旭川地方裁判所 昭和24年(ワ)129号 判決
原告 村上治七
被告 花井辰次郎
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し上川郡名寄町字栄町七十四番地原野(現況畑)二町二反六歩を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として、原告は専業農家で、被告は昭和十八、九年頃製繩、種馬種付、馬搬業を営み現在馬搬業の傍ら副業として農業に従事しているものであるが、被告は上川郡風速村において田二町を通い作をしている外同郡名寄町字日進で畑五町を所有し、昭和二十年頃内四町歩に落葉松を植林し、又その家族中に引揚者があるので、その名義で開拓地五町歩の耕作をしている者である。原告は同十六年頃国から同町字栄町七十四番地原野(現況畑)二町二反六歩を自作農創設資金で購入していた土地と交換のため無償で借受け同十九年二月二十二日自作の目的でその所有権を取得したものであるが、右土地は熟墾地ではなかつたが、堤防の草地で耕作容易で而も肥沃地であつた。ところが被告から同十八年七月頃馬糧草刈用に再三本件土地を借受けたい旨懇請があつたので、内一反歩を一ケ年限り無償使用させることにしたところ、被告において二、三反歩の作付をした。被告は翌十九年四月二十五日本件土地が前に述べたように農作に有利なところから更に三年間賃借したい旨申込んできたが、原告は当時その長男が出征して手不足となつていたので三年位で復員するものと信じ同二十一年までに必ず返地すべく、その代り無賃とする使用貸借契約を締結したものである。よつて原告は被告に対し同二十一年十二月二十五日右期間満了し、長男も復員し耕作の必要迫つたので本件土地の返還を求めた。ところが名寄町農地委員会は翌二十二年四月十二日使用貸借については農地調整法第九条第二項の適用がないのに拘わらず同条項に定める法定期間内に原告において更新拒絶をしなかつたから更に三年間被告に耕作権を認める旨の決議をした。原告は同二十四年十二月三十一日まで使用貸借として継続するものとして無智のため右決議無効なることの救済手続を採らず、更に同二十三年十一月二十四日右農地委員会を経由して北海道知事に対し右更新された使用貸借の更新拒絶の許可申請をしたところ、同委員会は右申請を全員一致で可決して右道知事に申達したところ、同知事は使用貸借に関し許否の権限がなく、これを却下すべきものなるに拘わらず原告の右許可申請を許可しない旨の決定をしたので、原告は目下右道知事を相手取り右処分に対する不服の行政訴訟中である。以上の次第であるから原告は被告に対し昭和二十四年十二月三十一日本件使用貸借の期間満了による本件土地の明渡を求めるため本訴請求をするものであると述べ、被告主張の事実中原告が被告から本件土地内にあつた六寸以上の立木代三十円を受取つたことは認めるが、爾余の主張事実は否認する。被告は原告から昭和十九年より三年を鍬下として賃借小作した旨主張するが、鍬下の慣習はその期間満了後有賃期間のあることが要件で、有賃期間の伴わない鍬下なるものはない。本件耕作契約においては有賃期間の定めがなく、而も本件土地は前に述べたように農地として有利な土地であつて、開墾に労力を要したからといつて使用貸借でないということはできないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張の事実中原告が専業農家なること、被告が原告主張の頃製繩、種馬種付業を営んでいたこと、被告が現在原告主張の風速村で田三反六畝歩を通い作していること、被告の長男正夫が開拓地四町六反八畝二十九歩を持つていること、原告が本件土地を所有していること、被告が昭和十八年七月頃本件土地の借用を申込んだこと、原告が被告に対しその主張の日、その主張のような理由で本件土地の返還を請求したこと、名寄町農地委員会が原告主張のような被告に耕作権を認める決議をしたこと、同委員会が原告主張の更新拒絶の許可申請を可決したこと、北海道知事が右許可申請を許可しない旨の決定をし、原告が右知事を相手取り右処分に対する不服の行政訴訟中なることは認めるが、その余の事実は否認する。