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旭川地方裁判所 平成26年(行ウ)5号 判決 2015年7月21日

主文

1  処分行政庁が平成25年7月22日付け配当計算書に基づいてした配当処分(平成25年f収納第a号)のうち,7万6000円を超えて配当した部分を取り消す。

2  処分行政庁が平成25年8月26日付け配当計算書に基づいてした配当処分(平成25年f収納第b号)のうち,7万6000円を超えて配当した部分を取り消す。

3  その余の原告の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  処分行政庁が,原告に対し,平成25年7月22日付けでした配当処分(平成25年f収納第a号)を取り消す。

2  処分行政庁が,原告に対し,平成25年8月26日付けでした配当処分(平成25年f収納第b号)を取り消す。

3  処分行政庁が,原告に対し,平成26年4月25日付けでした配当処分(平成26年f収納第c号)を取り消す。

4  処分行政庁が,原告に対し,平成26年6月20日付けでした配当処分(平成26年f収納第d号)を取り消す。

第2事案の概要

本件は,処分行政庁(F市長)が,滞納処分として原告の給与等に係る支払請求権を差し押さえた上,第三債務者から受領した金銭について4件の配当処分をしたところ,原告が配当の計算方法に違法があり,配当処分も違法であると主張して,上記各配当処分の取消しを求める事案である。

本件の主な争点は,上記の差押えに係る差押可能額である。原告の主張する計算方法は別紙差押可能額計算書の「原告の主張」欄に,被告の主張する計算方法は同計算書の「被告の主張」欄に各記載のとおりである。

1  前提事実

以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲各証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。

(1)  給料等の差押処分

ア 原告は,北海道の職員である。(甲4の1,2,甲7,13の1,2,弁論の全趣旨)

イ 原告は,被告に納付すべき市民税及び道民税(以下「市道民税」という。)合計2669万0004円(平成23年10月3日現在の金額。同日までの延滞金等を含む。)を納付しなかった。そこで,処分行政庁は,上記市道民税を徴収するため,平成23年10月4日,原告が北海道から支払を受けるべき同月以降の毎月の給与等のうち国税徴収法76条1項各号に掲げる金額を控除した金額の支払請求権(ただし上記滞納額に満つるまで)を差し押さえた(平成23年f収納第e号。以下「本件差押え」という。)。(甲1)

(2)  原告に対する通勤手当の支給状況

ア 原告は,かつて北海道F市に居住し,A局に勤務していたが,平成25年4月1日付けでB局に異動となった。そのため,原告は,同月4日,北海道C市に転居し,同市内の自宅(最寄り駅はJRD駅)から職場(最寄り駅はJRE駅)まで通勤することとなった。(甲5,10,14の1の1,乙2,弁論の全趣旨)

イ 原告は,北海道職員の給与に関する条例(昭和27年北海道条例第75号。以下「給与条例」という。)及び通勤手当に関する規則(昭和42年北海道人事委員会規則7-284。以下「通勤手当規則」という。)の規定に基づき,北海道から,平成25年5月に同年4月から同年9月までの分の通勤手当33万8760円の支給を,平成26年4月に同月から同年9月までの分の通勤手当33万8760円の支給を受けた。また,原告は,同年6月には,消費税の増税による通勤手当の増額分9670円の支給を受けた。(甲7,10,13の1,2,乙2,4,20,弁論の全趣旨)

(3)  本件配当処分1について

ア 原告は,平成25年7月,北海道から,給与として合計32万1726円の支給を受けた。その明細は,別紙差押可能額計算書の「実際の支給額」欄記載のとおりであり,通勤手当の支給はなかった。(甲4の1)

イ 処分行政庁は,平成25年7月19日,原告の同月支給分の給与のうち本件差押えに係る部分として,北海道から12万1000円を領収した(別紙差押可能額計算書の「被告の主張」欄参照)。そして,処分行政庁は,これを全額市道民税に配当する旨の同月22日付け配当計算書を作成し,同計算書に基づく配当処分をした。(平成25年f収納第a号。以下,この配当処分を「本件配当処分1」という。)。(甲2の1)

