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旭川地方裁判所 平成27年(わ)51号 判決 2016年3月25日

主文

被告人を懲役3年6月に処する。

未決勾留日数中230日をその刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は,B農業協同組合管理部金融係員として同組合の貯金の受入れ,払戻し,貯金口座の解約,現金出納等の業務に従事していたものであるが,別表記載のとおり,平成21年5月26日から同年11月25日までの間に,12回にわたり,北海道苫前郡所在の同組合本所において,同組合のために業務上預かり保管中の現金から,合計1161万7851円を自己の用途に費消する目的で着服して横領した。

(事実認定の補足説明)

第1争点の概要

本件は,被告人が当時勤務していたB農業協同組合(以下「農協」という。)において,何者かが,農協が貯金口座の管理等のために設置していた「ジャステム」と呼ばれる農協オンラインシステムの端末機(以下「ジャステム」という。)を操作して,顧客に無断で定期貯金口座の解約処理を行い,各貯金口座の払戻額に相当する金員合計1161万7851円を着服したとされる事案である(以下別表番号に応じて「第1事件」ないし「第12事件」といい,12件全てを「本件横領事件」と総称する。また,本件横領事件で解約された各定期貯金口座については,各事件の呼称に応じて「第1口座」ないし「第12口座」という。)。本件の争点は,被告人が本件横領事件の犯人であると認められるか,である。

当裁判所は,被告人が本件横領事件の犯人であると認めたので,以下その理由を説明する。

第2前提事実(本件各証拠によれば,以下の事実が認められる。)

1  金融係について

本件横領事件当時,農協で貯金口座に関する窓口業務やジャステムでの入力処理等の事務を担当していた農協管理部金融係(以下「金融係」という。)に勤務していたのは,管理部次長兼金融係長のD,被告人,E(及びF(被告人,E,Fの3名をまとめて「金融係職員」という。)の4名であり,被告人及びEは,主に農協の貯金の受入れ,払戻し,貯金口座の開設,解約,現金出納等の貯金業務を,Fは,主に組合員農家の資金決済等を行う組合員勘定取引に関する業務(以下「組勘業務」という。)をそれぞれ担当しており,Dは,金融係職員の上司としての決裁業務のほか,組合員に対する融資に関する業務等に従事していた。

2  犯人の口座解約態様

定期貯金口座を解約するには,定期貯金証書(以下「証書」という。)に同口座を解約した旨の印字をし,同証書を回収する必要がある。しかし,本件横領事件の各口座名義人は,本件横領事件発覚当時,自己名義の証書を所持しており(甲32~35,証人G),また,同人らが所持する各証書には解約した旨の印字はなかった(甲46~57)。それにもかかわらず,本件横領事件に係る定期貯金口座は既に解約され,払戻額に相当する金額がいわゆるオートキャッシャー(以下「AC」という。なお,操作端末は2台あり,E机上のメインターミナルを「ACメイン」,被告人机上のサブターミナルを「ACサブ」という。)に入力されて出金された履歴(甲75)があった。そうすると,犯人は,証書が手元にない状態で,ジャステムを操作して定期貯金口座を解約し,ジャステムにより算出された払戻金をACを使用して出金し横領したものと認定できる。

第3金融係職員以外の者が本件横領事件を実行することは困難であること

1  本件横領事件は全て農協の営業時間内に行われているところ,犯行に使用されたジャステム及びACが設置されていた金融係の座席付近には,営業時間中には少なくとも金融係職員のうち1名が在席していた。そして,ジャステムやACを日常的に使用するのは金融係職員3名だけであり,Dを含むそれ以外の農協職員が業務としてジャステムを使用すること自体がほとんどなかったのであるから,金融係職員以外の者にとって,ジャステムを操作した上でACを使用して現金を出金する本件各犯行は,発覚する可能性が非常に高い行為であり,事実上不可能又は極めて困難なものというべきである。

