信料債権の法的性質について検討する。

(1)  放送法の趣旨及び規定

旧法1条[新法1条も同じ]は,放送が国民に最大限に普及されて,その効用をもたらすことを保障すること,放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること,放送に携わる者の職責を明らかにすることによって,放送が健全な民主主義の発達に資するようにすることの各原則に従って,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全な発達を図ることを法の目的として規定している。

これを受けて放送法は,我が国の放送制度について,一般放送事業者による放送(いわゆる民放)及び被控訴人による放送という独立した二系列の事業システムを構築し,被控訴人を,「公共の福祉のために,あまねく日本全国において受信できるように豊かで,かつ,良い放送番組による」国内放送を行うとともに,「放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行い,あわせて国際放送」等を行うことを目的とする法人として位置付け(旧法7条[新法15条],旧法8条[新法16条]),その目的のために一定の業務を行う義務を課している(旧法9条[新法20条])。また,放送番組の編集及び放送等に当たっては「豊かで,かつ,良い放送番組」の放送を行うことによって「公衆の要望を満たすとともに文化水準の向上に寄与するように,最大の努力を払うこと」など,一般放送事業者とは異なる配慮や施策等を行うことが義務付けられている(旧法44条[新法81条])。また,その事業の運営に要する財源の確保に関し,被控訴人の番組編成や報道等において,国家からの独立性及び中立性を確保して,被控訴人の表現の自由を確保するため,国庫からの支出や予算配分による方式は相当ではないとされ,また,被控訴人の公共性から,他人の営業に関する広告の放送が禁止され,広告料収入の途を閉ざされている(旧法46条1項[新法83条1項])。そこで,被控訴人の自主財源を確保する仕組みとして,被控訴人の放送を受信できる受信設備を設置した者に対し,被控訴人の放送の視聴の有無にかかわらず,被控訴人との受信契約を義務付け(旧法32条1項[新法64条1項]),同契約に基づき,契約者は受信料の支払義務を負うこととなっており,この受信料収入が被控訴人の財源の主要部分となっている。

また,被控訴人には,公共性を確保して適正に運営されるための仕組みのほか,契約者からの受信料の適正な設定やその使途についても国会を通じて適正に監督がされるような仕組みが備わっている。すなわち,被控訴人には,被控訴人の経営方針その他業務の運営に関する重要事項を決定する権限と責任を有する経営委員会が設置され(旧法13条[新法28条],旧法14条[新法29条]),同委員会を構成する委員12名は,両議院の同意を得て内閣総理大臣によって任命されている(旧法15条[新法30条],旧法16条[新法31条])。

また,被控訴人の毎事業年度の収支予算,事業計画,資金計画,財務諸表及び業務報告書は,総務大臣に提出された(旧法37条1項[新法70条1項],旧法38条1項[新法72条1項],旧法40条1項[新法74条1項])上,毎事業年度の収支予算,事業計画及び資金計画については,国会の承認事項とされ(旧法37条2項[新法70条2項]),業務報告書については,国会の報告事項とされ(旧法38条2項[新法72条2項]),財務諸表については,会計検査院の検査を経て国会に提出される(旧法40条3項[新法74条3項])ことになっている。

さらに,受信契約の条項の設定及び変更には総務大臣の認可が必要とされ(旧法32条3項[新法64条3項]),受信料の月額は,国会で収支予算が承認されることにより定められ(旧法37条4項[新法70条4項]),受信料の免除は,総務大臣の認可を受けた基準(旧法32条2項[新法64条2項])である日本放送協会受信料免除基準により行われることになっている。

(2)  受信契約及び受信料債権の法的性質

旧法32条1項(新法64条1項)は,「協会(日本放送協会)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は,協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と規定している。前述したとおり,同規定は,被控訴人の番組編成や報道等において,国家からの独立性及び中立性を確保し,被控訴人に課された公共性のある事業を遂行するため,被控訴人の放送を受信できる受信設備を設置した者に対し,被控訴人の放送の視聴の有無にかかわらず,被控訴人との受信契約の締結を義務付けるとともに,同契約に基づき,契約者は受信料の支払義務を負うこととしている(旧法32条2項[新法64条2項]参照)。これを受けて,規約は,受信契約の種別ごとに受信料月額に差異を設け,その上で実際の視聴時間と関係なく世帯単位で一律に定額の受信料を支払うべきことを義務付けている(規約5条)。

