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旭川地方裁判所 平成27年(行ク)1001号 決定 2016年3月30日

主文

1  申立人の主位的申立てを却下する。

2  北海道旭川方面公安委員会が平成27年4月9日付けでした申立人に対する別紙銃砲所持許可目録記載の各銃砲所持許可の取消処分は,本案事件の判決が確定するまで,その効力を停止する。

3  申立費用は相手方の負担とする。

理由

第1  申立ての趣旨

1  主位的申立て北海道旭川方面公安委員会が平成27年4月9日付けでした申立人に対する銃砲所持許可取消処分は,本案事件の判決が確定するまでその執行を停止する。

2  予備的申立て

主文第2項同旨

第2  事案の概要等

1  本件は,申立人が,ライフル銃の銃弾を人に命中させて傷害を負わせたことを理由として,相手方から別紙銃砲所持許可目録記載の各銃砲所持許可の取消処分(以下「本件取消処分」という。)を受けたところ,本件取消処分には違法があるとしてその取消しを求める事件を本案として,主位的に本件取消処分の執行の停止を,予備的に本件取消処分の効力の停止を求める事案である。

2  関連法令の定め

本件に関係する銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」ということがある。)の規定は,次のとおりである。

(1)銃砲所持の許可狩猟,有害鳥獣駆除又は標的射撃の用途に供するため,猟銃又は空気銃を所持しようとする者は,所持しようとする銃砲ごとに,その所持について,住所地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けなければならない。(銃刀法4条1項1号)

(2)許可の取消事由

都道府県公安委員会は,銃砲所持の許可を受けた者が銃刀法の規定に違反した場合においては,その許可を取り消すことができる。(銃刀法11条1項1号)

(3)銃砲所持の態様についての制限

銃砲所持の許可を受けた者は,当該許可を受けた銃砲を発射する場合においては,あらかじめ周囲を確認する等により,人の生命,身体又は財産に危害を及ぼさないよう注意しなければならない。(銃刀法10条3項)

(4)仮領置

都道府県公安委員会は,銃刀法11条1項各号所定の取消事由が発生した場合において,人の生命,身体又は財産に対する危険を防止するため必要があると認めるときは,同法27条1項の規定の適用がある場合を除き,取消し前において,当該許可を受けている者に対し当該銃砲の提出を命じ,提出された銃砲を仮領置することができる。(銃刀法11条7項)

(5)銃砲の売却等

ア 銃砲所持の許可が取り消され,かつ,銃砲が仮領置されている場合において,許可が取り消された者から売渡し,贈与,返還等を受けた者が内閣府令で定める手続により返還の申請をしたときは,都道府県公安委員会は,当該銃砲をその者に返還するものとする。(銃刀法11条9項)

イ 銃砲所持の許可が取り消された日から起算して6月以内に銃刀法11条9項の規定による返還の申請がない場合においては,仮領置した銃砲は,政令で定めるところにより,都道府県公安委員会において,売却することができる。ただし,当該銃砲で,売却することができないもの又は売却に付しても買受人がないと認められるものは,廃棄することができる。(銃刀法11条11項,8条9項)

(6)方面公安委員会の権限

銃刀法又は同法施行令の規定により道公安委員会の権限に属する事務は,同法26条の規定による銃砲の授受,運搬及び携帯の禁止又は制限に関するものを除き,道警察本部の所在地を包括する方面を除く方面については,当該方面公安委員会が行う。(銃刀法30条,同法施行令40条)

3  前提事実

以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲各証拠により一応認められる事実である。

(1)申立人は,北海道旭川方面公安委員会から,別紙銃砲所持許可目録記載のとおり,ライフル銃1丁及び散弾銃3丁について,それぞれ銃砲所持許可処分を受けた者である(以下,上記のライフル銃1丁及び散弾銃3丁を併せて「本件各銃砲」といい,本件各銃砲に対する銃砲所持許可処分を併せて「本件許可処分」という。)。(疎甲2,疎乙9)

(2)申立人は,平成26年1月18日,北海道苫前郡初山別村の松林内において,Aらとともに鹿猟をしていたところ,同日午前10時55分頃,申立人が発砲した上記ライフル銃の銃弾がAの頭部に命中し,同人が加療約1か月間の頭部銃創の傷害を負う事故(以下「本件事故」という。)が発生した。(疎甲2,5,疎乙6,10の1ないし疎乙14,17の1,2,疎乙18,22ないし29)

