旭川地方裁判所 平成4年(ワ)296号 判決 1997年3月18日
原告(反訴被告)
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
伊藤誠一
同
相原わかば
右訴訟復代理人弁護士
藤本明
被告(反訴原告)
株式会社H
右代表者代表取締役
乙山太郎
被告(反訴原告)
乙山太郎
右両名訴訟代理人弁護士
菅沼文雄
主文
一 被告(反訴原告)らは、原告(反訴被告)に対し、連帯して金二〇〇万円及びこれに対する平成四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告(反訴被告)の被告(反訴原告)らに対するその余の請求を棄却する。
三 被告(反訴原告)らの請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)らの負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴請求
被告(反訴原告)らは、原告(反訴被告)に対し、各自三〇〇万円及びこれに対する平成四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴請求
原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)らに対し、それぞれ二五〇〇万円ずつ及びこれに対する平成五年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 被告(反訴原告)株式会社H(以下「被告会社」という。)は、昭和五〇年七月二八日に設立された土木建築工事の設計施工、不動産の売買、賃貸等を目的とする株式会社であり、札幌市、旭川市等を主な営業地域とし、その従業員数は約三五名である。
2 被告(反訴原告)乙山太郎(以下「被告乙山」という。)は、富良野市で出生し、昭和三八年から現在に至るまで農業に従事するかたわら、被告会社設立時から現在に至るまで同社の代表取締役であると共に、昭和五八年五月以降、富良野市議会議員の職にあり、妻と三人の子供がいる。
3 原告(反訴被告、以下「原告」という。)は、重機業を営む夫と二人の子供からなる家庭を有しており、昭和六三年二月、被告会社に雇用され、同社において一般事務及び営業に従事した。
4 被告乙山は、平成四年九月一七日午前八時前ころ、原告方を訪れたことがあり、原告は、翌一八日以降、被告会社に出社していない。
5 原告は、平成四年一〇月一五日、被告乙山及び被告会社(以下両者を「被告ら」という。)各自に対し、被告乙山の性的嫌がらせ行為を理由として、慰謝料二〇〇万円(その後、請求が拡張された。)の支払を求める本訴請求事件(以下「本訴事件」という。)を当庁に提起した。
二 本訴請求についての原告の主張
1 被告乙山は、平成元年八月から平成四年九月一七日までの間、原告に対し、継続して左記(一)ないし(九)の性的嫌がらせ行為を行った(以下、各性的嫌がらせ行為の主張を、下記の番号に従い「原告主張(一)」のように、また、各主張で主張されている行為を「(一)の行為」のようにいう。)。
(一) 被告乙山は、平成元年八月、被告会社の社長室において、原告に対し、「身も心も一緒にならないと話はできない。」と言い、原告が「頑張って行くつもりだが、身は一つになれない。」とこれを退けると、「そのうちでいいから。」と言った。
(二) 被告乙山は、平成三年九月初め、打合せを理由に、当時改築中であった富良野市<以下、略>の被告乙山の自宅に原告を誘い、同日午後二時ころ、同所の居間において突然原告に抱きつき、原告を仏間のある和室に押し倒し、抗拒を困難にした。
(三) 被告乙山は、平成三年九月、原告に対し、被告会社が事実上管理を委託されていた富良野市<以下、略>にあるK(以下「K」という。)の別荘の外壁の状態を見分するのでついて来るよう命じ、同別荘内で、原告に腰を揉んでくれないかと言い、さらに、仰向けになって腹の下辺りを指で押すよう言って、原告がこれを拒むと、原告の身体を自らに引き寄せるように、原告の手を強く引いた。
(四) 被告乙山は、平成四年一月中旬過ぎころの日の午後九時過ぎころ、営業のために原告と共に富良野市<以下、略>のM1宅にそれぞれの車で赴いた帰途、同市<以下、略>の空き地に原告の車を停めさせた上、仕事の話があるとして、被告乙山の車の助手席に乗り移るよう原告に求め、これに応じた原告にいきなり抱きついた。
(五) 被告乙山は、平成四年六月中の日の午後八時ころ、原告と共に富良野市<以下、略>で被告会社が施工している宅地造成現場を見分した際、被告乙山の車の中で、運転席から助手席にいた原告の顔に自分の顔をいきなり近づけた。
(六) 被告乙山は、平成四年七月中の日の午後九時ころ、営業のために原告と共に富良野市<以下、略>のT1宅に車で赴き帰社した際、被告会社の社屋前に停めた車の中で、助手席から運転席にいる原告に対し、「会社で腰を揉んで欲しい。」と言い、原告が体調が良くないことを理由にこれを断ると、「どこが凝っている。」、「どこが痛いんだ。」と言って、原告の腕、腰、胸を触った。
(七) 被告乙山は、平成四年七月中の日の午後九時ころ、原告が営業のために富良野市<以下、略>にあるO1(以下「O1」という。)宅に赴き、帰途についたところを車で追尾して追い越した上、仕事の話があるとして車を停めさせたが、仕事の話はせず、「午後八時ころからO1宅から出てくるのを待っていた。明日から出張なので今日のうちに会っておきたかった。」と言った。
(八) 被告乙山は、平成四年七月一五日午後七時過ぎころ、原告が被告乙山を被告会社から同人の自宅まで車で送った際、同人宅前に停めた車の中で、助手席から運転席にいる原告に対し、「ちょっと寄っていかないか。」と声をかけ、抱きついた。
(九) 被告乙山は、平成四年九月一七日午前七時五〇分過ぎころ、富良野市<以下、略>にある原告の自宅を突然訪れ、居間に上がり、挨拶のために相対して床に膝をついた姿勢をとった原告の膝に顔を埋めた。
2 被告乙山の右一連の行為は、被告会社の代表取締役としての優越的地位を利用して原告の性的自由を侵害し、原告に著しい羞恥心、屈辱感を味わせるものであり、原告は、これによって、性的屈辱に甘んじるか、職場を去るかの選択を迫られ、結局、平成四年九月一八日、被告会社を退職する旨の意思表示を余儀なくされた。
被告乙山の行為は、原告の性的自由(性的自己決定権、性的人格権)及び労働権(働きやすい環境で勤務する権利、勤務の継続に対する期待権)を侵害するものであり、民法七〇九条の不法行為にあたる。
3 被告乙山の行為は、原告が被告会社の業務に従事する過程、又はこれに付随する過程で行われ、雇用関係上の地位を背景に、原告が被告乙山を避けることができないという状況の中で行われたものであって、被告会社の代表取締役である被告乙山が、その職務を行う際に原告に損害を加えたのであるから、被告会社は、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項に基づき、これを賠償する責任を負う。
4 慰謝料の算定には、原告が受けた羞恥心、屈辱感のほかに、原告が被告会社を退職した後、被告乙山が、原告の義姉を呼び出して原告の人格を非難したこと、再就職先に電話をかけ、雇用主に対し原告の人格を誹謗したこと、原告の自宅に電話をかけ、提訴を非難したこと、証人Uに対し証言しないよう圧力をかけたこと、本件訴訟において原告の勤務態度や人となりについて虚偽の事実を述べたことをも斟酌すべきであり、原告の受けた精神的苦痛を慰藉するには、少なくとも三〇〇万円が相当である。
5 よって原告は、被告ら各自に対し、その受けた精神的苦痛に対する慰謝料三〇〇万円及び不法行為の後である平成四年一〇月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 原告の前記主張に対する被告らの認否及び反論
1 総論
原告が主張するような性的嫌がらせの事実は全く存在せず、これらは全て被告らを陥れるための虚言であるから、被告らは、原告の前記主張のすべてを否認する。
原告の主張は、その内容自体が不合理であることに加え、同主張(証拠略)の原告の陳述書(以下「原告第一陳述書」という。)及び原告本人尋問の結果(以下「原告供述」といい、原告供述と原告第一陳述書の内容をあわせ「原告供述類」という。)の間には整合性がなく、原告は、その都度、思いつきの虚偽の被害話を述べたに過ぎない。
2 個々の原告主張について
原告の主張のうち、以下に指摘したものについては、特にその不合理であること、虚偽であることが明らかである。
(一) 原告主張(二)について
(1) 原告の主張は、たまたま入手した(証拠略)を基礎に、被害話を作出したもので、虚偽である。
(2) 原告第一陳述書と原告供述とは、以下のとおり矛盾している。
<1> 原告第一陳述書では、原告が運転する車で、被告乙山と二人で現場に行ったとされるのに、原告供述では、電話で呼ばれて行ったとされている。
<2> 前者では、現場で打合せがあったとされているが、後者では、なかったとされている。
<3> 前者では、別のシャツに取り替えている被告乙山を見たとされているが、後者では、ワイシャツを着替えるところは見ていないとされている。
(3) 原告が、現場から直ちに車で去ることをせず、被告乙山を車で会社まで送っていること、ワイシャツの汚れや被告乙山がこれをタオルで拭くところなどを冷静に観察していること、ワイシャツをクリーニングに出すようにとの被告乙山の依頼を受け入れていることなど、原告供述類の内容は、原告が主張するような被害にあった者の行動としては不自然かつ不合理であると共に、相互に矛盾しており、信用できない。
(4) 原告は、右行為の時期を、被告乙山の自宅の改築工事の最後の段階であったとするが、被告乙山の自宅の改築工事は、平成三年一二月まで続けられており、時期的に符合しない。
(5) 原告は、被告乙山のネームのあるワイシャツをクリーニング店に出したと主張するが、同店では、持って来た客とワイシャツに書かれている名前が違ったり、シミや汚れがある場合はノートに記入するなどの方法をとるところ、これがなされておらず、(証拠略)に記載のある青ワイシャツは、被告乙山のものではない。
(二) 原告主張(七)について
被告乙山が、出張の前日の夜に原告と会いたいと言ったとされるが、内容的に不合理である。
(三) 原告主張(八)について
原告が主張する日時ころ、被告乙山は、富良野市議会の公務出張にも参加できないほど腰痛がひどく、自宅で寝たままの状態であった。また、原告第一陳述書によれば、被告乙山は、走り去ろうとする原告の車にしがみついたとされているが、腰痛の程度からして不可能であり、すべてが作り話である。
(四) 原告主張(九)について
原告の主張は、以下のとおり虚偽であり、内容的にも不合理である。
(1) 被告乙山は、原告主張の日時ころ、子供の家庭教師の件で原告方を訪れ、家庭教師の連絡先が記載されたメモを受け取り、直ちに原告方を辞去したに過ぎない。
(2) 原告が主張する被告乙山の行動は不自然かつ不可解である。また、原告供述類によれば、原告は、被害を受けた後、被告乙山に茶を出し、果物の皮を剥いたとされているが、これは、性的嫌がらせの被害を受けた者の行動としては異常である。
(3) 原告は、同日の性的嫌がらせ行為によって被告会社を退社することを決意したと主張するが、出社後の原告の行動は、普段と変わらないばかりか、むしろはしゃいでいると見られるものであり、原告が身辺整理をしたとも認められず、退社を決意していたというには不合理である。
(4) 原告は、同日夕刻、被告乙山から、O1宅への同行を求められた際、長時間にわたってこれを拒絶したが、退社を決意していたというのであれば、直ちに、これを申し出れば足りたはずである。
3 原告供述類の信用性を否定すべき事情について
(一) 総論
(1) 原告は、被告会社在勤中、アフターサービス工事の依頼を無断で受けるなどの権限外の行為を常習的に繰り返し、また、気に入らないことがあると、業務を放棄して退出し、無断欠勤する悪癖を有していた。
(2) 原告供述によれば、平成四年九月一七日の夕刻、O1方への同行を拒んだのは、同日朝、被告乙山から原告主張(九)の性的嫌がらせ行為を受けたことが理由とされるが、真実は、原告が、O1に対し独断で造園工事をする約束をしたため、これが被告会社に発覚するのを恐れて同行を拒んだに過ぎず、また、原告が、同月一八日以降被告会社に出勤しなかったのは、前記悪癖の発現に過ぎない。
(3) 原告は、これを糊塗する目的で、虚偽の性的嫌がらせの被害話をでっち上げたものであって、原告供述類には、およそ信用性が認められない。