2  弁護人は,Dが被告人ら金融係職員を騙し同人らに定期貯金口座を解約させた可能性を主張する。しかし,被告人ら金融係職員において,名義人の押印のある解約申込書を確認しないまま,Dに言われるがままに解約手続に応じること自体が想定し難い上,被告人の述べるところによっても,被告人は,少なくとも証書が確認できない限り,解約手続をしなかったというのであり,本件各犯行時には真正の証書が使用されていないことを考慮すると,Dが金融係職員を騙して不正に解約させたとは考えられない。

この点,弁護人は,Dがジャステムの研修モードを使用して虚偽の証書を作成して本件犯行に及んだ可能性も主張するが,研修モードで作成した証書は,発行農協名の記載が一見して研修モードと分かるものであり,農協名義の証書を偽造することは相当困難であると考えられるから,Dが証書を偽造し,その偽造した証書を利用して,被告人ら金融係職員に指示して犯行を行ったとは考えられない。

第4被告人による罪証隠滅行為等

1  第6事件について

(1) 関係証拠によれば,次の事実が認められる。

平成22年3月9日,Gは農協を訪れ,第6口座を含むGの夫であるH名義の定期貯金口座に係る証書3通を持参し,3口座を1つにまとめたい旨を申し出た。被告人は,窓口でこの対応をした際,第6口座が既にジャステム上解約されているにもかかわらず,その事実を上司であるDにも顧客であるGにも告げないまま,Gが持参した各証書に係る口座のうち解約されていない2口座のみを1口座にとりまとめる(旧口座を解約し,その解約金を原資として新たな定期貯金口座を開設する)処理を行い,さらに,Gに第6口座の元利金を交付した事実がないのに,第6口座に係る証書の「この貯金の元利金を確かに受取りました」と書かれた欄にH名義の署名押印をさせ,同証書をGから回収した(被告人供述,証人I,証人G,証人D,甲51,甲75,弁8)。

(2) 弁護人の主張について

弁護人は,被告人は同日,Gに対して第6口座が解約済みであることを伝えており,仮に伝えていなかったとしても,それはDの指示によるものであった可能性がある旨を主張する。しかし,被告人がGに解約済み口座の存在を伝えた事実や,被告人がDにGの持参した証書が解約済みであることを報告したり,Dが被告人にその対応を指示したりした事実をうかがわせる事情は本件証拠上見当たらない(被告人がGの窓口対応中に席を離れた様子が撮影された防犯カメラ画像があるものの,それ自体としてDへの報告等があったことをうかがわせるようなものではなく,被告人自身もDに報告したりDから指示を受けたことを記憶していない。)。また,同年6月にGが解約済みの第11口座の証書を所持していることが判明した際のDの対応とも大きく異なるものであって,Dが被告人に対してそのような窓口対応を指示したとは考え難い。そもそも,顧客が持参した証書について,それが解約済みであることを知らせないまま,同証書に元利金受取済みである旨の署名押印をさせてこれを回収することは,金融機関の窓口対応として考え難い極めて不自然なものである。したがって,弁護人の前記主張は採用することができない。

(3) 犯人性について

前記のとおり,被告人の前記窓口対応は,通常考えられない不自然なものであり,被告人がわざわざそのような行為を行った理由としては,既に第6口座が解約された事実の隠ぺい以外には考えられない。