上記の旧法32条1項(新法64条1項)の規定による受信契約の締結の義務付けは,被控訴人の独立性,中立性,公共性を確保しつつ自主財源を確保するため,放送法が定めた仕組みであること,被控訴人の放送を実際に視聴したか否か及びその視聴時間と関係なく受信料債権が発生すると定められていることからすると,受信料の法的性質は,放送の視聴と対価性のあるものとはいえず,放送法に基づき,公共放送を行う法人である被控訴人に徴収権が認められた特殊な負担金と解するのが相当である。

2  本件受信契約の無効(争点(1))

(1)  民法1条2項,旧法1条[新法1条],憲法21条及び国民主権原理違反について

控訴人は,旧法32条1項(新法64条1項)は,契約当事者間の信義則(民法1条2項),放送法の目的(旧法1条[新法1条]),憲法21条及び国民主権原理に反すると主張する。

しかしながら,前記1で認定したとおり,旧法32条1項[新法64条1項]の受信契約の締結の義務付けは,被控訴人の独立性,中立性,公共性を確保しつつ自主財源を確保するため,放送法が定めた仕組みであると解されることからすると,旧法1条[新法1条]に反するものとはいえない。

また,前記1で認定したとおり,受信契約において,放送の視聴と受信料の支払との間に直接の対価性は認められないけれども,被控訴人は,公共放送を行う法人としての目的を達成するため,一定の業務を行うことが義務付けられていること(旧法9条[新法20条]等),公共性を確保して適正に運営するための仕組みや,契約者からの受信料の適正な設定やその使途についても国会を通じて適正に監督される仕組みが備わっていることからすると,旧法32条1項(新法64条1項)は,信義則(民法1条2項)に反するとはいえない。

さらに,旧法32条[新法64条]及び規約9条は,受信契約の締結及び被控訴人の放送を受信できる受信機を廃止しない間の受信料の支払を義務付けるだけであって,テレビ番組の視聴を強制したり制限するものではないから,控訴人の知る権利ないし表現の自由を侵害するものではなく,また,国民主権原理とは無関係である。

したがって,控訴人の主張は理由がない。

(2)  憲法19条違反について

控訴人は,旧法32条1項(新法64条1項)は,受信設備を設置した者に被控訴人との契約締結を強制することを意味するから,憲法19条に違反すると主張する。

憲法19条の「思想及び良心」とは,信仰に準ずる世界観,主義,主張等の個人の人格形成の核心をなすものを意味するものと解されるところ,旧法32条(新法64条)及び規約9条に基づき受信契約の締結及び被控訴人の放送を受信できる受信機を廃止しない間の受信料の支払が義務付けられるからといって,契約者の「思想及び良心」の自由に対する制約があるとは認められない。

したがって,控訴人の主張は理由がない。

3  本件受信契約の解約による終了(争点(2))

控訴人は,規約9条は受信契約の解約の方法を著しく制限し,消費者の利益を一方的に害する条項であるから,消費者契約法10条に反し無効であるところ,控訴人は,被控訴人に対し,平成16年2月ころ,本件受信契約の解約の意思表示をしたから,本件受信契約は終了していると主張する。

これに対し,被控訴人は,控訴人が本件受信契約の解約の意思表示をした事実を否認しているところ,控訴人から何ら具体的な立証がない本件においては,控訴人が本件受信契約の解約の意思表示をした事実を認めることはできない。

また,前記1及び2で認定・判断したとおり,旧法32条1項(新法64条1項)の規定は合理性を有し有効な規定であるところ,同規定によれば,被控訴人の放送を受信することができる受信設備を設置している限り,受信契約にの締結を義務付けているから,受信設備の廃止についての立証がない限り,受信契約の終了を認めることはできないところ,本件においては,控訴人から受信設備の廃止についての具体的な立証はない。(なお,前記1で認定したところによれば,旧法32条(新法64条)及び規約9条が,控訴人の主張する消費者契約法10条の「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に当たるとはいえない。)

そうすると,その余の点については判断するまでもなく,控訴人の本件受信契約の解約による終了の主張は理由がない。

4  消滅時効の成否(争点(3))

(1)  民法173条,174条について

ア 控訴人は,本件受信料債権は,民法174条2号の「自己の労力の提供・・・を業とする者の・・・供給した物の代価に係る債権」に当たるから,消滅時効期間は1年であると主張する。

しかしながら,同号の「自己の労力の提供を・・・業とする者」とは,使用者と従属関係に立たず,かつ,主として肉体的労力を提供する者を意味するものと解される(最高裁昭和36年3月28日第三小法廷判決・民集15巻3号617頁参照)ところ,被控訴人がこれに当たるとは認められない。