(3)本件事故を受け,北海道旭川方面公安委員会は,銃刀法11条7項の規定に基づき,申立人から,平成26年1月19日に上記散弾銃3丁を,平成27年1月16日に上記ライフル銃をそれぞれ仮領置した。(疎甲1,2)

(4)北海道旭川方面公安委員会は,本件事故について申立人が銃刀法10条3項に違反したとして,申立人に対し,平成27年4月9日付けで,同法11条1項1号の規定に基づき本件許可処分を取り消す処分(本件取消処分)を行った。(疎甲5,疎乙4の1,疎乙29)

(5)申立人は,平成27年10月9日,本案事件に係る訴訟を提起した。(顕著な事実)

4  当事者の主張及び争点

申立人の主張は別紙の執行停止申立書,訂正の申立書,平成28年1月7日付け意見書,同年2月1日付け意見書及び同年3月8日付け意見書にそれぞれ記載されたとおりであり,これに対する相手方の主張は別紙の平成27年12月15日付け意見書,相手方第2意見書及び相手方第3意見書にそれぞれ記載されたとおりであって,本件の争点は,以下のとおりである。

(1)本件申立ては適法か。

(2)「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法25条2項)に該当するか。

(3)「本案について理由がないとみえるとき」

(行政事件訴訟法25条4項)に該当するか。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)(本件申立ては適法か)について

(1)主位的申立て(本件取消処分の執行の停止)について

申立人は,銃刀法11条11項,8条9項に基づく銃砲の売却又は廃棄(以下「売却等」という。)

は,銃砲所持許可の取消処分(以下,単に「取消処分」という。)を当然の前提とし,かつ,取消処分と連続する処分であり,取消処分が取り消された場合にはすることができないものであるから,主位的申立ては適法である旨主張する。

しかしながら,取消処分は,銃砲の所持許可を継続させておくことが銃砲による危害発生の予防上障害となる場合に,危害防止の観点から行われるものであるのに対し,銃砲の売却等は,銃砲を仮領置した公安委員会にとって,当該銃砲を仮領置し続けることが事務処理上負担になることから認められているものである。このように,取消処分と銃砲の売却等とは,目的を異にする別個独立の行為であるから,銃砲の売却等は,取消処分の内容を実現するために行われる行為であるということはできず,取消処分の執行行為に該当するとはいえない。

そうすると,本件取消処分の執行の停止によって,本件各銃砲の売却等を阻止することはできず,その他阻止することのできる手続等も何ら見当たらないから,主位的申立ては,申立ての利益を欠き,不適法である。

(2)予備的申立て(本件取消処分の効力の停止)について

ア 申立ての利益の存否

(ア)前記第2の2(5)イのとおり,銃刀法11条7項の規定により仮領置された銃砲については,銃砲所持の許可が取り消された日から起算して6月が経過し,かつ,その期間内に銃砲返還の申請がない場合には,売却等をすることができる。そうすると,取消処分がされたことを前提として,その後銃砲返還の申請がないまま6月が経過することにより,銃砲の売却等が可能になるという法的効果が生じるものということができるのであり,売却等がされる前に,その前提となる取消処分の効力自体が否定されれば,売却等の前提条件を欠くことになると解される。

したがって,銃砲の売却等がされるべきではないとして取消処分の効力の停止を求める者は,銃砲所持許可取消しの日から6月が経過した後においても,当該効力の停止によって,取消処分を前提とする銃砲の売却等が可能となるという法的効果を排除することができる。

以上によれば,本件取消処分の効力が停止されれば,本件各銃砲の売却等をすることは許されないことになるから,申立人には,本件各銃砲の売却等による不利益を防ぐために,本件取消処分の効力の停止を申し立てる利益があるというべきである。

(イ)これに対し,相手方は,銃砲の売却等は仮領置処分の後続手続であるところ,取消処分と仮領置処分とは別個の処分であるから,銃砲の売却等により被る不利益は取消処分によって直接もたらされるものではなく,銃砲の売却等を防ぐために本件取消処分の効力の停止を申し立てる利益はない旨主張する。しかしながら,取消処分と仮領置処分とが別個の処分であるとしても,上記(ア)のとおり,本件取消処分の効力を停止することにより本件各銃砲の売却等ができなくなる関係にある以上,申立人が銃砲の売却等による不利益を防ぐために本件取消処分の効力の停止を申し立てる利益は否定されない。