したがって,当該事実は,被告人が犯人でなければ説明が困難な行動であるといえる。

2  第11事件について

(1) 関係証拠によれば,次の事実が認められる。

平成22年6月17日,Gらが来所した際,第11口座が既に解約されているにもかかわらず,Gらが証書を所持していたことが発覚した。このことを知ったDは,金融係職員にその調査を命じた。この命令により,被告人及びFが調査をしたところ,①入力伝票つづりを調べた結果,第11口座の解約に該当する仕訳通番(営業日ごとにジャステムでの入力順に付される番号)の部分には,口座解約に係る入力伝票(解約申込書)ではなく,「39」と記載された為替区分票(仕訳通番末尾「39」に対応する為替伝票は存在しない)がつづられていることを被告人及びFが発見したが,これをDには報告しなかった。また,金融係職員3名は,前記為替区分票について内緒にすることにした。②翌18日,被告人又はFが,前記口座に係る旧証書を発見した。この旧証書に解約された旨の印字はなく,表面には赤い文字で「移行切替」という記載があった。③被告人は,同日営業終了後,何かを切って貼る作業をしており,Fが理由を尋ねると,「移行切替だと困る」「汚損破損という名目に変えないとならない」等と言っており,作業の後,Eに対して「こうしたから内緒だよ」と言いながら第11口座の再発行登録票をコピーした紙を見せてきた。④翌週21日,Dの指示により,被告人が前記入力伝票つづりをDに持参しようとした際,Eが「この紙入ってたらやばいんじゃないの」と被告人及びFに対し声をかけた。被告人は,入力伝票つづりにつづられた状態の前記為替区分票を同入力伝票つづりから抜き取り,Fが前記為替区分票をシュレッダーにかけ廃棄した。⑤前記旧証書は,その後,見つかっていない。

(2) E及びFの各証言の信用性

前記事実について,被告人は,前記のような調査をしたことさえも記憶が希薄であると供述し,前記①~④の事実を否定している。

しかしながら,6月17日,Gらから証書を見せられ,ジャステム上のデータと食い違いがあることが判明したことは明らかであり,そのような状況に置かれたDの行動として,部下に調査を命じたことは自然である。そして,E及びFが前記①~④を供述しているところ,実際に,再発行理由の部分が「再発行理由 2汚損破損」と改ざんされた形跡のある再発行登録票の写しが存在し(甲81),また,両名の供述内容は自らの不利益事実を含むものである。弁護人は,前記③の点の両名の供述につき,被告人の別の作業と混同している可能性があると主張するが,この点に関するE及びFの各証言は,両名が見聞きした被告人の言動等を具体的に述べるものであって,被告人が別の文書を作成する作業と混同しているとは考えられない。したがって,前記①~④についてのE及びFの供述は信用できる。

(3) 犯人性について

ア 解約処理済みである旨の記載がなく,「移行切替」の記載がある旧証書及び再発行登録票の存在は,旧証書による解約の可能性がないこと,ひいては第11口座の解約が異常な経緯でなされた可能性を強く示すものであり,顧客が第11口座の証書を持参し,これがジャステムの記録上解約済みであったことなどからDが旧証書を探すよう指示したなどの経緯や,被告人の金融係としての経験等からすれば,被告人においては,前記旧証書や再発行登録票が見つかったことの意味を十分理解できたと考えられる。

そして,被告人が再発行登録票の再発行理由を改ざんしたコピーを作成した理由は,旧証書の存在や第11口座の解約が不審なものであることを隠ぺいすること以外に考え難いから,当該事実は,被告人が事件に深く関与していることを強く推認させるものであり,被告人が犯人でなければ説明することが困難である。

イ 前記為替区分票は,第11口座の解約申込書の代わりにつづられていた上,対応する為替伝票も存在しない明らかに不審な帳票であって,金融係職員3名が,この存在を上司に報告しないままこれを廃棄したことは,少なくともこの3名のうち誰かが第11事件に深く関与していることを強く示唆するものであるということができる。

この点,金融係職員3名で話し合って為替区分票の存在を秘匿したものであり,被告人の行為は,金融係職員が何らかのミスをしたと考え,これを隠ぺいしようとしたに過ぎない可能性も考えられないではない。しかし,被告人が,単に上司に怒られないように為替区分票の発見を隠そうとしたのであれば,F及びEが隠ぺいの事実を供述した時点以降は,被告人が隠ぺいの事実を供述しない理由はなくなったといえる。ところが,被告人は,公判に至っても,非常に印象的な出来事である第11口座に関する調査自体も記憶がないなどと供述しているのであって,被告人が隠ぺいの事実を認めないのは,金融係職員のミスを隠ぺいするということとは別の理由が存在するとしか考えられず,その理由としては,被告人が犯人であること以外は想像し難い。