(二) 原告が、アフターサービス工事の依頼を無断で受けるなどの権限外の行為を繰り返していたことは、左記(1)ないし(7)のとおりであり、このことからも、原告が、O1に対し独断で造園工事を約したことが推認され、原告供述類に信用性のないことが立証される。
(1) 原告は、平成四年にI1宅の工事を担当した際、でき上がった屋根をはがし、四角い屋根を丸くするよう、設計とは異なる施工を現場で指示した。
(2) 被告会社は、平成四年にO1から八戸建て共同住宅の建築を請け負ったが、原告はO1に対し、本来契約で予定されていたよりも上質の住宅ドアを取り付ける旨を独断で約し、その差額を被告会社に負担させた。
(3) 原告は、平成四年にY1から住宅の外壁コーキングの補修依頼を受けた際、補修工事を行うI2木材株式会社に対し、補修費用の半額を被告会社が負担する旨を独断で約し、被告会社に二〇万円を負担させた。
(4) 原告は、平成四年にM2からマンションの階段塗装の補修工事の依頼を受けた際、独断でこれをY2塗装店に発注して工事をさせ、被告会社に一三万五七〇〇円を負担させた。
(5) 原告は、平成四年にO1からマンションの補修依頼を受けた際、外壁コーキングや釘打ち等を全部補修することを独断で約し、被告会社に六〇万円を負担させた。
(6) 被告会社は、個人住宅の管理を行っていなかったが、原告は、被告会社に無断で、Kの別荘の管理を請け負い、さらに、被告会社の元大工であるS1にこれを下請けさせた。
(7) 原告は、平成四年に完成した建物の引渡しに立ち会った際、顧客であるS2から点検孔を取り付けるよう依頼され、独断でこれを了承し、下請業者に施工させた。
(二) 原告は、左記のとおり無断欠勤する悪癖を有しており、このことからも、原告が、被告乙山の(九)の行為が原因で、平成四年九月一八日以降被告会社を欠勤したとする原告供述類は、信用性がない。
(1) 平成三年当時、被告会社では、祝祭日には全員が出勤し、日曜日は原告以外の女性職員が交替で当直勤務をするという体制をとっており、原告のみが日曜日を休んでいたため、同年五月の連休期間前に開かれた会議において、被告乙山が、原告に対し、連休期間中の日曜、祝祭日に出勤するよう求めたところ、原告はこれに腹を立て、直ちに退出して右連休期間中出勤しなかった。
(2) 原告は、仕事に関する意見の食い違いが原因で被告乙山と対立したときなどに、被告会社を辞めるとして勤務時間中に退出し、その後何日も欠勤するということがしばしばあった。
四 反訴請求に関する被告らの主張
1 原告は、被告会社の代表取締役である被告乙山が、原告に対し継続して性的嫌がらせ行為に及んだとの虚偽の事実を記載した訴状を提出して、本訴事件を提起した上、本訴事件において、同様に虚偽の事実を記載した原告第一陳述書を提出し、原告本人尋問期日においても、虚偽の供述をした。これらは、原告が、被告らを陥れるためにしたことである。
2 本訴事件提起の事実が報道されたこと、平成四年一二月ころに本訴事件をとり上げた雑誌記事のコピーが富良野市近辺に郵送されたことなどによって、被告乙山及びその家族は多大の精神的打撃を受け、富良野市議会議員であり、被告会社の代表者である被告乙山の社会的信用は失墜した。被告乙山が被った精神的損害を金銭に評価すれば、二五〇〇万円を下らない。
3 また、本訴事件の提起によって、被告会社の会社としての信用も失墜し、平成四年一二月ころから被告会社の取引額は減少し始め、平成五年度の売上は前年比で二億三〇〇〇万円減少した。被告会社の役員、従業員も不安を感じて動揺し、被告会社は倒産するという噂が広まって取引先からも問い合わせがあった。高等学校に対する卒業予定者の求人依頼に対し、一人の応募者もなく、農協の指定業者からも外された。被告会社が被った無形損害を金銭に評価すれば、二五〇〇万円を下らない。
4 よって、被告らは、原告に対し、不法行為に基づく慰謝料として、それぞれについて二五〇〇万円ずつ及びこれに対する不法行為の後である平成五年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
五 被告らの前記主張に対する原告の認否
原告が、本訴事件の訴状に虚偽の事実を記載したなどの事実はなく、雑誌記事のコピーを郵送したとの事実もない。本訴事件の提起は、原告の裁判を受ける権利の正当な行使である。その余の事実は知らない。
第三判断
一 原告供述類と被告乙山供述について
1 本件の主たる争点である原告が主張する被告乙山の原告に対する性的嫌がらせ行為は、いずれも原告と被告乙山の二人しかいない場面で行われたとされるものであり、その有無に関する直接的な証拠は、原告供述類とこれに対する被告乙山本人尋問の結果(以下「被告乙山供述」という。)に限られるから、まず、右各証拠の内容について検討する。
2 (一)ないし(九)の各行為に関する原告供述類の要旨は、以下のとおりである(特に付記した部分を除けば、原告第一陳述書の内容と原告供述の内容との間に齟齬はない。)。
(一) (一)の行為について
平成元年八月、在勤五年の女子事務員S3が突然退職し、原告は、右S3が担当していた被告乙山の日程管理事務を引き継いだ。原告がその仕事に慣れたころ、被告乙山から、社長室で、会社の色々な中身について相談していきたいが、身も心も一緒にならないと話もできないと言われた。原告は、心は一つになるが、身は一緒になれないと断った(原告供述では、その後、同様の事柄を何度か言われたとされる。)。
(二) (二)の行為について
被告乙山宅の改装工事が平成三年五月から始まり、現場担当者が二、三回変わった後、原告は、被告乙山から勉強になるので担当してみないかと言われ、現場に行くようになった。同年九月に工事が最後の段階に入ったころ、原告は、被告乙山から、その前にもう一度最後の打合せを現場で行いたいと言われ、原告が運転する車で、被告乙山と現場に行った(原告供述では、電話で呼ばれて行った旨述べている。)。午後二時ころ、打合せが終わり(原告供述には、打合せはなかったと思う旨述べた部分がある。)、原告は、被告乙山から、「お茶でも飲んで行かないか。」と言われたが、二人切りになるのを避けていたので、賃金台帳の仕事があるのを口実に会社に帰ると言った途端、被告乙山は、原告を仏間の部屋に押し倒した。原告が抵抗しているうちに、被告乙山の青の縦縞の半袖ワイシャツに口紅が付き、被告乙山がタオルで拭いたがとれなかったため、被告乙山は、原告に対し、原告の名前でクリーニングに出し、出来たら被告乙山の車に入れておくよう依頼した。シャツを替えている被告乙山を見て、原告は、「懲りたでしょう。もう絶対やめて下さい。」と言ったが、被告乙山は、何事もなかったように原告の車に乗って来た。被告乙山のワイシャツには、口紅と化粧が付いており、乙山のネームが付いていたので、原告は、普段利用する農協のクリーニング部には出せず、何年か前に使ったことのあるT2クリーニングに右ワイシャツを出した。
(三) (三)の行為について
原告は、平成三年九月ころ、被告乙山から、被告会社で管理していたKの別荘の外壁を見たいので、一緒に行くようにと言われた。被告乙山は、外壁などは見ず、別荘に入ると仰向けに寝て、原告に対し、腹の下を指で押して欲しいと言った(原告供述では、腰を揉むよう言われたとされる。)。原告が、「誰かが入って来たら誤解される。家に帰って奥さんにして貰ったらいいです。」と言うと、被告乙山は原告の手を引いたので(原告供述では、手を取って揉ませようとしたとされる。)、原告はその手を払いのけて外に出た。
(四) (四)の行為について
平成四年一月ころの日の午後九時過ぎころ、被告乙山、原告ほか一名でA町のM1宅に各自の車で営業に行った帰り、原告の三台くらい後を走っていた被告乙山の車が、同人の自宅の前で停まらず、町の入り口でスピードを上げ、原告の車を抜いて道端に斜めに停まった。被告乙山は、要(ママ)件があるので車でついてくるようにと原告に指示をし、線路寄りの空き地に車を停め、原告に被告乙山の車に乗るよう言った。原告は、仕方なく被告乙山の車に乗ったが、仕事の話もなく、「帰ります。」と言うと、被告乙山がいきなり抱きついて来た。原告があわてて車のドアを開け、「大きな声を出す。」と言うと、被告乙山は原告から離れた。原告が、「社長どうしてこういうことをするのですか。」と言うと、被告乙山は、「四〇歳を過ぎると、本採用で勤めるところなどもうない。」と言った。
(五) (五)の行為について
原告は、平成四年六月ころの日の七時半から八時過ぎころ、被告乙山から、原告の義姉E(以下「E」という。)が提供した土地を被告会社で造成していた工事がほぼ完成し、マンションを三棟建てる位置のこともあるので見て来ようと言われ、被告乙山の車で現場に行った。現場に着くと、被告乙山はいきなり顔を原告の顔に近づけて来た。原告が驚いて、「どうして社長はいつもそういうことをするのか。」と言っていると、犬を連れて散歩をしていた男が来たため、被告乙山はあわてて離れた。原告は、帰宅してから、夫である甲野一郎に、B町の造成地に被告乙山と行ったことを話していると、被告乙山から電話があり、甲野一郎は嫌な顔をした。このころから、甲野一郎は、原告に対し、「おまえ何か社長に言われているのではないか。」と尋ねるようになり、一方、被告乙山からは、急を要しない電話がほとんど毎日かかるようになった(原告供述では、車から出ようとした時、被告乙山がいきなり顔をつけてきた旨の説明がある一方、被告乙山が離れたきっかけについての説明はない。また、原告供述では、同月の性的嫌がらせ行為はこれに限られないが、特に嫌な思いをしたのがこれであるとしている。)。
(六) (六)の行為について
原告は、平成四年七月ころ、営業のために、被告乙山と二人で、原告が運転する車で外出し、午後九時ころ被告会社に戻ったが、被告乙山は車から降りようとせず、「会社で腰を揉んで欲しい。」と言うので、「私も肩が凝っているし、疲れているのでそんなことまでできません。」と言うと、「どこが凝っているのか。」と言って原告の腕、腰、胸のところを触った。被告会社は国道沿いにあり、原告が「早く降りて下さい。」と強い口調で言うと、被告乙山は、「浮気するのなら、女性は夫のいる人で、子供もそれなりの教育をし、家庭も円満なのがよい。男性なら地位も名誉もある人がよい。」などと言って車から降りた。翌日、原告は、他の社員から、昨夜被告乙山と車の中で何をしていたのかと尋ねられ、腰を揉んで欲しいと言われたと話すと、それを聞いた被告会社の常務であるM3(以下「M3常務」という。)から、被告乙山に同じ事を言われた時、自分は指圧の治療院に行っているので、被告乙山もお金を払って揉んで貰ったらいいと言うことにしていると聞かされた。
(七) (七)の行為について
原告は、平成四年七月ころ、マンションの営業で被告乙山とO1宅に行く約束をしていたところ、被告乙山から都合で行けなくなったとの電話が入り、一人でO1と話を済ませて九時過ぎに同人宅を出て車を走らせていると、ライトを点滅させて追って来る車があり、(四)の行為のときと同じように原告の車を追い越して斜めに停車したが、同車には被告乙山が乗っていた。被告乙山は、原告に対し、話がある、原告がO1宅から出てくるのを待っていた、被告乙山が夜遅くまで女子事務員を連れ歩いているのは良くないとの話があったので行けなかった、明日から出張なので、今日のうちに会っておきたかったなどと言った。原告は、この件についてはM3常務に詳しく話し、こういうことが続けば働けなくなる、このことだけは忘れないで欲しいと訴えた(原告第一陳述書では、原告が(七)の行為についてのみM3常務に話した旨の記載となっているが、原告供述では、これまで被告乙山にされたことを全て話したとされており、その時期や話した際の状況についても、より詳細なものとなっている。)。
(八) (八)の行為について
平成四年七月一五日、被告乙山は、腰痛のため自宅で療養していたが、顧客のT3が住宅の契約金の件で来社したいということで、夫人に送ってもらって被告会社に来た。要(ママ)件は午後九時過ぎに終わり、被告乙山は原告に対し、車がないので送って欲しいと言った。被告乙山宅に着き、夫人の車がないのを見て原告が用心していると、被告乙山から「ちょっと寄っていかないか。」と言われ(原告供述では、「お茶でも飲んでいかないか。」と言われたとされる。)、原告が「もう遅いので帰ります。」と言っても、被告乙山はなかなか車を降りようとせず、突然抱きついてきた。原告は、腰痛を理由に議員の出張にも参加しないでいる時にと腹が立ち、運転席側から降りると、被告乙山も助手席側から降りたので、素早く車に乗り込んで鍵をかけた。被告乙山は車にしがみついたが、原告は車を走らせ帰った。