被告は昭和十九年六月製繩業を、翌二十六年六月種馬種付業をいずれも廃業し、現在農業を本業とし、馬搬業は副業で、原告主張の日進に所有する土地は山林五町三畝十歩で内三町歩は落葉松植林地(昭和十六年植樹)一町五反三畝歩は原野、五反歩は荒廃地であつて、同二十三年右荒廃地にエンバクを蒔付けたが土地不良のため無收穫であつた。又翌二十四年一反五畝歩にクロバーを蒔付けたが、発芽後大部分消滅した。被告は原告主張の風速村に荒廃地二町歩を耕作したことはあつたが、現在内一町一反歩は畑地で、昭和二十四年度から田三反六畝歩を通い作しているに過ぎない。被告の長男正夫の開拓地四町六反八畝二十九歩は岩石山で食糧生産不能地である。本件土地は昭和十八年七月当時古川跡の何人も耕作したことのない荒地で、熊笹、イタドリ、山ブドウー、柳(径六寸乃至一尺のもの多数小さいもの無数)などが密生していた柳原で、被告は荒山開墾の経験があつたので原告に対し本件土地を開墾するから永く貸して貰いたいと申入れ、原告もこれを諒とし同年度は大根を蒔付のため内一反歩を借受け、翌十九年から三年間の鍬下とし、その後は時の年貢を定める約束の下に賃借契約が成立し、早速開墾して大根一反歩の作付をしたものである。そして本件土地内には当時大きな立木も多数あつたので被告は原告に相談したところ、原告は薪代として三十円の請求があつたので、被告においてこれを支払つた。以上のような次第であるから本訴請求に応ずべき義務はないと述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が上川郡名寄町字栄町七十四番地原野(現況畑)二町二反六歩を所有していることは当事者間に争いないところである。原告は被告に対し同十九年四月二十五日右土地を同二十一年までに必ず返地すべきことの使用貸借契約を締結した旨主張するので、この点について考察するに成立に争いのない甲第一号証(農地耕作契約書)によると原告が被告に対し同十九年四月二十五日右土地を同年から同二十一年まで無償で耕作させることとし、右期限後は異議なく原告にこれを返還すること、被告において右期間中であつても他人に耕作権を譲渡しないこと、当事者において差支ないときは改めて契約することの定めであつたことが認められるが、右土地が当時未墾地であつたことは弁論の全趣旨によつて認められ、成立に争いのない乙第十号証に、証人岩佐常一(第一、二回)、山田キンの各証言、同飛田谷造、中田佐吉の各証言の一部に検証の結果を綜合すると右土地は古川西側堤防敷に沿い、南端十三号線道路に接し、北西方に細長く延びている土地で、当時二十数本(径七寸位のもの)の柳、全面に笹、イタドリなどの密生した未墾地であつたことが認められる。そして証人二瓶良、今野良一、海基富衛、斎藤亨の各証言を綜合すると、かような未墾地の耕作契約において、地主が耕作者にその土地を農地としての厳密な意味の農業生産の行われない使用收益をさせる対価として、農耕地としての形態を備えるに必要な三年を下らない期間小作料に相当する開墾労力を提供し、その期間経過後の小作料を必ずしも定めることのない謂ゆる鍬下契約なる慣行のあつたことが認められるばかりでなく、昭和十九年四月当時原告が専業農家で、被告も亦副業として農業に従事していたことは弁論の全趣旨によつて認められるので、特に反対の意思を表示した事実の認められない本件においては前認定の未墾地耕作を目的とする謂ゆる鍬下三年の慣習による意思があつたものと推認すべきである。右認定に反する原告本人の供述部分は採用し難い。そして農地調整法においては小作料について現物納でない労働小作を禁止するところでないから、右の謂ゆる鍬下契約はこれを農地の賃貸借の範疇に属するものと解するを相当とする。かように解することによつて謂ゆる鍬下期間満了当時における現実の耕作者の生活の安定と農業生産力の維持増進を図ろうとする農地調整法第九条の精神にも適合するものといわなければならない。されば原告が本件農地の耕作契約を目して使用貸借であることを前提とする本訴請求は爾余の争点を判断するまでもなく失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 山口昇)