3  J名義の定期貯金口座に関する処理について

なお,被告人がJ名義の定期貯金を開設し,ジャステムで同口座の開設日を遡及させる処理を行った事実が,罪証隠滅の準備行為である疑いは相当あるものの,被告人が供述するように,別の意図で(交際相手に受け取ってもらうために)開設日を遡及させることも十分にあり得るといえる。

第5各犯行前後におけるジャステム操作等による推認について

1  第1事件

(1) 本件犯行に近接するジャステム操作等について

ア 犯人は,平成21年5月26日午前10時30分(ただし,ジャステムの入力処理を完了した時刻。以下ジャステムの入力時刻について同じ。),第1口座につき,ジャステムで解約処理(仕訳通番末尾032)を行った(甲75) 。

イ 同日午前10時31分,仕訳通番末尾033(入金),034(定期積金口座開設)の各処理がジャステムに入力されており,前記各取引(受付・伝票作成等の各処理をいう。以下同じ。)は被告人が担当した(甲58,証人E,証人F)。

ウ 同日午前10時35分から41分までの間に,仕訳通番末尾035~042(貯金払戻し)の各処理がジャステムに入力されており,前記各取引はEが担当した(甲58,証人E,証人F)。

エ 犯人は,同日午前10時37分頃から40分頃までの間(ただし,ACサブの表示時刻は午前10時19分)に,第1事件に係る出金をACサブを使用して行った(甲10,76,証人E)。なお,ACサブの時刻表示の誤差について,検察官は約18分遅れであると主張するが,当該誤差は本件の約10か月前に撮影された防犯カメラ画像等からの推測によるものである上,ジャステムやACサブの記録時刻が分単位でありそれぞれ1分間の幅があることなどからすれば,ACサブの表示時刻から認定し得る実際の出金処理時刻は概ね前記程度の幅があるものと認められる。

(2) 犯人性について

ア 前記(1)ウ,エの各事実によれば,Eは,犯人が第1事件に係る出金を行った時間帯を含む約6分の間に,8件のジャステム入力を連続して行っており,ジャステム入力の所要時間等を考慮すれば,Eが前記出金を行った可能性は低いと認められる。

イ 金融係において,入力伝票の担当者が当該伝票の取引に係るジャステム入力を行うことが通常であったことからすれば,この各取引の担当者である被告人が同処理のジャステム入力を行った可能性が高い上,前記アのとおり,Eが第1事件の出金を行った可能性は低く,前記(1)アのジャステム入力もEが行ったものとは考え難いところ,仕訳通番末尾033,034のジャステム入力(以下仕訳通番の末尾3桁の番号を記載して「入力033」などという。)を被告人自身が行わずに組勘業務担当のFに依頼したとも考え難いから,これらのジャステム入力は被告人が行ったと認められる。

そして,1個の取引に係るジャステム入力には数十秒程度の時間がかかると推察されるところ, 入力033と入力034が,第1事件の解約手続に係る入力032の後に開始され,2分以内(ジャステムの記録時刻が1分単位であることからすれば,1秒~1分59秒。以下同じ。)に完了している。このように,前記(1)ア,イの各ジャステム入力は,短時間で連続して行われたものであることからすれば,同一人が行った可能性が非常に高いと認められる。したがって,被告人が前記(1)アの解約処理を行った犯人であることが相当強く推認できる。

ウ 前記ア,イを総合すると,被告人が犯人であると認められる。

2  第2事件

(1) 本件犯行に近接するジャステム操作等について

ア 平成21年6月1日午後2時40分,入力128(為替取引)の処理が行われており,前記取引は被告人が担当した(甲77,証人E,証人F)。

イ 犯人は,同日午後2時41分,第2口座につき,ジャステムで解約処理(入力129)を行った(甲75)。

(2) 犯人性について

前記(1)アの取引の担当者であった被告人が同処理のジャステム入力を行った可能性が高い上,入力128が,第2事件の解約手続に係る入力129の前に開始され,2分以内に完了している。このように,前記(1)ア,イの各ジャステム入力は,短時間で連続して行われたものであることからすれば,同一人が行った可能性が相当高いと認められる。