(九) (九)の行為について
平成四年九月一七日午前七時五三分ころ、突然被告乙山が原告方に無断で入って来た。夫が出勤した後で、原告も出勤する時間であったことから、鍵はかけていなかった。原告は、無断で入って来た被告乙山を見て、驚きながらも座って挨拶をしたところ、被告乙山も向かい合う形で座り、原告の膝の上に顔を埋めてきた。原告は、まさか家に来てまでと思い、その場を逃げ出したが、思い直して戻ると、被告乙山がベランダ側のテーブルの所に座っており、しかたなくお茶と果物を出した。原告は、被告会社には同八時一五分までに出勤しなければならず、同八時一〇分位になっていたので、「会社に行きますので。」と言って玄関に行くと、被告乙山も出てきた。被告会社に着いてタイムカードを押すと、同八時一五分であった。被告乙山は、原告方で要(ママ)件を言わず、出社後も、何の用事で来たのかを言わなかった。原告は、仕事をしていても朝のことが頭から離れず、いくら頑張って仕事をしていても性的嫌がらせが続くので、もう限界と感じ、退職する気持になった。
3 これに対し、被告乙山供述の内容は、要旨次のとおりである。
(一) (一)の行為について
そのようなことは言っていない。
(二) (二)の行為について
自宅の建築現場で、原告に抱きつき、押し倒したことはない。自宅の工事は平成三年八月お盆過ぎから、一二月ぎりぎりまでかかった。現場の担当者は最初から最後までT4係長であり、担当を替えたことはない。原告が、知り合いの電気屋を使ってあげてくれないかというので、みんなで打合せをしたことはある。ワイシャツをクリーニングに出したことは一切なく、ワイシャツにネームは全く付いていない。原告の話は全くの作り事である。
(三) (三)の行為について
被告会社において、Kの別荘を管理していたことは一切ない。部屋の掃除や雪はねなど、一回一回仕事があればさせて貰った。アフターサービスの関係で、原告とKの別荘に行ったことは何回かある。別荘で仰向けに寝て、腹の下を指で押して欲しいと言って原告の手を引っ張ったことはない。
(四) (四)の行為について
M1という客は知っているが(被告乙山は、主尋問に対し、M1を知っている旨述べたが、反対尋問に対し、一旦、M1という顧客がいたかどうか分らないと述べた後、最終的にこれを認める旨の供述をした。)、原告が主張するような事実はない。M1の自宅に、原告、被告乙山、Aの三人で行った記憶はある。その時に、一緒の車で行ったか、別々の車で行ったか記憶はない。
(五) (五)の行為について
原告と現場を見に行ったことはあるが(被告乙山は、主尋問に対し、原告と現場を見に行った旨述べたが、反対尋問において、そのような記憶はない旨述べた後、再度これを認める旨の供述をした。)、原告に顔を近づけたことはない。
(六) (六)の行為について
全然そういうことはない。
(七) (七)の行為について
記憶にない。
(八) (八)の行為について
そのような事実はない。平成四年七月一三日から一六日まで、富良野市議会経済委員会の事務調査があり、被告乙山は、経済委員長の立場上参加する予定であったが、その二、三日前に腰を痛めて動けなくなった。同月一六、七日ころまで、外へ出ることは一切しなかった(被告乙山は、主尋問に対し右のとおり述べたが、反対尋問において、一旦、平成四年七月に腰が痛くて仕事を休んだ記憶はない旨述べた後、再度これを認める旨の供述をした。)。
(九) (九)の行為について
平成四年九月一七日午前八時少し前、原告の自宅に行ったことはあるが、顔を原告の股間に埋めたという事実はない。旭川の高校に行っている娘のために、子供の教育に熱心な原告に家庭教師の紹介を依頼し、見つかった旨の返答を得たので、早く娘に連絡しようとして原告の家に確認しに行った。お早うございますと挨拶して玄関から入り、茶の間にお邪魔した。原告がお茶を入れると言って流しの方に行ったが、今日は議会もあるし急いでいるから必要ない、テーブルの上の梨を剥こうとするので、それは必要ない、とにかく急ぐんだと言ってメモか何かを貰い、すぐ会社に行った。その間、せいぜい六ないし八分程度であった。
二 前提となる事実
前記のとおり、原告供述類と被告乙山供述とは、(一)ないし(九)の行為全体にわたり対立しているから、それぞれの信用性について検討するに、原告第一陳述書、(証拠略)(以下「原告第二陳述書」という。)、(証拠略)(以下「原告覚書き」という。)、(証拠略)(以下「S4陳述書」という。)、(証拠略)(以下「T5陳述書」という。)、(証拠・人証略)(以下それぞれ「M4証言」、「T6証言」、「U証言」、「I3証言」、「S4証言」、「M3証言」、「T5証言」、「O2証言」という。)、原告供述及び被告乙山供述によれば(ただし、S4陳述書及びS4証言は後記5のとおり、M3証言については後記6のとおり、T5陳述書、T5証言、O2証言及び被告乙山供述については、前掲各証拠に照らし、各証拠中、以下の認定事実に反する部分については採用しない。)、右信用性判断の前提となる事情として、以下1ないし4の事実を認定することができる。
1 原告の雇用
(一) 原告は、昭和五九年一月から約一年間、被告会社にパートタイムの事務員として雇用されたが、当時二か所あった事務所を統合する際、人員に余剰が生じたとして被告会社を退職し、他の会社等で働いていたところ、被告乙山は、昭和六三年、事務員に欠員ができたとして、再度被告会社で働くよう原告に勧め、原告の自宅にまで来てこれを勧誘したことから、原告は、同年二月、再度、被告会社で働くようになり、三か月間の試用期間の後、同年五月から被告会社の正社員となった。
(二) 原告は、被告会社において、建築の一般事務及び営業のほか、平成元年八月以降、被告会社代表者及び富良野市議会議員としての被告乙山の日程管理事務をも担当するようになり、平成四年一月ころからは、建築部事務主任の肩書を与えられ、同事務の中核とみなされる存在となった。
(三) 原告が被告会社から支給される営業報酬の額は、昭和六三年度及び平成元年度はいずれも年額約一三万円に過ぎなかったところ、平成二年度には約一五四万円、平成三年度には約二七一万円、平成四年度には約四三五万円と順調に増加した。
2 (一)ないし(九)の行為に関して原告が友人等に相談などした事実
(一) 原告は、平成三年五月初めの連休のころ、高校時代からの友人であるT6(以下「T6」という。)に電話をかけ、会社の社長が夜も電話をかけてくるようになり、仕事から帰って来ても、電話が鳴るとびくっとすること、電話に出ると被告乙山からのもので、夜遅い時間なのに出て来ないかと言われ、悩んでいることなどを訴えた。そのため、T6が、翌日の午前一〇時半ころに原告方を訪れ、原告から話を聞いていたところ、被告乙山が原告方を訪れ、玄関で三〇分以上原告と話して帰るということがあった。また、このころ、T6が原告方に電話をかけても応答がないということがあり、原告とT6との間で、T6が夜に原告方に電話をかける時は、四回ベルをならして一回切り、もう一度かけ直す旨の約束がなされた。
(二) 原告は、平成三年一〇月一〇日、T6を含む高校時代の友人数名と会った際、友人らに対し、仕事は好きでよいけれども、一緒に仕事に出る時に、被告乙山から、オートマチックの車は左手で足を触ったり手を触ったりするためにあると言われたり、会社の別な人が運転している時に、助手席に座っている被告乙山が後ろに手を回し、後部座席に座っている原告の足を触ったり、原告が運転席に、被告乙山が助手席に座った時にも、シートベルトを締められ、胸を押さえられたりすることがある旨を訴えた。
(三) 原告の夫甲野一郎は、平成三年ころから、被告乙山からの電話の回数が非常に増えたと感じるようになり、同年六月か七月ころには、被告乙山からの電話を取り次がないよう原告に依頼され、居留守を使うということがあった。最も頻繁な時は、被告乙山から一日に一度は必ず電話があり、原告らが電話に出ないでいると、五分後くらいに再度電話があり、これを取ると被告乙山からの電話であるということがあったり、一晩に三回も四回もベルが鳴ったが、全く電話を取らずにいるということもあるほどであった。
このようなことが続いたため、甲野一郎は、平成三年から四年にかけて、原告に対し、「Hを辞めるんだったら、何時辞めてもいいぞ。」と言ったり、「お前会社で何かおかしなことになってないか。」、「乙山さんに何か口説かれてるようなことないか。」と尋ねたりした。
(四) 原告は、平成四年七月ころ、M3常務に対し、被告乙山から性的嫌がらせを受けたとして、こういうことが続けば働けなくなってしまう、このことだけは忘れないで欲しいと訴えた。
(五) 原告は、同年九月一七日午後九時二〇分ころ、被告会社を一緒に退出したS4に対し、後記3の(三)のとおり訴えた。
3 平成四年九月一七日から同月一八日未明にかけての経緯
(一) 原告は、同月一七日午前八時一五分に被告会社に出社し、その後、被告会社の観楓会の行事について同僚と相談するなど、同日の勤務態度に普段と異なるところは見受けられなかった。
(二) 被告乙山は、同日午後五時ころから、O1宅の工事について造園業者と話合いをしたところ、工事の内容や金額についての理解に食い違いがあるため、O1と話し合う必要があるとして、原告に対し、同日夜、O1宅を訪問する旨の約束を取り付け、O1宅に同行するよう指示した。
これに対し、原告は、営業の担当者は、契約締結後は現場のことに口出ししないよう被告乙山から常に指示されている旨を述べてO1宅への同行を拒否し、被告乙山は、O1との契約を実際に担当した原告が同行する必要があると主張して押問答となったため、原告、被告乙山のほか、被告会社の部長であったT5(以下「T5部長」という。)並びにいずれも被告会社の女性従業員であるS4(以下「S4」という。)及びM5を交えて、午後九時ころまで、この問題について議論をした。
原告は、最終的にO1宅への同行を了承したが、被告乙山は、時間も遅くなったとして、T5部長のみを伴い、O1宅に向った。
(三) 原告とS4は、同日午後九時二〇分ころに被告会社を退出したが、原告が、車に乗ったS4のもとに来て、相談したいことがあると言ったため、両名は富良野市内の病院の近くにそれぞれの車を停め、S4が原告の車に移ったところ、原告は、被告乙山が朝早くまで家に来るようになり、夫がいない時にやってくるので、これ以上自分の身を守ることができない、自信がなくなった、何年も前からそういうことがあった、もう嫌になったので会社を辞めるということをS4に訴えた。
これに対し、S4は、自分も同様の経験をしている旨を原告に述べたため、原告は、一緒に被告会社を辞めようとS4を誘ったが、S4は、被告会社にマンションを建ててもらい、それを管理してもらわなければならないので、被告会社を辞めることはできないとこれを断った。
原告とS4とは、翌一八日の午前一時ころまで話し合った後、別れて帰宅した。
(四) 甲野一郎は、原告の帰宅が普段よりも遅いことから、同月一八日午前一時過ぎころ、被告会社に電話をし、被告乙山に原告の所在を尋ねるなどしたが、原告が間もなく帰宅したため、遅くなった理由を原告に問いただした。
原告は、甲野一郎に対し、会社の同僚であるS4と、被告乙山から色々なことをされるということについて話し合っていて遅くなった旨説明した後、原告が社長室に呼ばれて事務を執っていると、被告乙山が膝の上に足を上げてきたこと、被告乙山と車で現場を見に行ったり、営業に行ったりした時に、被告乙山から、顔を寄せられたり、抱きつかれたり、あるいは人影のいない方に車を入れられ、休んで行かないかと言われたりしたこと、さらに、前日の朝、甲野一郎が仕事に出た後、自宅に被告乙山が来て、膝元に顔を埋められたことなどを話し、被告乙山に色々なことをされて、もう我慢ができなくなったから会社をやめるということ、S4も原告と同様のことをされているということ、出るところに出て訴えたいということなどを、涙を流しながら述べた。
甲野一郎は、原告から、右のような事柄を聞くのはこの時が初めてであったが、前記2(三)のような事情があったことから、即座に、「ああ、辞めろ、辞めろ。」、「だから俺が言っとったべ。」と答えた。
4 平成四年九月一八日以降の経緯
(一) 原告は、同日午前八時前ころ、M3常務の自宅に電話をかけ、前日の朝、自宅で被告乙山に膝を頭にすり付けられ、耐えられなくなったので会社を辞める旨を述べたところ、M3常務は、「今までのこともあるから、全部社長に話してあげるから。」と言った。また、M3常務は、同日夕刻、原告方に電話をかけ、原告の退職の理由をすべて被告乙山に伝えたこと、原告とS4とが同日未明、話をしていたことを被告乙山が知り、現在、S4が社長室で事情を聞かれている最中であることを告げた。