ウ 原告は,平成25年9月20日,これに対して異議申立てをしたが,処分行政庁は,同年10月22日,同異議申立てを棄却した。(甲3の1,弁論の全趣旨)

(4)  本件配当処分2について

ア 原告は,平成25年8月,北海道から,給与として合計32万1726円の支給を受けた。その明細は,別紙差押可能額計算書の「実際の支給額」欄記載のとおりであり,通勤手当の支給はなかった。(甲4の2)

イ 処分行政庁は,平成25年8月21日,原告の同月支給分の給与のうち本件差押えに係る部分として,北海道から12万1000円を領収した(別紙差押可能額計算書の「被告の主張」欄参照)。そして,処分行政庁は,これを全額市道民税に配当する旨の同月26日付け配当計算書を作成し,同計算書に基づく配当処分をした(平成25年f収納第b号。以下,この配当処分を「本件配当処分2」という。)。(甲2の2)

ウ 原告は,平成25年10月23日,これに対して異議申立てをしたが,処分行政庁は,同年11月18日,同異議申立てを棄却した。(甲3の2,弁論の全趣旨)

(5)  本件配当処分3について

ア 原告は,平成26年4月,北海道から,給与として合計69万1172円の支給を受けた。その明細は,別紙差押可能額計算書の「実際の支給額」欄記載のとおりであり,上記支給額には通勤手当33万8760円が含まれていた。(甲13の1)

イ 処分行政庁は,平成26年4月21日,原告の同月支給分の給与のうち本件差押えに係る部分として,北海道から36万8000円を領収した(別紙差押可能額計算書の「被告の主張」欄参照)。そして,処分行政庁は,これを全額市道民税に配当する旨の同月25日付け配当計算書を作成し,同計算書に基づく配当処分をした(平成26年f収納第c号。以下,この配当処分を「本件配当処分3」という。)。(甲11の1)

ウ 原告は,平成26年6月20日,これに対して異議申立てをしたが,処分行政庁は,同年7月11日,同異議申立てを棄却した。(甲12の1,弁論の全趣旨)

(6)  本件配当処分4について

ア 原告は,平成26年6月,北海道から,給与として合計35万3295円の支給を受けた。その明細は,別紙差押可能額計算書の「実際の支給額」欄記載のとおりであり,上記支給額には通勤手当9670円が含まれていた。(甲13の2)

イ 処分行政庁は,平成26年6月20日,原告の同月支給分の給与のうち本件差押えに係る部分として,北海道から9万6000円を領収した(別紙差押可能額計算書の「被告の主張」欄参照)。そして,処分行政庁は,これを全額市道民税に配当する旨の同日付け配当計算書を作成し,同計算書に基づく配当処分をした(平成26年f収納第d号。以下,この配当処分を「本件配当処分4」という。)。(甲11の2)

ウ 原告は,平成26年8月12日,これに対して異議申立てをしたが,処分行政庁は,同年9月5日,同異議申立てを棄却した。(甲12の2,弁論の全趣旨)

(7)  本件訴訟の提起(顕著な事実)

ア 原告は,平成26年4月19日,旭川地方裁判所に対し,本件配当処分1及び2の取消しを求める本件訴訟を提起した(同裁判所平成26年(行ウ)第5号)。

イ 原告は,平成26年11月17日,旭川地方裁判所に対し,本件配当処分3及び4の取消しを求める本件訴訟を提起した(同裁判所平成26年(行ウ)第8号)。

2  本件の争点及び争点に対する当事者の主張

(1)  処分行政庁が差押可能額を計算するに当たり通勤手当を除外しなかったことが違法か

(原告の主張)

ア 国税徴収法76条1項柱書きにいう「これらの性質を有する給与」とは労務の提供に対する対価をいうと解するのが相当であるところ,通勤手当は,実費の支給であるから,「これらの性質を有する給与」に当たらず,その性質上,国税徴収法上の差押禁止財産に当たると解すべきである。