したがって,被告人が前記(1)イの解約処理を行った犯人であることが相当程度推認できる。

3  第4事件

(1) 本件犯行に近接するジャステム操作等について

ア 犯人は,平成21年6月22日午後3時17分,第4口座につき,ジャステムで解約処理(入力126)を行った(甲75)。

イ 同日午後3時18分,入力127(払戻し),入力128(振込)の各処理が行われており,前記各取引は被告人が担当した(甲61,証人E,証人F)。この時間は,Eが早退した後であることからすると,これらのジャステム入力を被告人自身が行わずに組勘業務担当のFに依頼することは考え難く,これらのジャステム入力は被告人が行ったと認められる。

(2) 犯人性について

入力127,128のジャステム入力は被告人が行ったと認められるところ,入力127,128が,第1事件の解約手続に係る入力126の後に開始され,2分以内に2件の処理が完了している。このように,前記(1)ア,イの各ジャステム入力は,短時間で連続して行われたものであることからすれば,同一人が行った可能性が非常に高いと認められる。

したがって,被告人が前記(1)アの解約処理を行った犯人であることを認定できる。

4  第5事件

(1) 本件犯行に近接するジャステム操作等について

ア 犯人は,平成21年7月1日午後3時45分,第5口座につき,ジャステムで解約処理(入力137)を行った(甲75)。

イ 同日午後3時46分,入力138(単一仕訳・連動仕訳入力票),入力139~142(払戻し)の各処理が行われており,前記各取引は被告人が担当した(甲62,証人E,証人F)。

ウ 入力137と入力138の間で,ジャステム操作に必要なオペレータカードがF名義から被告人名義に交換されていることや,入力138以降が農協内部の処理に係る伝票に関するものであって急務とは考え難いことからすれば,被告人がそれまでジャステムを操作していた者に入力138~142を依頼したとは考え難く,入力138~142は被告人がジャステム入力を行ったものと認められる。

(2) 犯人性について

入力138~142が,第5事件の解約手続に係る入力137の後に開始され,この5件のジャステム入力が2分以内に完了している。このように,前記(1)ア,イの各ジャステム入力は,短時間で6件連続して行われたものであることからすれば,同一人,すなわち被告人が行ったと認められる。

5  第8事件

(1) 本件犯行に近接するジャステム操作等について

ア 犯人は,平成21年7月16日午後1時06分,第8口座につき,ジャステムで解約処理(入力065)を行った(甲75)。

イ 同時刻,入力066(取引承認票)の処理が行われており,同取引は被告人が担当した(甲65,証人E,証人F)。取引承認票の処理は,内部の経理処理に関するものであって急務とは考え難いことからすれば,被告人がそれまでジャステムを操作していた者に入力066を依頼したとは考え難く,被告人がジャステム入力を行ったものと認められる。

(2) 犯人性について

入力066が,第8事件の解約手続に係る入力065の後に開始され,1分以内に完了している。このように,前記(1)ア,イの各ジャステム入力は,ごく短時間で連続して行われたものであることからすれば,別人が行ったとは考え難く,被告人が前記(1)アの解約処理を行ったと認められる。

6  第12事件

平成21年11月25日午後3時47分(ACサブの表示時刻)に,ACサブを使用した3件の同時処理(連続して入力し,一括処理するもの)が行われており,その内訳は,最初の2件は「現金票・日計貸方入力票」及び「現金票」による入金,ついで第12事件に係る出金というものであった。この「現金票・日計貸方入力票」及び「現金票」の記載及び被告人の机上に設置されたACサブが使用されていることからすると,この入金を扱ったのは被告人であると認められる(甲75,76)。