(二) S4も、同日夜、原告に電話をかけ、原告と会ったことで被告乙山から色々と問い詰められた旨を述べ、最後に、「元気でね。」と言って電話を切った。
また、原告は、同日朝、T6に電話をして、「昨日あったことでもう会社にはいかれないから、辞めることになったから。」と告げたところ、T6は、電話では長くなるとして、直接、原告方を訪れる旨を約した。
(三) 翌一九日にT6が原告方を訪れ、原告と話をしていたところ、原告に出勤を求める旨の被告会社の書留郵便が配達され、これを見た原告は、「自分がやってたこともあれして、こんな、出勤して来るようになんて。自分は出勤したくたって、出勤できなくしているのは社長だよね。」との感想を述べた。
この時、原告は、T6に対し、被告会社を辞める決心をした原因は、朝、会社に出勤する支度をしていた時に、被告乙山が自宅に来て茶の間に上がり込み、座っていたら顔を膝の上に乗せてきたことであると説明し、自宅にまで入ってこんなことをされるようになったら、いくら仕事が好きでも一緒に仕事をすることはできないと述べた。
(四) 原告は、甲野一郎と相談の上、被告らに抗議しても受け入れられない可能性が高く、弁護士に相談をして法的手段に訴えた方がよいと考え、同月二二日の午後一時から、原告訴訟代理人弁護士伊藤誠一(以下「伊藤弁護士」という。)と面談をし、伊藤弁護士は数時間かけて、原告から事情の聴き取りをした。
(五) 同日夜、原告が帰宅した後、M3常務が、被告乙山の命を受けて原告方を訪れ、原告らに対し、「会社が困っているので出て来て欲しい。今日は会社の代表として来た。これから出て来てもらうからには、あなたがされた事は間違ってもない。私が保証する。」と言った。しかし、原告の退職の意思は固く、甲野一郎も、原告を被告会社に行かせるつもりはない旨を明言したため、M3常務は、事務の引継方法について連絡するよう求めて原告方を一旦辞去したが、同日夜、原告方を再訪して、原告が所持していた被告会社の鍵を受け取った。
(六) 被告会社は、同月二二日付で、原告に対し、同月一八日以来度々の出社要請に対し未だ出社がなく、業務上支障をきたしているとして、速やかに出社するよう求めると共に、同日、原告からM3常務に対し口頭で申入れのあった事実、すなわち被告乙山の性的嫌がらせ行為については一切身に覚えがない旨の文書(<証拠略>)を送付し、さらに、同月二四日付で、原告の保証人である甲野一郎に対し、同月一八日より原告が無断欠勤しており、再三口頭及び文書で連絡したが、理由不明朗のまま欠勤が続いているので連絡するとし、なお書きとして、同月二二日にM3常務が参上した際に甲野一郎より発言のあった件は一切ないことを付した文書(<証拠略>)を送付した。
(七) 原告は、前記(五)のM3常務の求めにより、同月二三日夜、M3常務の自宅に電話をし、二、三日引継ぎに行きたいと思うので、いつ行ったらよいかを相談して連絡して欲しいと伝えた。M3常務は、これを了解して被告乙山に伝えたが、翌二四日、被告乙山の命を受けて原告に電話をかけ、「引継ぎの件については文書(前記<証拠略>を指す。)のとおり。」とのみ返答した。
原告としては、M3常務に対し、退職を前提として、引継ぎのためにのみ出社する日時を指示するよう求めたのに対し、(証拠略)の内容は、前記のとおり、被告乙山の性的嫌がらせ行為についてはこれを否定し、原告と被告会社との雇用関係が継続していることを前提として出社を求める内容であったことから、結局、原告は、被告会社には全く出社しなかった。
(八) その後、被告会社は、事務主任としての業務責任を放棄していること、入社以来無断欠勤が度重なっており、度々業務に重大な支障をきたし会社に損害を与えたこと、社内外に対し、虚言をもって会社の名誉を著しく傷つけたことを理由として、同月二六日付で原告を解雇する旨の決定通知書(<証拠略>)を作成し、原告及び甲野一郎に送付した。
(九) 被告乙山は、同月二六日、原告の義姉のEを被告会社に呼び出し、原告から何か聞いていないかと尋ねた後、「甲野はときどき頭がおかしくなる。会社を辞める理由として、甲野が言っていることは理由にならない。一七や一八の小娘じゃあるまいし。」と言って、被告会社に戻るように、原告への説得を依頼したが、Eは事情を理解していなかったため、「社長、火のないところに煙は立たない。」とだけ言って帰った。
(一〇) 伊藤弁護士は、原告が訴えた事件の性質上、その扱いには慎重を期する必要があると考えていたが、同月二八日、原告からの電話により、Eが被告Hに呼び出され、その際、被告乙山から前記発言があったことを知らされたため、法的手段に訴えるしかないと判断し、原告の代理人として、同月二九日付内容証明郵便(<証拠略>)を被告会社に送付した。
右文書の内容は、被告会社の代表者である被告乙山が、労使関係上の最高責任者である地位を利用しながら、原告が拒んでいるにもかかわらず、業務に関連し、あるいは業務に関連することであると称して、原告と二人だけになった際、原告の胸に触る、股間に手を入れる、抱きつく等の、原告において性的不快感を感じる行為を繰り返したため、原告はこれに耐えきれず、同月一八日退職を願い出たとして、右退職の意思表示によって原告の雇用関係が消滅したことの確認、退職金の支払、並びに性的嫌がらせによる慰謝料及び性的嫌がらせにより勤務継続の期待が侵害されたことに対する損害賠償金二〇〇万円の支払を求め、話合い、協議による解決の方法も考えられるが、被告会社において、被告乙山の行為を否定して臨む場合には、やむを得ず訴訟での解決を求める決意であるというものであった。
(一一) 右文書は、同月三〇日、被告会社に配達されたが、被告乙山は、同日午後七時、出張先から伊藤弁護士の事務所に電話をかけ、同年一〇月五日には、被告乙山、T5部長、S4の三名が右事務所を訪れ、伊藤弁護士と面談した。
その際、被告乙山は、右文書に身に覚えのないことが記載されているとして、右文書の「股間に手を入れる」と記載された部分を指摘し、「私はこういうことをやっていない。甲野は本当にこういうことを言ったのか。」と伊藤弁護士に尋ねた。しかし、伊藤弁護士は、T5部長がその場の発言を書き止めるなど、被告乙山らの側に話合いで解決しようとする姿勢が見えないことから、面談を短時間で打ち切った。
また、同日、被告乙山は、甲野一郎に電話をかけ、内容証明郵便が届いたこと、裁判になると将来原告に影響が出ること、自分も弁護士を立て、負けても最高裁まで戦う、そうなると何年もかかるので、はした金ではできないことを述べた。さらに、このころ、被告乙山、被告会社のO2(以下「O2」という。)及びM5の三名が、Eの自宅を訪れ、Eに対し、原告を説得するよう再度依頼するということがあった。
(一二) 伊藤弁護士は、同年一〇月五日の面談の結果、話合いによる解決は困難と判断し、訴訟で解決するほかない旨を原告に連絡した上、同月一五日、本訴事件の訴状を当庁に提出し、被告会社には同月二〇日、被告乙山には同月二七日、それぞれ訴状の送達がなされた。
(一三) 原告は、同月一三日から室崎行政書士(以下「室崎」という。)の事務所に勤務していたところ、室崎は、同月二〇日、仕事の関係で被告会社に呼ばれた際、被告乙山から右訴状の写しを渡され、訴えを取り下げるよう原告に忠告する旨の依頼を受けた。
また、被告乙山は、同月二〇日、原告方に電話をかけたが、原告が言葉を発しなかったことから、裁判になり受けて立つ以上、被告らからも原告を訴えることになる、時間もお金も相当かかる、逆に原告にとって大変なことになる、進んだ以上は和解はしない、とことん白黒をつける、裁判になったら骨肉の争いをしなければならない、今のうちであれば、このように話しができる、善意の気持があるうちに、甲野一郎も交えて一度話したいと思っていた、どちらが原告にとって損か得かよく考えた方がいいということなどを、一方的に述べて電話を切った。
(一四) 伊藤弁護士は、被告らの元訴訟代理人弁護士新田正弘(以下「新田弁護士」という。)から連絡を受け、同年一〇月二九日、新田弁護士と面談した。その際、新田弁護士は、和解書の案文(<証拠略>)を持参しており、その内容は、当事者を被告乙山、被告会社及び原告の三名とし、一項として、原告が同年九月一七日に被告会社を依願退職したことを確認すること、二項として、被告乙山(案文中に丙とあるは、甲の誤記と思料する。)は、原告在職中、口論の際に原告の身体に触れたことにより、原告に不快の念を生じさせたことにつき遺憾の意を表明し、原告(案文中に甲とあるは、丙の誤記と思料する。)は、被告乙山に対し、誤解を招く行為により不快の念を生じさせたことにつき遺憾の意を表明すること、三項として、被告乙山及び被告会社は、本和解の席上、原告に対し、前項の不快の念を生じさせた行為の解決金及び被告会社在職中の報労金として金(空白)万円を支払い、原告はこれを受領したこと、四項として、当事者間の法律問題が円満に解決し、今後、相手方を誹謗中傷するなど相手方の名誉を傷つける行為をしないことを確認すること、五項として、当事者間に他に債権債務のないことを確認することを内容とするものであった。
その際、新田弁護士は、三項の解決金及び報労金としては、前記九月二九日付内容証明郵便により原告が提示した二〇〇万円を予定していること、二項の後段は、原告側の態度にも問題があったとする趣旨であるとの説明をし、伊藤弁護士としては、二項後段の内容は不満であるが、原告の意思を確認する必要があるとして右案文を持ち帰り、原告にその内容を伝えた。
しかし、原告は、同年一一月五日、伊藤弁護士に対し、訴訟を予定どおり進めて欲しい旨の連絡をし、前記案文による和解は、成立するに至らなかった。
(一五) 被告乙山は、同年九月一八日から同年一一月にかけて、右に認定した以外にも、原告方や室崎の事務所に電話をかけ、あるいは原告方や室崎の事務所を訪れて、話合いでの解決を求めたり、訴訟を取り下げるよう依頼しようとすることがあった。また、M3常務も、右に認定した以外に、原告に対し、被告乙山と話し合うよう電話で求めたことがある。
5 S4陳述書及びS4証言について
(一) S4陳述書及びS4証言(以下両者を「S4証言等」という。)は、前記3(三)で認定した事実のうち、原告がS4に訴えた内容についてはこれを認める旨の内容となっているものの、S4が、自分も原告と同様のことをされた旨述べたことについてはこれを否定している。また、前記4の(一)及び(二)で認定した事実のうち、S4が、平成四年九月一八日に被告乙山から問い詰められ、このことを電話で原告に告げたことについても否定する内容となっている。
(二) すなわち、右の点に関するS4陳述書は、同月一七日の深夜、原告と話した時のことについて、原告の言うことはどこまで本当か分からない、話の内容は訳の分からないことばかりで聞ける内容ではなかったが、困っている様子だった、もう一度乙山と話し合ってみたらと何度も言ったが、聞く耳を持たずしゃべりまくっていた、私にも一緒に仕事を辞めようと言い出したが、私は思ってもみないことではっきり断ったが、それでも何度も辞めようと言うので、恐ろしくなって相槌を打つだけだった、今考えても何が言いたいのか分からない、本当にいやな思いをしたというものである。また、S4証言も、原告の言うことはどこまで本当か分からないという印象で、S4自身は、被告乙山からセクハラを受けたことはなく、原告に対し、セクハラを受けた旨言ったことも、会社を辞めたいと言ったこともないというものである。
(三) しかし、S4証言等によれば、S4は、理解することも信用することもできない内容を一方的に述べる原告と、深夜、四時間近くも共に過したということになり、翌日、右のように極めて不愉快な思いをさせた原告が、やはりS4にとっては信用できない理由で欠勤したところ、心配になった、あるいは自分の気持を伝えようと思ったとして電話をかけ、最後には、元気でねと言って一緒に電話を切ったということにならざるを得ず、その内容自体が不合理というべきである。
また、S4証言は、主尋問において述べた事柄に関し、反対尋問、特に原告本人の質問に対し、口ごもったり、覚えていないと述べることが多く、その証言態度からも、信用性に疑問があるといわざるを得ない。
他方、M4証言によれば、原告は、同月一八日の未明、甲野一郎に対し、S4も性的嫌がらせを受けていた旨述べたと認められること、I3証言によれば、原告は、同月二二日の面談の際、伊藤弁護士に対してもこれと同様のことを述べたと認められること、S4が原告と同様の経験をした旨述べた点については、原告第一陳述書及び原告供述を通じ一貫しており、その際の状況に関する説明も具体的で、内容自体に格別不合理なところは認められない。
(四) 以上検討したところ総(ママ)合すると、S4証言等のうち、前記3(三)並びに4の(一)及び(二)の事実に反する部分については措信することができない。