したがって,控訴人の主張は採用できない。

イ 控訴人は,本件受信料債権は,民法173条1号の「生産者・・・が売却した・・・商品の代価に係る債権」に当たるから,消滅時効期間は2年であると主張する。

しかしながら,前記1で認定したとおり,受信料債権は対価性のない特殊な負担金としての性質を有するものであることに照らすと,生産者が売却した商品の「代価」であるとは認められない。この点は,利用の対価としての性質を有する電気料債権や水道料債権とは性質を異にするものと解される。

したがって,控訴人の主張は採用できない。

ウ 控訴人は,本件受信料債権は,民法173条2号の「自己の技能を用い,注文を受けて,物を製作・・・することを業とする者の仕事に関する債権」に当たるから,消滅時効期間は2年であると主張する。

民法173条2号の「自己の技能を用い,注文を受けて,物を製作・・・することを業とする者」とは,同号の立法趣旨が手工業,家内工業的規模で注文により他人のために仕事をし,又は物を製造加工する者の代金決済が,社会の取引の実情に照らして短期に決済されるという点にあると解されることからすると,同号の物を製作することを業とする者には,近代工業的な機械設備を備えた製造業者のような者は含まれないと解するのが相当である(最高裁昭和44年10月7日第三小法廷判決・民集23巻10号1753頁参照)。

これを本件についてみると,前記1で認定した被控訴人の事業の内容に照らし,被控訴人は「自己の技能を用い,注文を受けて,物を製作」することを業とする者に当たるとは認められない。

したがって,控訴人の主張は採用できない。

(2)  民法169条について

ア 民法169条は,「年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権」(定期給付債権)について5年の短期消滅時効を規定する。

その立法趣旨は,①弁済がないと直ちに債権者に支障が生ずる債権であるから速やかに請求され弁済されるのが通常であること,②通常それほど多額でないため受領証の保存が怠られがちであって後日の弁済の証明が困難であること,③定期金は長年放置された後に突然支払の請求をされると多額になって債務者が困窮することにあると解されている。そして,民法169条が適用されるものの具体例として,利息,賃料,小作料,扶養料,年金,給料等が挙げられる一方,単に分割払いの特約が付されているにすぎない債権は同条の適用外とされている。

イ そこで,受信料債権について民法169条が適用されるか否かを検討する。

受信料債権については,旧法32条(新法64条)を受けた規約5条及び6条において,契約者が受信契約に基づく受信料の支払義務を負うこと及びその月額受信料を2か月単位で支払うことが定められ,各期の弁済期の到来によって具体的な受信料債権(請求権)が発生することになっているものと認められる。そうすると,受信料債権については,前者の規約に基づき発生する受信料債権を基本権として,後者の具体的な受信料債権(請求権)が支分権として発生するという関係にあることが認められる。したがって,本件受信料債権については,定期給付債権の支分権に当たり,民法169条が適用されると解するのが相当である。

また,民法169条の立法趣旨との関係をみると,上記立法趣旨のうち,①(迅速に行使されるのが通常)については,確かに,証拠(甲25)によれば,被控訴人において平成23年3月31日現在で受信料支払の延滞のある契約が204万件を超えている実態が認められるが,一方において,前記1で認定したとおり,被控訴人においては広告料収入の途が閉ざされており,受信料の収入によって自主的財源を確保することとしているのであって,それゆえ被控訴人は少額であっても本件訴えを提起しているのであり,受信料債権が「弁済がないと直ちに債権者に支障が生ずる債権」ではないなどと言うことはできず,上記実態は単に受信料債権の取立てが事実上困難であること等を示しているにすぎない。次に,②(受領証の保存を期待し難い)については,確かに,証拠(甲2,4)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人が平成20年10月1日に訪問集金制度を廃止したことが認められるが,それ以前においては少なからず訪問集金がされ,その場合には受信料支払の証拠が領収書のみであったのであり,現在訪問集金廃止から約3年半経過したにとどまり,未だ領収書等を紛失したとしても支払の記録を容易に確認することができる状態にまで至っていない。そして,③(長年放置後の突然の請求は債務者を困窮させる)については,受信料は低額に抑えられているとはいえ,契約者の収入や所得の状況にかかわらず,受信設備の設置者との間で受信契約の締結が義務付けられる仕組みとなっており,契約者の収入や所得の状況は多様であることからすると,長年放置後の突然の請求によって債務者が困窮することもあり得る。