(ア) 国税徴収法76条1項は,給料等及び「これらの性質を有する給与に係る債権」の一部のみを差押禁止と定めているが,これと同じ文言を用いる民事執行法152条1項2号については,通勤費は給与の性質を有しない実費支給費であるから,給料等の差押えの対象に含まれず差押禁止額の計算の基準額からも除外されると解されている。

(イ) 生活保護法における生活保護費の支給の運用においては,生活保護受給者の収入認定の際,通勤費に相当する金員については,収入を得るための実費として収入から控除している。その趣旨は,生活保護受給者の手元に実質的に残る金額が最低生活費以下になることを防止する点にある。

そして,国税徴収法76条1項4号は,滞納者及び生計を同じくする親族の生活を保障する趣旨に基づき,生活保護法に規定する生活扶助に相当する金員を確保できるようにしており,この趣旨に鑑みれば,国税徴収法が実費である通勤費に相当する通勤手当を差し押さえることを禁止していることは,明らかである。

(ウ) 職場までの通勤定期券が現物支給された場合,それは業務を遂行するために欠くことができない物であって差押禁止財産(国税徴収法75条1項5号)となると解されるから,これと同趣旨で支給される通勤手当についても,同様に差押えが禁止されるというべきである。

イ 本件において,通勤手当を含めて差押可能額を計算すると,本件配当処分1及び2では国税徴収法76条1項4号所定の最低生活費を下回る額しか原告の手元に残らず,本件配当処分3に至っては,差押え後の手取り額では6か月定期券(41万0140円)を購入するのに足りない。このような結論が不当であることは明らかである。

(被告の主張)

ア 国税徴収法76条1項の「これらの性質を有する給与」とは,役員報酬,超過勤務手当,扶養家族手当,宿日直手当,通勤手当等をいうと解されており(国税徴収基本通達第76条関係1),通勤手当の全額が差押禁止財産に当たるわけではないことは明らかである。通勤手当は,実費弁償的性格を有するからといって,労働提供の対償ではないとはいえない。このことは,以下の(ア)及び(イ)からも明らかである。

(ア) 厚生年金保険法においては,保険料の賦課対象となる標準報酬の対象範囲に通勤手当が含まれると解されている。

(イ) 労働基準法11条にいう賃金には,前払としての通勤手当が含まれると解されている。

イ 私法上の債権回収手続を定める民事執行法と,公法上の債権である租税債権の徴収手続を定める国税徴収法とは別個の法体系であり,民事執行法における解釈が直ちに国税徴収法の解釈に通用するわけではない。

(2)  複数月分が前払された通勤手当を複数月に渡って按分して支払われたものとみなして差押可能額を計算することができるか(本件配当処分1及び2について)

(原告の主張)

ア 原告に対する平成25年4月から同年9月までの分の通勤手当は,同年5月にまとめて33万8760円が支給されているにもかかわらず,本件配当処分1及び2では,現実に通勤手当が支給されていない同年7月及び8月にも通勤手当各5万6460円が支給されたものとみなして差押可能額が計算されている(以下,複数月分が前払された通勤手当を複数月に渡って按分して支払われたものとみなして差押可能額を計算する方法を「按分法」ということがある。)。按分法を認めれば,行政の恣意的な判断により差押債権の範囲や配当の計算方法を変えることができることになり,不当である。したがって,按分法により差押可能額を計算してされた本件配当処分1及び2には違法がある。

イ 被告は,処分行政庁には按分法により差押可能額を計算する裁量があると主張するが,原告に対する通勤手当は,通勤手当規則で定める「日」に支給されるところ(給与条例11条5項),通勤手当規則では,通勤手当は支給単位期間の最初の月の給与の支給日に支給するとされている(16条の2第1項)。このように,支給日は一義的に決まるのであり,裁量による判断の余地はない。

(被告の主張)