6 M3証言について
(一) M3証言も、原告が、M3常務に対し、平成四年七月ころ、被告乙山の性的嫌がらせ行為について訴えたとする前記2(四)の事実、同4(一)の事実のうち、M3常務が、原告に対し、「今までのこともあるから、全部社長に話してあげるから。」と言った事実、及び、同4(五)の事実のうち、M3常務が原告に対し、「これから出て来てもらうからには、あなたがされた事は間違ってもない。私が保証する。」と言った事実について、いずれもこれを否定する内容となっている。
(二) すなわち、M3証言は、平成四年九月一八日以前に、原告から性的嫌がらせについての相談を受けたことは一切なく、同日午前七時半か八時前ころ、原告から、会社を辞める、理由は被告乙山にセクハラされたことである旨の電話があった際も、原告が前日、機嫌良く仕事しており、以前にも会社を辞めると言ったことがあったので、また病気が始まったと思い、それ以上何も言う気にならず、分かった、被告乙山に伝えると言ったが、原告の話を全然信用しておらず、さらに、同月二二日、会社の代表として原告宅を訪れた際にも、会社が困っているので出て来て欲しいと言ったところ、原告が、会社には二度と行く気はないと言うので、事務の引継ぎに来るよう求めると、原告は、セクハラで辞める場合にその必要はないとの助言を受けている旨述べたに過ぎないことなどを内容とするものである。
(三) しかし、右M3証言によれば、M3常務は、同月一八日朝、原告の電話を受けた際、直ちに全く信用できないとして、それだけで会話を終了させたとされているが、一方では、原告から、それ以前に性的嫌がらせの訴えを受けたことは全くなかったとするのであるから、数年来勤務した従業員である原告から、突然、会社代表者の不法行為を理由とする退職の申出を受けたということになり、その際の会社役員の態度として、右の証言内容は不自然というべきである。また、原告の訴えがおよそ信用できないとするのであれば、そのような重大な虚偽の訴えをなした原告に対し、その後、電話をかけたり訪問するなどして慰留し、被告会社に復帰するよう説得している態度と矛盾するといわざるを得ず、前記3及び4で認定した経緯に照らし、不合理というべきである。
さらに、M3証言のうち、戻ってもらうからには、原告が言うようなことは間違ってもない、保証するとM3常務は言ったではないかとする原告本人の質問に対し、セクハラで辞めると言っている人にそういうことは言わない、そういうセクハラのことで保証はできないと述べた部分や、以前からM3常務に相談していたことの繰り返しだから、もう会社には行かないと原告が言ったではないかとの、やはり原告本人の質問に対し、口ごもっている部分などは、内容又は証言態度において不自然というべきであり、M3常務自身が、原告に対し、被告乙山の性的嫌がらせ行為を認める旨の発言をしたことを、ことさら否定しようとの意図が看取されるものである。
(四) これに対し、原告供述類は、同年の五月か六月ころ、M3常務が足に怪我をして自宅で療養していた時と、同年七月にメロンを持って行った時に、それまで被告乙山にされたことをすべてM3常務に話し、こういう事が続けば働けなくなってしまう、このことだけは忘れないで欲しいと訴え、以前からM3常務に対し、被告乙山の性的嫌がらせ行為について訴えていたこと、そして、このような経緯を前提として、同年九月一八日朝、M3常務が、今までのこともあるから、被告乙山に全部言ってあげると言ったとするものであり、右M3証言に比して、内容的に自然である。
また、同月二二日夜、M3常務が原告方を訪れた際の発言内容が前記4(五)のとおりであることについては、原告供述類及び原告覚書きを通じ一貫しているのみならず、同席していたM4証言もこれと同旨であり、原告供述類及びM4証言に、内容的に不自然なところは認められない。
(五) 以上検討したところを総合すると、M3証言のうち、前記2(四)並びに4の(一)及び(五)で認定した事実に反する部分は、措信できないというべきである。
三 原告供述類の信用性について
1 前記一1で検討した原告供述類の要旨及び前記二1ないし4で認定した事実を総合すると、原告供述類の信用性を肯定すべき事情として、以下の点が指摘される。
(一) 原告第一陳述書と原告供述とを対比した場合、一部合致しない部分が存することは既に指摘したとおりであるが、(一)ないし(九)の各行為の存否態様に関する部分については一貫しており、その間に信用性に疑問を生じさせるような齟齬は認められない(被告らの主張は後記2で検討する。)。
(二) 原告供述類は、内容的に具体的かつ詳細であり、(一)ないし(九)の各行為自体は、被告乙山と二人きりの場でなされたとされているが、その前後の経緯等について、被告会社の他の従業員の言動や、被告会社の業務等との関係にも言及しつつ詳細な説明がなされており、内容的に特に不合理とすべき点は認められない(被告らの主張は後記2で検討する。)。
(三) 原告は、(九)の行為があったとされる平成四年九月一七日以降、間をおかずに、第三者であるS4、甲野一郎、M3常務、T6、伊藤弁護士にその内容を訴えており、また、原告が、同日深夜、S4に訴えた内容、翌一八日未明、甲野一郎に訴えた内容、同日朝、M3常務に訴えた内容、同月一九日にT6に訴えた内容、及び同月二二日に伊藤弁護士に訴えた内容と、同年一一月九日付で作成された原告第一陳述書及び原告供述は、基本的内容において一致している。
(四) 原告は、平成三年中から、高校時代の友人に、被告乙山の性的嫌がらせ行為で悩んでいる旨を訴え、平成四年七月にも、会社の上司に対し、これが続けば被告会社を辞めざるを得なくなる旨を訴えたことを前提に、最終的に、自宅において性的嫌がらせ行為を受けたことで退職を決意し、同年九月一八日にこれを申し出たとするものであって、右退職申出の経緯について、不自然とすべき事情はない。
また、原告は、被告会社の内部で一定の評価を受け、営業報酬の額も年毎に増額するなど、成績面でも相応の成果を上げていたのであって、同月一八日の時点で、虚偽の被害話をことさら作出して、突如被告会社を退職せざるを得ないような原告側の事情が存したとは認められない(被告らの主張は後記2で検討する。)。
(五) I3証言、M4証言及び原告供述により認められる原告第一陳述書作成に至る経緯及び本案(ママ)事件の訴え提起に至る経緯に照らしても、原告供述類を不自然、不合理とすべき事情は認められない。
(六) その他、原告供述類について、前記二で認定した事実と矛盾し、あるいはこれに照らし不合理とすべき点は認められない。
2 被告らの主張について
他方、被告らは、原告供述類の信用性を否定すべき事情として、以下の事情が存する旨主張する。
(一)(1) まず、被告らは、平成四年九月一七日夜、原告が、O1方への同行を拒んだのは、同日の朝、被告乙山から性的嫌がらせ行為を受けたことによるものではなく、O1に対し、独断で造園工事の約束をしたことが発覚するのを恐れたに過ぎず、これを糊塗するため、虚偽のセクハラの被害話をでっち上げた旨主張する(事案の概要三3(一))。
(2) しかし、同日夜、被告乙山が原告に対し、O1方への同行を求めたところ、原告がこれを拒んだことは前記二3(二)で認定したとおりであるが、O1方の工事に伴う樹木の移転に関し、O1と被告会社との間で理解が異なるに至った経緯については、原告第二陳述書によって一応の説明がなされており、原告が、被告会社に無断でO1に工事の約束をしたことがその原因であると認めるに足りる的確な証拠はない。
(3) また、被告乙山供述によれば、被告会社としては、工事費二、三万円程度のものを予定していたとされるところ、現実に行われた右工事の代金は一四万円であったと認められるから(<証拠略>)、原告が右の工事を無断で発注していたと仮定しても、既に原告が数年間被告会社に勤務し、建築部の事務において重要な役割を果すに至っていたことを考慮すると、原告が、その発覚を恐れて長時間にわたって同行を拒み、その後退職を申し出るに至る理由とするには足りないというべきである。
(二) また、被告らは、原告が、O1に対し独断で前記造園工事の約束をしたことを推認させ、原告供述類の信用性を否定すべき事情として、下記(1)ないし(7)のとおり、原告は、被告会社に無断でアフターサービス工事の依頼を受け、施工業者に発注するなど、権限外の行為をすることが多かった旨主張するので(事案の概要三3(二))、以下検討する。
(1) 事案の概要三3(二)の(1)の主張について
被告らは、原告が、I1(以下「I1」という。)宅の建築工事について、設計図書とは異なる施工をするよう、現場において独断で指示した旨主張する。
確かに、設計図書では、I1宅の屋根の四隅は四角とされていること(<証拠略>)、現実の建物は、玄関と反対側の屋根の角が二個所、面取りをされた状態となっていること(<証拠略>)、屋根部分の追加工事として代金一〇万円で清算がなされているが、これは、玄関のポーチ部分の工事に対するものであること(<証拠略>)が認められ、前記面取りについて、I1が被告会社に代金を支払った旨の証拠はない。
しかし、この点については、右工事の注文者であるI1の陳述書(<証拠略>)によれば、被告会社のT4が、I1に無断で屋根の一方の角のみを丸くしたところ、I1がもう一方も丸くして欲しいと申し入れ、被告乙山も了解の上、工事を行ったことが認められ、原告第二陳述書もこれと同旨である。
そうすると、被告乙山供述のうち、原告が現場で設計と違うことを指示し、トタンを張ったものをはがしてまで形を変えてやり直させ、みんなが大変迷惑を被ったと述べた部分は、原告供述類の信用性を弾劾する目的で、虚偽の事実をことさら述べたものといわざるを得ず、被告らの右主張事実は認められない。
(2) 同(2)の主張について
被告らの主張は、原告が、O1に対し、H2ガラスを指定してくれれば被告会社の本来の仕様よりも良いドアを取り付ける旨を被告会社に無断で約束をし、その差額を被告会社に負担させたとするものであり、これと同旨のO1名義の陳述書(<証拠略>)に依拠するものである。
しかし、O1が、原告に対し、ある業者を指定するよう依頼するのであればともかく、原告が、O1に対し、納入業者の指定を求めることの意味は不明であるといわざるを得ないし、T5証言によれば、見積りを受けて請負代金を決める段階で原告が口を挟む余地はなく、マンションの契約が成立した後に原告が良い部材を付けるなど、実際に決まった契約以上にO1に有利な工事をすることはできないはずであるとされていることに加え、前記O1名義の陳述書にO1の署名等はなく、原告供述類によれば、その字はT5部長のものであると指摘されていることなどを総合すると、右陳述書の信用性については疑問がある。
また、O1からマンション建築を請け負った際の本来の積算書や仕様表によるドアの価格と、現実の建物に取り付けられたドアの価格との差額など、被告らにおいて本来容易に立証可能と思われる事柄についての立証が全くなされていないこと、原告第二陳述書によれば、原(ママ)告らが主張する建物のドアは、数年前に建てたO1のマンションと同じような価格で、色が変わった程度であるとされていること、H2ガラスの変更見積書(<証拠略>)についても、これが原告の行為によるものである旨の立証はなく、したがって、H2ガラスの領収証(<証拠略>)についても同様といわざるを得ない。
以上の点を総合すると、被告らの右主張事実を認めることはできない。
(3) 同(3)の主張について
被告らは、原告が、平成四年八月二五日にY1(以下「Y1」という。)から外壁補修工事の依頼を受け、I2木材株式会社に対し、補修費用のうち二〇万円を負担する旨を独断で約したと主張し、被告乙山供述には、右主張に沿う部分が存在する。
しかし、Y1の陳述書(<証拠略>)及び原告第二陳述書によれば、Y1は、同年八月二五日、数年前に被告会社が建築した住宅の外壁の修復について被告会社に電話をかけ、担当者である原告に対し、アフターサービスで行ってもらえないかと打診したこと、原告は、被告会社とメーカーとの関係もあるのでただちに返答はできないとして、業者をまず調査に行かせ、その結果を待って被告会社の考えを述べる旨返答した上で、I2木材と被告会社の担当者に建物を見に行かせ、I2木材にアフターサービスで処理できないかどうか検討を求めたこと、その後、Y1が被告会社に電話をしたところ、原告は辞めたと言われ、被告乙山が建物を見に来た後、被告会社からアフターサービスで修復する旨の回答があったこと、その後、I2木材が補修の工事をしたこと、以上の事実が認められ、右の経緯に不自然、不合理なところはない。