また,相手方は,申立人が既に本件各銃砲の処分権を喪失しているから,申立人はもはや本件取消処分の効力の停止を求める法律上の利益を有していない旨主張する。しかしながら,申立人は,本件各銃砲につき現実に売却等がされるまでは,その処分権を失わず,むしろ,本案事件で本件取消処分が取り消された場合には,本件各銃砲の返還を受けることができるから(銃刀法11条10項),効力の停止を求める法律上の利益が失われているとはいえない。

(ウ)したがって,予備的申立てには申立ての利益がある。

イ 本件取消処分の執行又は手続の続行の停止によって目的を達することができるかなお,行政処分の効力の停止は,処分の執行又は手続の続行の停止によって目的を達することができる場合には,することができないとされている(行政事件訴訟法25条2項ただし書)。

しかしながら,本件取消処分の執行の停止によって本件各銃砲の売却等を阻止することができないことは,前記1(1)のとおりである。また,銃砲の売却等は,取消処分の際,後続行為として行われることが必ずしも予定されているものではなく,取消処分とは異なる趣旨から一定の要件の下に行われるものであるから,本件取消処分の手続の続行の停止によって本件各銃砲の売却等を阻止することはできない。

したがって,本件は,本件取消処分の執行又は手続の続行の停止によって目的を達することができる場合には当たらない。

ウ 以上によれば,予備的申立ては適法である。

2  争点(2)(「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当するか)について

(1)申立人は,本件取消処分の効力を停止しないと,本件各銃砲の売却等がされ,重大な損害を被ると主張するのに対し,相手方はこれを争っている。

ア 前記第2の2(1)のとおり,銃刀法は,所持しようとする銃砲ごとに銃砲所持許可を受けるべき旨定めているため(銃刀法4条1項柱書),本件各銃砲について売却等がされ,申立人が本件各銃砲の処分権を失えば,申立人が,仮に本案事件で勝訴し,本件取消処分が取り消された場合であっても,本件各銃砲を再び所持することは困難になる。そして,この場合,申立人が本件各銃砲とは別の銃砲について別途所持許可を受けられるという保証もない。

そうすると,申立人は,本件各銃砲の売却等により,本件各銃砲を所持するという利益を失うのみならず,将来的にも銃砲を所持できなくなるという不利益を被るおそれが高いというべきであって,本案事件で勝訴したとしても,このような損害を回復することは困難であるといえる。

イ これに対し,相手方は,①本件取消処分が取り消されなかったとしても,それによる不利益は申立人が一定期間銃砲を所持できないというものにとどまり,申立人の生活に特段重大な影響を及ぼすわけではない,②銃砲売却の対価が申立人に交付されることで経済的損失は補填されるなどと主張する。

しかしながら,上記アのとおり,本件各銃砲の売却等により申立人が被る不利益は,本件各銃砲の売却代金による経済的な補填によっては到底賄い切れるものではない。その他,相手方は,申立人には重大な損害はないとして種々の主張をするが,いずれも採用の限りではない。

ウ したがって,本件取消処分により,申立人には重大な損害が生じるおそれがあるといえる。

(2)また,本件においては,本件取消処分の日である平成27年4月10日から6月が経過し,いつでも本件各銃砲の売却等が可能な状態にあるから,上記損害を避けるため「緊急の必要」(行政事件訴訟法25条2項)があることは明らかである。

(3)以上によれば,本件は,「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当する。

3  争点(3)(「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか)について

相手方は,申立人が銃刀法10条3項に違反したことは明らかであり,本件取消処分に違法はなく,「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条4項)に該当する旨主張する。

しかしながら,当事者双方の主張及び疎明資料によれば,未だ本件取消処分が適法であることについて,全く疑問の余地がないものと即断することはできず,本件事故の発生原因,発生状況等に関し,本案事件において更に審理を尽くした上で判断するのが相当であるから,相手方の上記主張は採用することができない。

したがって,本件は「本案について理由がないとみえるとき」に該当しない。

4  結論

よって,本件申立てのうち,主位的申立てについては不適法であるからこれを却下し,予備的申立てについては理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり決定する。

別紙

銃砲所持許可目録<省略>

執行停止申立書<省略>

訂正の申立書<省略>

平成28年1月7日付け意見書<省略>

平成28年2月1日付け意見書<省略>

平成28年3月8日付け意見書<省略>

平成27年12月15日付け意見書<省略>

相手方第2意見書<省略>

相手方第3意見書<省略>

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