以上によれば,これらの趣旨は受信料債権にも相応に当てはまるものと言える。

ウ この点について,民法学者であるA教授は,「日本放送協会の有する放送受信料債権と民法169条の適用について」と題する意見書(甲13。以下「本件意見書」という。)において,①受信料債権については,その基本権について民法168条1項は適用されず,その結果,特段の事情のない限り支分権について同法169条は適用されないし,また,特段の事情も存在しないこと,②同条の趣旨の一つとして,長年にわたって積み重なった額を一度に請求されると債務者が困窮するおそれがある,という点には債務者保護の側面だけでなく,債権者の懈怠に対するサンクションという面があるところ,被控訴人には,サンクションを加えるまでの懈怠があるとはいえないことを主たる理由として,受信料債権には同条は適用されないと述べている。

しかしながら,上記①についてみると,本件意見書は,基本権について民法168条1項の適用がない場合には特段の事情のない限り支分権について同法169条の適用がないとする。しかし,本件意見書は,小作料債権や賃借料債権のように支分権につき同条の適用がある場合において,特段の事情があるときには,その基本権につき同法168条1項の適用を否定する事例があることを論証するにとどまっており,かかる論証から,基本権について同項の適用がない場合には特段の事情のない限り支分権について同法169条の適用がないとするのは,いささか論理が飛躍しており,上記見解を採用することはできない。

そして,規約に基づき発生する抽象的な受信料債権と各期の弁済期の到来によって発生する具体的な受信料債権とは基本権と支分権の関係に立っており,このような関係にある債権のうち,支分権である受信料債権に民法169条が適用されることは前述したとおりである。基本権から派生した支分権としての性質を有し,民法169条の要件に該当する債権について同条の適用を排除すべき理由はないから,基本権である受信料債権に民法168条1項が適用されるか否かにかかわりなく,支分権である受信料債権には民法169条が適用されるというべきである。

また,上記②については,従前,被控訴人は,契約者の任意の履行に期待して,受信料の強制的な徴収を差し控えてきたという経過がうかがえるけれども,前記1で認定した被控訴人の公共放送を行う法人としての役割及び受信料債権は対価性のない特殊な負担金としての性質を有することからすると,受信料負担の公平性が強く要請されるというべきであり,被控訴人において,長期間にわたる受信料の不払に対して適正な管理を怠るということになれば,債権者の懈怠という側面があることは否定できない。

以上によれば,本件意見書の見解を採用することはできない。

エ そして,前記前提事実(2)によれば,本件受信料債権の弁済期は,毎年4月1日から2か月ずつを1期とし,毎期末限りであることが認められ,前記前提事実(5)及び(6)によれば,被控訴人は,平成23年1月22日,控訴人に対し,本件受信契約に基づき,平成16年12月1日から平成22年11月30日までの受信料合計9万9140円及びその遅延損害金の支払を求めて,旭川簡易裁判所に支払督促の申立てをしたこと,控訴人が被控訴人に対し,平成23年11月22日の本件口頭弁論期日において,本件受信料債権について民法169条の消滅時効を援用するとの意思表示をしたことは裁判所に顕著である。

そうすると,本件受信料債権のうち,平成16年12月1日から平成17年11月30日までの分は,弁済期から民法169条所定の消滅時効期間である5年の経過により消滅したものと認められる。

5  結論

以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,被控訴人は,控訴人に対し,平成17年12月1日から平成23年7月31日までの受信料及びこれに対する遅延損害金の請求をすることができるところ,前記前提事実(2)ないし(4)によれば,受信料額は,平成17年12月1日から平成20年9月30日までは月額1395円,同年10月1日から平成23年7月31日までは月額1345円であると認められる。

したがって,被控訴人の請求は,被控訴人が控訴人に対し,本件受信契約に基づき,受信料9万3160円及びうち8万2400円に対する平成23年2月1日から,うち1万0760円に対する平成23年10月1日からそれぞれ支払済みの日が属する月の前月(支払済みの日が偶数月に属する場合)又は前々月(支払済みの日が奇数月に属する場合)の末日まで,約定の2か月当たり2パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきである。

よって,本件控訴は一部理由があり,本件附帯控訴は全部理由があるから,原判決を上記限度で認容する旨に変更し,その余の被控訴人の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項前段,64条本文を,仮執行宣言につき同法310条本文を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田口治美 裁判官 田中寛明 裁判官 德光絢子)

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