他方、I2木材の見積書である(証拠略)は、原告が被告会社に出勤しなくなった後の同年九月二三日付で作成されたものであり、被告らの主張が真実であるとすれば、原告は、Y1からアフターサービスの依頼を受けたに止まり、建物も調べず、見積書の提出も受けていない時点で、Y1に対してはアフターサービスで工事する旨を約する一方、I2木材には工事の発注をし、同社に右工事のうち被告会社が負担する額を告げたとせざるを得ないこととなり、不合理である。
さらに、被告乙山供述によれば、被告会社のアフター帳抜粋(<証拠略>)の同年八月二五日欄の記載のうち、「雨漏り、外壁コーキング、I2木材」の部分は、原告が記載したものであるのに対し、同欄の「終ったら電話くれる、二〇万円」の部分は、原告が被告会社に出勤しなくなった後にS4が記載したものであることが認められ、また、I2木材の納品書(<証拠略>)には、発注者として原告の名が記載された上、備考欄に、「払日八月二五日、甲野さんと約束額」と記載されていることが認められるが、その記載自体不自然である。
以上の点を総合すると、被告らの右主張は事実に反するというべきであり、(証拠略)の記載のうち被告らの主張に沿う部分は、原告供述類の信用性を弾劾する目的でことさら作出されたものと推認せざるを得ない。したがって、その後、被告会社がY1宅の補修工事のために、I2木材に二〇万円を支払ったとの事実が認められたとしても(<証拠略>)、これが、原告が被告会社在職中にした約束によるものということはできない。
(4) 同(4)の主張について
被告らは、原告が、M2(以下「M2」という。)のマンションの塗装の補修工事を、被告会社に無断で、Y2塗装店に発注したと主張する。
確かに、(証拠略)によれば、Y2塗装店が、M2の所有するマッキーハウスの塗装工事を行ったことが認められるが、他方、原告が顧客からアフターサービス工事の依頼を受けた際に記入すべき被告会社のアフター帳抜粋(<証拠略>)には、右に関する記載は存しない。
しかし、T5証言によれば、仮に原告がY2塗装店に工事を発注したとすれば、原告がサインをした請求明詳(ママ)書が存在すべきところ、右の工事についてこれは存在していないとされており、原告が右工事をY2塗装店に発注したと認めるべき客観的証拠はない。
かえって、原告供述類によれば、原告は、M2から依頼を受け、アフターサービスの工事とすることについて被告乙山の了承を得た上で、工事代金額をY2塗装店に問い合わせたに止まり、原告において発注するには至っていないとされていること、平成四年一一月一四日、M2から原告に対し、被告乙山も了解していたはずの工事であるのに、突然、被告乙山の知らないことであったと言われた旨の電話があったことが認められる。
以上の点を総合すると、被告らの右主張事実は認めることができない。
(5) 同(5)の主張について
被告らは、原告が、O1に対し、マンションの外壁等を補修することを無断で約し、被告会社に六〇万円を負担させた旨主張する。
被告らの右主張は、外壁工事を担当した株式会社Y3名義の、平成四年八月二五日付見積書とされる(証拠略)に依拠するものである。しかし、T5証言によれば、右見積書は、被告会社と取引のある下請業者が用いる専用伝票(<証拠略>)とは異なる形式のものであって、原告が被告会社に出勤しなくなった後、被告会社に提出されたことが認められるにもかかわらず、その日付のみが原告在籍中の平成四年八月二五日付とされており、宛名の記載も「H甲野様」という不自然なものである。また、被告会社がY3に六〇万円を支払ったという証拠はなんら提出されておらず、かえって、原告供述類によれば、Y3から、右工事についてはY3のアフターサービスで処理済であり、被告会社には請求していない旨の回答が得られたことが認められる。
以上の点を総合すると、(証拠略)の信用性には疑問があり、被告らの右主張事実は認めることができない。
(6) 同(6)の主張について
被告らは、原告が、被告会社に無断で、Kから別荘の管理を請け負った旨主張し、被告乙山供述は、建物の管理については責任を負いかねるということで、会社設立当時以来、一軒も請け負ったことはない旨言明し、Kの別荘についても同様であるとする。
この点について、Kの陳述書(<証拠略>)は、被告乙山に別荘の管理を依頼したこと、管理といっても清掃や暖気の手配が主なものであったことから、契約書も交さず、管理費も定めなかったこと、被告乙山は、担当者として原告を紹介してくれたこと、その都度かかった費用を被告会社の口座に振り込んだことなどを内容とするものであるところ、被告乙山も、Kの別荘について、部屋の掃除や雪はねなど、一回一回の仕事については請け負っており、被告乙山も何度か右別荘を訪れたことがある旨供述していることに加え、Kからの入金表(<証拠略>)によれば、同人から、被告会社に対し、建物代金、基礎追加代金、造園工事、土地代金等のほか、草取り二万円、美装三回三万六〇〇〇円の入金のあったことが認められる。
そうすると、実体において、原告と被告らとの理解に異なるところがあるとは認められず、原告は、右のような関係を別荘の管理の委託と表現するのに対し、被告らとしては、継続的法律関係としての別荘の管理委託契約を否定するに過ぎないと解されるから、そのいずれを正当とすべきかによって、原告供述類の信用性についての評価に影響を及ぼすものではない。
(7) 同(7)の主張について
被告らは、原告が、完成した住宅をS2(以下「S2」という。)に引き渡す際、独断で、下請業者に点検孔を取り付けさせた旨主張する。
しかし、右の主張に関する証拠としては、S2宅の工事でもめ事が続き、原告が、担当でもないのに、ドアの色などを勝手に指示したとする被告乙山供述のほかには、O2証言のみが存するところ、右証言によれば、右点検孔の取付けは、原告の上司であるO2が承諾し、最終的に被告会社の了承も得たとするものであるから、これによって、原告が、独断で下請に工事をさせたと認めることができないのは明らかである。
さらに、S2の陳述書(<証拠略>)及び原告第二陳述書によれば、S2宅で強制排気式のボイラーを使用する関係上、S2自身が煙突用の点検孔の取付けを希望したこと、これに対し、O2が、責任を持って取り付ける旨約束したことが認められるのであるから、被告らの主張は事実に反するものといわざるを得ない。
(8) 右の(1)ないし(7)で検討した以外にも、T5証言及び被告乙山供述には、原告について、営業又は経理の面で不正な処理があったことを窺わせる内容の部分があり、特に、被告乙山供述には、金額でもおおむね一〇〇〇万円くらい不明朗なものとなっており、原告が辞めた後に整理をした分だけでも何百万という単位のものが出ている、原告が勝手に工事を変えてしまうことに対しては、二年ぐらい前から相当注意を重ねてきたなどと述べる部分が存する。
しかし、M3証言及び被告乙山供述によれば、原告が、在職中に懲戒処分を受けたり、営業報酬を減額され、あるいは被告会社が被った損失の補填を求められたことはなかったと認められ、T5証言でも、原告が問題のある事務処理をしていたので、それが露見する前に辞めたということではないと供述していることに照らすと、原告の事務処理に不正があったことを窺わせる旨の前記T5証言及び被告乙山供述部分は措信できない。
また、仮に被告乙山の前記供述にあるような事実が存在するとすれば、被告会社の帳簿等で立証することは容易と思料されるにもかかわらず、被告らは、これに関する資料を何ら提出しておらず、被告乙山の前記供述は、根拠のない人格非難といわざるを得ない。
(三) さらに、被告らは、原告は、気に入らないことがあると無断欠勤する悪癖を有し、平成四年九月一八日以降被告会社に出勤しなかったのは、右悪癖の発現に過ぎず、これを糊塗するために虚偽のセクハラの被害話をでっち上げたものであり、原告供述類には信用性がない旨主張するので(事案の概要三3(二))、以下検討する。
(1) T5証言、M3証言及び被告乙山供述には、原告が、被告乙山と対立し、自分の意見が通らない場合、勤務時間中に退出し、何日も出て来ないということがあったとする部分がある。しかし、いずれも、そのようなことが何回かあったと漠然と述べるに止まり、T5証言においては、原告が長く休んだのは平成三年の四月ころの一回に限られるとされ、被告乙山供述においては、原告は、平成三年の連休のトラブルで何日も出て来なかったとされる以外に日時等は特定されておらず、書証としても、被告会社の同年中の出勤表が提出されているに過ぎない(<証拠略>)。
そこで、同年四月及び五月分の原告の出勤表を検討するに、同年四月三〇日については、出勤時刻の記入のみで退出時刻の記入がなく、同年五月一日から六日までは出勤及び退出のいずれの記入もなく、同月七日については、退出時刻の記入はあるものの、出勤時刻の記入がないことが認められることから、前記T5証言及び被告乙山供述はこれらの部分を指すものと解されるところ、そのうち、同年五月五日は日曜日であったから、同月三日から六日まではいずれも国民の祝日又は休日にあたり、現に、被告会社の他の従業員らも、一名を除き、同月三日から五日まで出勤していないことが認められるから(<証拠略>)、同年四月三〇日の退出時刻、同年五月一日、二日及び六日の欠勤(ただし六日は振替休日にあたる。)、並びに同月七日の出勤時刻が問題となるにとどまる。
そして、右欠勤等の経緯についても、原告第二陳述書において、同年四月に被告乙山の市議会議員選挙があり、原告も終日選挙活動に従事していたところ、被告乙山は、選挙終了後の仕事については配慮する旨約していたにもかかわらず、選挙が終了すると、原告に対し、仕事ができていないのであれば祝日も出勤するよう求めたため、原告は、被告会社を辞めるとして同月三〇日に早退し、以後出勤せずにいたところ、M3常務が原告方に来て説得をしたため、同年五月七日、途中から出勤した旨の、一応の説明がなされている。
そうすると、平成三年五月に原告が欠勤した事実から、原告には欠勤する悪癖があるとまで認めることはできないというべきである。
(2) また、M3証言及び被告乙山供述によれば、原告が在職中、無断早退、無断欠勤などを理由に懲戒、戒告等の処分を受けたことはなく、被告会社のタイムカード等に、原告の無断早退、無断欠勤の記録はないことが認められる。そして、前記原告の出勤表及び被告会社の他の従業員の出勤表(<証拠略>)によっても、年末年始、研修会、いわゆるお盆休み、観楓会といった会社の休業日と日曜祝日以外に、平成三年中、原告が被告会社に出勤していないのは、前記連休期間中を除けば、二月一九日、四月二二日、六月六日、一〇月一四日の合計四日に過ぎず、これら全てが無断欠勤によるものと認めるべき証拠はないから、結局、原告が、頻繁に無断早退、無断欠勤をしたとの被告らの主張に沿う客観的な証拠はない。
(3) なお、T5証言及び被告乙山供述には、平成三年五月に原告が欠勤した理由につき、被告会社の他の女性従業員は交代で日曜日も勤務していたのに、原告のみが日曜日を完全に休みとしていたことから、被告乙山が、原告にも日曜日に出勤するよう求めたところ、原告がこれに腹を立てたためである旨述べた部分があり、被告らの主張は、他の女性従業員が日曜日も出勤しているにもかかわらず、原告が右のような態度をとったことは、原告の自己中心的な性格の現れであり、ひいては原告供述類の信用性のなさにつながるとの趣旨にも解される。
確かに、前記平成三年の出勤表によれば、S4ら被告会社の女性従業員の場合、日曜日を休みとする週と、日曜日に出勤する代りにその前日の土曜日を休みとする週とがあったことが認められるのに対し、原告については、同年九月までの間、日曜日を休みとする週のみが続いたことが認められる。
しかし、右の点については、原告第二陳述書及び(証拠略)において、業務の都合上、原告は毎土曜日に出勤していることが望ましい旨の、被告会社の建築部門からの要望があり、さらに、原告は、被告乙山の勧めにより、同年一月二〇日から六月九日まで、旭川市の日建学院に在籍し、日曜日の午後、一級建築施工管理技士の講座を受講していたため、他の女性従業員とは異なる扱いとされていた旨の説明がなされており、右説明に不自然、不合理な点は窺えない。また、同年一〇月以降は、原告も、日曜又は祝日である一〇月二〇日、一一月三日、同月二三日、同月二四日、一二月一日、同月一五日、同月二九日に出勤したことが認められる。
(4) 右(1)ないし(3)で検討したところによれば、原告が無断早退、無断欠勤をする悪癖を有するとの被告らの主張を根拠づける証拠はなく、T5証言、M3証言及び被告乙山供述のうち、被告らの右主張に沿う部分については、措信できないというべきである。