ア 平成25年7月分及び同年8月分の給与のうち本件差押えに係る部分(差押可能額)は,按分法,すなわち,同年5月に支給された6か月分の通勤手当の額(33万8760円)を6か月で按分し,同年7月及び同年8月に各1か月分5万6460円がそれぞれ支給されたものとみなすという方法で計算すると,別紙差押可能額計算書の「被告の主張」欄記載のとおり,各12万1000円となる。

イ 通勤手当の支給単位期間が複数月に及ぶ場合における国税徴収法上の差押可能額の計算方法については,何ら法規や通達において規定されておらず,論理必然的に定まるものでもないから,その判断については徴税機関である処分行政庁に合理的裁量が認められる。そして,上記アのとおり,前払された通勤手当を支給単位期間の各月に按分し,これを給与等に含めて差押可能額を計算すること(按分法)も,以下の事情に照らせば合理的な裁量の範囲内である。

(ア) 按分法は,支給単位期間が複数月にわたる通勤手当についてもその支給月に支給される給与として差押可能額を計算する方法に比べ,原告の手元に多くの生活費が残る方法となっており,その額が最低生活費を下回るわけではないから,不合理ではない。

(イ) 労働基準法11条にいう賃金の計算においては,前払された通勤手当は各月の賃金の前払として平均賃金算定の基礎とすることとされている。また,厚生年金保険における報酬月額の計算においては,前払通勤費を対応月数で按分して計算するとされている。

(ウ) 国税徴収法上,複数月を対象として支給される賞与及びその性質を有する給与に係る債権については,給与差押手続との関係では,その支払を受けるべき時における給料等とみなして差押禁止の規定を適用すると明文で規定されているのに対し(同法76条3項前段),通勤手当についてはそのような規定がない。

(エ) 按分法によらなければ,一括で前払された通勤手当全額が当該支給月において支給された給与等として扱われることになり,その結果,按分法によれば差押禁止となり得た部分も差押禁止の範囲から除外される可能性すらあり得るのであって,最低生活費保障のため給与の一部を差押禁止とした国税徴収法の趣旨を没却することになりかねない。

(3)  差押可能額の計算において第三債務者からの報告に従えば瑕疵が治癒されるか

(被告の主張)

被告は,第三債務者である北海道から,原告に支給した給料等の額について報告を受け,これに従い,国税徴収法の規定に基づき配当計算をしたにすぎないから,差押可能額の計算において違法の問題は生じない。

(原告の主張)

被告は,国税徴収法141条に基づく検査等により,適正な配当額を計算すべきものであるから,北海道からの報告に基づく配当計算書に誤りがあるのであれば,配当処分が違法になることは当然である。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(処分行政庁が差押可能額を計算するに当たり通勤手当を除外しなかったことが違法か)について

(1)  国税徴収法76条1項は,給料,賃金,俸給,歳費,退職年金及びこれらの性質を有する給与に係る債権の一部について差押えを禁止しているが,その趣旨は,給料等であっても本来的には滞納処分による差押えが可能であることを前提としつつ,給料等が給与生活者等の生計に占める重要性に鑑み,給料等のうち,滞納者の最低生活の維持等に充てられるべき金額の差押えを禁止することとして,納税義務の適正な実現を通じた国税収入の確保(同法1条参照)と滞納者の最低生活の保障との調和を図ったものであると解される。

この趣旨に鑑みると,国税徴収法76条1項柱書きにいう「これらの性質を有する給与」とは,雇用関係又はこれに準ずる職務関係に基づき雇用主等から支給される報酬その他の収入(ただし,賞与又は退職手当の性質を有する給与を除く。)をいうものと解するのが相当である。

これを本件についてみると,原告が北海道から支給された通勤手当は,北海道と原告との任用関係に基づき,給与条例及び通勤手当規則の規定に従って原告に支給された金銭であるから,「これらの性質を有する給与」に当たるというべきである。