この3件の入出金は同時処理されており,犯人が,出金のみを他の金融係職員に依頼することは考え難いから,第12事件に係る出金をした者は被告人であると認定できる。

7  他事件についての検察官の主張

(1) 検察官は,第3,6,9事件について,被告人が各犯行に係る解約処理の直前にジャステム入力を行っており,これらが各犯行に係る解約処理と同一人により連続して行われたものと推認されると主張するが,被告人が各犯行前のジャステム操作をしてから犯人が定期貯金口座の解約処理を完了するまで,第3事件については,少なくとも1分間以上(最大で2分59秒間),第6,9事件については,少なくとも2分間以上(最大で3分59秒間)の時間があり,被告人による各ジャステム操作の後,他の金融係職員が各解約処理を行った可能性が十分考えられる。

したがって,第3,6,9事件に関する検察官の前記主張は採用することができない。

(2) 検察官は,第5,10事件について,犯人がACメインを使用して出金をしている時間に,Eがジャステムで払戻請求書の処理をしていたため,犯人としてACから出金することは不可能であると主張する。しかし,同主張の前提となるACメインからの出金時刻(表示時刻の誤差を修正した時刻)自体が,不確実な推測の下に算出されたものであって,数分程度の幅が容易に想定できるものであるから,検察官の前記主張は前提を欠き,採用することができない。

第6小括

以上のとおり,第1,4,5,6,8,11,12事件については,被告人が犯人であると認定でき,第2事件については,被告人が犯人であることが相当程度推認できる。

第7第2,3,7,9,10事件について

1  第2事件について

そもそも,ジャステムの記録等から,被告人が犯人であることが相当程度推認できることに加え,第1,2,4事件は同一の名義人に係る定期貯金口座を解約した横領事件であり,第1と第2の事件の期間が短いこと,犯行を行う可能性があるのは金融係職員だけであることも併せ考慮すると,被告人が犯人であると認めることができる。

2  第7,9事件について

前記のとおり,第8事件は被告人が行ったと認定することができる。そして,第7~9事件は,約2週間という短期間のうちに同一の方法によって同一の名義人に係る定期貯金口座が解約され横領されたものである上,本件犯行を行う可能性があるのは金融係職員だけであること,第7事件のときは,第8事件と同様に,Eが出張中であることなどを考慮すると,第7,9事件も,被告人が行ったと認めることができる。

3  第3,10事件について

前記のとおり,農協において無断で定期貯金口座が解約され横領された事件の12件のうち10件が被告人による犯行であること,本件各犯行が農協の金融係職員以外による可能性はないこと,半年という期間で合計12回の横領がなされていること,第3,10事件は同一の名義人に係る定期貯金口座を解約したものであることを考慮すると,第3,10事件についても,その他の事件と同一犯による犯行であると強く推認することができ,他方で,第3,10事件についても,被告人以外の犯行を疑わせる具体的な事情が見当たらないことも併せると,第3,10事件についても,被告人が犯人であると認定することができる。

(法令の適用)

罰  条            いずれも刑法253条

併合罪加重刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の最も重い別表番号3の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入      刑法21条

訴訟費用の不負担       刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

本件は,被告人が,当時勤務していた農協において,約半年の間に顧客に無断で定期貯金合計12口座の解約処理を行い合計1161万7851円を横領したという業務上横領の事案である。被害額が多額であることに加え,短期間のうちに多数回にわたって行われた常習的な犯行であることからすれば,犯情は悪い。

以上の犯情に加えて,被告人には犯罪歴がないこと,公判廷に至っても不合理な弁解を続けて犯行を否認していることを考慮すると,主文の刑が相当である。

(検 察 官 福﨑唯司)

(国選弁護人 笠原裕治(主任),富田佳佑)

(求   刑 懲役4年)

(裁判長裁判官 二宮信吾 裁判官 伊藤吾朗 裁判官 片岡顕一)

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