(四) 以上、(一)ないし(三)で検討したところによれば、原告供述類の信用性を否定すべき事情にかかわる被告らの主張は、すべて採用することができない。
3 結論
以上1及び2で検討したところによれば、原告供述類について、その信用性を認めることができる。
四 被告乙山供述の信用性について
1 前記一で検討した原告供述類及び被告乙山供述の要旨、並びに前記二及び三で検討した事情を総合すると、被告乙山供述の信用性について、以下の点が指摘される。
(一) (一)ないし(九)の行為に関する原告供述類は、被告会社の他の従業員の言動や顧客との関係にも言及した詳細かつ具体的なものであるのに対し、被告乙山供述は、基本的に、原告の各主張のうち、性的嫌がらせ行為の部分のみを単に否認し、あるいは原告供述類が不合理である旨を簡略に述べるに過ぎない(なお、(二)、(三)及び(九)の各行為については、否認する理由を積極的に述べているが、(三)の行為に関する被告乙山供述は、前記三2(二)(6)で既に検討したとおりであり、(二)及び(九)の各行為に関する被告乙山供述については、後記五の2及び3で検討する。)。
(二) 前記一3で指摘したような、供述の変遷が認められる。
(三) 前記二1ないし4で認定した事実に照らすと、以下のとおり、措信できない部分が存在する。
(1) 被告乙山供述には、原告が、昭和五九年に一旦被告会社を退職した際の事情について(前記二1(一))、他の社員から、原告がいたのでは仕事が続けられない、虚偽虚言、口が災いしてどうしようもない、原告を辞めさせてもらわないといけないとの意見が続出し、事務所の統合を名目に、事実上辞めてもらったと述べた部分が存在する。
しかし、当時被告会社に在籍していたM3常務の証言にも、これに沿った供述は存在しないこと、M4証言によれば、被告乙山が、昭和六三年に原告の自宅を訪問し、被告会社で働くよう勧誘した結果、原告が再度被告会社で働くようになった事実が認められるが(前記二1(一))、被告乙山の供述が真実であるとすれば、再度原告を雇用したこと自体が不自然といわざるを得ないことに照らすと、被告乙山の右供述は措信できない。
(2) また、被告乙山供述には、平成三年三月二八日以降、用事があっても、原告方に電話をかけたり、行ったりすることは極力避けたとする部分がある。
しかし、T6証言及びM4証言によれば、被告乙山が、同日以降も、格別の要(ママ)件もないのに原告方を訪れたことが何度かあったことが認められ、さらに、平成三年以降、被告乙山が原告方に電話をかける回数は逆に増加し、原告が精神的苦痛を感じる程度に達していたことが認められることに照らすと(前記二2(一)及び(三))、被告乙山の右供述は、事実に反するというべきである。
2 さらに、被告乙山供述の信用性に関わる事情として、以下の点を指摘することができる。
(一) 原告の人的属性に関する被告乙山供述について
(1) 被告乙山供述には、原告の人的属性に関し、下記<1>ないし<6>のとおり述べた部分が存在する。
<1> 原告がいると会社の中がおかしくなる。現場からも、仕事をやっていけない、責任を放棄している、無断欠勤が重なって困る、解雇して欲しいとの声があった。
<2> 原告には、世間を騒がしたり、取り返しの付かないことをする性癖があり、いくら注意してもそれを素直に受けとめず、白と言えば黒、黒と言えば赤、必ず次の手段を講じる。腹いせに、作り事、虚偽虚言を並べて相手を落とし込もうとする。
<3> 他の従業員も思い余って被告乙山の所に来た。被告乙山は、平成三年ころから、従業員に対し、騒げばみんなが怪我をするだけのことだから、原告が何を言っても我慢をし、聞かないふりをして騒がないようにと言ってきた。
<4> 平成四年三月ころ、原告は、スカートを後ろ前にはくなど、夢遊病者のような状態となっていたので、他の従業員に対し、原告の様子がおかしいから、皆で注意するようにと言った。
<5> 営業に行くということで時間を設定してあり、原告と一緒に行くと、営業の話はなく、原告から、私とどうなんだと言われるなど何度も迫られた。
<6> 被告会社の人間のほとんどが原告の巻き添えをくっており、原告に乗せられて迷惑を被った人が非常に多く、原告は、逆さ吊りにして細切れにしても許せないようなことをした。
(2) しかし、被告会社の役員、従業員、元従業員の証言を総合しても、原告の性格等については、「こうと思ったら絶対に自分の意見を通して引かない」(S4証言)、「社長に言われたことでも抵抗する」(T5証言)、「物事をはきはき言うし、女性としては厳しい性格、自己主義、自分本位」(O2証言)などと述べられているにとどまり、被告乙山が供述するような、被告会社の他の従業員らに著しい不利益を与える存在であったことを認めるに足りる証言は存在しない。
かえって、T5証言によれば、原告が辞める前に、会社の中で居づらくなるような雰囲気はなかったことが明らかであること、U証言においても、原告は、非常に仕事熱心で曲がったことを嫌い、責任感が強く、男以上に頑張る女性であり、負けず嫌いかも知れないが、自分の利益のために嘘を言ったり、虚偽のことを作り上げる人ではない旨述べられていることなどに照らすと、前記被告乙山供述の信用性には疑問がある。
(3) また、原告の勤務態度及び人的属性に関する被告乙山供述の内容が真実であるとすれば、原告は、無断で早退や欠勤を繰り返し、独断で契約を締結しては会社に不利益を与え、上司から注意されても言を左右し(ママ)て従おうとせず、かえってこれを恨んで策を弄するのみならず、虚言癖を有し、会社にも他の従業員にも迷惑をかけ続けた人物であるということにならざるを得ず、そのような原告が、無断で造園工事を発注した上、問題解決のために同行を求めた被告乙山の指示を拒否して、その後無断欠勤を重ね、さらに、自身の責任を糊塗するために、被告乙山の性的嫌がらせ行為という虚偽の被害話を作出して、会社関係者や原告の夫、友人や弁護士にまで右虚偽の事実を訴えたことになる。
しかし、原告について、被告会社在職中、懲戒処分、営業報酬の減額、損失補填の要求などの事実がなかったことは、前記三2(二)(8)で認定したとおりであることに加え、前記二4で認定したところによれば、被告らは、原告に対し、平成四年九月二六日付で社員を免ずる旨の通知をしてはいるものの、これと並行して、被告乙山及びM3常務から、原告本人に直接、あるいはEらを介し、被告会社に復帰するよう数回にわたって求めた後、当時の訴訟代理人を通じて、原告に不快の念を生じさせた行為の解決金及び被告会社在職中の報労金の名目で二〇〇万円を支払う旨の和解の申入れをしたことが認められるのであるから、前記被告乙山供述は、右の経緯に照らし著しく不合理といわざるを得ない。
(4) 右(2)及び(3)で検討したところを総合すれば、前記(1)で要約した原告の人的属性に関する被告乙山の供述は、事実に反するといわざるを得ない。
(二) 被告らの訴訟追行態度について
本訴事件の訴状が被告会社に送達された後の経緯(前記二4(一三)ないし(一五))、及び被告らの本件における訴訟追行態度について、以下の事情を指摘することができる。
(1) 前記二4で認定したところによれば、被告乙山は、原告本人に対し直接、あるいは室崎らを介し、訴えを取り下げることをかなり執拗に求めており、さらに、U証言によれば、被告乙山は、Uが本件の証人として採用された後、同人に法廷での証言をやめるよう求め、同人がこれを断ると、親戚でもなんでもない、縁を切ると言ったことが認められる。
(2) 前記二5及び6で検討したところによれば、被告会社の役員又は従業員であるM3常務及びS4が、被告乙山の性的嫌がらせ行為を否定し、原告供述類の信用性を弾劾する目的で、事実に反する証言をしたことが認められる。
(3) 前記三2で検討したところによれば、原告供述類に信用性がないとする被告らの主張は、契約の受注発注や無断欠勤といった、本来被告において立証が可能な事項であるにもかかわらず、被告らにおいて、これを認めるに足りる証拠を提出しないばかりか、提出された書証の一部に、原告供述類の信用性を弾劾する目的で、ことさら作出されたものが存在することが認められ、被告乙山供述のうち、被告らの右主張に沿う部分についても、虚偽の事実をことさら述べたと認められる部分が存在する。
3 結論
これまで検討したところを総合すれば、被告乙山供述全般について、その信用性は低いといわざるを得ず、原告供述類に信用性が認められることは前記三で認定したとおりであるから、被告乙山供述のうち、前記一2で要約した原告供述類の内容及び前記二で認定した事実に反する部分については、措信できないというべきである。
五 原告主張各事実の存否の判断
1 これまで検討したところによれば、原告供述類により、原告主張(一)、同(三)ないし(八)の各事実があったものと認めるのが相当である。
2 原告主張(二)の事実について
(一) 被告らは、(二)の行為に関する原告供述類は信用性がないとして、以下の事情を特に主張するので検討する。
(1) まず、被告らは、原告が(証拠略)を基礎に虚偽の被害話を作出したに過ぎない旨主張する(事案の概要三2(一)の(1))。
しかし、I3証言及び原告供述によれば、原告は、平成四年九月二二日に伊藤弁護士に面談した後、短期間に集中して原告第一陳述書を作成したこと、伊藤弁護士から、原告と被告乙山との関係を示す証拠はないかと尋ねられ、T2クリーニング店に被告乙山のワイシャツを預けたことがあると話したことから、同店に依頼して、(証拠略)の引換書を探し出してもらったことが認められるところ、被告らの右主張を裏付ける証拠はなく、右(証拠略)の取得の経緯に照らすと、右被告らの主張は単なる憶測の域を出ないものである。
(2) 次に、被告らは、原告第一陳述書と原告供述とは矛盾しており、原告供述類は信用できない旨主張する(事案の概要三2(一)(2)の<1>ないし<3>)。
確かに、前記一2(二)で指摘したとおり、原告供述と原告第一陳述書とでは、異なる部分も存在するが、これによっても、原告供述類の信用性が否定されるものではない。
(3) 被告らは、原告供述類において、原告が、直ちに車で現場を離れることをせず、被告乙山を車で会社まで送り、ワイシャツの汚や、被告乙山がこれをタオルで拭く様子などを冷静に観察し、クリーニングに出すようにとの被告乙山の依頼を受け入れたとされていることなどを指摘して、原告が主張するような被害にあった者の行動としては不自然かつ不合理である旨指摘するが、右のように振舞うことが直ちに不合理とはいえない。
(4) 被告らは、被告乙山の自宅改装工事が、平成三年一二月まで続けられていたにもかかわらず、原告供述類では、右改装工事が最後の段階に入っていたとされる一方、行為の時期が同年九月初めとされることから、時期的に矛盾し、原告の被害話は虚偽である旨主張する。
そこで検討するに、被告会社の工程管理表(<証拠略>)には、被告乙山の自宅の増改築(修)工事として、契約日平成三年七月一〇日、工期同年七月一〇日から九月三〇日まで、着工日七月二〇日とする記載はあるものの、他の工事とは異なり完成日の記載はなく、工事進捗状況表に、同年一二月二〇日までの工事の記載がなされている。
しかし、右工事進捗状況表に工事の記載があるのは、同年八月一日から九月二三日までの間と、同年一二月一日から二〇日までの間に限られており、同年九月二四日から一一月末日までの間に工事等が行われた旨の記載は存しない。また、(証拠略)、T5証言及び原告供述によれば、右工事の内容は、在来の八畳間二室を増改築するものであり、大工仕事を要する工事のほか、内装、電気設備等の工事も含まれていたことが認められる。そして、原告供述類を総合すれば、乙山宅の工事が大体終っていたとの供述の趣旨は、大工仕事がほぼ終了していたことにあると解されるから、同年七月二〇日に着工した工事のうち、大工仕事の部分が九月初めに最終の段階に入り、その後、同月二三日までの間と同年一二月に、内装その他の工事がなされたとしても右供述の真実性を左右するものではないから、(証拠略)によって、原告供述類の信用性が否定されるということはできない。
(5) 被告らは、(証拠略)及びT5証言によれば、T2クリーニング店では、クリーニングの依頼者とワイシャツのネームが違う場合、控えのノートにワイシャツのネームを記載するか、小さな生地で裾に名前を付けるかのいずれかの方法がとられており、シミなどがあれば、ノートに記載するとされているところ、(証拠略)(同店の引換書)に対応する同店の控え(<証拠略>)には、乙山の名前も、シミ等の記載も存在しないことから、原告供述類は虚偽である旨主張する。