(2)  これに対し,原告は,国税徴収法76条1項柱書きにいう「これらの性質を有する給与」とは労務の提供に対する対価をいうところ,通勤手当は実費の支給であるから,「これらの性質を有する給与」に当たらず,かつ,その全額が性質上差押禁止財産であると解すべきであると主張する。

ア しかしながら,労務を提供する債務は持参債務(民法484条)に当たるのであって,本来,労働者は自らの費用で雇用主等の住所に赴いてこれを履行すべきものである(同法485条本文)。ところが,通勤手当が雇用主等から支給されている場合には,労働者は,その分だけ自己の財産からの支出を免れることとなる。そうだとすると,雇用契約等において定められた支給基準に従って支給される通勤手当を「これらの性質を有する給与」に含めてその一部を差押可能なものと扱っても,不合理とはいえない。

そして,原告の勤務先である北海道においては,通勤手当の支給基準が給与条例及び通勤手当規則で明確に定められているのであって,通勤手当は,所要の要件を満たせば当然に発生し,その額も一義的に定まるものであるから,通勤手当が実費の支給であるとしても,これを性質上差押えができない財産と解する余地はないというべきである。

イ 原告は,①民事執行法152条1項2号にいう「これらの性質を有する給与」には,通勤手当は含まれないと解されていること,②同法上,通勤手当は差押禁止財産と解されていることから,国税徴収法についても同様に解釈すべきであると主張する。

しかしながら,原告がその解釈の根拠として挙げる鈴木忠一=三ヶ月章編『注解民事執行法(4)』(甲6)519頁は,通勤手当が民事執行法152条1項2号所定の給料等には含まれないことをいうものにすぎず,通勤手当そのものが差押禁止財産か否かについて論じたものとは解されない。そして,仮に,民事執行法については,上記①及び②のように解すべきであるとしても,国民の納税義務の適正な実現を通じて国税収入を確保することを目的とする国税徴収法(同法1条参照)と,私人間の権利義務の強制的な実現を目的とする民事執行法とでは,その法大系も目的も異なること,国税徴収法76条と民事執行法152条とでは差押禁止範囲の規律も大きく異なっていることに照らすと,国税徴収法76条1項柱書きにいう「これらの性質を有する給与」の解釈を,民事執行法152条1項2号にいう「これらの性質を有する給与」の解釈に合わせることが論理必然であるということもできない。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

ウ また,原告は,通勤定期券が国税徴収法75条1項5号にいう「器具その他の物」に当たると解されることからすれば,通勤手当もこれに準じて差押禁止財産に当たると解すべきであると主張するが,そもそも通勤定期券が同号にいう「その業務に欠くことができない」物に当たるということはできないから,原告の上記主張は,その前提を欠く。

エ さらに,原告は,国税徴収法76条1項4号によって生活保護法に規定する生活扶助に相当する金員の差押えが禁止されていることに照らせば,実費支給金である通勤手当の差押えも禁止されていると解すべきであると主張する。

しかしながら,国税徴収法75条は,滞納者の最低生活を保障する等の趣旨から,一定の財産を差押禁止としているのであって,同法76条1項4号も,滞納者の最低生活を保障する趣旨から,最低生活費相当額の差押えを禁止しているところである。そして,同法は,それでもなお滞納処分により滞納者の生活の維持が困難となり,あるいは生活が著しく窮迫するおそれがある場合があり得ることを考慮して,換価の猶予(同法151条以下)や滞納処分の停止(同法153条以下)の制度も設けている。そうすると,滞納者の最低生活の保障は,上記の各規定によって配慮がされているのであるから,これに加えて,通勤手当が当然に差押禁止財産に当たると解する必要性は乏しいというべきである。

オ 原告は,通勤手当を「これらの性質を有する給与」に含めて差押可能額を計算すると,本件配当処分1及び2では,国税徴収法76条1項4号所定の最低生活費を下回る額しか原告の手元に残らず,本件配当処分3に至っては,差押え後の手取り額では6か月定期券を購入するのに足りないから,不当な結論を導くと主張する。