しかし、T2クリーニング店の各照会に対する回答自体が必ずしも整合的ではなく、また、同店において、ワイシャツのネーム等をノートに記載したり、生地で裾に名前をつけたりする目的は、品物を確実に管理すると共に、顧客のプライバシー等を保護することにあると解されるから、仮に、原告が平成三年九月五日に同店に預けたワイシャツに被告乙山のネームが存在し(被告乙山供述はこれを否定している。)、同店において、これをノートに記載するのではなく、裾に生地をつける方法によって対処した場合、右の生地を取り外した上で、ワイシャツを原告に返却する可能性があるから(<証拠略>によってもこれが推測される。)、(証拠略)の記載から、原告供述類の信用性が直ちに否定されるということはできない。ワイシャツのシミに関する記載のないことについても同様である。
(6) なお、被告乙山供述には、自宅改築の現場担当者は最後までT4係長であるとして、原告が担当したことを否定した部分が存するが、(証拠略)、U証言、O2証言及び原告供述に照らし、採用することができない。
(二) 結論
右で検討したところによれば、(二)の行為に関する原告供述類について、その信用性を否定すべき事情は認められないから、原告主張(二)の事実があったものと認めるのが相当である。
3 原告主張(九)の事実について
(一) 次に、原告主張(九)の事実に関する被告乙山供述について検討する。
(1) 被告乙山供述は、平成四年九月一七日の朝、原告方を訪れたことは認めるものの(争いのない事実)、前記一3(九)のとおり、その際、原告が主張するような性的嫌がらせ行為があったことは否定して、子供の家庭教師の紹介を原告に依頼し、見つかったとの報告があったので、その連絡先等を尋ねるために原告方を訪れ、メモを受け取って被告会社に向ったとするものである。
さらに、被告乙山供述では、電話で問い合せる代わりに直接原告方に行った理由は特になく、原告が出社するのを待つことができなかった理由としては、娘から電話があり、妻からも急ぐよう言われたので、同日、娘が学校に行くのを待たせた上で原告方に赴いたとされる一方、早く知らせるよう原告に催促したり、同日、家庭教師の連絡先を書いたメモなどが原告方にあることの確認をした上で赴いたものではなく、無駄足に終るかどうかは行ってみないと分からなかったとも述べられている。
(2) 他方、原告第一陳述書によれば、同日、被告乙山から右要(ママ)件の説明は一切なかったとされており、原告供述によれば、被告乙山から依頼のあった家庭教師の件については、被告会社から相手方に電話をかけ、メモ(<証拠略>)を作成して社長室の机のマットの下に入れておいたが、その後、この家庭教師の話がどうなったかは聞いていないと述べられている。
また、原告は、S4、甲野一郎らに対し、被告乙山が原告方を訪れた際の状況について説明をしているが、S4、甲野一郎らの証言中には、前記被告乙山供述に沿った内容は一切現れておらず、唯一、同月二六日に至って、Eが、被告乙山と会った際、自分の子供のことで原告のところに行った旨を聞いたというものがあるに過ぎない(<証拠略>)。
(3) 右(1)で検討した被告乙山供述は、その内容自体が著しく不合理といわざるを得ないものであることに加え、右(2)で検討した内容をも考慮すると、同日朝、被告乙山が原告方を訪れた目的についての被告乙山供述は、事実を述べたものであるとは認められない。
そして、原告が、(九)の行為があった日の翌日に退職を申し出たことの経緯に照らすと、記憶違いの可能性などは通常考えられないことから、被告乙山は、同日朝、原告方を訪れた理由について、故意に虚偽の事実を述べたものと推認せざるを得ず、右のような重要な点について虚偽の供述をしていることからすると、被告乙山供述のうち、(九)の行為を否認する部分についての信用性も否定せざるを得ない。
(二) また、被告らは、原告供述類において、自宅で性的嫌がらせを受け、一旦逃れた後、また戻って被告乙山に茶や果物を出したとされていることや、被告会社に出勤後、普段と変らない様子で仕事をしていたと認められること(前記二3(一))などから、原告供述類は不自然であり信用できない旨主張する(事案の概要三2(四))。
しかし、被告乙山が、被告会社の代表取締役として、原告の雇用主の立場に立つという関係や、原告が、昭和六三年以降被告会社で正社員として稼働しており、建築部事務主任としての責任を負うべき立場にあったことなどを考慮すると、(九)の行為の後に原告が右のような態度をとったことや、その日のうちに退職の申出をせず、身辺整理等をしなかったことが直ちに不自然ということはできない。
(三) 結論
右(一)及び(二)で検討したところによれば、(九)の行為に関する原告供述類について、その信用性を否定すべき事情は認められず、これを否認する旨の被告乙山供述は措信できないから、原告主張(九)の事実があったと認めるのが相当である。
六 不法行為の成否及び損害について
1 被告乙山の関係
(一) これまで検討したところによれば、原告主張(一)ないし(九)の各事実が認められ、原告は、そのうち少なくとも(二)ないし(四)、(六)、(八)及び(九)の各行為の際、被告乙山に当該行為をやめるよう言ったり、その場から逃れたりするなど、被告乙山の行為が原告にとって不快であり、これを許容する意思のないことを、言葉又は態度によって明確に示したことが認められ、その余の行為についても、これらと別異に解すべき理由はないから、すべての行為が原告の意思に反するものであったと認められる。
(二) (二)ないし(四)、(六)、(八)及び(九)の各行為は、原告に対する身体的接触を内容とするものであるが、いずれも、その態様自体に性的意味合いが認められるものであり、相手方の意思に反してこれを行うことが許容されるものでないことは明らかというべきところ、右(一)で検討したところによれば、被告乙山は、これらの行為が原告の意思に反するものであることを認識しつつこれを行い、継続したことが認められる。
また、被告乙山は、被告会社の代表取締役として、従業員の就労環境を維持改善すべき立場にあるというべきところ、女性従業員が右のような行為を受けた場合、精神的に就労を継続すること自体が困難となる場合のあり得ることを十分予見しえたといわなければならない。
そして、原告供述類によれば、原告は、被告乙山の右行為によって、羞恥、不安、嫌悪などの精神的苦痛を経験すると共に、被告会社での就労を継続して被告乙山の右行為を甘受するか、被告会社を辞めるかのいずれかを選択せざるを得なくなり、最終的に後者を選択したことが認められる。
そうすると、被告乙山の右各行為は、原告の、性的領域における人格の尊厳を故意に侵害する不法行為にあたると同時に、原告の雇用関係継続に対する権利をも不当に侵害する行為というべきである。
(三) これに対し、(一)、(五)及び(七)の各行為は、原告に対する直接の身体的接触を伴わないものである。
しかし、(一)の行為は、暗に性的関係を要求する趣旨と解しうるものであり、(五)の行為は、その場の状況及びそれ以前の被告乙山の不法行為に照らし、原告に対し、自己の性的自由、身体的自由が侵害される危険を感じさせるに十分なものと解されるから、前記(二)で検討したところと同様の理由により、不法行為の成立を認めることができる。
また、(七)の行為は、夜、車で待ち伏せをした上、会いたかった旨を告げたというものであるが、前記二2(四)で認定したとおり、原告がその翌日、このことを特にM3常務に訴えたことが認められることからも、原告にとって重要な意味を持つものであり、原告の立場においては、右のような行為は被告乙山と特別な関係又は親密な関係にあることを同人から強要されることにほかならず、それ以前の被告乙山の不法行為等があった経緯に照らすと、やはり、原告の性的自由の侵害にあたるというべきであるから、不法行為の成立が認められる。
2 被告会社の関係
(一) (一)ないし(八)の各行為は、原告が、被告会社の従業員として、代表取締役である被告乙山の指示に基づき、打合せ、建物や現場の見分、営業活動等、被告会社の業務に従事する過程で、被告会社の社長室、自動車の車内、第三者の別荘あるいは改築中の被告乙山の自宅等において、被告乙山と二人だけになった状況を利用して行われたものである。
また、原告供述類により認められる前記一2の事実によれば、(一)ないし(五)、及び(七)の各行為の場合、被告乙山が、被告会社の代表取締役として原告に指示命令することのできる立場にあることを利用し、いわば被告会社の業務に藉口して、右のような状況を故意に作出したものと推認される。
そうすると、(一)ないし(八)の各行為は、被告会社の代表取締役である被告乙山が、その職務を行うにつきなした不法行為というべきであるから、被告会社は、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、右の各不法行為によって原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。
(二) (九)の行為は、原告の自宅で行われたものであり、厳密には、原告が被告会社の業務に従事する過程でなされたものではない。
しかし、原告供述類によれば、原告は、(一)ないし(八)までの各行為によって精神的苦痛を経験し、最終的に、(九)の行為によって被告会社を辞める決意をしたとされるのであるから、原告において、右各行為について性質上の差異の認識のないことは明らかである。
また、原告と被告乙山との関係は、被告会社の従業員と代表取締役であるという以外にはなく、突然原告の自宅を訪れた被告乙山を、原告が室内に招き入れざるを得なかったのは、右の関係が前提となっていることは明らかであるから、(九)の行為のみを、(一)ないし(八)の各行為と別異に解すべき理由はない。
(三) したがって、被告会社は、その代表者である被告乙山の前記不法行為によって原告に生じたすべての損害について、責任を負うというべきである。
3 損害
(一) 原告主張(一)ないし(九)の各事実が、性的尊厳という重要な人格的権利に対する侵害であること、これらが自動車や別荘という事実上の密室内で、原告と被告乙山とが二人だけになった状況で行われたこと、原告が、これを止めるようにとの意思を明らかにしたにもかかわらず、被告乙山はこれを繰り返したこと、会社の代表取締役と従業員という立場が利用され、会社の業務に従事する過程で、あるいはこれに藉口してなされたため、原告としては同行等を拒みえず、被告乙山の行為を甘受するか、被告会社を退職するかを選択せざるを得なかったこと、原告は、被告会社で特に問題なく仕事をしており、仕事を続けることを希望していたにもかかわらず、不本意な形で退職せざるを得なくなったことなど、本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告が、前記各不法行為によって受けた精神的苦痛を金銭に換算するならば、二〇〇万円が相当であると認められる。
(二) なお、原告は、慰謝料の算定に、被告らの応訴態度を含めた、前記各不法行為後の事情をも考慮すべきであると主張する。
被告らが、原告の現在の雇用主や義姉であるEを通じ、本訴事件を取り下げるよう求めたこと、証人Uに証言しないよう求めたこと、原告供述類の信用性にかかわる事情について、事実に反する主張立証をした部分があることなどはこれまでに認定したとおりであるが、本訴事件が、原告の性的人格権侵害に基づく損害賠償請求訴訟であることからすると、右のような事情まで、慰謝料算定の要素として考慮することは相当ではない。この点についての原告の主張は採用できない。
七 反訴請求原因について
被告らの反訴請求における主張の要旨は、原告主張(一)ないし(九)の各事実は存在せず、原告は虚偽の事実を記載した訴状を提出して本訴事件を提起した上、書証として、虚偽の内容が記載された原告第一陳述書その他を提出し、原告供述において虚偽の供述をしたというものであるところ、前記一ないし五で検討したところによれば、被告らの右主張が認められないことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告らの反訴請求は理由がない。
第四結語
以上によれば、原告の請求は、被告らに対し連帯して二〇〇万円及び不法行為の後である平成四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告の被告らに対するその余の請求及び被告らの反訴請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用は、民訴法八九条、九二条ただし書を適用して、本訴反訴を通じ被告らに負担させることとし、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 土居葉子 裁判官 青野洋士 裁判官 谷有恒)