しかしながら,原告に対する給与の総支給額から別紙差押可能額計算書の「裁判所の判断」欄記載の差押可能額を控除した残額は,平成25年7月及び同年8月については各24万5726円,平成26年4月については32万3172円,同年6月については25万7295円となるのであって,いずれも国税徴収法76条1項4号所定の最低生活費(原告については14万5000円)を上回る。そして,上記(2)アのとおり,そもそも通勤費は本来労働者が自己の財産から支出すべきものであること(原告についても通勤費の全額が北海道から支給されているわけではない。)からすると,上記残額から通勤定期券を購入すると同号所定の最低生活費相当額を下回る金額しか残らない月が生ずるとしても,そのことが直ちに不合理であるとはいえない。そして,仮に原告が滞納処分によりその生活に重大な影響を受けるおそれがあるのであれば,換価の猶予ないし滞納処分の停止によって対処すべきものであることは,上記エのとおりであって,原告の主張するような結果が生ずることがあるからといって,通勤手当を「これらの性質を有する給与」から当然に除外する解釈が相当であるともいえない。

(3)  したがって,本件配当処分1ないし4において,処分行政庁が差押可能額を計算するに当たり,通勤手当を除外しなかったことが違法であるとはいえない。

2  争点(2)(複数月分が前払された通勤手当を複数月に渡って按分して支払われたものとみなして差押可能額を計算することができるか)について

(1)  被告は,通勤手当の支給単位期間が複数月に及ぶ場合,国税徴収法上の差押可能額の計算については法規や通達に規定がないから,按分法によることも合理的な裁量の範囲内であると主張する。

しかしながら,前記前提事実(2)イによれば,原告の平成25年4月から同年9月までの分に係る通勤手当の支払請求権は,同年5月に通勤手当が支給されたことにより消滅したことは明らかである。存在しない債権を差し押さえることはできないし,差し押さえていない債権を差し押さえたものとして差押禁止の範囲を判断することも許されないから,この点について裁量を論じる余地はない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。

(2)  そして,前記前提事実(3)ア,(4)アのとおり,平成25年7月及び同年8月に支給された原告の給与は各32万1726円であるところ,国税徴収法76条1項に従い,この額から源泉所得税額,住民税額,社会保険料額,最低生活費及び体面維持費を控除すると,別紙差押可能額計算書の「裁判所の判断」欄記載のとおり,差押可能額は各7万6000円となる(端数処理は国税徴収基本通達第76条関係3に従った。)。したがって,処分行政庁が各月につきそれぞれ12万1000円を差し押さえられたものとして北海道から給与を領収することは,各7万6000円を超える部分について根拠がないものというほかない。そして,差押えの根拠がないまま領収した金銭を本件差押えに係る債権の給付として配当することが違法であることは,明らかである。

(3)  したがって,本件配当処分1及び2は,それぞれ7万6000円を超えて市道民税に配当した部分につき,違法があるというべきである。

3  争点(3)(差押可能額の計算において第三債務者からの報告に従えば瑕疵が治癒されるか)について

被告は,第三債務者である北海道の報告に従い配当計算をした以上は差押可能額の計算において違法の問題は生じないと主張する。

しかしながら,本来差押えが許されない部分について差し押さえられたものとして金銭を領収し配当することが違法であることは明らかであって,この配当が第三債務者の報告に従ったものであるとしても,これによって配当処分が違法でなくなると解する余地はない。被告の上記主張は採用することができない。

第4結論

以上によれば,本件配当処分1ないし4における差押可能額は,別紙差押可能額計算書の「裁判所の判断」欄記載のとおりとなる。したがって,本件配当処分1及び2については,それぞれ7万6000円を超えて配当した部分に違法があることになるから,同部分につき取消しを免れない。他方,本件配当処分3及び4については,違法があるとはいえない。

よって,原告の請求は主文の限度で理由があり,その余は理由がないから,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武藤貴明 裁判官 梶川匡志 裁判官 鈴鹿祥吾)

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